グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
雷は轟き光は奔り――
「――さぁ、仕合おう。『雷神の申し子』エレン」
静かに佇む女性は“3つの金の腕輪”を鳴らすと、その手に目を疑うほどの光量を放つ剣が生成される。
その体が纏うのは、この世のものとは思えないほどの美しく半透明な鎧。
故に目の前の天使を見る者は全て、“騎士”を思わせた。
相対するは半甲冑に身を包む美しきシルフ。
だがその髪と瞳が彩るのは“蒼”であり、それは彼女が“普通”ではないことを示している。
「あぁ、良いだろう。力なき者の為に、私は力を振るうのだから」
その口調は堅実な性格を見事に表し、その瞳と立ち住まいには誇りを感じられた。
故に彼女を見るもの全ても“騎士”を思わずにはいられない。
片や“天使の騎士”。
片や“雷電の騎士”。
双方の騎士が相対し、光の剣と雷の剣を向けあった瞬間…仕合いは始まる。
“天使の騎士”は我が主の為に。
“雷電の騎士”は育む民の為に。
彼女らは仕合う。
光と雷が合わさり、その光量は正に人智を超えている。
一般の人々ならば目が潰れていても可笑しくない光を幾つも放ちながら、騎士たちは数秒で数十の斬撃を放って見せた。
1つ1つの攻撃がまぶしく、もし見えるものが居たらそれはこれ以上ないほど美しく見えただろう。
それほどまでに放たれる光は眩しくも美しく、操る身体の動きは見惚れるほどに華麗だった。
人々の盾となり、敵へ向かう矛となり、時には人々の見える希望となる。
それが、“騎士”。
「“雷神の剣”!!」
「“天使の剣”!!」
雷光と天光がぶつかり合い、混ざり弾ける。
その中心で、騎士は鍔迫り合いを続けた。
「貴殿も騎士ならば、何故護るべき民を殺すッ!」
雷電を剣に纏わせるシルフの騎士が、天使の騎士に叫ぶ。
その“騎士”である根本を突く質問に光を放つ騎士は、顔色1つ変えずに速攻で返した。
「騎士は自身の主だけを護る者。民を護るのではない」
「違う!騎士はどちらも護る者だ!!市民が要らずして何が“主”だ!」
その言葉に天使でありながらも騎士である彼女は何かに触れられたのか、左手に生成した光の盾で力強く相手を吹き飛ばす。
「それは人の考え方だ、上級の存在である我らには関係はないな」
「だが、神も王も変わらない。支える者あってこその王があるように、“崇める人あってこその神”だろう」
その言葉に、天使は苦渋に満ちた顔へと変化した。
妖精の騎士はそれを見て、とある結論へと至る。
「…貴殿、まさか――」
「――余計な疑りは止めてもらおう」
神を護る…それを至高とする騎士は、民を護ろうとする騎士にまっすぐ瞳を向ける。
“気にするな”と。
覚悟と忠誠、そして最後の誇りを持ち続ける天使の騎士に、彼女はそれ以上言及する気にならなかった。
「ならば、ここだけ私は“騎士”の名を捨てよう。今だけ私は“ただの人”となる」
「…すまない」
自身から騎士の名を捨てることで、相手も騎士の名を捨てることが出来た。
故に、無用な枷を持たずして天使は戦える。
…敵にここまで情けを掛ける彼女こそが、本当の騎士だと天使は認めざるを得なかった。
「私も今だけ…今だけは騎士の名を捨てよう。ただ、貴殿を仕合う為に」
両方とも、相手が悪い相手ではないと知っている。
けれど戦いを止める理由にはならない。
否、出来ないのだ。
「――『雷神の申し子』エレン」
「――『権天使』リシュヴァ」
改めて、剣を向けあう妖精と天使。
“騎士”の名を一時期捨てた彼女らに、もう楔はない。
姿が掻き消える。
始まるのは“仕合い”ではなく、“闘い”だ。
見るものを美しいと思わせる光は要らず、見るものを見惚れさせる身体の動きも要らない。
ただあるのは、“命を奪い合う”もののみ。
「“天使の剣”…!」
「“ウォルタ・ディバイル”!」
光る出力を抑え、その分の僅かな魔力さえも剣に凝縮しリシュヴァは攻撃する。
それに対しエレンは当たる部分の少し上に一瞬だけ水の壁を出現させると、それで稼いだ時間を使い背中に回り込んだ。
使う魔力は最小限。
ただ単純に相手を殺す為に不要な部分は切り捨てる。
「“雷剣”…!」
「“天使の守護”ッ!」
ほんの刹那の間に創り出された雷の剣にリシュヴァは背中に回り込まれ、回避することも出来ず苦し紛れに天使の壁を創り出す。
しかし、本来出力が全く違うその威力の差に雷の剣は成すすべもなく威力を失った。
それを見逃すはずもなく、リシュヴァは振り向きながら左手に持つ盾を消し天使の剣を両手で持ち構える。
攻撃が来ると察したエレンはすぐさま足に雷を纏わせ離れようと試みた。
「“天を呑む大地”」
しかし、突如として生えた泥にエレンの足は絡め捕られ固定される。
「ぐっ…!」
身動きの取れないエレンに、リシュヴァは荒げた息を整えると両手で持つ天使の剣を大きく上に構える。
段々強く光り始める剣を見てリシュヴァは叫んだ。
「――“天呑む神々の刃”!!」
煌びやかに光る半透明の宝石…“神々宝石”で創られた剣がエレンを襲う。
この世界で最も希少価値が高く、魔力を最も通しやすく頑強な刃が迫りエレンはその顔を驚愕へと変え――
「“風の加護”」
――小さく、呟いた。
瞬間、風がエレンを中心に巻き起こり土の拘束さえも抜け出す。
空を飛ぶエレンは、奇しくも天使たちが持つ剣と同じ銘を持つ剣を大きく上に構える。
「…最期にしよう、リシュヴァ」
「あぁ、これで決めよう」
再びリシュヴァも大きく剣を上段に構えた。
両者の持つ剣に魔力が溜まっていく。
あまりに強い力の流れに、本来動くはずのない空気さえも剣の元へ集まって固まって放たれる。
台風…いや、竜巻の近くにいるように風が吹き荒れ地面さえも吹き飛ばしていく。
――そして最後の一撃が放たれた。
「“偽・全て飲み込む雷神の一撃”!!」
「“天呑む神々の刃”!!」
轟音が鳴り、光が全てを飲み込んだ。
凄まじい光量と力と雷が叫び合い共鳴し、更に大きく膨れ上がっていく。
それは正に、“核爆発”と同じように外からは見えただろう。
凄まじい力の爆発が収まった時、立っていたのはエレンだった。
周りは力の逆流と共鳴に耐えられず、ガラスと化している。
その中心で、エレンはリシュヴァに剣を向けていた。
「私の、勝ちだ」
「…あぁ私の、負け……だ」
力無く笑うリシュヴァは震える右手で、エレンの手を握る。
「1つ、貴殿を見込ん…で、頼みたいことが……ある」
「…なんだ」
リシュヴァは心の奥底にある、何かと戦っているように歯を食いしばると、必死な形相でエレンを見た。
その瞳は恐怖に彩られ、その原因は自身でないことをエレンはすぐに察する。
しゃがみ込みリシュヴァを見るエレンに、彼女は口を開け――
「駄目じゃないか、敵に情報を与えようとするなんて」
――声を出すことなく、瞳からは涙が一筋流れた。
ぽとり。
エレンは震える手で力強く握り続ける右手を、そっと優しく離すと怒りに震える。
目の前には、リシュヴァで“あった”物があった。
「あれ、もしかして怒ってるの?僕たちと敵のはずなのに」
これだから人っていうのは良く分からないよ…と溜め息をこぼす天使の羽を生やした男性は、首を振る。
「貴様…!仮にも仲間だろう!」
「ん?違うよ」
エレンの叫びに、男は心外と言わんばかりに肩をすくめた。
「彼女はただの“駒”さ。僕たち…“主天使”にしてみれば、ね」
そういう男の腕には6つの金の腕輪が存在を強調している。
嫌らしく嗤う男は、確かに先ほどのリシュヴァとは格の違う力を放っていた。
「いやぁ、“駒”は駒らしくただ働いていればいいのに。やっぱり恐喝なんてするべきじゃなかったね」
「残念残念」と独り言を延々と言い続ける男に、エレンは寒気が湧く。
目の前の男は、この世の者とは思えないほどに美しく綺麗だ。
だが、それを軽く覆してなお余りある“気持ち悪さ”がその男から放たれている。
―こいつは、危険だ。
すぐにエレンは相手の強さを計り知って冷や汗を掻くが、それでも逃げまいと剣先を男に向けた。
ここで逃げればきっと今まで救ってきた民たちが、一瞬にして滅びるのは明確だから。
「ん、なに?僕に逆らうの?」
その行動に驚いたのか、男は目をぱちくりとさせる。
剣先を向けて敵意を丸出しにしているのにこの対応ということは、つまり“エレンを敵とさえ判断していない”ということなのだろう。
「民を護る、それが私の役目だ」
再び“民を護る騎士”と成ったエレンは、警戒心を引き上げながら男を注視する。
目の前の男は強い、けれど守らなければならないものがある限り、エレンはこの先へと一歩も進ませることはないだろう。
「ふぅん…。たかがちょっと限界を超えた“妖精如き”が僕に逆らうなんてねぇ」
その直後、エレンに凄まじい重圧がのしかかる。
今までとは圧倒的に違う力の格差。
これが、上級に位置する天使の強さなのだ。
―どこまで、守り切れるか…!
その重圧に耐えながらも剣を向け続けるエレン。
あまりに力の差があるその戦いが今、始まり――
「お、初めて主天使見たな」
――その直前、力の抜けるような緊張感のない声が響いた。
まさか一般人が、と思いかけたエレンはその姿を見て大きく安堵する。
「よう、エレン。久しぶりだな」
「毎回思うが、どうしてお前はそこまでタイミング良いんだ?」
変わらない声を聞いて、変わらない誇りを持つ瞳を見て、降り立つ男は笑う。
そして肩に剣を乗せて、次はニヤリと嗤った。
「そんなの――」
「お前、まさか…!」
主天使である男は、目の前の黒い髪と瞳を持つ男を見て睨み付ける。
普通の人ならばそれだけで死を免れないであろう“ソレ”を、彼は軽く流す。
「――俺が『均等破壊』だからに決まってんだろ」
そう言って、ソウヤは絶妙なタイミングで来たことをそう言い切って見せたのだった。
後書き
雷は轟き光は奔り――彼と逢う
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