グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
英雄と狂鬼の剣戟
7体もの天使の集団を蹴散らしたソウヤ達3人は、戦闘の傷跡として残る荒地で一息ついていた。
もちろん首都へ戻ろうと思えばいつでも戻れる。
だが、今は昔の仲間達だけで共に時を過ごしたいと3人とも思っていたのだ。
「にしてもナミル。お前があそこまで強くなってるとは思わなかった」
「ソウヤが居なくなってから、自分でもどうかと思うぐらいに特訓してたからな」
「そりゃあ強くもなるさ」とナミルは笑うが、正直笑うどころの話の成長度ではないことは確かである。
剣の冴えや殺意の鋭さ、そしてソウヤと並ぶレベルにまで達している破壊力。
それらはすでに“妖精”としての強さを遥かに超越していた。
レーヌも大概“妖精”としての強さとはかけ離れているが、正直なところレーヌではどのレベルにまで強くなったのか分かりづらいのである。
元々それを知っているのか、レーヌはつまらなさそうにしながら「はいはい、私は弱いですよ」と自虐した。
といってもその顔は穏やかで、心からそう言っている訳では無いとこのメンバーの全員は知っている。
「とりあえず、今の俺の目標はソウヤ…お前だからな」
そう言ってナミルは挑戦的な笑みをソウヤに向けるが、ソウヤはその充実している彼女を見て心底羨ましく思った。
自身が持つこの力は、“貰い物”であることは誰よりもソウヤが知っている。
これが無ければ、自分がただの一般人であることも。
だからこそソウヤは“自身の力”でここまで来たナミルを、心の底から羨ましく思うのだ。
ナミルは目標としている人物が微妙な顔をしていると、「どうしたんだよ」と眉を下げる。
そして、彼女はソウヤがどうしようもない問題で悩んでいると即座に理解した。
「あ?まさかソウヤ、お前…“今持ってる力”が只の貰い物だと思ってんのか?」
いきなり核心をつく言葉に、ソウヤは少なからず動揺する。
その劇的な表情の変化だけで答えを得たナミルは、立ち上がると地面に立てていた大剣を握りソウヤへ向けた。
瞬間、座っていたソウヤの身体に凄まじいまでの重圧が体にかかる。
それがナミルの殺意であると、すぐにソウヤは察した。
「…どういうつもりだ、ナミル」
「どうもこうもねぇよ、ソウヤ。てめぇの勘違いを叩きなおしてやると言ってんだ」
ナミルは、自分が言葉で人に伝えるのが苦手な人だということを知っている。
だから剣を持って語るのだ。
剣を向けられたソウヤも、流石に自分が一番とは言わないものの、かなり気にしている部分を否定され心中は穏やかではない。
立ち上がり、腰に帯びている雪無を鞘から引き抜く。
巨剣にはしない。
そうすれば戦闘にすらならないことを、何よりソウヤは知っていた。
「…お前と手合せするたび、毎回思ってたんだ――」
「何を?」
ナミルは大きくため息をつくと大剣を肩に担ぐ。
その顔は、怒りで染まっているように見えた。
2人が熱くなっているのを瞬時に察して離れているレーヌも、ナミルがこの後言いたいことを理解する。
「これはソウヤが悪い」と内心思ってる中、ナミルが叫び突撃し戦闘が始まった。
「――なんでお前は俺に本気を出さねぇ!」
「ッ…!?」
戦闘慣れし、技術を身に着け、生物で最も最強を誇るソウヤでさえ、ナミルの速度に目を見張る。
地面に着く足から極小の爆発を起こし、それを加速装置としてナミルがソウヤに突っ込んだのだ。
鍔迫り合いする中、ナミルはソウヤに吠え続ける。
「いつもいつも、“貰い物の力”だから本気を出さなかったのか!?」
「違う!仲間を傷付けたくないから、本気を出さないんだよ!」
流石にここまでされてソウヤも黙っていられず、ナミルに叫んだ。
確かにソウヤが本気を出してしまえば、間違えて傷付けてしまうかもしれない。
だが、それは確かに“正論”であっても“間違っている”。
ソウヤが下がることで鍔迫り合いを止めるが、ナミルはそれでも前に出て自身のリーチから離れようとしない。
大剣と片手剣、そのリーチ差は歴然で不利なのは明らかにソウヤだった。
「傷付くのはしょうがねぇだろ!そんときは俺が弱かった、対処できなかった、それだけだ!」
「それで、もしお前が死んだらどうすんだ!」
“死”。
それはソウヤが最も恐れる結果だ。
生物としてあまりに“正しい”言葉は、優しく穏やかな日本で生まれ育ったからこその人間だからこそ言えたもの。
相手が同じ“人間”なら、その言葉に止まったかもしれない。
けれどソウヤが相手にしているのは“妖精”で、“狂鬼”なのだ。
故に、ナミルは“正しい”言葉だけを並べるソウヤにイラつきを抑えられない。
剣戟を続けるソウヤとナミル。
全体的な戦闘力ならば完全にソウヤの方が何倍も上である。
けれど、今有利なのはナミルで不利なのはソウヤだった。
偏にその理由は、ソウヤに迷いがありナミルに迷いがないから。
“仲間を殺すかもしれない”。
その恐怖に囚われているソウヤと、純粋な殺意で斬りかかるナミルの大きな差だった。
「それがムカつくってんだよッ!」
「俺の言ってることの、どこがおかしい!?」
レーヌは離れた場所でお茶を啜りながら、呆れた表情をソウヤに向ける。
―ソウヤはナミルをちゃんと見てるようで、何も見ていなかった…。それに気付けばいいだけの話なのにね。
ナミルにはナミルの心情があり、ソウヤにはソウヤの曲げたくない根底部分があった。
そのどちらも正しく、尊ぶべき考え。
けれどレーヌは、今回はナミルの方を応援したかった。
「ソウヤ、お前はいつまで“お前が勝つ前提で”話を進めるんだ!?あぁッ!?」
「――――ッ!?」
頑固で自身の言葉を変えようとしなかったソウヤは、そこでやっと…本当にやっと理解する。
――ただ、自分が彼女らより上なのだと…調子に乗っていたのだと。
「偽・全て浄化する火神の魔装――!!」
「なッ…!?」
一瞬。
ソウヤは気付けば自身が死ぬ寸前まで来ていると気付き、雪無を巨剣化し降り注ぐ炎の嵐を防ごうと身構え――
「…お前の勝ちだよ、ナミル。お前の思いを汲み取らなかった、俺が悪かった」
――巨剣化した雪無が地面に突き刺さり、ソウヤの敗北が決定した。
炎の魔装を着込むナミルはその言葉に満足気に笑うと、炎を消散させソウヤの首元へ置いた大剣を鞘に戻す。
先ほどの技は何なのか…と聞きたい気持ちはあったが、それを今は流すとソウヤはナミルに頭を下げた。
「すまない。俺はいつの間にか、仲間を見下してたんだな」
「…気付けばそれでいいさ、許してやるよ」
「だから」とナミルは言葉を続けると、ソウヤの頭を掴み強引に顔を上げる。
顔を上げさせられた先には、ナミルの男勝りな笑みが出迎えていた。
「頭下げなくていい。俺たちとお前は仲間だ…そうだろ?」
前を向け。
そう言われたソウヤは、本当に良い仲間を持ったと思って笑みが浮かぶ。
「あぁ、助かったよナミル…。俺は強いけれど――」
どこか憑き物が取れたかのようにソウヤは無邪気に笑い、握り拳をナミルに向けた。
その意図に気付くとナミルも無邪気に笑って拳を前に突き出す。
「――俺の仲間の方が、もっともっと強かったんだな」
「そうよ。いつまでも私たちは貴方の足かせではないのよ」
ぶつけ合ったソウヤとナミルの拳に、さらに拳が足される。
不敵に笑うレーヌは、ソウヤの方を見た。
「確かに、貴方の力は“貰い物”かもしれないわ」
「――――」
それを聞いて、ソウヤは頷く。
だが、レーヌは「でも」と続けた。
「それをここまで成長させたのは貴方だし、その力を使って私たちを…世界を救おうとしてくれてるのは貴方よ、ソウヤ」
「…ぁ」
その言葉に、どれだけソウヤは救われただろうか。
今まで“借り物”だと思っていた力が、初めて他人にそれは“自分の力”なのだと否定してくれたのだ。
嬉しくないはずがない。
「その通りだぜソウヤ。お前がその力を“借り物”と言うなら、俺もこの力を“借り物”と呼ばなきゃいけなくなるんだ」
それもそうね…とレーヌは言い、ナミルと共に笑う。
笑い合う2人の姿を見て、ソウヤは大きく深呼吸をする。
―この力は、“借り物”じゃない。少なくとも、救えた人がいるのなら…それは“自分の力”なのだと言ってくれた。
仲間がいるというのは…どれだけ素晴らしいことなのか初めてソウヤは理解した。
彼女らは足手まといなのではない。
今では逆にこちらこそが足手まといなのでは…と、ソウヤは思い始めているほどである。
けれど、それは口にしない。
―言ったら、怒られそうだもんな。
次はレーヌまで混じって喧嘩になりそうだ、と笑うソウヤに2人は不思議そうな顔をする。
それもそうだ、真面目な顔からいきなり笑ったら誰でもおかしいと思うだろう。
だから、せめて気持ちが伝わればと思いソウヤは口にする。
「――ありがとう、2人とも」
危機に迫った街を何度も救った英雄と、純粋な殺意を覚えた狂鬼の戦いはここで幕を下ろす。
それで得られたのは、あまりにも大きく…大事なものだった。
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