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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
  幻の海に映るのは――

「“天使”って、本当性格悪いの多いわね…」
「選ばれた種たる我らと、下賤なお前たちを一緒にするな。下等種が」

 2人、男と女は向き合っていた。

 女性の後ろには街と怯える人々が。
 そして男性は、口を歪めて笑う。
 …何ともわかりやすい構図であった。

 混じり気の無い純粋な水を表したかのような髪を揺らし、女性はその手に持つ杖を男性へと向ける。
 その深海より深い、蒼い瞳に敵意を宿しながら。

「通さないわ、絶対にね」

 それを聞いた男性は、“天使”は嗤う。
 “天使”は目の前にいる彼女が“鎖”を越えた力を持つことを知っていた。
 同時に、彼女が真っ向な戦闘に適していないということも。

「笑わせてくれるな、女。俺に、お前が、どうやって倒す――!」

 その言葉と共に、戦いの幕は上がる。

 背中に宿した純白の翼をはためかせ、“天使”は女性に突撃する。
 それと同時に、軽い金属音を2つの腕輪で鳴らしながら極光の剣を創り出した。

 迫りくる暴力的とも言える光。
 女性は、“レーヌ”はそれを見て目を細めると杖を軽く回し――

「は?」

 ――天使は、自分が地面に転がっていることを“初めて”認識する。

「残念。最後まで気付かなかったわね、天使さん?」
「な…にを!」

 無様に地面で寝転ぶ天使を見下ろしながら、レーヌはクスクスと嘲笑った。
 それを見て、天使は体中が怒りで沸騰するのを感じる。

「この、女ァ!」

 誰もが見えぬ速度、光速にも達した速さで天使は起き上がりレーヌを切り裂く。
 だが、切り裂いたレーヌの姿は歪んで消えていった。

「あらあら、どうしたの天使さん?」
「なっ!?」

 声がした方向を見れば、そこには切り裂いたはずのレーヌ。
 クスクス、クスクスと笑い声が聞こえ更に天使は怒りを燃やす。
 もう、怒りだけでどうにかなりそうだった。

「お前ェ!」

 切り裂く、現れる、切り裂く、現れる、切り裂く――。

 憎々しい相手を斬れば斬るほど、嘲笑う声は増えていく。

 クスクス、クスクス、クスクス、クスクス、クスクス。

 怒りによって思考することを止め、果てにここが何なのかすら理解することを止めた天使は、永遠に続く乱舞を続かせた。

「…つまらない相手ばっかりね、“天使”の底が知れるわ」

 レーヌは“1人で滅茶苦茶に切り裂いている天使”を見て溜め息をつく。
 これでこの状態にしたのは何人目だろうか…とまた溜め息をついた。

 実際、天使の思っているとおりレーヌには真っ向勝負する力は持たない。
 しかしこうして、相手を殺すことを目的としない“戦い”で彼女の能力は十全に発揮する。

 思考停止、気絶に混乱。
 それらの絡め手はレーヌにとって最高の戦術と成り得るのだ。

 だが、相手を殺すことに関してレーヌは全くの無知。
 故に彼女は、“彼”の声を聞くのをずっと待っていた。

「――待たせたな」

 不意に耳に通ったのは聞き慣れた――いや、聞き慣れない懐かしい声。
 口調はぶっきらぼうの癖に、音色は優しく心地が良い。
 少しだけ、最後に聞いた声より低くなっていた。

 口元を緩めるのを抑えきれないレーヌは、不意に背中に現れた存在を小突く。

「遅いわよ、本当に」
「悪い、寝坊した」

 そういって、ソウヤは剣を片手にレーヌの前に立った。

 一目見て思ったのは、見慣れた羽がないことへの疑問である。
 その次に、耳が尖っておらず丸くなっているのを見つけた。

 ―変わったわね、ソウヤ。

 最後に会ったソウヤは、もっと不安気で不安定でアンバランスだったな…とレーヌは思い出す。
 だが、今目の前に立つソウヤは違う。

 不安気な雰囲気は、固く地面のように揺るがない雰囲気に。
 不安定な心は、それを受け止めつつも前を向こうとし。
 アンバランスな外と中は、1つになったかのようにしっかりと。

 変わったのは外見だけではなく、全部だ。

 ―こういうのを、一肌剥けたっていうのよね。

 それをレーヌは再確認すると、無言で腰に差した剣を抜くソウヤを見る。

「ソウヤ。この大陸にいる天使は、ほとんど目の前居る奴みたいにしておいたわ」
「了解。あとは止めを刺していくだけか」

 と、ソウヤは止めを刺そうと歩みかけ…立ち止まった。
 そして何か考えるように視線を右往左往させると、何故か申し訳なさそうに頭をかきながらレーヌを見る。

「悪いレーヌ、あの天使の幻解いてくれないか?」
「え?なんで?」

 ソウヤは苦笑いすると、簡潔に今の自身の状態をレーヌに説明していった。
 ある程度説明で今の状況を把握したレーヌは、大きくため息をつくと頭に手を当てる。

「あんだけ待たせといて、まだなのね貴方は…」
「本当に悪いとは思ってるさ」

 本当に申し訳なさそうにするソウヤを見て、レーヌは大きくため息をついた。
 きっと、ソウヤは自分では想像もできないような努力をしてきたのだろう…とレーヌも理解はしている。
 その結果が今のソウヤだということも。

 だが、これだけ苦労して待たせて“まだ”というのに、腹立たない理由もレーヌにはなかった。
 とりあえずレーヌはこの感情を当てつけるつもりで、ソウヤの頭を杖で軽く殴る。

「いてっ!」
「痛いじゃないわよ、この馬鹿」

 レーヌは杖を腰に差すと、そのまま頭を摩るソウヤに近づき軽く頬に口づけした。
 カサついた肌と柔らかな唇が触れるのも一瞬。
 すぐに離れたレーヌは、赤くなった頬を見せないよう後ろを向く。

 流れるような一連の行動を受けたソウヤは、キスされた頬を撫でつつ頭に手を当てた。

「お、お前なんつう…」
「待たせた罰よ、心して受け取りなさい」

 そう言って、ソウヤの方へ向きながらレーヌは朱色に染まった頬でニッコリ笑う。
 美しくも可愛らしいその表情に、ソウヤは微妙な笑顔を作った。

 ―敵わないな、レーヌには。

 ソウヤは大きく深呼吸をしてざわつく胸を押しとどめ、一瞬にして真面目な表情になる。
 集中を高めていき、雪無を握る力を込めていった。

「…レーヌ、頼む」
「――。はいはい、やっちゃって頂戴」

 そのソウヤが放つ殺意の強さに一瞬呆けたレーヌは、それでもすぐに意識を取り戻し、目の前の天使の幻を解いた。
 すでに半狂乱になっている天使は、目の前にいるのが誰かすら分からずただ突進していく。

 きっと、彼女の前では誰もが敵わない。
 あるときは幻として、またあるときは現実として彼女は在る。

 彼女と共に在るとき、それは嘘か、真実かすら分からない。
 だからこそ人々は彼女をこう呼んだ。

 ――『幻実魔導使(シュレオ・リローレン)』レーヌ、と。

 だが、幻か現実かわからなくなる彼女も、また“人”だ。
 他人と同じように笑い、悲しみ、恋をする。
 きっと、今の彼女を見れば誰もが自身の目を疑うだろう。

 目の前の青年を見るその眼は、確かに“恋する乙女”そのものだったのだから。 
 

 
後書き
幻の海に映るのは――1人の青年。 
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