グランドソード~巨剣使いの青年~
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第4章
1節―変わった世界―
ソウヤがやるべきこと
どこにぶつければいいのか分からない怒りをソウヤは鎮めると、大きくため息をつく。
「…大丈夫なのですか?ソウヤさん」
「あぁ、大丈夫だ」
ソウヤの内心に気付いていないエミアは、その代わり様に首をかしげた。
心配させる訳にはいかないな…とソウヤは思い直し纏っていた不機嫌な雰囲気を解消する。
「続けるぞ、エミア。『申し子』っていうのはエミア、エレン、ルリ、レーヌ、ナミルの5人だけなのか?」
不機嫌から真面目へと急に変わったソウヤの問いに、エミアは首を横に振る。
「『申し子』は各種族ずつに1人しか選ばれないのです」
それを聞いたソウヤは、小さく唸り仲間となった彼女らの種族を思い出し始めた。
エレンは風の妖精。
ルリは地の妖精。
レーヌは水の妖精。
ナミルは火の妖精。
エミアは木の妖精。
「つまり、残っているのは鋼の妖精だけか」
「はい。それでヒューマンの『申し子』は――」
この話の流れだと、流石にソウヤも気づいていた。
確かめるつもりでエミアの言葉を遮り、ソウヤは口を開く。
「――深春か」
「…はい」
元の世界で話すことも、思い出すことも憚れるような悲惨な思いをした深春。
けれど、彼女はソウヤの説得と共にもう一度前を向くことに決めた。
芯が強い彼女のことだ、自ら進んで『申し子』になると言っただろう。
と、そこでソウヤはとある…というより根本的な疑問が浮かび上がる。
「天使が攻めてきたのは3ヶ月前だ。深春はまだこの世界に来ていないし、ルリだって守護者となるため特訓していたはず。エレン達がそれぞれの大陸を一人で抑えるとしても…」
人数が足りない。
魔王を共に戦った『勇者』は天使を1人倒すが、重傷を負ったはずだ。
当然な疑問をソウヤは持つと、エミアが説明を始める。
「ルリさんが守護者として特訓を始めたのは、ソウヤさんが神聖森に来る1週間前だったはずなのです」
「それまでに『試練』を受けて『申し子』となり、天使を食い止めていた…と?」
コクリとエミアはその回答に頷いた。
随分と苦労させていたのだな、とソウヤはルリに対して申し訳なく感じる。
元々、ソウヤが自身の力を少しでも過信せずに技術でも磨いていれば、ここまで状況が厄介になることは無かったはずだ。
死なずにいた人も居たかもしれないし、住処を失くさずにいた人も居ただろう。
だが、その問題はとっくに過ぎている。
ソウヤはそっと左頬に手を当て、あの壮年の男性のことを思い出した。
お前だけに責任がある訳じゃないと、自惚れるなと、まだお前は子供だと、そう教えてくれた人物。
彼のためにソウヤは止まれない、止まらない。
そういう『呪い』を、あの男性はかけて“くれた”のだから。
「ヒューマンの大陸はどう対処した?まさか地図から無くなってる…なんてことはないよな?」
「まさかなのです。ヒューマンの方はギルティア様が」
つまり、ソウヤは仲間たちに多大な迷惑をかけ、おんぶに抱っこ状態であることを知らずにのうのうと今現れたわけだ。
恥ずかしいやら申し訳ないやらがソウヤの心に刺さる。
とりあえず、昔の自分を殴りたくなった。
「…ルリとルビ、それと深春がここに来たはずだ。あいつらは今何をしてるんだ?」
「ルリさんは、一時的に離れてしまったグルフの大陸…“ヴェルバ”に居る天使の対処に。ルビさんはミハルさんが『試練』に打ち勝つまでの間ヒューマンの大陸、“イマルカ”で天使の対処をすると言っていたのです」
ルリはヴェルバに。
ルビはイマルカに。
そして深春は『試練』に。
考え込むようにソウヤは顎に手を当てるとしばらく黙り、先ほどまでの会話を纏める。
そこで、『試練』の場を聞いていないことに気が付いた。
「『試練』っていうのはどこでやるんだ?」
「神域の1つ、“聖女の泉”で行われるのです」
神域。
地図には載っているが、神力による結界が張られているため物理的にはいけない絶対不可侵の場。
「そこにはいけないのか?」
「ソウヤさんは男性ですので、無理だと思うのです」
確かに、神域の名は“聖女の泉”だ。
明らかに男性が入っていい類のものではなさそうである。
と、そこでソウヤはある仮定に行き着いた。
女性しか入ることの許されない神域で、『試練』は行われる。
それはつまり――
「――今更だが、『申し子』っていうのは女性しかなれないのか?」
「…あっ、そういえば言っていなかったのです。そうですよ、『申し子』は女性のみなれるのです」
つまり、現段階での深春との接触はほぼ不可能だろう。
かなりの速度で迫ってきた天使に対処できているところを見ると、『試練』はそこまで時間がかからないと考えるのが妥当だ。
とっくに『試練』を終えて行動していると見た方がいい。
それ以前にソウヤは入ることは出来ないのだから、あまり関係はないが。
エレン達『申し子』組は各種族の大陸へ行き、ルビはイマルカへ行きそこからどう行動しているかはっきりせず。
これではソウヤ自身がどう動けばいいかわからない。
“剣神”の熟練度上げに天使との戦闘は必須だ。
魔王が居なくなった今では魔物のレベルも相当低くなっているはずなので、魔物や魔族に強敵を求めるのは間違っているだろう。
というより、“現段階のソウヤ”に力比べ出来る魔物や魔族がいるのだろうか。
最低ラインは“鎖”によるカンストなのだから笑えない。
―こうなると、“最果ての宮”が欲しいなぁ。
あれだけ出たがっていたのに、出たら出たで戻りたいとはどういう了見だ。
そう昔の自分に言われそうでソウヤは苦笑する。
ここまで考えた結果、ソウヤとしては行動の計画は立てられないことが判明した。
と、なるとだ――
「エミア、俺はどうすればいい?」
――他人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。
自分では無理なら他人に何とかして貰う。
何とも格好はつかないが、こればかりは本当にどうしようもないので仕方ない。
ソウヤに問われたエミアは、それを聞いて相手の心情を大体把握する。
動きたくても勝手に動けないのだ、と。
「そうですね…。ソウヤさんは、まず天使を蹴散らしていってくれれば問題ないです」
「…?それはどういう?」
なにをしたいのかはっきりしないソウヤは、エミアの言葉を十全に把握できない。
それもエミアは分かっているのか、「いいですか」と言葉を続ける。
「ウィレクスラが天使を大規模に動かしているのは、ソウヤさんを探したいからなのです」
「――。あぁ、なるほど」
そこまで言われ、ソウヤはすぐにやりたいことを察する。
元々頭は良い方だったソウヤは、こうやって少し背中を押すだけですんなりと自身で吸収し理解できた。
それを元の世界で普通にできたのなら、今こうしていないのだろうが。
「つまり、俺が天使を片っ端から倒すことで俺自身も強くなれるし」
「ウィレスクラもソウヤさんに気付き、大量に戦力を“ソウヤさんに向けて”解き放つのです」
ウィレスクラは初めから、ソウヤ以外の誰も見ていない。
だから『試練』を行うことで“神の偽力”を得ているエレン達に対して何もしないし、そもそもその原因である“聖女の泉”も破壊しようとしないのだ。
何故なら、全生物の中で“神殺し”を行えるのがソウヤだけだから。
なんだかんだ言って、ウィレスクラは入念らしい。
“巨剣使い”だったころまでは、“神殺し”なぞ到底無理だと決め込んでいたのか、何も手出しはしなかった。
だが、“剣神”となり“神殺し”の可能性が出た瞬間邪魔してきたのである。
その性格を突く訳だ。
「ソウヤさんはこの大陸の天使は全て対処したのですか?」
「あぁ、当然だ」
さも当然かのようにソウヤは言うと、エミアは顔を緩ませる。
それを見て、ソウヤも微笑んだ。
エミアは王女だ。
ソウヤは聞いていないが、元々統治していたはずのミラジュの姿が見えない。
つまり、今現在この大陸を纏めているのはエミアだけだ。
王女としての責務があり、そう簡単に首都を離れるわけにはいかなかったのは簡単にわかること。
『試練』を越え『申し子』となり、守る力を得たというのにそれはあまりにも歯痒い。
だからこそ、ソウヤの言葉に安堵しているのだ。
「なら、ソウヤさんは今からレーヌさんのところへお願いするのです」
「あそこが一番危うい…そういうことだな?」
「はい」と頷くエミア。
それを見て、ソウヤは久しく会っていないレーヌを思い出す。
彼女は元々、希少能力持ちとはいえ只の冒険者だったはずだ。
扱うスキル…いや魔法は“幻夢魔法”、幻を作り出す魔法である。
幻を作り出す魔法、というのは特殊能力にもある。
にも、というよりそっちの方が知られていた。
そっちの方は、ただ水と風を操ることで光を細かく屈折させ幻を見せるだけである。
だが、希少能力である幻夢魔法は違う。
この魔法は幻を見せるだけでなく、その幻に感触を持たせるのだ。
つまり、この魔法は“脳を支配し神経を操る”魔法なのである。
といっても神経を刺激するだけで、痛みや熱は感じても実際に怪我することは無い。
あまり単独戦闘に向いているわけでは無いのだ。
「――わかった。従おう、王女殿下」
「…えぇ。お願いしますね、『均等破壊』ソウヤ」
ソウヤは片膝をつき、エミアに礼をしてみせる。
拙いけれど、確かに感謝の気持ちが籠ったその礼にエミアは王女として答えた。
「レーヌから始まり、全ての大陸にいる天使を全滅させたら、彼女らを連れてもう一度ここへ来なさい。これは絶対です」
「…了解した」
ソウヤはそう言って立ち上がるとエミアに手を伸ばし、口を開く。
「頑張ろうな、お前も俺も」
「――はい。お互いに」
差し出された手を、エミアはそう言って力強く握りしめた。
自らの力で回りだした歯車は、反逆するために動き出した。
だが、それは1人の力では回れない。
――支える存在がいるからこそ、歯車は…彼は自身の力で回れるのだ。
後書き
――彼はようやく、反旗を翻す。
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