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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第4章
2節―変わらぬ仲間―
  姉の意地と弟の意地

「――終わったわね」
「あぁ、何の問題もなく」

 レーヌが天使の幻を解いてから2分後、そこには首が斬られ頭と体が離れている天使の姿があった。
 斬られた首の切断面は目を疑うほどに綺麗で、力だけで振り切ったのではないことが窺い知れる。

 ―随分、柔らかい戦い方になったものね…。

 昔は技術など全くもって気にしていなかったソウヤは、それはもう戦闘後は正に“死屍累々”だったと言えよう。
 肉や骨は潰れ、地面は荒れに荒れており血と肉で一帯が染まっていたほどだ。

「ん?どうしたレーヌ?」
「…いえ、何でもないわよ」

 天使の骸を先ほどから見ていたのが気になったのか、ソウヤから声を掛けられるがレーヌは首を横に振る。

 ―そうよね、頑張っていたのは私だけじゃないもの。

 確かな事実をレーヌは心の中に叩き込むと、彼女はソウヤの背中を軽く叩くと「行くわよ」と先を急かした。

「まだ対処してほしい天使が山ほどいるんだから」
「あぁ、わかった」

 久しく会っていなかった仲間との会話を嬉しんでいるのか、背中を押されるソウヤはあまり見たことがないほど笑顔である。
 あまりに嬉しそうなソウヤの笑顔を見たレーヌも、それにつられて微笑んだ。

「じゃあ、行くとするか」
「えぇ、そう――きゃあっ!?」

 ソウヤの言葉に同意しようとしたレーヌは、急に体が浮きびっくりして悲鳴を上げる。
 だがすぐに自分がどうなっているのか理解した。
 軽々とソウヤに担がれ、所謂お姫様抱っこされているのである。

「ちょ、何これ!下ろしなさいソウヤ!」
「そんなに怒るなよ。それとも嫌か?」

 ニヤリと笑うソウヤの言葉に、レーヌは「ぅ…」と小さく呻いて暴れるのを止めた。
 そして、暴れるのを止めると同時にレーヌは気付く。

 ―…あれ?ソウヤってこんなことする奴だったっけ?

 レーヌの記憶の中にあるソウヤは、ぶっきらぼうで他の仲間達とも直接的な接触は控えていたはずだ。
 それが今では女性をお姫様抱っこして、悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせる。
 一体、どのような心情の変化があったのだろうか…とレーヌは考えてみたが、すぐに諦めた。

 ―駄目ね、わかりっこないじゃない。違う世界の、違う性別の人の考えなんて。

 とりあえずソウヤの心情の変化のことは置いておいて、レーヌは今現在の態勢になっている理由を聞くことにする。

「で?一体私を辱めて何をするつもりなの?」
「ちょっと近道するだけだ。レーヌ、どの方角へ行けばいい?」

 ソウヤのやりたいことがイマイチ把握できないレーヌは、とりあえず早く移動してくれるなら…と南東の方角を指した。
 「よし」とレーヌの方角を向いたソウヤは意気込むと、身体を屈め――

「…あ、言うの忘れてたが」
「何?」

「舌、噛むなよ」

 ――瞬間、レーヌは体に凄まじい重圧が掛かるのを感じる。

 体中が重圧に押され、目を開けていられずレーヌは気付かなかった。

「レーヌ、目を開けてみろ」
「え…?」

 ソウヤの声にほだされて、目を開けたレーヌを待っていたのは視界一杯に広がる空と地平線。
 頭が回るレーヌはすぐに自身が空中にいるのだと理解する。
 だが、理解はしても受け入れられるものではない。

 ―今、私とソウヤは上空高くにいるのだ。

 幸いソウヤの握る剣から風が巻き起こり、落下を阻止している。
 だが、それでも恐怖や混乱などで自分の思考回路がショートしていくのをレーヌは感じていた。

「え?えぇ?」
「どうだ、びっくりしたか?」

 目の前の景色がどうしても信じられずに、レーヌは呆けた顔で力の抜けた声を出した。
 それを見てソウヤは笑い、今自分の身体に抱えている彼女が本当にただの人なのだと再認識する。

 レーヌはいつも余裕のある姉のような存在だった。
 時にはアドバイスを、時には説教を、いつも不敵な笑みを絶やさない…そんな人物。
 だからこそ周りの人々やソウヤ達はレーヌを良く頼っていたし、レーヌも頼られていた。

 “頼られる”。
 それを慣れてしまった彼女は、逆に自分から他人を頼ることは無く多くの人から“凄い人”として認識されてしまう。
 だからいつからか彼女は“人”と違うのだと認識されていたのだ。

 レーヌは他の誰でもない、誰より“人”だ。
 だから、きっと内に秘めたものは重いもののはずだから。
 ソウヤはその『重み』を少しでも抱えたいと、心から願う。

 ――それが、今まで“人から向けられる感情”を背けてきたソウヤの償いだ。

 上空高くにいるせいか、強い風が吹く中でソウヤはそっとレーヌの身体をそのまま抱きしめる。
 いきなりの行動に、未だ思考回路が正常になっていないレーヌは更に頭がショートしていくのを感じていた。

「ちょ、ちょっと何してるのソウヤ!」
「――ありがとな、レーヌ」

 風が強いせいで伝わりにくい中、ソウヤは顔を真っ赤にするレーヌの耳元にそっと言葉を掛ける。
 それを聞いたレーヌは驚いた顔をして、すぐに言葉の意図を掴んだのか顔を緩め――

「あだっ!?」

 ――自由に動ける右手でソウヤの額にデコピンを食らわせた。

 実に理不尽だといわんばかりに赤くなった額を擦るソウヤ。
それを見てレーヌは優しく微笑みかける。

「“弟”風情が、私に気を遣うなんぞ十年早いわよ」
「お前なぁ…」

 クスクスと笑うレーヌに、ソウヤはなす術なくため息をついた。
 だが、そんな彼の表情も優しく緩んでいる。

 レーヌはソウヤと額を突き合わせると、その瞳を見た。

 純粋な黒で染められた瞳。
時に少年のように、時に青年のように、時に熟練の戦士のように輝く瞳は彩り豊かで見ていて飽きない。

「…私は大丈夫よ。後悔はしてないわ」
「そう、か」

 俺では駄目なんだな、とその瞳が語りかけてくる。
 レーヌは悲しげで儚げに揺れるその瞳を見て、一瞬胸がときめくのを感じた。
 この瞳の感情豊かさに、どこか母性くすぐられるところにレーヌは惹かれてしまったのである。

 ―本当、馬鹿なんだから。

 そう思って、レーヌは空いた腕でソウヤを抱きしめると耳元で囁く。

「――でも、ありがとう…ソウヤ。そんな貴方のこと、好きよ」

 ドクン。
 “好き”と囁かれた瞬間、ソウヤは心臓が跳ねるのを感じた。

 それはきっと、罪。
 あの日、あの時ルリとルビに告白されながらもそれに答えられなかったソウヤの罪だ。
 この世界に来てからずっと感じていた心の悲鳴だ。

 ―後悔は、しないと決めただろう。

 だからソウヤはその罪を、その悲鳴を受け止めて向き合う。

「期待するなよ」
「求めてないわよ。届かないと、知っているもの」

 「そっか」とソウヤは少し悲しげに笑うレーヌに顔を近づけた。
 一瞬だけ、唇が重なる。

 顔が離れると互いに、互いの顔が赤く染まって見えた。
 ソウヤは真剣な表情でレーヌを見つめる。

「だから…今の俺に出来るのは、これだけだ」
「――――」

 困ったような、嬉しいような、怒ったような表情をしてレーヌはため息をついた。
 それを見てソウヤは内心焦りだす。

 ―…あれ?間違った?

 目に見えて困惑し始めたソウヤを見て、レーヌはもう一度小さくため息をつくと仕方なさそうに笑みを浮かべた。

「それで十分よ。でも、あんまりやらないでね」
「――――?」

 レーヌは疑問符を浮かべるソウヤにもう一度デコピンを食らわせると、大きくため息をついて小さく…本当に小さく呟く。

「…したく、なっちゃうじゃない」

 何が。
 それを問うほどソウヤは…というより元々鈍感ではない。

 気まずい空気が流れる中、ソウヤは片手で頬を叩いてレーヌを見た。

「とにかく、行こう。上空からなら早く移動できる」
「…えぇ、わかったわ」

 とりあえずこの空気から逃れたい。
 そんな両者の思いを嘲笑うかのように、しばらくの間甘ったるい空気は流れ続けていた。 
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