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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第3章
1節―最果ての宮―
  95層―後半―

「――ごめん」

 悲壮に満ちた声で、そう紫色の髪をした青年はつぶやく。
 その声は、確かに聞こえていた。
 だが…いや、だからこそそれを聞く相手は答えない。

 町から少し離れた森の中で、3人はいた。

 青年は笑う。
 自らの行動に笑う。
 自らの愚かさに笑う。

 しかし、止めることはできない。
 相手も、止めることはできない。
 だれも、止めることはできない。

 青年は手に持つ、僅かな銀で装飾された剣を構える。
 一見、普通の剣に見えたそれは普通の人が見ればそれだけで気絶できそうだ。

「――けど、僕は…」

 続けようと息を吸った青年に、黒髪が目立つ青年は言葉を遮った。

「わかっている」

 たった1言。
 だが、その重みは言葉を重ねるより重たかった。

 紫色の青年は剣の先を黒髪へと向ける。
 そして――

「僕は…君を殺す」

 ――一瞬にして数度の剣裁が響いた。





 ―俺はエルトと戦っている。

 その事実が、胸を突く。
 合って間もないはずだが、自らの心を突き刺す物があるのを自覚してソウヤは内心自重する。

 ―俺はエルトと戦っている。

 何故?
 分かりきっている。

 エルトは死なないため。
 ソウヤ()は脱出するため。

 分かっていた、知っていた、感じていた。
 だが、それを肯定することはできない。
 剣裁が響く。

 ―俺はエルトと戦っている。

 内心では、迷いしか無いはずだがソウヤの身体は全力を出し続ける。
 きっと、心の奥底では理解しているのだろう。

 エルトの、その瞳に明らかな殺意が込められていることを。

 ―俺は…。

 エルトが伝えたいとしたことはわかっている。
 だから闘う。
 ”無駄”な剣裁が響く。

 それは誰のため?

 ―俺は…。

 理解しろ。
 理解してくれ。
 理解してください。
 理解してほしい。

 さぁ。

 動け。
 倒せ。
 ――笑え。

 これが、戦い(特訓)だ。

 ―俺はエルトと戦っている(特訓している)

 これが最後の晩餐だ。

 動きを見ろ。
 把握しろ。
 理解しろ。
 そして…自分の中に活かしていけ。

 ”無駄”な剣裁を続けろ。
 それが…”大事”な剣裁となるまで。




 エルトはその銀の剣を右へ払うと見せかけて、足蹴りを行う。
 薙ぎ払いをフェイントだと見抜いたソウヤはギリギリのところで足蹴りを交わす。
 姿勢が崩れた。

「――っぐ…!」

 ソウヤの口から苦しげな声が漏れ出る。
 それに構わずエルトはソウヤの心臓目掛けて銀の剣を突く。

 自らの手を空に向けてソウヤは叫ぶ。

「――エア!!」

 手のひらに目に見えるほどに濃密な風の塊ができた。
 それを即座に破裂させると…破裂した逆方向へソウヤの身体が吹き飛んだ。

「――ッ!!」

 舌を噛まないように、ソウヤは痛みによる声を口を噛み締めて留める。
 地面を大いに削りながら勢いを殺す。

 ソウヤは立ち上がると、左手を後ろに向ける。

「…エア」

 一瞬風の塊が見えたかと思うと…ソウヤの身体が消えた。
 エルトの目にソウヤが映らず、目を大きく開ける。

 ―後ろ…いや、下っ…!?

 エルトはその場に剣を咄嗟に突き立てると、金属の甲高い音が響き渡る。

 地面スレスレに身体を近づけて蜘蛛のようにエルトに攻撃しに行ったのだ。
 それを気付けたエルトの反射神経の高さは、ソウヤ並である。

 剣裁が響く。
 1回1回の剣の軌跡が伸びるたび、互いの剣の練度は、速さは高くなっていく。

 剣裁が響く。
 すでに30分以上打ち合っており、今は鈍鉄色の軌跡が僅かに見えるのみである。

 エルトが瞬時に3回連続切りを行う。
 凡人から見れば3回同時斬りにも見えるその剣撃、ソウヤにはただの連続斬りに見えていた。
 1つ1つ確実に交わして、そのわずか…針に糸を通すより僅かな隙をソウヤは一点の狂いもなく突き通す。

 その剣はエルトの胸を容赦なく突き――

「ガル」

 ――その1辺1㎝にも満たない小さな土壁により、一瞬の隙を塞がれた。

 刹那遅れた剣先がエルトの剣によりかわされる。
 その後、考えたことは両者とも同じだった。

「「ファイ・ソーガ!!」」

 左手の空いた手のひらに炎の剣が形成され、それがぶつかり合う。
 火山に居るのかと言いたくなるほどの熱風が周りを焦がした。

 炎剣の残り時間が迫っているため、ソウヤとエルトは同時に後ろに下がると初めて立ち止まる。

「――ずいぶん、強くなったね」
「あぁ…そう、だな」

 エルトはクスリと優しげな笑みを浮かべると、その無骨な剣を構える。
 その構えを見ずとも、ソウヤは何をやりたいのかしっかり伝わっていた。

「にしても、成長が早くて驚いたよ」
「剣術、王級だからな」

 互いに笑みを浮かべると、目を閉じた。
 嵐の前の静けさが訪れる。

「『我…強き者…。我の導きに答えよ…。我…弱き者を守る者…。我の言葉に答えよ…。我…』」
「『我は竜。身体は最強の鋼。血は赤く燃え盛る。人々は怯え、恐れ、崇める…』」

 静かに、詠うように、奏でるように、それぞれの詠唱を紡ぐ。

 ソウヤは魂に誓いを。
 エルトは自らの魂を呼び起こす。

 そして…その時は来た(嵐がやってきた)

『亡霊解放(エレメンタルバースト)!』」
『竜化解放(ドラグンバースト)!』」

 一瞬、静けさが起きた。
 それはエルトとソウヤが自らを強化する際、必要とする時間。
 刹那の静けさが過ぎ去った。

 無音。
 音もなく、周りの地形が崩れ、音もなく地面が消滅する。
 ただ、その力を溢れさせただけで。

 クレーターが出来ていく。
 それは両者のエネルギーが反発し合い、高め合っている結果だ。

 1秒経った後、遅れて音が来た。
 台風…いや、竜巻の中を思わせる激しい音と木々が倒れる音が一気に溢れかえる。

「行くぞ、エルト」
「あぁ、ソウヤ。――これが、僕の切り札だ。せいぜい、盗め」

 ソウヤは今まで封じてきた巨剣化を発動させ、その刀身に溶岩より遥かに高い炎が纏い目が焼けそうなほど光る雷が震える。
 エルトただただ、その剣を構えた。

雷電獄蒼炎刃(ボルテット・ゴークブルガイア・ライガ)――!」
无刃(レイグ・ライガ)――!」

 猛々しいソウヤの剣に対抗したのは、剣の一振り。
 そのソウヤの剣がエルトの剣に接触し…弾けた。

「――――――――!」

 ソウヤの顔が驚愕に変わる。
 なぜなら、その刀身にまとっていた雷と炎が一瞬にして消えていたからだ。
 そしてなにより…雪無が巨剣から普通の剣へと元に戻っていた。

 エルトは振り切った状態から刃を返し、素人でも分かるほど無防備な身体を見せているソウヤに向かって剣をふるう。
 それは完全無防備なソウヤにとって死ぬ要因と――

「…!?」

 ――ソウヤがエルトの剣を白刃取りしたことにより、覆された。
 そのまま刀身に足をかけて距離をとる。
 白刃取りを行う際に投げ出された雪無はしっかりソウヤの手元に帰っていた。

「なるほど…な」
「无刃の特徴、もう理解したんですか?」

 ソウヤはそれに頷く。

 无刃。
 それは魔法的要因を一切使用しない、完全使用者だけの技で繰り出す技である。
 効果は、相手が纏う全ての効果を切り払う…それだけだが、単純故に強い。

 使用するには使用者が化け物じみた剣術を身につけており、なおかつ化け物じみた身体能力が絶対必要となる。
 つまりのところ、”かまいたち的なもので全ての効果を消し去る”という反則物だ。

 これの対抗策は1つ。
 完全に剣術だけで相手を負かすのみ。

「あとは、正面から出なければいい…と」

 ソウヤはそれを確認してから、雪無を構える。

「――じゃあ、俺も奥の手その2と、行くか」
「なら僕も、その2…だね」

 両者、また正面から突っ込んでいく。

 次の手が最後になるであろうという、確かな思いを秘めながら。

 エルトが力を抜き、剣先を地面に当てると…剣が増える。

十刃(コル・ライガ)

 刹那より僅かな時間の間に、10回連続斬りを行う世界の誰を探しても行うことは出来ないであろう技。
 それは確かにソウヤに向かって突き進む。

 ソウヤは迫り来る10の刃に身をかがめると、目を閉じる。

 初めに景色がなくなり、次に色がなくなり、次に音がなくなり、次に匂いがなくなり、最後に感触がなくなる。
 完全孤独の世界に入り込んだソウヤは、自らの中へ思考を深めていく。

 そこに1つ。鎖が合った。
 それは雪無の鎖であり、ソウヤ自身が自ら繋げたものである。
 今、それを解き放つ――。

 岩が砕ける音がして、ソウヤの姿がエルトの視界から消えた。
 エルトはその反射神経で対応しようと感覚を鋭くするが…分からない。
 そう、つまりソウヤはエルトの反射神経を超える速度で移動したのだ。

 ―どこに行った…?

 僅かな時間で思う思考。
 ただ、それはただの隙を作る要因としかなりえなかった。

 気づけば真っ二つになっていた。
 首と胴体が離れていく。
 痛みはない、きっと麻痺している。

 地面に転がったエルトの顔は、ソウヤの手に持つ剣を見て納得した。

 ―王剣(キング・ソーガ)…か。

 その手に持つ剣は、今までの無骨な剣と違い金の装飾も僅かながらされていた。
 きっと、知っている人ならばこう思うだろう。

 エクスカリバーのようだ…と。

 ―あぁ…。良かった。

 エルトは安堵の溜息を内心でつく。
 もう、眠気がすぐそこまで迫っていた。
 だが喜ばずにはいられなかったのだ。

 ”自らと闘うことで成長してくれた”ソウヤを。

 首から上だけのエルトの目から、一筋の涙が零れ落ちる。
 ソウヤの大きな背中を見ながらエルトの意識は闇に落ちた。




 エルトが死んだ後、すぐに雪無がいつもの無骨な剣へと変化した。
 あの時、ソウヤが切り札として使ったものは近衛剣となってから現れた、『王剣化』というものである。
 数瞬のみ近衛剣である雪無を王剣にすることが出来るものだが、使った後はソウヤであっても魔力がカツカツになるので、使わなかったのだ。

「ぐっ…!」
「ソウヤっ!」

 力が抜け、身体中に痛みが走る。
 『王剣化』と『亡霊解放』の副作用が現れたようだ。
 そのまま地面に倒れようとした時、ルビが駆けつけ身体を抱きとめる。

 ただ、ソウヤは意識が闇に落ちていくのをかんじた。
 そして意識の闇に落ちていくその数瞬前、ソウヤは――

 ―頑張るから、エルト。

 ――新たな誓いを込めていた。



 ――スキル『无術(ムジュツ)』を手に入れました―― 
 

 
後書き
彼は後悔などしていない。
自身の願望を預けられる者に預けられた、それだけで十分なのだから。 
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