グランドソード~巨剣使いの青年~
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第3章
1節―最果ての宮―
95層―前半―
剣戟。
花火。
氷晶の弾丸。
怒声。
その全てが今まで静寂が流れていた部屋に溢れかえる。
踊る剣の軌跡からは2人。
突き進む氷晶からは1人。
空を舞う巨大な影が1匹。
「――ッ!」
黒き青年…ソウヤは手に持つ無骨な剣を無音の声と共に巨大な影へと振るう。
その巨大な鳥のようにも見える生物は、ソウヤの持つ神速の剣撃を避けて見せた。
しかし、それを読んでいた煌めく銀の髪を持つルビは空中から鎖を出現させる。
見た目ひどく傷んでいるように見えるその鎖は、異常なほど丈夫でソウヤの1振りでないと斬れなかったほどである。
その幾つもの鎖は巨大な鳥は、その巨大な質量でまともに動けるはずもなく鎖にとらわれてしまう。
そこに飛び込んだのは紫髪の青年、エルト。
ソウヤから貸してもらっている薙沙をその手に握りしめると、鳥の両方の翼を切断する。
この階層のレベルになるとレベルが少し足りない|将軍剣(ロード・ソーガ)である薙沙で、切断したのだからエルトの技量も馬鹿らしい。
「『獄青炎の剣』」
その巨大鳥にとどめを刺したのが、ソウヤだった。
一般的な兵士が使いそうな、なんの装飾もない剣に超濃密度の獄炎が纏っている。
その炎剣によって首を切断された巨大鳥は、その命を簡単に散らした。
――94層、クリアである。
95層へと到達したソウヤ達を待ち受けていたのは、巨大な門だった。
「門…?」
しばらくの間ずっと見ていなかった、ある程度の街なら確実に存在するであろう巨大な門が、この最果ての宮の中で存在していた。
初めての事態に、ソウヤは驚きを隠せない様子で固まる。
ルビも珍しく驚きを表情に出していた。
そこへ、エルトがソウヤ達の前へ出てお辞儀をする。
「ありがとうございました。ソウヤさん、ルビさん。貴方達のおかげで無事に95層へとたどり着くことができました」
「早くお前のばあちゃんに持って行ってやれ。心配なんだろ?」
ソウヤは追い払うかのようなしぐさをすると、チラリとエルトを見る。
「――はい。行ってきますね」
エルトは笑顔でそういうと、走り去っていった。
それをソウヤ達は見送ると目の前の巨大な門を眺める。
「95層は、今まで通り町ってこと…か」
「ただ…」
「あぁ、規模が違いすぎる」
巨大な門の先にうっすら見えるのは、地上では意外とよく見ていた建物が建っている。
”城”だ。
つまり、この95層は周りに広大な平原などの中心にある町などではない。
この城下町と城が95層のすべてなのだ。
そして町の階層から次の階層へと行く手段は1つのみ。
「この馬鹿広い中で、クエストの奴を見つけるのか…」
ソウヤは頭を抑える。
そこへルビがソウヤの袖を引っ張ると、城の方を指す。
「城なら…ある確率、高い…?」
「またはエルト関連か…だな」
すべての町や村で出されたクエストは、ほとんど長からではなく住民だった。
そのセオリー通りに進めるとしたらこの城下町にある確率が非常に高い気もしてしまうのだ。
「とりあえず――」
ソウヤは頭をポリポリと掻くと、その場の問題から逃げるようにルビに提案する。
「――武具屋の売り物、見てみるか」
「…」
仕方ない…という風にルビは少しだけ苦笑いをして頷くのだった。
結局、この階層のクエストの場所を見つけるまでにはそこまでかからなかった。
ソウヤが仮定として出したエルトの親からクエストが出現していたのである。
しかし、エルトの家の場所が分からず結果的にしばらくの間ずっと捜索し続けていたのは余談だ。
「祖母の病気が治らないんです…」
無機質な声で、エルトの父親であろう人物がそう告げた。
久しぶりに聞いたあまりに無機質な声にソウヤは背筋が震えるを覚える。
そこで、祖母の面倒を見ていたエルトが、寝室を出て空いていた椅子に疲れた様子で座り込んだ。
ソウヤはそれを横目で見ると、エルトの父親の目線を再び戻す。
「ほかに治す方法は知らないのか?」
「貴族や大商人が持っている、竜目のクスリなら…」
「わかりました」
それだけ聞くと、ソウヤはもう用はないと立ち上がった。
ルビもソウヤの後に続いて立ち上がる。
ロボットのような人とこれ以上話すのは、寒気が止まらなくソウヤにはただただ苦痛であった。
「ま、待ってください、僕も…!」
そこでついて来ようとしてきたのはエルトだった。
ソウヤはこの迷宮で数少ない感情を持った人であるエルトの申し出を、一瞬思考したがそれに頷く。
確実に何者か…特に竜系と戦うことはほとんど確実だったからである。
「頼む」
エルトはうれしそうな表情をすると、小走りしながら部屋に入り込んだ。
何かを漁っている音が響き、準備をしているのが容易に想像できる。
それからわずか2分ほどで軽鎧を着込んだエルトが出てきたときは流石にソウヤがビビった。
「さ、さぁっ!行きましょうッ」
「あ、ああ…」
生き生きとした声で意気込むエルトに気圧され、若干…いやかなり引きながらうなずいたソウヤ。
キラキラとした純粋な目でエルトはソウヤを見る。
そんな目で見られ、顔が引きつるソウヤ。
不意に、クスリと誰かが笑った。
「…?」
ソウヤとエルトは同時にその笑った人に顔を向ける。
笑っていたのは、ただただ静かに見守っていたルビだった。
エルトはルビが急に笑ったことに驚き、思わず「ど、どうしたんですか?」と問う。
それにルビは答えることができず、笑い続ける。
それを見たソウヤとエルトは、ルビが笑った理由に更に困惑するだけだった。
「竜目のクスリを譲ってほしい」
ソウヤは目の前に居る男にそう言って頭を下げる。
「それ相応の対価を用意してもらわないとできないな」
豚のように太った男は、その脂肪の塊を叩きつける。
竜目のクスリをこの城下町内でもっているのはこの商人だけだ。
ソウヤはその言葉に予想していたのか、懐の中からかなりの重さを持つ袋を机の上に置いた。
商人は袋をふんだくるように取り上げると中身を見て、机に放り出す。
「金額的には申し分ない」
だが、と商人は憎ったらしい笑みを浮かべた。
どうやら定額の1.5倍以上の金額だけでも満足しないようらしい。
「竜目のナミダの在庫が1個でもあればいいのだが、あいにくそれがラストの1個でね」
「プラスして何かしてこいと…?」
ソウヤは目を細める。
「それなら、その金額も定額で払わさせてもらうが?」
「あぁ、構わんよ」
出来るのならばな、と商人の目が怪しく光る。
そして脂で光っている人差し指を伸ばす。
「ただ、お前が今着けている剣を渡してもらえれば…な」
背筋が凍るのをソウヤは感じる。
商人がもっとも興味を持っているのは他から見れば法外な金貨の束ではない。
もっと、価値のあるものだ。
あの商人の目にあるのは、ソウヤの持つ1振りの剣。
ソウヤが1年以上の間鍛えに鍛え続けてきた伝説の名を持つに等しい物。
つまり…雪無だ。
―なるほど、どおりで剣を常備している状態で通されたわけか…。
しかし…とソウヤは考えた。
雪無は鞘から抜き放ち、使用者本人がわざと出さなければ本来の剣と同じにしか見えない剣を、何故この眼の前の商人は人目で気付いたのか。
商人はソウヤの視線を感じるとゲラゲラと笑う。
「そんな”魔族の血の匂い”が濃い剣が、ただの剣ではないにきまっているだろう?」
「…なるほど、な」
竜目のナミダを手に入れるには、つまり一定以上のランクを持つ剣を持ち、それを渡さないと駄目らしい。
クエスト内容を理解したソウヤは金貨の入った袋から余分な分だけ抜き取り扉に手を掛ける。
「どのクラス以上の剣だ?ほしいのは」
「別に竜目のナミダと同じかそれ以上の”剣以外”の物資でも構わんさ」
ソウヤは扉を締めると、アイテムストレージを取り出し持ち物の確認をしていく。
廊下を商人の住んでいた屋敷の中を歩いて行くと、待合室にルビとエルトがお茶を飲みながら待っていた。
「どうでした?」
「竜目のナミダと同じかそれ以上の物資を持ってこい、とさ」
「…竜目のナミダを、とったほうが…はやい」
ルビの言葉にソウヤは商人を心のなかで呪うと、アイテムストレージからルビとエルトの武器を取り出し、渡す。
竜目のナミダはここらへんの地域では取れないことを知っているので、とったほうが速い…というのはないのだが。
「エルト、知っているか?あれに届きそうな物」
「そうですね…」
エルトは手を口に持って行くと、考えるような素振りを見せる。
不意に、「あ…」と口を開く。
「一応あるにはありますが…その前にソウヤさんはなにか持っていないんですか?」
「――あ…」
そういえば、とソウヤは間抜けな声を上げる。
アイテムストレージを開くと、ツラツラとページを更新していくと…複数の物が上がってくる。
ソウヤは端っこで立ち続ける執事であろう男性に声をかけた。
「ここで魔物のアイテムを取り出してもいいか?」
従者はしばらくの間無言で居ると、不意に縦に頷いた。
どうやら良いらしい。
ソウヤは2つ3つアイテムを待合室に設けられた大きめの机の上に置いていく。
それは普通の人が見れば、一瞬で軽い失神をしてしまいそうなほどレア度が高いものばかりである。
それを見たエルトは軽く固まっていた。
「これ…竜のナミダと同等以上すぎると思います……」
エルトの顔は笑顔だったが、目は軽く死んでいた。
それから1時間ほどソウヤが出してはエルトに鑑定してもらうという作業を続けた結果――
「…これ、ですかね」
「だな…」
ソウヤとエルトは単純作業を続けた精神的ダメージにより、やわらかなソファに倒れこんだ。
なおルビは1時間優雅に紅茶とお菓子を頂いていた。
結局、エルトが選び抜いたのは竜のナミダの素材となる竜の一部分…加工する手間も含めて、大体その竜の心臓だった。
結局戦闘行為には至らなかったので、それぞれの得物をアイテムストレージに収納する。
すると、不意にエルトは立ち上がった。
「――すこし、祖母の様子を見てきます」
その表情を見たソウヤは、一瞬驚いた顔をしたがすぐに苦笑する。
――まるで、何かを悟ったかのように。
「あぁ、行って来い」
「…はい。行ってきます」
エルトは少し切なそうな笑顔を向けると、扉に手をかけて部屋から出た。
ソウヤはしばらく閉じた扉を見続けると不意に立ち上がる。
「…行くぞ、ルビ」
「――うん」
その数分後、ソウヤは竜のナミダを手に入れた。
後書き
彼は、裏切りを決意する。
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