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グランドソード~巨剣使いの青年~

作者:清弥
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第3章
1節―最果ての宮―
  少女

 時は少し遡り…。

 巨大な氷の砲弾が吹っ飛んできた時から10分後、ソウヤは真っ暗に映る部屋の目の前に居た。
 その特徴から、入り口に張っていた結界と同じものだろうとソウヤは結論付けるとその真っ暗に映る空間に向けて手を伸ばす。

 あの砲弾が飛んできてから、一度も先ほどのようなミニガンよろしくの攻撃の嵐も来ず、魔物が出るわけでもなくここまで辿りつけた。
 それがソウヤにはどうしてもひっかかっている。

 ―力を溜めているのか、それとも戦意喪失したのか…。どちらでも構わないか。

 ソウヤはそう思うと、自分の中の警戒レベルを最大値まで引き上げ神経を張り巡らせると結界の中に入り込んだ。
 そして――

「なっ…!」

 ――そこに居たのは、中学生ほどであろう身長の少女。

 そしてその少女は…”檻の中で手足を鎖で縛られていた”。
 少女の手足を縛る鎖は風魔法にある封魔の術印が施されているように見える。

 少女は諦めたようにこちらを見つめると、静かに顔を下げた。

「…っ!」

 その顔がひどく痩せこけていて、とても村で聞いたような魔族には見えなかった。

 真意を確かめるために、ソウヤはその魔族と言われる少女に問う。

「お前は、何者だ」

 少女はソウヤの声にビクリと身体を震わせると、ソウヤを濁った目でみつめた。
 その身体が、その態度がどうしても自分の知っている魔族と重なり合わず、ソウヤは困惑する。

「私、は――」
「――いやはや、魔族の魔法に屈しずここまで来るとはさすがですな。冒険者殿」

 少女が問いに答えようとした正にその瞬間、ソウヤの背後から複数の足音と村の村長の声が聞こえる。
 その声は村で聞いたような”明らかな無感情”ではなく、”人間のように感情がこもっている”ようにソウヤは思えた。

「村長、何故ここに来た」
「村までドデカイ音が聞こえてきましてね、それで来たまでですよ」

 ソウヤは瞬時にそれは嘘だと結論を出す。

 あの外から見ると中が真っ黒になる結界は、何も視覚情報を遮るだけでなく聴覚情報も遮る効果があることはとっくに知っていたことなのである。
 つまり、このタイミングでここまで来れたのは後ろから着いて来ていたということだ。

 ―ッチ、俺でもわからないほどの隠密の技術なんか持っていたのか。

 ソウヤはそう内心で愚痴を漏らす。
 そして村長は、ソウヤに質問を投げつけた。

「冒険者殿、まだあの憎き魔族めを殺さないのですか?」
「…」

 ソウヤはあえて村長の問いを無視すると、改めて縛り上げられた少女に目を向ける。
 そして。

 通路が終わり、広い部屋の中で――

「た…すけて」

 ――少女が、縋るようにソウヤに言った。
 …全身を鎖で縛られ檻で閉じこまれたまま。

 少女が、初めてソウヤに懇願した。
 助けてくれ…と。

 その言葉の裏に、なにもないことをソウヤは能力、そして経験による第6感で判断すると雪無を鞘から引き抜いた。
 キラリ…と純白に光る雪無をソウヤは振り上げる。
 絶望、恐怖、そして怒りを顔に現した少女は諦めたように顔を下げ、眼をギュっと閉じ――

「…っ!」

 ――いきなり身体が自由になった感覚を覚え、一気に表情を驚愕へと変化させた。

「…どういうつもりですかな、冒険者殿」
「簡単な事だ」

 村長の冷徹なその言葉に、ソウヤは鼻で笑う。

 後ろから立ち込める殺気をヒシヒシと感じながら、ソウヤは雪無を村長たちへと向ける。
 そして、静かに殺気を露わにした。

 幾多もの死線をくぐり抜けてきたからこそ鍛えられる、その殺気の密度に数人の農民であろう男たちは地面に尻もちをつく。

「あの少女が”助けてくれ”と言ったから、助ける。それだけだ」

 そう言うと、ニヤリとソウヤは笑った…否、”嗤った”。

「…仕方あるまい。全員、あの魔族に心を乗ったられた冒険者殿を…”殺せ”」

 それだけ言うと、広い空間の中で入り口から多量の男たちが姿を現す。
 男たちが身にまとっている武器防具は全て地上では超高価であろう名剣や名鎧。
 それが20人ほどなのだから笑えない。

 しかし、ソウヤはそれを内心で笑うとすぐさま鎖から助けだした少女の元へ向かう。

 ―この村長も、今襲いかかってこようとしてくる男たちも、そしてこの少女も、全て声に感情がこもっている。つまり、こいつらは人なのか…?

 ソウヤは内心でそう疑問を持つと、同時に少女を左手で抱き上げる。

「ひゃっ…!」

 少女が静かにそう叫ぶが、現状況ではしかたのないことなので我慢してもらおうとソウヤは内心謝る。
 右手に持つ雪無を逆手で持ち、それを扉の反対方向へ向けた。

 ブルブルと震えている少女にソウヤは静かに、できるだけ優しく声をかける。

「…しっかり捕まって、息を止めて」

 ギュっとソウヤを抱く力が一気に強くなる。
 あまりの凄まじい力にソウヤも少し顔がひきつった。

 ―あながち、魔族っていうのも間違ってないな、これは。

 ソウヤはそう苦笑すると、一気に雪無に魔力を貯める。
 上級魔剣程度ならばソウヤの魔力の1/10を込めただけでもぶっ壊れていただろうが、|将軍剣(ロード・ソーガ)クラスの剣ならばそれも心配ない。

 そして、ソウヤはその雪無にためた魔力を以前から考えていた魔法に行使する。

「『魔力加速(ロールス・ギルト)』」

 刹那。

 そう、刹那の間にソウヤと少女の眼にはすべての景色が線に見え、刹那の間にダンジョンの入り口にまでソウヤと少女はたどり着いていた。
 ソウヤが100mほど地面を削りながら勢いを殺していき、やっと止まる。

「もう息をしてもいいぞ」

 ソウヤは疲れたことによるため息をついて、優しく言うことを忘れて少女にいつも通りの口調でそう告げる。
 少女は、間髪を入れずソウヤに先ほどの現象は何なのかと質問した。

「あれ、何…?」
「あれか。あれは『魔力加速』っていう、俺のオリジナル魔法」
「どう、したの?」
「剣に多量の魔力を貯めて、それを一気に剣先から射出することで一瞬だけだが非常識なみの加速を得られる」

 少女は、しばらく黙っていると不意にソウヤに顔を向ける。
 その顔は恥ずかしさで顔を少し赤らめていた。

 その顔で、ソウヤは未だに少女を片手で抱いていることを思い出し、「悪い」とだけ言って地面に下ろす。
 少女は未だに冷めぬ頬を隠せず、それでも小さく「ありがとう」と言った。

「さて、次の層に行くにはどうすれば良いか…。この状態で開いているかすらわからないし……」
「開いておるよ」

 背中から聞こえる声に、ソウヤは瞬時に戦闘モードへと移行し目に見えぬ速さで雪無を声が聞こえる方向へ振り、相手の首筋の直前で止まらせる。
 そこに立っていたのは、ある程度見慣れている老人…もとい精霊だった。

「老人、なぜ開いている」
「このクエスト自体。異例中の異例だったからの」
「異例…?」

 老人は頷く。

「村の人が全員感情こもっているように思わんかったか?」
「あぁ、普通の人と同じ感じがした」
「あれは試験的に儂の分身をすべての住民に入れてみたんじゃよ」

 精霊はそんなことまで出来るのか…とソウヤは内心呆れる。
 しかし精霊はそんなことを気にしない様子で話を続けた。

「しかし、そんな時にいきなりこの村にこの娘が現れたんじゃよ」
「まさか…ここまで……?」
「いや、それは無いじゃろう。そうなれば儂が察知するからの」

 じゃあなぜ…という疑問の目を先ほど助けた少女に向ける。
 少女は「わからない…」と頭を横に降った。

「目が覚めたら、ここだった」

 精霊は頭を掻き、「そういえば現れた時も昏睡状態だったの」とつぶやいていた。
 ソウヤは状態がこれ以上良くも悪くもならないと判断して、話を切り出す。

「それでどうなったんだ」
「自己の感情がそれぞれ持っているせいで、魔族だと気付いた村々の人は昏睡している間に近くにある小さい洞穴に少女を閉じ込めたのじゃ」

 なるほどな…とソウヤは思う。

 魔族=悪という常識が広まりきって定着しているこの世界では、昏睡している状態の魔族は良いカモだったわけである。
 そして、見た目少女の魔族を痛めつけようとした結果、この少女が目覚め近寄れなくなったのだろう。
 それからしばらく経ったかしらないが、ソウヤが現れてあの魔族を殺すことを依頼した…ということなのだ。

 ここまで考えたソウヤはいくら同じ人だといえ、行ったことに頭を抱えてしまう。

「つまり、この少女は老人の分身が入っているわけではないのか」
「そうじゃな、多分地上から来たのじゃろう」

 ソウヤは静かに少女に近寄ると、少女と同じ目線になるべく屈んだ。
 その瞳は吸い込まれそうなほど綺麗なルビー色で、血の色とは言い難い美しさが合った。

「君、俺についてくるか?」
「…え?」
「君がここに居続けることはできるが、危険ばかりだ。だが、俺についてくれば地上に出ることは出来る(・・・)

 出来る。
 そうソウヤは言い切った。
 世界で最も強大な迷宮の中で、そう言い切ったのである。

 そう出ることに一切の自信も欠けること無くそう言い切ったソウヤを前に、少女の決断は即答だった。

「あなたに、ついていく」
「…そうか」

 ソウヤは少しだけ微笑むと少女の前に手を差し出す。
 その差し出された手を見て、少女の美しいルビー色の瞳が揺らぐ。
 そして、戸惑ったように恐る恐るその手を掴んだ。

「あ…」

 ―暖かくて…大きくて、とても……硬い。

 下的な意味ではなく、魔族の少女がソウヤの手を掴んで正直に思った感想がそうだった。
 中学生ほどの身長しか無い少女には、その手はひどく大きく、そして幾多もの戦いをくぐり抜けてきた証の手の硬さ。

 そして…初めて人と接することが出来た少女は、人の手が暖かいのだと知ったのだ。

「俺の名前はソウヤだ。見た目からも分かる通り、ヒューマンだ」
「私は…」

 少女は言葉を詰まらせる。
 そして顔を反らすと、ソウヤをチラリと見た。

「…貴方が、決めて」
「…っ。分かった」

 少女のその行動がなんとなく日頃どんな扱いを受けてきたのかなんとなくソウヤは察し、そのお願いを承諾する。
 そして、静かに少女に名前を付けた。

「ルビ…ってのはどうだ?」
「…良いと、思う」

 そういうと、少女は顔を下に持って行くと小さく、消え去りそうな声で「ありがとう」と言った。

 ソウヤはそれをあえて聞かなかったことにすると、今も立ち続けこちらを見つめ続ける老人に目を向ける。

「俺達はもう行く」
「うむ、次の層へはここからこっちに進んだところじゃ」

 そう言って老人はある方向へ指をさした。

「あぁ」

 とだけソウヤは答えると、未だに力が出ないのであろう少女をおんぶして、その方向へ歩き始めた。

「すぅ…すぅ…」

 間もなく、少女は瞳を静かに閉じて寝息を立て始める。
 風が静かに吹いて周りの木々を揺らし、少女の白く輝く銀髪も少しだけ揺れた。

 ―疲れていたんだろう。知らぬ土地で監禁されていたのだから。

 ソウヤはそう思うと、気持ちの良い風を頬で感じながら森のなかを歩いて行った。 
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