グランドソード~巨剣使いの青年~
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第2章
2節―運命が許さない旅―
銀色の狼
ソウヤは初めて『瞬死の森』に来た時同様、魔物から必死に逃げていた。
ただ、なにか違いがあるといえば…お姫様抱っこと呼ばれる公の場で使えば好奇の目で見られることが確実なこの抱き方で1人の女性を背負っているということだが。
男勝りな性格をしているナミルは、はじめは頬を紅潮していたがさすがと言うべきか澄ました顔をして必死に走るソウヤに尋ねる。
「ソウヤ。どこかに逃げる算段はあるのか?」
「すっすっはっはっ……無い…!」
長距離で長く呼吸が持つ呼吸法をしていたソウヤは一言だけ、辛いのか息を荒げながらそう答えた。
あれから走り始めて1時間半経過している。
いくら陸上に入って、それに加えステータス上昇で通常の人より数倍強くなっているソウヤと言え、その肺活量、肺の大きさは変わることもなく辛いものがあった。
ただ、それでも通常の冒険者の2倍ほどの速さで走り続けているのだから呆れるしかないだろう。
―やっぱ結構きつい……。フルマラソン選手はどんな肺活量してんだよ……!
ソウヤはフルマラソン選手の肺活量に愚痴を内心吐いた。
だが、それならフルマラソン選手…いや、通常の人はソウヤになんでそんなに早いんだよっと言い返だろう。
通常の市民マラソンでの人が走る速さは時速は8~10㎞であり、冒険者が市民マラソンをすれば13~16㎞はある。
しかし、ソウヤはその速度の2倍…つまり時速約30㎞で…簡単にいってしまえばあのウサイン・ボル○の時速と6㎞ほどしか変わらない速度で走っているのだ。
それで1時間走っているのだからこれはもう驚きを通り越して呆れもするのが普通である。
―ッチ…。こんなに走ってもあの魔物しっかりとついて来てやがる…。これはもう逃げきれないと思った方が良いのかもな……。
ソウヤは『肉体強化』を発動させる。
発動したのと同時に、身体が軽くなり息が苦しくなくなるのをソウヤは感じた。
次の瞬間、ソウヤは軽い地震のような地鳴りを起こし地面を割り…全力で前に飛んだ。
すさまじい風圧による風の唸り声、周りがまるで線になるような速度で進んでいるのに対し、ナミルは身体が何も圧力を受けてない事を感じ、驚く。
理由は単純にソウヤが風魔法で障壁を作っているからだが。
「…ッ!」
ある程度進んだところでソウヤは目の前の木に向かいギリギリまで圧縮した風魔法の風を当てる。
木が折れる代わりにその風の反動でスピードが落ち、そのまま地面にソウヤは着地した。
「…ナミル。ここから暫くすれば村に出る。そこで森に入らないように村にいる人全員に伝えろ」
「ソウヤは……いや、聞くのは止そう。わかった村に居る人全員に伝えておく」
ソウヤが言っている意味を、一瞬で理解したナミルは情に流させることなくソウヤの言葉にうなずく。
その肯定に俺の言葉を理解してくれて感謝したソウヤは、村へ行こうとしたナミルに言葉をかける。
「後、ルリという女性が居るからそいつだけに森に来るよう伝えてくれ」
「…ルリという奴だけか?」
「そうだ」
しばらくナミルは黙ると、「分かった」と肯定してソウヤの視線からその姿を消した。
ソウヤはしばらくその場にいてナミルであろう気配が遠ざかるのを確認して、再び『肉体強化』を自分自身に施したソウヤは魔物の所に向かい始める。
―相手狙いはソウヤかナミルのどちらかだろう。ただ、分からないが多分俺の方を狙っている。
ソウヤがそう思ったのは魔物のその特徴が関係しているのだ。
魔物がソウヤ達妖精を狙うのには理由が…というゲームのころにそういう設定があり、それが今も受け継がれている。
この世界のあらゆる物質は魔力があり、石にも酸素や二酸化炭素、細かく言えば生物の1つ1つの細胞にも…だ。
魔物は魔力がないと死んでしまう性質があり、それを補給するために何かを喰わなければならない、いわゆる食事である。
その中で最も魔力を持っているのが妖精…ではなく、精霊と呼ばれる魔力の塊のような存在なのだが精霊は大体の魔物が倒せない。
なのでその次に魔力が高く、さらに数が多くある妖精を魔物は喰らおうとするのだ。
魔物はその中でも最も魔力…つまりMPが高いほうを優先して殺そうとする。
―MPはチート能力でドーピング済みの俺の方が武闘家の上位を持っているであろうナミルより数倍多いのは確かだ。なら、やはり…俺を狙うはずだ。
魔物にも本能というのが存在する。
その野生の本能というのだろうか、魔物は自分より数倍強い相手には反対に逃げることに徹するのだ。
通常なら『軍勢の期』か自分から弱くなっていないとソウヤは大抵の魔物から逃げられるのだが、今は少しドーピングした程度。
ソウヤはそこから気配である程度の敵の強さを把握したうえで、自分を狙ってくると予想したのだ。
「…いたッ!」
遠くに小さな白い豆粒のような何かがこちらに急速に接近してくる…というよりソウヤが接近している側なのだが。
ソウヤがその目を凝らすと銀色の巨大な狼が見えてくる。
その狼からの威圧を受けてか、ソウヤは苦虫をつぶしたような顔になった。
―やばい…!あいつ、並の相手じゃない。『瞬死の森』のあのボス猿と同等くらい確実にあるッ!!
ソウヤは背筋に冷たいものが走ったのを感じて、真横にある木を掴んで『肉体強化』を施し全力で横に飛んだ。
その刹那、ソウヤの真後ろの景色が焼き野原に変貌していた。
ソウヤは伏せていた身体を起き上がらせると同時に『肉体強化』付きで全力に走る。
しかし、目の前から巨大な尾が現れそれにソウヤは巻き込まれて後ろに吹きとび、木にぶつかった。
「がッ…!」
背中と腹に鈍痛が走るのを感じながらも、ソウヤは『肉体強化』を施しておいて良かったと心の底から思った。
ソウヤが頭をあげると瞬時に移動してきたであろう銀色の狼の姿が見える。
―やばい、こいつはマジで呪いが解かれないと俺1人じゃ到底相手に出来ない奴だ。くそッ!なんで俺ばっかりこんなめに遭うんだよ…。
ソウヤは自分のあまりの不運に愚痴を吐きながら、その場から立ち上がり黒鏡破を取り出した。
『魔魂剣』にはある理由があるため今は使用が出来ないのだ。
ソウヤは黒鏡破を右手に持つと左手にサイレンを持ち、全力で銀色の狼に向かって走り出す。
「グルァァッ!」
「やっぱり…はや、がッ…!?」
銀色の狼は瞬時にソウヤの目の前に移動すると、その巨大な尾でソウヤを振り払った。
再びソウヤは吹き飛ばされるが黒鏡破とサイレンを地面に突き立て、勢いを殺すと地面に着地する。
しかし、構える余裕すらなくまた目の前に銀色の狼が次は前足を振り上げた状態で現れた。
「ッ…!?」
ソウヤは咄嗟にサイレンを盾のように突き出して前足の攻撃に耐える。
耐えた影響か、腕から血が滲み出るがソウヤはそれを一々気にせず、右手に構えた風魔法を纏わせた黒鏡破を前足に向かって突き立てた。
黒鏡破の高い切れ味が手助けしたのか、なんとか肉を裂く事にソウヤは成功する。
「グアアァァッ!!」
自分より弱い相手に傷を負わされたのが気に食わなかったのか、銀色の狼は叫ぶとその場から離れて、連続で口から炎の球を吐き出した。
ソウヤは黒鏡破を地面に置き、サイレンを腰の鞘にいったん入れると、息を止める。
迫りくる数弾の炎の球がソウヤの目の前に迫ったとき、ソウヤはサイレンを鞘から一気に解き放った。
すると周りに迫っていた炎の球が瞬時に水蒸気に変化して空へ消え去る。
「『居合切り』」
ソウヤは静かにそう呟くと同時に地面に置いてある黒鏡破を手に取り、『肉体強化』最高効力で銀色の狼に接近する。
先程ソウヤが行った『居合切り』という技は、サイレンや黒鏡破などの刀に必ず固定スキルとして存在するスキル『刀スキル』の1つだ。
先程の説明としては簡単に言えば、サイレンにある2つの固定スキルを利用した結果と言えよう。
サイレンの固定スキルは2つある。
1つ目は先程話した『刀スキル』で、このスキルの技は非常にダメージが入るところがシビアだが、入れば通常の数倍のダメージを与える事が出来るのだ。
2つ目は『水属性付加』という名前でその名の通り水属性をその武器に付加させることが出来る。
つまり、ソウヤは先程の炎の球はその見た目通り火属性なので、水属性を持っているサイレンを使い、攻撃力を数倍膨れあげさせる『刀スキル』を使ったのだ。
しかもその中で選んだのはもっともタイミングがシビアだがもっとも攻撃力が上がり、さらに一瞬だが武器のリーチが3倍に上がる『居合切り』。
その結果、離れて接近していた炎の球もろとも一刀両断したのだ。
「はぁっ…!」
まさか炎の球を躱すどころか破ってくるとは思っていなかったのか、ソウヤの攻撃に銀色の狼は反応することが出来なかった。
ソウヤは銀色の狼の金色のその目玉にサイレンを突き立てる。
「…………ガアアアアアアアァァァァ!!!!」
目玉をつぶされた痛みに理解が追い付かなかった銀色の狼は数瞬の間、固まったままだったが、突如として叫び声をあげた。
なんとか顔にしがみついているソウヤを振り落とそうと、銀色の狼は必死に頭を振るがソウヤにはそんなのは関係ないと言わんばかりにしがみついたままだ。
―1人で、なんとかこいつ”だけ”でも殺しとかないと…!
ソウヤはそんな思いが脳裏を横切り、必死に目に突き立てたままのサイレンを持ち続ける。
そして、ソウヤはタイミングを見計らってもう1つの目に黒鏡破を突き立てた。
「グァッ!?グルァアアア!!!!!!」
さらなる強烈な痛みに銀色の狼は一瞬驚いたように唸り声をあげるが、次の瞬間にさきほどよりも強烈で、まるでドラゴンを思わせる咆哮をした。
その咆哮による風圧でさすがに耐え切れなくなったのか、サイレンと黒鏡破は目から抜けてそれに準ずるようにソウヤも地面へ落下する。
ソウヤは地面に背中から落下すると同時に起き上がってその場からいったん離れた。
「はぁ、はぁ……すぅーはぁー」
ソウヤは久しぶりに味わった緊張感に―最近は緊張する暇がなかった―暴れる心臓を落ちつけようと深呼吸する。
そして、血がこびり付いたサイレンと黒鏡破を水魔法できれいにすると落下した時に終了させた『肉体強化』を再び発動させると銀色の狼に向かって走った。
なんとか強烈な痛みも治まってきたのか、銀色の狼は悶えながらも気配が分かったのか的確にソウヤに向かって尾をふるう。
しかし、やはり弱ってきているのか始め程スピードも出ていなくソウヤはそこにサイレンを突き立て、尾の上によじ登った。
そのままサイレンを仕舞い、黒鏡破だけ持つ。
―このまま…いくっ!
ソウヤは残り少なくなってきたMPを総動員させて黒鏡破に魔力を流す。
呪いがかかってから4週間たった今、使える能力は限られているが…だが限られているとは言えそれは希少能力だけである。
ならば、特殊能力は使えてるのだ。
それならソウヤにも正気があった。
ソウヤは『刀スキル』にある項目の中からまず構えを選ぶ。
なお、『刀スキル』は”大抵”はMPを消費しない。
「…『車』」
選んだのは剣術の流派の1つの『タイ捨流』の基本的な構えである『車』。
半自動的にソウヤの身体が動き、両手で刀を持ち通常の剣道の構えを下に傾けた状態になった。
銀色の狼がソウヤをどかそうと体をゆするが、それすら気にならないほどソウヤは集中しているのが橋から見てもわかる。
そこからそっとソウヤは目を開けて…高速で走り出す。
尾の付け根まで来た時点でソウヤは全力で飛び、もう一度『車』の構えを行うと、口を開ける。
すると、ソウヤは身体が一気にだるくなるのを感じ意識が飛びそうになったが、なんとか踏ん張り黒鏡破を見た。
黒鏡破は4ⅿはあろう半透明の水色の刃に纏われていたのだ。
「すぅ……」
ソウヤはだんだんと加速していく意識の中でゆっくりと息を吸い…その長大な刃を一気に振り下ろした。
その刃は銀色の狼をいともたやすく切り裂き、その威力は地面さえ切り裂く。
半透明に光る水色の刃…それは金剛石を思わせ、その刃は全てを切り裂くことが出来る。
『刀スキル』の中で唯一MPを使い、その消費量が熟練の魔術師のものを全て奪うほど高く、だがその4ⅿの刃は全てを切り裂く奥義…その名は――
「――『金剛宝王剣』」
半透明の水色の光が消え去る中、ソウヤは意識を失った…。
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MP1
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なんとかMPを持たせたまま…。
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