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その日はいつかやって来る

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20

 永い夢だ… そう、私はもう、これが夢だと気付いている。 今も目の前で私が眠っていて、あの人が何かを語りかけている。

「なあ、ルシオラ、お前にこんな重荷背負わせて悪いと思ってる。 だけどあいつが俺に伝えたかった事を、お前が言ってくれたみたいに、今度はお前があいつに伝えてくれ」

 涙を流しながら、まだ産まれていないルシオラに向かって、何かを語り掛けるあの人。

「もう俺達、二人とも終わりにしたいんだと思う。 今度は俺に代わって、ワルキューレが全部悪い役やってくれたけど、俺はあいつに、ずっとあんな事をして来たんだな、だったらお前やメフィストを取り上げられても仕方無いよな?」

 ならば何故その悲しみを私に分け与えてくれなかったのだ、人間の夫婦とは苦しみをも分かち合う物では無かったのか?

「あいつに会ったら言ってくれ「悪かった」って、「許してくれなくてもいいから、今度こそ二人とも消えよう」って。 この宇宙が力を失わないための、新しい摩擦は別に用意するから、心配するなって言っといてくれよ」

何かを決心したようにあの人が立ち上がり、右手に念を込めて胸に当てた。

『抜魂の法により、汝ルシオラを我が身より引き離す。 ぐふっ! ゲホッ、ゲホッ!』

 そうか、あの人が力を失ったのは、ルシオラが産まれたからでは無かったのだ。 自分で引き離し、この儀式によって全ての魔力を分け与えたからだ。 でも、でも私はそのために……

「さあ、これでお前は生まれ変わる事ができる。 文珠も一杯用意した、ワルキューレは眠ってて覚えてないだろうけど、他の兄弟にも願いを込めて来たから、みんな強くなってる。 だけどこれは、お前が生まれ変わる時のためにに貯めていた太極珠だ。毎年、お前の命日に作って来たから千個以上あると思う」

 その願いが私の子の強さだったのか… その太極珠がルシオラの力だったのか……

「だからお前は、とんでもない力を持って生まれて来る。 きっと苦しいよな、友達なんかできないかもな… でも、もし同じ事が続くようなら、俺達二人とも魂ごと消滅させてくれ。 神様でも魔王でも誰にも復活できないように粉々にしてくれっ! もう絶対に生まれ変わって来れないようにっ!」

 広い寝室の中に太極珠が浮き上がって行く。 その全てに、あの人の願いが二文字づつ込められていた。

『俺達の願いは、平凡で幸せな人生を送る事。 でなければ、この苦しみの輪廻から抜け出し、永久に消え去る事! 今宵我が魔力と、家臣どもの儀式を用い、太古の呪いを解き、全ての業と輪廻の輪を断ち切る者を作らんとす!』

 まさか全部同時に発動させるつもりなのか? この時、私を眠らせたまま、ルシオラのために、とてつもない儀式が行われていたのだ。

『こ… この力が… 因果律を変え… 全ての魂に安寧をもたらさん事を願う…… 発動っ!!』

 城を包み込む程の巨大な魔法力が発生し、その力はたった一人の女の中に集約して行った。 私ではない、私を触媒に創られた魔法生物、ルシオラと言う名の人型の化け物の中に……

 果たして、タマモですら、ここまでの力を持たされて産まれただろうか? 奴は人間の国を一つ滅ぼし、仙人や法師と呼ばれた者と戦って来ただけだ。 しかし、この力は?

「おはよう、ワルキューレ」
「ああ、昨日は変な夢を見た」
「どんな夢だ?」
「さあ? 何か悲しい夢だったが、起きれば忘れてしまった。 大した意味は無いのだろう」
「そうか」

 そう言って私を抱きかかえ、頭を撫でてくれたあの人。 私はあの日、眠りながらあの人の声を聞いた。 魂の奥から搾り出された悲しい泣き声を。

「今日は閣議がある、早めに用意しなければならない」
「待たせておけばいい、今は少しだけ、こうさせてくれ」
「どうしたのだ? お前も悪い夢でも見たのか?」
「ああ、そうだ、だから少しだけ」
「分かった」

 あの時、あの人は私を抱きすくめ、顔を見させてくれなかった。 今にして思えば泣いていたのだ。 それは誰に対しての罪の意識だったのだろう? 私、それともルシオラ?

 それから間も無く、ルシオラが産まれた。 その真っ白な羽根を見た者達に、絶対服従の呪いを掛け、口外しようとした途端絶命するように処理したが、それらを除けば平和な日々が続いていた。

「羽、また白くなったな」
「お前のせいだ、また汚くなった」

 私達は愛され、可愛がられ、その噂は庶民にまで知られて、魔族の間でも流行となっていた。

「なんか牛みたいだ」
「何だとっ?」
「そうだな、胸もデカイからホルスタインかな?」
「きっ、貴様っ!」

 私はあの人に殴りかかった、もちろん本気ではなかったのに。

「ぐはあっ!」
「なっ、どうしてよけないっ、私の拳など簡単にかわせるだろうっ」
「これは「お約束」だからだ」

 この時、私は恐れた。 魔神であるこの人が、私の拳を避けられなかったのだ。 弱くなっている… 老い、衰え、人間、別れ、死、あらゆる言葉が私の頭の中を駆け巡っていた。

 だから私はあの人を避けたのかも知れない、弱って行くあの人を見るのが怖かったからだ。 私はルシオラより後、子を産むのも恐れた。 白い羽の子を恐れただけでは無かった、子供達があの人から力を奪い、弱らせて行くようで、とても恐ろしかった。

 やがてその恐怖は現実となり、あの人は日に日に弱って行った。 力を失った魔王、そんな物は存在してはならない、誰か力有る者が倒さなければならないのだ。

 その相手はタマモ? それともルシオラ? この地をまとめ上げ、歯向かう者を全て倒せる存在。 ではどちらも不適格だ。

 タマモはあの人が死ぬ時、狂ったように殺戮を楽しみ、この国の全てを焼き尽くすだろう。 自分自身も破滅させ、全ての者にあの人との殉死を強いるように。

 ルシオラは、誰とも争わない。 本当に虫すら殺せず、言い争いすらしなくなった。 あいつの怒りが一定のレベルを超えると、その相手は塩の柱になる。 浄化され、その魂すら失われるのだ。 力だけは申し分ないが、統治者にはなれない。

 そしてある日、子供を産める体になったルシオラは、あの人と結ばれた……

 どの女の部屋にもいなかったあの人を探すうちに、嫌な予感を感じてルシオラの寝所に乗り込み、アンドロイドの衛兵を押し退けて、事が終わった後の現場を押さえた。

「お前、自分が何をしたか分かっているのかっ!」

 この言葉は、父親であるあの人にではなく、まだ分別が付かないはずの娘に向かって言っていた。

「ご、ごめなさいっ、お母さんっ! 私が誘ったの、私が無理に、お父さんにお願いしたのっ!」
「違う、俺だっ」
「違うのっ、お父さんが弱ってたから、私の力を少しでも返そうと思っ…キャッ!」
 バキッ! ガラッ、ガシャン!

 私はあの人からルシオラを引き剥がし、思い切り殴った。 こいつにはこんな制裁など、撫でられた程にも感じないだろう。

 ひとたび攻撃されれば、この肌は鋼鉄より固くなり、殴った拳の方が呪いによって砕ける。 子供の頃からずっと、誰からも恐れられ、友達など一人もできず、いじめっ子をひと睨みで消した事もあった。

 それ以降、こいつに話し掛けられて逃げなかったのは、タマモ、神無、朧、シルクだけだった。 パピリオやベスパ、私でさえこの力を恐れたが、私はこいつを殴るのをやめなかった。 こいつが憎かったからだ…

 しかし、あの人は私からルシオラを守れなかった、加速もできず、私の腕を捻って押さえる事もできなかった。 弱っている、初めて出会ったあの頃のように、何の力も無くなっていた。

 それからはルシオラが言った通り、あの人の命を繋ぐには、ルシオラと睦み合い、力を分け与えて貰うしか無くなっていた。

 ただ、あの人の体から次第に魔の部分が消えて行き、ルシオラと同じ光の属性を持ち始めた。 もう私には近寄れない、触れれば互いに消耗し、あの人の弱々しい命の火が消えてしまう。

 あれは、わざとそうしたのでは無いか? あいつの都合の良いよう、私が近寄れないように、あの人の体を作り変えたのでは無かったのか?

 そして、ついに審判は下った…

「王の余命は、後僅かにございます、相続を務められるお方を選び、最後の戦いの日取りをお決め下さい」

 名誉ある戦場での死。 或いは息子か娘が戦って、父の息の根を止め、無様に病死させないための儀式。 それには、私に似た屈強な息子が選ばれると思っていた。 それともタマモやシルクが産んだ父親似の風変わりな戦士、誰でも、誰でも良かったのだ。

「ワルキューレ、お前がやってくれ」
「何だと……?」
「俺の子供の頃からの知り合いは、お前だけになった。 タマモだって前世の記憶を覚えてる訳じゃない。 神無や朧だって、また月に行くまで、何百年も会わなかった」 
「い、いやだ… いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだっ!!」

 息が切れるまで、ずっと「嫌だ」と言ってやった、だがあの人はこう言ってしまった。

「俺を殺して、お前だけの物にしてくれ」
「嫌だ~~~っ!!」

 ずるい、嘘つき、二枚舌、反則だっ! こんな言い方をするなんて、好きなだけ他の女と楽しんだくせに。 ルシオラやシルクなどは自分の命よりもずっと大切にしていたくせに……

 それから数週間後、私達は闘技場で多くの観衆に見守られて戦う事になった。

 この地域を治める王の最後の戦いを見るため、その映像は国中に放送されていた。 何故その相手が私なのだ? 何故息子達では無いのだ? 私はもう堕落してしまっていると言うのに。

「さあ… 始めようか」

 息も絶え絶えにそう言ったあの人、今までの出来事が走馬灯のように浮かび、周りの風景が涙で霞んで見えていた。

「嫌だっ!」

 残していた文珠を使って、あの人が一時的に回復した。 だがその効果すら、とても短くなっている。

「行くぞ」
 カンッ!

 何て弱々しい打ち込み… 昔は霊刀だけで、巨大な兵鬼をも一刀の元に切り伏せたと言うのに。

「やめろっ、やめてくれっ! 私にはできないっ!」

 無様にも民衆の前で逃げ回り、泣き叫んでいた私。

 トスッ!

 そこで腕に鈍い感触が伝わった。 緩い打ち込みを嫌ったあの人は、私の剣の切っ先に先回りしていた。

「うわあああああっ!!」

 これは私の悲鳴。 これは私がやるはずだった幕の引き方。 こうして私が死ねば、殉死として認められ、息子が立ち上がって、母の仇を討つ事もできた。 だが私はあの人を倒してしまった。

「いやだ…」
「ありがとう… ワルキューレ… これで、やっと死ねる」
「いやだっ!」

 作法に反して止めも刺さず、剣を手放してあの人を抱きかかえる。 

「最後まで辛い役目ばかりさせたな… でも一番、愛し… てる……」

 そこまで言って、あの人は力を失った。

「いやだああああああっ!! 目をっ、目を開けてくれええっ! お前がいなくなったら私はどうすればいいっ! この子達はどうすればいいんだああっ!!」

 私は数万の観衆の前で、声が続く限り、なり振り構わず泣き叫んだ。 それからも命の火が消えて行くまで、あの人の体を抱き締めて、その後は自分も後を追おうとした。

 だがそれらの全ては、魔族として許されない無様な行為だった。 私は女王としての尊厳を全て失い、ただの白い羽を持った堕落した女になった……

 貴賓席では、神無と朧、それにシルクまでが煙を噴いて壊れていた。 やはりあいつらも、マリアと同じように、主人が死ねば自分の意志で壊れる事ができたのだ。

 なぜ私にもそうできるよう改造してくれなかった? 鋼鉄の肉体に鋼の心、この後に続く地獄を見るには、それが無ければ耐えられなかったと言うのに…………


「逆天号… アクティブ」
『了解』

 それから何日か経つと、統率者がいなくなった国中で内戦が起こっていた。 状況を知ろうとした私は、魔王から継承した力、この国を守って来た武勲艦を呼び出した。

「今… どうなっている?」
『女王派では、王子と弟達が王位を巡って争っています。 衛星国の領地を継承した月神族派、シルク派は、兵を貸し本国への影響力を強めようとしています。 ルシオラ派はジーク殿の勧めにより僻地に逃走。 タマモ一族は内外からこの内戦を煽って火を付け、破滅を見届けた後に姿を消し消息不明です』

 私が正常なら、私が生きている限りこの国は安泰だったはずだ。 あの人が帰って来るまで、ここを守らなければならない。

「そうか、それと私にも魔体は動かせるのか?」
『はい、但し霊力の消耗が激しいと思われますので、マスターのように常時合体するのは不可能です。 さらに動力源としてエネルギー結晶を必要とします』
「ではどの程度、生贄にしてやればいい?」
『当面、魔族にして4千体分の結晶があれば、全力で活動できます』
「そうか、丁度王宮の外に騒がしい奴等がいるな、あれを黙らせよう、あの人の眠りの妨げになる」
『了解、条約を破棄して戦闘用ドロイドを起動、全兵士に対し撤収命令。 王子を発見した場合は確保します』
「構わん、あの人に逆らう奴は容赦するな、見せしめに生贄にしてやれ」
『…了解、即刻吸引を開始します、女王の霊体を魔体へ転送。 城塞全土に警告!! 究極の魔体を始動します!!』

 その瞬間、私の長男と反りの合わなかった子供とその兵士は、魔体と断末魔砲のエネルギーに変わった……

 嫌だ、もうこんな苦しい夢は見たくない。 絶対に拒否する、舌を噛んで呼吸を止めてでも眠りの呪いから抜け出してやるっ!

 そこで子供のような泣き声が聞こえ、周りが騒がしくなった。
 
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