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その日はいつかやって来る

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19

 あれから、連戦連勝で勝ち続け、我々の陣営は小さな国と呼べる程の大きさになった。 隣接する小国は属国として降り、大国からは不均衡な同盟や婚姻関係を持ち掛けて来た。
 しかし、そんな要求は受け入れず、毎日のように戦争が続き、いつものように戦っていたある日。

『警告、マジックミサイル接近、回避して下さい』

 逆天号の警告が出たが、この中にその程度でやられる者はいない。

 ザシュッ!
「「「「ああっ!」」」」
「「ポチッ!」」

 何故だっ? 吸引に耐える障壁を持ち、隊長とグレートマザーが合体したアンドロイドにも傷付けられなかったこいつが、下級魔族の放った弓矢如きに射抜かれるとは?

「やられたな、いい腕だ」

 嬉しそうに、光る矢を握って引き抜くあいつ。 こんな弱い力が、どうやって魔神の魔法障壁を通過したと言うのだ?

「ヨコシマッ、大丈夫なのっ?」
「ああ」

 慌てているタマモを優しく撫で、落ちつかせようとするあいつ。

「神無、発射地点は分かるか? これを撃った奴だけは何があっても殺すな、連れて来てくれ」
『…分かった』
「まあ、顔を見たら分かるだろうがな」

 思わせぶりに、自分を傷付けた相手を殺すなと言うこいつ。 泣いているのか? この程度の傷で?

「許さないっ! ヨコシマに怪我させるなんて、ねえ、ちょっとこの中で休んでて」
「いい、大した傷じゃない」
「休んでてっ、それと、何があっても外は見ないでね、耳も塞いでてっ!」
「何するつもりだ? タマモ」
「それ以上聞かないでっ! だめっ、もう抑えられない… ヨコシマ、もし、もし私が化け物でも嫌いにならないでね、私の正体を見ても怖がらないでねっ」
「当たり前だ、金毛白面九尾の狐、その力が有るからこそ、俺みたいな奴と付き合えたってのもあるぞ」
「知ってたの?」
「お前が5回転生して、その度に探して、ずっと一緒に暮らして来た。 知らない訳が無い。 でも今度は俺の方が化け物だぞ、魔神なら本気のお前でも、一捻りで押し倒して、すぐに孕ませてやる」
「バッ、バカッ!」

 真っ赤になったタマモが走り去ると、岩陰から狐が飛び立ち、敵側の兵鬼に向かって行く。 距離が離れても小さくならず、逆に大きく見えて来た。 あいつは確か、中国の女神が造った精霊だったな。

「タマモが見るなって言ってたから、ちょっと休ませて貰おうか」

 あいつがカオスフライヤーに入ると、敵側の亀型の兵鬼と、タマモらしき巨大な狐が争い始めた。 これは昔の資料映像で、似たような場面を見た事がある。 確か「ガメラ対バルゴン」だったか?

 やがて、タマモの放った虹色の光が、亀型の兵鬼を焼き尽くして行った。 やはり魔神に「近い」者が作った兵鬼と、女神が造った兵器では性能が違い過ぎる。 普段は少女の体で、恋愛感情まであると言うのに。
 タマモには国を滅ぼそうとする悪い癖があるはずだが、私に止められるだろうか? 王となったあいつが、誘惑されない事を祈ろう。

 廃墟となった敵陣から、煙が立ち上っている。 全てタマモに焼き払われ、毒の瘴気で腐ってしまったが、生存者はいるだろうか?
 そこに神無が敵兵を一人連れて来た。 気絶させて、自決しないように猿轡もしている兵士を叩き起こす。

「起きろっ」
「くそっ、さっきの女か、さっさと殺せっ!」

 戒めを解かれても、我々を睨んで毒づく兵士。 この顔は… いつか見た事がある、逆天号の壁に掛かっていた写真、あいつの親友だった男だ…… それで「自分の左手が放った矢」は障壁を通過して、体に当たったんだな。

「いい腕だな、あの距離で当てるとはな」
「お前がこっちの大将か? チッ! 殺り損ねたか、さっさと殺せっ!」

 怒りに震える女達の前で、平然と座っている兵士。 神無と朧はこの顔をよく知っているようだが、転生したタマモもメフィストもこいつを知らない。 あいつが「殺してもいい」と言えば、こいつは一瞬でタマモの餌食だ。

「まあ、慌てるなよ。 今回はお前が付いた指揮官が無能だっただけだ、次はもっと良い一族に仕えろ」
「何だとっ?」
「俺とお前とは前世からずっと戦ってる。 今度もたっぷり楽しませてくれよ」
「はあっ?」

 あいつが言っている意味が分からず、まだ睨み続ける兵士。 今の名前も雪之丞なのか?

「おい、その左手、いつ無くした?」
「やかましいっ! お前に何の関係があるっ!」
「前世のお前をやっと倒した時、「戦利品」に左手を貰った。 まさか、生まれ付き無かったのか?」
「…そうだ」

 自分の左手を突き付けられ、次第に浅からぬ因縁を納得する雪之丞。

「それは悪かったな、今返してやろう」

 そこであいつは、自分に付いていた左腕を、肘の先から切り落として雪之丞に渡した。

「なっ、何のつもりだっ! てめえっ!」
「決まってるだろ、今度も全力でやり合って、何回も楽しませてくれ。 さあ、付けて見ろよ、自分の手だからすぐに付くぞ」

 また魔族らしい笑顔で笑うあいつ、これを待っていたのか、それともこれも遺言なのか?

「チッ! おかしな野郎だ、自分を殺しに来た相手に、戦利品返すなんてなっ」
「お互いハンデは無しだ、それに今は、お前の方が圧倒的に弱い」
「何ぃ?」

 左手の替わりに直付された弓を外し、手を付け終わり、食って掛かろうとした雪之丞を、ベスパが蹴り倒した。 

「やめろよベスパ、お前も手が付くまで大人しくしてろ。 それに今のままじゃ、この中の誰にも勝てない。 もっと修行して来い、今日は帰っていいぞ」
「畜生っ! その首、はねられてから後悔しても遅いぞっ、覚えてやがれっ!!」

 手近に有った金になりそうな槍を掴んで逃げて行くのを、咎めもせず見送るあいつ。 武器も持たせず帰すのも礼に反するが、あれは施しになりはしないか?

「あいつが出て行ったら、噂を流してやれ 「実力で魔神を傷付けた、ただ一人の男、弓使いの魔人ユキノジョウ」ってな。 ぐうっ」

 言い終わった途端、朧の胸で男泣きするあいつ。 やっと…… 一人目に出会えたな。

 周りで貰い泣きしている奴らを、キョトンとして見ているタマモとメフィストには、私から説明しておこう。 隠れて追い掛けて行って、殺してしまわないうちに…

 それから、自分の左手を再生させたあいつは、また文珠を使えるようになった。 既にあれが無くても、言葉にするだけで大抵の願いは叶ったが、部下の言霊と思考の力に守られた敵に、文珠はやはり有効だった。 誘惑、離反、隷属、臣下、どんな願いも思いのままとなった。

 やがて、タマモやシルクが呼べば、いつでも転移して来る隊長とグレートマザー。 隊長に付いて来るオプションの量産型アンドロイド。 そして逆天号により、殆どの地域は平定された。
 何よりも、逆天号に再生された魔体の威力は絶大だった。 地球規模の修復のためでは無く、純粋に戦闘用に造られた機体は、どんな兵鬼でも対抗できず、あの「吸引」を防御できる魔法障壁も存在しなかった。
 あれに耐えられるのは他の魔神か、神族でも余程名のある上級の者だけだろう。 


 そして、あの人の元に次々と馳せ参じて来た臣下達。 怪力無双の虎の巨人、ヴァンパイアの男、剣を使う狼女、献上されたランプに入っていた精霊。 全てでは無かったが、領地の中から一人、また一人と見付かって行く、あの人の懐かしい友人達。

 中でも、あの人をパトロンにしようと、援助を願い出た少年を見た時は見物だった。 そいつが目通りを許された時、いきなり駆け寄って抱き締めて、辺り構わず泣いたので、神無がキレて「男の子供にまで手を出すつもりかっ!」となったのは言うまでも無い。

 もちろんその少年の名前はカオス。 それからも余りに一緒に行動し、寝食を忘れて工房に篭り、全ての技術を授けていたので、神無で無くてもその関係を疑った者は多かった。

 今にして思えば、ドクターカオスとは、あの人が転生して記憶を全て失った時。 魔法と機械の技術を残し、再び自分に伝えるために造られた、特殊な下級魔族だったのかも知れない。

 しかし、我々の誰よりも永く同じ時間を過ごし、親代わりでもあり、教師で友人でライバルでチームメイトで戦友。 全員の肩書きを合わせても足りない物を一人で持ち、次に転生した時に、あの人に知識と経験を伝える役回り。

 辛い人生ではあったが、それを妬む女は多かった。 特に月に一度、年に一度だけ戯れに弄ばれ、他の年月を満たされぬまま過ごす、各地の部族の長から送られた娘達には。

 やがて、その存在を疎ましく思われながらも、手出しする事を許されなかった女達から、一つの陰謀が繰り出された。 カオスが好む特徴を全て持ち合わせ、その理想を絵に書いたような女が作られ献上された。 名前は勿論、我々が忌むべき存在と同じ「マリア」と言った。

 カオスは夢中になってマリアを追い回したが、あの人は楽しそうに見守っていた。 熱心に女を口説く方法も伝授していたので、悪い噂の一つは消えたが、さらに友情を深め、魔族らしくない表情で笑い合う二人を見て、女達の陰謀は儚く終わったかに思えた。

 しかし、マリアには「世界でただ一人、魔神様だけを愛する」と言う呪いがかけられていた。 カオスと共に会うたびに恋心を募らせ、よりにもよってカオス本人の目の前で、あの人の前に跪き、永遠の忠誠を誓って身も心も全て捧げたいと泣いたマリア…

 その時、カオスは自嘲的に笑い、涙を隠してこの城を去ったと言われる。 引き止める事ができなかったあの人は、マリアを造るのに荷担した者達に、恐ろしい刑罰を与えた。

 あの人が魔界に来て初めて行った虐殺。 人形を作った部族と、この計略を考え出した部族を一人残らず殺し、その娘達は汚らしい家畜に永遠の愛を誓わせる呪いを掛け、家畜小屋で飼い、家畜の子を産ませた。

 その後、マリアに掛けられた呪いは、解こうとすればマリアの存在自体が破壊されるように作られていた事が判明した。 そこであの人は、カオスと自分を逆に認識するよう、新たな呪いを上書きした。

 しかし、カオスは帰って来なかった。 放浪の旅に出て、人間界に隠れたとも言われた。 最後に出来たのは、その元凶となった、マリアの首と胴体を切り離す事だけだった。

 次に転生する時は、カオスの下に赴くように。 自分を愛するように掛けられた呪いが解け、自由意志で伴侶を選べるよう、1体の人形をその手で砕いた。


 こうして儀式だけでは無く、この国も一気に破滅への道を歩み出した。 あの人のターンが終わったのだろうか? またアシュタロスが現れるのか?

 あの人が霊破片を掻き集めて、ベスパを触媒にして産ませたアシュタロスは、ジークのように魔族らしくない優しい男になった。

 統括を任された領地でも、善政をもって領民に答え、自分の眷属を豊かにする事こそが民を守る事に繋がると信じ込んでいた。

 前世より遥か昔、始めからそう造られたからだろう。 だがそれは弱い者を生き残らせ、主君に対して反抗する力を持つと思わせる、この世界の禁忌だ。

 やがて、それを見た「誰か」の気まぐれで、天変地異が起こった。 飢えた奴の領民は、自分達は援助を受ける権利があると言い出した。 誰がそんな笑い話を聞く? 神族や人間のような二枚舌ではなく、はっきりと言ってやろう。

 この世界では死んだ者と飢えた者が馬鹿なのだ。 魔界に平等など無い、飢えた時、誰から死ぬか、誰から食料になるか、決めていなかったお前達が馬鹿なのだ。

「別の領地から配給する物資は無い、理由は分かるな」

 その決定を聞いた奴は、真っ青な顔をして震えていた。 誰かを利用する事はあっても、決して施しは受けない、それが我らの誇りだ。

「王からの勅令であるっ! 下級魔族アシュタロス、貴様に与えた全兵力を持って反乱を平定せよっ!」
「…………」
「命令を復唱しろ!」
「はっ… 領地に戻り… 反乱を、平定します……」
「飢えた民衆にはその死肉を食わせてやるがいい」

 そうだ、お前は造物主に対して絶対服従なのだ。 お前は私が愛するあの人を、ずっと苦しめて来たのを覚えているか? 私は忘れないぞ。 痩せ衰えて全てに絶望し、私に「殺してくれ」と言ったあの哀れな姿を。 お前もあの苦痛を存分に味わって来い、その身を自ら滅ぼしたくなるその日まで。

「やめろっ、ワルキューレッ! アシュ様を苦しめるつもりかっ! 約束が違うぞっ!」
「誰がそんな約束をした? あの人が約束したのは復活までだ、そして同じ苦痛を味あわせてやると言ったはずだ」
「ポチッ! 罰を与えたいなら、あたしにしろっ! アシュ様を苦しめるなっ!」

 母として、アシュタロスに下した刑を軽くするよう嘆願するベスパ。 だがあの人は目を背け、何も答えなかった。

「不敬だ、ベスパよ。 如何に建国の功労があったとしても、王に対してそれ以上の不敬は容赦せんぞ」
「じゃあ、あたしが行くっ、反乱はあたしが鎮めて来るっ」
「許さん」

 これはアシュタロスに与える苦痛だ、お前に横取りさせる訳にはいかん。 たっぷり味わって来い。

 領地の中に奴と情を交えた娘がいたはずだが、どんな末路を歩んだかは考える必要も無いだろう。 広場に引き摺り出され、リンチを受けて吊るされたか、それ以前に服を引き裂かれて、進軍して来る将軍に対する復讐を一身で受けたのか、情報部が持って来る映像が楽しみだ。

「うおおおおおおおっ!! 殺してやるっ! 一人残らず殺してやるぞっ! クズどもめぇっ!!」

 そのプレゼントが余程気に入ったのだろう、その映像を見てから、領民に対する態度が一変した。 若い娘を見れば、自分の恋人がされたのと同じように、人の集まる広場で乱暴し、兵士達に与えた。 奪還した地域では、「民は生かさず殺さず」「胡麻と人民は絞れば絞るほど」を実行するようになった、誉めてやろう。

 やがて城塞を破壊して、自分の民を一人残らず切り刻み、大地を血に染めた中で、奴は血の涙を流していた。 まるで人間のような泣き声を上げて… もっと泣け、喚け、私はその姿を記録して、あの人に捧げよう。
 
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