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その日はいつかやって来る

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04


 逆天号の本体ゲートから、パーキングまでの通路を進む私とヨコシマ。

「終わった…… 今度は長かったな」

「何が終わったのだ? 始めるとすれば今からだぞ」

 人間としての人生が終わったと言いたいのか、それとも早速弱音を吐いているのか、どちらだ?

「いや、終わったのはアシュタロスのターンだ、これからは俺の番だ」

「何の話だ?」

「今までの悪夢みたいな生活は、全部アシュタロスの呪いだった。 俺が何もかも失敗するよう、家族を何度も失って、転げ回って苦しむように決められてたんだ」

「ほう、大きく出たな、どうしてそう言える、ただの思い込みじゃないのか?」

「前世の俺、高島が死んだ後も似たような事をしていた。 あいつが数百年先に飛ばされた後、全ての計画が失敗に終わるよう(しゅ)を掛けていた。 弱い霊魂でも本人がいない間は色々な仕掛けができたみたいだな」

「前世? アシュタロスの失敗が、全部お前のせいだとでも言うのか?」

「ああ、あれでも一応陰陽師だったからな。 昔メドーサやベルゼバブが、人間如きに無様に滅ぼされたり、あのアシュタロスでさえ、バナナの皮で転んだんだ。 「宇宙の意思」とやらが、あんな簡単に人間の味方をしてくれるなら、誰も苦労なんかしない」

 奴が妙な話しを始めた、本隊にも連絡しておくか?

「おっと、ここから先は無線鬼を入れるなよ、お前の上官でも聞いたら消されるからな」

「何っ?」

「キーやんとか、サッちんも合意してる事だ、まあ、お前だけは特別待遇で聞かせてやるよ」

 まさか両陣営の最高指導者の事を言っているのか? 下手な話をすれば、お前がこの場で消されるぞ。

「お前や小竜姫は、どうして俺を迎えに来たんだ? 何故今日だったんだ?」

「命令があったからだ、ピエトロの時にも来ただろう、奴もそうだ」

「俺もさっきまではそう思ってたよ、でも三界の神魔が集って、月の女神が最後の願いで俺にかかった呪いを解いてくれた。 これもどこかで見た覚えがある…」

「いつの話をしている? それは前世か? それとも今かっ?」

「俺達はいつも無意識の内に、お互いに泥を投げ合って、苦しめ合って来た。 すでに決められている事だとも知らないで… でもあいつはいつも詰めが甘い、俺の前に俺の好みの女を作って連れて来て、思いが遂げられないまま女か俺を殺すんだ。 生かしたまま苦しめる方法は知らない、いや出来ないんだ」

「だからそれは、いつの話なんだっ!」

 私は恐れている、目の前で語られている話を、そしてこの男を……

「記憶は無くても、何世代もずっと続けてるはずだ。 だけど今度は俺の番だ。 神や魔が許しても俺は許さない… 絶対に復活させて、この世に引き摺り出してっ、最高の苦痛を与えてやるっ!」

 こいつは今、とても魔族らしい顔をしている。 だがこいつは何者なんだ? アシュタロスと苦しめ合って来た? 復活? どうやって?

「俺が今まで知り合いだけを実験台に使って来たのはこのためだ。 あいつが俺に苦しみを与えるためだけじゃない。 許された奴を復活させるのに必要な力と「痛み」を蓄えるためだっ、これは俺にとって「耐えられる痛み」だったんだ」

「どうした? 何を言っているっ、しっかりしろっ!」

 しっかりするのは私の方だ… 足の震えを止めろ、歯を鳴らすな、恐怖を克服しろ。 ここに死以上の恐怖があるとでも言うのか?

「ははっ、慌てるなよ、これは俺が決めた事だ。 奴との駆け引き、いや取引で譲歩した戦術だ。 さあ、今度はどんな責め苦を味あわせてやろうっ! お前も誰かを踏みにじるのなんか、所詮耐えられる痛みだったんだなっ、勉強になったぜっ!」

 もうこいつは、アシュタロスが目の前にいるかのように話している。 きっとお互い、それ程近い存在なのだろう。 そして私はその事実を聞かされるのだ……

「そうだ、俺はアシュタロスと対になる物。 二人共、大昔に誰かに造られたんだろう。 魔の中にある善の心、神と人の間にある悪の心。 俺達は数百年に一度、大規模な魔導災害を起こすために造られたんだ。 エントロピーとやらが失われないように働く原子間の斥力、熱と運動と摩擦の源として」

「あ… いやっ… やめ……」

 壁に追い詰められた私は、肩を掴まれたまま怯える事しか出来なかった。 怖い、恐ろしい… 目の前にいるのは人間じゃなかった、魔神の一人だったのだ……

「怖いか? 今度はお前が言う番だ、「それ以上言わないでくれ」って」

「は… はい…… も、もう、言わないで… 下さい… お願い、します……」

 私は魂を取る契約をしたのでは無かった。 魔神に魅入られ、手足のように操られるのだ。 これからもずっと……

「ようし、いい子だ、これは二人だけの秘密だ。 俺もこのまま一気に駆け上るのは面白くない、暫くは忘れて戦いと殺戮を楽しむとしよう、お前も忘れていいぞ」

「は、はい……」

 私は頭を撫でられ、飼い主に可愛がられる犬の喜びを味わっていた。 もし尻尾があれば千切れそうなほど振って、許しがあれば足に抱き付いて舐めていただろう。

「このまま10メートルほど進んでやり直そう。 俺の最初の質問は「これからどうやって魔界まで行くんだ?」だ、答えを用意しておけ」

「イエス・サー マイマスター」

「では契約の印だ」

 マスターに契約の口づけを与えられ、至上の幸福を感じる私。 この後、今の記憶を失ったとしても、不敬な行いをするのは慎もう。 可能な限り敬意を払って行動するのだ、分かったな、私……

 …………………………


「なあ、これからどうやって魔界まで行くんだ?」

「本隊に合流して、まずは月に向かう、それからはチャーター機に乗って、軌道エレベーターで大西洋に降りる。 それ以降は教えられていない」

「無理だな」

「何故だ?」

「そうだな、例えば逆天号から俺を引き離して、神族が襲い掛かって来るかもな」

「本隊が警護する、我々の力を疑うのか」

「いいや、でもお前らに殺される可能性も無くは無い」

 いつの間にか賢くなった物だな、あのマヌケでも年を重ねれば狡猾になるのか?

「そんな指示は有りえない」

「上からどんな指示が出てるか、暗殺者が紛れ込んでいるかも分からない。 お前らのアクセスポイントまで逆天号で行こう」

「そ、それだけは駄目だっ、世界が崩壊するっ」

「どうしてだ? それに…」

 こいつは何か気付いている、いや、知っている。

「お前、逆天号を持って行くように、言われなかっただろ」

「そうだ、私はお前を手持ちの装備だけで連れて行くよう命令された」

「これだけの戦艦、捨てるのはおかしいと思わなかったか?」

「軍人なら命令内容に対する疑問は必要無い」

「そうか、とぼけるなら今度は俺が言ってやろうか? あそこと、あそこ、お前らの部隊が展開してる。 向こうには神族の部隊、こっちは人間の部隊、色々いるだろ」

 何故それを知っている?

「俺の目は逆天号と繋がってる、他にも目は一杯置いてあるから、使いようによっては、ヒャクメよりよく見える。 逆天号は俺を取り損ねた方の残念賞って所か? アンドロイドの技術とか、現代科学と魔法の融合のさせ方、三方で上手く分けてバランスを取るつもりだろ?」

「知らん、私のような末端の兵士が知る訳が無い」

「ふっ、軍の幹部が下らない嘘をつくなよ、アーマゲドンでも始めてやろうか?」

「やめろっ! これも多分、条約違反なのだっ! これ一隻にどんな力があるかは誰も知らない… だが人間界でこの船や、さっきのアンドロイドを使われたら、魔と神のパワーバランスは簡単に崩れる、アシュタロスの時と同じようにっ」

「嫌だ、カオスのおっさんとピートの灰にも、マリアにも指一本触れさせない。 逆天号は月神族に預けて行く、あそこなら中立だから文句は無いだろ?」

「私の一存では決められないっ、すでに合意は済んでいるはずだ、問い合わせる時間をくれっ」

 こいつには三界より、死人の灰とアンドロイドの残骸の方が大事なのか? それに私は何故こうも従順なのだ、我々にはタマモと言う人質がいるはずだぞ? こいつの掛け替えの無い女の一人が。

《ヨコシマがこの船「逆天号」の放置や譲渡を渋っている。 中立の月神族に預けたいと言い出した》

《命令に変更は無い、繰り返す、命令に変更は無い》

《そんな状況ではないっ、奴はアーマゲドンでも始める覚悟だ、司令部に…》

「軌道エレベーターか、軌道リングに断末魔砲を打ち込んでやろうか? 落ちれば一瞬で人類全滅だ」

《聞こえたか? この船は名前通り、千年前のアシュタロスの兵鬼以上の力があるはずだっ、神族に船は諦めろと言えっ》

《司令部に連絡を取る、別命あるまで待機しろ、それまで「なだめて」おけ》

「古いな、無理なら殺せか、できるのか?」

 何故だ… さっきの奴とは別人のようだ、どうしても勝てない気がする。 あのアンドロイドのように、体が強化してあるのか…

「もし殺せても無駄だぞ、昔の逆天号みたいにパピリオのペットはいないけど、さっきの隊長や、グレートマザークラスのアンドロイドは腐る程ある。 今も生産は止めてないから、何千体あるのか俺も知らない」

 悪夢だ… 私的にはデフコン1だ。

「そうか、みんなの霊体を記憶させて、それ以外殺して行けば、誰がどこに転生したか分かるな。 よし、逆天号、断末魔砲チャージ」

『了解』

「やめてくれっ!!」

「冗談だって言って欲しいか?」

「ああ」

 私はまた歯を鳴らして怯えていた… また? 前はいつだった? こいつに怯えるなど有りえないはずだ。

「おかしいな? カオスのおっさんが生きてる頃なら、チャージしようとした途端、おふくろかマリアがすっ飛んで来て殴り倒してくれたのにな? さっき倒れたまま、まだ寝てるのか? 隊長~っ! 俺、今、人類の敵ですよ~~っ!」

 頼むから早く再起動してくれ。 小竜姫、さっさと起きろ、さもないとお前の世界も無くなるぞ。
 
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