その日はいつかやって来る
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02
「姉上、女王がお待ちです」
私は銃を持ったまま玉座に案内された。 何故銃を取り上げない? 何故鎖で縛らない? その必要すら無いほど力の差があると言いたいのか?
「お帰りなさい、お母さん」
「お前に母と呼ばれるつもりは無い」
あの人の椅子にはルシオラが座っていた。 また思い出の場所が一つ汚された。
「それでは前女王、何故タマモさんを連れ帰って下さらなかったのですか?」
こいつにとって、奴は母親代わりだった。 こいつの羽根を汚い物でも触るように扱っていた私と違い、奴は白い羽根を綺麗だと言って甘やかし、誰とも争わないこいつを守ってやっていた。 きっと馬が合ったのだろう。
「奴はあの場所で待っていたかった、悪事を働けば転生したあの人が来て、倒してくれると思ったのだろう、だがあの人は来なかった」
「だから、あの場所に封印したんですね」
「そうだ」
最後にこいつが苦しむ顔を見られただけでも良しとしよう。 これを土産にして、あの人の後を追うのも良い。
「二人でもう一度、玉座を奪い返そうとは思わなかったのですか」
「それが望みだったのか? 奴とお前なら面白い勝負になっただろうな」
「違います…」
何故こいつが私を行かせたか、それはこいつには、奴を浄化して邪悪な魂ごと消滅させる事はできても、殺す事はできなかったからだ。
「さあ殺せっ、私を母だと言うのなら、この望みを叶えろっ!」
最後に与えられた戦いの場で死ぬ事も叶わず、相手を倒してしまった私には、処刑以外の道は無かった。
「では…… 前女王に対し、刑を宣告します」
そうだ、この地を治めて行くなら、それが必要な処置だ。 生かしておけば必ず周りの者が放っては置かない。 私を殺し、歯向かった兄弟姉妹も全て殺せ。 魔界の部族を統治するとはそう言う事だ。
「魔王が復活する時まで、同じ棺で封印… その呪いは魔王自身の手でなければ解呪不能とします」
「何っ!」
こいつは私を侮辱した。 負けた者の命を奪わず、恥を晒し続けろと言うのだ。 馬鹿だ、本当に馬鹿な娘を育ててしまった。 何故産まれてすぐに殺しておかなかったのだ。
「甘いっ、甘すぎるぞっ! 私もっ、お前の兄弟も全て殺せっ! それがこの世界の掟だっ!」
「いえ… 魔王復活までは、前女王との再戦を楽しみに待つ事にします… それまでは兄弟達と血の抗争を続けますのでご安心下さい。 次は魔界全土を戦場にして楽しみたい物です…」
よく言った。 だが声が震えているのは何故だ? こいつにこんな気の効いた話が言えるはずが無い。 きっとジークが吹き込んだセリフだろう、「母を殺さずに済む方法はありませんか?」と聞かれ、作られた言葉だ。
「では姉上、寝所へ」
「もう私を姉と呼ぶな」
「はい…」
私から目をそらすなジーク、お前がいくらその女を欲しがっても、決して振り向きはしない。 力で劣るお前には手の届かない「魔王」なのだからな。
「では、母… 前女王を棺へ…」
「触るな」
侍女達を追い払い、あの人の隣に横たわると、赤く透明な蓋が乗せられた。 重い蓋を通して、あいつの気味の悪い祈りが聞こえて来る。
「……その良き伴侶と共に眠り、古き良き時代の夢の中で、ささくれた心に再び安らぎが訪れん事を願う… エイメンッ!」
バキッ!
宝石の蓋に封印がかけられた。 お笑いだ、末代までの恥だ。 魔王の娘が白魔術を使うなど… だが我らとの戦いには最高の武器だ…
夢を見ていた… あの人の隣で夢を見ていた…… 私もタマモのように夢を見るのか? 百年にも満たない幸せだった時間。私を堕落させた甘く切ない夢を…………
GS美神から約千年後
パチッ、カチカチッ、キュッキュッキュ
「さあ、今度こそ動いてくれよっ、頼む、頼むぞっ」
カチッ、ウィイイイイイイイッ、ヒュウウン、ストン
「何で動かないんだよっ! 配線も直したじゃないかっ、バッテリーだって変えたっ! 部品だってどこも壊れてなじゃないかっ、頼むから動いてくれよっ! マリアーーーーーーッ!!」
無様だ。 報告によるとドクターカオスなる男が死亡してから3日間、ああやって泣きながら、飲まず食わずで機械人形を動かそうとしているらしい。
《状況開始》
色々な陣営で監視されている奴のために、古い顔馴染みの私が召集された。 間違いなくあちらでも同じ事をしているだろう。 何しろ奴らは「慈悲深い」そうだからな。
この家に春桐真奈美が訪ねるのは違反では無い、哀れな旧友を救ってやろうと言うのだから、奴らに感謝されてもいいぐらいだ。
『いらっしゃいませ、春桐様。 現在、横島は多忙なため、応接間でお待ち下さい。 お飲み物は何に致しましょう?』
「不要だ、本人に会いたい」
『かしこまりました』
タッチの差で我々の勝ちだ。 小竜姫もヒャクメも人間界にはいない、果たして間に合うかな?
ヒュンッ
ゲートが消えて中に案内されると、玄関の異様な装飾が目に入った。 正面の壁一面に巨大な全体写真が焼き付けられている… 南極から帰った時の物だろう。
「ふっ、ほとんど等身大だな」
通路にもミカミ親子、眼鏡を掛けた神父、魔装した男、幽霊娘。 ん? 神族は写真に写っていいのか? 絵かも知れない 私とジーク? きっと絵だ。
天井にまで貼ってある… そう言えば先ほどからすれ違うアンドロイド達も、どこかで見たような顔ばかりだ。
「動いてくれよっ! もうお前だけなんだっ! 頼むからっ、何でもするからよ~~~っ!」
レポートではピエトロ・ド・ブラドーが滅びて以降、マリアシリーズを生産していた会社の持ち株すら全て売却。 衰えたカオスを引き取って、人との関わりを完全に絶ち、異常なまでに魔術の研究に没頭とあった。 研究課題は、生命復活の可能性…… 愚かだ。
「なんで動かないんだ~~、マリア~~~~~!」
また無様な泣き声が聞こえて来た。 これが本当に上級魔族を倒した男なのか? 神族ではこの試練を乗り越えて、現世の無常を知り、無一物の境地を悟る事を期待しているそうだ。
フンッ、虫唾が走る言葉ばかりだ、あの男が煩悩を捨てるはずがない。 禁断の林檎をたらふく食らわせてやろう。
「あの、申し訳ありません、春桐さん。 彼は落ち込んでいますので、今はそっとしてやって下さい、お願いします」
アンドロイドにしては、砕けた話し方をする奴だ。 十字架か… さっきの写真の神父と同じ顔をしている。
「それを元気付けてやろうと言うのだ。 それにカオスとも面識がある、霊前に参らせてもらおうか」
「はぁ、分かりました。 彼を落ち着かせますので、少々お待ち下さい」
ハンカチを出して額を拭うアンドロイド、癖までコピーしてあるのか?
「ワルキューレがっ? 本当ですか? 嘘じゃないんですねっ、神父っ」
「ああ、本当だよ横島君。 さあ、顔を洗って着替えなさい、お客様に失礼だよ」
アンドロイドに敬語を使って神父と呼んでいる。 分かってやっているのか、すでに狂っているのか? どちらにしろまともじゃない。
「入るぞっ」
その部屋の中も異常だった。 壁一面に古い写真が焼き付けられていて、ミカミや九尾の狐、幽霊娘、狼族の娘、その中心にこいつが写っていた。
珍しい写真だったのだろう、何度も修復された跡があって、引き伸ばされて粒子も粗い。 3次元写真など存在しなかった時代の代物だ。
「ああ… 本当だ…… 本物のワルキューレだっ」
痩せ細って、不精髭を生やした男が、這うように近付いて来る。 これが計画通りなら神族の勝ちだな、こいつはもうすぐ即身仏になれる。
「確認しないでも、ちゃんと足は付いてるぞ」
足にまとわり付いて来る奴に、いつもの挨拶を つまり、蹴り飛ばして踏み付けてやる。
「本物だ… 暖かい、プログラムじゃない。 自分の意志で動いてる…」
こいつの現在の生活は、大昔のボロアパートを再現した部屋の隣にカオスが住んでいて、壁のドアや、裏の工房から行き来できるようにしていたらしい。
その反対側にはハナトと言う母娘のアンドロイドがいて、こいつのおかげで母親は元気になり、幸せに暮らしていると言う設定だそうだ… 哀れだ。
「カオスが死んだそうだな、これから一人でどうするつもりだ?」
「一人じゃないっ、マリアを… マリアを「治す」んだっ!」
「そのアンドロイドのコピーを作って、カオス名義で特許を取ってやったのはお前なんだろ? そいつを知り尽くしたお前が分からないはずがあるまい」
「違うっ、カオスのおっさんも死ぬ前に言ったんだっ、「マリアはお前にやる、頼んだぞ」って、マリアだって「イエス・ドクターカオス」って言ったんだよっ!」
「気付かないふりをしているなら、私が教えてやろうか」
「や、やめろ…、言うなっ、言うなーーーー!」
あと一歩でこいつの心は破綻する。 そうだもっと壊れろ、心のタガを外して狂え、我々と同じになれ。
「そのアンドロイドは嘘もつけるんだ。 たった一言でお前を騙し、主人の死亡と埋葬が確認された所で自壊した。 見事な忠誠心だ」
「嘘だぁあああああああっ!!」
床を転げ回って泣き叫ぶ哀れな人間。 仏の慈悲が無くとも止めを刺してやりたいと思えたが、これは任務だ、こいつを連れて帰る。
「そいつの中にも誰かの魂が封入されていた。 カオスが狂い始めたのも、その頃からだと聞いている。 永い時を共に過ごした者と同じ顔をした「物」が動き回り、言いもしなかった事を喋るんだからな、お前の時と同じように」
「言うなっ! 言うな~~~~っ!!」
「お前は狂えなかったようだな。 嫌ならそいつの中心部を交換してやればいい、外のアンドロイド達みたいに癖までプログラムしてやれ、何もかも全く同じように」
「違うっ! そんなのマリアじゃないっ! カオスのおっさんのマリアじゃないとマリアじゃないんだっ!」
矛盾している… だがそんな事すら考えられないほど混乱しているのだろう。
「では、あの灰でクレイゴーレムでも作ってやったらどうだ? マスターが復活したか、埋葬されていないと認識して再起動するかも知れないぞ」
「う、うわあああああ……」
こいつは以前、ピエトロの灰からの復活に失敗し、他の人間の復活では、もっと悲惨な失敗をしたとレポートにあった。
「もう嫌だ…… 殺してくれ… 頼むから殺してくれっ!」
堕ちたな… そろそろこのカードを切っても良いだろう。
「哀れだな、では、この女と会いたくないか?」
「えっ?」
ゆっくりと顔を上げ、私が指している壁の写真を見る。 そうだ、この中で唯一人、滅びない女だ。
「……タマモ」
「そうだ、我々が保護している」
ありていに言えば人質だ。 こいつがこちらに来ないなら、我々の戦力にするか、制御できなければ殺すしかない。
「本当かっ?」
「ああ、封印はまだ解いていない」
狐の争奪戦では、こいつや神族より先に我々が手を打った。 こいつの情報を知り尽くしていたジークの手柄だ。
「タマモ… 会わせてくれっ、お願いだっ、この通りっ、何でもするっ! タマモ~~ッ!」
床に額を擦り付けるようにして土下座する哀れな人間。 こんな男が人間を滅ぼせる力を持っていて、我々や神族にも影響を及ぼせるとは、とても考えられない。
「では魔界に来い。 お前がカオスから何を学んだかは知らないが、魔法とは我々魔族の法術なのだ。 何も禁止されていない、死人を復活させたからと言って、神族に罰せられる事も無い」
「え……?」
「そうだ、何かに命じられるように、何度も自殺を繰り返す事も無いし、完全なはずの体が崩れ落ちる事も無い」
「うわああああっ! 嫌だっ、もう嫌だ~~~~っ!」
余程辛かったのだろう、こいつの周りのアンドロイドには、親友や壁の写真の4人はいない。 ある程度距離を置いていた神父や隣の母娘、金髪の魔女、たまに起動する自分の母親や父親辺りまでだ。
それぞれ役割が決まっていて、身の回りの世話や「近所の食堂」をさせていたようだが、説教や指導しかしない神父は神族の作為を感じる。
「さあ、準備をしろっ、持ち物は携帯できる武器と装備だけだ、食料や住居はこちらで用意する」
「この家は? マリアは?」
「置いて行け、生き延びたなら後で取りに来ればいい」
「……わかった」
契約完了だ、もうお前の命は私の物だ。
「ヨコシマーー!」
『ご来客です』
来たか、神族か…?
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