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鉄血のベーオヴォルフズ

作者:司遼
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第02.5話 青雲の志

PD318年―――某所


「やっと再開(であ)えたな……ブリュンヒルド。」


監査官、マクギリス・ファリド特務二佐はフレームだけに解体された一機のMSを見上げる。
その周囲には同系統機であることをうかがわせる共通点が散見できるグレイズフレームが数機同じくフレームだけの人体標本のような姿を曝しながらつるされていた。

ヴァルキリアフレーム、現在ギャラルホルンで運用されているMS、グレイズの母体になった機体だ。

「皮肉だな、阿頼耶識研究所(ここ)にお前が置かれていたとは――さぞや屈辱だっただろう。」

人体にナノマシンを投与し、その脊髄の神経線維と金属端子を結合―――機械と人間を有線で接続し直感的な操縦を可能とするインタフェース阿頼耶識システム。
その非合法研究施設が其処だった。

別に此処にヴァルキリアフレームが存在することに違和はない。なぜなら、ヴァルキリアフレームはガンダムフレームと同時期に開発された阿頼耶識を前提とするMS群に属する機体だからだ。


そして、その1号機ブリュンヒルドこそがずっとファリドの名を手に入れる以前の頃からずっと、この手に取り戻すために人生の大半を費やして探し求めてきたモノなのだ。

父母の仇に(こうべ)を垂れ苦渋と辛酸を口にしながらも牙を研いできた。
そして監査官という地位と、セブンスターズが一ファリド家の権威を手に入れてこうして取り戻した。


「だが、一歩遅かったか………」

渋い顔になる、敵の本丸を討ち損ねた………これは後々、大きな後顧の憂いとなるだろう。
既にギャラルホルンの陸戦部隊が突入し、施設の制圧は完了しているが抵抗らしい抵抗は無い―――もの家の殻というのが正にそのまま当てはまる状況だった。


「―――うぇぇっ!」
「おい、大丈夫か。」


嘔吐する人間の嫌なうめき声、其方に目をやるマクギリス。
そこには蹲る兵とそれを気遣う同僚。その先には幾つもの試験管があり、その中には人間の脳髄が収められていた―――恐らくこれは標本だ。
其れも証拠に、その脳から伸びる延髄、脊髄にはナノマシンによって作られた金属端子が見て取れる。

そして、ほかにも解体された人体のパーツが多く標本にされていた。

「二佐。」
「石動、どうだ?」

「バイオマトリクスから検索しましたがあらゆるデータベースに一致する人間はいませんでした。恐らくは‥‥」
「ヒューマンデブリか。」

自らの補佐を行う石動・カミーチェの言葉の続きを口にする。ヒューマンデブリ、(デブリ)のような価格で売り買いされる誘拐奴隷の事だ。
無論、人間を誘拐して奴隷として売り飛ばす等どの経済圏でも重罪だ。

しかし、現実としてそれが横行しておりそれを前提とした経済構造が構築されている。
この手の社会問題は単に規制すれば無くなるという物ではない。
其れを生み出している構造そのものを変えなければ一向に無くならない、規制しても法の目を掻い潜って横行するだけだ。

「しかし、クローンではなくヒューマンデブリを使った人体実験……単なるコスト削減か。それとも――――」

実際問題、単に人体実験を行うだけならクローン培養した人間でも事足りる。教育という手間に培養する施設というコストを加味すればヒューマンデブリを使った方が安く上がるのは確かだが。

元々、長期的な研究をする必要が“無かった”という可能性も浮かんでくる。


「それで、機体のほうは?」
「グレイズが数機、どれも試作段階で破棄された物や戦闘で破損し廃棄処分となった機体などで登録抹消された物ばかりです……こちらから足取りを追うのは難しいでしょう。」

「用意周到な事だ。」

鼻で笑うマクギリス、ここに残っているものはどれもこれも―――もう用済みな物ばかりだ。しかも近日まで施設が稼働していた様子から自分たちの動きは全て把握されていたということだ。
――面白くない。


「ファリド特務二佐!ご報告です。」
「聴こう、どうした?」

新たに近づいてきた監査部の陸戦部隊の一人の報告、其方へ向き直るマクギリス。

「それが奥に奇妙なものが……」
「奇妙なモノ・‥‥?」

歯にきぬ物言いに怪訝に思う。それを察したのか監査部の部下は「こちらです。」とマクギリスと石動を案内した。


「これは……一体。」

人ひとりよりも巨大なカプセル状の何か、それが施設の最深部に存在していた。


「……コールドマシン、それも厄祭戦時代のモノだな。」

石動の驚愕を横にマクギリスはその正体に思い当たる。冷凍冬眠装置―――もとは惑星間航行のために研究が進んだ技術だったはずだ。
惑星間の距離はあまりに遠すぎる、エイハヴリアクターの慣性制御能力の補助を用いない通常の反動推進では人間が活動状態のまま他星への移動など不可能だったからだ。

そしてその用途は他にもある―――過去に於いて不治の病に侵された人間が未来にその治療法が確立されることを願い、未来への旅路に用いるなどだ。

「……蘇生は出来そうか?」
「待ってください……何とかできそうです。」

四苦八苦にコールドマシンのコンソールを操作する部下に問いかける、さすがに300年前の機械と成れば現行の其れとはフォーマットが明らかに異なるし、コールドマシン自体そうそう使われなくなったものだ。操作に難儀するのは仕方がないだろう。











「伝説の機体ガンダムの再びの躍進、そして300年の眠りから覚めた伝説の英雄の復活。―――大人になり切れないものだな。300年間停滞していた世界が再び動き出す予感にこうも心が躍るとは」


火星、静止軌道衛星上―――そこには一隻の輸送艦が巡行していた。
そのブリッジにて黄金の仮面をつけた長い銀の長髪の男―――モンタークは火星をその視界に収めながら呟く。

「へぇ、そりゃあ何より……っと旦那、幾つか目星は付きましたぜ。」

その後ろに控えるちょび髭の中年男性―――トド。

「ありゃあどうにもルナが怪しいぜ。」
「ルナ、クリュッセの隣にあるアフリカユニオンの統治区域だったな。確か難民救済に本格的に力を入れていると聞いていたが―――なるほど、そう云う事か。」

「ええ、お察しの通りでさぁ。―――奴さん、この機会に一儲けしようって魂胆らしいですぜ。」
「ふっ、浅ましいな……尤も、私たちも人のことは言えないが。」

仮面の下で皮肉気に微笑むモンターク。そう、この輸送艦の積み荷―――それを売るためにわざわざ火星などという辺境の地へと赴いたのだ。


「ああ、それと火星のガキども派手にやりあってるみたいですぜ―――どうにも、ちと厄介な奴が混じってやがります。」
「ふむ、では商談のついでに私も少しばかり動いてくるとしよう―――デスクでハンコを押すばかりの毎日では鬱憤がたまるからな。」

「それはそれは、ストレスってのは体に良くないですぜぇ。」
「そうだな……船を頼むぞ。」

「あいよ、ではご武運を…」

恭しく礼をとるトドを後に残し船のブリッジから退出するモンターク。向かう先は船の格納庫だ。






「グリムゲルデは出せるか?」


格納庫に鎮座する紅のMS、ヴァルキリアフレーム・グリムゲルデ……厳密にはグリムゲルデの外装を再現し装着した機体だった。
そしてその背中には二年前とは違い、翼のような形状のスラスターが追加され正に鎧をまとった戦乙女たる風貌へと変化していた。


「はい、ブースターのほうは問題ありません。しかし、ツインリアクターはまだ調整が不十分で……やはり専用設計のリアクターじゃないとどうしても。」

その整備に勤しむ長い黒髪を靡かせる少女にモンタークは問いかける。それに難しい表情で答える。

ツインリアクターシステム、あまた存在するMSの中でガンダムフレームのみが有する機構であり、エイハヴリアクターを二基搭載することによる大出力を得る。
性能優先でコストパフォーマンスを切り捨てた設計のガンダムフレームが未だなお第一線で活躍できたのはその出力の余裕が大きいからだ。

操作であればリアクター出力を一々気にしないで操作でき、装備によっては増大する消費出力を気にすることもなく実装できる。
半面、その安定稼働は非常に困難でありガンダムフレーム自体が整備性や量産性を投げ捨てて絶対的な機体性能のみを追求したこともありコストパフォーマンスは劣悪だ。

それをある装備の関係からどうにかグリムゲルデにも装備させようと試行錯誤していたがどうにもそう簡単にはいかないようだ。


「仕方がない、エネルギー経路は完全にブースター専用でセッティングしてくれ―――ああそれと、君にも一緒に来てもらうよ石動。」
「えっ!?どういう事ですか!?」


驚きにその薄月夜色の目を見開く少女―――石動・ネーヴェ。
才媛たる彼女に英才教育を施し、旧時代のMSだろうが最新鋭のMSだろうが万全に整備できる逸材へと育て上げた。

そして彼女ならば――――阿頼耶識搭載機のシステムの本格的な整備が可能だ。そのように育てた。

「君には現地にいる私の仲間―――そのサポートを行ってほしい、阿頼耶識の整備ができるメカニックはそうはいない。」
「……ご命令ならば。」

「不満そうだね。安心したまえ、君の火星での献身はギャラルホルン、地球外縁軌道統制統合艦隊―――引いては兄君のためにもなる。」


しぶしぶといった様子の彼女にモンタークは仮面から唯一伺える口元に微苦笑を浮かべていった。
それにはっとした様子となる。

「兄君には私も恩がある。その大切な妹である君だからこそ信頼して僻地での仕事に勤しんでもらいたいと考えている。要は期待と信頼の表れだと思ってほしい。」


人を操るにはその過去を紐解けばいい。彼女は経済的に困窮を極めるコロニー出身の人間だ。
そんな彼女に真っ当な暮らしをさせるために石動はギャラルホルンへと入隊した。そうでなければ彼女の生活やがて破綻し、春を売るか危険な仕事に従事するぐらいの閉ざされた未来しかなかっただろう。

そこを突けば首を横には触れないはずだ。


「兄さんのために―――お一つ伺ってもいいでしょうか?」
「何なりと。」

「この仕儀を任されるのは代表への報恩となりえますのでしょうか?」
「無論だ。君の働き次第で我が商会の運命は大きく変わるだろう――尊大なことを言えば、これから我々が関わっていく出来事は世界の在り様を変える……いわば革命だ。」

「革命……」
「ああ、厄祭戦以降――ギャラルホルンは世界の平和を守ることに固執し、新しく革新的な技術は常に何らかの形で奪い、独占してきた。
 それによって文明はこの300年間停滞し続けている……人類はこのような場所で足踏みしている場合ではないと私は考えているのだよ。」


グリムゲルデを見上げながらモンタークは言う。技術に貴賤はない。
戦争で生まれた技術が人々の生活の向上を行い、人命を守る。逆に一般で生まれた技術が軍事に使われ戦争の兵器となる―――どちらも有り触れたものだ。
何のために生み出されたかではない、どう使うか―――ただ、それだけの違いなのだ。元来区別できるものではないのだ。

そして技術の向上とは即ち、人の可能性であり人間の進化ともいえる。
戦火を恐れ、ただ束縛し封印するだけの今の世界に進展はない。新たな世界、その展望こそ見たいのだ。

かつて、300年前にガンダムと共に戦った英雄たちも―――今の凍り付いた世界は望んでいない。


「仏教では―――大紅蓮地獄、極寒のため、身体が裂け破れ、赤い蓮の花弁のようになるという地獄があるそうだ。」
「……まさに、今の世界そのものですね。」


 今の世界、まさにそのもの。理不尽に虐げられる者たちの流血で染まり、凍り付いた世界。

「私は、その地獄から世界を開放したいのだ。より自由で展望に満ちた世界に―――その先にはより多くの人々が笑える世界がある、私はそう信じている。」
「そのお手伝いを私なんかに?」

「協力してくれるかな?」
「斯様な大義を私などに、身に余る光栄です―――わかりました、私にも協力させてください。私も、今の世界は嫌です。」

少女の回答にモンタークは満足げに頷くのだった。
 
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