Fate/PhantasmClrown
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MySword,MyMaster
Act-2
#3
バーサーカーの動きが止まる。
ランサーも。
セイバーも。
そして、アーチャーからのものと思しき狙撃も、止まる。
「ちっ……小癪な」
ランサーの纏う銀色のボディスーツが、淡く光る。
ぶちぃ、という奇妙な音。まるで、太いワイヤーか何かが切れた、ような――
直後に、同じ現象はセイバーにも起こった。こちらは、魔力放出による炸裂を利用し、無理やり引きちぎったようだったが。
「O、Oooooo!!!」
バーサーカーが吠える。めきめきめき、と、不気味な音を立てて、彼の背中の翼が広がった。同時にまた、あの千切れる音。
「RoooooMeeeeeee!!!」
バーサーカーが解放の喜びにか、絶叫を上げた。
直後。
「あーぁ、全部千切られちまった……やっぱトップサーヴァントは格が違うねぇ」
声。どこからともなく。
姿、闇より出でる。
それは、ボロボロのフーデッドローブで全身を覆った、長身。わずかに見える足と腕は針金のように細く、妙に長い。フードの陰から薄らと見える口元は笑っていて、どこか、不気味。
彼はいつの間にか、信号機のポールの上に立っていた。そこから、見下ろす。何を? この場に集う、英霊たちを。
「何者だ」
ランサーが問う。不快感を隠すことなく。セイバーとの戦闘前の言葉を受けるなら、どうやらランサーは戦いに飢えている様子だった。
故に。
強力なサーヴァントであるセイバー、バーサーカーとの戦い。
そして、およそ500メートルを超える遠距離から、その矢をバーサーカーに的中させて見せた、姿の見えないアーチャーの乱入。
これらによって、彼の興奮は最高潮に達していたのだろう。
それが、このローブの男がもたらしたと思しき、奇妙な技で、中断されてしまった。ランサーの胸中には、興奮を遮られた不愉快さが渦巻いているに違いない。
そしてその殺気を受けても、ローブの男は平然としている。
「うーん、真正面から聞いて答える奴は少ないとは思うが……まっ、俺は答えますよ。なんせ正直者なんでね」
ローブ姿の長身痩躯は、ゆるりと演劇めいた調子で両手を広げると、
「サーヴァント・アサシン。皆様の英雄譚に介入させていただきます。どうぞお見知りおきを……ってな」
そう名乗って、笑った。
彼はそのまま、舞台俳優の様にサーヴァントたちを見回すと、
「おたくらには期待してるんすよ、俺。特にそこのセイバー……騎士王サンにはな」
告げた。
***
サーヴァントたちの気配が全て消えたことを確認すると、唐突にセイバーが膝をついた。それはもう、がくり、と、体中の力が抜けた様に。
「セイバー!」
駆け寄る。魔力切れだろうか? いや、まだ平常通りに魔力を吸い上げているが……。
「どうしたのです。大丈夫ですか?」
問う。するとセイバーは、ゆるり、と顔を上げて、
「ああ……すまない。どうも戦闘の後はいつもこれだ」
と答えた。心配をかけないでください、と返す。
セイバーはグレーシャにとっては己の身を護るための盾であると同時に、裕一に聖杯を捧げるための武器。そして、裕一の正統性を証明する生き証人である。もちろん、サーヴァントをただの道具、使い魔として侮ってはいけないことは分かっている。が、グレーシャとセイバーの場合は、そのような関係性を結んだ方が、より円滑なコミュニケーションをとれる、と、どちらもが考えているが故の関係性だった。
だからグレーシャは、急に愛剣の切れ味が悪くなった剣士のように、言う。
「常にそうだというのならば仕方ありませんが、大切な局面で力を失わないように」
「心得た。問題ない、どうも、強力な敵と戦うと、な……」
俺のもともと軋んでいる霊基が、更に軋みを上げるのだ――と。
セイバーは黄金の聖剣を水面に還すと、立ち上がる。
「戻ろう。今回姿を見せなかったサーヴァントは、ライダーとキャスター。もしかしたら、どこかで我々を見ているかもしれない」
「その場合は最悪ですね……アーチャーがこちら音を拾う手段を持っていたならば、貴方の真名が、全てのサーヴァントに知れ渡ってしまった事になります」
自然と、顔、顰めてしまう。
もし裕一にその様子を諫められたなら、仕方のないこと、と、今だけは弁明したい。アサシンは、サーヴァントたちの目前で、セイバーの真名につながるワードを口にしたのだ。世界中に『騎士王』と呼ばれる英霊は、アーサー王以外にほぼいない。それに、そこに『黄金の聖剣を持つ』などと言う枕詞がついた暁には、ほぼその真名は確定する、と言っても良い。
聖杯戦争に於いて、真名の露呈と言うのは致命的だ。
真名は、そのサーヴァントの正体である。サーヴァントを分御霊とする英雄が何者なのか――それが判明すれば、対策を練ったり、弱点を見極めたり、その宝具を類察することが可能になる。
例えば、サーヴァントの真名が『ジークフリート』だったとしよう。ジークフリートは、北欧の叙事詩、『ニーベルンゲンの歌』に登場する無敵の英雄だ。ネーデルラントの王子にして、ドイツやオランダなど北欧諸国においては国民的英雄の地位にある。日本でも圧倒的な知名度を誇る、おそらく、『世界一有名な竜殺し』の一人。
ラインの黄金によって竜の姿に変貌した小人族のファヴニールを斃し、その報酬として聖剣バルムンクを手にした青年王子は、ファヴニールの血を全身に浴びたことで、竜の肉体にも等しい圧倒的な防御力を手に入れた。もしサーヴァントとして召喚されたならば、その悪竜の血鎧は、Bランク以下の物理攻撃をシャットアウトし、Aランク以上の攻撃によるダメージも大きく軽減する、非常に堅牢な肉体として再現される事だろう。
そんなジークフリートの弱点は、あまりにも有名だ。
ファフニールを殺害した際に全身に浴びた竜の鮮血。しかしその血は、菩提樹の葉が張り付いていた背中の立った一部分だけにはかからなかった。ジークフリートの背中はそこだけが不死に非ず。もちろん、彼でなくても、どのような英雄にとっても背中と言うのは大きな弱点となる。だが、ジークフリートに限っては、その一点だけが唯一にして、貫かれれば即死、という、最悪の弱点でもあるのだ。
ジークフリートと戦うならば、(斃す、という一点に関してならば)この背中の一点を狙うことだけを考えればいい。当然のことではあるがその剣の技量、圧倒的な戦闘能力による攻撃と防御をかいくぐっていかなければならない、という欠点はあるが……戦闘方法もまた、真名が露見すればジークフリートの伝説から、ある程度推測もできる。
このように、真名の露呈、というのは大変重要な意味を持つ。サーヴァントたちが名ではなくクラスで呼び合うのも、この真名が隠されているためだ。
聖杯戦争において、サーヴァントの真名は、常に隠さなければならない。
それが、初日にして暴かれてしまった。確かに黄金の聖剣を持つ騎士、と言われれば、真っ先に彼の名が思いつくのは当然だ。だが、あのアサシンは、セイバーの真名についてある程度の確信を持っていた――否、それどころか、他のサーヴァントの真名についても――
「……とはいえ」
ふと、セイバーの言葉で我に返る。
「幸いにして、俺の真名は露呈してもさしたる問題は無い。宝具の対策程度は取られるかもしれんが、それを乗り越えるだけの力があれば十分だろうよ」
強い自信に彩られた、セイバーの言葉。
それは慢心ではない。意思だ。彼がそうあるべき、と、自分自身に課した、未来への誓約。
「はい――頼りにしていますよ、セイバー」
だからグレーシャも、それに応えるだけだ。
***
かくして、聖杯戦争は幕を開けた。
偽りの儀式。架空にして夢想の、虚ろなる殺し合い。
旧き戦の模倣――偽りの叙事詩と知ってなお、己の願いの為に。
◆◆◆
「Ooooooooo――――!!! RooooooMeeeeeeeee―――!!!」
狂戦士は、さらなる鮮血を求めて月光に吠える。
◆◆◆
「セイバー……聖剣使い……かの王は、必ずやこの槍で――」
槍兵は、いずれ待ち受ける決戦の喜びに打ち震え、その白銀の大槍を振るう。かつて味わった、己よりも強大な者との戦い――その再演の時が来た、と。
◆◆◆
「騎士王……あのサーヴァント、本当に……? 本当に、ですの……?」
弓兵は聖剣使いの名に疑問を持つ。しかしそれは些細な疑念にすぎない。か弱きマスターと、己の願いの為に、雑念を消す。
◆◆◆
「ははは! ははははは!! いいだろう、素晴らしい芸術だ! 世界の半分たるこの私が収蔵するにふさわしい芸術だ! この聖杯戦争とやら……中々に良い趣向ではないか!」
皇帝は笑う。己の蔵を満たすに足る、この偽りの英雄譚への讃美と共に。
かつて聖杯を巡る戦いに身を投じた、太陽王の様に。
◆◆◆
「良い七基だ……これなら、俺の願いも――」
暗殺者は闇をかける。唯一つの、彼の目的へと向かって。
◆◆◆
「馬鹿な……馬鹿な、嘘だろ――マスター!」
そして騎兵は――闇に、消える。
後書き
実際に『ニーベルンゲンの歌』にファヴニールという名前は登場せず、あくまで無銘の竜だ、とするバージョンが最も古いらしいです。最近では混合も進み、リヒャルト・ワーグナーの『指輪』版との集合によって、ニダヴェリルのファヴニールの名がつけられたのかと。こんなふうにある程度その伝承が伝えられ終ったあとにも進化するのが、神話や伝説の面白いところだと思います。
さて、今回がAct-2の最後のお話なので、次回からはAct-3に入ります。セイバーとグレーシャがサーヴァントたちと戦うシーンを少しずつ切り取っていく予定です。まぁ導入はいつもの通り裕一なんですけど……一応主人公ですし……。
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