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流星のロックマン STARDUST BEGINS

作者:Arcadia
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精神の奥底
  64 食い違い

 
前書き
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。 

 
同時刻。
デンサンシティ有数の繁華街である錦町もハロウィンムードに包まれていた。
春には花見の名所として多くの人々で賑わうティンセル公園には炎天下ながら仮装した人々が集まっている。
デンサンシティの象徴とも言えるデンサンタワーも比較的近く、その経済効果の恩恵を受けてここ数年の間で更なる発展を遂げた。
同時に海外からの客足が増えたことで、ニホンのイメージを落とす可能性があるぼったくりの飲み屋や悪質な風俗店は条例により次々と店じまいし、万人に優しい町となった。
しかし人の悪意まで消えることは無い。
一見、消え去ったように見えたとしても、他の場所に一時的に移っただけで、隙あらば再び町を飲み込もうと虎視眈々とそのチャンスを伺っていた。

「……やっぱり…理屈だけなら十分に可能だ」

そんな獣たちが裏で爪を研ぐ町の一角、錦町を代表するショッピングモールで彩斗は裏でガラス張りの天井からデンサンタワーを見上げた。
ちょうど最上階の書店で数冊の本を購入して、出てきたばかりのことだ。
電気街で感じた嫌な予感がいよいよ現実味を帯び始めていた。
最初は電気街の家電量販店の書籍のコーナーで買いそびれた本を探すつもりだった。
しかし気づけば自然と別のコーナーに赴き、この本を購入していた。
何か釈然としない感覚が拭いきれなかったのだろう。
自分でも完全に無意識だった。

「……考え過ぎ?メリー?」

彩斗はいつもの習慣でトランサーを開こうとするが、メリーとアイリスとは別行動を取っている。
今頃はアクセサリーや化粧品屋でも2人で見ているだろう。
シーマスターで時間を確認する。
機械式ならではのスムーズな動きの秒針が時間を刻み、約束の時間のちょうど30分前を指す。
2人との合流し、フードコートで待ち合わせるにはまだ早い。
手すりに身体を預け、吹き抜けになっているショッピングモール全体を眺めた。
ここにやってきたのは、実は幼少期に1度だった。
何があったのかは覚えていないが泣いて落ち込んでいた自分をハートレスがここへ連れてきて、ミントチョコのアイスクリームを買ってくれたのを覚えている。
まだオープンしたばかりで多くの客を集める為にその時の流行の店が多数出店しており、事実かなりの賑わいを見せていたが、流行の変化とともに時代に左右されないスタイルの店へと入れ替わり、彩斗の記憶とは大分違う。
しかし彩斗のすぐ後ろにはその時のアイスクリーム屋はまだ残っていた。
洋服の店からアクセサリーの店、眼鏡やコーヒーショップ、映画館、レコードショップ、ニホンのお土産店など様々など展開がされている。
特にスイーツ関係に関しては、このショッピングモール内での食べ歩きガイドまで発売される程に有名店が軒を連ねていた。

「……」

最上階から下のフロアを眺めていると、不思議と狭くなったような感覚があった。
当然、今よりずっと身長も低く、見るもの全てが新鮮だった時の記憶だ。
目線が高くなり、良くも悪くも世の中に慣れてきたら新鮮味も無く、ただの景色へと変貌を遂げてしまう。
昔、アイスクリーム屋片手にここから見下ろした景色とはまるで違う。
今、体を預けている手すりでさえ、経年劣化からか安全に関する法律の改正の為か、より強固で人が落下しにくいものへと変わっている。
同じところ強いて言えば、人が多いことくらいだろう。
しかしその客も昔のようにほぼ100%ニホン人だけではなく、空港から地下鉄で直結しているのもあって、外国人観光客の割合が増えている。
案内表示もニホン語、英語、中国語を基本にドイツ語、フランス語、イタリア語と様々な国の言語が目につく。

「…ふぅ」

彩斗は一度、深呼吸をするとポケットからBlackberryを取り出した。
念の為に自分が気づいたValkyrieが今後起こす可能性のある行動を伝えておく必要がある。
電話帳の数少ない連絡先からハートレスを選んで、発信キーを押そうとした。
しかし次の瞬間、着信が入った。
滅多に鳴らない着信音とヴァイブレーションに一瞬だけ驚いて頭が真っ白になる。
しかしそれ以上に不気味さを覚えていた。

「知らない番号……」

端末を手に取った瞬間という狙いすましたかのようなタイミングであることもそうだが、公衆電話でもなく、フリーダイヤルからの着信でもない。
かといって非通知というわけでもない。
自分の番号を知っているのは、ハートレス、クインティア、ジャック、メリーを含めたディーラーの人間を除けば、ミヤ以外にはいない。
しかしディーラーの人間の番号は登録されている以上、彼らではない。
数秒後、頭の中が整理できた段階で応答する。

「はい……どちら様で…」

『なかなかの成果を上げているようだな、同士よ』

「!?お前は……」

変声期を使ったような予感通りの不気味な声だった。
彩斗の背筋に悪寒が走った。
聞き慣れない声だというのに、電話の主の正体をすぐに把握する。

「紺碧の闇……」
『クックックッ…そう構えるな。今日はお前に指示を伝える』
「指示?」
『お前ならば既にValkyrieの計画に勘付いているだろう。奴らはまだこの街での作戦を諦めてはいない』
「やっぱり……それで?」

『単刀直入に言う。Valkyrieを潰せ』

彩斗はこの僅かな時間の通話で一気に現実へと連れ戻された。
目に映るモール内の景色も青みを帯び、感覚が鋭敏になる。
自分の周囲を歩く人々がまるで隙あらば襲ってくるかのような錯覚に囚われた。

『お前は我々と接触したことをディーラー、いやハートレスには多少勘付かれている可能性もある。だがお前はまだディーラーの計画には必要不可欠、信頼もある。ディーラーの力を利用すれば、Valkyrieを潰すことは十分に可能だ』
「バカを言わないでくれ。僕は既に組織の幹部であるジャックとクインティアを攻撃して反旗を翻したも同然の状態なんだ。それに僕の力は……」

彩斗は自分の右目を隠す。
そもそも自分がディーラーに居られたのは、シンクロやマテリアライズ、そして肉眼で電磁波や赤外線を視認できる力が備わっていからだ。
その力もシンクロ以外失われた今、ディーラーに居続けられるとは考えられない。

『それでもディーラーはお前を受け入れる。お前の力は完全消えたわけじゃない。それにお前を処分すれば、スターダストの力は次に誰の手へと移るかは分からない』
「どういうこと……」
『お前を手にした者がスターダストの力を手にしたも同然だ。嫌でもディーラーはお前を受け入れざるを得ない』
「……仮に僕を受け入れたとしても…そうか、君たちも知ってるんだな。僕の身体のことを……」
『……』
「最初から知っていて……利用するつもりでスターダストを」
『スターダストがお前を選んだのは偶然だ。だが確かにお前の身体のことは把握していた。そしてお前の能力と頭脳を失うのは惜しい。だからお前を導くことを決断した』
「導く?」
『そうだ。その為にValkyrieの次はディーラーを潰せ』

「!?」

彩斗は思わず左手に抱えた書籍の袋を落とした。
耳を疑った。
確かにディーラーは誰が見ようと極悪非道の犯罪組織だ。
しかも表向きには恵まれない子供たちを支援する団体として振る舞っている以上、更にたちが悪い。
壊滅させるのが正しいし、壊滅させるべきものであるのは間違いない。
だが彩斗やメリーにとっては自分たちの居場所だ。
常人が持ち得ない力、それも使い方によっては人を傷つける道具にもなり得る力を持ったある意味、人間兵器である自分たちを理由はどうあれ、育ててくれた親だ。
常に感情を殺してでも合理的な判断を下す彩斗ですらも、安々と頷けない。
言葉に詰まる彩斗に電話の主は続ける。

『お前の命は遠からず燃え尽きる。ディーラーに居ても最終的に計画が終了すればお前は用済みになる。それまではお前を飼い殺す為にあえて治療をすることはないだろう』
「……」
『お前が生き残る手段は1つ、ディーラーを壊滅させて、自由の身になった上で治療を受けることだ』

確かに彼らの言い分は正しいように聞こえる。
ディーラーのような犯罪組織は組織の外の人間が攻めても、そう簡単には潰せない。
だが内部にいる人間なら話は別だ。
その為に彼らはディーラーで特異なポジションにいる彩斗を鍛えた。
自分の身体の障害も今の医学ならば、治療することも困難ではあるが不可能ではない。
しかしそれ以上に彩斗には頷けない理由があった。

「もうこれ以上、誰かを傷つけてまで、生きていたいとは思わない……」

本音が出た。
これは表面上の意識では気づいていなかった身体と心の本当の声だった。
アイリスには「死ぬのは怖い」、戦いの中で感覚が麻痺してしまったと言ったが、本当は心の何処かで死ぬことを受け入れていた。
心を鬼にしてこの数日の間、誰かを傷つけてきた。
だが心はもう限界だった。

『ここまで来て引き返すのか?』
「引き返せないことくらい分かってるよ。でもこれ以上は進まない。これ以上、進んだら……」
『もう遅い。お前は今朝までに実に61人の人間の命を奪っている』
「……61人…嘘だ…」
『事実だ。最初の廃工場での仕事の後、怖気づいたのか?命を奪うことは極力避けていたな?プライムタウンでは6人、学校で16人、高速道路で2人』
「……やめろ…」
『電気街で4人、中央街で2人……』
「…やめてくれ……」
『勘違いするな。我々はお前のことを非常に買っている。お前は61人……いや僅か61匹の害虫を駆除しただけで、おおよそ8万人の命を救った』
「!?」

確かに今まで戦ってきた連中はろくでもない奴らばかりだった。
最初に殺した不良たちはあのまま放置していたら、多くの人を傷つけていただろうし、Valkyrieにジョーカー・プログラムを奪われていたら、世界的な規模で多くの犠牲者が出たことだろう。
今朝方、街で取引をしていた顧客も同様だ。
ダメージを与えるに留まった連中を含めれば、8万人程度では済まない。
だがこれは結果論だ。
彩斗にとっては、不良を殺すことで未来の自分とミヤの命を救ったに過ぎないし、学校でValkyrieを御したことでメリーと人質の生徒約40人を救い出したに過ぎない。

『お前も気づいているだろうが、スターダストの力は武力でしか対処できない相手を圧する為のものだ。守る為のものではない。それを使うことでここまでの成果を上げたことは賞賛に値する』
「……」
『結果的であっても、お前のように正しく力を使える人間こそ我々の同士としてふさわしい』

力は使いようによっては大きな間違いを生む。
確かに極端な話、彩斗はスターダストを使って、銀行強盗しようと思ったことは無い。
Valkyrieを含めた悪意を持った人間たちと戦う時にだけ使ってきた。
ミヤの復讐、メリーの救出、個人的な感情が発端ではあるが、結果的には善を救い、この世から悪を減らしている。

「でも…無理だ……」
『どうかな?我々と出会う前からお前は何も変わっていない。我々と出会う前から、暴力を忌み嫌っていた。しかしお前が取ってきた行動はその心とは真逆だ」
「……何が言いたいんだ?」
『言われなければ分からないのか?我々はお前の素質を開花させたに過ぎない』
「人を平気で傷つけられることが僕の素質…本性だって言いたいのか?」
『いや。我々が言いたいのは、お前は自分の心を、意思と身体を切り離して動かすことができるということだ』
「……僕はロボットじゃない。僕は…!」
『現にお前は暴力を嫌いながら、目的を遂行する為ならば、非情なまでの暴力を相手に奮っている』
「……」
『お前が抱く目的は常に正しい。そして、いくら自分の良心とは相反することであっても、正しい方へ進む“本能”を持っている』

彩斗は電話を切りたかった。
確かに自分は他人に暴力を奮うことで自分の心を痛め続けていた。
しかし同時にそれでしか障害を乗り越えられないし、目的を達成できないということも分かっていた。
傍から見れば、彩斗の行いは正しい。
犯罪組織に苦しめられる人、これから苦しめられる人を救っている。
そして心ではもう戦いたくないのに、Valkyrieとディーラーは潰さなければならない、それが正しいと理解できてしまうのだ。

『だからこそお前は心でいくら拒もうと我々の指示通りに動く。それが正しいことはお前が一番良く分かっているはずだ』
「……僕なんかがそんなできた人間なものか」
『クックックッ……そう自分を過小評価するな。お前は我々の想像以上だ。その証拠に不完全ではあったが自力で“ファイナライズ”に到達してみせた』
「“ファイナライズ”……」

もう背筋に悪寒が走ったどころではない。
次々と自分のベールが剥がされていく度に全身を走る血管に流氷でも詰まったのではないかと疑う程だ。
その単語には聞き覚えがあった。
プライムタウンでValkyrieの倉庫に突入した夜、自分の記憶が曖昧になった瞬間に聞こえた単語だ。
その瞬間、今まで感じたことのない程の憎悪が湧き上がり、頭の中の理性が吹き飛んだ。
周囲を取り囲み、自分の目的を妨害する敵を排除し、プライムタウンの住民も巻き添えになると知りながら、ナイトメア・テイピアに向かって渾身の一撃を放った。
暴走してしまったとばかり感じていたし、傍から見ればその行動は完全に獲物を狙い暴れ狂う野生動物のそれだっただろう。
だがプライムタウンにいる人間など生きていても百害あって一利無しであって、自分の目的の方が正しく、その為に死んでしまっても構わないと何処かで判断してしまったのだ。
間違いなく目的の為に動く明白な意思が存在していた。
あの感覚がただただ恐ろしく、自分の心が何処にあるのか分からなくなっていく。

『あの力を完全にモノにできれば、Valkyrieはおろかディーラーも容易に潰せる』
「あんな力、モノにできるわけない」
『できると言ったら?』
「……もういい…!」

彩斗はようやく終話ボタンを押すことができた。
僅か3分程の通話だったが、自分を仕込んだ組織に怒りと不信感を覚えるには十分過ぎる濃密なものだった。
Valkyrieとディーラーは当然、潰さねばならないということはやはり彼らが言う通り、彩斗の中では理解できていた。
しかしその前に自分を利用しようとする存在の正体を知らねばならない。
その正体によってはValkyrieやディーラーより先に潰さねばならないと彩斗は悟った。
最後に強めに言い放って電話を切ったが、これはもちろん怒りを覚えたのもあったが、彼らを油断させる意味もあった。
ここまで精神的に追い込まれながらも、その感情を利用しているのが、自分でも恐ろしいと感じた。

「今の通話から居場所を特定できるはず……」

彩斗はすぐにBlackberryを操作し、アプリを起動する。
公式のアプリケーションストアにあるものではなく、彩斗が作成したオリジナルのアプリで他に使っている者はいない。
彩斗の端末を含め、ディーラーの人間が使っている端末に使用されている通信カードは通常の電話回線とネット回線だけでなく、ディーラーの衛星回線にも繋がっている。
インターネットがダウンした状態でもディーラーの衛星回線は健在だ。
このアプリはディーラーの衛星を利用して、特定の通信を傍受・解析することができる。
今の通話の履歴から発信元を逆探知するのだ。
すぐに衛星へのコマンドの送信が完了すると、レスポンスの待機状態へと移行する。

Uploading call information…
Phone number…ok
Call history… ok
Date and Time… ok
Completed.

Tracking location of [060-3A75-6SW4] …

[!]Detected.

Bulding location modules…

端末が特定され、居場所をポジショニングする。
衛星が逆探知した場所をスキャニングパルスで3Dモデル化し、詳細な位置を端末に送り返してくる。
それを見た彩斗は目を疑った。

「デンサンシティ…錦町大安3丁目?この建物の中……」

彩斗は周囲を見渡した。
電話の主は最初から彩斗を監視していたのだ。
だからこそ、狙いすましたかのようなタイミングで着信した。
冷静になって考えると、声だけでは伝わらない微妙な感覚も全て見抜かれているような違和感あった。
全てこちらの顔色を目で見ていたなら合点がいく。
彩斗は再びBlackberryのディスプレイを見た。
逆探知が進むに連れ、徐々にショッピングモール内の正確な居場所が赤く点滅する点として表示される。

「……3階…ノースストリートを移動中」

彩斗はすぐに移動を始めた。
機敏な動きで通りを歩く客たちを避けながら、狼のように疾走する。
その姿を見た周囲の人々は唖然とした。
速さだけならオリンピックに出るような選手には到底及ばないが、そのキレのある身のこなしは素人であっても思わず見入ってしまう。
目の前に迫るカップルをバックターンでかわすと、 更にスピードを上げる。

「……ウッ」

一瞬だけ身体に痛みを覚えた。
しかし先程に比べれば大したことはない。
この数時間の間にも身体は間違いなく回復している。
戦いを促すかのように、自分を含めた周囲の状況は変化を遂げているのだった。
だがこの一瞬の痛みをきっかけに我に返った。
電話の主を捕まえてどうしようというのだろうか?
恐らくここで直接自分と接触しようとしてきたということは、幹部クラスではなくトカゲの尻尾切り、つまり集団における末端である可能性がある。
敵の正体は1週間近く行動をともにしていた彩斗ですら全く把握できなかった。
ただ分かったのは、何らかの目的でValkyrieやディーラーといった世間一般における“悪”を潰そうとしていること、そして想像もつかない強大な力を持っていること。
1人捕まえたからといってどうにかなるようなものではない。
それに現状、彼ら自体が明白な犯罪行為を行っているわけではなく、普通に考えればディーラーやValkyrieよりも正しい立ち位置にいる。
素直に彼らの言うことに従うのが正解のように感じる。
だが彼らの目的と自分の目的は完全には相容れない。
中身は大して変わらなくても致命的な部分で食い違い、何かとんでもないことが起こるのは目に見える。
しかし現実は悩みが生まれることすら許さなかった。

「アイツか?ッ!?危な……」

Blackberryを見て、探知した動く点と下の階の通路を歩いている人影で一致する者がいた。
しかし集中力を切らしたせいで目のベビー用品の店からベビーカーが出てくるのに気づけなかったのだ。
衝突すれば、自分は大したダメージにはならないだろうが、赤ん坊は無事では済まない。
下手をすればベビーカーの金具で怪我をする可能性も高い。

「クッ!!」

反射的に身体を反らせて飛び上がる。
ベビーカーとそれを引く母親と思われる女性の頭上を通過し、事なきを得た。
かと思いきや全力疾走していた彩斗の身軽な身体はそのまま落下防止の手すりに激突し、勢い余って下に落下した。

「わっ……!」

吹き抜けを落下する光景は周囲の人々も思わず手を伸ばす。
しかし偶然にも目的のフロアである3階の手すりをギリギリのところで掴んで助かった。

「クゥ……」

腕にビリビリとした感覚が走る。
体重が軽いとはいえ、自由落下の運動量も加わって想像よりも強い刺激だった。
彩斗は深呼吸する前もなく、手すりを飛び越え晴れて3階のフロアに降り立つ。
そしてすぐに対象に目を向けた。
こちらを警戒している様子は無い。
あのような内容の電話をするような人物の割に警戒している様子が無いというのは違和感があったが、次の瞬間には違和感に気づく。

「女?」

ボイスチェンジャーを使っていた為、男か女かはっきりしなかったものの、かなりの確率で男だと思っていた。
しかし体型と髪型を見る限り女、しかも自分と歳も大して変わらない子供ように見受けられた。
すぐさま彩斗は走り出し、ものの数秒でその人物の腕を掴んだ。

「キャッ!」

その人物は軽い悲鳴のような声を上げるが、抵抗する素振りは見せない。
というよりもいきなりの自体に驚いて行動が遅れているという方が正しいような印象を受けた。
しかし驚かされたのは、彩斗の方も同じだった。

「君は……」
「沢城くん……」

2人は驚きのあまり動けなかった。
彩斗が捕まえたのは、ミヤの親友であり自分とも面識のある人物、三崎七海だったのだ。
これがきっかけとなり、完全に彩斗の頭に登っていた血が引いていく。
冷静さを取り戻し、七海の存在というものを振り返る。
よくよく考えてみれば、七海が最初に自分の見舞いに現れ、彼女の持っていた手紙によって彩斗は彼らと接触するに至った。
七海が彼らの仲間であっても不思議ではない。
そして逆探知の場所を示す点は自分の位置情報と完全に重なっている。

「良かった…私、さっきここに入る沢城くんを見かけて……」
「僕に電話してきたのは君か!?」
「え?何のこと?」
「とぼけるつもりか……」
「私はただ沢城くんに渡したいものがあって……」
「こっちに来るんだ!」
「え!?」

彩斗は七海を引っ張り、人目につきにくい非常階段の近くにやってきた。
七海がとぼけているようには見えなかったが、移動とともに逆探知した端末の位置も動いていることから七海が端末を所持していることは明らかだ。

「荷物を床において後ろを向くんだ」
「えっ!?なに?」
「いいから!」

彩斗は七海を壁に両手を着かせた状態で持ち物を検査する。
しかし捜し物は肩から腹部に掛けて触った段階ですぐに見つかった。

「これは何?」
「え?私のじゃないよ!?だって私のは……」

彩斗は七海のパーカーのポケットに入っていたZenfoneを見せる。
しかし七海はバッグの中からコンパクトサイズのAQUOSを取り出した。
彩斗は徐々に七海の意識にシンクロしていくが、100%とまでは言い切れないが、やはり嘘をついているようには感じられない。
仮に七海が電話の主の正体であったとしても、本人の口から自白させるのは難しい。
手掛かりはこの端末だけだ。
彩斗はすぐさま端末を開いて、手掛かりを探そうとする。

「……ん?」

しかし自分への発信履歴以外、不自然なくらい何も残されていない。
正確には誰かが使った形跡が残されていない。
声色を変える為の変声アプリすら見つからないところからすれば、アナログの変声機かもしくは裏声を使ったのだろうが、それにしても不自然だ。
設定がほとんど初期設定のままで、工場出荷時に張られている注意書き付きのフィルムすらそのまま、まるで買ったばかりだ。
そんな時、彩斗は1つの可能性に気づく。
非常階段からフロアに戻り、落下防止の手すりに体重をかけて下を見下ろす。
このショッピングモールの地下鉄との連絡口の付近にその答えはあった。

「……プリペイドフォンか」

空港から直通の地下鉄が走っているこのモールは海外の人々が多く訪れる。
そこでニホンでの滞在期間中の連絡用の端末が売られていたのだった。
この機種もイチオシ機種として、広告が大きく出されている。
端末を購入する場合は身分証明書が必要となるが、恐らく彼らはそんな証拠を残すようなヘマはしない。
プライムタウンにいるような浮浪者にでも金を握らせればいくらでも手に入るのだ。

「…くそっ!」

彩斗は先程、自分を助けてくれたはずの手すりを殴った。
その浮浪者を突き止めて吐かせようとすれば、彼らは先回りして口封じするのは目に見えている。
このショッピングモールの防犯カメラの映像も、彼らならカメラの位置を警戒し、死角を選んでいるはず。
仮に映っていたとしても、インターネットシステムがダウンしている今の状況では外部から侵入することはできない。
普及までは最低でも10日から2週間近く掛かる可能性もあり、大概の防犯カメラ映像はその団体にもよるが1週間程度で削除されてしまうことも多い。
酷い場合は毎日削除されているようなところもある。
追跡の手段は残されていなかった。

 
 

 
後書き
今回は完全に忘れ去られていた集団こと「紺碧の闇」が再登場しました。
直接的な接触は2度目となりますが、このタイミングで接触してきた意味が何なのか?と七海が何で彩斗を追いかけてきたのか?が少し今後のストーリーでほんの少しだけ重要だったり?

あと結構派手なアクションをしましたが、実は作者自身はぼーっとしていて、こういう手すりから落ちそうになった経験あります(笑)
ショッピングモールとかでよくありますが、手すりがあるから大丈夫!とは思わず注意しましょう(笑)


さて年明けましたが、皆さん、体調の方は如何でしょうか?
そろそろ(もう?)インフルエンザだったり胃腸炎だったりの季節なので、特に受験生の方は気を付けて下さい!
受けられなかったり、体調不良で全力を出し切れないのは結構引きずりやすく、受験生活全体のペースを乱します。
自分は大丈夫!っていう人も周囲の人に気を遣ってマスクやティッシュを持って歩くのもいいと思います。
受験はそれぞれ進路が違うので、結局は個人戦なのですが、同じ学校でそれぞれ頑張っている人たちと一緒に頑張っているモチベーションがあるという団体戦な部分もあるので、自分のことが第一ですが、最低限、周囲の仲間に迷惑だけは掛けないように!
いい点数を取れても、点数を大声で自慢したりするとそれ以下だった人には無条件で必要以上のプレッシャーが掛かりますし、みんなが頑張ってる中、推薦で先に進路が決まって遊びほうけているのを見せられると、イライラすることもあると思います。
受験生は自分たちや周囲の人が思っている以上に神経質ですからね(⌒∇⌒)
僕が受験を受けたのは3年前なので受験界隈の事情もかなり変化しているようですが、ここら辺はさすがに変わってないと思います。

もしこの作品を読んでいる方で受験生の方がいらしたら、頑張ってください!
健闘を祈っております。 
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