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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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殺意と変異

ヒースクリフとのデュエルから2日が経過した。第50層《アルゲート》にある馴染みの店。《エギル》の雑貨屋の2階だ。今この場所では、キリトが哀れな道に歩み掛けていた。

「な……なんじゃこりゃあ!?」

「何って、見た通りよ。さ、速く立って!」

アスナが強引に着せ掛けたのは、キリトの新しい一張羅(いっちょうら)だった。慣れ親しんだロングコートと形は一緒だが、色は眼が痛くなるような純白。両襟(りょうえり)に小さく2個と、背中に1つ巨大な真紅の十字模様が染め抜かれている。言うまでもなく血盟騎士団のユニフォームだ。

「……じ、地味な奴って頼まなかったっけ?」

「これでも充分地味なほうよ。うん、似合う似合う!」

「《黒の剣士》の名が泣くぞ」

と、揺り椅子に座り込んでいた俺の一言が、キリトを更に哀れへと追い込んだ。

「もお!そんなこと言わないの!」

アスナが頬をプクッと膨らませながら睨んだ。

一方、俺の一言を聞いたキリトは哀れむだけでなく全身脱力してもう1つの揺り椅子に倒れ込むように座った。

ヒースクリフに出された条件どおり、血盟騎士団に加入したキリト。2日間の準備期間が与えられ、明日からギルド本部の指示に従って75層迷宮区の攻略を始めることになった。

キリトが揺り椅子の上でうめいてると、すっかりそこが定席だとでも言うようにアスナが肘掛(ひじかけ)の上に腰を下ろした。キリトのおめでたい(なり)が愉快なのか、ニコニコ顔でギコギコ椅子を揺らしていたが、やがて何かを思いついたように軽く両手を合わせる。

「あ、ちゃんと挨拶してなかったね。ギルドメンバーとしてこれからよろしくお願いします」

突然ペコリと頭を下げるので、キリトも慌てて背筋を伸ばした。

「よ、よろしく。……と言っても俺はヒラで、アスナは副団長様だからなあ」

右手を伸ばし、人差し指で背筋をつーと撫でる。

「こんなこともできなくなっちゃったなぁー」

「ひゃあ!」

悲鳴と共に飛び上がったアスナは、ポカリとキリトの頭をどつくと向かいの椅子に腰を下ろし、プウと頬を膨らませた。

晩秋(ばんしゅう)の昼上がり。気だるい光の中で、しばしの静寂(せいじゃく)が訪れる。

ヒースクリフとの闘いに敗北した俺のほうが、キリト以上に哀れに見えていた。いや、哀れと言うより、物思いに(ふけ)ってると言ったほうが正しいだろう。今までモンスター撃滅、プレイヤーとのデュエルで一度も敗北したことのない俺にとって、ヒースクリフとのデュエルはSAO世界において初めての敗北だった。

だが俺はそれ以上に、ヒースクリフの動きが気掛かりだった。最後の一撃を撃ち込む時、奴はあまりにも速すぎた。プレイヤーならまだしも、普通の人間にあんなことができるはずがない。

右手を(あご)に当てながらも考え続けるが、答えを導き出すことはできなかった。

すると、未だに哀れんだままかと思われたキリトが。

「ギルドか……」

と、かすかな声で口に出した。それに気づいたアスナが、向かいからチラリと視線を送ってきた。

「……なんだかすっかり巻き込んじゃったね……。その上ネザー君まで巻き込む形になっちゃったし。なんか、色々ごめんね」

「いや、いいきっかけだったよ。ソロ攻略も限界が来てたから……」

「………」

「そう言ってもらえると助かるけど……。ねぇ、キリト君、ネザー君」

アスナのはしばみ色の瞳が真っ直ぐ俺とキリトに向けられる。

「教えてほしいの。なんで2人ともギルドを……人を避けるのか……。ベータテスターとか、ユニークスキル使いとか、そういう理由だけじゃないよね。2人とも優しいもん」

「違う!!」

突然、向かいの揺り椅子に腰を掛けている傷痕剣士が叫び出した。

俺の叫び声に思わず2人の仮想体(アバター)にあるかどうかもわからない心臓がドキッとした。

「な、何!?」

「どうしたんだよ!?」

「………」

叫んだ途端に黙り込み、俺は一体何をしているんだ?、と気づいた。

なぜかアスナの言葉を聞いた瞬間、無意識に叫んでしまった。どうにか誤魔化そうとする一言を口に出した。

「……いや、なんでもない。今のは忘れろ」

俺は視線を伏せ、ゆっくり椅子を揺らした。

アスナとしては褒め言葉を言ったつもりだったのだが、俺は自分の良い面を否定する。内容によっては先ほどのように大声で叫ぶこともあった。アスナもキリトも、未だに俺がなぜ否定をするのか、まったくわからなかった。

自分のことを話したくないというのは人間にとって然程(さほど)珍しいことではないが、もしかしたらキリト君も、と思いながらアスナは視線をキリトに移して言う。

「キリト君……言いたくないなら、別に言わなくてもいいよ」

「……いや、話すよ。……アスナとネザーには、知っておいてほしいから」

この後に続くキリトの言葉は、アスナにとっては意外な言葉だった。

「……もうずいぶん昔……、1年以上かな。一度だけギルドに入ったことがある……」

自分でも意外なほど素直に言葉が出てきた。この記憶に触れる(たび)に湧き上がってくる疼痛(とうつう)を、アスナの眼差しが溶かしていくような、そんな気がする。

「迷宮で偶然助太刀をした縁で誘われたんだ……。俺を入れても6人しかいない小規模ギルドで、名前が傑作だったな。《月夜の黒猫団》」

アスナがフフッと微笑み、俺は耳を傾ける。

「リーダーがいい奴だった。《ケイタ》って名前で、何につけてもメンバーのことを第一に考える男で、皆から信頼されていた。正直、彼らのレベルは俺よりかなり低かった。だから誘われた時、俺が自分のレベルを言えば引き下がったかもしれない」

この後に出てくる言葉を口にする時のキリトの顔は、どこか寂しげな感じで言った。

「……でも俺は、自分の本当のレベルを隠してギルドに入った。その頃の俺は、《黒猫団》のアットホームな雰囲気がとても眩しいものに見えた。彼らはみんな現実世界でも友人同士だったらしく、ネットゲーム特有の距離感のないやり取りは、俺を強く惹き付けた」

アスナはまるで、散っていく花を(いつく)しむようにキリトを見守った。

眼を伏せながら更に続けるキリト。

でもある日……ケイタを除くギルドメンバーと俺の5人で迷宮に潜ることになった。ケイタは、ようやく貯まった資金でギルド本部にする家を購入するため、売り手と交渉に行っていた。………俺達の潜った迷宮区は既に攻略された後だったが、未踏破部分が残されていて、そこにトレジャーボックスがあった。俺は手を出さないことを主張したけど、反対したのは俺と《サチ》っていうギルドメンバーの1人だけで、3対2で押し切られた。

罠は、数多くある中でも最悪に近いアラームトラップだった。けたたましい警報が鳴り響き、部屋の全ての入り口から無数のモンスターが湧き出してきた。キリト達は咄嗟に緊急転移で逃れようとした。しかし、罠は二重に仕掛けられていた。そのエリアは結晶無効化空間だったため、クリスタルは使えなかった。

モンスターの数はとても支えきれる数ではなかった。メンバーはパニックを起こし逃げ惑った。キリトは、今まで彼らのレベルに合わせて隠していた上位剣技を使い、どうにか血路を開こうとした。しかし、恐怖状態に陥ったメンバー達は通路に脱出することもままならず、1人また1人とHPを0にして、悲鳴と破片を撒き散らしながら消えていった。サチだけでも救おうと思ってキリトは必死に剣を振るい続けた。

だが間に合わなかった。こちらに向かって助けを求めるように必死に手を差し出したサチを、モンスターの剣が無慈悲(むじひ)に切り倒した。ガラスの彫像のように(はかな)く砕け散るその瞬間まで、彼女はキリトを信じ切った眼をしていた。彼女はひたすらに信じ、(すが)っていたのだ。何の根拠もない、薄っぺらい、結果的に嘘になってしまった「君は死なないよ」というキリトの言葉に。

ケイタは、今まで仮の本部としていた宿屋で、新居の鍵を前に全員の帰りを待っていた。1人生き残った俺だけが戻り、何があったか説明している間、ケイタは無言で聞いていたが、俺が話し終わると一言、なぜお前だけが生還せきたんだ、と 訊たずねた。俺は、自分の本当のレベルと、βテスト出身だということを告げた。そしてケイタは、異物を見るかのような無感情な一瞥(いちべつ)を浴びせ、一言だけを口にした。

ビーターのお前が、僕達に関わる資格なんてなかったんだ、と。

「その言葉は、鋼鉄の剣のように俺の心を切り裂いた」

そういうことか。

俺はようやく気づいた。第35層《迷いの森》での《背教者ニコラス》と、74層迷宮区での《グリームアイズ》戦闘時と因果関係があることに。あの時の全力を振り絞った戦いぶりの答えが見えた気がした。

無言でキリトの話に熱中する俺とアスナ。そのうちのアスナが質問をしようと口を開いた。

「……その人、ケイタさんは……どうしたの?」

「自殺した」

椅子の上でアスナの体がピクリと震えた。

「外周から飛び降りた。最期まで俺を呪っていたんだろうな……」

自分の声が詰まるのを感じた。心の奥底に封印したつもりの記憶だったが、初めて言葉にすることによって、あの時の痛みが鮮烈(せんれつ)に蘇ってきた。

キリトは歯を食い縛った。アスナに手を指し伸ばし、救いを求めたかったが、自分にはその資格はないと心のどこかで叫ぶ声がして、両の拳を固く握る。

「みんなを殺したのは俺だ。俺がビーターだってことを隠してなかったら、あの時トラップの危険性を納得させられたはずなんだ。ケイタを………サチやみんなを殺したのは俺だ……」

眼を見開き、食い縛った歯の間から言葉を放り出す

不意にアスナが立ち上がり、2歩進み出ると、両手でキリトの顔を包み込んだ。穏やかな微笑を(たた)えた美しい顔が、キリトのすぐ目の前まで近づいた。

「わたしは死なないよ」

(ささや)くような、しかしハッキリとした声。硬直した全身からふっと力が抜けた。

「だって、わたしは……わたしはキミを守るほうだもん」

そう言って、アスナはキリトの頭を胸に包み込むように抱いた。柔らかく、暖かな暗闇がキリトを覆った。キリトは安心感に寄り添うように(まぶた)を閉じた。

キリトの話から今の光景まで全てを無言のままずっと眺めていた俺は、素気(すげ)()い態度で揺り椅子から立ち上がり、階段に足を踏み入れて1階に降りて行った。

キリトの過去話、2人のやり取りは俺自身の過去まで思い出させる。俺には愛情より、怒りや憎しみといった負の感情のほうが多い。だからこそ《黒猫団》でキリトに起こった出来事には引き込まれる部分もあった。

話を聞いて、キリトが自らの意思でメンバー全員を殺害したわけではないことは理解できた。俺とは違う。俺は自分の意思で彼らを殺したのだから。この罪を償うには、死ぬまで戦い続けるしかない。











翌日の朝、キリトは派手な純白のコートに(そで)を通すと、アスナと連れ立って55層《グランザム》へと向かった。

今日から血盟騎士団の一員としての活躍が始まる。と言っても、本来なら5人1組で攻略に当たるところを、副団長アスナの強権発言によって2人のパーティーを組むことになっていたので、実質的には今までやっていたことと変わらない。

しかし、ギルド本部でキリトを待っていたのは意外な言葉だった。

「訓練……?」

「そうだ。私を含む団員3人のパーティーを組み、ここ55層の迷宮区を突破して56層主街区まで到達してもらう」

そう言ったのは、モジャモジャの巻き毛を持つ大男で、どうやら(おの)戦士らしい。

「ちょっと《ゴドフリー》!キリト君はわたしが……」

食ってかかるアスナに、片方の眉毛(まゆげ)を上げると堂々たる、あるいはふてぶてしい態度で言い返す

「副団長と言っても規律を(ないがし)ろにしていただいては困りますな。実際に攻略時のパーティーについてはまあ了承しましょう。ただ、一度はフォワードの指揮を預かるこの私に実力を見せてもらわねば。例えユニークスキル使いと言っても、使えるかどうかはまた別」

「あ、あんたなんか問題にならないくらいキリト君は強いわよ……」

と言った途端、部屋のドアから1人の男の声が半ギレしそうになるアスナを制した。

「彼の言うことには一理あるぞ、アスナ」

全員が一斉に声が放たれた方向に振り向くと、部屋の出入り口となっているドアがいつの間にか開かれていて、フードを被った傷痕剣士が部屋へと足を踏み入れた。

「ネザー?なんでここに?」

フード越しの顔を見た時、キリトは不思議に思った。なぜ血盟騎士団のメンバーでもないネザーが55層《グランザム》の本部にいるのか。まさかとは思うが__。

キリトの考えを瞬時に悟ったように言った。

「ヒースクリフと少し話をしてきただけだ。ギルドに入ったわけじゃない」

素気なく答えられ、キリトは少し残念そうな顔をした。自分の予想が外れていたのは結構だが、もしもネザーが血盟騎士団に入ってくれればアスナ意外の話し相手ができることになる。そうなってほしいと、心のどこかで祈ってたのかもしれない。

「とりあえず、俺は用が済んだから帰らせてもらう」

相変わらずの冷たい口調と態度で、何事もなかったように入り口のドアを開け部屋から退散した。

「なんなのよ……」

今回のアスナは自分の(いら)立ちを押し付けるように唸った。

キリトは先ほどの、一理ある、というネザーの言葉を頭の中で数回繰り返した後に言った。

「見たいと言うなら見せるさ。ただ、今更こんな低層の迷宮で時間を潰すのはごめんだな、一気に突破するけど構わないだろう?」

ゴドフリーという男は不愉快そうに口をへの字に曲げると、30分後に街の西門に集合、と言い残して歩いていった。

「なにあれ!!」

アスナは憤慨(ふんがい)したようにブーツで(かたわ)らの鉄柱を蹴飛ばす。

「ごめんねキリト君。やっぱり2人で逃げちゃったほうがよかったかなぁ……」

「そんなことしたら、俺がギルドメンバー全員に呪い殺されちゃうよ」

キリトを笑ってアスナの頭にポン、と手を置いた。

「うう、今日は一緒にいられると思ったのに……。わたしもついていこうかな……」

「すぐ帰ってくるさ。ここで待っててくれ」

「うん……。気をつけてね……」

寂しそうに頷くアスナに手を握って、キリトはギルド本部を出た。

だが、集合場所に指定されたグランザム西門で、キリトは更なる驚愕と死に見舞われることになる。











別名《鉄の都》とも呼ばれている第55層《グランザム》。以前来た時も思ったが、この街はまるで冷徹な自分自身を表しているようだった。気高く鋼鉄のように硬い心そのものを形にしたようなもの。SAO開発者の《茅場晶彦》がわざとそのような設定にしたと、今にして思える。

キリト達と別れ、血盟騎士団の本部の門を潜り抜け外へ出た俺は、まるで面倒事から解放され、自由に羽を伸ばす鳥のように1回だけ深呼吸をした。

深呼吸と、この本部での収穫が彼の精神がほぐした。

話は数十分前に(さかのぼ)る。





壁が全面透明のガラス張りになった円形の部屋で、再びヒースクリフと顔を合わせた。内容は次のボス攻略についての話し合いだったが、俺には目論見(もくろみ)があった。

「75層のボス攻略については近々うちの団員が調査する。ボスの情報が入手でき次第、キミにも知らせるよ」

「ああ」

素気(すげ)()く答える俺にいちいち気にせず、ヒースクリフは話を進める。

「ではネザー君、次の層に上がるためにも、ボス攻略では期待しているよ」

「……わかってる。用は済んだから、帰らせてもらう」

そう言って後ろへ振り向き、無表情な鋼鉄の扉を右手で開け、闇の中へと消えていった。

期待している……か。

こんな言葉を俺に言ってくれたのは《茅場晶彦》と《加賀美真司》だけだった。

茅場は言わば、俺に世界の概念を教えてくれた師匠的な存在だった。本心を奥深くに隠し、他人との接触を避け、誰にも本性を見せようとしないあの男の素振りは、どうあっても忘れることはない。ある意味、俺と同類の存在だ。

自分で言うのもなんだが__ヒースクリフも、この世界を作った茅場晶彦も、かなり(いびつ)な存在と言える。だがそれ以上に俺は、ヒースクリフとのデュエルに起こったあの__まるで時間を止めたような戦いが気になっていた。奴との戦いに感じた不信感は、今でもハッキリと覚えていた。

元々俺はあのデュエルの戦いの真相を調べるため、ヒースクリフとの会談を申し入れた。「あの戦い方はなんだ」とはさすがに訊けない。だからせめて、自然な会話の最中に相手のことを探り出そうとした。

その目論見(もくろみ)がうまくいったかどうかは微妙だが、以前から俺が感じていたヒースクリフの正体に一歩近づけた気がした。俺の中ではすでに、彼の正体は暴露(ばくろ)されていた。





そのあらすじから数十分が経過し、今に至る。

今の俺はグランザムの南側に位置するベンチに腰を掛け、ウィンドウを開いてアイテムストレージに格納されている転移結晶の確認を行っていた。

クリスタル、特に転移用のものは、このデスゲームにおける最後の生命線と言ってもよい。

その時。

不意に近くで気配を感じた。

「ん?」

この気配には覚えがある。よくキリトと(つる)む女性の気配だ。

右側に顔を向けてみると、何やらショックを受けたような顔をして、自分の近くに歩いてきた栗色の髪を持つ女性が眼に入った。

「……アスナ」

「あ、ネザー君」

思わず名を口にした俺に気づいたアスナは、数秒間の重い沈黙と見つめ合いに(おちい)った。その重い沈黙を破るように俺が言った。

「どうせキリトと一緒じゃないからショックなんだろ」

わかり切った口振りをアスナに放った。

「……何もかも、お見通しなんだ」

「お前がわかりやすいだけだ」

と言われて、「確かにそうだね」と短い一言を放ったアスナは疲れ切ったように俺の座るベンチの隣に腰を掛けた。

アスナは昔とは変わった。素直な感情を表に出すようになった。特にキリトに対する想いを表すだけでなく、口調や態度にも素直な感情が表れている。これほど変化したのは不思議だった。人は時間の流れと共に変わるが、アスナの場合は変わり過ぎと言える。

途端、俺の口を開き始め、質問した。

「キリトはどこに行ったんだ?」

「ああ、キリト君なら……」

アスナは、俺がギルド本部から出た後、キリトが《血盟騎士団》団員コドフリーと3人パーティーを組んで、55層の迷宮区に向かったことを説明した。

「奴と一緒に行きたかった、ということか」

アスナは頷きながら言った。

「うん。わたし、なんかここのところ……キリト君と一緒にいすぎちゃって、いざ離れると……なんかやる気が落ちちゃうみたいな感じがして……」

「……わからなくはないな」

俺がそう言うと、アスナは俺の横顔に顔を向けた。

「昔、俺にもいた。人生を共に歩んでいけるような……大切な友達が。でもそいつはもう死んだ。俺にはもう、失うものがないんだよ」

「失うものが、ない?」

俺の言葉を聞いて眼を丸くしたアスナは、言った。

「失うものがないって……家族とかは?」

「………」

俺は数秒間沈黙し、自身のない静かな声で答えた。

「……家族は……殺された」

「こ、殺された!?」

「……なんでもない。忘れろ」

「………」

アスナは、これ以上追及しないほうがいいと判断し、もう何も言葉を発することはなかった。

緊張をほぐそうと、アスナは右手の指を動かしてウィンドウを開き、マップでキリトの位置をモニターし始めた。

すると突然。

「……何これ!?」

マップを見ていたアスナの表情が仰天(ぎょうてん)になった。

横目で覗いていた俺は、今度はしっかりとアスナの目の前にあるマップを見た。

すると、キリトと共に行動していたはずの団員ゴドフリーの反応が消失していた。一瞬モンスターとの戦闘で殺られたと思ったが、2つの反応が違うと結論付けた。

もしモンスターとの戦闘なら、何かしら動きがあるはず。だがキリトの反応はその場から一歩も動いていなかった。その上、消失したゴドフリーと後もう1人の団員の反応は健在(けんざい)だったが、キリトとは違い、動きが見られる。あのキリトが戦闘を他人に任せたとは考え難い。何か不吉なことが起こったとしか思えない。

俺とまったく同じ結論を出していたと思われるアスナは瞬時に言葉を吐いた。

「キリト君……!!」

想い人の名を叫んだ途端、勢いよくベンチから立ち上がり、大急ぎで街を出て55層へ向かおうと走り出した。ブーツの(びょう)から出るトトトという凄まじい音を鳴らしながら、一歩も止まることなく走り去って行く。

未だベンチに腰を掛けたまま、アスナの背中が見えなくなるまで見送っていた俺の脳が、急に活発化し始めた。

まさか、……クラディールか。

エギルの雑貨屋で《ラグー・ラビットの肉》を売却した時に見た男。そして接触した時に感じた、ノイズが走ったような感覚。それらが俺の脳内で繋がった。











キリトは共に55層の迷宮区にで、今まさにHPを全損させ命を落とそうとしていた。

訓練から数分、灰色の岩造りの迷宮区で休憩していた時、クラディールが用意した(びん)に入った水を飲んだキリトとゴドフリー。しかしそれが命取りとなってしまった。

水を一口飲んだ途端、急に全身の力が抜け、キリトはその場に崩れ落ちた。視界の右隅に自分のHPバーが表示される。そのバーは、普段は存在しないグリーンに点滅(てんめつ)する(わく)に囲まれている。

麻痺毒にやられたということだ。

麻痺を解除あるいはこの状況からの脱出をしようにも、解毒結晶も転移結晶もゴドフリーに預けてしまった。回復用のポーションでも、麻痺毒には効果がない。

クラディールは逆手に握った剣を、ゆっくりとゴドフリーの体に突き立てていた。結果、クラディールを示すカーソルが黄色から犯罪者を示すオレンジに変化し、ゴドフリーのHPはジワリと減少する。そのまま剣に体重をかけていく。

「ぐあああああ!!」

「ヒャアアアア!!」

一際(ひときわ)高まるゴドフリーの絶叫に被さるように、クラディールも寄声を上げる。剣先はジワジワとゴドフリーの体に食い込み続け、同時にHPバーは確実な速度でその幅を(せば)めていき、HPが呆気(あっけ)なくゼロになり、無数の砕片となって飛び散ったゴドフリー。

ゴドフリーを殺したクラディールは地面に突き刺さった大剣をゆっくり抜くと、視線をキリトに向けた。その顔には抑えようのない歓喜(かんき)の色が張り付いている。右手の大剣を地面に引きずる(みみ)(ざわ)りな音を立てながら、奴はゆっくりこちらに歩み寄ってきた。

「オメェみてぇなガキ1人のためによぉ、関係ねぇ奴を殺しちまったよ」

「その割には随分(ずいぶん)と嬉しそうだったじゃないか」

答えながらも、キリトは必死に状況を打開する方法を考えていた。しかし、動かせるのは口と左手だけ。麻痺状態ではメニューウィンドウが開けず、誰かにメッセージを送ることもできない。焼け石に水だろうと思いながら、クラディールから死角になる位置でそっと左手を動かし、同時に言葉を続ける

「なんでお前みたいな奴が血盟騎士団にいるんだ。殺人ギルドのほうがよっぽどお似合いだぜ」

「ククッ、そりゃあ褒め言葉だぜ?いい眼してるってよ」

喉の奥から甲高い笑いを漏らしながら、クラディールは何を考えたか、突然左のガントレットを解除した。純白のインナーの袖をめくり、(あら)わになった前腕の内側をキリトに向ける。

「………!!」

その腕に記されていたマークを見て、キリトは激しく(あえ)いだ。

タトゥーだ。カリカチュアライズされた漆黒の棺桶の図案。(ふた)にはニヤニヤ笑う両眼と口が描かれ、ずれた隙間から白骨の腕がはみ出してる。

「そのエンブレムは……《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の……!?」

掠れた声でそう口走ったキリトに、クラディールはニンマリと頷いてみせた。

《ラフィン・コフィン》。それは、かつてアインクラッドに存在した、最大最凶の殺人ギルドの名前。冷酷にして狡猾(こうかつ)な頭首《PoH(プー)》に率いられ、次から次へと新手の殺人手段を考え出して3(けた)に上る数の犠牲者を出した。

一度は対話による解決も模索(もさく)されたが、メッセンジャーを買って出た者も即座に殺された。ゲームクリアの可能性を()ぐに等しいPK行為に彼らを駆り立てる動機すら理解できないのに、話し合いなど成り立つはずもなかったのだ。やがて攻略組から対ボス戦なみの合同討伐隊が組織され、キリトとアスナも加わった。血みどろの死闘の果てについに壊滅した。

「お前……ラフコフの生き残りだったのか?」

掠れた声で訊いたキリトに、クラディールは吐き捨てるように答えた。

「ハッ、違げーよ。俺がラフコフに入れてもらったのはつい最近だぜ。まあ、精神的にだけどな。この麻痺テクもそん時に教わったんだぜ……と、ヤベェヤベェ」

カクン、と機械じみた動作で立ち上がり、クラディールは音を立てて大剣を握り直した。

「お喋りもこの辺にせねぇと毒が切れちまうからな。そろそろ仕上げと行くかぁ。本当ならあの傷野郎も殺したかったがな」

「傷野郎……」

クラディールの放った最後の部分の単語を聞いた時、キリトは悟った。

「ネザーのことか!?」

「ピンポーン!あの野郎、ユニークスキルなんか持たねぇくせにワイワイ注目されやがってよ。その上、討伐ん時にやぁラフコフの連中をかなり殺したそうじゃねぇか。俺にとっちゃあ極上の獲物だぜ!」

確かに、討伐隊にはネザーも参加していた。しかし、どこからか情報が漏れ、ラフコフのメンバー達は迎撃態勢を整えていた。キリトを含める数人の討伐隊がその状況に錯乱してしまった。だがネザーは、あんな状況でも錯乱どころか恐怖の色を一切見せることはなかった。そればかりか、襲いかかってくるラフコフのメンバー達をなんの(ため)()いもなく殺したのだ。片手剣を振り、首や体を斬り裂いては、人間離れした殺意を見せた。

生け捕りにして牢獄に送るというのが本来の手筈だったが、討伐隊にも犠牲者が複数出たため、生け捕りにできたのはほんの数十人だけだった。

「オメェを殺したら、次はあの傷野郎を始末してやるよぉ!」

吐き残し、ほとんど真円にまで見開かれた眼に妄執(もうしゅう)の炎を燃やし、両端(りょうはし)を吊り上げた口から長い舌を垂らしたクラディールは、爪先(つまさき)立ちになって大きく剣を振りかざされようとした。

その時、一陣(いちじん)の疾風が吹いた。

白と赤の色彩を持った風だった。

「な……ど……!?」

驚愕の叫びと共に顔を上げたその直後、殺人者は剣ごと空高く跳ね飛ばされた。キリトは目の前に舞い降りた人影を声も無く見つめた。

「……間に合った……間に合ったよ……神様……間に合った……」

震えるその声は、天使の羽音にも(まさ)るほど美しく響いた。崩れるように(ひざまず)いたアスナは唇をわななかせ、眼をいっぱいに開いてキリトを見た。

「生きてる……生きてるよねキリト君……」

「……ああ……生きてるよ……」

キリトの声は自分でも驚くほど弱々しく掠れていた。アスナは大きく頷くと、右手でポケットから解毒結晶を取り出し、左手をキリトの胸に当てて麻痺状態を無効化した。結晶が砕け散り、キリトはようやく体をまともに動かせるようになった。だが、それでもどこか疲労していてそれほどいい動きがとれなかった。

一方、跳ね飛ばされたクラディールはようやく体を起こし、その顔には憎悪(ぞうお)の色が浮かんでいた。

「このアマァ……よくも邪魔してくれたな……。ケッ、まあいい。俺にはとっておきの切り札があるんだからな」

その台詞を、何か特別なスキルを発動させるという意味だと思ったアスナは、キリトを守ろうと警戒して細剣を構えた。

クラディールは持っていた剣を放り投げ、背筋を伸ばした。

すると。

「フフッ、フフフフフ………ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ、感じるぞ!!()(てつ)もない力を感じるぞ!!」
 
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