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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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神聖剣VS神速

第55層にある主街区《グランザム》。別名《鉄の都》と言われている。他の街が大抵石造りなのに対して、グランザムを形作る無数の巨大な尖塔(せんとう)は、全ての黒光りする鋼鉄(こうてつ)で作られているからだ。鍛冶や彫金が(さか)んということもあってプレイヤー人口は多いが、街路樹(がいろじゅ)(たぐい)はまったく存在せず、深まりつつある秋の風の中では寒々しい印象を隠せない。

そんな街中に、一際(ひときわ)高い塔が存在する。巨大な上部から何本も突き出す銀の槍には、白地に赤い十字を染め抜いた(はた)が垂れ下がって寒風にはためいている。ギルド《血盟騎士団》の本部だ。

その本部に呼ばれた1人の剣士。

幅広の階段を昇った所にある大扉は左右に開け放たれていたが、その両脇には恐ろしく長い槍を装備した重装甲の衛兵が控えていた。剣士がコンバットブーツの(びょう)を鳴らしながら扉を潜っていくと、衛兵達は何やら気に食わない目つきで剣士を睨んでいた。正直、気味が悪かった。しかし彼は慣れているから大した問題にはならない。

問題なのは、これから会う人物のことだけだ。

街並みと同じく黒い鋼鉄で造られた塔の1階は、大きな吹き抜けのロビーになっていた。人は誰もいない。

街以上に冷たい建物だという印象を抱きつつ、様々な種類の金属を組み合わせた精緻(せいち)なモザイク模様の床を横切って行くと、正面に巨大な螺旋(らせん)階段があった。

金属音をホールに響かせながら階段を昇っていく。筋力パラメータが低い者なら絶対途中でへばってしまう高さだ。いくつもの扉の前を通り過ぎ、剣士は無表情な鋼鉄の扉の前で足を止めた。

やがて意を決したように右手を上げると扉を開け放った。内部から溢れた大量の光に、思わず眼を細める。

中は塔の1フロアを丸ごと使った円形の部屋で、壁は全面透明のガラス張りだった。そこから差し込む灰色の光が、部屋をモノトーンに染め上げている。

中央には半円形の巨大な机が置かれ、その向こうに並んだ5脚の椅子の中央に、1人の人物が座っていた。あの顔、忘れるはずがない。《血盟騎士団》団長にして、このアインクラッド最強と(うた)われている男、《ヒースクリフ》だ。

「キミと会うのはこれで二度目だったかな、《ネザー》君」

「三度目だ。67層のボス攻略会議で顔を合わせただろ」

ヒースクリフは軽く頷くと、机の上で骨ばった両手を組み合わせた。

「あれは辛い戦いだったな。我々も危うく死者を出すところだった。トップギルドなどと言われても戦力は常にギリギリだよ。……その上、このアインクラッドに招かれざる客が紛れ込んでいる」

「……アスナから聞いたのか」

今の台詞を聞いて、アスナが74層の出来事を報告したことは容易に想像できた。

「もちろんだとも。アスナ君は我が《血盟騎士団》のサブリーダー。当然、報告する義務もある」

「義務か……」

俺には似合わない単語だった。

ライダーだった時の自分のことを報告されて、ヒースクリフが俺の正体に感づいているかもしれないと思うと、少しばかり不安になる。だが俺と初めて会った時からのヒースクリフは、すでに何かに気づいているようだった。最初から俺の正体を知っていたとはさすがに考えられないが、何か勘付かれているのは確かだ。

だがそれは俺も同じだった。ユニークスキル持ち、最強プレイヤーだったという単純な理由ではなく、俺も最初から何かを感じてた。直感が彼を《危険》だと言っていた。だからこそ彼に会うのを避けてきたが、それでは逃げてるも同然。もう逃げるつもりはない。これからは正面からヒースクリフを観察していくつもりだ。

俺は勘付かれないよう態度を今まで通りに振る舞い、訊く。

「俺を呼んだのは、74層についての事情聴取か?」

「いや、そのために呼んだわけではない」

「なら用件はなんだ?」

ぶっきらぼうな俺の台詞に、ヒースクリフはすぐさま答える。

「実は、キミの他にもう1人呼んでいるのだよ」

「もう1人……」

「いや、正確には2人だな」

ヒースクリフが呼ぶ人物なら、大抵はギルドリーダーや能力の高いプレイヤーだが、74層の一件以来に呼ばれる者が俺以外にいるとしたら、それは間違いなく彼と彼女の2人に違いない。

「キリトとアスナか」

「お見事。そのとおりだ」

天晴(あっぱれ)という感じで褒められても、俺は素直に喜ぶことなどできなかった。

「キリトがいないと進められない話なのか?」

「そう解釈してくれて構わんよ」

話の意図がまったく掴めなかった。いったい俺とあの2人を揃えて何をしたいのか。俺の中ではすでに、ヒースクリフという男に対する疑惑がますます上がった。

その途端。

俺が入ってきた扉が再び開かれた。振り向くと、服装から装備の全てを黒で整えた剣士と、血盟騎士団のユニフォームを身に(まと)った細剣使いが扉を潜って部屋に入ってきた。

「ネザー!?」

「ネザー君!?」

扉から部屋の中に入った途端に出てきた言葉は挨拶ではなく、俺がこの場所にいる驚きの台詞だった。俺は面倒になる前に、「俺も呼ばれたんだ」と短い言葉を放ち、2人を納得させた。

「キリト君、アスナ君。キミらも到着か」

2人が来ることをあらかじめ知っていたヒースクリフは、驚きの表情を見せることなく声を掛けた。

「それでは、全員揃ったところで本題に入ろう」

ようやく自分が呼ばれた本当の理由について聞くことができると思う俺は、ヒースクリフの顔を真っ直ぐに眺めた。どんな理由を述べられようと、俺はそれなりの覚悟はできていた。

「まずキリト君。キミは、我がギルドの貴重な主力プレイヤーであるアスナ君を引き抜こうとしている」

「貴重なら、護衛の人選に気を使ったほうがいいですよ。ヒースクリフ団長」

嫌味なキリトの台詞に血相変えることなく続ける。

「《クラディール》の件でキミ達に迷惑をかけてしまったことは謝罪しよう。だが我々としても、副団長を引き抜かれて、はいそうですかというわけにはいかない。そこで、私から提案なのだが__」

ヒースクリフはこちらを見据えた。金属の光沢(こうたく)を持つ両眼から、強烈な意思力が貫き上げてくる。

「キリト君、欲しければ剣で__《二刀流》で奪いたまえ。私と戦い、勝てばアスナ君を連れていくがいい。だが、負けたらキミが血盟騎士団に入るのだ」

「………」

キリトはこの謎めいた男が少しだけ理解できたような気がしていた。

結局この男も、剣での戦闘に魅入られた人間なのだ。その上、自分の技に絶対の自信を持っている。脱出不可能のデスゲームに囚われてなお、ゲーマーとしてのエゴを捨てきれない救いがたい人種。ある意味、キリトに似ている。

だが俺は納得できなかった。そもそも俺が呼ばれた理由さえわかっていないというのに、ヒースクリフは自分とデュエルするようキリトに話を持ち掛けた。その言葉を聞いて、今まで沈黙していた俺は我慢できず、口を開いた。

「待て」

俺は一歩前に進み出て、正面からヒースクリフの視線を受け止める。

「キリトじゃなく、俺と勝負してもらいたい」

「「え!?」」

その言葉を聞いたキリトとアスナが驚愕に見舞われた。

「ほう、キミが私と勝負するというのかね?」

「なんであんたが俺が呼んだのかは知らないが、少なくとも下らない会話を聞かせるために呼んだんじゃないだろ。それとも、俺が相手じゃ不満か?」

自分の不満をぶつけるような台詞を吐き捨てた途端、ヒースクリフの唇が少しだけニヤッとした。

「いいだろう。私もキミとは一度戦ってみたいと思っていたからね。ちょうどいい機会だ。キミの挑戦、受けようではないか」

今思えば、これを狙って俺を呼んだのかもしれない。











「もーーー!!バカバカバカ!!」

第50層《アルゲート》にあるエギルの店の2階。様子を見ようと顔を出した店主を、キリトが1階にいるように頼んでおいて、アスナは怖いくらい必死に言う。

「なんであんなこと言うのよ!!」

椅子に腰を掛けている俺は、そんなアスナに怯えることも表情を変えることもなく対応していた。

「うるさい。もう決まったことなんだから騒ぐな」

冷酷なオーラを出しながら言う俺のほうに、アスナは逆に恐ろしく思えた。

キリトもまあまあとアスナを(なだ)め、ようやくおとなしくなったが、代わりにプクッと頬を膨らませる。

「ユニークスキルがなくても、負けるつもりはない」

「でも、負けたらキリト君が《血盟騎士団》に入ることになるんだよ」

「別にキリトやお前がどうなろうが、俺にはどうでもいい。俺がヒースクリフに勝てば全て丸く収まる。お前が血盟騎士団から引き抜かれることを除けば、誰も損はしないだろ」

「む~~~~……」

再び頬を膨らませるアスナ。

「まあまあアスナ、ネザーなら大丈夫だよ。信じてやろうぜ。それに、まだ負けると決まったわけじゃないし……」

キリトの言葉を聞いてもいまいち不満な気がしていたアスナだが、数秒経過してまたおとなしくなった。

おとなしくなったところでアスナが唸る。

「……まあ、ネザー君の剣の腕や戦い方は、別次元の強さだって前から思ってたよ。でもそれは、団長の《神聖剣》も一緒なのよね……。あの人の無敵っぷりはもうゲームバランスを超えてるよ。正直、どっちが勝つかわかんない……。本当に大丈夫なの?」

ヒースクリフはキリトの《二刀流》が(ちまた)で口の()にのぼる以前は、約6000人のプレイヤー中、唯一ユニークスキルを持つ男として知られている。

十字を(かたど)った一対の剣と盾を(もち)い、攻防自在の剣技を操るそのスキルの名は《神聖剣》。俺も何度か間近(まぢか)で見たことがある。圧倒的な防御力だった。彼のHPがイエローに陥ったところを見た者は1人もいないと聞く。もちろん俺も見たことがない。大きな被害を出した50層のボスモンスター攻略戦において、崩壊寸前だった戦線を10分間単独で支え続けた逸話(いつわ)は今でも語り草となっている。

ユニークスキルを持たない俺が、そんな化け物みたいなプレイヤーと戦うのだから、キリトとアスナが心配するのも無理はないだろう。

不安な様子を見せる2人に対して俺が冷静に言う。

「……俺は確かめたいんだよ。ヒースクリフが何者なのか……」

「どういう意味だ?」

「お前は気にしなくていい。とにかく心配は無用だ」

「……お前の強さを疑ってるわけじゃないが……それでも心配になるよ。結果はともかく、俺が交代してやってもいいんだぞ」

キリトの優しさを無にするように言い返した。

「必要ない。俺が自分の意思で決めたことだ。戦いでは誰も嘘はつけない。ヒースクリフの秘密を握る唯一のチャンスかもしれない。だから引き下がるつもりはない」

この時の俺の言葉を、キリトとアスナは恐ろしいくらい実感がこもっているように感じた。

「アスナ、考え方によっちゃ、目的は達成できるとも言えるぞ」

「え、なんで?」

少し努力で強張る口を動かし、キリトは答えた。

「仮にネザーが負けて、俺が血盟騎士団に入ったとしても……アスナといられるわけだし、それはそれでいいと思うんだ」

以前なら逆さに振っても出てこないような言葉だ。アスナは一瞬キョトンと眼を丸くしたが、やがてボッと音がしそうなほどに頬を赤くし、なぜかそこを再び膨らませると、窓際に歩いて行った。

背を向けて立つアスナの肩越しに、夕暮れのアルゲートの活気に満ちたざわめきがわずかに流れ込んでくる。

言ったことは正直な気持ちだったが、ギルドに所属するのはやはり抵抗がある。キリトがギルドに入るか否か。その全ては、1人の剣士に託すことになる。

キリトは、以前一度だけ所属したギルドの名を思い出して、胸の奥に鋭い痛みを覚える。

まあ、あいつなら簡単に負けはしないさ……とキリトは胸の中で呟き、俺の傍を離れてアスナの隣に立った。しばらくして、右肩に軽くアスナの頭が預けられた。





先日新たに開通した75層の主街区は古代ローマ風の造りだった。マップに表示された名は《コリニア》。すでに多くの剣士や商人プレイヤーが乗り込み、また攻略には参加しないまでも街を見たいという見物客やら情報屋も詰め掛けて大変な活気を(てい)している。それに付け加えて今日は(まれ)に見る大イベントが開かれるとあって、転移門は朝からひっきりなしに訪問者の群を吐き出し続けていた。

街は、四角く切り出した白亜(はくあ)の巨石を積んで造られたていた。神殿風の建物や広い水路と並んで特徴的だったのが、転移門の前にそびえ立つ巨大なコロシアムだった。入口付近の看板には、《生ける伝説・ヒースクリフ VS 最速の神・ネザー》と表されていた。打って付けばかりに俺とヒースクリフのデュエルはそこで行われることになった。

だが。

「火噴きコーン10コル!10コル!」

「黒エール冷えてるよ~!」

コロシアム入り口には口々に喚き立てる商人プレイヤーの露店がずらりと並び、長蛇(ちょうだ)の列をなしに見物客に怪しげな食い物を売りつけている。

「……祭り騒ぎにしやがって」

俺は呆れ、(かたわ)らに立つアスナに問い質した。

「なんでこんなイベント騒ぎになってる?」

「さ、さあ……?」

するとキリトが。

「おいアスナ、あれ!」

コロシアムの入り口で何やら券を売っている血盟騎士団の団員プレイヤーを指差した。

「ヒースクリフの奴、まさかこれが目的だったのか……」

「いやー、多分経理の《ダイゼン》さんの仕業だねー。あの人お金に関してはしっかりしてるから」

あはは、と苦笑いをするアスナの前で俺は再び呆れ、がっくり肩を落とした。

「まあ、見たいって人もこれだけいるみたいだし……あ、ダイゼンさん」

顔を上げると、血盟騎士団の自赤の制服これほど似合わない奴もいるまいと言うほど横幅のある男が、たゆんと腹を揺らしながら近づいてきた。

「いやー、おおきにおおきに!!」

丸い顔に横面の笑みを浮かべながら声をかけてくる。

「ネザーはんのお陰でええ儲けさせてもろてます!あれですなぁ、毎月1回くらいやってくれはると助かりますなぁ!」

「バカバカしい」

「ささ、控え室はこっちですわ。どうぞどうぞ」

のしのし歩き始めたダイゼンの後ろを、未だに呆れながらついていった。





控え室は闘技場に面した小さな部屋だった。ダイゼンは入り口まで案内すると、チケット販売がありますんで、などと言って消えた。既に観客は満席になっているらしく、控え室にも歓声がうねりながら届いてくる。

3人だけになると、アスナは真剣な表情で俺に言った。

「……例えワンヒット勝負でも強攻撃をクリティカルで受けると危ないんだからね。特に団長の剣技は未知数のところがあるから、危険だと思ったら……」

「そこまで。俺よりヒースクリフの方を心配しろ」

アスナが最後まで言い終える前に口を挟まれた。誰にも負けないという自身を持っていると思うが、実際はどこか不安なところを持っているのかもしれない。

遠雷のような歓声に混じって、闘技場のほうから試合開始を告げるアナウンスが響いてくる。腰の後ろに装備した1本の剣を同時に少し抜き、チンと音を立てて鞘に収めると、俺は四角に切り取ったような光の中へ歩き出した。





円形の闘技場を囲む階段状の観客席はギッシリと埋まっていた。見た感じ1000人以上はいる。最前列にはエギルやクラインの姿も見受けられ、「斬れ!」「殺せ!」などと物騒なことを喚いてるが、俺にはヒースクリフに向けられた喚きだと思った。

もしもどちらか1人だけを応援するなら、間違いなくヒースクリフが応援されるだろう。俺の実力が認められていても、人間的に良い評価を受けていないことくらいわかっていた。

俺は闘技場の中央に達したところで立ち止まった。直後、反対側の控え室から真紅の人影が姿を現した。歓声が一際高まる。

ヒースクリフは、通常の血盟騎士団制服が白地に赤の模様なのに対して、それが逆になった赤地のサーコートを羽織っていた。鎧の(たぐい)は最低限だが、左手に持った巨大な純白の十字盾が眼に映る。どうやら剣は盾の裏側に装備されているらしく、頂点部分から同じく十字を象った柄が突き出してる。

俺の目の前まで無造作な歩調で進み出てきたヒースクリフは、周囲の大観衆に眼をやると、さすがに苦笑いをした。

「すまなかったなネザー君。こんなことになっているとは知らなかった」

「試合が終わったら、部下をちゃんと仕付けとけよ」

「考慮しておくよ」

言うと、ヒースクリフは笑いを収め、真鍮(しんちゅう)(いろ)の瞳から圧倒的な気合を(ほとばし)らせてきた。2人は現実には遠く離れた場所に横たわっており、2人の間にはデジタルデータのやり取りしかないはずだが、それでも殺気のようなものを感じる。

俺は意識を《ヴァーミン》と戦う時と同じ意識に切り替え、ヒースクリフの視線を正面から受け止めた。大歓声が徐々に遠ざかっていく。すでに知覚の加速が始まっているのか、周囲の色彩が微妙に変わってるような気がした。

ヒースクリフは視線を外すと、俺から10メートルほどの距離まで下がり、右手を(かか)げた。出現したメニューウィンドウを、視線を落とさず操作する。瞬時に俺の前にデュエルメッセージが出現した。もちろん受諾。オプションは初撃決着モード。

カウントダウンが始まった。周囲の歓声はもはや小さな波音にまでミュートされている。

戦闘を求める衝動に掛けた手綱(たづな)を引き絞る。俺はわずかな躊躇(ちゅうちょ)を払い落とし、腰から片手剣を同時に抜き放ち、手の中で剣を器用に回転させて構えた。最初から全力で当たらねば、敵わない相手だというのはわかってた。

ヒースクリフも盾の裏から細身の長剣を抜き、ピタリと構えた。

盾をこちらに向けて半身になったその姿勢は自然体で、無理な力はどこにもかかっていない。敵の初動を読もうとしても迷いを生むだけだと考え、全力で打ち込む覚悟を決める。

2人ともウィンドウには一瞬たりとも視線を向けなかった。にも関わらず、地を蹴ったのは【DUEL】の文字が閃くのと同時だった。

俺は一気に飛び出し、地面ギリギリを滑空(かっくう)するように突き進んだ。

ヒースクリフの直前でくるりと体を捻り、右手に握られた剣を左斜めしたから叩きつける。十字盾に迎撃され、激しい火花が散る。

右手の剣で再び一撃を与えるが、ヒースクリフも盾を左、右、上、下へとずらし、俺の剣技をことごとく防いで見せた。技の余勢(よせい)でヒースクリフと距離を取り、向き直る。

剣の攻撃を防ぐ盾はさすがに厄介だった。だが遠距離戦ならともかく、近距離戦なら(すき)が生じることもある。実際にこのタイプの敵とは何度か一戦交えたこともある。問題はない、と思いたかった。

すると今度は、お返しのつもりかヒースクリフが盾を構えて突撃してきた。巨大な十字盾の陰に隠れて、奴の右腕がよく見えない。

「チッ!」

俺は舌打ちをしながら右へのダッシュ回避を試みた。盾の方向に回り込めば、初期軌道が見えなくても攻撃に対処する余裕ができると踏んだ。

しかし、俺の策は裏切られた。

ヒースクリフは盾自体を水平に構えると。

「ぬん!」

重い気合と共に、(とが)った先端で突き攻撃を放ってきた。純白のエフェクト光を引きながら巨大な十字盾が迫る。

「ぐあっ!」

俺は咄嗟に両手の剣を交差してガードした。厳しい衝撃が全身を叩き、数メートルも吹き飛ばされる。剣を床に突いて転倒を防ぎ、空中で1回転して着地する。

あの盾にも攻撃判定があるらしい。まるでキリトの《二刀流》だ。これは予想外だった。

ヒースクリフは俺に立ち直る余裕を与えまいと、再度のダッシュで距離を詰めてきた。十字の(つば)を持つ右手の長剣が、《閃光》アスナもかくやという速度で突き込まれてくる。

敵の連続技が開始され、俺は右手の剣をフルに使ってガードに()っした。《神聖剣》のソードスキルについてはある程度アスナから聞かされたが、付け焼刃の知識では(こころ)(もと)ない。瞬間的反応で上下から殺到する攻撃を(さば)き続ける。

これまで無表情だった俺の顔に焦りのような色が浮かんだ。

8連続最後の上段斬りを左の剣で弾くと、俺は間髪入れず右手で単発重攻撃《ウォーパル・ストライク》を放った。

「うらぁ!!」

ジェットエンジンめいた金属質のサウンドと共に、赤い光芒(こうぼう)(ともな)った突き技が十字盾の中心に突き刺さる。岩壁のような重い手応えに構わず、そのまま撃ち抜く。

ガガァン!と炸裂音が(とどろ)き、今度はヒースクリフが跳ね飛ばされた。盾を貫通(かんつう)するには至らなかったが、多少のダメージを与えた感触はある。ヒースクリフのHPバーがわずかに減っている。だが、勝敗を決するほどの量ではなかった。

ヒースクリフは軽やかな動作で着地すると、距離を取った。

「……素晴らしい反応速度だな。《神速》と呼ばれただけのことはあるな」

「そっちはバカみてぇに堅いな」

言いながら俺は地面を蹴った。ヒースクリフも剣を構え直して間合いを詰めてくる。

超高速で連続技の応酬(おうしゅう)が開始された。俺の剣はヒースクリフの盾に(はば)まれ、ヒースクリフの剣を俺の剣が弾く。2人の周囲では様々な色彩の光が連続的に飛び散り、衝撃音が闘技場の石畳(いしだたみ)を突き抜けていく。時折(ときおり)互いの小攻撃が弱ヒットし、双方のHPバーがじりじりと削られ始める。例え強攻撃が命中しなくとも、どちらかのHPが半分を下回れば、その時点で勝者が決定する。

だが、俺の脳裏にはそんなそんな勝ち方は微塵(みじん)も浮かんでいなかった。SAOに囚われて以来初と断言できる強敵を相手に、俺は加速感を味わっていた。感覚が一段シフトアップしたと思うたびに、攻撃のギアを上げていく。

俺の力は……こんなものじゃない!

脳裏で呟いた瞬間、それまで無表情だったヒースクリフの顔にちらりと感情らしきものが走った。焦りを感じてるのか、敵の(かな)でるテンポがわずかに遅れる気配を感じた。

チャンス到来!

その刹那、俺は防御を捨て去り、右手に握られた剣で攻撃を開始した。片手剣上段突進技《ソニックリープ》がヒースクリフへ殺到する。

「ぬおっ……!!」

ヒースクリフが十字盾を掲げてガードする。構わず上下左右へと攻撃を浴びせ続ける。ヒースクリフの反応がじわじわ遅れていく。

行ける!

俺は最後の一撃が奴のガードを超えることを確信した。盾が右に振られすぎたそのタイミングを逃さず、瞬時に右手に握られた剣を左手に移した。左からの攻撃が光芒(こうぼう)を引いてヒースクリフの体に吸い込まれていく。これが当たれば、確実にヒースクリフのHPは半分を割り、デュエルに決着がつく。

しかし、この時、世界が止まった。

「……ッ!?」

ほんのわずか、時間が世界から盗まれた感じがした。

クロックアップ!?……いや違う!?

何十分の1秒、俺の体を含む全てがぴたりと停止した気がした。ヒースクリフ1人を除いて。右にあったはずの奴の盾が、コマ戻りの映像のように瞬間的に左に移動し、俺のとどめの一撃を弾き返した。

「なっ!?」

技をガードされた俺は、致命的な硬直時間を課せられた。ヒースクリフがその隙を逃すはずもなかった。

憎らしいほど明確な、ピタリと戦闘を終わらせるに足るだけのダメージが右手の剣の単発突きによって与えられ、俺はその場に倒れた。視界の端で、デュエル終了を告げるシステムメッセージが紫色に輝くのが見えた。

戦闘モードが切れ、耳に渦巻く歓声が届いてきても、俺は呆然したままだ。

「ネザー!!」

駆け寄ってきたキリトの手で助け起こされる。

「………」

キリトが、未だ呆然としたままの俺の顔を心配そうに覗き込んできた。

負けたのか__。

俺は先ほど起きた現実をまだ受け止められずにいた。攻防(こうぼう)の最後にヒースクリフが見せた恐るべき反応は、プレイヤー__人間の限界を遥かに超えていた。あり得ないスピード故か、奴の仮想体(アバター)を構成するポリゴンすら一瞬ブレたのだ。

地面に座り込んだまま、やや離れた場所に立つヒースクリフの顔を見上げる。

勝利者の表情は、なぜか険しかった。金属質の両眼を細めて俺を一瞥(いちべつ)すると、真紅の聖騎士は物も言わずに身を(ひるがえ)し、嵐のような歓声の中をゆっくりと控え室に消えて行った。

奴は、確かに人間だ。なのに、あの速さはなんだ?なんであんな動きを……?
 
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