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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#8
  FATE TO PHASE

【1】


 麗らかな陽光が降り注ぐダイニング・ルーム。
 広々とした空間と高い天井、ネオクラシックスタイルをモチーフにした
オーク材のテーブルが充分なスペースで配置され、
青々とした観葉植物と有数の名画に彩られる瀟洒な室内。
 その一画で周囲の雰囲気に違和感なく溶け込む少女が
洗練された仕草で紅茶を口に運ぶ。
 彼女の隣では合わせ鏡のような風貌の少年が
バターと蜂蜜がたっぷり塗られたトーストを子供っぽい仕草で咀嚼している。
 豪奢な撫子色のドレスと気品のある臙脂色のスーツを着たこの双子は、
人間ではない超常の存在。
 紅世の徒、その真名 “愛染他” ティリエルと “愛染自” ソラト。
 まだこの世に存在して間もない若い徒である故に “王” の名は冠していないが、
既にその実力と潜在能力はソレを凌ぐとすら云われている。
 また組織内に於いて最大の実力者であるエンヤと懇意の関係にある為
(実際は二人が一方的に慕っているだけなのだが)
その風貌から二人を軽視する者は殆どいない。
 食堂には彼女達の他にも何人か異能者がいたが、
皆その雰囲気に圧倒され遠巻きに見るような状態だった。
「失礼致します。ティリエル様」
 裾の長いスーツを着た、エンヤの部屋でよく見かける青年が
物音一つ立てず皿を取り、慣れた手つきで細い腕の裏に重ねていく。
「あ、それはちょっと待って」
 何処かの令嬢と見紛う口調でティリエルは青年の手を窘め
くるりと隣に向き直る。
「お兄様。甘いものばかりではなくお野菜もちゃんと召しなさいませ。
全部食べ終わるまで、デザートは運ばないように言いつけてありますから」
 厳格なる詰問を静か且つ丁重な口調で告げる妹に、
その兄は悪戯のみつかった幼子のように身を小さくする。
「……う、うん。解った、ごめんなさいティリエル」
 彼女の顔色を窺うようにソラトは、閉じた瞳に涙を滲ませながら
残ったサラダや人参のグラッセの類を口に運んでいく。
 いつもの朝のいつもの光景、ソレをいつものように小さく頷いた少女は
再び瞳を閉じてカップを口に運んだ。
 その真名が示す通り、この世の何よりも深い愛情を兄に注ぐ妹ではあるが、
『真の愛情』 とはただ一方的に甘やかすのではなく
厳しく戒める事も必要だという道理を、この少女は幼い風貌ながらも熟知している。
 やがて自分の指示をきちんと成し遂げ、少し多めに見積もっておいたデザートを
幸福そうに口に運ぶソラトに自分の分も差し出しながら、
ティリエルは降り注ぐ陽光よりも眩しい笑顔を浮かべた。
「君等の仲睦まじい姿に情炎を焦がされるのも悪くはないが、
そろそろ用件を言って貰えるかな? 生憎ここは禁煙らしいのでね」
 テーブルの真向かいに座る、二人とは対極な雰囲気を漂わせる大柄な男。
 オールバックにしたプラチナブロンド、視線を覆う濃いサングラス、
イタリア・ギャング幹部のようなダークスーツ。
 一目見ただけで只者ではない、人間ですらないのではないかという威圧感が
その全身から発せられている。
「そうですわね。 “千変(せんぺん)” シュドナイ。
貴方を呼んだのは他でもありませんわ」
 優美な装飾のカップを置き、ティリエルは眼前の男を気後れする事なく見据えた。
 底の知れない能力(チカラ)と夥しい戦功でその存在を彩られる
一人の強大な “王” に。
「 『星の白金』 と “炎髪灼眼の討ち手”
そしてソレに準ずる者達、
私とお兄様で討滅する事にしましたの。
そこで貴方には 「護衛」 として、私達に同行して戴きたいのですわ」  
 前置きも駆け引きもなく、いきなり本題を口にしたティリエルに
シュドナイはサングラスの奥を微かに細めた。
「これはこれは、また随分唐突な願いだな。
あの妖怪ババアから討滅命令でも出たのかい?」
「エンヤ姉サマに対する侮辱は赦しませんわ。
『星の白金』 よりも先に、貴方が滅ぶ事になりますわよ」
 芝居がかった振る舞いの軽口に、少女の青い瞳が張り詰める。
 その裡に宿る強い力に、シュドナイは一抹の違和感を覚えた。
(この娘……果たして 『このような』 存在だったか?
溺愛(できあい)抱擁(ほうよう)” の噂は何度か耳にしたが、
ソレが兄以外の者に向けられる事はなかった筈だ)
 伝聞と本質に差異が生じるのは多々ある事だが、
漠然と狂気と倒錯の偏愛者をイメージしていたシュドナイは
意外な衝撃を受けた。
「……兎に角、貴方は報酬さえ支払えば
『どんな依頼でも受ける』 徒だと聞いておりますわ。
ならばお互いにとって悪くない話だと想いますけど」
 自在法で表面の彩色をコーティングした爪を口唇に当てながら、
少女は私憤を諫めて大人びた対応を取る。
 シュドナイは興味があるのかないのか、
焙煎の香りが芳しいブラックのコーヒーを口に運んだ。
「ふむ、まぁあくまで 「仕事(ビジネス)」 だというのなら受けないでもないが、
しかし 「報酬」 は払えるのか? 100や200の人間では、
この “千変” シュドナイを動かすのは難しいぞ」 
 己の仕事に誇りを持つ、専 業 家(プロフェッショナル) の顔に不敵な笑みを浮かべ男は少女に問う。
 ティリエルの方も予め答えは用意していたのか、顔色一つ変えず応じた。
「炎髪灼眼の持つ宝具、ソレ以外なら何でも好きにして構いませんわ」
「 『にえとののしゃな』 !」
 それまで目の前のケーキ類に夢中になっていたソラトが
いきなり開けっ広げな声を出す。
 ティリエルはクリームだらけの口元をナプキンで丁寧に拭ってやった。
「奴等が逗留している地は、まだ他の徒の襲撃を受けていないのは調査済みですし、
それにフレイムヘイズ以外の異能者が多い事は貴方も承知の通りでしょう。
貴方ならその存在を喰らい、自らのモノにするのも可能ではないですの?」
「ふん、確かに、な」
 可能性の一つしては考慮していたが、様々な事情で試せなかった行為に
シュドナイは思考を巡らせる。
 その背中を押すように、少女は男に意趣を返した。
「それに、今のままではあの 『亜空の瘴気』 にしてやられたまま。
再戦も奮起も示さないのであれば “仮面舞踏会(バルマスケ)
“将軍” の名が泣きますわ」
「き、貴様ァッッ!!」
 余裕ぶっていた風貌が一瞬にして歪み、
シュドナイはテーブルを叩いて立ち上がった。
 食器類が一度浮かんで耳障りな音を掻き鳴らし
コーヒーのカップが砕けて中身が零れた。
(デザート類はソラトが咄嗟に手と口で避難させた)
 封印していた屈辱が甦ったのか、今でも生々しく疼いているのか、
シュドナイは口元を軋らせて吐息を漏らし、牙を剥いてティリエルに迫る。
「……」
 手負いの猛獣を目の前にしたような凄まじい脅威であったが、
少女は気圧される事なく兄の手からカップを取り清楚な仕草で口に運んだ。
(わたくし)我鳴(がな)っても仕方ありませんわ。事実は事実。
武人ならば武功にて、汚名を払拭するしか御座いませんわね」
 そう言ってティリエルは気色ばむシュドナイを窘める。
 正直表情とは裏腹に胸の鼓動は早鐘を打っていたが、
精神の力で諫め表面上には出ないようにした。
 これでシュドナイが乗ってくるかどうかは五分五分の賭けだったが
ティリエルは単に粗暴なだけではない、この王の思慮深さを信用した。
 そこに、想定外の返答。
「 “護衛” か? いいだろう。面白い話を聞かせてもらった」
 シュドナイとは全く別の男の声が、背後から到来した。
「――ッ!」
 まるで気配を感じさせず後ろを取った、
驚愕に少女が振り向いた、先。
「……」
 三日月状のスリットが無数に入ったシャツとパンツに、
穴の開いた銀鋲のネクタイを垂らした男がそこにいた。  
 シュドナイに匹敵する長身だが、
服の上からでも解るほど戦闘用に鍛え抜かれた逞しい体躯(からだ)
 長い髪の左端が丁寧に編み込まれ、
両眼の縁に超越数(π)を象った刺青が刻まれている。
 シュドナイの猛威とは対照的な、張り詰めた気配。
瑠璃色の鋭い視線に胸の奥まで射抜かれるようだった。
「あなた、は?」
 当然の疑問を口にする少女の声がまた別の声で遮られた。
「おいおいおいおい、止めとけよ。
『ジョンガリ・A』 の旦那よぉ~。
面倒ごとはゴメンだぜ」
 大形なテンガロンハットを被った、
カウボーイのような服装をした男が
ジョンガリ・Aと呼ばれた者に近づいて言った。
 目じりのやや垂れ下がった、軽薄でいい加減そうな男だ。
「だったら貴様は失せろ。 『ホルホース』 」
「おいおいおいおい、そりゃあねぇだろぉ~。
親愛なるパートナーに向かってよぉ~」
「貴様が勝手に言っているだけだ」
 兄貴分と弟分を絵に描いたような解り易い構図に、
ティリエルはその瞳を瞬かせる。
 その少女の様子を無視して刺青の男は言った。
「娘? 空条 承太郎を殺しに行くと言ったな?
命令だとかはどうでも良い。しかしこのオレも同行させて貰うぞ」
「ティリエルと申します。
貴方も、エンヤ姉サマと同じ異能者。
同行してくれるのは心強いのですが、
でもこれは私の 「独断」 でして」
 名乗りながら言い淀む少女の言葉を男は断然とした口調で遮った。 
「構わん、と言ったぞ?
エンヤ殿は信用ならん者ばかりを 「捨て駒」 として使い、
我等のような “真にDIO様に忠誠を誓う者” には
ジョースター討伐を命じてくれんのでな」
「エンヤ姉サマは」
「解っている。
エンヤ殿には、この 『能力』 を目醒めさせてもらった恩義がある。
決して彼女に弓引くつもりはない。
しかし我等の力はDIO様のモノ。
主の為に使わずして、一体何の為のスタンド能力か?」
 初対面、おまけに種属も違うが男は少女を同士と認めて言葉を告げる。
「……」
 ティリエルの方も唐突に出てきたこのスタンド使いを、
奇妙な事だが理由もなく信用出来ると想った。
「では、お願い出来ますか?
直接戦闘に参加しなくても良い、
私の “戦陣” を組むまで護ってくださるだけでよろしいので」
 慎しまやかな受諾に、刺青の男は不敵な笑みを浮かべて言った。
「フッ、そこまでの指図は受けん。
空条 承太郎はオレが()る。
我がスタンド、この 『マンハッタン・トランスファー』 でな」
 そう言って差し出された、男の手に浮かぶ幻象。
「まぁ、不思議な形。一体どのような能力なのか楽しみですわ」
 ソレをみつめながら、少女は屈託のない笑顔を向けた。
「おいおいおいおい、知らねえぞぉ~。
エンヤ姐サンに無断で勝手な事してよぉ~。
どうなってもオレァ無関係だからなぁ~」
 先刻ホルホースと呼ばれた男が、苦々しい顔で両腕を広げる。
「誰も貴様に来いとは言っておらん」
「本当に、有志のある方だけで結構なのです。でも」
 少し言い淀んだ後、少女は祈るように両手を組んでホルホースの前に立った。
「エンヤ姉サマに伝えるのだけは、待って戴けませんか?
もしこの事が耳に入ったら、アノ方自ら出陣するといいかねませんので」
 若干潤んだ瞳で紡がれる、この世ならざる甘美な声調にホルホースは想わず息を呑む。
 そして帽子の鍔で目元を覆い、しばしブツブツ言いながら長考した後。
「あぁ~! もぉ~! 解ったよ!
オレも行きゃあいいんだろう!
行くよ! 行きますよ! チクショウ~!」
 自棄になったようにそう言い捨てた。
「え? あ、あの、無理はしなくて良いんですのよ。
確かに護衛は多い方が助かりますが貴方にも事情が」
 これまた予想しなかった行動へ戸惑う少女の前に、
バッと開いた手が向けられる。
「この 『皇 帝(エンペラー)』 のホルホースを、見くびってもらっちゃあ困るぜ。
オレはな、そう、オレは 『世界一女に優しい男』 なんだッ!
相手が美人だろうがブスだろうが人間じゃあなかろうが関係ねぇ!
女を 「尊敬」 しているからだ!
そのオレが困ってる女の子を見捨てたとあっちゃあ
男が廃るってモンだぜッ!」
 何故か冷や汗を全身に滲ませながら告げられた言葉に、
少女は気圧されるように頷いた。
「はぁ。では、よろしくお願い致します。
くれぐれも、無理はなさらないでくださいね」
「おぉ~よ! 大船に乗ったつもりでいてくんな! お嬢さんッ!」
 油の切れた機械のように、ぎこちない仕草で胸に拳を置いたホルホースに、
どこまで信用出来るやらとジョンガリ・Aが微笑を漏らした。
「さて、それで貴様はどうする?
来るのか? 来ないのか?」
 自分達の介入で半ば無視される形になっていたシュドナイに、
ジョンガリ・Aがテーブルに片手を付き、挑発的に訊いた。
「口のきき方に気をつけろ」
 普段は階級になど拘らないが、
しかし異能者であっても人間を格下に見ている
シュドナイは険呑な雰囲気を滲ませて言う。
「フッ、ヴァニラ・アイスに躯は疎か
心まで消し飛ばされたという噂は本当のようだな?
紅世の “王” とかいうのも、大した事はなさそうだ」
 このあからさまな挑発には、
半分事実であるが故にシュドナイは勢いよく立ち上がった。
「殺されたいか……ッ! たかが人間風情が……!」
「殺れるものなら殺ってみろ? 異界の虫ケラ風情が」
 額と額が密着する程の超至近距離で、
スタンド使いと紅世の王が睨み合う。
 正に一触即発。
 すぐさまに邸全域を崩壊させるほどの
凄絶な異能戦が始まってもおかしくない。
「まぁまぁ、味方同士で止めとけよぉ~。
ヤツ等に勝つならチームワークは大事だぜぇ~」
 咄嗟に止めに入った少女の心中とは裏腹に、
妙に安穏とした声がその場に流れた。
 肩に手を置かれたシュドナイが振り返った先にいたのは、
『自分』
 何をどうしようが間違えようのない存在が、
口の端に煙草を銜えて佇んでいた。
「き、貴様はッ!?」
 予想外に精神にクる、自分自身の姿へシュドナイは反射的に問う。
 驚愕に殺意と怒気は一時的に霧散した。
「オレの名は “ラバーソウル”
この姿はオレのスタンド能力によるものさ。
おっと、本体のハンサム顔を晒すのは勘弁してくれよ。
敵を欺くにはまず味方からってね」
“千変” 足る自分のお株を奪うような変貌能力に、
さしもシュドナイも息を呑む。
 そして姿も服装も同じまま、もう一人のシュドナイがティリエルに言った。
「お嬢ちゃん、ジョースター共を殺りに行くんだって?
水クセェな、そんならオレにも一声かけてくれよ」
 本物とは正反対の口調で、
そして本物そのままの薄ら笑いを浮かべながら
分身は顔を寄せてヒソリと呟いた。
「……これは、DIO様からの極秘任務なんだろ?
ヤツ等を殺ればたんまりと報奨金が貰えるんだろ?
オレには解るぜ。後で詳しい事教えてくれよな?」
 返事を待たず、その姿に興味を持ったソラトを両手で抱え上げながら
ラバーソウルは一方的に戦列へと加わった。
「あ、あの、でも、しかし」
 状況を認識出来ず冷や汗を飛ばしながら言葉に詰まるティリエルに、
ソラトを肩に乗せたラバーソウルが後方に親指を立てた。
「オレァそーでもねーんだが、
損得抜きでエンヤ姐サン慕ってるヤツすげーいるぜ。
何もこっそりやらんでも、
普通に頼みゃあかなりの数揃えられんじゃあねーかな?」
「え?」
 促され少女の振り向いた先。 
 この騒ぎを聞きつけてきたのか、
かなりの数の人間と紅世の徒がそこに集結していた。
 知っている者もいればそうでない者もいるが、
此処に来た目的はおそらく同じ。
 自分の助勢に、無言のまま同調してくれた者達に違いなかった。
 その中の一人、殆ど生まれたままの姿に等しい白肌の美姫がそっと歩み寄る。
「ティリエルちゃん、だっけ?
何かエンヤ様の為に一人で無理しようとしてるみたいだけど、
ダメだよ? そういうの。
私達は仲間なんだから、
本当に大変な時は協力し合わなきゃ、ね?」
 そう言ってその美姫、ミドラーは子供のように無垢な笑顔を向けてくる。
 その遙か遠方、ダイニングルーム入り口の両端で、
最強のスタンド使いと自在師が無言で佇んでいた。
 まるで引力、自分が望まずとも、
本当に力が必要な時は傍にいてくれる。
 想えば、エンヤ一人の為だけではなかったのかも知れない。
 少女が、ティリエルが心の底から護りたいと願ったのは、
自分の 『居場所』
 その先に待つ、一人では決して創れない、
光り輝く 『未来』
 それこそが、紅世の少女 “愛染他” の偽らざる本心。
「ティリエル、行こう。
その “じょーすたー” とかいう奴等全員ブッ殺せば、
DIOサマもきっといっぱいいっぱい褒めてくれる」
 ラバーソウルの肩から降りた最愛の兄が、
屈託のない笑顔で手を引く。
 そのまま集まった異能者達の前に出たティリエルは、
「皆々様……本当に、本当にありがとう御座います……!」
豪奢な金髪を前に流し深々と頭を下げた。
 顔を上げなくても、そこにいる全員が、
それぞれの様相で微笑んでいるのが解った。







【2】

 
 海峡都市特有の喧噪で包まれる港の一画は、静寂で充たされていた。
 ある財団の特別規制区域の為、関係者以外は立入禁止。
 作業服姿で職務に励む者を除けば、広い埠頭に佇む者はたったの4人。
 その彼等の前には、全長300メートルを超える超豪華客船が傲然と碇泊していた。
「やっぱり、ちょっと心配だわ。
ヴィルヘルミナに変な事してないでしょうね、あの銀髪」
 香港とは毛色の違う海風をその肌に受けながら、黒髪の美少女が呟く。
 大好きなメイド姿の淑女は、昨日のスタンド戦の傷が癒えていない為
(信用ならない) 護衛と一緒にホテルでお留守番だ。
「なら待ってりゃあ良かったじゃねーか。
そんなに時間もかからねーんだしよ」
 彼女の脇で無頼を絵に描いたような貴公子が無駄のない口調で返す。
「だって、やっぱり気になるでしょ。
いきなり新しい 「仲間」 が来るって言われたら。  
ま、あの “バカ犬” じゃないって聞いて、一安心だけど」
「まぁ、確かに。アイツじゃなければどんな者でも頼もしい味方じゃな」
「何にしても、仲間が増えるのは心強いですよ。
DIOの送り込むスタンド使いも、
どんどん強力になってきてますからね」
 少女の言葉を受けて右隣の屈強な老人が悪戯っぽい顔で笑い、
一歩引いた所で佇む中性的な美男子が穏やかな微笑を浮かべて言った。
「お、噂をすれば出てきたようだぞ? あれは?」
 客室へと続く両開きのドアが開き、その中から姿を表した者。
「!」
「!?」
「!!」
 四人中三人がそれぞれ驚愕を露わにする中、
その人物は優雅な足取りで長いタラップを降りてきた。
 やがて目の前に立ったのは、
絶世の美女という表現も色褪せる、悠麗の貴女。
 背にかかる黒髪と青い瞳、黄金比の均整が取れた長身。
 着ているブラウスもスカートもシンプルなものだが、
余計な装飾はただその美貌を翳らせるだけ。
 長い外套を纏った崇高な気配、
存在自体が光を放つようなその姿の前には、
碇泊している豪華客船など背景にすら成り得なかった。
「か、母さん!?」
「エリザベス!?」
 ジョセフは驚嘆、シャナはそれに歓喜を滲ませて声を発する。
「……」
 流石に承太郎は無言だったが、
その顔に動揺が見られるのは明らかだった。
「久しぶりね? “ジョジョ” ここまで無事でなによりだわ」
 正に女神の囁きとしか想えない美しい声で、その女性はジョセフに言う。
「おいおい、ジョジョはよしてくれ。ワシももう70じゃぞ」
「フフフ、幾つになっても、私にとってアナタは可愛いジョジョよ」
 親と娘、祖父と孫にも見られかねない奇妙な 『親子』 の会話が、
二人の間で交わされた。
「シャナも、久しぶりね。また随分強くなったんじゃない?
ジョジョとシーザーみたいに、私が直接鍛えられないのが残念だわ」
「……」
 膝を折って告げられた言葉に、珍しくシャナは頬を紅潮させて俯いた。
 まるで母親に誉められて、嬉しさの余り恥ずかしがる子供のようだ。
 その中で唯一冷静さを保って発せられる、胸元の声。
「長らく不調法している。尊顔麗しく大慶極まりなし、大奥方(おおおくがた)
「いいえ、アナタも元気そうでなによりだわ。アラストール」
「む、御厚情、心より痛み入る」
 紅世真正の魔神 “天壌の劫火” アラストールに、
ここまで云わしめるこの女性。
『エリザベス・ジョースター』
 嘗て、ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドー、
破滅と宿命の最終決戦の場から唯一救い出された奇蹟の赤子であり、
ジョセフ・ジョースターの実母。
 その正体は、世界中に散らばる波紋組織を一手に統括する
『最強の波紋使い』
 50年以上前、アノ恐るべき 『柱の男』 より
この世界を救ったジョセフを遙かに凌ぐ波紋能力を有し、
数多の奥義や秘儀もその身に体得している絶対者。
 最強の最強足る由縁、桁外れの波紋能力により
その美貌は齢100過ぎて衰える所か深まる一方。
 正に生ける伝説、人間の歴史と叡智が生み出した生命の芸術品。
 その存在を眼の前にしては、如何に紅世の王と云えど畏敬の念を
抱かずにはいられなかった。
「さて、ようやく可愛い坊やに逢えたわ。
しばらく見ない間に随分良い男になったわね。承太郎」
 そう言って無頼の貴公子の前に立った貴女は、
その整った顔筋を滑らかな指先で慈しむように撫ぜる。
 通常他の女性がこんな真似をしたらお決まりの一喝が轟く所だが、
その承太郎ですらエリザベスの振る舞いには
魔法にかかったの如く微動だにしなかった。
「私のあげた “鎖” 正しい事だけに使っているようね?
込めた波紋に微塵の淀みも視られないわ」
「それの御陰で色々と窮地は凌げてるよ。
曾祖母、いや、 “リサリサ” 」
「そうそう、それで良いのよ。可愛い坊や」
 一瞬、本当に一瞬だが絶対零度に張り詰めた気配を溶かし、
楽園の陽光のような笑顔でエリザベスは承太郎を抱いた。
 その後、緊張する花京院に初見の挨拶を終え、
改めてエリザベスは四人に向き直った。
「それにしても、まさか助っ人が母さんだったとはな。
『スタンド使い』 と聞いていたので予想だにしなかったわい」
「でもでも、コレ以上ない位の援軍だわ。
これでもうどんな敵が襲ってきても、負けるはずがない!」  
「うむ。堅如磐石(けんにょばんじゃく) とは正にこの事。
大奥方であるならば、奉迎に異論の余地はない」
 気の早い三人 (?) がそれぞれの思惑で交わす言葉を、
エリザベスが少し困ったように否定する。
「ごめんなさいね。
残念ながらアナタ達の仲間に加わるのは私じゃないのよ。
一緒に行きたいのは山々だけど、
DIOの刺客がいつ襲ってくるか解らない今、
波紋の組織を離れるわけにはいかないわ。
私は “彼女” の後見人と、警護の役割で同行したの。
ヴェネチアに戻る途中にね」
 なんだという白いだ雰囲気の中 (シャナの胸元では些か以上の落胆が)
エリザベスは背後の客船に向けて言った。
「もういいわ。そろそろ出ていらっしゃい」
 特殊な呼吸法で紡がれる 『波紋使い』 の声は、
声量を上げなくとも空気に乗って対象へ届く。
「はい」
 無論こちらは埠頭に届かないまま、客室へのドアが開き中から姿を見せた、
余りにも意外過ぎる人物。
 海風に揺れる亜麻色の髪。
 陽光に映える胡桃色の瞳。
 小柄な背丈とややアンバランスに発育した躰。
 何より、シャナと同じ白い夏物のセーラー服。
 絶対に絶対にそこにいる筈のない者が、
静かにしかし確固とした歩調でタラップを降りてきた。
(な……何……? 誰……? こいつ……?)
(ジョセフを除く)三人が、一様に驚きの表情を見せていたが
一番の衝撃を受けたのは、シャナ。
 今の今まで、すっかり忘れていた。
 正確には、 『忘れた振り』 をしていた。  
 忘れようにも忘れられない、絶対に想い出したくない記憶だったから。
 自分に取って、一番ヤっちゃいけない事をしたヤツだから。
 でも、もう会う事はないのだから、
当人が幾ら願っても無駄なのだから、
そんな歪んだ優越感で強引に割り切っていた存在だった。
 その筈だったのに……!
“アノ時” と同じように、意識が現実を拒んでいる。
 鼓動が、張り裂ける程に早鐘を打つ。
 ソレに合わせるように、タラップを降りる少女の歩みが徐々に速まり、
そのまま周囲の存在を無視して彼女は想い焦がれていた者の胸へ飛び込んだ。
「空条……クン……ッ!」
 弾けて舞い散る、万感の想い。
 星形の痣に絡む腕、胸に伝わる鼓動、そして温かな体温。
 全ての要素が彼女を幻ではない、
現実の存在だという事を否応なく認識させる。
「おま……えは……」
 唐突な行為よりも、彼女が “今ここに居る” という事実に、
承太郎は戸惑いを発する。
 しかしその声は、胸元の少女に届かない。
 絶対に在り得ない邂逅。絶対に起こり得ない再会。
 長い長い時間と空間、そして幾つもの不可能を乗り越えて
今ようやく、吉田 一美は空条 承太郎に追いついた。


←TOBE CONTINUED…
 
 

 
後書き
ハイどうも。
DIOサマ側はDIOサマ側で、結構仲良いみたいです。
(チト甘めに描き過ぎたかナ・・・・('A`))
“彼女” のキャラが変わってるのは、
ワタシが原作の彼女があんまり好きじゃないのと、
ただベタベタドロドロ甘やかして、
それが受け入れられないとキレるのは
「愛情」ではなく『虐待』だと考えるからです。
(吉良 吉影の裏設定もそうだったようです、
殺人鬼を「美化 (悲劇の主人公) 」したくないから
筆を抑えられたそうですが)
だからエヴァの女性キャラ位には変わってます。
(ミサトが本当に良いお姉さんだよなぁ~、
アニメの方ただのヒスBBおっと誰か来たようだ)

だから今回再登場したアノ娘もそうですネ。
原作のままだと家出るまで3巻くらい費やすので、
それじゃホリィさん死んじゃうので、
初期の康一クン位には「決断力」を付けさせてあります。
(まぁスタンド持ってるからネ・・・・('A`))
ソレでは。ノシ 
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