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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#7
  呪縛の死線 玲瑞の晶姫VS漆黒の悪魔Ⅱ ~Shallow Sleep~



【1】


「ふむ、そうじゃ、シンガポール駅からインドへと続く
列車の切符を6枚手配してもらいたい。
む、そうかそうか、いつも無理ばかり言ってすまんのぉ~。
んん? いやいや、こちらもそう言ってもらえると……」
 落ち着いた雰囲気の部屋に、談笑混じりの声が流れる。
 リクライニングチェアーに身を預けたジョセフが、
慣れた口調で交渉を進めていた。
 通話先の人物も急な要請に不快感を表す事なく、
協力的な態度で応じている。
「む、それで何なのじゃ?
“折り入っての話” とは?」
 そこでジョセフは姿勢を起こしテーブルのカップを口に運ぶ。
「何? “助っ人!?” 」
 想わず手にしたコーヒーを落としそうになったジョセフは、
焦りながら電話の子機を持ち直す。 
「う、うむ。確かにDIOの配下が何人いるか解らぬ以上
こちらとしては有り難い話ではあるが、
しかし “アイツ” が大人しく言う事を聞くかどうか……
何? 違う? ソレとは別の 『スタンド使い』 !?
人間なのか!? 」
 眼を見開いたジョセフへ更に唐突な申し出が告げられる。
「なんと! もう “コッチ” に向かっているのか!?
うむ、いやいや、DIOの能力と我々との血統の繋がりを考えれば当然の処置だ。
しかしその本人は、この旅の目的に同意しているのか?
……ふむ、ふむ。そうか。本人達ての希望のぉ」
 ジョセフはそこで瞳を閉じ、様々な思考を巡らせた。
「解った。取りあえず逢うだけは逢ってみよう。
他の皆にも伝えねばならぬし、ワシの一存では決められん。
ただその、スタンドの “天才” という言葉だけは覚えておこうか」
 そう言って通話を切ったジョセフは、一度深い息をつき
若干冷めたコーヒーを口に運ぶ。
 それから、彼の部屋の電話が鳴ることはなかった。



「……繋がらないので、あります」
「断線?」
 前もって伝えられた番号を幾ら押しても、
無機質な回線音が響くだけで通話になる気配はない。
 まさかすでに敵の魔の手がジョセフに向かったのか?
 考えるよりも速くヴィルヘルミナは応急手当も忘れ飛び出していた。
「ぐぅッ!」
 傷口が血を吹き出し激痛が脳幹を劈くが
ソレに屈する甘さを彼女は自分に赦さなかった。
 しかし。
「開かない、のであります」 
「正真!?」
 その気になれば鉄球をも粉々に砕き潰す程の力で掴まれたドアノブが、
形を歪める所か回らずに固定されている。
 得体の知れない、怪奇なる現象。
 心なしか、躰が重くなったようにさえ感じる。
 足下を、否、空間全体を、ドス黒いナニカが充たしていく。
「……」
 警戒心を切らす事なく淑女が振り向いた、先。
『……』
 吊り下げられたシャンデリアから、
顔半分だけ出してこちらを見据える血塗れの人形が在った。
「――ッ!」
 何とか声を押し止め後退った淑女に、
その血染めの呪い人形は開かない筈の口の中に
拷問器具のような無数の針を覗かせてガラス玉の瞳を歪ませた。
『ウ……グググ……ケケケ……
ウケケケケケケケケケケケケケケケケケケケエエエエエエエエエエエエエ
エエエエェェェェェェ――――――――――――ッッッッッッッッッ!!!!!!!!』
 部屋のアンティークだった民族人形が一変、
望まれない再会を心から悦ぶように頭上で嗤っていた。
「封・絶……!」
 考えるよりも先に躰が動き、
ヴィルヘルミナを中心点に鮮やかな桜色の炎が湧き上がり
不可思議な紋章紋字を鏤めながら空間を覆っていく……筈だった。
「弾、かれた……ッ!?」
 そう、彼女の言葉通り室内を覆い尽くし周囲の因果から隔離する筈の封絶が、
空間を充たすドス黒い闇に弾かれ、そして呑み込まれた。
『ウケケケケケケケケ!! グケケケケケケケケケケケッッ!!
無ゥ駄!! 無駄ァァァ!! もう何しようがテメーはこっから逃げらんねーよ!!
オレの “恨みのエネルギー” が、周りを覆い尽くして完全に支配してるんだからなァ~!!
だから誰も助けにこれねーしッ!
テメーがどれだけ泣き叫ぼうが命乞いしようがもうどこにも届きはしねぇ~ッッ!!
我が 『エボニー・デビル』 がここまで 「成長」 したのは今まで二回もねーが、
それだけテメーがヤっちゃいけねーコトをしたって事だぁ~!!
ゲギャハハハハハハアアアアアアアァァァァ――――――――――!!!!!!!!!!』
 常軌を逸してはいるが、聞こえる声は先刻のあの男。
 スタンド能力の概要はジョセフとシャナ、
SPW財団の人間から説明を受けていたのでヴィルヘルミナは
その 「本体」 を探す為部屋の至る所に注意力を張り巡らせた。
 しかし。
『どこで視てんだ!? このマヌケェ~ッッ!!』
 シャンデリアに逆さ吊りになった呪い人形、
エボニー・デビルがその拷問器具のような口を顔半分まで(めく)らせ、
壁を蹴って斜角方向から飛び掛かってきた。
(はや)いッッ!!)
 咄嗟に横っ飛びになって避けるが、左足のダメージと激痛により反応がやや遅れる。
「くぅ……!」
 メイド服の左肩が破れ、露わになった真珠のような肌から真紅の血が繁吹(しぶ)いた。 
 床の上に前屈の姿勢で着地し、破れた服の繊維を血と一緒に咀嚼(そしゃく)していた
エボニー・デビルは、やがて首だけで振り向き嘲笑いながら告げる。
『どこ探したって 「本体」 なんかいねーよ!! 言った筈だぜ!!
オレのスタンドは “相手を恨めば恨むほど強くなる” とッッ!!
だからもうスタンドの法則(ルール)は関係ねぇ~!!
最強なんだよ!! 最強!!
“こうしたのはテメーなんだからな?”
“ここまでスタンドが強くなるほど恨ませたのはテメーなんだからな!!”
ゲハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!』
 心底下卑た笑い声で、エボニー・デビルは首を廻転させながら
血の混じった唾液を撒き散らせる。
 通常のスタンドバトルならば、ヴィルヘルミナは歴戦の経験によって
相手に対応するだけの知性と能力は充分に在る。
 しかし (条件付きではあるが) 通常のスタンド法則を完全に無視する
異端の能力者、 『エボニー・デビル』 は初陣(ういじん)の相手としては最低最悪と言えた。
「……」
 そんな事は承知の上、
理不尽や不条理を幾ら嘆いても仕方ないのを熟知している淑女は
夥しい数のリボンを自分の周囲に展開させる。
 闇の中に桜色の火の粉を煌めかせるその様相は、
正に眼前の 『悪魔』 と真正面から対峙する水晶姫(すいしょうき)
 屋内で “長物” 特にヴィルヘルミナのような “大長物”
散開型の武器は著しい不利益をもたらすが、彼女の技量はソレに順応する。
(せん)……ッ!」
 掛け声と共に鋭く衝き出される細い両腕に連動して、
桜火舞い散る総数50以上のリボンがそれぞれバラバラに動き
エボニー・デビルの眼前を覆い尽くし、継いでソファーやテーブルを死角として
二陣、三陣が襲い掛かる。
 無論そのリボンにはスベテ物質強化の自在法が編み込まれてある為、
鉄をも寸断する切れ味を宿している。
 しかし。
『しゃああああああああああらくせええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!』
 どこから出したのか、狂声を挙げる呪い人形は
身の丈を遙かに越える漆黒の長槍を手にし、
ソレを残像すらも映らぬ驚愕の速度で既に旋回させていた。
 


 ズッッッッッッッッヴァァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――――
―――――――――――――――ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!



 ヴィルヘルミナの撃ち放ったリボンが、
見た目そのままの強度でいとも容易く呪いの黒刃に切り裂かれ
多量の白い断片が空間に散乱した。
「!?」
 ソレすらも結果としてヴィルヘルミナの瞳に映っただけで、
実際は凄まじいパワーとスピードで巻き起こった旋風によって
その大半が千切れたコトは認識出来ていない。 
 自らも制御しきれない莫大な量のスタンドパワーを漲らせたエボニー・デビルは、
人形とは想えない醜悪な表情でヴィルヘルミナに叫ぶ。
『ンな薄っぺらい紙っ切れで “悪魔” が(たお)せるかああああああああぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
ファンタジーやメルヘンじゃあねーんだぜ!! このクソアマがあああああああぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!』
 言うと同時にフロアを蹴破って視界から消え去り、
天井や家具をポルターガイストのように砕き散らしながら
凄まじいスピードで室内を飛び回る。
「……」
「目視……不可……」
 動きに緩急を付けているわけではないので分身しているようには映らないが、
しかし余りにも疾過ぎる為スベテの空間に同時に存在しているように視える。 
 戦技無双の反 撃(カウンター)を放つどころではない、
相手の姿を捉えるコトすら困難な危機的状況だった。
 されど後手に回るわけにはいかず気配と勘のみで条撃(じょうげき)を繰り出すが、
ソレは虚しく空を切るか伸びきる前に引き裂かれる。
槍で裂いているか歯で喰い千切っているかは不明である。
 このままではただ相手に翻弄され続けるのみ、
故に淑女は波状攻撃を捨て確実な一撃に狙いを絞る。
(確かに途轍もない速度ではありますが、
“常に一定の速度で” 動いているわけではないのであります。
技も計算もなく無軌道に動き回ればどこかで速度は落ちる筈、
特に私へ攻撃を仕掛けてくる時は絶対に、
その瞬間を狙い撃つのであります……!)
 意志を固めた淑女の瞳に宿る冷たい熱。
 攻撃の瞬間を見極める為、五感を極限まで研ぎ澄ます。
 もう一度捕らえてしまいさえすれば所詮はただの人形、
跡形もなくバラバラにされては恨みのエネルギーも何もないだろう。
 思考を巡らせる淑女の視界の隅が一点、影を捉える。
 攻撃を仕掛けてこないヴィルヘルミナに対する挑発か嘲りか、
明らかに速度が鈍ったのを気流が伝える。
 千載一遇の好機。
 ソレを認識するより先に躰が、
(そう)……ッ!」
既に動いていた。
 確かな手応え。
 しかし硬質な。
(!?)
 違和感と破砕音、眼前で踊るキラメキ。
(鏡!?)
 失態の認識と同時に激痛。
 皮膚と肉がブチブチと音を立てて千切れていく寒気と怖気。
 崩れ落ちる淑女の背後で、膝元にも満たない人形が血の滴る
スタンドの短剣を握り締めていた。  
『クケケケケケケケケケケケ!
(のろ)い、(のろ)い、あんまり遅くて欠伸が出ちまいそうだからちょっと遊んじまったぜ。
このド低脳がッ! 鏡に映ったオレがそんなに珍しかったか?
えぇ!?」
「ぐ……ふか、く……」
 右脹ら脛をブーツごと、縦に割かれスカートの中に血だまりを生んだ淑女は
苦悶を噛み殺しながら背後の悪魔に向き直る。
 骨とアキレス腱までは達していなようだがこれで俊敏な動きは不可能、
それ以前に敵の攻撃を躱すコトすら危うい。
 最も相手の投げた鏡に映った姿を本体だと錯覚する程のスピード差では、
己の有利など端からないも同然だったが。
『フンッ! こうまで力の差があると面白味ってモンがねーな!
だが楽に死ねると想うなよ? ラヴァーズ。
テメーは! “テメーだけはッ!”
自ら殺してくれって縋り付いてくるまで嬲って嬲って嬲り抜いてヤるからよぉ~!!
アアァ~ッ!!?』
 ただ勝利するだけでは飽き足らない、死ぬよりも辛い地獄を味合わせるという
陰惨な決定の許、悪魔はその貌を狂気で歪ませ吼えた。
「……」
 今や両膝をついた状態で脚に血の温もりを感じながら
淑女は悪魔の宣告にきつく口唇を結んだ。
「……確かに、 “今のままでは” 勝機は薄いようなのであります」
『アァッ!?』
 自分の許可無しに口を開くなと言わんばかりの恫喝を浴びながら、
ヴィルヘルミナは髪を飾る白いヘッドドレスに手を添える。
「ティアマトー、神器 “ペルソナ” を」
「了承」
 短い呼び掛け後、礼拝のように胸元へと払われた手を合図に
ヘッドドレスが時間を逆回ししたかの如く糸となって(ほつ)れ、
桜色の火の粉を鏤めながら新たなる形容(カタチ)へと編み直される。
 ソレは、表面に不可思議な紋様を描く、
狐に酷似した 「仮面」
 その隙間から夥しい数のリボンを溢れさせ巨大な(たてがみ) を形成し、
舞い散る火の粉が淀んだ闇を消し去る。
 コレが “夢幻の冠帯” ティアマトーのフレイムヘイズ、
“万条の仕手” ヴィルヘルミナ・カルメルの戦装束。
 甲冑を外した 『銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 同様、
己が能力(チカラ)を最大限に発揮するコトの出来る絶対の戦形。
「不備なし」
「完了」
 端的に言葉を交わした後、ヴィルヘルミナは宙に浮いた状態で
エボニー・デビルを見下ろす。 
 その神秘的な光景はまさに、暴虐非道の限りを尽くす悪魔を断罪する為
降臨した神の御遣いが如く。
 全身から発せられる神聖な気配が、空間を覆い尽くす呪詛を払っていく。
『ケェッ! ソレがどーした!? ンな仮面被ったからって何も変わらねーぜ!
今のオレに勝てるヤツなんぞどこにもいねーんだよッッ!!』
 神の威光を解しない、愚かな悪魔そのままの口調で人形は吼える。
 その背後に漆黒のスタンドの幻 象(ヴィジョン)を揺らめかせながら。
「最早、問答は無用。
お前を他の遣い手より数枚落ちる踏んだのは私自身の未熟。
故に、この “万条の仕手” 最大最強の焔儀にて、
この戦いの終局とするのであります……ッ!」
 醜悪極まるが、ソレでも己が全身全霊を賭けて
討ち滅ぼすべき相手だと認めた淑女が、その胸元で祈るような構えを執る。
「 “桜 蓮 漆 拾 陸 式 麗 滅 焔 儀(セイクリッド・ヴァレンタイン・ブレイズ)” 」  
 指先の印と共に紡がれる、焔儀領域大系の深名。
 神器が生み出すリボンが逆巻いて拡がり、
ガキガキと刃のように硬化して折れ曲がる。
 その総数300以上。
 閉鎖された密室の中では明らかに非合理な戦陣だったが、
軋んで尖った先端はスベテ前方のみを差す、否、()す。
 そしてソレは炎を外側でなく内に、
より収斂(しゅうれん)させた “閃熱(せんねつ)” と化しめて宿す、
その表面を桜霞の灼煉に変貌させて。
 昨日(さくじつ)、幻像の船上で彼女が繰り出したモノを “静” とするなら、
コレは “動” の奥義。
 嘗て、その身に甲鉄を纏った巨大な竜すら葬った双絶の秘儀。
 荒条狂乱。桜牙の葬滅。
“夢幻” の流式(ムーヴ)
堕 天 使 の 嵐 奏 曲(リュシフェリック・テンペスト)!!!!!!!】
流式者名-ヴィルヘルミナ・カルメル
破壊力-AA+++ スピード-A++ 射程距離-A++
持続力-AA+ 精密動作性-AA++ 成長性-D 



 総数300以上の灼刃が、
その名が示す通り天への叛逆を想わせる怒濤と成って
スタンド、エボニー・デビルへと襲い掛かる。
 既に一切の逃げ場はない、どれだけ凄まじいパワーもスピードも
視界を埋め尽くす程の射程範囲には対応できない。
 しかしソレでも悪魔は、眼を歪ませ口元を軋らせ心底愉しそうに嗤った。
『ブァカかぁ~~~~~~~~~~~~~ッッ!! テメーはぁッッ!!?
悪魔に堕天使(アクマ)(ワザ)が!!
通用するワケねぇだろうがあァ―――――――――ッッッッッッ!!!!!!!』
 叫びながら口を顔半分以上に捲らせ、
両手に長槍と短剣を携えたまま
その身を悍ましく捻じ切れる程にクネり上げ、
漆黒のスタンドパワーを爆発的に放出させて
真正面から錐揉み状に成って突っ込んできた。
「――ッッ!!」
 意想外の行動に、ヴィルヘルミナは仮面の中で息を呑んだ。
 想いつきはしても、戦闘者であるなら絶対に実行しない選択。
 確かに逃げ場のない全 方 位(オールレンジ)攻撃で在る以上、
その一点に突っ込んだ方がダメージは少ないように想える。
 だがソレは、戦闘を知らない者の完全なる素人考え、児戯にも等しき愚行。
 高速と高速が真正面からブツかれば、当然互いに木っ端微塵に弾け飛ぶ。
 慣性と慣性に拠ってその威力を数倍、否、数十倍にも増大させて。
 故に眼前の悪魔が取った行動は完全なる自爆、
コレなら300もの荒条は必要ない、通常の一本で事足りる。
 筈、だった。



 ヴァッッッッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ
ァァァァァァ――――――――――――ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!



 仮面の淑女ただ一つの誤算は、怨嗟に悶える悪魔の破滅的な殺傷能力。
 漆黒のスタンドパワーを迸らせながら
凄まじい廻転圧力で突っ込んできたエボニー・デビルは、
さながら地獄の底を吹き荒ぶ黒き暴風。
 廻転と同時に生み出される真空に拠り一切の死角はなく、
刳り出した灼刃の怒濤はチェーンソーのように暴れ狂う
拷問口中にバラバラに切り刻まれる。
 その周囲から襲い掛かる別陣も、
手にした呪いの武器と巻き起こる真空波に弾き飛ばされ、
最終的には中部分から(こぼ)れ落ちる。
 幾多の戦闘を経験し、死線を何度も越えてきたヴィルヘルミナを、
その “業” を、ここまで圧倒的に封殺した者はい――否、ただ “一人”
 攻撃と同時に防御陣にもなっていた分厚き刃の壁が
冒涜の十戒のように断ち割れ、退く暇もなく黒い暴風が淑女の躰に襲い掛かる。
「――ッッ!!」
 悪魔の廻転咬撃をかろうじて右腕でガード出来たのは強運と歴戦で磨かれた勘、
そうでなければ左の乳房を喰い千切られていた。
『ふが、ぶが、ほひぃな、へめぇおうねうじゃうじゃひふひひぎってやほうとしはのにほ』
 何を言ってるか解らない、解りたくもない言葉を漏らしながら悪魔は
倒立するように下半身を浮かせクネらせる。
『まは、ひいがおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ
ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ―――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!』
 そう言って再び始まる、地獄の零距離廻転咬撃。
「あ――ッ!? ぐううぅぅぅぅッッ!!」
「姫!!」
 バキバキと骨に食い込む音と噴き出る鮮血に、
流石のヴィルヘルミナも悲痛な声を漏らしティアマトーさえも声を荒げる。
「こ、この、ぉ……ッ!」
 余りの痛みに仮面の中で涙を滲ませ、
それでも廻転の圧力に合わせて腕を振る。
 ヴチィ! と筋繊維の千切れる音がして力の方向を換えられたスタンドが
中空へと吹っ飛ばされる。
 しかし悪魔は、この身を切って繰り出した血染めの技にも対応した。
 即座に躯をバルバルッ! と縦廻転し方向(ベクトル)()えるのではなく、
ソレ以上の(パワー)で以て強引に上昇を降下軌道へと捻じ曲げる。
 


 ヴァギィィィィッッッッ!!!!



 暴力的且つ致命的な破壊音がヴィルヘルミナの脳裡を劈いた。
 絶対の戦装束に、神器 “ペルソナ” に、呪いの短剣が深々と突き立った。
「……」
 反射的に左腕を振るが、スピードもキレもなくスタンドは足場にしていた
仮面を蹴り余裕で飛び去る。
 軽やかにフロアへ着地する悪魔の眼前で、
亀裂の走った淑女の仮面が刺撃の余波で罅割れそして弾け飛び、
内に隠れていた美貌が露わになった。
「再生……不能……」
 無機質な声が消え去るように飛び散ったペルソナの破片から響き、
糸となって解れ弱々しく元のヘッドドレスへと戻っていく。
 宙に浮いていた淑女も糸の切れたマリオネットのように両膝を床に付き、
舞い散る幻想の火の粉も神聖な気配も残らず消し飛んだ。
「あ……ぁ……」
 額から鼻筋に血の伝うヴィルヘルミナの心を想像だにしえない屈辱が苛む。
 ソレは刻まれた傷の痛みを更に残酷に押し広げた。
「あぁ……! ぁ……ッ! ああぁぁぁ~ッッ!!」  
 骨まで削られた咬創を押さえ、ヴィルヘルミナは初めて苦悶の声を上げた。
 切断は免れたが筋繊維は疎か神経までズタズタにされた右腕、
精妙な指の動きを骨子とする彼女にとって、コレは致命傷に等しい。
 戦技無双のフレイムヘイズ “万条の仕手” の(ワザ)は完全に封じられたのだ。
『グゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!
良ぃ~い声で鳴くじゃあねーかテメー?
恨みも忘れて感じてきちまったゼ、
フェヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘッッ!!』
 最早万策尽きた創痍の淑女に、悪魔が無慈悲に歩み寄る。
『愉ぁ~のしみだなぁ~? 
コォ~レから “もっと良い声で” 泣き叫んでくれるんだろぉ~?
フェヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ!
まぁたっぷり可愛がってヤるから安心しろよ?
すぐに “マジシャンズ” も襤褸雑巾(ぼろぞうきん)にして送ってやるからよ?
イヤ、テメーの目の前で刻んでヤるってのも面白いかな?
ギャーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッッッッッッッッ!!!!!!!!』
 閉鎖された呪縛空間で、悪魔のドス黒い狂声が響き渡る。
(そんなコト……絶対にさせない……ッ!)
 心と躰の痛みを懸命に堪えながら、ヴィルヘルミナは強く胸に誓う。
 脳裡に甦る、最愛の少女。
 翳りのない純粋な、何よりも眩しくて何よりも大切な笑顔。
 それが、悲しみや絶望で汚される事は在ってはならない、
絶対しちゃいけない!   
 再度心中で烈しく、屈辱も苦痛も吹き飛ばして
燃え盛る炎を彼女は必死で制御した。
『オイ? どーした? もう観念して捨て鉢ンなっちまったか?
少しは抵抗してくれねーと燃えねーんだ』
「 “思い込む” という事は、
何よりも “恐ろしい” コトでありますな……」
 下卑た声で告げられる悪魔の勝ち誇った言葉を、
淑女は俯いたまま遮った。
『あ? 何言ってんだ? 痛みでイカれたか?』
「ソレが、自身の戦力や能力を優れたモノと過信している時は、
更に始末が悪いのであります」
『だからテメー何言ってやが』
 ドズゥッ!
 薄ら笑いを浮かべた悪魔の言葉が、別のモノで遮られた。
『あぁ~?』
 弾丸を遙かに越えるスピードと、
ソレを細切れに出来る程の精密性で動けるスタンドは、
己に突き刺さるモノを見てもまだ事実とは認識しなかった。
 ズタズタに千切れて部屋の至る所に散乱しているリボンの切れ端が、
捻れて硬質化し足を灼いているのを見ても尚。
「お前は、放ったリボンを全て引き千切って、
私の流式(ワザ)を完全に封殺したと想った。
でもソレは “思い込み” なのであります。
リボンがバラバラにされたら効力を失う、
“ソレはお前の勝手な思い込み” なのであります」
『!?』
 淑女が言葉を続ける間にも、リボンの切れ端が、
エボニー・デビル本人が引き千切ったモノが次々と小刃と化し、
内部に閃熱を宿したまま針の牢獄のように全方位から襲い掛かる。
「堕天使は、翼を引き千切られても、深淵から甦る……ッ!」
 左手を傾け厳かに差したヴィルヘルミナの指先に合わせ、
桜色の火の粉がスベテの刃から煌めき闇の中を一色に染めた。
『な、何ィィィィィ~~~~~~~~~~~ッッッッッッッッ!!!!!?????』
 不可思議な紋章と紋字を鏤めながら、灼桜の刃が空間を埋め尽くす。
 その総数(かず)1000、否2000、否……
 怒濤とは別に相殺された時に備えた、二段構えの自在法、
 その様相は正に千切れた天使の羽根吹雪、
不浄を跡形もなく灼き滅ぼす晶姫の翅炎(はえん)
 ソレが微塵の容赦もなく呪魂の悪鬼、
エボニー・デビルの全身に突き刺さり炎浄する。
『バ、バカなああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!
こ、このオレが!! 今の 『エボニー・デビル』 が貴様なんぞにッッ!!
ラヴァーズッ!貴様なああああああああんぞにィィィィィィィィィィィ――――――
――――――――――――――!!!!!!!!!!!!??????????』 
 悪魔も桜煉の羽根吹雪に対応しようとしたが、
最初の差撃(さげき)で足下を縫い止められていた為
躱す事は(あた)わず旋回させた短剣と長槍も
とてもスベテは撃ち落とし切れない。
 幾ら攻撃力が凄まじかろうと、取り憑いている “憑代(よりしろ)” は
ただの人形に過ぎないので防御力は無きに等しい。
 憎しみさえも超える、人類史上未曾有の精神エネルギー 【恨み】
モノによっては天涯万里(てんがいばんり)を焦土と化し、
(しず)めるにも 『神』 として(ほう)じるしかないというこの力も、
破壊エネルギーで在るが故に防衛力はゼロ。
“恨みを晴らす” 事と自身が 「滅ぶ」 事は、表裏一体の真理。
 圧倒的な能力(チカラ)を持つスタンド 『エボニー・デビル』 も
スタンドで在るが故に 「弱点」 は在った。
“人の出会いも重力”
 この 『運命』 の法則(ルール)にだけは、最強の悪魔も従属するしかなかった。  
『アアアアアアアアアアアアアガガガガガアアアアアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァァァァァァ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!
ディ、DIO様ァァァァァァァ!! 私は!! 
私はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁ――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!』
 


 ヴァッッッッッヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ
ォォォォォォォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!



 最後に己が主に対する狂信的な断末魔を挙げて、悪魔は灰燼に帰した。
 同時に室内を覆っていた闇が一斉に晴れる。
 薄地のカーテンが揺れ、爽やかな風が淑女の髪を優しく撫ぜた。
「お……恐ろ、しい……本当に……恐ろしい相手だったので、あります……!」
「同意……」
 満身創痍、疲労困憊を絵に描いたような様相で
ヴィルヘルミナは床に手を付きティアマトーも力無く応じる。
 降り注ぐ陽光に、流した鮮血がキラキラと輝いた。
「もし、戦う相手が私でなかったなら、
“能力の全容を知られていない私でなかったなら”
一体どうなっていたか、想像もつかないのであります……!」
「僥倖」
 本当にもし、自分ではなくあの方がアノ “悪魔” に襲われていたら……
傷の痛みとは別に躰がガタガタと震えた。
 ティアマトーの言う通り、自分が勝てたのは本当に幸運。
 最後の 「流式」 の本質が割れていたら、
或いは人形ではなく石像や鉄像にでも取り憑かれていたら、
間違いなくヤられていたのは自分の方だった。
「人……形……」
 おもむろに立ち上がり、床に落ちたアンティークを拾い上げて
サイドボードに戻し、その頭をそっと撫でた。
 異国の奇妙な民族工芸が、その加護で自分を救ってくれたのかもしれなかった。
「全ては終わりましたが、まずはマスターに報告を。
傷の治療もお願いしなければならないのであります」
「適切」
 血に濡れたヘッドドレスを頭に戻し、ヴィルヘルミナはドアへと踵を返す。
 傷だらけ血塗れのメイドが部屋から出てきたら、
ホテル内は大騒ぎになると想ったが出血と痛みで
朦朧とする意識では、そこまで気を回す余裕はなかった。
「あ……」
 ドアの前でふと立ち止まり、カードキーを忘れた事を想い出し室内に戻る。
 サイドボードに置かれた忘れ物を手に取り再び踵を返した瞬間。
「人、形……?」
 咄嗟に振り返った先、本来そこに在る筈のモノが無くなっているのに気づいた。
 総身を劈く寒気と怖気。
 まさか、まさ、か……
 疑念を否定するよりも速く、ズン! と背にナニカが押しかかるのを感じた。
『ギャーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ
アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!
また逢ったなぁ~!! ラヴァーズ!! オレも嬉しいぜええええぇぇぇぇぇ~ッッ!!』
 絶対在り得ない、二度と聴きたくない声が背中から響いた。
 半壊した顔、溶けたガラスの眼球が零れ、
挿痕だらけの全身から黒い焦煙が立ち上っている。
 部屋に在った人形は 「二体」 しかし “スタンドは一人一体”
 ジョセフから聞かされた法則を完全に無視した光景だった。
『ヤられたぜぇ~!! 流石にオレも死んだと想ったぜぇ~!!
本当さぁ~!! 本当に絶望したんだッッ!! 
だがオレの恨みのエネルギーは消えなかった!!
それだけテメーを強く恨んでいたと言う事!!
死んでも死にきれねぇとはまさにこのコトだあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』
「うぅ……! く……ッ!」
 何とか引き剥がそうと身を捩るが、
屍人(ゾンビ)のような姿になってもパワーは変わらないのか
ミシミシと焼け焦げだらけの手が肩に喰い込む。 
「オレもくたばるがテメーら全員道連れだああああああああああああぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!
どいつもこいつも臓物ブチ撒けた肉片喰い千切って(ゴミ)にしてやるぜええええ
ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――!!!!!!!!!!!!
ウハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!
フェェェェェェハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!』
「うぅ……あぁ……うああぁぁぁぁぁ……!」
 失うモノが無くなった者こそ、真に怖ろしい。
 もう、無理だ。
 もう立っているのもやっとで、戦う余力も気力もない。
(マティルダ……)
 ドス黒い瘴気を発しながら開いていく焦痕塗れの拷問口中を見据えながら、
淑女の脳裡に無数の追憶が時の流れを喪失して甦った。 
(メリ)
 最後に、何よりも鮮やかに映る一つの姿に
ヴィルヘルミナがきつく瞳を閉じた瞬間。
 バンッッ!!
 どこからかけたたましい音が鳴り響き、強烈な突風が頬を打った。
『ギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァ
ァァァ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!』
 不意に重さをなくす、背中と悪鬼の絶叫。
 放心したまま眼を開くと、そこには。
「……」
 全身を煌めく白銀の甲冑に包み尖鋭な細剣(サーベル)を前に突き出す、
荘重な騎士の姿が在った。 
『テ、テメーはッ!? “なんでテメーが” ここにッッ!!?』
「どこにだって現れるさ。
か弱い淑女(レディ)窮地(ピンチ)の時にはな」
 喉元を串刺しにされて宙に浮く悪魔に、
その騎士を従える操者が静かに告げる。
 普段の軽佻浮薄な雰囲気が微塵もない、
義勇と礼節を携えた高貴なる振る舞いで。
 精神肉体共に困憊していた為か、
ヴィルヘルミナの瞳には、その姿がまるで違う者に映った。
「詳しい事は解らんが、 『敵』 だな? お前?
淑女(レディ)(おび)えさせた時点で、その 『罪』 万死に値する」
 そう言ってスタンドの細剣(サーベル)を引いた銀髪の騎士は、
半身になって鍛え抜かれた躯を揺らめかし、傍に立つ者と共に悠然と構えた。
『テメエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェ!!!!!!!!!!
J・P・ポルナレフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!
この!! 裏切り者がああああああああああああああああああぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!』
 新たな恨みでヴィルヘルミナの事はどうでもよくなったのか、
喉を貫かれながらも悪魔は毀れた牙を向いてその男のスタンド、
銀 の 戦 車(シルバー・チャリッツ)』に襲い掛かる。
「それは半分、正確じゃないな」
 迫る拷問咬撃に、ポルナレフは怯む事なくスタンドを動かした。
 淀みのない円運動を描く白銀の軌跡が、刹那に夥しい数の斬閃と化す。
 その精密性だけなら、スター・プラチナに匹敵する空絶の剣技。
「オレは “悪” は裏切るが、
『正義』 と 『淑女(レディ)』 は裏切らない……」
 声と同時にスタンドと本体が空間を断裂したかのように駆け抜け、
後には五体バラバラに切り刻まれた悪魔の亡骸が残された。
『……』
 自分が絶命したコトも解らなかったのか、
エボニー・デビルは嘆きの断末魔すら挙げずドサドサと床に落ちる。
 その 「本体」 の無惨な死体は数十分後ホテル二階の備品倉庫にて、
在庫を確認に来た従業員の絶叫によって発見された。
「……やれやれ、間一髪だったな。
君がスタンド攻撃に襲われているのなら、
もっと速く来るべきだった、すまない」
 窮地を救った事を当然のものとし、
それでも至らぬと彼は謝罪の言葉を口にする。
 ソレは、裡に宿る幻象と寸分違わぬ、誇り高き騎士の姿。
何故(なにゆえ)?」
 流石に死を覚悟した為、未だ心神定まらぬ淑女に代わり、
その被契約者が問うた。
「イ、イヤァ~、 “偶然” 部屋の前を通りがかってよぉ、
そしたら妙な叫び声と彼女の悲鳴が聞こえたもんだから咄嗟に……
べ、別に(やま)しい気持ちがあったわけじゃあねーぜ。本当に、本当に」
「……」
 先刻の気勢が嘘のようにしどろもどろとなる男を見据えながら、
ティアマトーは感謝の気持ちを伝えるのが(やぶさ) かになる。
 そんな彼女の心情を察したのか、ポルナレフは放心している
ヴィルヘルミナの前にしゃがみこんだ。
「そ、それより怪我してるじゃあねーか!
ボサッとしてねーで応急処置をだなぁ~!」
 そう言って彼女の破れたスカートを無節操に捲り上げる。 
 傷と一緒にフリルの付いた古風な下着が露わになると同時に、
無表情な彼女の平手打ちが高速で頬に炸裂した。
「グゴオオオオオオォォォォォォッッ!?
ち、違う! 変な意味じゃあねーってッ!
ちゃんと手当てしとかねーと後に傷でも残ったら」
「ありがとう……であります……」
「へ?」
 顔に赤い手の痕を残して必死に弁解するポルナレフの言葉が、
淑女の呟きで途切れた。
「本当に、ありがとう、であります。
もう、ダメだと、想ったので、あります。
本当に、終わったと、想ったので、あります」
 両手と両膝を床についたまま、譫言(うわごと)のように呟き続けるヴィルヘルミナ。
 意識があるのかないのか、果たして自分に向けた言葉かどうかも疑問だ。
 でも。
「い、いいって! いいって! 礼なんて!
肝心な時にオレァいなかった」
「フ、フフフ、フフフフフフフフフ」
 頬に赤い痕を残したまま両手を振るポルナレフが可笑しかったのか、
ヴィルヘルミナは曖昧な状態ながらも微笑む。
「どうして? そんなに、他人の事を、
気に、かけるのでありますか?
私の事を、自分の事のように。
まるで、 “アイツ” の、ようなのであります。
バカ、みたい。フフ、フ」
 陽光に風貌を照らされた何よりも優しい声でヴィルヘルミナはそう言い、
そのままポルナレフの広い胸にもたれかかってきた。
「お……」
「限界疲労」
 背に手を回そうか逡巡していたポルナレフをティアマトーがぴしっと(いまし) める。
「隠者招来」
「お、おぉ」
 甘い髪の匂いと一緒に告げられる指示に戸惑いながらも応じる。
 ポケットから取り出したシルバーのスマホを弄りながら見た、
無防備な彼女の寝顔。 
 ソレは、本当に幻想世界の眠り姫にしか、彼の瞳には見えなかった。 


← TOBE CONTINUED…



 
 

 
後書き
どうもこんにちは。
まぁ相手が相手なんでこのような展開になってしまいます・・・・('A`)
ちょっと強過ぎじゃね? という意見もあるかもですガ、
絶命値(リスク)」と『等価交換』の能力なので
(ヘタすりゃ最初で殺されてもおかしくない)
コレ位で丁度いいのです。
しかしこの二人はこの先どうなるんでしょうなぁ~。
一人の者に操を立てて生きていくというのも一つの「生き方」でしょうが
(でも相手の眼中にねぇんだろ・・・・('A`))
別の者と幸せになって欲しいというのも読者の願いだと想うのです。
(ソレがこの男とはいいませんが)
ソレでは。ノシ 
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