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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#9
  PHANTOM BLOOD NIGHTMARE


【1】


 ようやく、追いついた。
 ようやく、辿り着けた。
 怖いとか恥ずかしいとか、本当に全てがどうでもよくなり、
彼女は今腕の中にある、今胸の中にある温もりを力いっぱい抱き締めた。
 本当に、頭の中が真っ白になるほど幸福で、
このまま死んでも良いとさえ想った。
 それほどに空条 承太郎が 『してくれた事』 は、
吉田 一美にとって絶対的だった。
「おま……えは……?」
「――ッ! ――ッッ!!」
 流石に動揺の色を隠しきれない承太郎の傍らで、
フレイムヘイズの少女がただならぬ気配を発している。
 余りにも唐突過ぎて、理不尽で、
悔しさと狂おしさに涙まで滲んでくる。
 きつく食いしばった口中がギリギリと軋り、
全身を駆け巡る血がマグマのような高熱を宿した。
 シャナがここまで烈しい負の感情を抱いたのは、
アノ男 『DIO』 を除いてはコレが初めてだった。
(殺……す……!)
 本当に誇張でも何でもなく、善悪の彼岸も飛び越えてシャナは純粋にそう想った。
 その後、何がどうなろうが知った事ではない。
 瞳に宿る漆黒の意志に促され、少女は変貌しようとした。
 本来の使命を忘れ、ただ感情の灼かれるがままに。
 ソレを制する、耳慣れた音。
「……」
 空間の歪曲するような残響の元、
スタンド 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 が承太郎の背後で悠然と屹立していた。
 海風と関係なく、長い黒髪を揺らし纏った腰布を靡かせて。
「あ……!」
 星形の痣が刻まれた首筋に両腕を絡めながら、
吉田はその存在を注視した。
「 “視えるのか?” オレの、スター・プラチナが」
 予定外の再会に応答するよりも、承太郎は冷静に本題のみを訊いた。
「はい……はっきりと視えます。
とても、強そうで、カッコよくて、キレイな幻 象(ヴィジョン)ですね。
本当に、空条君の分身みたいです」
 言いながら寄せられたスタンドの右手に、
少女は狼狽える事なく頬を寄せる。
「わっ」
 いいからさっさと離れろ! 
とシャナが撒き散らす闘気と殺気を覚ったのか、
スタンドは吉田を横抱きにしてそっと路面の上に降ろした。   
“アノ時” から、長い長い距離を越えて、
再び真正面から見つめ合う二人。
 絶対に在り得ない邂逅。
 絶対に交わる事のない道程。 
 しかしソレが今、人智を超える 『運命の()』 の中で確かに結び直された。
「……なんか、大分雰囲気変わったな? まるで別人みてーだぜ」
「そんな事ないですよ。
相変わらずよく転びますし、うっかりして失敗する事も度々。
流石に、病気や貧血で倒れる事はなくなりましたけどね」
 外見に格段の違いはないが、
瞳に宿る強い意志を承太郎は見逃さなかった。
 その洞察を裏打ちするように、少女も明朗な口調で答える。
 以前の少女を知っている者ならば、明らかに違和感を覚える様相。
「スタンド能力は、一体どうやって身につけた?
聞く所によると 「遺伝」 でもねぇ限り、
後天的に目覚める可能性は低いという話だが」
 この質問には吉田も少し困った顔をして、それでも淀みなく答えた。
「話せば、とても長くなります。
そして、信じて貰えるかどうか、自信はありません。
でも、空条君が知りたいなら全部話します。
絶対に嘘は言いません」
 脳裡に甦る、隻腕の青年。
 もう絶対に会えないけれど、祈る以外何も出来ないけれど、
でもあの人の御陰で、いまこうして自分はここに立っていられる。
 元は赦されざる、スタンド殺人鬼。
 でもその存在は、少女にとって紛れもない救いの使者だった。
「あの、良かったら、私のスタンド、
スタンドっていうらしいですね、御覧になりますか?
『能力』 も見ます? あまり大したものではないんですけど」
 DIOの存在がある為それは待てと承太郎が制しようとした刹那  
「いい加減にしなさいよ!!」
脇のシャナが灼けつくような怒声を響かせた。
「あ、あなた、は?」
 再会の嬉しさの余り、完全に失念していた少女へ吉田は眼を向ける。
 そこに、有無を云わさぬ一言。
「空条 シャナ! 承太郎の恋人よ!!」
「――ッ!」
 一気呵成にそう言い放った少女は、
眼を瞠る吉田を無視して近寄るなとでも言うように
承太郎を片手で引き寄せる。 
「……やれやれ、そうなのか?」
 突然の告白に戦慄が走る中、その張本人は冷めた口調で学帽の鍔を抓んだ。
(約一名、シャナの胸元で失神寸前にまで追い込まれた者がいるのだが、
彼の名誉の為に記さないでおこう)
 承太郎を挟んで、 “フレイムヘイズ” と 『スタンド使い』 の少女が
真正面から睨み合う。
 通常の戦闘、否、ソレ以上の熾烈な火花が二人の間で散っている。
「ジョセフ! まさかこんなヤツを仲間に入れるなんて言わないわよね!
私は反対よ! こんなヤツ! 絶対足手まといにしかならないッ!」
 フレイムヘイズの威圧感に屈しない吉田に焦れたのか、
シャナは火を吐くような口調でジョセフに助勢を求める。
 最早能力の有無や強弱等どうでもよく、
この大ッ嫌いな女を承太郎に近づけたくないだけだった。 
「い、いや、そう言われても……
ワシはまだその()の名前も知らんのだがな。
知り合いなのか? お主達?」
 凄まじい剣幕で告げられたシャナの糾弾を保留し、
ジョセフは承太郎と花京院に問う。
「まぁ、な」
「はい……」
 清廉な二人には珍しく、不明瞭な答えが返ってきた。
「母さん?」
「フフフフフフ、承太郎も、罪作りな坊やね。
まぁ、私の孫なら仕方ないか」
 困惑した息子の問いを、器の大きさがそうさせるのか実母は微笑って返した。
 しかしすぐに表情を引き締め、気配を感じさせない挙措で歩み寄り耳打ちする。
「でも、これだけは覚えておいて、ジョジョ。
彼女、スタンドの “天才” だわ。
この私がじかに確かめてみたのだから間違いない。
必ずアナタ達の力になるはずよ。
そうでなかったら、わざわざこんな場所にまで連れてはこない」 
 瞳を瞬せる彼の前に、とてもそうは想えない、
戦闘等の血腥い事象には生涯を無縁であろうという少女が立つ。
「初めまして。空条君のお爺さん。
御挨拶が遅れてすいません。
吉田 一美と言います」
 そう言って礼儀正しく下げられる頭に、
戦闘者の気配は微塵も感じられなかった。
「いやいや、これはどうも御丁寧に。
ワシの名前はジョセフ・ジョースター。
ジョセフでもジョースターでも好きに呼んでくれたまえ。
君は承太郎の友達かな? 
孫がいつも世話になっているようですまんのぉ~」
「いえいえ! 助けられてるのはいつも私の方ばっかりで!
変な人に絡まれたりとか、危険な事に巻き込まないようにしてくれたりとか!」
 温厚な笑顔で帽子を外すジョセフに、吉田は顔を真っ赤にしながら返した。
「ほうほう、承太郎が。怒鳴ったりケンカしたりで迷惑をかけてはいないかね?」
「そ、そんな事ありません! 良い人です!」
「ほほぉ~、そうかそうか、我が孫もそれなりに、
真面目にはやっているようじゃな」
 承太郎の肉親という事で緊張しながらも、
吉田は次第に気持ちが安らいでいくのが解った。
 身体は大きいが、とても温かくて、優しい気配のする人。
 彼が承太郎の祖父なのだという事を、
言葉よりも強く認識出来る実感だった。
「――ッ!」
 埒の開かない日常会話を続ける二人に苛立ったシャナが何か言おうとするが、
承太郎に止められる。
「でもッ!」
「まぁここはジジイに任せとけ。
亀の甲より年の功だ。たまにはな」
「うぅ~」
 駄々を捏ねるように唸るシャナの頭に手を乗せ、
承太郎は前に向き直る。
 シャナの言った事を肯定するわけではないが、
彼女が自分達の旅に 「同行」 するのは無理だろうと想った。
 いくらスタンド能力が在るとはいえ、
“ただソレだけで” 進めるような平坦な道ではない。
 その事は、ジョセフが誰よりも解っている筈だった。
「ふむ、なるほど、それで承太郎の家を訪ねた時に、母さんと知り合ったと。
そこからSPW財団を通じてスタンド能力やワシらの事を知ったのじゃな?」
「はい。それで私でも力になれるならなりたいと思って。
空条君にはいっぱい助けて貰いましたし、
だから今度は私が助ける番なんだって」
「ふぅむ」
 ジョセフはそこで一度言葉を切り、エリザベスを見つめた。
「彼女の御家族には、世界でも稀に見るウィルスの奇病だって伝えてあるわ。
SPW財団直属の、世界的権威の有る医師が直接説明したから混乱も少なかったみたい。
事実、スタンド能力はある種の 「ウィルス進化」 だと唱える学者もいるしね。
故に根本的な治療、この場合は彼女が自分のスタンドをコントロール出来るようになる事。
細部は改竄したけれど、御両親にはそれで納得してもらったわ」
「なるほど……」
 ジョセフは顎髭をさすりながらしばし思考した。
 確かに、スタンド能力が在る以上、もうこの娘は普通には生きられない。
 DIOは、世界中からスタンド能力者を集めている。
 そうである以上、DIOを斃さない限り彼女に平穏はない。
「しかしのぉ~、気持ちは本当に嬉しいのじゃが、
君を連れて行くわけにはいかんのじゃよ」
 瞳を細めて告げたジョセフの言葉に、
吉田が息を呑んだのとシャナが手を合わせたのはほぼ同時だった。  
「確かに、我々は今援助を必要としている。
その数は多ければ多いほど良い。
だが、それは全て 『自分の家族』 を救う為なのじゃ。
君にも家族がいるだろう? 
親御さんの気持ちを考えたら、
大事な娘である君を危険な目に遭わせるなどとても出来ない。
幾ら強いスタンド能力を持っているとしてもだ」
 穏やかな口調の中にも厳しさを滲ませて、老人は少女に告げた。
 相手に反論を許さない、確固足る口調だった。
「でもッ!」
「気持ちは嬉しい。
しかし我々が立ち向かおうとしている 『男』 は、
余りにも危険で強大過ぎるのだ。
命の保証など無きに等しいし、
果たして勝機があるのかどうかも謎のままだ。
もし君が、旅の途中で命を落とすような事になったら、
一体ワシはどうすれば良い?
君の御両親に、この命を以てしても償いきれん」
「むぅ」
 ただ否定するだけではない、きちんと相手の周囲を汲み取った言葉に
アラストールが声を漏らした。
「ま、これで解ったでしょ? 
残念だけど、おまえが私達に 「同行」 するのは不可能なの。
チームリーダーであるジョセフがダメって言うんじゃしょうがないわよね。
遠い所わざわざ来て貰って悪いけど、とっとと諦めて日本にモガッ!」
 勝ち誇った表情で余裕盤石に告げるシャナの口が、
承太郎の手で塞がれた。
「ン~! ンン~!!」
「いいから、チョイ黙ってろおまえ……」
 いつになくKYなシャナの言動を、
ソレが己の所為だとは自惚れず承太郎は吉田を見た。
 彼女はしばらく黙っていたが、
やがて意を決したように顔を上げた。
「だったら、尚更です」
「む?」
 胡桃色の瞳に宿る強い意志に戸惑いながら、ジョセフが訊いた。
「それじゃあ、尚更なんです。
そんなに危険な人と空条君が戦うのを
見て見ぬフリなんて出来ないし、
私の家族も無関係じゃいられません!」
 儚げな少女の意外なる言動に、空気が張り詰める。
 承太郎の手の中でもがくシャナが妙にうるさい。
「エリザベスさんから、聞きました。
その、 『DIO』 という人のコトを。
正直信じられない話でしたけど、
でもその人がこの世界のスベテを支配しようとしていて、
それだけの能力(チカラ)を持っているという事は解りました。
だったら尚更、何もしないなんて出来ない!
誰かが何とかしなきゃ、私の家族も友達も、皆その人に壊されてしまう!
空条君一人にそんな重荷を背負わせて良いわけないし、
私にはそれを止める能力(チカラ)が生まれたんです!」
 シャナの動きが止まった。
 裡に秘めた熱い叫びに、周囲は沈黙を余儀なくされた。
「……それに、私、行く所ないんです。
こんな能力(チカラ)が生まれた以上、
学校の皆と今まで通りになんて出来ないし、
危険には巻き込みたくない。
だから、不安だったけど嬉しかったんです。
空条君も同じ能力(チカラ)を持ってるって知った時。
一人じゃないんだって解った時!」
 この言葉には、花京院が一番強い衝撃を受ける。
 口に出して言った事はないが、
いつも心中に在る、偽りのない感情だった。
 それまで意見らしい事も言っていなかったが、
この言葉で彼の意志は固まる。
「ジョースターさん。
ボクは、彼女を連れて行く事に賛成です。
連れて行った方が良い、イヤ、
『連れて行くべき』 だと想います」
「!」
「ン~ッ!」 
 思わぬ申し出に、ジョセフが息を呑みシャナが暴れる。
 反対に吉田は、晴れやかな表情を浮かべた。
「特に語る必要もなかったので、今まで黙っていたのですが、
『スタンド使いはスタンド使いと引かれ合うんです』
本人の意志とは関係なく、まるで引力や宿命のように。
それが敵か味方かまでは出会うまで解りませんが、
ボクは子供の頃からそうやって何人ものスタンド使いと会ってきました。
コレは可能性としては、天文学的数値で本来有り得ない事なのです」
「むう、つまり彼女が 『スタンド使い』 である以上、
どこにいても危険は避けられず、ワシらと一緒に居ても同じだと?」
「寧ろ、ボクらと一緒に居た方が安全かもしれません。
スタンド戦は身を以て経験していくしかありませんし、
このままスタンド操作のやり方も解らないまま、
邪悪で強力なスタンド使いと一人で遭遇するよりは、
リスクを軽減出来ると判断します」
 細い腕を腰の位置で組んだまま、
花京院は冷静で合理的な見解を述べた。
 ジョセフは口に手を当てたまましばし長考する。
 その内容は旅の目的よりも、彼女の身の安全の方に切り替わっていた。
 これで賛成一、(強固な)反対一、保留一、
同行の裁可は、一人の男に委ねられる。
 未だ意向を口にしていない承太郎の前に、吉田が立った。
 アノ時のように気弱な体裁ではなく、
堂々と胸を張り真正面からその眼を見つめて。
「空条君は、どう想いますか? 私が傍にいたら、迷惑ですか?」
 暴れるシャナを抑えきれなくなってきたのでスタープラチナに預け、
承太郎は静かに口を開いた。
「一つだけ聞いておく。 『覚悟』 は在るか?」
 厳しい口調ではないが、重く深いその言葉に吉田は寒気を覚えた。
「オレらと一緒に来れば、当然DIOのヤローはおまえを “敵” だと判断する。
そうなってから後悔してももう遅ぇ。
途中で別れても、四六時中ヤツの刺客がおまえを襲う事になる。
オレ達があのヤローをブッ斃すまで……
本当に良いのか? それで? 
死ぬかもしれねーし、得な事なんて何一つねぇんだぞ」
 今度は、瞳を細めての厳しい口調だったが、吉田は逆に温かさを感じた。
 直接口に出しては言わないけれど、
わざと知られないようにしているけれど、
確かに今、彼は自分の事を案じてくれている。
 むきになって反対するわけでも、賛成するわけでもない。
 それは、自分の言った事をちゃんと聞いてくれているから、
誰よりも 『私』 を尊重してくれているから。
 だからそこに、自分の意見は挟まない。
 未来は、そして運命は、一人一人が選び取っていくものだから。
 笑顔で賛成してくれるよりも、吉田は嬉しいと想った。
 まだ少しだけ不安だった決意が、決して揺るがないものに変わった気がした。
「さっきも、言った通りです。
私も、自分の大切な人を護りたいんです。
空条君と同じように、その能力(チカラ)があるのなら。
それに、貴方と一緒なら、どんな辛い事にだって耐えてみせます」
「……」
 承太郎は一度吉田から視線を逸らし、
何かを問いかけるように空を仰いだ。
 背後で何か紅いモノがチラチラと見えるが気にしない事にする。
 やがて、根負けしたように淡い嘆息を漏らすと、
一度も視線を逸らさなかった少女に言った。
「なら、好きにしな」
「――ッ!」
 両手を胸に当てた少女の顔が、今開いた花のように輝いた。
 隣に佇む美男子も穏やかな微笑を浮かべる。
「おいおい? 良いのか? 承太郎」
 おそらく (シャナとは別の意味で) 反対するであろうと想っていた孫に、
祖父は戸惑いながら訊いた。
「本人がヤるっつってんだ。
オレらがどうこう言う問題じゃあねーだろ。
ポルナレフも花京院も、それぞれの理由で旅に加わってる。
なら、この女もソレと同じだ」
 衒いなくそう言い、フルパワーで発現しているスタンドを元に戻す。
 凄まじい熱気と共に足下を蹴り付けようとしたシャナの鼻先に、
承太郎が割って入った。
「――ッ!」
 超至近距離で眼に入る美貌に、シャナは困惑しながらも口をパクパクさせる。 
「ほれ、お待ちかねの新しい仲間だ。
女同士なんだから仲良くしろよ。
くれぐれも紅茶ン中に変なモンとか入れねーよーにな」
 ここで引いては拗れるだけなので、
承太郎は有無を言わさぬ口調で決定事項だけを告げる。
「で、でもッ! ン!?」
 当然反論しようとするシャナの口唇の前に、
承太郎は立てた指を触れるか触れないかの位置に置いた。
「話は聞いてただろ? オレ達とあいつの 「目的」 は一緒なんだ。
DIOのヤローを斃さなきゃあ、大事なモンみんな失っちまう。
だったらそれを止める権利は誰にもねぇ。
それが解らねぇおまえじゃあねーよな?
どんな時でもテメーの事しか考えねぇヤツもいるが、
おまえはそうじゃあねーよな?」
「う、うぅ~」
 瞳を細めて言い含めるように告げられた承太郎の言葉に、
シャナは押し黙るしかなくなる。
 今までの話を総合して、ここで一人反発していれば完全に自分が悪役になる。
 以前の自分だったら、そんな事など気にも止めず我を通していただろうが
今はもうそれが出来ない。
『そこまで解っていて』 承太郎は自分を宥めようとしている。
 ソレが、嬉しくて恥ずかしくてやるせなくて。
 だから。
「イジワルッ!」
 瞳に涙を浮かべてそう叫んだ。
「フッ、まぁな」
 承太郎は不敵な笑みを浮かべて頭に手を乗せた。  
「……」
 その二人の掛け合いを、吉田は複雑な表情で見つめる。
 ようやく全てを理解して、一緒にいられるようにはなったが、
ずっと離れていた一ヶ月以上のハンデは、正直大きい。
 その間二人に何があったのか知る術はないし、知りたくないとも想っている。
 でも絶対に負けたくないという気持ちは、ふつふつと沸き上がっていた。
 自らの意志で未来を切り開くという前向きな気持ちが、
かつての消極的な性格を消し去っていた。
 その少女の傍らに歩み寄る、翡翠の美男子。
「ボクの事を、覚えていますか?」
「あ、はい。花京院 典明さん、ですよね」
 反射的に頭を下げようとする彼女を押し止め、
彼は憂いに充ち充ちた表情で言った。
「……貴方には、本当に酷い事をしてしまいましたね。
とても赦される事ではありませんが、心から謝罪します」
 とても同い年とは想えない怜悧な雰囲気を発しながら、
花京院は深々と頭を下げる。
 その姿を見た吉田は、まるで自分が悪いかのように顔をあげさせた。 
「や、やめてください! いいんです! 
エリザベスさんから聞きました。
あの、DIOという人に操られていたのでしょう?
だったら、貴方は何も悪くありません!」
 脳裡に甦る、罪の追憶。
 本当にどうして、あんな事をしてしまったのか、
あんなに残酷な事が出来たのか。
 肉の芽を埋め込まれていたとはいえ、
自分の中にそういう卑劣な面が、無かったとは言いきれない。
「でも、ボクが貴方の傍にいる限り、その記憶は消えないでしょう。
これ以上、貴方を傷つける事は出来ません」
「おまえ……」
「ちょっと!」
 強い覚悟を決めた言葉から、意味を覚った二人が同時に声を発する
 まさか自分達から離れて、たった独りでDIOを追おうというのか?
 絶対に無茶だ、孤立した者を卑劣なるアノ男が無視するなんて在り得ない。
 再び下僕に引き摺り込もうと、強力な異能者が大挙して彼を襲う筈だ。
 その緊迫した雰囲気を包み込むように、吉田は温かな笑顔で言った。
「それじゃあ、お友達になってもらえますか?」
「え?」
 本当に意外な申し出に、さしもの花京院も眼を瞠る。
「だって、お友達だったら、何の問題もないでしょう?
ケンカしたら、仲直り。
相手が謝ってきたら、許さなきゃダメです」
「……」
 どうして、こんな表情が出来るのか?
 痛みも恐怖も色濃く残っている筈なのに、
少しも相手を恨む事なく純粋な笑顔を向けられるのか?
『スタンド使い』 としての能力は自分の方が上だが、
とてもこの少女には敵わないと花京院は想った。
 自分が辛い目にあっても誰かに心から優しく出来る彼女を、
本当に 「強い」 と想った。 
「ありがとう……ございます……吉田……一美さん……」
 静かに瞳を閉じながら、花京院は彼女の労りを受け止めた。
(やれやれ)
(もっとイヤな奴だったら、良かったのに)
 万事上手くまとまった埠頭で、承太郎とシャナが同時に呟く。
 その、とき。
「!!」
「!?」
 突如頭上を、山吹色の炎が覆い尽くした。
 継いで、不可思議な紋章と紋字が同色の煌めきと共にハラハラと舞い散り
足下に染み込んでいく。
 たゆたう波間は音を止め、さざめく木々は色を無くし、
街路を歩く者達は人形の如く動かなくなった。
 目の前に屹立する豪華客船すらも存在の意味を消失し、
ただの巨大な形骸と化した。
 何もかもが初めての、スベテが異質な状況に吉田が困惑する中、
承太郎が当然のように声を荒げる。
「数は!」
「すぐ近く、封絶の中心部に、あからさまに大きいのが二つ!
少し離れて、南西と北東に気配が薄いのが一つずつ!
!? また一つ増えた! 一応五つだけど、鵜呑みにするのは危険」
 傍にいる少女が当然のように答え、
その髪と瞳が火の粉を振り捲いて灼熱の紅に変貌する。
 唖然とする吉田を後目に、承太郎が鋭い視線で彼方を見つめた。
「人喰いのバケモンが、最低でも五体。
その中に混じって 『スタンド使い』 の気配もしやがる」
「なんですって!?」
「おまえみてぇに、正確な数や位置までは解らんがな。
だが確実にいる……!
この薄ら寒い感覚は、間違えようがねぇ……!」
 野生動物でも、同種とそうでないモノを察知する能力は持っている。
 ソレが自分に害を及ぼす存在であるなら、尚更。
 これまで繰り広げてきた幾つもの死闘を通し、
承太郎の感覚は戦闘時に於いて
以前にも増し研ぎ澄まされていた。
「どうする? 承太郎」
 以前の彼女なら、そのまま燃え盛る使命感の許
戦場のただ中に身を投じていただろう、が今は違う。
 あくまで冷静に、私情を諫め、
心から信頼できる者と共に戦う事を望む。
「相手の出方が解らねー以上、
取りあえずブツかってみるしかねーだろう。
そのバカデケェ二つの所にはオレが行く。
ジジイと花京院は、それ以外の場所を頼む」
「ふむ」
「解った」
 強者である程、真の実力を隠すのも巧い。
 ソコを見落とす承太郎ではないが、
怖じ気づいていても勝利は永遠に掴めない。 
「……」
 その傍らで、自分を見上げる少女。
 不安なような何かを期待するような、そんな様相。
「一緒に行くか?」
「勿論!」
 おそらくは一番危険な場所への帯同を、
シャナは嬉々とした表情で応じた。
 やはりと言った微笑を刻み、
スタンド使いとフレイムヘイズは同時に駆け出す。
 途中一度僅か振り返った少女が、
明らかに勝ち誇った顔で吉田を見た。
「――ッッ!!」
 どうしようもない、卑怯だとすら想わせる憤激が彼女の裡で燃え盛った。
「待ってください! 私も!」
 反射的に駆け出そうとする吉田を、エリザベスが制する。
「止めなさい。感情のままに先走ったら、戦場では確実に命を落とす。
“ソレが如何なる理由であろうとも” 解るわね?」
 口調は穏やかで丁寧だったが、
有無を云わさぬ厳格さが在った。
 消えない過去の痛みに屈する事なく、
最強の波紋使いは威風堂々とした声で告げる。
「さぁ! 何をしているの? 
この娘は私が護るから早く行きなさい!
今この間にも、この街の人々が危険に晒されているのだから!」
「わ、解った! 母さんも気をつけてな!」
「後を頼みます! DIOの追っ手は、
一人残らずボク達が倒します!」
 陽炎の揺らめく埠頭で戦いに赴く者達を見送りながら、
エリザベスは追憶と共に彼等の無事を心から祈った。



 この世ならざる二対の瞳が見据える、
全長数十キロを超える巨大な封絶中心部。
 ソコ、に。
「……」
「……」
 山吹色煌めく落葉を舞い散らせる、巨大な蔓の上に佇む影が二つ。
 双方の青い瞳が、海峡都市を頭上から見下ろす。
 その裡に宿る、揺るがない決意、砕けない意志。
 美しく彩色された爪に口づけ、紅世の少女は未曾有なる 『総力戦』 の火蓋を切った。



“さぁ……始めますわ……皆々様……!”
   


←TOBE CONTINUED…



 
 

 
後書き
ハイ、どうも、こんにちは。
事実上3部のクライマックスになる部分の始まりです。
(こっからナゲーんだ・・・・ ('A`))
でもってその前段階で「爆弾発言」とも言えるセリフがありましたが
(ワタシも予想してなかったよ・・・・ ('A`))
まぁソレは恋愛で言えば「スタートライン」に立ったに過ぎないので、
(あと原作でアレに惚れるなら承太郎のコトは
もっと好きにならないとオカシイと想うので)←「コレがリアリティーだ!」
一番大事な「今後」を見守ってください。
ジョナサンとエリナさんや、康一君と結花子嬢のように。
(告白したら最終回、両想いになったらHPEじゃ
今日日幼稚園児も騙せないので・・・・ ('A`))
まぁ誰でも通る「道」ですが、ソレをあんまり美化したり、誇張したり、
引き延ばしたり、世界の命運がかかったりするのは、
それこそその概念に対する侮辱や傲慢だと想うのです。
ソレでは。ノシ
 
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