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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#5
  PRIMAL ONEⅡ ~Either Side~


【1】

 クルミ材に象眼細工の施されたチェス盤の上で、
ホベミアクリスタルで造られた駒が互いに行き交う。
 ブラック・シャンデリアの気品ある光源の下、
全体的にクラシックな家具や調度品で蕭やかに彩られた室内で
現世の麗人と紅世の美少女が駒を進める音だけが響く。
 ダークカラーに染まった爪がビショップを右端に移動させた後、
ピンクサファイアの上に花びらの装飾を瞬かせる指先が
ナイトをポーン越しに動かし牽制を図る。
 麗人は表情を変えず脚と両腕を組んだまま盤上を見据えるだけだが、
少女の方は駒を動かすたびに自分の爪を見つめ、
やや大人びたその色彩に頬を綻ばせた。
「……夜分に失礼致します。 “エンヤ様” 」
 唐突なノックの音。
 声量を抑えた若い男の声が、閑雅な室内に流れる。
「入れ」
 声に反応した少女とは対照的に、麗人はドアに視線を向けず
クリスタルの駒を動かした。
「失礼致します」
 洗練された挙措でドアを開け閉めした、
裾の長いスーツ (いわゆる執事服) を着た美形の青年が
エンヤの傍に音もなく歩み寄り何事かを耳打ちする。
 麗人はその色白の美形と視線を交えず、
ただクリスタルの音のみを盤上に立てる。
「……解った、下がれ」
「何か御用がありましたら、何なりとお申し付け下さい」
「うむ」
 結局エンヤが一瞥する事もなかった男は、
表情を変えないまま肩に手を添え慇懃に一礼し部屋を出ていく。
 褐色の麗女は一度何事かを考えるように視線を盤上から逸らしたが、
ものの数瞬で元に戻す。
 常人には識別不能の微細な感情の変化だったが、
目の前に座る異界の少女はソレに気づいた。
「どうした? ここにきて長考か?」
 それまで間断なく(思い切りもよく)駒を進めてきた少女の手が止まったのを
見据えたエンヤが呟く。
「あ、あぁすいません。エンヤ姉サマ」
 そう言われたフランス人形のような風貌の美少女、
紅世の徒、その真名 “愛染他” ティリエルは
冷や汗を背に飛ばしながら駒を動かす。
「ほう、ソコに来るか。己の両翼を切り落としつつも
こちらの臓腑を悉く焼き払おうと画策するとは、
見掛けに似合わぬえげつない攻めをする」
 満足げに微笑む麗女に、いつもなら花のように無垢な笑顔を咲かせるか
可憐に誇ってみせるティリエルだが、今日は些かその面持ちが違った。
「あ、あの、エンヤ姉サマ?」
「なんじゃ? “Take back” は認めぬぞ」
「ち、違いますッ!」
 意を決して聞いてみたものの、いつまでたっても子供扱いするエンヤに
ティリエルは胸元に両手を握って強く言う。
「先程のお話は、何だったのですか?
何かあったのございますか?」
「……」
 エンヤはすぐに答えず、数度駒を動かした後おもむろに
「 『ストレングス』 がやられたらしい」
事も無げに告げた。
「ッ!」
 対して少女は己でも意外な程の衝撃を受け呼気を呑む。
 卑しい(けだもの) の分際で、迷宮のような邸内をしつこく追い回されたのは
記憶に新しい所であるが、いつか焼き猿にしてやるという密かな気持ちが
こんな形で叶わぬコトになるとは……
「 『星の白金』 と “炎髪灼眼” でございますか……?」
 俯き、微かに声を震わせるティリエルにエンヤは続けた。
「詳しいコトはまだ解らぬが、どうやらそうらしいの。
まぁジョースター共の足止めをしただけ、良しとするか。
“アレ” が在る限り 『スタンド使い』 は幾らでも生み出せる。
殺しても殺しても、無限にな」
 冷淡な口調で両腕を組む麗女の前で、
少女は今は亡き仇敵の姿を思い起こしていた。
 下卑た顔付きと、人を小馬鹿にしたような憎たらしい笑み。
 本当に、嫌いで、嫌いで、大ッ嫌いで、
いつか必ず殺してやろうと想っていた。
 それなのに。
「それで、次なる刺客には一体誰を? もし」
「ソレについては問題ない。
既に 『悪魔(デビル)』 を、シンガポールに差し向けてある」
 ティルエルの言葉を予め読んでいたように、
エンヤは微笑を浮かべながら彼女の声を遮った。
「あ、あの、者……ッ!?」
“呪いのデーボ”
 少女も一度見ただけであるが、
忘れようにも忘れられない、アノ異常な風貌。
「聞く所によると、ジョースター共も仲間を増やしているらしい。
ソコを殲滅するには打って付けの男であろう。
ヤツの異端なる 『スタンド』 ならば、
一人でジョースター共全員を屠る能力(チカラ)は充分に在る」
 そう言ってエンヤは、クリスタルのクイーンを口唇に当て妖艶な笑みを浮かべる。
「お前が憂慮するコトは何もない。
いよいよとなれば、ワシかヴァニラが出れば済む話じゃ。
所詮はDIO様の覇業に於ける添え物。
お前達に力を発揮して貰うのは 『その後』 なのだからな」
「エンヤ姉サマ……」
 己の心を、その存在の淵まで見透かされているのではないかという畏れと共に、
温かく緩やかな感情が伝わってくるのをティリエルは感じる。
「そういうわけで、チェック・メイト」
「あッ!」
 金の冠を被ったクイーンが、
堅牢なルークを薙ぎ倒してキングの間近に撃ち込まれる。
 傍目には決着が付いたような光景ではなく、
この後も50手を越す高度な攻防が必要とされるが
鋭敏な頭脳を持つ両者には勝敗を認めるに充分な一手であった。
 目の前の麗人を慮ってのコトではあるが、
それでも自分の集中力が乱れた結果に少女はむぅと眉を伏せる。
「もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻れ。明日に差し支える」
 時計の針は零時を回っており、
最も 『今はもう人間ではない』 麗女に取っては意味のない事象ではあるが、
二人の体調管理の為に彼女はそう促した。
「そうですわね。随分長居をしてしまいまして。
さぁ、起きて下さいませ。お兄様。お部屋に戻りますわ」
 そう言って椅子から下りたティリエルが、
インテリアソファーの上で仔猫のように寝息を立てる双子の兄、
紅世の徒 “愛染自” ソラトの躰を揺り動かす。
「やはり、起きませんわね。仕方がないですわ。よいしょっ、と」
「お前が、担いで帰るのか?」
 備え付けのバーカウンターで、クープ型のグラスに黄金色の泡が煌めく
液体を口元に運んでいたエンヤがティリエルに問う。
「えぇ。お兄様は一度熟睡してしまいますと、封絶が発動しても起きませんの。
このままにしておくわけにもいきませんし、致し方在りませんわ」
 そう言って慣れた手つきで自分の兄を引き擦るように背負う少女を見据えながら、
麗女は半分も減っていなかったグラスの中身を一気に飲み干した。
「ドアを開けろ」
 空になったグラスをカウンターに置きながら、
エンヤは凛然とした声でティリエルにそう命じる。
「え?」
 ソラトを背負いながら首だけでこちらを振り向く少女に、
「早くせよ」
麗女は同じ口調で再度告げる。
「は、はい!」
 弾かれたようにソラトをソファーに戻し、
ティリエルはドレスの裾を摘んで慎ましくドアの前へと駆け寄る。
 エンヤが何も言わないのに気を良くし、
二人で少し親密に接し過ぎた事を不快に想われたのか?
 確かに改めて立場の違いを鑑みれば汗顔の至りだが、
それでも自分はとても嬉しかったのにと
綺麗に彩られた爪を見つめながら振り向いた、先。
()くぞ」
「ッッ!!」
 その麗女が、兄を背負って目の前に立っていた。
 普段と変わらぬ威圧感の在る瞳、
凄艶なる肢体のラインを織り連ねる薄地のビスチェ、
黄道象徴の銀鎖で飾られた漆黒のヴェール。
 そんな闇冥の水晶が人の形容(カタチ)に具現化したような褐色の麗人の肩で、
紅世の少年が安らかな寝息を立てている。
「あ、あ、あ、の、あの……? エン、ヤ、姉、サマ?」
 元来超常の存在である、紅世の徒の眼にも俄には信じ難い光景を前に
麗女は少年を背負ったまま開いたドアを潜って外へと歩き出す。
 あわててドアを閉めた少女も困惑しながら後に続いた。
 柔らかな絨毯を踏み締めながら、
現世の麗人と異界の美少女が瀟洒な邸内を共に歩く。
 左隣のティリエルはやや緊張した面持ちだが、
ソラトを背負うエンヤの表情には別段何の翳りもない。
 夜の静寂の中、繻子(サテン)のヒールとレースの装飾が付いた靴の音が
断続的に響いた。
 やがて、その独特の沈黙が醸し出す雰囲気に堪えられなくなったのか、
少女の方が口を開く。
「申し訳在りません。お兄様には、私の方からよく言っておきます」
「構わぬ。子守は昔よくやったのでな」
 顔色を窺うように紡がれた言葉へ応じる、
この世界最強クラスの 『スタンド使い』 の口調は
敵対者の抹殺を命じる時と全く変わらない。
 通常、余りにも圧倒的過ぎる能力(チカラ)、知性、美貌、
何れかを持ち合わせる者は、
己が意図するにしろしないにしろ態度が 「傲慢」 になり、
ソレは容易く虚栄や過信等の俗情に変わるものだが
そのスベテを持ち合わせる麗女にソレはなかった。
 事実部屋へ戻る途中、他の人間や徒、
最悪なコトにシュドナイやヘカテーとも擦れ違ったが
麗女は眉一つ顰めず素通りした(両者は各々驚愕の呈を示していたが)
 唯一DIOの寝所に向かう途中のヴァニラ・アイスにだけは、
道を開けて一礼する彼にうむと右手を挙げていたが。
 その己に対する揺るぎなき自信、他者の思惑など歯牙にもかけぬ気高さ。
 指先で煌めく、温かな色彩。
「……」
 同じ異能者として、そして一人の “女” として、
若き紅世の徒 “愛染他” の鼓動は高鳴った。 
(エンヤ……姉サマ……)
 ソレは、己の在るがままを行う徒の本能か?
或いはまったく別の感情からか?
胸を締め付ける憂いを呼び水としてティリエルの心中に溢れかえる想い。
(アナタの……御力になりたい……
エンヤ姉サマが笑って下さるなら……
私はこの躰も……存在も要りません……)
 麗女が(よそお) ってくれた爪を()に、
3人で過ごした今日までを胸に、
紅世の少女は偽りのない気持ちを誓った。





【2】


 天窓から降り注ぐ月明かりの通路を、零下に磨かれた透徹の少女が歩く。
 白い外套(マント)と大きな帽子、
そして至上の宝石のようにエメラルドがかった水色(すいしょく) の双眸。
 現代、否、歴代スベテの徒の中でも、
間違いなく五指に入る最強の “自在師”
紅世の王、その真名 “頂の座” ヘカテー。
 現在は数多くの同胞と共にDIOの許へ身を寄せてはいるが、
本来は紅世の徒によるこの世界最大の組織
仮面舞踏会(バルマスケ)』 の主柱足る存在である。
 その “大 御 巫(おおみかんなぎ)” の彼女が何故古巣を離れ、、
昔からの忠臣の如くDIOに従っているのかは、本人以外誰も知らない。
「……」
 夜も大分更けたが統世王の覇業を担う、
軍 旅(ぐんりょ)干 戈 其 ノ 第 拾 陸 期(かんかそのだいじゅうりくき)』がようやく完成した為、
その概要をDIOに進言した後、受けた所懐を元に加筆する為部屋へと戻る途中であった。
 帰りの道すがら、
巨竜が幼子を背に乗せて歩いているような光景を目の当たりにし、
心中は幾分穏やかではないが。 
 しかし己の役目に私情を挟むことを厳格な少女は赦さず、
気持ちを切り換えて自室への歩みを速めた瞬間。
「アァ~♪ ヘカテーちゃ~ん♪ こっち♪ こっち♪」
 若い女性の、陽気な声が自分を呼び止めた。
「……」
 その声の主。
「水着」 と呼ぶのも甚だ憚れる、
本当に躰の必要最低限の箇所しか覆っていない、
エンヤ以上の肌の露出。
 まるで古代アラビア大宮殿の美姫(びき)が、
幻術に拠ってそのまま書巻から抜け出してきたかのような、
可憐さと妖艶さを併せ持つ女性が
備え付けのソファーからこちらに手を振っていた。
 普段からあまり肌を露出しないように心がけているヘカテーとは
まるで対照的なスタイルだ。
「……」
 些事に捉われず、すぐに自室で仕事に取り掛かりたかったが
無視するのも何なので、ヘカテーは黙って白肌を惜しげもなく晒した
女性の傍へと歩み寄る。
 彼女の隣には、これまた浅黒い肌の美女が短いスカートの中で
その麗しい脚線美を組み、洗練された仕草で細い女性用煙草を(くゆ)らせていた。
「何か御用ですか? “ミドラー” さん」
 ヘカテーが冷然とした声で伝えると同時に
目の前の女性はまるで子供のように両手を組んで薄紫の瞳を輝かせた。
 そし、て。
「やぁぁぁぁ~っと、「名前」覚えてくれたのねぇ~♪
もぉ~♪ カワイイィィ~♪ ヘカテーちゃん♪
好き好き好き♪」
 そう言って、いきなりガバッと自分を抱き込んで懐に引き寄せる。
「あ、あの、ちょっと……」
 ミドラーと呼ばれた女性の、官能的なスタイル特有の滑らかさと温もり、
そして躰からふわりと立ち上る美香が加わり感覚的に不快さはなかったが
精神的にはかなり気恥ずかしい想いがある。
 なにより彼女の豊かな双丘が、
眼前で激しく行き交うので息苦しい。 
 しばらくはコケティッシュな美女のされるがままに両腕を動かしていた
ヘカテーだったが、やがてその繊細可憐な容貌からは想像もつかないほどの
練達の体技で両腕の拘束からスルリと抜けだす。
「アレ?」
 いま、両腕の中で確かに抱いていた宝物がいきなり消えてしまったので、
ミドラーはまるで白昼夢から醒めた猫のように瞳を瞬かせる。
 その左斜め後ろの位置で、彼女の胸元に届くかどうかの少女が
澄んだ声で告げた。
「親愛の情は嬉しいのですが、
あまり女性同士で身体的接触を試みるのは、
好ましくないと想います」
「もぉ~♪ 相変わらずツレないなぁ~♪ ハグよ♪ ハグ♪
ただの日常の挨拶じゃない♪」
 そう言ってミドラーは、子供ように無邪気な声でケラケラと笑った。
「アンタのは挨拶じゃなくてセクハラでしょ?
アナタもイヤならイヤってはっきり言った方がいいわよ。
この()脳天気だから、そうしないと解らないから」
「うるさいわね “マライア”
私とヘカテーちゃんの仲にケチつけようってのッ!」
「アンタが一方的に慕ってるだけでしょうが……」
 マライアと呼ばれた女性が、その脚線美を組み直しながら
ロンググローブに包まれた右手を額のサングラスに当てる。
(この女性(ヒト)、は……)
 未だ能力を知らない一人の 『スタンド使い』 を、
少女は本能的に注視していた。
 その美貌はミドラーに劣らないが、躰から発せられる独特の気配。
 抑えていてもジリジリと感覚が薄れるような、
ここまでの風格を宿す者は、フレイムヘイズにもそうはいない。  
 求知心からその本質を把握したいと、零下の双眸がより凍てついていく
少女の心中など知らず、傍の白肌の美姫は変わらぬ声で告げた。
「まぁいいや、せっかく逢ったんだし、
ティールームで何か甘いモノでも食べよ♪」
「いえ、ワタシはまだ仕事がありますから」
 マライアから視線を逸らさぬまま、
ヘカテーはミドラーの申し出を丁重に辞退する。
 しかし。
「そんなの後♪ 後♪ あんまり仕事の虫じゃ倒れちゃうよ♪
たまにはパーッと息抜きしないと♪ ほらっ♪ いこっ♪ ねッ♪」
 そう言って現世の美姫は紅世の巫女の手を優しく取り、共に歩き出そうとする。
「あ、あの、ですから」
 本当に嫌ならしつこく言い寄ってくる “アノ男” と同じように、
素気なく一蹴すればいいだけなのだが
『そうともいいがたいから』 始末が悪い。
 何より限界寸前まで酷使した神経を宥めるのに、
多量の甘味は抗い難い魅力だ。
 でも、いや、しかしながら、矜持と私心の狭間で逡巡するヘカテーの肩に、
ポンと誰かの手がおかれた。
「異世界の不思議な 『能力』 の話、聞かせて貰える?
私はしばらく 「外」 に出てたから、詳しく知らないのよ」
 浅黒い肌の美女、マライアがヘカテーにそう告げた。
 何もかもが対照的な両者の間ではまとまるものもまとまらないので、
しかたなしに仲介役を買って出た。
「えぇ~、アンタも来るのぉ~。
せっかくヘカテーちゃんと二人っきりになれると想ったのにぃ~」
 露骨に顔色を曇らせる白肌の美姫に、
「……アンタに何訊いても “この子が可愛い♪” しか言わないからよ。
大事に想ってるなら、相手のコトをちゃんと理解しておきなさい」
エキゾチックな美女は伏し目で問責する。
「……」
 まぁそういう事なら、互いに取って有益なので少女は幾分譲歩する。
「貴女の、 『幽波紋』 の事もお訊きしてよろしいですか?
色々と戦術の参考にしたいので」
「フッ、いいわ。実践付きで解説してあげる。
丁度イイ 「実験体」 もいる事だし」
 ヘカテー問いに、マライアは少しイジワルそうな笑みを浮かべて視線を送った。
「ふぇ? ソレってもしかしてアタシ?
やぁ~よ、アンタの 『バステト』 痺れるもん。
玉のお肌に疵がついたらどうするのよ」
「だったらもっと 『女 教 皇(ハイプリエステス)』 の
スタンドパワーを向上させるのね。
私の能力に触れても 「感電」 しないくらいに」
「よ~くいうわ。そーゆー能力のクセに」
 両腕を広げてティールームに向かうマライアに、
ミドラーとヘカテーも従った。



 無数の名画が飾られるギャラリーを抜け、
時に現世と異界の住人が通宵して戯れる美しいダンスホールの先に、
大きな噴水のある中庭が開けた。
 月光が神秘的に反照し緩やかに舞い踊る水飛沫。 
 ソコには、見慣れた3つの影が在った。
 遠間に嫌でも目に付く、全長2メートルを越え3メートルにも
迫ろうかという鋼鉄製の “燐子”
 まるでガスタンクのようにまん丸の胴体から、パイプやら歯車やらで
『いい加減にソレらしく』 造られた両手足が伸びており、
無数のボルトが穿たれた胸下には 『28』 という、
製造番号なんだかネタなんだかよく解らないエンブレムが取り付けられている。
 そのロボット型 “燐子” の冷ややかな肩に留まっている、
まるで王族のように華美な装飾で全身を彩られた一羽の(ハヤブサ)
 そしてその隣、噴水の縁にたおやかな風情で腰掛けている
特殊な形状の「白杖」を携えた盲目(めしい)の青年。
 大きな純銀製のイヤリングをカタチの良い外耳の下部に煌めかせ、
額を薄地のバンダナで覆っている。
 素肌は病的に白いが、しかし盲目とは想えないほどに磨き抜かれた体躯は
シンプルなインナーと厚手のパンツ、
そして(いにしえ) の巡礼者を想わせるローブで包まれている。
 その双眸無き美青年を認めた刹那、白肌の美姫が歩みを止めて呟いた。
「帰ってたんだ “ンドゥール” 」
「無政府国家に囲われたスタンド能力者を全滅させる為に
動いてるって耳にしたけど、相変わらず見事な仕事振りのようね。
流石は、 『神』 の名を冠するスタンド使いと云った処かしら」
「ソレって、遠回しに自慢してない?」
 ヘカテーの隣に佇むミドラーがむぅと瞳を伏せる。
「それにしても、ちょっとプライドが傷つくわね。
このアタシが幾らモーションかけても全然乗って来ないのに、
機械や動物とは仲良くして」
「視えないから意味ないんじゃないの?
そういうのにあんまり興味なさそうだし」
「いいもん、いいもん、アタシにはヘカテーちゃんがいるもん」
「彼の代用ですか? 私は」
「……アナタ、殴りたかったら殴っても良いのよ、この女」
 被った帽子に美姫の頬を寄せられながら、
少女は自分も一目置く異能者を見据える。
 相変わらず口数は少ないようだが、
ソレでも自分の隣で大仰な図体とは裏腹の
社交的かつ控えめな態度で接してくる“燐子” の語らいに、
穏やかな表情で応じている。
 やがてその盲目の青年が一度軽く頷き、
噴水の土台に立てかけてあった深い年季のバロック・ヴィオラを手にした。
 そして楽器本体と同じ古風な造りの弓を、
ピンと張られた旋律弦へと引き当てる。



 ……
 …………
 ………………



 夜風に乗って静かに奏でられる、香り高くもゆかしき旋律。
 聴く者スベテを夢幻の陶酔に誘うような、
そんな、寂然としていながらも悠遠極まる音色。
 大仰な造りの機械人形は歯車の瞳を緩やかな線にして細め、
肩に留まったハヤブサも鋭い(まなじり) を閉じ、
嘴の端を曲げて夜風に流れる音色に身を揺らしている。
 偶然ソコに居合わせるカタチとなった現世の美女と紅世の美少女も、
その神品と呼んでも差し支えない音素の清流に暫し佇む。
「幻想曲 “グリーン・スリーヴス” ですね」
 夜風に水色の髪を靡かせながら、ヘカテーがポソリと呟く。
「よく知ってるわね……人間でも知らないヤツがいるってのに」
 マライアは声調を抑えながら、隣で瞳を閉じ今にも踊り出しそうな挙措で
小首を揺らしているミドラーを見つめた。
「一説によると、人間と紅世の徒の間に生まれた曲らしいです。
決して報われぬ恋、絶対に結ばれぬ運命を旋律に託した、
哀しい詩だったと聞きますが詳しい事は私も知りません」
「なるほど、ね。原本の楽譜が存在しないっていうけれど、
ない話じゃないかもしれないわね」
 そう言ってマライアは視線を前に戻す。
 緩やかに流れる水と、舞い散る飛沫に反照する光。
 ソレらに相俟ってより神秘的な音色を累進して往くヴィオラ。
 盲目の青年が奏でる、月下の旋律。
 その是非を問う事など端から愚問で在るかのように、
種族も係累も存在すらも異なる3者の間には、
とても安らかで融和な雰囲気が充ち渡る。
 しかし。
 ソコへそれらの雰囲気全てを台無しにする、
調律という概念等端から完全にブッ壊れ尽くしたような金伐り声が
頭上から到来する。




『ドゥォォォォォォォォォォミノォォォォォォォォォォォォォォォ――――
―――――――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!』



 ギリギリと鼓膜を絞る、実に不快な声調。



「くぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!
ゥワァァァァァタシィィィィィィがあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
世ぇぇぇぇぇ紀ィィィィィのぉぉぉ
“ドゥ大ァァァァい実ィィィィ験ンンンン”
ぅをおぉぉぉぉぉぉこなぉぉぉぉぉという時にィィィィィィィ!!!!!!!
どぅぉぉぉぉして「助ぉぉぉ手ぅぅぅ」のおぉぉぉぉ前ェェェェェがぁぁぁぁ
ぁぁぁぁいィィィィないのですかぁぁぁぁああああああああああああぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――!!!!!!!??????? 』
 拡声器等使っていない、生の肉声。
 しかしその人間離れした狂声は周囲の夜気をビリビリと震わせて
瀟灑な邸全域に余すことなく響き渡る。
 そしてイカレタ金伐り声の終わりとほぼ同時に二階一角の円窓がパカッと開き、
ソコから何故か金属製のマジック・ハンドが直線状の軌道を描きながら
中庭に向けて伸びてきた。
 内側に鋸のようなギザギザが在り、そのシャフト部分も硬質な金属の筈なのに
まるで半固体物質(グリース)のような柔軟性と化学合成物質(ラバー)のような伸縮性。
 その無駄に射程距離の長い手工具が遠隔自動スタンドのように、
鋭い弧を描いて噴水の縁側に腰掛ける燐子の頬 (?) をツネり上げる瞬間。



 ズヴァァァァァシュッッッッッ!!!!!



 鋭い断剪(だんせつ)音。
 その射程距離、100メートルを軽く越えてそうな
“紅世の宝具” がバラバラに斬り裂かれた。
 そして空間に飛び散ったシャフトの金属片は全て、
多量の霜を()いて 「凍結」 しており
舞い散る水飛沫と共に月光を反照する。
 それら全ての事象を視認せずとも知覚している盲目の青年、
ンドゥールの背後に噴水本来の流れ、否、重力すら無視して
在るモノが起ち上がっていた。。
 ソレは、一つの巨大なる 『水の手』 
 限りなく透明に近い 『指先』 は、凄惨なる鉤爪に拠って形成されている。
 斬撃を放ったコトにより現在手首が寝ている状態だが、
完全に屹立すれば全長は10メートルを有に超えるだろう。
 その巨大な掌中で、噴水全体を一掴みで掬い取ってしまいかねない
『水の手』
 ソレはまるで意志を持った生き物のようにゆっくりと水面で蠢き、
噴水の縁に腰掛けているンドゥールの傍で音も無く停止した。
 まるで、己が主に付き従う守護者で在るように。
「……」
 やがて青年は開かない双眸にやや剣呑な色を滲ませながら、
マジックハンドが伸びてきた起点を空気の流れと金属の匂いを辿って
即座に見据える。
「……」
 同様に燐子の肩口に静かに留まっていたハヤブサも先刻とはまるで違う、
酷烈なる眼差しで青年と同じ場所を射抜いている。
 その全身からは狭霧(さぎり)のような冷気が起ち昇り、
ソレによって凝結した空気中の水分が氷の粉となって周囲に捲き散っていた。 



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッッ!!!!



「……! ……ッ!」
 傍で鋼鉄の燐子が、二人 (?) に向かって頻りに何か言っているが
その声はもう 『二人には届かない』
「――ッッ!!」
 空間が歪むような異質な音を鳴り響かせながら、
そして周囲の大気を凍てつかせながら、
隼の背後から湧き出す冷気の源で在る 『スタンド』 が出現する。
 その形体(フォルム)は古代始祖鳥の 「化石」 を想わせる、
寂然としながらも獰猛さを兼ね備えた生命の幻 象(ヴィジョン)
 やがて、隼の周囲に捲き散るスタンドの余波によって止まり木である
燐子の肩口も凍り始める。
 その刹那。
 盲目の青年が手にした白杖で石畳を強く突き、
隼は夜空に向かって喚声を挙げた。
 ソレを 「合図」 として水のスタンドが大きく(たわ)んで噴水内の水を掬い取り、
氷のスタンドは剥き出しの頚骨サイドから無数伸びた
爪甲型の発射台全てに尖った氷柱を搭載する。
 そして!
 かたや高射砲のように。
 かたやミサイルのように。
 マジックハンドの伸びてきた二階部分の一角を微塵の誤差もなく狙い撃った。 



 ドッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ
ォォォォ――――――――――――ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
『ブゲエェェェェェェッッッッッッ!!!!!!
ウヲオオォォォゴオオオオオオオオォォォォォォォォ―――――――――
――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!????????』



 水の大砲と氷のミサイルが情け容赦なく着弾した爆撃音と共に、
巨人に縊り殺された怪鳥のような声が鳴り響く。
 その苦悶の絶叫の中に、何故かソレを遙かに上回る「歓喜」が在った。
「……」
「……」
「……」
 その場に居合わせた美しき3名の女性は、
毎度の事ながら目の前の惨状に言葉を失う。
「……ヘカテーちゃん?
アナタの “おじさま” 『教授』 サン、だっけ?
何回ヤっても何回ヤっても懲りない人ねぇ~。
あのロボットに手を出したら、あの二人 (?) が黙ってないってのに」
「寧ろ、進んで撃ち込ませているフシも在ります。
この間 「実験」 を行うにはまだまだ “サンプル” が不足している
と仰っていましたから」
 もう何度も見慣れた光景なので、ヘカテーはシレッとした表情で普通に返す。
「じゃあ 『その為だけに』
わざわざあの二人を怒らせたってワケ?
幾ら 『スタンド使い』 が他人の前じゃ 『能力』 を
視せたがらないからって……」
「バカと天才は紙一重ね」
 唖然とするミドラーの横で、マライアも呆れたように言う。
 やがて。
 惨憺たる有様となった二階一角。
 部屋内部の薬品と化学変化を起こして
妙にカラフルになった水煙の向こう側から、
縊られた怪鳥の声が灰色のフキダシを伴って漏れ出した。
「コ……コレ……! コレ……ッ! コレ……ェェェッッ!!
くぉぉぉのぉ衝ォォォォ撃ィィィィィィィッッッッ!!!!」
 断末魔の叫び、今生への哀別、何れとも絶対に違うナニカが
嫌が応にもそこにいる全ての者の耳に入った。
「くぉ……の……自在法……とも……宝具……とも……
まるで異なる、この 『能力(チカラ)』 ……!!
コレを正鵠に分析し、開発中の “自在式” に組み込めば……!!
フ……フフフフフ……ンンーーフフフフフフフ……!!!!
ェ……ェエークセレントゥー!! ェエーキサイティング!!』
 瀕死の状態に在っても「決め台詞」だけは譲れないのか、
末尾のトーンが一際高くなる。
「くぉぉぉんな素敵な 『体 験(ェエークスペリエンス)』……!
滅多に出来るモンじゃあありません……!
コレを……次の……『実験』に活かせば……!
んーふふふふふ……! んぅーふふふふふふふ……!!
し……幸せ、ですねェー……!
この(やかた) に来て……良かった、ですねェー……!! 」
 狂ってこそいるが死の間際に在っても微塵も揺るぎはしない、
その頑固一徹にして威風堂堂足る振る舞い。
 今はもう知る者も少ないが、
嘗て “螺旋の風琴” と並び地上にまだ文明が存在しない、
遙か悠久の刻から(途轍もなく悪い意味で)異名を鳴り響き渡せる
久遠なる紅世の王 “探 耽 求 究(たんたんきゅうきゅう)” ダンタリオン(通称 『教授』 )
 その永き時の渡りの中、一片の妥協も無きその生き様は、
周囲の惨状も相俟って妙に憐憫を誘った。
「ま……まだ……意識が……在る……内に……
一つ……でも……多くサンプルを……採集……しなけれ……ば……
ド……ドゥミィノォ……ドォ……ミィ……ノォォォォ……
ガクッ……」
 律儀に「ガクッ」とわざわざ口にして、教授の声は事切れた。
 恐らくはいま、ボロボロの研究室(ラボ)の真ん中で
ズタボロの姿のまま至福の笑みを浮かべ大の字になっているコトだろう。
「ダ、ダメね……アノ人……あの様子じゃ死なない限り、
なんでも研究の材料にしちゃうわよ」
「もうここまで来ると誉めるしかないわね。
あーゆー姿勢、 『スタンド使い』 として少しは見習うべきなのかしら」
 呆れるべきか感心するべきなのかよく解らない(というより考えたくない)
心情を漏らす美女二人の先で、鋼鉄の燐子が青年と隼に何度も頭を下げながら
澄んだ金属音を鳴らして崩壊した部屋の方向へ去っていく。
 遠間に教授~という妙に間延びした声が何度も木霊した。  
 何とも云えぬ異様な雰囲気で充たされた月夜の中庭で、
4人 (?) の 『スタンド使い』 が一様に口を紡ぐ中、 
「フッ……フフフフ……」
一人の少女の笑い声が静かに流れた。
「ヘカテーちゃん?」
「アナタ……」
 決して融けるコトのない絶対零度の風貌がいとも容易く解れ、
今は見た目相応の無垢な少女の顔がその姿を顕す。
「フフ……フフフフ……ハハハ……アハハハハハハ……!」
「……」
 少し離れた距離の青年に、ソレは聖霊の囁きの如く。
 紅世最強の自在師が想わず漏らした微笑みは、
まるで姫百合の花束のように清純で可憐なものだった。

←TOBE CONTINUED…
 
 

 
後書き
どうもこんにちは。
前回と打って変わってDIOサマ・サイドのお話です。
この作品を通して言いたい事は、
「敵」には敵の『正義』があり『信念』があり『絆』もあるというコトです。
だからソレを理解せずに「否定」する事は、
酷く野蛮で傲慢な行為に繫がっていくと想うのです。
(敵もただ「悪い」だけでは非常に薄っぺらくて魅力の無い、
三下以下の小物になるので)
荒木先生の言葉をお借りして説明しますと、
4~7部にかけて先生の考えにも変化が生じ、
「正しいと思っていた行為が誰かを傷つけたとしたら?」
「誰かを愛する余り罪を犯してしまったら?」
という疑問を作品の中で表現して答えを出したいとお考えになったそうです。
その最初の例が4部の「吉良 吉影」で、
彼は「殺人鬼」ですが色々複雑な思考を持つキャラクターで、
哲学じみた事も言ったりするので人気が高いのですが、
しかし荒木先生自身が「殺人鬼」を「美化」したくないという理由から
あのような結末を迎える事になりました。
(川尻 しのぶとのフラグが無くなったのも上記の理由です)
だから吉良の背負う(サガ)(人を殺さずにはいられない)が
一体『どの程度のもの』なのか?
パチンコ依存症くらいのものなのか、それとも「レベルE」のミエナイ胃袋のように
(充たされなくても死ななけど)恐ろしい「飢餓感」を味わう程のものなのか?
敢えて「討究」する事を避けたそうです。
ソコから5部でワンクッション於いて、
(ブチャラティの過去でその片鱗は視えますが)
新たにそのテーマに挑戦して
出来たキャラクターが6部の「プッチ神父」であり、
7部の「ヴァレンタイン大統領」なのです。
彼らは敵でしかもラスボスなので一見「悪」に見えますが、
彼ら自身は自分の「欲望」の為に動いているのではなく、
「人類」「国家」の為に身を捧げていて、
何かを「支配」しようとしたり「享楽」に溺れたいとは考えていません。
故にワタシの友人も「プッチは正しいんじゃないか?」と言ってしまうのであり、
ワタシも一概にその意見を否定は出来ません。
(「進撃の巨人」のテーマのように、
「何かを失う覚悟が無い者は、何も生み出す事が出来ない」
という考えもありますし)
だから味方側に人間ドラマがあるのなら、敵側にも無いとオカシイというのは
当然であり、そうしないとジョジョのように深みのあるストーリー展開は
出来ないのだと想います(サ (ウ) ンドマン戦とか良い例ですが)
最善「敵」だけど死んで悲しい位に想わせないと、
ソレと戦う主人公達の魅力も(ぼけ)てしまうのですネ。
 
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