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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#3
  STRENGTHⅢ ~Sacred Lovers~

【1】


「連絡、こねーなぁ。承太郎とシャナは上手くやってんのかね?」
 甘い夢をみながら熟睡していた所を爆音で叩き起こされた為、
大きく伸びをしながら欠伸を漏らす銀髪の青年。
「兎に角いまは、二人を信じて待つしかなかろう。
相手の姿も見えず、その能力も解らぬでは戦いようがないからな」
 古代遺跡の探険家を想わせるワイルドな服装の老人が、
コイーバの葉巻を格調高く吹かしながらそう応じる。
 ブリッジから離れた管制塔の影、
くの字形の階段下に潜む二人の視界に一つの影が眼に入った。
「……」
 細い両腕を腰の位置で組む中性的な美男子が、
バレルコートのような学生服の裾を夜風に靡かせている。
 雲間からの月光に照らされたその儚き風貌は、
視る者に幻想的とも云える美しさを想起させた。
「おいおい花京院、あんまり離れるなよ。
どこで敵が監視してるか解らねーんだからな!」
(断じて)その 「気」 はないと己を戒めた後、
ポルナレフは翡翠の美男子に少々言葉を荒げる。
「すいません、ポルナレフさん。月が綺麗だと想ったものですから」
 対照的に、月華に映える無垢な笑顔で花京院は返す。
「おいおい、その “さん” っての止めろよ。
ポルナレフでいーよ、ポルナレフで」
「え? でも貴方の方が年上ですから」
 傍へ来た自分に、不思議そうな表情で言う美男子に
何故か妙な胸騒ぎを覚えた偉丈夫は、
その雄々しく梳き上がった髪をバリバリと掻く。
 そのとき。



 ベゴッ……! 
 ベゴベゴベゴベゴベゴォォォッッッッッ!!!!!



 拉げた金属が気圧で元に戻るような頭蓋にクる音が断続的に響き、
足場である鋼鉄の大地が突如流動し始めた。
「な! なんだ!? コレはッ!?」
「まさか! 敵のスタンド能力ッ!」
 驚愕を叫ぶ若き二人のスタンド使い。
 しかし少し離れた場所に位置する老人は、
その歴戦の経験で培われた直感と分析力に拠り
己を取り巻く怪異の本質を正確に看破した。
「違うッ! “能力ではない!” スタンドじゃ!
『この船自体』 がッ! 巨大なスタンドなんじゃッッ!!」
 血の系譜か、同じ頃彼の孫も同様の解答を暗き場所で導き出していた。
「スベテ……何もかも、この石油タンカー自体が!?」
「でもこの船全長1000メートル以上あるぜッ!
それにこの実在感!
肉眼に見えるスタンドなんてあるのかッ!?」
「エネルギーが、余りにも巨大だからと考えるしかあるまい!
『超近距離パワー型スタンド』 とでも言うべきかッ!
敵はどこかに潜んでいたのではない! 既に我々の前に現れていたのだッ!」 
「花京院!」
「はい!」
 海溝型地震に見舞われたように、
鳴動する足場に捕らわれぬようジョセフの元に集まった二人は、
即座に背後から己のスタンドを出現させる。
「ジョースターさん! 
アンタのスタンドは “戦闘型” じゃあねぇ!
絶対オレ達の傍から離れるなッ!」
「おそらく空条達が敵スタンドの 「本体」 を見つけ、
交戦してるんでしょう。
彼等がソレを倒すまでなんとか凌ぎますッ!」
「……」
 強い意志を宿らせた若者二人の言葉に、
ジョセフは襲来する怪異の中で頬を掻いた。
「クるッッ!!」
 巨大なる船体全域を包む、
剥き出しにされたスタンドパワーをひしひしと感じていたポルナレフが、
その力の集まる場所を鋭敏に察知した。
 闇夜に屹立する無数のクレーンが、ソレを操作する管制塔が、
周囲の螺旋階段が、突如バラバラに解れだし
凶暴な先端をギラつかせる 「刻刃」 と化し
あらゆる方向から襲い掛かってきた。
「エメラルド・スプラッシュッッッッ!!!!」
 異星人のようなスタンドの掌中でうねるように攪拌し弾ける光。
 輝く翡翠の烈光弾が雨のように降り注ぐ刻刃を貫通しながら
砕き散らし、闇夜に消えていく。
 しかし数が多過ぎる為全ては破壊出来ず残りの刻刃は
美男子の細い躰へ向けて殺到する。
 そこに。
「シルバー・チャリオッツッッ!!」
 勇猛な叫びが響き、空間を疾駆した白銀の斬閃が近郊の刻刃を
紙細工のように切り裂いた。
 即興のコンビネーション。
 しかしポルナレフ、花京院の両者は言葉を交わさずとも
己の執るべき戦術を刹那の間に理解していた。
『遠隔操作型』 であるハイエロファント・グリーンが
まず広範囲を攻撃して刃の数を減らし、
残ったモノをシルバー・チャリオッツが
『近距離パワー型』 故の精密性で確実に仕留める。 
 シンプルだが、ジョセフを護りながら戦わねばならないこの状況では完璧な布陣。
 次々と襲い来る鋼鉄の刻刃は、彼等に掠りもせず残骸と化していく。
「しかし、数が多過ぎるぜッ! いつまで続くんだ!? この攻撃ッ!」
「空条達も同等かそれ以上の脅威に晒されているはずです!
彼等が本体を倒すまでの辛抱、頑張りましょう!」
「やれやれ、そうである事を願うぜ。
おいジョースターさん!
危険だからもっとオレ達の傍に寄れ!」
 背中合わせの状態で互いを鼓舞しながら
鋼鉄の猛攻を防ぐ若者二人を後目に、
ジョセフはもう一度頬を掻いた。
 そして、次の刹那。
「……」
 切迫した状況に不釣り合いな剣呑とした表情で、
二人の間、安全圏内よりを抜けいで刻刃の嵐の中に立つ。
「おい何やってんだッ!?」
「ジョースターさんッ!?」
 背後で叫ぶ若者達の声を聞きながら、
歴戦の勇士は両腕を独特の構えに執り威厳のある声を発する。
隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)ッッッッ!!!!」
 瞬時に出現した夥しい数の荊が、
流法、エメラルド・スプラッシュ以上に広範囲へと拡散し、
降り注ぐ刻刃全てに絡みつく。
「無茶だッ! 一時的に止められてもパワーが違う!
引き千切られるぞッッ!!」
「くッ!」
 スタンドのダメージは「本体」へと還る、
援護しようにも対象に幾重にも絡み付いた
荊を避けて命中させるのは花京院でも難しい。
 そしてポルナレフの指摘通り、
遠隔操作型のスタンドは近距離パワーの圧力に負け
表面から裂け始めた。
「……」
 しかしその刹那、窮地にある筈のその老人は表情を青ざめさせる所か
逆に不敵な笑みを顎髭を蓄えた口元に刻んだ。
「なぁ~に、一瞬で良い、 『止められれば』 ソレで良いのじゃよ。 
チマチマ攻撃したり守りに入ったりするのは、このワシの性分に合わンのでな」
 流石承太郎の祖父とでも言うような、豪放な気質を周囲に見せつけながら
ジョセフの全身からスタンドとはまた異質の光が闇夜の太陽の如く迸る。
「さぁ~て、50年振りの “新技” といくか……
スタンドを伝わる 『波紋ッッ!!』 」
 光の中に、若き日の彼の姿が折り重なるようにして響く流法名。
 己の裡に、確かに宿る存在と共に。
 幻煌融合。永遠の盟約。
『深仙』 の流法(モード)
螺 旋 双 紫 竜 波 紋 疾 走(ヴァイオレット・ドラゴン・オーバードライブ)ッッッッッ!!!!!】
流法者名-ジョセフ・ジョースター(シーザー・A・ツェペリ)
破壊力-AA++ スピード-B 射程距離-A
持続力-B 精密動作性-C 成長性-D




 ヴァッッッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
オオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――――――
―――――――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!



 鼓膜を劈くような大爆音が全域に轟き、巨大なる船体すら揺るがした。
 紫の荊に絡み付かれた刻刃は、“スタンドであるが故に”
放たれた同色の正に竜の如き 『波紋』 を100%伝導し、
威力を増大させながらその最終地点で爆裂する。
 夥しい鋼の災厄を振り捲いていた6つのクレーンと3基の管制塔が、
闇を裂いた波紋光と共に全壊しその残骸が絶命した巨獣の首のように海面へと落下した。
「フム、長い時を経ても、ワシらのコンビは健在のようじゃな? シーザー」
 不敵な笑みを崩さぬまま、ジョセフは己自身にそう問いかける。
 中間距離でその姿を見つめる二人のスタンド使いは、
惚けたように口を開いたままだった。
 大海原に慄然と浮かぶスタンド。
 しかしその老人の躯から発せられる覇気は、背が訴える圧倒的な 「格」 は、
ソレすらも凌ぐ “巨人” として二人の眼に映った。
「ス、スゲェ……!」
「えぇ……!」
 驚嘆を漏らしながら肩に腕を置くポルナレフに、花京院も頷いて答える。
 同じスタンド使いではあるが今まで戦う機会がなかった為どことなく、
「色々便利な爺さん」 「チームの良きまとめ役」 として見ていた
ジョセフのイメージを払拭するに足る光景だった。
「スゲェぜ! ジョースターさんッ!
今のをもう2,3発ブチ込んでやれば!
幾ら巨大でも 「本体」 にダメージがいくぜッ!」
「全く人が悪い。DIOの能力もありますが、
ボク等くらいには教えておいてくれても良いでしょうに」
 傍に駆け寄り戦果称える二人にジョセフは背を向けたまま
威厳のある声で告げた。
「若者よ。 “戦局が優位になった時こそ” 気を引き締めるのだ。
完全に勝利するまで何が起こるか解らん。ソレが戦いというモノだ」
 かつてこの世界の致命的な危機を一命を賭して救った、
歴戦の英雄の言葉に若き二人のスタンド使いは無言で頷く。
 そして。
「さて、では後を頼むぞ。流石に若い頃のようには息が続かんわい」
 そう言ってジョセフは甲板の上で胡座をかき、深い嘆息を漏らす。
「ハァ!?」
「……」
 表情を崩して唖然とするポルナレフと息を呑んで沈黙する花京院。
「ほれほれ、ボサッとしとる間に次が来るぞ。
若いなら年寄りを労らんかい」
 安穏としたジョセフの言葉に促され視線を向けた先、
遠間の暗闇から再び無数の刻刃が大挙して群がってきていた。
「結局振り出しに戻るのかよッ!」
「やれやれですね」
 先刻と同じようにスタンドを展開し、襲い来る刃の嵐を防ぐ二人。
 射程が遠距離になった為、攻撃の勢いは落ちているが
それでも防戦一方なのには変わりがない。
「ハッハッハッハッ。
若い者が懸命になっている姿を見ると昔の血が騒いでのぉ~。
ワシもまだまだ現役じゃという所を見せておきたかったんじゃよ」
「単なる負けず嫌いかよッッ!!」
 卓越した剣捌きで刻刃を切り捨てる青年は、
歯を食いしばりながらも律儀に突っ込んだ。
(しかし、このままじゃキリがないな……
敵のスタンドパワーは無尽蔵、
長期戦になればこちらが圧倒的に不利……)
 相手の能力が解るにつれ、花京院はその鋭敏な頭脳で
臨機応変に戦闘プランの修正を図る。
「ポルナレフさん。十秒、否、五秒で良い。何とか一人で凌げませんか?」
「あぁッ!? まぁ甲冑外しゃあ何とかなるだろうが、それがどうした!?」
 眼にも止まらぬ斬閃で刃の嵐を弾きながら、ポルナレフは声を荒げる。
「では、少しの間ジョースターさんをお願いします」
「お、おい!?」
 片膝を付いた状態でその中性的な美男子は鋼鉄の大地を蹴り、
スタンドと共に開けた空間に出た。
「……」
 そしてその琥珀色の瞳にスタンドパワーを集束させた
遠隔能力者特有の透視力で、
刻刃の群れを生み出す源を鋭く見据える。
 同時に、右手を左肩口の上に、左手を右脇腹の下に添える独特の構え。
 そこから全身を流動しながら外に湧き出る翡翠色のスタンドパワー。
 ソレら3つの要素が導き出す、清廉なるスタンド使い花京院 典明の最大流法(モード)
『エメラルド……』
 冷たく澄んだ声と共に、躰を取り巻くスタンドパワーが夥しい結晶と化し
廻転運動を始めた瞬間。
 バグンッッ!!
 突如花京院の足下が大きく口を開け、その中に彼を引き擦り込んだ。
「花京院ッッ!!」
 咄嗟に飛び出していたポルナレフが女性のように細い手を掴み、
それを認めたジョセフも援護の為傍へと駆け出す。
「……ッ!」
 腕一本で繋がった状態のまま、花京院は己の真下で滾る銀朱色の灼熱に寒気を催す。
 突如開けた暗穴の先にあったモノは、融解した金属の濁流が蠢く溶鉱炉。
 攻撃がクレーンや管制塔のような “動く物” からだけだったので
完全に盲点となっていた。
 巨大なる船体全域がスタンドなら、
当然このような 『罠』 も存在する事を類推して然るべきだったのだ。
「待ってろ。すぐに引き上げてやる」
 数瞬の思考の後、耳に入った青年の声。
 しかし
「ポルナレフッ! 後ろだッッ!!」
 暗穴から覗く月を背景に、無数の刻刃が彼の傍に迫っていた。
「――ッッ!!」
 息を呑んだのは、自分か彼か?
 降り注いだ刃が騎士のスタンドごとポルナレフの躯を貫き、
血の雫が焦熱を宿す暗穴の縁で蒸発した。
「手を離すんだポルナレフ!!
このままでは君まで中に引き擦り込まれるぞッッ!!」
 己の保身は心中から完全に消え去り、花京院は声の限りに叫んだ。
 スタンドが纏った甲冑に拠って致命傷は免れたようだが、
一度刺さったら抜け難い構造になっているのか刻刃は疵口で軋み
徐々に内部へと喰い込んでいく。
「ぐぅ……ッ! う……おぉぉ……ッ!」
 口中をきつく食いしばり、苦悶を噛み殺すポルナレフ。
 更にその背後からは刃の第二陣が既に迫ってきている。
 ジョセフがハーミットでなんとか食い止めているが、
突破されるのは時間の問題だろう。
「早く手を離せ!! ポルナレフ!! ボクなら大丈夫だ!!
倒さなければならない者がいるんだろう!!
“何もするな” って言ったじゃないかッッ!!」
 責めるような口調で叫び続ける花京院の手をより強い力で掴み、
その銀髪の青年は血に塗れた微笑で静かに言った。  
「つまらんこと、言うな……」
 月明かりに照らされるその風貌に、想わず息が詰まった。
 明らかに自分のミスなのに。
 彼は手を離せばいいだけなのに。
「む、うぅ…… 流石に、厳しいか……?」
 莫大な量の荊で数多の刻刃を押し止めるジョセフの顔に多量の汗が流れ落ちる。
 全身を引き絞る激痛に屈せず、焦熱地獄へと続く
暗穴から花京院の躰を抜き出そうと渾身の力を込めるポルナレフ。
 各々が各々の為に、限界以上の痛みに堪え力を振り絞る。
 その凄惨ながらも凄烈なる空間。
 ソコ、に。
「!!」
「!?」
 全く対極の光が、走った。
 どこかで視た感覚と共に頭上を疾駆していく
華麗なる桜色の炎を見上げるジョセフと花京院の間で、
(何だ!? 新手の 『スタンド使い』 かッ!?)
ポルナレフが手に込めた力を緩めぬまま青い瞳を見開く。
 その彼の眼前に、正確には周囲一体に、幾条もの白片が気流に靡く。
 ヒラ、ヒラ。
 ヒラヒラ、と。
 大樹から捲き散る花びらのように。
 ソレが異常に長いリボンであるコトをその場にいる全員が認識した刹那、 
その純白の織布は突如意志を持ったように拡散し、凄まじい勢いで空を切り裂いた。
「――ッッ!!」
 滑らかな質感のリボンが、硬質な刻刃の群れを薄紙のように
微塵の残骸へと化しめていく。
 視界を覆い尽くす、文字通りの白刃その一つ一つが
全てバラバラの動きをするという精密動作。
 ものの僅か数秒で、周囲を覆い尽くしていた鋼の嵐が純白の旋風に薙ぎ払われた後、
その霊妙極まる戦技を繰り出した操者が膝まで届く編み上げブーツの爪先を鳴らし
軽やかに船上へと舞い降りた。
(め、女神……か……?)
 出血に伴う酸素の欠乏で意識が朦朧としていた為か、
ポルナレフは眼前に立った敵かも知れないその存在を何の蟠りもなくそう評した。
 肩にかかる、(しめ)やかな躑 躅 色(アザレアピンク)の髪。
 至上の宝石のように澄み切った、赤 紫(ローズレッド)の瞳。
 女性にしてはやや長身の、(なよ)やかな躰を称える色彩は幻想的な桜霞。
 漆黒の闇の中でも、凄惨なる戦場の(まにま)でも翳るコトのない
その優麗な淑女の風貌は正に “玲瑞(れいずい)晶姫(しょうき)
……ただ、着ている服は丈長のワンピース、エプロン、白いヘッドドレス、
俗に “メイド服” と呼ばれる型破りなモノだったが。
「……」 
 肉体に刻まれた疵の痛みさえも忘れ、
呆然と彼女を見上げるポルナレフに、
その女性が感情の起伏のない声で告げる。
「戦闘中、他に気を奪われるとは、
戦士にあるまじき姿でありますな……」
「浅慮」
 その服装と同じく、些か以上に変わった口調から促されるように
ポルナレフは血塗れの手が握る存在に眼を向けた。
「おぉ! すまねぇ花京院! 今引き上げてやるからなッ!」
 どこかで背後に立つ女性以上に無機質な声が聴こえたような気がしたが、
それ以上に優先しなければならない事象の為に疑念は霧散した。
「……」
 穴に落ちた少年 (学生服からそう判断した) を、
傷だらけの躯で必死に引っ張り上げている男を、
その女性は冷水のような瞳で見据える。
 告げた言葉は、己に対してではなく
“今の行為そのもの” について述べたのだが、
どうやら気づいていないらしい。
(多少の心得はあるものの、頭の回転は鈍いようであります)
(無能)
 心中での厳しい論詰にそれ以上の讒謗(ざんぼう)が折り重なった。
 そこに、足下で描かれた不可思議な紋章を踏みしむ音。
 向けた視線の先に、先刻己を震撼せしめた威力(チカラ)を発現させた者が立っていた。
「取りあえず、礼を言えばいいのか?
出来れば敵であるという事態は勘弁願いたいが」
 若干表情を険しくしながらも、老齢にしては鍛え抜かれた躯の男性が問う。
「……」
 正直何と言ったものか、反発する気もなかったわけではないが
場を混乱させない為、その淑女は一番無難な台詞を告げた。
「取りあえず、「敵」 ではないのであります。
戦地故に、詳細は後ほどに願うのであります。
“マスター” 」
「ハァ?」
 耳慣れない敬称に、ジョセフはワシの事か? と想わず己を指差す。
 そこ、に。
「何言ってんだジョースターさんッ!
たった今オレ達を助けてくれたんだぜ!
敵のわけねーだろうが!!」
 脇から浅薄の断を下した男が、いきなり己の肩を掴み胸元に引き寄せた。
(おあ、うっ?)
 全く意想外の、今まで一度もされた事のない出し抜けな行為に、
淑女は拒絶する以前に頓狂な声をあげてしまう。
「本当にありがとうよ!!
どこの誰だか知らねーが、アンタみたいな美人が味方に来てくれるなんて!
世の中捨てたもんじゃあねーぜッ!」
 言いながら男は、鍛え抜かれた広い胸をグイグイと頬に押し付けてくる。 
 圧迫と嗅ぎ慣れない男の香りに、淑女は意味も解らず細い両腕をジタバタさせた。
「むう、離すので、あります」
 首一つ分 (髪を入れると三つ分位ありそうだが)
高い青年の胸を両手で一生懸命押し返しながら、
彼女はようやく抗議の意を発した。
「おぉ! すまねぇすまねぇ!
あんまり嬉しかったもんだからつい、な。
名前も知らないレディにいきなりするコトじゃなかったな」
(……)
 だったら名前を知ったらいきなりするのか? と、
淑女は眉に微かな険を寄せる。
「オレはJ・P・ポルナレフ。
こっちは花京院でこっちがジョースターさんだ。
アンタ、名前は?」
 何か、すっかりこの男のペースに巻き込まれ己の言動が封じられているが、
(本当は不埒な行為に対し一発位殴ってやりたかったが)今は戦闘中なので
彼女は儀礼的に返す。
「……フレイムヘイズ、ヴィルヘルミナ・カルメルであります。
礼は無用、ただの成り行きなのであります」
(慮外)
 普段感情を殆ど現さない彼女にしては珍しく、
不機嫌さを露わにした表情に髪を飾る被契約者は
(それ以上に解り難い)驚嘆を漏らした。
「フレイムヘイズ? それでは “シャナ” と同じ……」
「シャナ? それは誰のコトでありますか?」
 問いかけた美男子の疑念を淑女は疑問で遮る。
「皆! 問答はそこまでじゃッ! また来るぞッッ!!」
 状況を彼なりに整理し、今は間近にある脅威を打破するのが
先決だと判断したジョセフが声を荒げる。
 暗闇の更に向こう側から、その反対方向からも、
今までで最大量の刻刃がザワザワと蠢きながら集まってきていた。
「確かに、このままでは、会話もままならないでありますな」
 一体どこから出したのか、
躰を取り巻く無数のリボンを携えたヴィルヘルミナが
冷たく鋭い視線で周囲を警戒する。
「安心しな。アンタはオレが護ってやるぜ」
 当然のように己の脇へ佇んだ、
ポルナレフとかいう軽佻な男が馴れ馴れしくそう告げる。
 自分に助けられておきながら、
どうしてそのような尊大な物言いが出来るのか?
この男の思考回路が理解出来ない。
 何よりこの手のタイプは苦手と言うより嫌いなので、
ヴィルヘルミナは視線を一切交えず告げる。
「余計なお世話、あります。長居は無用。
次の一合で決めるのであります」
 背後で澄んだ口笛を吹く男から離れ、
メイド服姿の淑女は淡々とした歩調で迫る刻刃の中心部へと立つ。
 すぐに駆け寄ろうとする者達に背を向けたまま、
彼女は闃然(せきぜん)とした口調で警告する。
「手出しは不要。出来るだけ私から離れるのであります。
『巻き込まれても』 責任は取らないのであります」
 そう言う間にも刻刃の大群は互いに軋りながら周囲を覆い尽くし、
全 方 位(オールレンジ)から一斉にその嫋やかな()をズタズタにしようと
襲い掛かる。
 ソレに対し淑女は、細身の割りにふくよかな胸の前で
緩やかに両腕を交差させる、祈りのような構え。
 純白のリボンが絡み付く指先には、
独特の形容(カタチ)を執る印が結ばれている。
 同時進行して全身から立ち上る火の粉の許、
彼女の存在を司る焔儀領域の深名が発せられる。
「 “桜 蓮 漆 拾 陸 式 麗 滅 焔 儀(セイクリッド・ヴァレンタイン・ブレイズ)” 」
 継いで、躰中の至る処から爆発的に湧き出る百を超えるリボン、
そのスベテに桜色の炎が走り白き薄刃は “燃えもせず” 空間に滞留する。
 そして迫り来る刻嵐の 「元凶」 を
透明なローズレッドの瞳が正鵠に捉えた刹那、
戦技無双のフレイムヘイズ “万条の仕手” が
全力で繰り出す流式名が静かに奏でられた。
 光条乱舞。桜霞の哀別。
“夢幻” の流式(ムーヴ)
熾 天 使 の 夜 想 曲(セラフィック・ノクターン)
流式者名-ヴィルヘルミナ・カルメル
破壊力-A++ スピード-A+ 射程距離-最大半径300メートル
持続力-C 精密動作性-A++ 成長性-C




 両腕を広げた淑女が躰を反転させながら繰り出した桜霞の光条は、
まさに闇の彼方を切り裂く幻想の旋律。
 炎を纏ったリボンが殆ど音を発するコトもなく
刻刃の集群を触れた先からバラバラにし、
飛び散った残骸は炎に包まれて灰燼と化す。
 数多ある 【ゾディアック】 の中でも、
宝具、武具に拠る攻撃を主体とする焔儀領域。
 ジョセフの放った流法とは全く対照的な “静” の奥義。
 優麗なる淑女が放った流式により、刻刃の大嵐は一斉に散華し
遠隔に位置するソノ元凶までが影のまま海中に堕ちた。
(……なんて(ワザ)だ。
アレだけの射程距離にも関わらずパワーが微塵も落ちていない。
ボクの 『E × E(エメラルド・エクスプロージョン)』 と同等、
イヤ、瞬発力(スピード)とキレならソレを上回る……ッ!)
 元がスタンドで在る以上、どれだけ修練しても会得出来ない
能力の特異性に翡翠の美男子が驚愕を漏らす傍らで、
「……惚れた」
躯を朱に染めた銀髪の青年がその青い瞳を月光より煌めかせて呟いた。
(えッ!?)
(ハァ!?)
 一体どこを視ていたんだ、というか何を考えているんだと
ジョセフと花京院が唖然とした表情を向けるのに気づかず、
ポルナレフは月下に彩られる淑女に瞳を奪われている。  
「……」
 対してその淑女は、青年の注ぐ情熱的な眼差しとは正反対の冷めた視線を返した。
(異能者とは言っても、所詮フレイムヘイズには、遠く及ばないようでありますな)
(脆弱)
 先刻からの戦い振りは飛び乗ったブリッジの最上部から見ていたので、
淑女と被契約者は厳然とそう評する。
 人間の中にも、何らかの突然変異によって
“ミステス” に酷似した能力(チカラ)を有する者が現れる
という話を何度か耳にした事が在るが、
実際は風評ほどのモノではなかった(視るべき処が在るのは真ん中の老人のみ)
 精々 “アノ方” の護衛、使命遂行に於ける
雑事の為に従えているといった所だろう。
 香港で偶然再会した “弔詞の詠み手”
(その雰囲気がまるで変わっていたのに驚かされた)
から色々話は聞いていたが、どうやら懸念は杞憂に終わりそうだった。
 無論場所が場所だった為に、
こうして再会までの段取りを取り付けてくれた彼女には
心から感謝しているが。
(しかし “待ち人” がいるから一緒には行けないというのは、
一体どういう事だったのか?) 
 戦闘終了後のやや弛緩した空気の中、
思考を巡らす淑女の躰が突如強い力で引き寄せられた。 
(な、何を!?)
(下賎……!) 
 件の銀髪の男が背中越しに肩を抱き、その胸により深く自分を招き入れた。
 羞恥や憤りが心中で形になる前に、耳元へ届く空間を歪めるような異質な音。
 反射的に視線を向けた先、白銀の甲冑を纏った荘重な騎士の姿が在り、
鮮鋭な構えのまま片手で細剣(サーベル)を廻転させ一呼吸に満たない間の中で
その切っ先が柄を握った手と共に消えた。
「……」
 呆気に取られたヴィルヘルミナの視界で、
等分に細切れとなった残骸が甲板の上に落ちる。
 余りに数が多過ぎたので撃ち漏らしが在ったのか?
 しかし手応えは十二分、流式(ワザ)を放った自分自身ですら気づいていなかったのに、
否、それより……
(剣捌きが、全然視えなかったのであります)
(偶発)
 各々心中で驚嘆を漏らし、眼上の青年をみつめる二人の女性。
 その男、J・P・ポルナレフは、少年のような人懐っこい笑みを浮かべ告げる。
「気をつけろよ。淑女(レディ)
スタンドは “生命の幻象(ヴィジョン)
形容(モノ)に拠ってはチョイと引き千切ったくれーじゃ、
「再生」 しちまう能力も在るんだ。
だから修復不能になるまでバラバラにしねーとな」
 ソレは、紅世の徒も同じだ。
 だから攻撃の際には細心の注意を払って命中精度を確認している。
 しかし自分でも見落とすほどの微細な誤差を、この男は見切ったというのか?
 その為には自分の攻撃も相手の攻撃もスベテ視野に収め、
尚且つその一つ一つの変化を隈無く認識しなければならないというのに。
 初めて視たにも関わらず。
「アンタの技、確かに見事の一言に尽きるが、
相手の刃が荒いから重なっちまってて、ダメージの浅いのが幾つか在った。
一度甲板上に落ちたがまたすぐ動き出すと踏んで
構えを崩さずにいて良かったぜ」
 心中を見透かしように、分析した解答を補足する男。
 結果的には(忌々しいが)護ってもらった形になるので、
感謝しなければならないのだがどうも素直に応じる気になれない。
 しかし。
「……一応、御礼は言っておくのであります」
「遺憾」
 言葉と表情を全く逆にして、ヴィルヘルミナはそう告げた。
「イヤァ~、いいって、いいって! 
か弱い女性(レディ)を護るのは男の役目だからよ!!
ウハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
 急に浮かれた口調になった銀髪の男は、
“残った方の” 手で箒のような頭を頻りに掻く。
「それと、いい加減その手を離して欲しいのであります。
さっきより圧迫が強まっているのであります」
「万死」
 調子づいた笑い声が止まり、メイド姿の淑女は一生懸命その躯を押し返した。






【2】

  
 甲板上での凄惨な戦いより前から、その内部では既にソレ以上の死闘が始まっていた。
 スタンド 「本体」 が姿を見せていないにも関わらず、
周囲の壁は歪み床は蠕動し配管は群を成した蛇のように周囲を這い回る。
「承太郎! 後ろッ!」
 声と同時にシャナが大刀を振り下ろし天井から回転したまま落下してきた
換気扇のプロペラを両断する。
「スタープラチナッッ!!」
 息つく間もなく少女の側面で割れた窓ガラスの破片を、
音速で動くスタンドの右手が指の隙間で全て受け止める。
 互いが互いをフォロー出来る間合いを保ち、
背中を預ける状態で何とか敵スタンド 『ストレングス』 の猛攻を凌いできたが、
矢継ぎ早に来る鋼鉄の怪異に体力と神経を削られ流石の二人も疲労の色が濃い。
「タチ悪いわねぇ……ッ! 姿を見せずにジワジワと!
コレなら顕現した王の方がよっぽどマシよッ!」
「野生動物は決して危険は冒さねぇ。
時間と手間はかかっても、100%狩れる方法を取る。
ド頭カチ割った事で怒り狂うかと想ったが、やれやれ意外に冷静なエテ公だ」
 学帽の鍔で目元を覆いながら、
それでも何処かに潜んでいる本体の痕跡はないかと
承太郎は視線を巡らせる。
 ガシュンッッ!!
 その背後で、熱源も無いのに強固な造りの防火扉が閉まった。
「仲間と繋がるルートを塞いだか。
イヤ、この分だと既にジジイ達も、攻撃を受けていると判断すべきだな」
「だったらあんな壁、ブッ壊すッ!」
 傍にいる無頼の貴公子の影響か、
最近言葉が荒っぽくなってきた少女の肩をその張本人が制する。
「やめとけ、100% 「罠」 だ。
またあのエテ公と二人っきりになりてーんなら止めねーがよ」
「絶対イヤ!!」
 振り返ったシャナが顔を真っ赤にして言った。
 その間にも眼前から迫る、スタンドの脅威。
 暗闇の向こう側から器物の留め金として使われていた夥しい数のボルトとナットが、
弾丸のような速度で飛来してきた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!」
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
 承太郎はスタンドの連撃(ラッシュ)でシャナは自在法の炎弾で、
襲い来る鋼弾を砕き燃え散らす。
「ハァ、ハァ、このままじゃ、マズイわね。
何とかしてあの猿本体を叩かないと、いずれは力尽きるわ」
「……同感だな。近くにいるのは間違いねーんだ。
何しろ狙いが正確過ぎる。
幾ら巨大でもスタンドはスタンドだから、
本体が傍にいねーとここまでの精密動作は不可能な筈だ。
こっちの疲労に併せて攻撃も変えてきやがるしよ」
(近くに、いる? 見ている? それなら……)
 承太郎の言葉に、刹那の直感が過ぎった少女はソレを明確な形にする為
思考を巡らせる。
 そのとき。
(!!)
 全く逆方向からの、存在の感得。
 新たなる紅世の徒!?
 否、コレは、どこかで感じたコトの在る。
 とても、優しくて懐かしい…… 
「シャナッ! 何ボサッとしてるッ!?」
(!?)
 承太郎の言葉で我に返った時は、巨大な軟体生物(アメーバ)のように
流動する鋼鉄の壁が目の前に迫っていた。
 旧誼の存在感に、不覚にもアラストールまでが意識を此処から離していた。
 生身の左手で強く突き飛ばされ、代わりに承太郎が融解した壁に取り込まれる。
 失態の悔恨も窮地に於ける判断も全て吹き飛び、
言葉より速く少女は青年に飛びついていた。
 握っていた贄殿遮那が、剣士の命ともいうべき愛刀が、音を立てて床に転がる。
「バカッ! 離れろ!! おまえまでッッ!!」
「やだッ!」
 青年の胸元で駄々を捏ねるように、少女は小首を振ってその襟元にしがみつく。
(ッ!)
 声を荒げていた彼の表情が、幾分和らいだ。
 攻撃は、止んだ。
 耳に痛くなるような静寂が周囲を充たした。




   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!




「グフッ、グフッ、グフフフッ!」
 籠もったような獣の笑い声が暗闇に響いた。
「ウキャッ! クキャッ! ウキャキャキャキャキャキャ!!」
 心底嬉しそうな鳴き声が壁、床、天井、至る所から漏れ出る。
「エテ公がぁ、勝ち誇ってやがる……!」
「この船スベテが自分のモノ、どうする事も出来ないだろう?
って言ってるみたいね。確かに身動き取れないけど」
 歪曲した鋼鉄に取り込まれ、真正面から寄り添うような形で壁際に拘束される二人。
 特にシャナは両腕を鉄管で幾重にも巻き絡められ手の甲を背後に、
決して炎弾を撃てないように縛られている。




 ズズ……ズズズズズズズズズズズズ……ッッ!!




 もう身を隠す必要は無くなった為、
巨大なるスタンド、ソノ悍ましき 「本体」 が右斜めの壁から姿を現す。
 その欲情に混濁した瞳は承太郎を見ていない、
あくまで己が眼をつけた雌、
今や完全に無抵抗状態となったシャナに向けられている。
 パイプを銜えた口から粘性のある唾液が滴り落ち、異様な獣臭が漂った。
「ウギャッ! ギャハハ!! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハァァァァァァァァァァァ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 己の勝利を誇示するように、船長服を纏った獣が威嚇するような
体勢で歓喜の叫声をあげる。
 そこで始めて承太郎を、自分に反抗する雄を見据え、
おまえの目の前で “ソイツ” をメチャクチャにしてやると強く訴えた。
 そのとき。
「フッ、フフフ、ハハ、アハハハハハハハハ!」
 惨絶なるその場に不釣り合いな、無垢な少女の笑い声が流れた。
「!?」
 背を向けた体勢で途切れる事の無い少女の嬌声に、
醜獣は困惑した表情で眼を白黒させる。
 ソレに併せて。
「クッ、ククククククク、フハハハハハハハハハ」
 少女と寄り添う青年までが、抑えきれなくなったように笑みを漏らす。
 極限の恐怖により気が触れたのか?
 しかし確信した勝利に水を差す二人の声に、醜獣は額に青筋を浮かせ脈動させた。
「アハハハハハハハハハ、まだ、気づいてないみたいよ? 承太郎」
「フッ、ククククククク、注意深く見りゃあすぐ解るのにな。
まぁこの辺が、所詮はエテ公ってコトか」
「ウ、ウギ……ウギィィィィィィィ……ッ!」
 笑い過ぎて苦しそうに俯く少女に、
スタンド使いの獣は歯を剥き出しにして唸る。
「何か、怒ってるみたい。もう、止めて、可笑しくて死んじゃいそう」 
「確信した勝利の誇りに傷がついたと言った所か?
イヤ、傷はつかねぇか。エテ公に……」
 寄り添いながら交歓する二人の言葉に、少女が終止符を打つ。
「誇りなんて、ないものね」
 振り返りながら一瞥する顔に、小悪魔的な微笑を浮かべて。
「UUUUUUUUUUUUUUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAA―――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」
 (はら)から生まれ落ちて以来初めて、
全身が張り裂けるほどの憤怒にその身を苛まれた獣は、
その貌をより醜く崩壊させてシャナに飛び掛かる。
 しかしソレに一切怯む事もなく、二人は二人のまま言葉を発した。
「あぁ~あ、うるせぇうるせぇうるせぇ」
「傷つくのはッ!」
 そこで凛とした表情に返った少女は、
背後から迫る気配と承太郎の瞳に映る姿に振り向きながら指先を弾く。
「おまえの脳天よッッ!!」
 天井スレスレに跳躍した獣の瞳、その野生の動体視力が闇に煌めくナニカを捉えた。 
(!?)
 ソレが刻印の入った鉄鋲だと認識したのは、
生々しく開いた疵口に飛弾が穿たれたのとほぼ同時だった。
 同じ箇所を二度刻まれる痛みは、単純にダメージを二回受けるモノとは桁違いの地獄。
 余りの激痛に発狂する者もあるというその着弾に、
獣の瞳孔が裏返り意識は異世界へと浮遊する。
 しかし辿り着く先は、悠久の浄土ではなく暗黒の穢土(えど)
「GYYYYYYYYYYYYYNYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAA―――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!」
 先刻とは較べモノにならない艱苦を吐き出し、
帽子が落ちた船長服の獣は冷たい鉄の床で泣き叫びながら七転八倒した。
 そこに到来する、確乎とした声。
「やれやれだぜ」
「やれやれだわ」
 本体が甚大なダメージを受けた為、
能力が解除され鋼の拘束から解放された二人が、
静かに歩み寄る。
「ヒイイイイイイイイイィィィィィィィ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 そこで獣は、ようやく自分の額に埋め込まれたモノの正体を知った。
 承太郎の制服その第二ボタンが、いつのまにかなくなっている。
 先刻シャナが胸元に飛びついた時、
密かにそのボタンを千切り取り右手の中に隠していたのだ。
 自分達が五体満足で在る以上、本体は絶対に姿を現さない。
 だが最初の時と同じように攻撃手段を封じられれば、
相手は大喜びで再び姿を見せるだろう。
 何しろこの船全体が巨大なスタンドなのだから、
己の巣に相手を誘い込んだ時点で勝利は間違いないのだから。
 その圧倒的優位を逆手に取った、シャナの秘策。
 ソレを瞬時に認識し、対応した承太郎の洞察力。
 二人の結束が掴み取った、紛う事無き完全勝利。
「……」
「……」
 無言で歩み寄る承太郎の背後からスタープラチナが出現し、
シャナは拾った贄殿遮那を構え直す。
「ヒイイイィィィ……アガ……ガ……ガル……ガルゥ……」
 敵わぬ相手には決して逆らわない、
野生動物そのままの習性で獣は
両手を広げ憐れみを乞う鳴き声で震える。
「恐怖した動物は降伏のしるしとして自分の腹を見せるっていうけど……
赦してくれってコト?」
「しかしテメーは、既に動物としてのルールの領域をはみ出した……」
 剣呑な瞳の二人が、万策尽きた一匹の獣を傲然と見下ろす。 
 そし、て。




「だめだね」
「だめだわ」




“悪” に対する無慈悲の宣告の後、
スタンドと大太刀の連撃が断罪の如くその者に降り注いだ。




「「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアア
ァァァァァァ――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!」」
「HYYYYYYYYYYYYYYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
GYAAAAAAAAAABAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAAAAAA―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――ッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」




 醜獣の叫ぶ嘆きの断末魔。
 ソレすら、二人の正義の喚声は掻き消した。

←TOBE CONTINUED……


 
 

 
後書き
はい、どうも。
そんなワケで“彼女”は強いけど結構単純で天然系という
キャラで運用していこうと想います。
(まぁワタシがそういうの好きというのは置いといて)
後敵のスタンド使いからは名前ではなく『ラヴァーズ(恋人)』と呼ばれますが、
そういう(あざな)で名が知れ渡っているとお考え下さい。
(だって日本語以外で“万条の仕手”とか云えんだろう・・・・('A`))
まぁジョセフの事を「マスター」と呼ぶ彼女は結構気に入ってますがネ。
(姐サン(マージョリー)とかは「ボス」とか呼びそうだケド)
案外気が合って仲良くなり、「女帝(エンプレス)」の時は
一緒に戦うかもしれませんネ。
もう一人の男とはどうなるか解りませんガ
(イヤマジで・・・・('A`) 荒木先生も大ざっぱな取り決めだけをして、
後は描きながら考えるそうです)
ソレでは。ノシ
 
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