| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

STARDUST∮FLAMEHAZE

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三部 ZODIAC CRUSADERS
CHAPTER#2
  STRENGTHⅡ ~Steel Gigas~

【1】


 さざめく漆黒の波間以外、無音の空間。
 タラップから石油タンカーに乗り移った一行を迎えたのは、一面の静寂。
 来襲する筈の敵の姿は疎か、人の気配自体がしない。
 赤錆にまみれたブリッジ、管制塔、石油タンク、船倉、ウインチ。
 至る所に設置されたクレーンが首長竜のように
不気味なシルエットを闇夜に浮かび上がらせていた。 
「……一体何だ? この船は……」
 錆びた金属が軋む音と共に操舵室に足を踏み入れたジョセフは、
当然のように無人のその場所で当惑を漏らした。
「操舵室に船長がいない、無線室に技師もいない、誰もいないぞ!
にも関わらず計器や機械類は正常に作動しているッ!」
 旧式機械の、妙に不安感を煽る作動音を後目に無頼の貴公子が口を開いた。
「工学に詳しくはねぇが、
どう見ても無人(オート)で動けるような代モンじゃあねーな。
最低でも腕利きの本職が10人はいねーと、
航行もままならねーんじゃねーのか、この手の貨物船(ヤツ)はよ」
「自在法……なら可能だけど紅世の徒の気配しないし、
宝具を使ったとしてもそんな回りくどい真似するかしら?
取りあえず船を停止させて何処かに隠れてるだけじゃないの?」
 彼の言葉を受けて、脇の美少女も自論を述べたその矢先。
「おいジョースターさん! みんな! こっちに来てくれッ!」
 精悍な青年の声が操舵室の外から聞こえた。
「ポルナレフ! 危険だから一人で勝手に動き回ってはいかん!」
「連帯行動の取れないヤツねッ!」
 ジョセフとシャナが踵を返した後に承太郎と花京院も続く。
 カツコツという独特の金属音と共に、3つ離れた船室の中に在ったモノ。
「……」
 大仰な錠前が三つも付いた鉄格子の中に、一匹の獣が平然と座していた。
 脚の2倍はある異様に長い両腕に、総身を覆う分厚い毛皮。
 焦点の定まらぬ瞳、潰れた鼻と不揃いな歯。
 人間との共通点は多々あるが、明らかに似て非なる存在。
「……猿?」
 部屋に立ち込める野生の気配に少女が眉を顰めると同時に、
「これはオランウータンだよ。シャナ」
背後の花京院が穏やかに補足した。
「気をつけろよぉ~、オランウータンの腕力は人間の5倍以上だって言うからなぁ~。
うかつに近づくと、その可愛いお手手も持ってかれちまうぜぇ~」
 からかうような口調でそう脅す、男のニヤついた顔が気に食わなかったので、
「あらいたの? ポルナレフ。
檻の中のヤツと区別が付かなかったわ」
澄ました口調でシャナは返す(何故か花の咲くような満面の笑顔で)
「アァ!? このハンサムガイと檻ン中のエテ公と!
一体何をどうしたら間違うっつーんだッ! えぇ!?」
「うるさいうるさいうるさい! そういう単細胞な所が猿そっくりなのよ!」
「やめんか! ポルナレフ、お主もフザけておる場合か!
遊びで来とるのではないのだぞッ!」
 その身長差も厭わず口喧嘩を始める二人をジョセフが(いさ)める。
「いずれにしても、これで誰かがいるのは確実みたいね。
この猿を飼育してるヤツがどこかにいるはずだわ」
 自分まで叱られて面白くないシャナが少しむくれた顔で言う。
 その背後で、突如空間を歪めるような異質な音。
「ボクのハイエロファントを、隈無く這わせて確かめてみようか?
敵が複数なら、一人か二人は発見出来ると想う」
 腰の位置で腕を組む中性的美男子の横で、
異星人のようなスタンドが翡翠の燐光と共に浮いていた。
「待て、さっきも言ったが孤立するのは極力避けるんじゃ。
君のスタンドは我々より遠くへ行けるが、
いざ敵の攻撃を受けたらすぐには駆けつけられん」
「しかし、このままじゃ(らち)が開かねーのも事実だぜ。
オレらの船にタンカーブッ込んで中に来るよう挑発しときながら、
相手が姿見せねーってのも妙だしな。
時間稼ぎか消耗戦狙ってるのかは知らねーが、
後手に回るのは気が進まねー」
 張り詰めた精神を宥める為、煙草に火を点けた無頼の貴公子が紫煙を吹きながら呟く。
「ではどうする? 空条 承太郎」
 それまで押し黙っていたアラストールが、シャナの胸元から問う。
「相手の狙いが見えねー以上、
ここは多少リスクを負ってもやはり敵を探し出す必要があるな。
つまり “陽動” さ。
誰か一人が 「囮」 になって、船内を歩き回る。
他のヤツは別の場所で待機し(エサ)に敵が喰いついたら全員で叩く」
 シャナの長い髪に紫煙がかからないように注意しながら
フィルターの根本を焦がした承太郎は、携帯灰皿に吸い殻を放り込んで制服にしまう。
「フム、確かに危険を伴うが現状ではそれしかない、か。しかし……」
「囮、ね」
 ジョセフの言葉を受けたシャナは、傍に佇む銀髪の青年を見上げる。
「オ、オレ、か!? いや、だがもし、敵が一斉に襲ってきやがったら……
ご、ごめんだぜ! シャナ、おまえの方が炎を目眩ましにして
逃げ易いんじゃあねーのか?」
「私だってイヤよ」
 騎士と人の狭間で揺れる青年に、少女はシレッと答える。
「自分がイヤなものを人にやらせるなぁーーーーーーッッ!!
どおーゆー性格してんだオメー!!」
 その青い瞳を限界まで見開いたポルナレフの叫びを、
シャナは視線を合わせずに流した。
「やれやれ、人の話は最後まで聞くもんだぜ。
言い出しっぺだ、 「囮」 は当然オレがやる」
 予期せぬ言葉に全員が同じ方向を向いた。
「空条! しかし!」
「危険よ! 承太郎ッ!」
 切迫した声をあげる美男子と美少女を、
オレは良いのかよとポルナレフが座った視線で見据える。
「フム、しかし一番合理的な人選じゃな。
仮に敵が複数同時に襲ってきても、
『スタープラチナ』 ならそう簡単にやられはせんじゃろう」
「うむ。陽動に於いて最も重要な状況の洞察、経路の判断、それに咄嗟の機転、
諸々総合すると確かに適任だな」
 反対する二人を後目に、年長者二人が従容とした声をあげた。
「決まりだな。じゃあ一度甲板に戻って、ルートと連絡方法を相談しようか」
 それ以上意見が出る前に話を決し、承太郎が背を向けた瞬間、
「待って!」
空間に響き渡る凛然とした声。
「私も行く」
 確乎たる意志を瞳に宿してシャナが言った。
 再び一点に集まる視線の背後で、欲望に濁った瞳が笑みの形に歪んだのを、
この時誰も気づいてはいなかった。






【2】


(いいか? 決して無理はするな。
気配だけでいい。敵がいると認識したら、すぐに携帯で連絡するんじゃ。 
後は全員でそのエリアを虱潰しに探せば良いだけだからな。
敵もこちらもチームで動いているというコトを、忘れてはならんぞ)
 何層にも及ぶ深い船体内部へ潜入する際に
ジョセフから受けた言葉を反芻しながら、
青年と少女はエンジンルームへと続く薄暗い通路を歩いていた。
 カツコツという独特の金属音、
一応照明は通っているが機械と同じく旧式のものなので
光源と呼ぶには暗過ぎる。
「別に無理して付き合わなくても良かったんだぜ」
「うるさいうるさいうるさい。おまえ一人じゃ不安だから付いてきたの」
 互いに前を向いたまま、雑談まじりに二人は言葉を交わす。
 時々想い出したように立ち並ぶ船室のドアを開け、
適当に家探しした後また通路に戻る。
 あくまで目的は 「陽動」
相手にそう思い込ませる為には目立ち過ぎず、
尚かつ不自然ではない程度に探索を繰り返さなければならない。
「ジョセフ達の方は、上手くいってるかしら?」
「サボってやがったらどーする?」
「三日間食事抜きよ。あの銀髪」
 申し合わせたわけではないが演技も忘れず、二人は通路を進んでいく。
「はぁ、こんな時 “玻璃壇(はりだん)” でも在れば、苦労せずに済むんだけど」
「あ?」
「遥かな昔 “祭礼(さいれい)の蛇” という強大な王によって創られた監視用の宝具だ。
己の作った都 『大縛鎖(だいばくさ)』 を見張る為に創造したモノらしい」
 少女の言葉に疑念を発した青年にアラストールが答えた。
「……都? 人喰いのバケモンが、ンなもん造れんのかよ? っと、すまねぇ」
「よい」
 青年が紅世の徒スベテを敵視していないコトは充分知っている為、
アラストールは穏やかに応じ続けた。
「己が権能(げんのう)に耽溺し、「支配」 という妄執に取り憑かれた者が創った仮初めの城だ。
彼の 【殺戮の三狂神】 への対抗勢力という側面も在るがな。
しかし創られてすぐ、数多のフレイムヘイズの 「兵団」 によって壊滅された為、
歴史の記録には残らなかった。
そこに先述の一人 “冥獄(めいごく)” の介入が在ったとも聞くが、定かではない」
「祭礼の……蛇……」
 珍しく承太郎が、感情を露わにその瞳を尖らせたので隣を歩くシャナが訊く。
「どうしたの? 遙か昔に討滅された王がそんなに気になる?」
「そうじゃあねぇが、何となく 『DIO』 のヤローに似てると想ってよ。
ンな大袈裟なモン創り上げて一体何企んでやがったのかしらねーが、
まぁブッ(たお)されたんならそれでいいさ」
「ふぅん」
 もしかして “生きていたなら” 自分が斃すつもりだったのかなと、
彼の強い正義感を誇らかに想うシャナの胸元で、
(討滅、か……そう云って差し支えないだろう。
喩え如何なる者であろうと、「彼の地」 から還るコトは決して出きん。
現世と紅世の永劫空間、『久遠(くおん)陥穽(かんせい)』 からはな……)
アラストールが冷たい追想と共に呟いた。




「別れ道、ね」
 薄暗い通路を数分進んだ後、
先が闇に霞んで見えない直路と下層へと続く階段が左側に見えた。
(バレ)るか?」
 単独行動はリスクが増す事になるが、
目的は未だ見ぬ敵を誘き出す為なのでソレは互いに覚悟の上。
「そうね。流石にこれだけ広いと、手分けした方が合理的よね」
「じゃあオレはこっちだ。お互い生きてたらまた会おうぜ」
 承太郎はそう言うと、左方の階段へと片手を挙げて行ってしまう。
「……」
 何となくそっちの方へは、不気味だから気が進まなかったので
それを買って出てくれた無頼の貴公子へ密かに感謝しつつ少女は通路を先に進んだ。
(――ヒヒッ)
 その時、己の背後頭上から、奇怪な声が聞こえた、ような気がした。
「――ッ!」
 咄嗟に振り向くが、今まで歩いてきた通路が茫漠と広がるのみ。
「アラストール、何か言った?」
「いや、我は何も発しておらぬが」
 なら気のせいかと、少女は再び通路を歩き出す。
 まさか “天壌の劫火” のフレイムヘイズ足る自分が、
巷の小娘のように怯えているわけではないだろう。
 現に大の男でも逃げ出すような(現に逃げ出した者が約一名いるが)
暗がりの探索を、彼女は冷や汗一つかかずここまで続けてきている。
 しかしソレとは別の異様な気配を、首筋にねっとりと絡みつくような怖気を
少女は確かに感じていた。
「……ここは?」
 周囲を警戒しつつ、やがて辿り着いた突き当たり。
 開いたドアの中は横に長い空間の、
幾つもの仕切で区切られたシャワールーム。
「水は、出る……お湯にも変わるわ」
 古びているにしては人の触れた形跡のないハンドルを廻しながら、
ヘッドから放出される湯気の立つ水流を少女は手に確かめる。
 無論今日の入浴は(一番で)済んでいるので、
敵地にて無防備状態を晒け出す愚をシャナは犯さず
ハンドルを元に戻して部屋を出た。
「――チッ」
 再び頭上から、奇怪な声が今度ははっきりと耳元に届いた。
「――ッ!」
 膝下まで届く長い髪が、風もないのに空間に靡き灼熱の緋を灯す。
 漆黒の双眸が瞬時に燃え上がり、烈火の真紅(くれない)へと変貌する。
 同時に躰を包み込む漆黒の外套と共にその内側から抜き出される戦慄の大太刀。
“天壌の劫火” アラストールのフレイムヘイズ
“炎髪灼眼の討ち手” が執る無欠の戦闘態勢。 
 全身から発せられる炎の闘気が、周囲の闇を一斉に吹き飛ばした。
(どこだ……どこにいる……?) 
 屋内で “長物” は役に立たないが、
そこは経験と技術でカバーするという自負の許
少女は己の戦闘神経を極限まで研ぎ澄せた。
 気配は、確かに感じる。
 辺りに充満する “殺気らしきモノ” も。
 眼に映る風景は先刻までと何も変わっていないが、
全身を嘗め回すように見つめる何者かが絶対にいる。
(でも……何か変……)
 流れる空気すら感じ取れる程に研ぎ澄まされた少女の神経が捉えた、一抹の異和感。
(間近でこっちの様子を伺ってるにしては、
気配が淡いっていうか、壁一枚越しに見てるみたい)
 そう想い注意深く視線を這わせるが、
鉄製の壁に覗き穴らしきものは発見出来ず
換気用のダクトに潜んでいる様子もない(それなら音がするはずだ) 
(いっそのコト、焔儀でこの周囲一体を吹き飛ばしてやろうか?
“合図” の代わりにもなるし)
 想うよりも速く、独特の形に折り曲げられた右掌中に
紅蓮の炎気を集束させる少女の背後で、
 ゴドンッ!
 重く硬質な何かが落下した音がした。
 予期せぬ驚愕に吐く息すら呑み込んで少女が視線を向けた、先。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッッ!!!!



 どこかで見た鉄製の錠前が無造作に転がっていた。
(な、なんでここに……ッ!?)
 吐き出さる呼気と共に不条理な疑念が脳幹を劈いた瞬間、
側面から強烈な衝撃を受けた。
「UUUUUUUUUUUUUUUUKYAAAAAAAAAAAAAAAAA
HYYYYYYYYAAAAAAAAAAA――――――――――――!!!!!!!!!!」
 無機質な鋼板に押し倒された視線の先に、
ブリッジの檻の中にいたはずの猿が唾液に塗れた歯を剥き出しにして
己に迫っていた。
 血走った双眼は得体の知れぬ獣欲を噴出し、
人間の5倍はあるという腕の力で両肩を乱暴に押さえ込んでいる。
(こ、この……ッ!)
 不意を突かれた怒りより嫌悪感が勝った少女は分厚い毛皮で覆われた腹を
無造作に蹴り飛ばした。
「ゲウッ!」
 人とは似て非なる呻き声と共に背後に吹っ飛んだ醜獣に、
少女は大刀を両手に追いすがる。
 そして大上段から振り下ろされる無慈悲の斬刀が対象を両断する刹那。
 ガギィィィィィィッッッッッ!!!!!
 火花と共に肉を裂く感触とは真逆の手応えが、
握った柄から指の骨にまで沁み渡った。
「UKYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
 三度驚愕。
 壁を背に追い詰められた筈の獣は、 『その部分と一体化していた』
 まるで凝結する前のコンクリートのように、
硬い鋼板は自在に歪み獣はその中を這い回る。
 野生の本能。
 その瞬発性では人間を遙かに上回る格差を見せつけながら
獣は壁にめり込んで消えていった。
「いまの! 今のヤツがッ!」
「むう、信じられん。 “彼奴(きやつ)” の他にもいたのか……」
 二人の脳裡に浮かぶ、 “人間以外の” スタンド能力者。
人間(ヒト)でないが故に” その能力は無尽、
発現形もこちらの想像を絶する形容(カタチ)を執る。
「おそらく “鋼鉄を操る能力”
あのバカ犬が “砂を操った” みたいに……
え!? それじゃッ!」
「 “ここ” から出ろ! シャナッ!」
 相手の能力を悟った瞬間、
シャナが青ざめたのとアラストールが叫んだのはほぼ同時。
 周辺を取り囲む物の材質は、スベテ漏れなく鋼鉄製。
 頭上の換気扇、ダクト、配管、電工パネルに防火扉。
 さながら蜘蛛の巣にかかった蝶の如く、自分は完全に捕らえられてしまっている。
「――ッ!」
 反射的に焔儀の構えを少女が執ろうとする間に、
背後から配水パイプと消化ホースが蛇のようにくねりながら忍び寄り、
「UUUUUUUKYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA
―――――――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!」
醜獣の奇声に連動して少女に巻き付きその華奢な躰を壁面に拘束した。
「し、しまったッ!」
 躰を半分鋼鉄にめり込ませ歯噛みする少女。
 四肢にまとわりついた拘束具は、大雑把ながらも機能的に自由を奪う。
 そしてその時を待ちかねたかのように、
悍ましき獣が反対側の壁からゆっくりと姿を現した。
(!?)
 しかしその様相は一変。
 肩章の付いた船長服の上着と帽子、不揃いな歯を覗かせる口元には
火の点いたパイプを銜えている。 
 この巨大船の主は自分だとでも誇示するような、異様極まる恐嚇。
 そして己の知性の高さと能力を見せつけるように、
古びた辞書を開いて少女に向けた。
 ささくれたページに記載されていた語句は、
『Strength』 
 獣毛にまみれた太い指が紙の上をなぞり、その9番目の意味を指し示す。
 ⑨:タロットカードで、8番目のカード。
   挑戦、強い意志、秘められた本能を暗示する。
「くっ……!」
 解っていた事だが、それでもやはり衝撃を受けた。
 目の前に立つこの猿は、
忌むべき “アノ男” が差し向けた4人目 (?) の刺客。
 海路を選択した事により敵の襲撃は格段に減ったと想っていたが、
それを易々と見過ごすほど相手は甘くなかった。
 否、既に予測された上このルートで網を張られていた公算が高い。   
 絶対に助けがこない、この蒼き蟻地獄の直中で。
「あぁッッ!!」
 脳裡に甦るアノ男の妖艶な微笑に
怒りのメーターが振り切れたシャナの裡で炎気が爆発し、
大刀を握ったままの右腕が逆コの字に曲がった鉄パイプを
暴力的な破壊音と共に抜き出す。
 しかし獣の一睨み。
「――!!」
 湾曲した鉄パイプが二連に分かれ、溶接するように手首と肘関節に絡み付き、
力の起点を封じられる。
 パイプから白煙を噴き出しながら、醜獣は勝ち誇ったように嗤った。
(全然……動けない……! 微動だに……出来ない……ッ!)
 鋼鉄に磔られたまま、この窮地を如何に打破するか少女は思考を巡らせる。
 紅蓮の双翼をフルパワーで展開させ背後の鉄を融解させるか、
それとも焔儀でこの猿を骨まで焼き尽くすか(防御はするだろうが)
 何れにしても力を溜める為ダメージは覚悟しなければならないと心を定めた瞬間、
その獣の次の行動は、あらゆる意味でシャナの予測を覆した。
「……」
 醜い体毛で覆われた指先を、自分の左胸の延長線上にピタリと合わせ
そのままゆっくりと近づけてくる。
(な、何?)
 当然攻撃がくるものと思い込んでいた少女の思惑を外れ安堵するのも束の間、
すぐにそれとは別の “ソレ以上の” 危機感が全身を貫く。
(ま……まさ、か……こいつ……! まさか……ッ!?)
 獣欲で滾った瞳、生殖に伴って発せられる分泌物の匂い、
己が眼をつけた “雌” を、自由に出来るという愉悦。
 今まで培った戦いとは全く異質の脅威が、目の前に差し迫っていた。
(あ……あ……ぁ…………ゃ……)
 現実を明確に認識できない為頭の中が真っ白になり、
抵抗する事も忘れただ小首を振るだけの少女。
 死は常に覚悟の上、如何なる苦痛にも屈しないフレイムヘイズ。
 しかし 『死ぬよりも怖ろしいコト』 など、
この世には腐るほど存在する。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOGAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAAAA――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 シャナの怯える仕草に感興をそそられたのか、醜獣が甲高い雄叫びをあげる。
 もう次の瞬間には襲い掛かられるという絶体絶命の状況下、
少女の脳裡に浮かぶ一つの存在。
 その青年の為に。
 絶対に護らなければならないものの為に。
 フレイムヘイズとしてではなく “空条 シャナ” として。
「助けてッッ!! 承太郎ッッ!!」
 あらん限りの想いを込め、空間に舞い散る雫と共に少女は叫んだ。
「おい?」
 少女の切望が終わるよりも速く、既に発せられていたクールな声。
 醜獣が反射的に背後を向いた刹那。




 ドグォンンンンンッッッッッッ!!!!!!



 剣呑な視線の貴公子が、握っていた鉄塊を微塵の容赦もなくその頭部に叩き落とした。
「GYYYYYYYYYYYYYYNYAAAAAAAAAAAAAAAAA
AAAAAAAAAAAA―――――――――――――――!!!!!!!!!」
 やはり人とは非なる悲鳴と血飛沫をあげながら吹っ飛ぶ獣。
 そこに。
「コレはテメーの錠前だろうが……」
「ゴブゥッッッ!!?」
 己のド(タマ)をカチ割った鉄塊が、ドテッ腹に高速で投げ込まれた。 
「承太郎ッッ!!」
「いつでも呼べって言っただろう」
 歓喜の声をあげるシャナに、承太郎は指先を傾けただけの素っ気ない仕草で応じる。
 口元に、自分の一番大好きな微笑を浮かべて。
「本体」 がダメージを受けた為、一時的に解除されるスタンド能力から解放された少女は、
そのまま戦場という事も忘れて青年の胸に飛び込んでしまう。
「おいおい」
 渾身の一撃を叩き込んだとはいえ 「再起不能」 にしたわけではないので、
彼女の行動を柔らかく窘める無頼の貴公子に、
「承太郎……私……怖かった……」
星形の痣が刻まれる首筋に両腕を絡め、
紅髪の美少女は震える口唇でそう呟いた。
(やれやれ……)
 未だ危難は去っていないのだが、
まぁいいかという彼らしくない楽観的な思惑の許
承太郎はシャナの炎髪を優しく撫でた。    
「シャナ、窮屈だ」
 極限状況の邂逅の中、色々な意味で面白くないアラストールが厳格な声を籠もらせる。
「あ! ご、ごめんなさい!」
 完全に二人の世界に入っていた為、
迂闊にもその存在を忘れていたシャナが
承太郎の胸元から降りる。
 二つの美香に挟まれた神器 “コキュートス” は、
その密着が強かった所為か得も言われぬ芳香を放っていた。
「一応、礼は言っておくか。よく駆け付けてくれたな、空条 承太郎」
「何となく、イヤな予感がしたんでな。
それに敵が狙うなら、オレじゃなくシャナからって気もしたしよ」
 まだ頬の紅潮が引いていないフレイムヘイズを後目に、
淡泊な口調で言葉を交わすスタンド使いと紅世の王。
「 “二重陽動” ってわけ? 咄嗟に想い付いたにしては大したものね」
 何れにしても自分が一番来て欲しい時に来てくれた事に変わりはないので、
嬉々とした声でシャナは応じる。
「にしても、あの “エテ公” が 『スタンド使い』 だったとはな。
見慣れない人間が侵入してきても騒がなかったから、妙だとは想ってたがよ」  
 そう言って承太郎は、血の後を残して何処かに消えたスタンド本体に瞳を鋭くする。
「でも敵の 『能力』 は解ったわ。
“鋼鉄を操作する能力”
配管やドアを自由に曲げて動かしたり、
壁を歪ませて中に逃げ込んだり相手を拘束したり出来るわ」
「……」
 実際にスタンド攻撃を受けたシャナの推論に、何故か承太郎は無言で応じる。
「どうしたの?」
「……外れてる、とは言わねぇが、オレの考えはチョイ違う」
「え?」
 視線を鋭くしたままの承太郎を真正面から見つめるシャナに
余りにも想定外の解答が告げられた。
「ヤツの 『スタンド』 は “この船自体” だ」
「――ッッ!!」
 驚愕の余り呼気を呑む少女の脳裡に、
今自分自身も搭乗している巨大船の全容が浮かぶ。
 船尾から無数の石油タンクとクレーン、管制塔を抜けてその舳先まで、
全長1000メートルにも及ぶ、規格外の大巨像。
「さっきおまえを攻撃してる時にスタンドの幻 像(ヴィジョン)が視えなかったし、
“鉄を操れる” ンなら、オレらの体内の血液 (鉄分) も操作されてる筈。
ソレ以前に逃げる時、鉄以外のモンも歪んでやがったからな。
読みが甘かったぜ、敵のスタンドは隠れてなんかいなかった。
最初から、オレ達の前に姿を現してたんだ……!」
「そ、そんな、ソレじゃあ……!」
 余りにも巨大過ぎるスタンドの幻 象(ヴィジョン)に、追想して甦る蒼き災厄。
「コレ…… “顕現した紅世の王” と同じ……ッ!?」
「イヤ、それ以上にタチが悪ィかもしれねぇ」
 冷たい雫が頬を伝うシャナに承太郎が言った。
「何しろ “腹ン中” にいるわけだからな……」
 暗闇の中で佇む二人に、手負いの獣が発する殺意が粘り着くように注がれた。


←TOBE CONTINUED……
 
 

 
後書き
どうもこんにちは。
つぶやいてたコトと違うじゃねーかッ!
と言われそうですが、まぁヤバイ (本当に) 状況だったので
たまには承太郎に甘えさせてあげてくださいw
「原作」じゃ「助けて」なんて言いたくても言えないので。
(代わりに男が言ってる・・・・('A`))
まぁ荒木先生は戦いに男女の「区分」は無いと仰ってますガ、
(6部の徐倫のように、強いて言うならあまりボコボコにはしない位だそうです)
ワタシは多少男が融通してもいいかのなぁ~とは想っております。
(いにしえ)の昔から、女が家庭を守り、男が狩りをする~」
ではありませんガ、ある程度なら「弱み」を見せていいのは、
女性キャラの特権だと想うのです。
あまり「男女同権!」とヤり過ぎると、女は女らしくなくなってしまうし、
男は「男らしく」なくなってしまうのですネ。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧