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Sword Art Rider-Awakening Clock Up

作者:redo
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初クエスト

デスゲーム。

明確な定義のある言葉ではない。《肉体的リスクの存在すら競技》ということなら、ロッククライミングや格闘技、モータースポーツなどまでが含まれてしまう。それら危険なスポーツとデスゲームを分ける条件は恐らく1つだけ。

ペナルティとしての死が、ルール上に明言されていること。

偶発的事故の結果としてではない。プレイヤーのミスや敗北、ルール違反の罰として、強制的な死を与える。

その前提に立てば、この世界初となるVRMMORPG《ソードアート・オンライン》は、今や紛うことなきデスゲームと化した。ゲームの開発者にして支配者でもある《茅場晶彦》が、ほんの数十分前に、疑いようのない明確さで宣言したのだから。

少し先の草むらに、青イノシシが複数POPした。腰の真後ろに装備していた剣を抜き放ち、そのままソードスキル《スラント》を発動させる。

ターゲットされたことに反応し、青イノシシは俺を睨むと、右の前足で激しく地面を掻いた。

俺は《スラント》と剣術でイノシシ達を次々と倒していく。剣が仄かな水色に発光し、鋭い効果音と共にアバターが半ば勝手に動く。ソードスキル特有のシステムアシストが斬撃モーションを強力に補正している。

だが、俺にはそんなこと関係ない。

本物の戦いを続けてきた俺と、アルゴリズムで動くデータの塊では、天と地ほどの差がある。

脳裏の中で呟きながら、全長1メートルの青イノシシを容易く倒していく。

「ギイイィィィィッ!」

悲鳴を上げつつ、ポリゴン片となって爆散する。

加算される経験値、ドロップしたアイテム名の表示には眼もやらず、足も止めず俺は漂うエフェクト光をそのまま突っ切った。何1つ感じないまま剣を腰の後ろの鞘に収め、ようやく近づいた暗い森が見えてきて、走る速度を少し落としながら先を急いだ。





俺は《はじまりの街》の北西ゲートから、広い草原をそのまま突っ走り、《ホルンカ》という名の村に辿り着いた。小さいが、ちゃんとした《圏内》で、宿屋と武器屋、道具屋があり、充分に狩りの拠点に使える。民家と商店を合わせて十数はある。村にはNPC以外、プレイヤーは1人もいなかった。俺が一番乗りのようだが、考えてみればそれも当然。俺のように、茅場晶彦のチュートリアルが終わって《はじまりの街》をすぐに出た者は少ないだろう。

《ホルンカの村》を拠点に、今日中にレベルを1から5に上げておく必要がある。今の時刻は午後6時15分。周囲の草原は、アインクラッド外周から差し込む夕日で金色に染まり、彼方に見えてきた森は闇に薄青く沈んでいる。だが幸い、ホルンカ周辺までは夜になっても強力なモンスターが湧いたりすることはない。日付が変わるまで、ひたすら狩りを続ければ、村が他のプレイヤーで埋まる頃には次の拠点へ移動できるだけのステータスと装備を得られる。

まずは、狭い広場に位置した武器屋に向かう。NPC店主に金を払い、そこそこ防御力の高いハーフコートを買った。購入時に表示された即時装備ボタンをタッチ。初期装備だった麻シャツと厚布ベストの上にハーフコートがしっかりと光を放ちながらオブジェクト化される。俺は武器屋の壁に設置された鏡をチラリと見た。

「……この世界が、俺の死に場所になるかもな……真司(しんじ)

顔の右頬にある2本の傷痕に右手を当てながら、今は亡き親友に語りかける。











武器屋を後にし、次に道具屋へと駆け込み、回復ポーションと解毒ポーションを買えるだけ買った。

アイテムの補給も終わり、道具屋を出た俺は村の奥にある一軒の民家に向かう。中に入ると、台所で鍋をかき回していた《村のおかみさん》といった感じのNPCが振り向き、俺を見て言った。

「こんばんわ、旅の剣士さん。お疲れでしょう?食事を差し上げたいけど、今は何もないの。出せるのは、一杯のお水くらいなのよ」

俺はシステムが認識できるようにハッキリと答えた。

「飲み食いに来たわけじゃない」

やや冷たい言葉を掛けるが、おかみさんは傷ついてるように見えず、ほんの少し笑いながら鍋に向き直る。鍋で何かを煮てるのに《食事が出せない》という部分を、俺は何かのヒントと踏んだ。そのままジッと待ち続けていると、隣の部屋に続くドアの向こうから、コンコン、と子供の咳き込む声が聞こえた。その瞬間、おかみさんは悲しそうに肩を落とす。

更に数秒が経過した後、おかみさんの頭上に金色のクエスチョンマークが点灯した。この点灯はクエスト発生の証。俺はすかさずおかみさんに近づく。

俺が近づくと、おかみさんがゆっくりと振り向き、頭上で《?》マークがピコピコと点滅する。

「旅の剣士さん、実は私の娘が……」

娘が重病にかかってしまい市販の薬草を煎じて鍋で煮込み、与えてもいっこうに治らず治療するにはもう西の森に棲息する補食植物の胚珠から取れる薬を飲ませるしかないが、その植物がとても危険な上に花を咲かせてる個体が滅多にいないので、自分にはとても手に入れられないので代わりに剣士である俺に取ってきてもらいたい。

これが、おかみさんから説明されたクエスト内容である。クエスト報酬は、先祖伝来の《長剣(アニールブレード)》。

ようやくおかみさんが口を閉じ、視界左に表示されたクエストログのタスクが更新された。俺は立ち上がり、家から飛び出した。NPCとは言え、本物の人間とほとんど何も変わらない感じだったが、俺は愛想よくせずに冷たく接っする。

どれだけ人間にそっくりでも、あれは人間ではない。命の無い、ただのプログラム。晶彦の助手を(つと)めていた頃からわかり切っていたことだ。





クエストを受け、目的地に向かって走る俺の視界に、小さく赤いカラー・カーソルが表示された。《索敵スキル》によって反応距離が増加しているので、本体はまだ視認できない。カーソルの色はモンスターを示す赤だが、色合いはほんの少し濃く、レッドならぬマゼンダといった所だ。

今、俺の視界に出現してるカーソルは、赤よりもやや色が濃い。モンスター名は《リトルネペント》。リトルとつくが、身の丈1メートル半の自走補食植物である。レベルは3だが、レベル2の俺にはカーソルが紫がかって見えていた。

決して(あなど)っていい相手ではないが、怖じ気づくことはない。

カーソルの周囲には他のMobがいないことを確認した俺は、リトルネペントに向かって真正面からダッシュした。眼を持たないこの手のモンスターには背後攻撃は成功しない。

道から逸れ、大きな木の回り込むと、そいつの姿が眼に入ったウツボカズラを思わせる胴体の下部で、移動用の眼が無数にうごめいている。左右には鋭い葉を備えたツルがうねり、頭にあたる部分では捕食用の《口》が粘液を垂らしながらパクパク開閉する。

まれに、あの口の上に大きな花を咲かせている奴が出現するのだ。《ホルンカの村》で受けたクエストのキーアイテム《リトルネペントの胚珠》は、花つきのネペントからしかドロップしない。そして花つきの出現率は恐らく1パーセント以下。

しかし、普通のネペントでも、倒し続ければ花つきの出現率が上がる。ゆえに戦闘は無駄ではないが、ここで1つ注意することがある。

花つきと同じくらいの確率で、丸い実をつけているネペントが出現するのだ。そいつは言わば《罠》で、戦闘中に実を攻撃してしまうと巨大な音と共に破裂し、嫌な臭いのする煙を撒き散らす。煙には毒性も腐食性もないが、広範囲から仲間のネペントを呼び寄せるという非常に厄介な特性がある。エリアのPOPが枯渇していれば大した数は寄ってこないが、現状ではとても倒しきれない数が集まってくるはず。

俺は眼を凝らし、敵が実を載せていないことを確認すると、改めて腰の剣を抜いた。同時にネペントが俺に気づき、2本のツルを威嚇するように高々と掲げた。

このモンスターの攻撃パターンは、先端が短剣状になったツタによる切り払いと突き、そして口からの腐蝕液噴射だ。闇雲に突進する青イノシシに比べれば遥かに多彩だが、ソードスキルを使わないだけ、ゴブリンやコボルドといったモンスターより楽と言える。

「シュウウウ!」

というような咆哮を捕食器の口から漏らし、ネペントが右のツルを突き込んできた。俺は瞬時に軌道を見切り、左に跳んで回避。そのまま奴の側面に回り込みつつ、剣をウツボ部分と太い茎の接合部(弱点)に叩き込んだ。

手応え充分。ネペントのHPバーがガクッと2割以上も減る。再度怒りの声を上げ、植物はウツボをプクッと膨らませた。腐蝕液発射の予備動作。射程は5メートルと長く、真後ろに下がっても避けるのは難しい。

浴びればHPと武器防具の耐久度が大きく減るうえに、粘着力によってしばらく動きが阻害される。しかし効果範囲は正面30度と狭い。ギリギリまでタイミングを見極め、ウツボ部分の膨張が止まった瞬間、今度は思い切り右にジャンプ。

プシュッと薄緑色の液体が飛沫上に発射され、地面に落ちて白い蒸気を上げる。しかし、一滴たりとも浴びずに回避した俺は、右足が地面に触れた瞬間に剣を振りかぶり、再度同じ弱点を痛撃。悲鳴と共に仰け反ったネペントの捕食器を、黄色いライトエフェクトがクルクルと取り巻く。気絶状態だ。植物が気絶するのは妙な話だが、俺がこのチャンスを逃すことはない。

俺は再び、剣を右に大きく引き、ソードスキルを発動させ、刃を薄水色の光が包む。

「……フッ!」

単発水平斬撃技《ホリゾンタル》。《スラント》とは軌道が斜めか真横かの違いだけだが、こちらのほうがリトルネペントの弱点を狙いやすい。

先の2撃でHPの5割近くを喪失していた植物Mobは、スタンから回復する寸前、剥き出しの茎ソードスキルに直撃された。俺はもちろん、蹴り足と右腕の動作で威力を最大限までブーストしている。エフェクト光が輝く刃が、硬い茎に食い込み、一瞬の手応えを残して。

スカァァン!

と乾いた声を響かせ、ウツボ部分が茎から斬り離され、丸ごと宙に飛んだ。残りのゲージ全体が真っ赤に染まり、右側から減少していく。ゼロになると同時に、リトルネペントの巨体は青く凍り付く。直後、爆散。





時間が流れる中、10匹以上のリトルネペントを倒した。

残念ながら、まだ花つきの個体は出現してないが、経験値はレベルアップ必要量を超えた。

剣を後ろ腰の鞘に収めた瞬間、俺の背後から、

「……!?」

パンパンという、乾いた何らかのサウンドが連続して響いた。

一度収めた剣の柄に手を掛け、辺りを警戒する。

いつでも戦闘できるように準備を整えた俺が見たのは、モンスターではなく、人そのものだった。しかもNPCではない。プレイヤーだった。

やや背の高い男で、年代は俺と同じくらい。防具はホルンカの村で売ってる軽量な革鎧と円形盾。武器は初期装備のスモールソード。と言っても剣を構えてるわけではない。空の両手を、体の前で打ち合わせかけた姿勢のまま、ポカンと口を開けたまま突っ立っていた。

つまり、さっきのパンパンという音は、この少年が俺のレベルアップに対する拍手の音だった。

俺が小さく息を吐きながら手を剣の柄から放した。すると少年はぎこちない笑みを浮かべ、一度頭を下げて謝罪の言葉をかけた。

「ご、ごめん、脅かして。最初に声を掛けるべきだった」

「……今度からはそうしろ。下手すれば死ぬぞ」

行き場のない手をハーフコートのポケットに突っ込みながら発言する。

真面目そうな印象を与える顔立ちの少年は、ホッとしたように笑顔を大きくすると、何かのゼスチャーか右手の指を右眼の辺りに持っていく。すぐにバツが悪そうに手を下ろしたので気づく。彼は現実世界では眼鏡をかけてるのだ。

「れ、レベルアップおめでとう。ずいぶん速いね」

「そう言うお前も速いな。……誰かがこの森に来るのは、もう少し後だと思った」

「あはは、僕も一番乗りだと思ってたよ。ここって、道がわかりにくいからね」

俺にはわかった。

と言っても道のことではない。この少年は、自分と同じように知っていたのだ。《ホルンカの村》の位置を。そして、リトルネペントの大量POP地帯を。つまりこの少年は……

元ベータテスター。

数秒間の推測をしていると、少年の一言が裏付けた。

「キミもやってるんだろ、《森の秘薬》クエスト」

「………」

それは間違いなく、俺が先ほど村の民家で受けたクエストのタイトルだった。そこまで見抜かれていては拒否のしようもない。

「あれは片手剣使いの必須クエストだからね。報酬の《アニールブレード》を貰っておけば、3層の迷宮区までは使えるしね」

少年はやがて笑いを収め、一呼吸置いてから口を開く。発せられたのは、少々予想外の言葉だった。

「せっかくだから、協力してクエスト攻略しない?」

「……1人用クエストだぞ」

「そうだけど、《花つき》はノーマルのを狩れば狩るほど出現率が上がるだろ。2人で乱獲したほうが効率いいよ」

一理あるアイディアだった。ソロだと孤立しているモンスターしか狙えないが、2人いれば敵も同時に2体まで相手にできる。目標を選ぶ時間を短縮できる分、狩れる数は増える。そしてその分、花つきの出現率も上がる。

だが、俺はパーティーを組むつもりなど、SAOを始める前からなかった。

少年が俺の考えを悟ったかのように、言葉を掛けた。

「いや、別にパーティーは組まなくてもいいよ。ここまで先にやってたのは君なんだから、最初のキーアイテムはもちろん譲る。確率ブーストかかったまま狩りを続ければ、きっとすぐに2匹目も出るだろうから、そこまで付き合ってくれればいいよ」

「……いいだろう」

眼前(がんぜん)の少年が、何か企んでいると思いながらも、同意した。

パーティーを組んで戦闘すると、モンスターからドロップするキーアイテムは全て個人ではなくパーティーの一時的ストレージに入るので、原理的には彼がクエストのキーアイテムを持ち逃げすることも可能になる。俺はそれを予想して、あえてパーティーを組もうとは思わなかったが、とりあえず利用するという形で組むことにした。

俺の承諾に、少年はもう一度笑うと、歩み寄ってきた。

「よかった。じゃあ、しばらくよろしく。僕は《コぺル》」

「……《ネザー》だ」

「ネザーか。一緒に頑張ろう」

気安い態度だが、それが逆に怪しく思える。

どこか警戒すべきところを見受けながらも、2人は先を急いだ。
 
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