Sword Art Rider-Awakening Clock Up
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アインクラッド
嵐の中の勝敗
世界は夜景に包まれ、嵐が舞い降り、大雨と暴風、更に稲妻が辺り一帯を覆い尽くそうとしていた。
そんな嵐の中心辺りに位置する廃工場。茨城県、高萩市にある日本加工製紙高萩工場の跡地。
人を寄せ付けない煉獄な雰囲気と、汚れた空気の漂流により、誰も近づこうとしない。工場の性質によっては高濃度の薬品や汚染物質などが残留している可能性もあり、面白半分に立ち入るのは慎むべきだと考える人も多い。
何年も前から閉鎖され、廃工場としか言えないほどボロい建物。嵐のせいで今にも崩れそうだが、そんなことを気にも止めず、廃工場内部の倉庫らしき場所で、戦い合う2人の《ビートライダー》がいた。
「ハァ!!」
「フッ!!」
丁度、お互い強烈なパンチを胸板に喰らわし、後ろへ押しやられた。
「……お前……お前だけは……絶対に、僕の拳で……地獄へ叩き落としてあげるよ!」
相手のスピードスターに一喝する拳の戦士。
体を覆う鎧は、銀と茶色。複眼の色は白。右腕側面にはアンカーが装備されており、腰に巻いたベルトには、《バッタ》を模した茶色のツールが装着されている。
__《ビートライダー・パンチホッパー》。
血みどろの抗争に参加した__ライダーの1人。
「お前は、僕の兄貴を殺した……。僕の拳で、地獄へ送ってあげるよ!スレイド!」
どっ!!とパンチホッパーの足が床を蹴った。
凄まじいスピードで距離を詰めてくる。相手のスピードスターは意識をパンチホッパーの右拳に集中させた。再び右拳によるパンチが放たれた途端、相手は体を横へ斜めに曲げ、見事に拳を回避した。
同時に、左足を折り曲げた状態で上げた膝を、パンチホッパーの腹部へ思い切り撃ち込んだ。
「グアッ!!」
腹に痺れるような鈍痛が走り、パンチホッパーは後方へとよろけ、体勢を崩す。
「……哀れなものだな」
バッタのライダーに向けて囁くカブトムシの戦士は知っているのだ。__この戦いに紛れ込んだ真実を。
赤いアーマーを身に纏い、顔にY字型の角が起立、青い複眼、銀のベルトに装着されたカブトムシ型コアを持つクロックライダー__《カブト》は、華麗で無駄がない戦闘能力を発揮し、パンチホッパーを苦戦させる。
左手で腹を抑えながら、パンチホッパーは体勢を整え直し、
「このおぉぉぉぉ!!」
怒り心頭に叫び、身体をカブトに目掛けて突っ込んだ。
途端、カブトは背中のプロテクターが左右両端に展開し、銀に輝く何かが伸び始めた。
両端からそれぞれ1つずつ出現した2枚の翼__いや、4枚の昆虫の翅と言うべきだ。
パンチホッパーの身体がぶつかる前にその翅を駆使し、どおうっ!という爆発染みた衝撃音と共に、銀の翅が暗闇を切り裂き、一瞬の内にカブトの全身は一直線に空へと飛び上がった。
「何!?」
突き当たる直後に飛び上がった赤き戦士を、パンチホッパーは下から眺めるだけだった。
放たれた矢の如く空へ飛び立ったカブトは、倉庫を覆う壊れかけの金属屋根を突き破り、ガシャン!!という衝撃音を響かせた。たちまち、目の前に雨の渦巻く雷雲が迫った直後、カブトは飛翔を緩めた。甲高い振動音がピッチを落とし、飛行機が離陸を終えた時のような浮遊感が訪れる。
緩やかにホバリングしながら、廃工場の屋根とその周囲を見渡した。
すると、先ほどまで自分とパンチホッパーが戦っていた倉庫から少し離れた位置に、屋根もなく建物に囲まれた広場が見つけた。不意に、カブトはその広場へと向かって急速に降下し始め、地面に降り立った。背中に展開していたアーマーを閉じ、翅を収納した。
ザーザー!!と降る大雨に曝され、全身があっという間に水浸しになる中、もう一度広場の周囲を眺めた。
錆びた鉄パイプに柱、鉄板にワイヤー、《安全第一》と書かれた看板などが放置されていた。ゴミ捨て場か、あるいは余り物置き場と言ったところだろう。
当然だが、人っ子一人としてこの場所にはいない。まさに無人そのもの。
最初に戦い始めた際、人がいるかどうか確認を取らなかったが、あれだけ激しい戦いをした上に、空から工場を眺めて誰も見つけられなかったのだから、この廃工場が無人であることをちゃんと確認できた。その行為が他人を傷つけたくないという思いか、自分の姿を見られたくないという理念から来たものかどうかはわからないが。
ガシャ!
突然、金属を踏むような足音が耳に届いた。
「……来たか」
それが誰の足音なのかは、考える間もなく理解できた。
広大な放置場を10メートルほど移動してから後ろに向き直った。カブトの視線の先で、徐々に迫ってくる足音を鳴らす主体が、建物の陰からゆっくりと姿を表した。
足を地面に擦るようにして、パンチホッパーが広場へ足を踏み出す。
「……あのまま飛んで逃げると思ったけど、よく逃げなかったね。褒めてあげるよ」
おとなしく静かな声だが、その喉奥には、深い貪欲が紛れ込んでいた。
「逃げるつもりなんかねぇよ」
感情を押し殺したように、咽喉の奥から放たれる低い声が続ける。
「残ったライダーは……俺とお前の2人だけだ。ここで俺達が決着をつけなければ……全てが無駄になる」
それは事実だった。
カブトを含めた7人のライダー達は互いに争い、奪い合い、殺し合い、多くの血を流し続け、とうとう最後まで生き残ったのが、カブトとパンチホッパーの2人だった。
「……確かにそうだね。ここで戦いを放棄したら、僕の今までの行為も無駄になっちゃうね」
くっくっと喉声で笑いながら、バッタの戦士は前進を始めた。
同時に、カブトは足幅を広げ、腕を目の前に掲げ、武術の姿勢を整えた。軽そうな足が四歩目を踏み出し、接地する寸前に、カブトは床を蹴った。自分に突進してくるカブトを、パンチホッパーの右拳が照準しながら追随した。
__そこだ!
カブトは、不意に左足を踏み切り、進路を右に振った。パンチホッパーの右拳が打ち出されるが、再び回避した。
弧を描いてパンチホッパーの左側面に回り込む。
「……フッ!!」
今度はカブトが右拳をがら空きの脇腹に叩き込んだ。どぅっ、と強い手応えにより、光悦茶の胴体が揺れる。
向き直ろうと体を回すパンチホッパーの背中を追うように、カブトは更に一歩ダッシュし、右回し蹴りを敵の左脹ら脛に撃ち込んだ。ぐらり、とまたもや体勢を崩すところに、追い打ちの左膝蹴りを背筋の中央へ撃つ。
ドボオォン!!
重い振動。身体がくの字に折れ曲がる。
よろよろと距離を取ったバッタのライダーが、憎々しげに唸った。
「やるじゃない。でも……そんな軽い技じゃ僕は倒せないよ!!」
ぶん、と振り回された左拳が脇腹に命中した。次いで、勢いのまま体を反転させ、右の踵を首筋に埋め込む。
「グゥゥァアアッ!!」
カブトの声で発せられる潰れた悲鳴に耳を塞ぎ、パンチホッパーは流れ任せにラッシュを続けた。
両足と拳、両手と腕までも駆使して途切れることのないコンボを繰り出し、全体のほとんどから火花が散る。いつしか、自分の口から悲鳴じみた叫びが漏れていた。
「このおぉぉ……死ねぇぇ!!なんで!!なんでお前が、最後まで生き残る!?なんで兄貴が、お前なんかに殺されるんだ!?」
苦し紛れに放たれる前蹴りを踏み台にし、バッタの如く高くジャンプし、カブトのマスクに自分のマスクを思い切り叩き付ける。
びきっ、と破壊音が響き、青い複眼の一部が砕け落ちた。
バランスを崩し、背中から地面に倒れたカブトの胸に馬乗りし、パンチホッパーは更に両手の拳を乱打し続けた。
「お前はいつだって、何もかも理解したような顔して!!その上、僕の大切なものも奪って……!!」
何も考えず、激情のままに叫んだ言葉だった。
しかし、パンチホッパーの声が響いた途端、ひび割れた複眼の下で、中の少年の両眼がゾッとするほど強い冷光を放った。
「調子に……」
突然、グイッとカブトの両腕が自分を守るように交差された。次いで、右手をグッと握り締め、
「調子に乗るなあぁ!!」
右拳をパンチホッパーの顔面に目掛けて撃ち込まれた。
直後、顔に凄まじい衝撃を受け、パンチホッパーは後ろへ向けて勢いよく飛ばされ、ボロ屑のように濡れた地面に落下した。
「ぐっ……はっ……!!」
喉から悲鳴まじりの空気が押し出される。顔にはまだ殴られた痕が残っており、鈍く重い痛みが全身を駆け巡った。
左腕を突っ張り、どうにか体を起こし、立ち上がったカブトが一歩前に進んだ。
「……自分だけか……」
頭のネジが外れてしまったような、細い声がマスクの下から漏れた。
「自分だけが……大切なものを失ったと思ってるのか……。お前の兄貴も……俺の大切なものを奪った」
今になってどうにか上体を起こしたパンチホッパーは、疲れ果てたようにその場に腰を掛けたままだった。
もう動くことも、喋ることもできないパンチホッパーに、最後の言葉が告げられる。
「……もう、終わりにしよう」
告げ終えると、ベルトに装着されたカブトムシ型ツール《カブトゼクター》の上部の脚に設置された3つのスイッチを、右手の親指で左から順に押し始めた。
【One】【Two】【Three】
スイッチを1つ押すごとに電子音声が3回流れた。
次いで、カブトゼクターの角を左側に戻し、再び右側に展開した。
【Quick Charge】
最後の電子音声が流れ始めた途端、稲妻がゼクターを伝って右足に収束した。
両足を少し屈め、床をジャンプ台にして上へと飛躍した。
エネルギーの溜まった右足を前に突き出し、パンチホッパーに目掛けて前蹴りを撃ち込む。
ビシュン!!
「グアァァアア!!」
放たれたキックは、先ほど殴られたパンチホッパーの顔面とほぼ同じ箇所に命中し、またもや後ろへ蹴り飛ばされた。
濡れた地面に横から落下した直後、ホッパーゼクターがベルトから外れ、ジャンプ移動をしながら徐々に遠ざかっていく。
ホッパーゼクターが喪失したことによって体を覆う鎧が分解し、変身が解除された。不意に、カブトの視界の先に見覚えのある少年の姿を確認した。
年齢は15歳くらい。150〜160センチほどの身長を、茶色いシャツと、生地の厚い丈夫な長ズボンで包んでいる。耳を覆うほど長い黒髪が、未だに降り続ける大雨でずぶ濡れとなり、前髪が額に垂れて左の目元が見えにくくなってる。
必死に上体を起こそうとするが、痛みのせいか、なかなか身体を動かすことができない。それでも必死に泥塗れの全身を起こそうと、手足をゆっくりと動かし続ける。前髪の垂れてない右の瞳がカブトをずっと睨んでいた。
「あ、兄貴……ごめん。僕……バトルに……勝ち残れ、なかっ……た」
悔しそうに呟き、右眼から一滴の雫が頬を伝って落ちた。眼に捉えた時は、悔し涙を流してると思ったが、雨に濡れて雫が顔に垂れてるようにも見えた。
一歩一歩と足を前へ動かし、地面に腹這いとなった少年に近づき、変身を解除した。
装着者の意志に応じて、自動的にベルトから外れたカブトゼクターは、ビュゥー!という羽音を鳴らしながら空の彼方へ飛び去っていく。
腹這いになった元パンチホッパーの少年__《アルド・モーガン》は、ゆっくりと視線を上に向け、カブトの素顔を拝んだ。
エメラルドのように輝く、綺麗な緑色の瞳。端正な顔の右頬には、平行に並ぶ2本の引っ掻き傷痕。額と耳に垂れるくらいの濃い青髪と、黒いレザージャケットと長ズボンが、雨のシャワーによって一気にびしょ濡れとなる。
そんな元カブトの少年__《スレイド・フェルザー》の顔を、未だに憎たらしい眼で睨みつける。
しかし、それ以上は何も喋ることはなかった。口を動かさず、ただ憎い眼が睨み合うだけ。
不意に、アルドの瞼がゆっくりと閉じ始め、上向けにしていた顔が下がってきてる。おそらく、キックを喰らった時点ですでに力尽きかけていたのだろう。
のろのろとした動作が徐々に速まり、瞼がそっと閉じ、顔が地面に定着した。
「死んだ……か」
アルドが__ビートライダー・パンチホッパーが臨終となった。
あれから1ヶ月が経った。
__しかし。
望みが叶うことはなかった。
戦いが終わり、俺に残ったのは__虚しさと、絶望だけだった。俺は世界を呪った。天に向かって、バトルディザイアーの統制者を務めていた《あの男》に何度も呼び掛けた。喉が乾涸びようとかまわず、叫び続けた。
どのくらいの時間叫び続けていたのか、自分でもわからなかった。叫びを止めた時には、喉が乾き切り、死にそうなくらい苦しくなり、何十杯もの水を飲み尽くした。
喉の乾きは癒されたが、癒されないものもあった。
最高の友を失い、夢や希望も失い、欲望のままに戦い続けた結果__絶望と、枯れ果ててしまった心だけが残った。
果たして、この戦いに一体何の意味があったのか。
全てがどうでもよくなり、自分の死に場所を探すように害虫《ヴァーミン》と戦い続けた。
今の俺には、師匠である《茅場晶彦》の渇望してきた真の異世界の具現化、ヴァーミン狩り、そして《黒いスピードスター》への復讐だけが残された唯一の生き甲斐だった。
そして、その研究成果によって誕生した、無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。
職人クラスの酔狂な一団が一月がかりで測量したところ、基部フロアの直径は10キロメートル。世田谷区がすっぽり入ってしまうほどもあったという。その上に無慮百に及ぶ階層が積み重なっているのだから、茫漠とした広大さは想像を絶する。総データ量など、とても推し量ることは不可能。
内部にはいくつかの都市と多くの小規模な街や村、森と草原、潮までが存在する。上下のフロアを繋ぐ階段は各層に1つのみ、その全てが怪物のうろつく危険な迷宮区に存在するため発見も踏破も困難だが、一度誰かが突破して上層の都市に辿り着けば、そこと下層の各都市の《転移門》が連結されて、誰もが自由に移動できるようになる。
城の名は《アインクラッド》。
10000人もの人間を閉じ込め浮かび続ける剣の世界。またの名を__《ソードアート・オンライン》。
だがこれが、新たなバトルの幕開けだとは、まだ俺も知らなかった。
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