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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第二章
  第十八話『誰か教えてよ』

 翌日の朝、昨日とは打って変わって元気な幸恵が登校中の翠と詩織に挨拶して来た。
幸恵 「翠、詩織、おっはよーっ!」
詩織 「おはよう。何?今日はすっかり元気じゃない。」
幸恵 「まーねー。ところで翠ぃ、昨日はどうだったのぉ?」
翠  「幸恵、それはここではちょっと…」
幸恵 「あっ、そうだよねぇ。ごめんごめん、んふふふふ。」
詩織 「えーっ、なになに?何なの二人で。」
幸恵 「秘密だよね~。」
翠  「う、うん…」
 〝そんな風に言ったら却って興味を引くじゃないか〟と、翠は思った。しかし幸恵はそんな事にはお構いなく、前を歩くほむらとまどかを見つけると走り寄って行った。
幸恵 「暁美先輩、それにまどかさん、お早う御座いますぅ。」
まどか「ああ、幸恵ちゃん。おはようございます。」
 まどかは苦笑気味に応え、そしてほむらは迷惑そうに言った。
ほむら「鳴子さんでしたっけ。分かっているとは思いますけど、もっと慎んで頂けないものかしら。」
 しかしハイテンションな幸恵は嬉しそうに答える。
幸恵 「はーい、すいませーん!気を付けまーす。」
 ほむらは振り向くと〝こいつを何とかしろ!〟という目で翠を睨んだ。翠はしょんぼりと頭を下げた。

  ♢

 昼食時も幸恵はソワソワしながら一人で盛り上がる。
幸恵 「ねぇ翠ぃ、今日はどうなのかなぁ。」
翠  「どうって?」
幸恵 「今夜も狩りするんでしょ、唯さんも来るんでしょ。」
 翠はイラついた。
翠  「幸恵、私や陽子がそんな話をあなたの前でした事あった?こう言っては何だけど、どうもあなたには向いてないんじゃないのかしら。」
 しかし一番いたたまれない思いをしているのは、一人蚊帳の外に置かれた詩織だった。
詩織 「もう、一体何なの二人共。私だけ仲間外れにしてさあ。唯とか陽子とかって誰なのよ!」
翠  「御免、詩織。今は言えないの、本当御免。」
 翠は詩織に手を合わせた。

  ♢

 放課後もウキウキが止まらない幸恵だったが、帰り道の別れ際の詩織の一言で消沈する。
詩織 「幸恵、今日も塾の日だよね。それじゃあまた明日。」
幸恵 「うん、じゃあね…」
 急に落ち込んでトボトボと歩いて行く幸恵の後姿を、翠と詩織は見送った。
 翠が家に帰ると、間も無くして玄関のチャイムが鳴った。
翠  「誰だろう?」
 翠が扉を開けると、幸恵がにこやかな顔をして立っていた。
幸恵 「お邪魔してもいい?」
翠  「えっ!?うっうん、いいよ。」
 幸恵は翠の了承を得ると、ずかずかと家の中に上がり込んでしげしげと部屋の中を見回した。
幸恵 「ふ~ん、結構良い部屋ね。一人暮らしってやっぱり気楽で良いわよねぇ。」
翠  「う、うん。でもいろいろ自分でやらなくっちゃいけないから、逆に親のありがたみを感じるくらいだよ。」
幸恵 「ここって家賃幾ら位なの?月の生活費って幾らぁ、て言うか翠ってどれくらい貰ってんの?」
翠  「えーと…現金で貰っている訳じゃなくて、家賃なんかは天引きみたいになってて、生活費はカードで済ませる感じかな…」
幸恵 「カード?それ見せてよ。」
 翠は渋々それを見せた。
幸恵 「わーっ!翠これで買い物とかするんだぁ。いーなー、かっこいーなー。」
翠  「…幸恵、今日は塾に行かなくっちゃいけないんでしょ。すぐ帰った方が良いんじゃないの。」
幸恵 「あっもういいの、それは。私、魔法少女になるから。」
翠  「…あのねぇ、幸恵。前にも言ったけど、魔法少女って命懸けで戦わなければならなくって大変なんだよ。巴先輩も陽子も死んじゃったんだよ。他にもあなたの知らない人が魔法少女として戦いの中で落命しているの。塾や勉強が嫌だからって理由で魔法少女になりたいんなら止めて、そんな気持ちの人になって欲しくないの。」
 翠のその言葉に、その翠よりも怒ったような反応を幸恵はした。
幸恵 「私がそんな単純な理由でなりたいと思っているの?じゃあ聞くけど翠、あなたはどんな御大層な理由で魔法少女になったって言うの、教えてよ。」
翠  「それは…」
 翠は一瞬、私はこの世界を守る為になったのだと誇って言おうと思ったのだが、すぐに自分だって引っ越したくなかったからという打算的な理由がなかった訳ではない事に気付いてしまった。翠は悟った、結局自分も成り行きでなっただけな事を、そして今の幸恵はかつての自分である事を。だから自分が何を言おうと幸恵は魔法少女になってしまうのだ。そして魔法少女に至る理由に打算の無い御大層な訳を持った子なんてまずいないのだ。
幸恵 「ねえ、今日も魔獣狩りするんでしょ。私も連れて行ってよ。…て言うか、私行くから。どうせあの公園なんでしょ、押しかけてやるんだから。」

  ♢

 狩りの為に公園に魔法少女達が集合していた。最後に翠が幸恵を連れてやって来た。
唯  「やあ、幸恵ちゃん。」
幸恵 「あっ唯さん。えーと、こんばんは。」
ほむら「翠、どういうつもりなのかしら?」
翠  「幸恵には魔法少女の実戦を見学して貰おうと思って…」
ほむら「そう…まあ、そうなるわよねぇ。」
 ほむらの言葉の意味が翠に突き刺さる。
詠  「これって良いのかしら?キュゥべえ。」
キュゥべえ「ああ、問題ないさ。翠も随分と見学していたからね。」
詠  「ふーん。まあ、なるっていうのなら事前に知っておいた方が良いかもね。」
唯  「さあ、そうと決まれば早速行こうぜ!」
 そして一行は結界の中へと消えて行った。

  ♢

 その日の魔獣狩りは特に変わった事もなく、滞りなく終了した。
 魔法少女の翠に送られて家の門の前に着いた幸恵は、両手で翠の手を持って上下に振りながら言った。
幸恵 「今日は有り難う。私決めたから。」
翠  「そう…なら私から言える事は一つ。悔いの残らない願い事をするように、よく考えてね。」
幸恵 「うん、分かってる。じゃあまた明日。」
翠  「うん、じゃあ明日。」
 ウキウキしながら門から玄関までスキップして行く幸恵を見て、翠は夜空へと消えて行った。
 幸恵は嬉しそうに、玄関の扉を勢いよく開けた。
幸恵 「たっだいまーっ!」
 しかし、そこには鬼の形相の幸恵の母親が待ち構えていた。
幸恵母「ただいまじゃないでしょ!あなた続けて塾サボって何やってんの!」
幸恵 「何って…大切な事だよ…」
幸恵母「今のあなたに勉強以上に大切な事なんて無いでしょ!さあ、サボった分、今すぐ取り戻しなさい!」
 幸恵は震えながら消え入るような声で言った。
幸恵 「この世には勉強以外にも、大切な事はあるよ…」
幸恵母「無い!そんな物この世に無い!そんな事も分かんないならこの家から出てお行き!」
 出て行けの言葉に、弾かれるように幸恵は泣きながら家を飛び出して行った。

  ♢

 次の日、幸恵は学校に来なかった。翠は詩織に尋ねる。
翠  「今日幸恵来てないみたいなんだけど、詩織何か知ってる?」
詩織 「知らないよ!私の方が聞きたいぐらいだよ。私に内緒の例の秘密の所為なんじゃないの!」
 夜になっていつもの公園に集合すると、キュゥべえを肩に乗せた幸恵がやって来た。
翠  「幸恵!?今日…」
 翠の言葉を遮るように手を前に出して制すると、幸恵は言った。
幸恵 「皆さんどうも、私も今日から魔法少女になりました。宜しくお願いします。」
 そんな頭を下げる幸恵を、ほむらと詠はとても冷めた目で見ていたが、唯は歩み寄って幸恵の手を取って歓迎した。
唯  「やあ幸恵ちゃん、こちらこそ宜しく。」
翠  「幸恵…幸恵は一体どんな願い事をしたの?」
幸恵 「あら、それって言わなくちゃいけない事なのかしら。そんな事より早く実戦をしてみたいんだけど…」
唯  「そりゃそうだよな。ほら、みんな行こうぜ!」
 ほむらと詠は唯に幸恵という賛同者が加わった事に不安を感じた。

  ♢

 翌日、普通に登校して来た幸恵に詩織が尋ねる。
詩織 「おはよう、幸恵。昨日はどうしたの?」
幸恵 「あっ、詩織…うん、ちょっと調子が悪くってね。でももう大丈夫だよ。」
詩織 「そう…」
 放課後三人で下校すると、幸恵の方から翠と詩織に遊びに行こうと誘って来た。
幸恵 「ねえ翠、詩織。帰りに少し遊んでいかない?」
詩織 「でも幸恵、塾があるんでしょ。大丈夫なの?」
幸恵 「ああ、あれ。うんもういいの、あれは。」
詩織 「えっ!?そうなの…」
 三人はハンバーガーショップで食事を取ると、カラオケに行って歌を歌った。日が沈む頃にカラオケ店を出ると、幸恵は詩織に向かって言った。
幸恵 「今日はとっても楽しかったよ、なんか生きてるって感じがした。」
詩織 「えっ、どうしたの急に…」
幸恵 「別に…ただそう思っただけ。ウフフフ…」
 幸恵は楽しそうに笑いながら、その場で回って見せた。

  ♢

 その夜、魔法少女達が魔獣狩りに魔獣空間へと入ると、雨が降っていた。
唯  「くそ!また雨かよ…」
詠  「みんな、気を付けましょう。」
 明らかに緊張している他の魔法少女達の様子を見て、幸恵はそうっと翠に尋ねた。
幸恵 「ねえ翠、なんでみんな緊張しているの?」
翠  「雨が降っているでしょ。普通魔獣空間の中では雨は降らないものなんだけど、こうして雨が降っている時は魔獣達の行動が異常になるの。そして雨の日には犠牲者が出てるの。マミさんも陽子も雨の日に亡くなっているのよ。」
幸恵 「そうなんだ…」
 その時、唯が翠に問い掛けて来た。
唯  「どうする、リーダー。」
 翠は幸恵を見て答える。
翠  「撤退するのが無難な選択肢だと思うんだけれど…」
 そう言って翠はほむらと詠の方を見て、暗に同意を求めた。
ほむら「そうね、それが無難ね。」
詠  「私もそう思うわ。」
唯  「でも雨が降ってるからってすぐ撤退してたら、それこそ奴らの思う壺なんじゃねえか。大体敵の手も分かって来たんだし、充分注意してりゃ何とかなるだろ。少しは調べておかないと何も分からないままだぜ。」
幸恵 「私も…」
 全員の視線が幸恵に向けられる。
幸恵 「唯さんの言う通りだと思います。何もしないで帰るのは進展が無いのではないかと…」
 ほむらと詠は幸恵に愚かさを感じた。
 翠は少し考えてから言う。
翠  「今日は前の時よりも違和感があるの。前は小さな囮集団がいたけど、今日は魔獣の気配が全く無いでしょ。もしこれが罠だとしたら前より狡猾になっている気がするの。」
 しかしそれに幸恵が喰らい付く。
幸恵 「だとしたら尚更どんな罠なのか確かめておかないといけないんじゃないの。罠っぽくするだけで私達が退散してしまう方が敵の思う壺なんじゃないのかしら。」
 翠はそう言われると、少し困った顔をしてほむらと詠の方を見た。しかし二人にしてみれば、唯の賛同者などという厄介な幸恵を連れて来たのは翠なのだ。二人は好きにすればとばかりに、翠から目を逸らした。
翠  「…では、少しだけ調査する事にしましょう。私はここにいますから、四人で四方に散開して調査してみて下さい。何か見つけたらすぐにここに戻って、絶対に一人で対処しようとしないで下さい。私が空に矢を放って合図をしたら、全員ここに戻って来て下さい。それでいいですか?」
 誰も異存は無かった。
 暫らく各自散開して調査してみたものの、特に異変は見い出せずにいた。小一時間程すると翠の矢が花火のように上がり、それを見て全員が集合した。
詠  「罠があるというより、本当に何も無いって感じがするのだけれど。」
ほむら「ここにいても埒が開かないわ。出直した方がいいんじゃない?」
翠  「そうですね、取り敢えず結界を出ましょう。」
 そして五人はその魔獣空間から出て行った。

  ♢

 結界から出た一行は驚いた。そう遠くない場所に魔獣の瘴気を感じ取ったからだ。
唯  「おい!これって…」
翠  「とにかく、すぐ行きましょう。」
 慌てて五人がその瘴気の元へ行くと、そこで魔獣が結界を張っていた。
唯  「どういう事なんだ。こっちから狩りを仕掛けていれば魔獣は人を襲っていられないんじゃないのか?ほむら、どうなんだ?」
ほむら「私に聞かれても…」
詠  「キュゥべえ、キュゥべえはどこ?」
翠  「それよりも…中で誰か戦っているみたいなんですけど…」
ほむら「まさか!」
 ほむらは結界の中に飛び込んだ。他の四人もそれに倣った。
 結界の中では、まどかが独り魔獣と戦っていた。発狂したようにほむらが叫ぶ。
ほむら「まどくぁ~!」
 その場にいた魔獣達は翠らによって瞬く間に全滅させられた。
 その魔獣達を倒すと結界が解かれた。すると、襲われていた中年の酔っぱらいが訳が分からないといった風に暴言を吐いて、その場を立ち去って行った。残された魔法少女達の中で、まどかの前にほむらが歩み寄った。
 〝パシッ〟
 ほむらがまどかの頬を平手打ちした。そして涙を流しながら言う。
ほむら「もう戦わないって約束したのに…あなたを守る為に私がどんな思いでいるかなんて、あなたは気にもしないのね。」
 ほむらは泣き崩れて、その場にへたり込んでしまった。
まどか「ごめんね、ほむらちゃん。」
 みんなが遠巻きにする中、翠が一人近付いて来た。
翠  「まどかさん、どういう経緯なのか教えて頂けませんか?」
まどか「うん。あのね、みんなが狩りに行った後にね、突然うちの近くで魔獣の強い瘴気を感じたの。すぐに電話したんだけど、みんな結界の中に入っちゃった後みたいで通じなくって。それでそこに行ってみたら魔獣に襲われている人がいてね。だから成り行きっていうか、その人のこと放って置けなくって…」
 他のみんなも集まって来ていた。
唯  「まどか、俺達が至らなかった所をカバーしてくれた事は素直に感謝させて貰うけど、本来君はもう部外者なんだから勝手に戦うのは控えて欲しいんだ。分かるよね。」
まどか「うん、私が戦うのは本当に今ので最後だから。皆さん、ごめんなさいね。」
 そしてまどかは泣きじゃくるほむらの背中に手を当てた。
まどか「ほむらちゃん、本当に御免なさい。先に帰ってるね。」
 そう言って、まどかは去って行った。
詠  「何か魔獣達の方に変化が起きているんじゃないのかしら。」
唯  「そうだな、こちらも何かしらの対策を考えておかないといけないんだろうけど…どうだ、翠。」
翠  「そう言われても、私にもどうしたら良いのか…」
唯  「おいおい、しっかりしてくれよリーダー。」
幸恵 「そうだよ翠、しっかりしてよ。」
 詠は幸恵に対して嫌悪と危惧の念を懐いた。
詠  「そう翠を責めたって何も解決はしないんじゃないの。それにしてもキュゥべえはどこにいるのかしら、こういう時こそいて欲しいってのに。」
 だが今の翠は魔獣の事より、しゃがみ込んで泣いているほむらの方が気になっていた。
翠  「キュゥべえもいないし、今夜はもうこれで解散するしかありませんね。今後の対策についても、やっぱりキュゥべえを交えた方が良いと思うので…」
 結局それで解散となった。翠はうずくまるほむらに何か声を掛けようとしたがやっぱり止めて、ほむらを一人残しその場を去った。

  ♢

 翌日、翠は心配になって休み時間にほむらのクラスに行ってみた。
翠  「あの、すみません。今日暁美さんと鹿目さんって来ていますか?」
仁美 「いいえ、そのお二方なら今日はいらしていませんけど…そう言えばあのお二人って何か関係があるのかしら?あなたは一年生ですわね、あのお二人について何かご存知なのかしら?」
翠  「いえ。すみません、失礼します。」
 翠は慌てて去って行った。
 翠が自分のクラスに戻ろうとすると幸恵が現れて、翠を人気の無い所に引っ張って行った。
翠  「何、幸恵?あんまり時間無いよ。」
幸恵 「ええ、だから手短に答えてよ。暁美先輩とまどかさんの事なんだけど。まどかさんも魔法少女なんでしょ、私達とどう違うの?」
翠  「まどかさんはね、この世界の魔法少女じゃないの、前の世界の魔法少女なの。実はね、あの陽子が魔法少女になる時の願い事でまどかさんをこの世界に呼び寄せたのよ。それでどういう訳だか私も知らないんだけど、ほむらさんはまどかさんの事を知ってて仲が良いんだよ。」
幸恵 「…よく分からないけど、あなたもよく分かってないって事は分かったわ。」
翠  「…。」

  ♢

 薄暗い部屋の中で、ほむらとまどかは膝を抱えて座っていた。
ほむら「まどかは約束を破られるって、どんな気持ち?」
まどか「御免ね、ほむらちゃん。」
ほむら「それともまどかにとって私との約束なんて大事じゃないのかなぁ?」
まどか「御免ね、ほむらちゃん。」
 しくしくと二人は泣き出した。
ほむら「卒業したいって言ってたのは嘘だったのかなぁ?」
まどか「御免ね、ほむらちゃん。」
ほむら「ソウルジェムを見せて、今すぐに。」
 まどかは自分のソウルジェムをほむらに差し出した。
ほむら「もう、こんなに…」
 まどかのソウルジェムは大半が闇となり、その中に幾つかの輝きが浮いている状態だった。ほむらはソウルジェムを返すと言った。
ほむら「こんな事、まどかに言いたくないよ。言いたくないけど、私はあなたとの約束を守る為に全てを捧げたのに…なのに…ねえまどか、ひょっとして私の所為で世界を変える贄となってしまったから恨んでいるの?もしそうなら、そう言って私を責めて…だって私、その方が楽だもの。」
まどか「本当に本当に御免ね、ほむらちゃん…御免ね…御免ね…」
 後は二人のすすり泣く声が聞こえるばかりだった。

  ♢

 ほむらの部屋のチャイムが鳴った。だがほむらもまどかも動かなかった。間隔を置いて再び鳴った。まどかは顔を上げてほむらの方を確かめた。しかしほむらは顔を埋めたまま動こうとはしなかった。三度目のチャイムが鳴った時、まどかがそっと立ち上がった。まどかの動く気配を受けてほむらがまどかに言う。
ほむら「出なくていいよ。」
まどか「誰か確かめるだけだから。」
 そう言ってまどかは玄関まで行くと、扉の覗き窓から誰が来たのか確かめた。まどかが鍵を開ける音を聞いて、ほむらは顔を上げた。
まどか「あら、翠ちゃん。いらっしゃい。」
翠  「どうも、まどかさん…今日はお二人共、学校を休んでいらしたみたいでしたけど…」
まどか「うん、ちょっと調子が悪くってね。心配させちゃってごめんなさいね。」
 その時、暗い部屋の奥からほむらが出て来た。ほむらは髪を乱し、よれよれのパジャマをだらしなく着崩していた。
ほむら「何か用?」
翠  「いえ、今日は学校を休んでいらしたのでどうしたのかと思って、ちょっと寄らして貰っただけですから。」
ほむら「心配したって言うの。…ああそうよね、また狩りとかサボられたら困るものね。御心配して頂かなくても使命なら果たしますから。」
翠  「…お加減が悪いようでしたら、今日は来て頂かなくてもいいんですよ。」
ほむら「別に、仕事ならちゃんと出来るわ。後で因縁つけられるよりはましだもの。」
翠  「いえ、私の方からみんなには説明しておきますから、来なくてもいいです。」
ほむら「あなたがよくてもダメって言う人がいるでしょうが。大体あなたにそんな権限なんて無いでしょ。」
翠  「一応私がリーダーですから。今のあなただと足を引っ張られそうだって言えば、みんな納得してくれます。」
ほむら「あなたがリーダー?」
 ほむらはさも馬鹿にしたような口調で言う。
ほむら「はっ、リーダーだなんて言っても所詮は形だけのものでしょ。そんなものに意味なんて無いわ。」
 翠にしてみればほむらの為を思って言った事だ、なのにそんな風に言われては感情的にならない訳がなかった。それでも翠はほむらを責めるような事を言いたくはなかった。ふと、陽子の言葉が脳裏に甦る。
 〝まどかには気を付けて〟
 翠は、自分とほむらの間でどうして良いのか分からずに立ち尽くしているまどかが、急に腹立たしく思えた。考えてみればこの人が来てからほむらはおかしくなったのではなかろうか。あの素敵な憧れのほむらは…
翠  「私思ったんですけど、まどかさんが現れてから魔獣達の様子が変になった気がするんです。まどかさん、あなた何か思い当る所はありませんか?」
まどか「あはは、そう言われても私…御免なさい。」
 まどかは申し訳なさそうに、しょげて下を向いた。しかし、ほむらにとってまどかは最大の琴線だった。
ほむら「あなたにまどかの何が分かるっていうの!今のまどかがどれ程のリスクを負って戦っていたのか、そして前の世界でどんな思いをしていたのか、知りもしないくせに…謝って、まどかに謝ってよ。今すぐ謝りなさいよ!」
 しかしほむらがまどかを庇えば庇うほど、翠のまどかに対する嫉妬は増すばかりだった。翠にしても陽子やマミを失って来ているのに…
翠  「今の世界の魔法少女だって、みんな命懸けで戦っています。それに前の世界の事なんて、今の私達には知った事ではないんです。今の私達にとっては、今目の前にある事だけが全てなんです!」
 翠はほむらにではなく、まどかに向かって言っていた。その時、ほむらが奇声を上げた。
ほむら「キーッ!」
 逆上したほむらの拳が翠の左頬を打ち抜いた。翠は反動で更に鋼鉄製の扉に強かに頭を打ち付け、その場にしゃがみ込むように崩れ落ちた。倒れた翠に対し、尚もほむらは奇声を発しながら暴行を加え続けた。
ほむら「この野郎!翠てめー、こん畜生が…」
まどか「止めて、ほむらちゃん!」
 まどかがほむらにタックルをして翠から引き剝がすと、翠は扉を僅かに開けてそこから擦り抜けるように逃げ出して行った。
 翠は泣きながら夕日に染まった街を走った。翠は走りながら、まだ心の中にいるカッコいい尊敬するほむらを必死に守った。

  ♢

 夜の公園に唯と詠と幸恵が集まっていると、そこへ翠がやって来た。翠は明らかに泣き腫らした目をして、その左頬には痣があった。三人は聞かずにはいられなかった。
幸恵 「その左頬、どうしたの翠?」
翠  「大丈夫、何でもない。」
 しかし三人は、明らかに大丈夫じゃないし何でもなくはないと思った。
 そこへほむらがやって来た。ほむらが来ると翠は明らかに彼女を避けて顔を背けた。異常なまでにぎこちない二人を見て、他の三人は何かこの二人の間であったと確信した。
 詠は翠を心配して一計を案じた。
詠  「ねえみんな、私今考えたんだけど。狩りの時、一人外に残して置いた方がいいんじゃないのかしら。そうすれば昨日みたいな時に対処し易いでしょ、どう?」
 しかしその意見はすぐに唯に否定されてしまう。
唯  「いや、それなら中に入ってから何か異常があった時に、人員を分けて対処すればいいんじゃないか。」
 唯は全体行動主義的価値観からそう言っているだけなのだが、それに幸恵が乗って来る。
幸恵 「私もそう思います。その方が情報の共有がより確かかと…。」
 どんな意見にもそれなりの理があるものだが、今の幸恵が完全な客観論で言った訳ではない事が判るだけに、詠は苛立ちを覚えた。しかし今の翠とほむらが方針について意見を言う事は無さそうだから、結局2対1で負けなのだ。詠はバカバカしくなった。
詠  「そう…それじゃあどうする翠。みんなで行くぅ?」
 翠はさばさばした感じで言った。
翠  「ええ、そうしましょう。」

  ♢

 結界の中に入ると、雨こそ降っていないものの少し妙な雰囲気だった。やや離れた所に魔獣達が群れを成していた。
詠  「あの時に似ているわ、何か嫌な感じがする。」
唯  「でも戦わない訳にもいかないんじゃないか。それとも一旦出るか?」
 唯は翠に指示を仰いだ。翠は酷く醒めた顔でお座成りに言った。
翠  「罠ならどんな罠か見極めないとでしょ。取り敢えず行ってみましょう。」
 魔獣の群れは逃げる事はなく、すぐに戦闘となった。戦闘の間、魔獣が散発的に寄って来た。時々詠が翠に確認を取りに行ったが、翠はただ単に戦闘の継続の方針を示すばかりだった。逐次的にやって来る魔獣達を倒していくのはそう難しい事ではなかったのだが、いつの間にか結界の出口から遠く離れてしまっていた。その事に気付いた詠がみんなにそれを伝えようとした時、その出口付近に巨大魔獣がまたも出現した。
唯  「くそぅ、また同じ手を喰らうとは…」
幸恵 「前にも同じような事があったんですか?」
唯  「そうなんだ、だから何か対策を立てておかなければいけなかったのだけれど…」
 唯が口惜しそうに言うのを聞いて、幸恵は翠に責めるように尋ねた。
幸恵 「ちょっと翠、どうすんのよ。」
翠  「撤退するしかないんじゃない。」
 翠は酷く他人事のように言った。するとその言い方に唯が噛み付いて来た。
唯  「おいおい、リーダーがそんなんじゃみんな困るじゃないか。もっとちゃんとしてくれよ。」
幸恵 「そうよ翠、あなたがしっかりしないからこうなるんでしょ。」
 翠はもう本当に凄くどうでもいい気持ちになった。
翠  「リーダーって何?不満受付係って事なの?大体私、好き好んでリーダーになってる訳じゃないんだよ。」
 しかし幸恵という賛同者を得て唯も強気になっていた。
唯  「この状況で今そんな事言うのかよ!人として信じられないぜ!」
幸恵 「そうよ翠、まず謝んなさいよ!」
 幸恵の放った〝謝れ〟の一言は、前出のほむらの言葉と相まって翠の精神を乖離させた。自分は頑張っても、相手の為を思っても、何をしても悪くて間違っているというのだろうか。なんで自分は魔法少女になんてなったのだろうか、それが間違っていたのであろうか。翠の心からすうっと何かが抜け出て行った。
 翠は呆けたような顔をしたまま、その目から涙をポロポロと落とし始めた。
唯  「おい!今泣いてる場合かよ!」
幸恵 「まさか泣きゃあ許されるとでも思ってんじゃないでしょうね、翠ィ!」
 弱った翠を唯と幸恵が責め立てているのを見て、詠はとても不快な気持ちになった。かつて唯に付き合わされてほむらを責め立てた時の自分が今の幸恵と同じようなものだったのかと思うと、唯と幸恵と更には自分に対する嫌悪感で一杯になった。遂に詠は唯にぶちまけた。
詠  「唯!あなたに人を非難する資格なんてあるの!」
唯  「なっ何だよ詠、急に…」
詠  「あのね唯。そもそも私がクラスで嫌がらせを受けていたのは、あなたの独善的な言動の尻拭いをしていたからなのよ。マミさんが死んでしまったのだって、あなたが巨大魔獣と、それに自分の魔力を大きく使う事に対する恐怖から逡巡した事が原因でしょ。しかもその負い目から逃れたいが為に、ほむらに私的な制裁を掛けて、土下座させた上に足蹴にまでして。」
 ほむらが何気に唯の方を向くと、唯は顔面を蒼白させて固まっていた。
詠  「陽子の時だってそうよ。あなたは自分の魔力を惜しんで、陽子に無理をさせたでしょ。」
 それを聞いて翠が唯の顔を見る。唯は、それは言うなよとばかりに、両手を詠の方に向けて抑えるように動かす。
詠  「しかもそれを彼女の為だなんて白々しい嘘まで吐いて、あなたは人に言うだけの事をしない、ただの偽善者よ!」
 唯はこの瞬間まで自分は詠の尊敬を受けていると思い込んでいた。しかし自分の矮小な部分が見透かされ、自身の正義が崩されてみると、魔法少女の中で自分の立場が酷く悪い事に気が付いた。詠もほむらもそして翠も、自分を非難するように見ている目に思えた。
唯  「じゃあ言うだけの事をして見せればいいんだろ!」
 そう叫ぶと唐突に、唯は単身巨大魔獣へと突っ込んで行った。他の四人は完全に虚を突かれ置いていかれた。結界の出口付近には四体の巨大魔獣がいた。
唯  「正義断罪!」
 唯は必殺技を出して、瞬く間にその一体を切り捨てた。
唯  「正義断罪!」
 そして必殺技を連発して二体目も葬った。
 唯は自分に言った。
唯  「何だ、連続して出せるじゃないか。それにそんなに負荷を感じないぞ。」
 唯はなんだか楽しくなった。
唯  「正義断罪!」
 三体目を切り倒した時、少しふらついた。本来の臆病な唯が自身の限界を警告していた。しかし、高揚した今の彼女にはもっと大切な事があった。
唯  「あの最後の一体も倒せば、誰も俺に文句は言えなくなるさ。」
 唯は自分にそう言い聞かせた。
唯  「正義断罪!」
 唯は四体目の魔獣を倒すと、どうだと言わんばかりにみんなの方を振り向いた。みんなが自分の方へとやって来るのを見て、唯はそれが自分を称賛する為だと確信した。
 そしてそれは、彼女がこの世界で見た最後の光景となった。
 魔法少女達は唯のいた場所を囲んで佇んでいた。円環の理に導かれ消滅してしまった唯の、白い鉢巻がポツンとその場に置かれていた。幸恵はそれを拾い上げると詠に言った。
幸恵 「これで満足ですか?」
 詠は何も言えなかった。幸恵は落涙しながら誰彼へと無く叫んだ。
幸恵 「魔法少女って何なの。憎しみ合うものなの。こんな結末しか待っていないの。ねえ!誰か教えてよ!」
 他の三人は何も言えなかった。
 
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