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SECOND

作者:灰文鳥
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第一部
第二章
  第十一話『御馳走様でした』

 静沼中二年生の綾野唯(あやの ゆい)は授業の始まる直前に教壇に立つと、クラスメイト達に向かって叫んだ。
唯  「このクラスには卑怯者がいる。春哥詠(はるか うたう)にネットやケータイを使って悪質な嫌がらせをしている奴等が明らかにこの中にいる。どういうつもりか知らないが、言いたい事があるなら正々堂々と言えばいいだろ。今すぐやってる奴は名乗り出て来い!」
 教室の中は静まり返った。何人かは下を向いていて、その中の数人はほくそ笑んでいた。そして教室の中で誰よりも気まずく俯いて困っているのが春哥詠だった。
唯  「どうした卑怯者!出て来いよ!」
先生 「おい、綾野。何やってんだ、廊下まで響いてるぞ。すぐ席に着け。」
 先生の登場により、唯の憤怒の叫びは終了となった。
 授業が終わり休み時間になると、詠は唯に駆け寄って行き教室から引っ張り出した。その様子を何人かの生徒達はニヤニヤとしながら見送っていた。
詠  「唯…私の為にありがとう。でも止めて。あんな事すると却って事態が悪化するのよ。」
唯  「何言ってんだよ、詠。性根の腐った奴らには、はっきり言ってやった方が良いんだよ。そういう事勿れ主義が奴らを増長させているんだ。」
 詠はもう、うんざりしていた。詠と唯は幼馴染だった。唯は昔から独善的で自分の正義を疑わなかった。その為に多くの場面で人と衝突し、敵を作った。今回もそうだった。二年になって詠は唯と同じクラスになった。そして相変わらず強情な唯は、事あるごとに自分を貫き、クラスメイト達と衝突した。そしてその度に詠は間に入って仲裁をした。やがて一部の怒りは詠に向かい、陰湿な嫌がらせが始まったのだ。
詠  「とにかく火に油を注ぐようなマネはしないでちょうだい!」
唯  「ダメだ!悪いのはやってる奴らの方なんだぞ!」
詠  「ああ、もう…」
 陽が落ち夜のとばりが下りる頃、茶道部での活動を終えた詠は帰路に就いた。ほぼ夜道の中を歩いていると、中年の男に詠は呼び止められた。
中年 「君ぃ、春哥詠ちゃんだろぉ。おじさん知ってるんだよぉ。」
詠  「あの…何ですか?大きい声、出しますよ。」
中年 「止めときなよ、親とか学校とかに知られちゃ不味いんだろぅ。ケータイのサイトで見たよ、売りをしてるんだろぅ。」
詠  「何の事ですか、私知りませんけど。」
中年 「とぼけなくていいよぉ。そんな事よりさ、近頃は物騒じゃない?得体の知れない奴らを相手にするより、一人の専属になった方が安全だよぅ。詠ちゃんとっても可愛いから、おじさんうんと色付けちゃうよぉ。」
詠  「失礼します。」
 詠がその場から離れようとした時、その中年の男は詠の腕を取った。
中年 「おい、待てよ。人が下手に出てりゃいい気になりやがって。表出て困んのはお前の方だろうがよ。」
詠  「私は何もしてません、放して!」
 詠は何とかして男の手から引き離れようともがいたが、大の男の力にはどうする事も出来なかった。しかしその時、詠は男の後ろに誰かいる事に気付いた。
 〝ゴッ〟
 次の瞬間、鈍い音と共に中年の男は倒れた。そしてその男の後ろに、コンクリートブロックを持った唯が立っていた。
詠  「唯!あなた何をしたの?」
唯  「君を助けたに決まってるだろ。」
詠  「助けたって…」
 男は白目をむいて仰向けに倒れていた。頭の辺りから血溜まりが広がる。
唯  「ここにいたらマズイ。とにかく離れよう。」
 唯はコンクリートブロックを投げ捨て、詠の手を取って走り出した。
詠  「ちょっ…」
 詠は逃げるのはどうかと思った。自分は完全に被害者の筈だったが、こうなってしまうとそうも思えなくなる。
詠  「唯、救急車を呼んだ方がいいんじゃないの?」
唯  「そんな必要は無いさ。」
詠  「死んでしまったら、死んでいたらどうするの。殺人よ!」
唯  「向こうが悪いんだ。正当防衛だよ、問題無い。」
 やみくもに全力疾走する二人。詠はもう何が何だか分からなくなっていた。
詠  「とにかく待って!」
 詠は唯の手を払って立ち止った。
唯  「何だよ、詠!」
 唯も振り返って足を止めた。荒い息を整えながらお互いを見合う。その時二人は気付いた、自分達が異様な場所にいる事に。
詠  「ここ、どこ?」
唯  「俺が知る訳ないだろ…」
 そこは白い砂地のような地面に白い石の塔のようなものが林立した異世界、魔獣空間の中だった。やがて魔獣が現れ二人に向かって来た。
唯  「何だよあれ、一体何なんだよ…」
 呆然と立ち尽くす二人に魔獣の腕が振り上げられた。しかしその腕が振り下ろされるすんでに魔獣の顔面で爆発が起こり、魔獣はのけぞって倒れた。
マミ 「危ない所だったわね、でももう大丈夫よ。」
 いつの間にか二人の前に、一人の少女が立っていた。少女は独り言を言う。
マミ 「変ね、この程度の魔獣が単独で現れるなんて…」
詠  「あっあの、あなたはどなた。そしてここはどこなのかしら?」
マミ 「私は魔法少女よ。そしてここは魔獣空間の中、今倒れた巨人が魔獣。」
詠  「はあ…」
 呆気にとられる二人を結界から出し、変身を解くと、見滝原中の制服を着たマミは去り際に二人に言った。
マミ 「もし今あった事を覚えていられたのなら、またお会いする事になるかもしれないでしょうね。」

  ♢

 日曜日になった。マミは行き付けのショッピングモールへ他の四人を先導した。
マミ 「まず必要な物から取り揃えましょ。下着なんてどお?」
まどか「はい、そうして頂くと助かります。」
 エレベーターに乗ると幸運にも五人で貸切状態になった。
マミ 「えーと鹿目さん、私達今の魔法少女って要らないんだけど…生理用品とかはどうなのかしら?」
まどか「あはは、前の魔法少女も要りません。」
 まどかはちょっと照れながらも、マミの女性ならではの心遣いに感謝の念を抱いた。
 一行は陽子とまどかの物を重点的に下着を揃えると、その隣で売っている寝間着類を見に行く事にした。まどかがパジャマを選んでいると、ほむらが声を掛けて来た。
ほむら「まどか、これなんてどお?」
 ほむらはスケスケのオーガンジーで出来たピンクのネグリジェを持って聞いて来た。
まどか「えー、ほむらちゃんそんなの着るの?大人だねぇ。」
ほむら「違うわよ、まどかにどうかと思ったのぉ。」
まどか「わっ、私そんなの着ないよ。恥ずかしいよ。」
ほむら「そーお?似合うと思うんだけど…」
 そしてほむらは残念そうにそのネグリジェを元に戻すと、まどかと一緒に別の物を見にその場を去った。そのやり取りを何気に近くで聞いていた翠は、ほむらが戻したネグリジェを手に取ってじっと見詰めながら呟いた。
翠  「ほむらさんてこういうの着る子が好きなのかな…」
陽子 「翠ちゃん?」
 衣料品を中心に靴や洗面具など一通り揃え終ると、マミがみんなを集めて提案して来た。
マミ 「ちょっといいかしら、みんなに一つ提案があるのだけれど…」
ほむら「何かしら。」
マミ 「トロピック見滝原って知ってる?」
陽子 「あっ、知ってますよ。つい最近出来た密閉式複合型温室施設の事でしょ?」
 翠は妙に情報通な陽子を思わず見やった。
マミ 「そう、そこ。それでね、今度そこにみんなで行ってみない?」
翠  「いいですね、是非行きましょうよ。」
 ほむらはあまり乗り気ではなかったが、まどかが行きたそうにしていたので迷っていた。
マミ 「ただね、そこって中に入ったら水着が基本なのよね。だから今から水着を買って、その後お昼にしましょう。」
 ほむらが水着と聞いて行く気をなくし、自分達は遠慮すると言おうとした時、
マミ 「鹿目さんの水着は私が持たせて貰うわね。だって私が言い出したのだから。」
 と、マミに言われたのでなんだか少しむきになってしまい、勢いマミに言い返してしまった。
ほむら「その必要はないわ、マミ。まどか、あなたのは私が選んであげるから、私のを選んでくれないかしら。」
 ほむらのその言葉をマミの提案の受け入れと解釈したまどかは大喜びでそれを了承した。
まどか「うん!ほむらちゃん、任せて。」
 水着を選び終わると、少し遅めの昼食を取る事にした。ショッピングモールの中にあるレストランに入ると、お昼時を過ぎた所為か店は空いていた。ほむらとまどかは種類の違うコロッケ定食を頼んだ。ほむらはまどかの皿に無いコロッケを切り取ってまどかに与えた。
ほむら「ほらまどか、これ美味しいよ。あ~ん。」
まどか「ほんとだ、これ美味しいね。でもこっちのも美味しいよ。はい、ほむらちゃん、あ~ん。」
 そんなほむらとまどかのイチャイチャぶりに翠はとてもつまらなそうだった。自分のパスタのマッシュルームの切り身をフォークで突き刺して不味そうに食べる翠。そしてみんなが食べ終える頃、マミが言った。
マミ 「ここの代金は私が持つわね。」
ほむら「マミ、そんな気は使わなくていいわ。」
翠  「そうですよ、みんな自分で払えますよ。ねえ陽子。」
陽子 「は、はい。大丈夫です。」
 翠の台詞がわざとなのかは判らないが、まどかはバツが悪かった。
マミ 「ウフフ。私が幾ら貰っているか知ってる?」
 そう言ってマミはテーブルの上に身を乗り出してきた。他の者もそれに倣うと、テーブルの中央でマミはひそひそと金額を発表した。
四人 「えーっ!そんなに…」
マミ 「それで、どうするのかしら?」
四人 「御馳走様でした!」
マミ 「どういたしまして。」

  ♢

 一行は食休みに屋上へと上がった。屋上は公園のようになっていて人は疎らだった。各自それぞれが気ままに散って散策していた。金網越しにじっと街を眺めるまどか。そのまどかにマミは声を掛けた。
マミ 「前の世界ってどんなだった?」
まどか「うーん、殆ど今と変わらないですね。」
マミ 「そう…」
 まどかはソウルジェムを取り出してマミに見せた。
まどか「マミさん、これソウルジェムって言うんです。前の世界の魔法少女はみんなこれを持っていました。」
 そしてまどかはそのソウルジェムをマミに手渡した。
マミ 「ふ~ん。あら綺麗ね、これ。この中って輝いているみたいだけど…」
まどか「マミさん、実はそれって…」
 その時、魔法少女に変身してただならぬ様子のほむらが、弓をマミに向けて引きながら警告して来た。
ほむら「巴マミ、今すぐそれをまどかに返しなさい。」
まどか「何言ってんのほむらちゃん。しかもこんな所で変身してマミさんに弓を引くなんて、どうかしちゃったの?」
ほむら「どうかしているのはあなたの方でしょ、まどか。さあマミ、早くそれをまどかに返して!」
マミ 「はいはい、御免なさい。少し扱いがぞんざいだったかしら。」
 マミはそう言うと、丁寧に両手でソウルジェムを包むようにしてまどかに差し出した。そしてそれをまどかが受け取ると、マミは両手を軽く上げて言った。
マミ 「はい、降参降参。これでいいかしら?」
 ほむらは変身を解くと、荷物をまとめてまどかに言った。
ほむら「まどか、必要なものは大体揃ったわ。今日はもう帰りましょう。」
まどか「でも陽子ちゃんの家電製品とかまだ残ってるし…」
ほむら「それは私達が一緒にいる必要の無い事よ。さあ、行きましょう。」
 異変に気付き、翠と陽子が駆け寄って来る。
マミ 「そうね。鹿目さん、今日の所はもう帰った方がいいみたいね。」
まどか「すみません、マミさん。翠ちゃんと陽子ちゃんもごめんなさいね。」
 そう言い残すとまどかはほむらに連れられて帰って行ってしまった。
翠  「何があったんですか?マミさん。」
マミ 「ええ、ちょっとね。」
 金網越しに街を見詰めるマミ。風が吹き髪を手で押さえながら、独り言のように言う。
マミ 「あのまどかって子、厄介事を呼び込んでくれなきゃいいんだけど…」
 
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