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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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53.辺獄・衣鉢継界

 
前書き
8/22 なんか〆が決まってないなぁと思ったので書き足しました。 

 
 
 熱――それは世界において最も基本的なエネルギー。

 熱はこの世界において二つに分類される。
 それは、『星』の熱と『生命』の熱だ。いや、もしも『星』を一つの生命体と考えるのならば、この世に存在する全ての熱は『生命』の熱ということになるのかもしれない。熱とはそれそのものがこの世に存在しようとする灯であり、それが尽きたときに人は刹那と那由他が永遠に交錯する世界へと旅立ってゆく。

 灯は大きすぎればその身を焼き尽くす過ぎたる力ともなる。或いはほかの灯を飲み込むうねりともなるだろう。人は持ちすぎても、持たな過ぎても灯を維持することができない。まるで神の裁定の如き奇跡的なバランスの中で、人は生きている。

 そのバランスが崩壊した瞬間、リージュ・ディアマンテはそれまでに感じたことのない悪寒を覚えた。
 魔力の暴走だと聞いていたのに、魔法も使っていないのに、内から湧き上がる「熱を消し去る力」が全身を満たす。破裂するほどに膨れ上がったそれを――しかしリージュは失われていない冷静さに意識を注いで叫んだ。

凍てつけ(ヘイル)凍てつけ(ヘイル)凍てつけ(ヘイル)凍てつけ(ヘイル)凍てつけ(ヘイル)凍てつけ(ヘイル)ッ!!!」

 破裂する前に放出しろ――彼の言った言葉だ。だから、とにかく放出した。
 瞬間、喉を焼くほどの灼熱の窯に突如氷塊が噴出した。放出された瞬間に溶け、溶けた瞬間にさらに放出される。最初は拮抗しているように見えた高温と低温は、数秒としないうちに氷の噴出が勝り、リージュの周囲に大きな氷の空間を作り出していた。

 この氷は、ただの氷とは違う。本来氷とは低温の環境と水がなければ成立しない個体だ。そして魔法によって発生するそれは氷ではあるが、氷が出現する原理が異なる。放出された魔力が魔法法則による定義づけで水として出現し、それが凍ることで氷魔法や水魔法は成立している。

 しかし、リージュが放つ今のこれは何かが本質的に異なる。
 これは奪うものだ。触れるすべての『生命』の熱――灯の力を奪い、消滅させる、冷気とは異なる性質を内包した『何か』だ。それが、自らの内より放出されている。本来は自らの灯と共にある筈の魔力が変質している。

『何が――私の中で、何が……』
『驚いたな』

 唐突に、身を凍らせるほど冷たく透き通った声がした。

『無限の器と無限の可能性の融合――それがヒトにヒトならざる力を与え給うか』
『だ、誰だ……!?』

 目には見えない。ただ、とても純粋な光がぼうっとしたシルエットを作り出していた。その姿はひどく曖昧で、人にも見えれば獣にもただの自然物にも見えるが、しかしそれには確かな意志を感じる。

『我は、ヒトがメイヴと呼ぶ者。或いはウンディーネ。或いはセルシウス。或いはルサルカ。或いはヴォジャノーイ。或いはジャックフロスト。或いはシンビ。そのすべてがヒトの解釈によっては我であり、我ではない。総体であって総体ではない。全であって全ではない』
『メイヴ……ウンディーネ……ではお前は精霊だと言うのか!?』
『或いは妖精でもある。ヒトには理解できないだろうが、妖精と精霊の境とはヒトの認識が決めるものであって、我からすれば同一の存在であると言える。精霊の認識するヒトとヒトの認識する我々には微妙な差異が存在する』

 光は極めて曖昧な発言を繰り返しているが、少なくとも人以上の存在であることは感じ取れる。冒険者として魑魅魍魎を相手にしてきたリージュの本能がそれを告げていた。だが同時に光を警戒し、敵視する意識はまるで沸いてこない。

『不思議だ、お前は。初対面の相手に当然として抱く緊張などの様々な意識が、お前の前では省かれている気がする。お前は敵なのか?そうではないのか?私に何をした?』
『お前が抱いている疑問は、お前の魂が我の側に近づいているから感じる肉体と精神のずれが齎すものだ。我にヒトの持つ嘘や疑いという概念はない。認めるのは事実のみだ』
『近づいている……精霊に、わたしがか?』

 自らの肉体より湧き出る『熱を奪う力』は確かに人の身には強すぎる力だ。自分の内側からそれを出せば、自らの熱さえ奪いつくして死に絶えるだろう。それが起きていない現状を鑑みればその理屈も理解できなくはない。

『精霊とは神の下位存在。汝はあの男から血を受け取ったことで神秘の側にひとつ傾いた』
『待て……血を受け取るだけなら冒険者全体が言える。神聖文字を背中に刻まれる時点で微量ながら神血を受けるのが冒険者だ』
『お前はエピメテウスの血を得た。そしてあの男からの血も得た。血の力と薬によってその身には通常ではありえぬ根源霊素(エーテル)に満たされた。我からすれば余りにも不完全で不安定だが、ヒトの解釈からすればそれは我の概念と近づいたことになる。だから我は最初に驚いたと言った。汝は不完全ながらこちらに足を踏み入れたのだ』

 自分が、精霊に近づいた。何一つ実感の伴わない重さのない言葉。今という瞬間さえ、リージュにとってはどこか現実味のない感覚だった。いや、そもそも自分は現実にいるのだろうか、それとも夢のなかにいるのだろうか。この感覚こそが精霊の言う『肉体と精神のずれ』なのだろうか。(あぶく)のように湧き出ては答えも出ぬまま弾けて消える疑問を抱きながら、リージュは問うた。

『お前は結局の所、何のためにわたしの前に現れた?わたしはお前からすれば不完全な精霊なのだろう?薬が関係あるのなら、あれは時間が経てば効果は切れる。ならばこの邂逅に何の意味がある?こう言っては何だが、私は急いでいる。戦いに赴かなければならない。この邂逅がお前の気まぐれで起きているのならば、もうこの話は終わらせたい』

 今、オーネスト達は炎を纏った黒竜と絶望的な戦いを繰り広げている筈だ。
 そして、それに打ち勝つためにリージュはオーネストの頼みを受け入れた。
 『精霊だか何だか知らないが、構っている暇はない』のだ。
 そんなリージュの毅然とした態度に、精霊は揺らめいた。

『我は汝に興味を持った。汝に力を与えた神でも、神の血を持つあの男でもなく、それを受け入れて今も躊躇いなく戦いに赴く意志を普遍的に抱く汝は面白い。汝に力は与えぬが、僅かな知恵を授けよう。汝が何に近づいたのかを知れば、汝の『絶対零度』の力は更なる飛躍を遂げるであろう。受け取るか?』

 リージュはその言葉を咀嚼し、間髪入れずに結論を弾き出した。

『そうか、ならばとっとと寄越して失せろ。寄越す気がないなら失せろ。そして授けるのに時間がかかるのならば矢張り失せろ』

 今必要なのは得体のしれない精霊の知恵ではなく時間である。
 精霊が、どこか愉快そうに再び揺らめいた。

『面白い。焦って判断を疎かにしているのでもなく、機械的に裁定しているのでもなく、打算で顔色を窺うこともせず、自身の絶対的な裁量で選び抜いたな』
『そのおべんちゃらは私の「急いでいる」という発言を聞いていての事か?』
『焦るな、ヒトよ。精霊の時間はヒトの時間とは違う。こちらでの一刻は、あちらでは一瞬だ――祝福を受け取るがよい』

 光の中から暖かな(つぶて)が飛来する。リージュはそれを受取ろうとしたが、自分の周囲に放たれた『奪う氷』が邪魔をして動けなかった。礫はリージュの額に当たり、音もなく体に浸透していった。
 それを確認したかのように精霊の光はうねり、乱れ、やがて霧散していった。

『婉曲な奴だな。アキくんとは絶対にウマが合わない………う、ぐっ!?』

 突如、頭に激痛。脳裏に無理やり理論が叩き込まれるように、リージュの全身を精霊の知恵とやらがあらゆる感覚、知識として駆け巡り、震わせる。

 全身の血液が逆流するような冷たさ。
 灯の逆転にある、消滅と異なる結果。
 熱を奪い、纏わりつく極寒の雪。
 転じて、動を静止させる力。

 何処までも純白で、瞬間を幾重にも折り重ねた雪原に限りはなく、凍てついたまま全身を流れる血潮は加護と転じる。
 
 右手を動かす。右にあった氷が金剛石(ディアマンテ)を砕いたかのように美しい飛沫となって散り、そして腕に纏われる。
 左手を動かす。左の氷がやはり飛沫の軌跡となって、『村雨・御神渡』へと纏わりつき、濡れるように艶やかな刀身が更なる輝きを纏う。

 物質としての氷ではない。リージュの魂に刻まれた『絶対零度』という固有法則と神の力が振れて偶発的に生まれた、この世に存在しなかった法則だ。リージュの内より出でてリージュのみに従う、リージュそのものだ。
 
 全身が淡く輝き、黒竜の圧倒的な灼熱を纏う冷気が一気に押し返す。急激な温度変化のもたらす空気の奔流がリージュの髪を乱暴になぜる。吸い込む息は肺が凍り付くほど冷たいのに、リージュの体を巡る凍てついた血はそれを許さない。

 凍てついた血、停止した刻。リージュは、そのような存在となったのだ。

「そう、そうか。これが私の『絶対零度』の根源的な――」

 完全なる熱の支配に至らないのは、それだけ黒竜の放つ力が絶大であることを示しているのであろう。しかし、もはやそれもどうでもいい。今、リージュは大切な人のために動き回り、立ち向かう力を得ている。その事実一つだけを認められるなら、後は行動という選択肢以外に選ぶ道などありはしない。

「これならば、もう遅れは取らない」

 視界に写るのは愛しい人とその親友となった人。見知らぬ人。そして、忌まわしき邪悪の化身。

 状況は何も変わらない。相変わらずこの空間は灼熱に満たされている。ただ、リージュだけが劇的に変化した。もう耐えるだけの無様な姿など晒すことはない。この力ならば逆襲とて出来る。細かい力のコントロールは叶わないが――。

『節約など考えるな。仲間のことも無視しろ。このフロアを永久氷壁に変えるつもりでやれ』

 それが必要だというのなら、リージュは躊躇いなくそのように世界を塗り替え、運命を凍結させよう。

凍てつけ(ヘイル)――氷獄の吹雪にその魂までも凍りつかせろ、古の獣よッ!!」

 言霊が奔り、世界が魔力で塗り替わる。

 リージュは気付いていない。自分の背中に刻まれた神聖文字が自動的に書き換えられ、レベルが一つ上に押し上げられていることを。自分自身がオラリオで公的に認められる3人目の最上位に名を連ねた事を。



 = =



 黒竜の焦熱領域を一変させる猛吹雪に背中を押され、二人の命知らずが風を背に受けて疾走する。その姿はまるで獲物を狩りにかかった二頭の餓狼のように研ぎ澄まされている。

「ったく、あんまり遅いから『徹魂弾』撃ちすぎちまって魂がぼろぼろだ!!俺ぁ明日はもう寝るぞ!!地上に帰らず宿で腐るまで寝る!!」

 とんでもないことを口走っているアズだが、魂を削るこというのは寿命を削ることとは微妙に異なる。少なくともアズの解釈では、削りすぎなければあとで養生すれば魂は元に戻るものだ。……なお、削りすぎた場合に死亡するのか、本気で寿命が削れるのか、もっと違うことが起きるのかは本人もよく知らない。一つだけ確かなのは、まともではいられないという部分だけだろう。
 無論それを知っているオーネストはいつもの調子で皮肉を言う。

「明日を迎えられれば好きなだけ寝な!!尤も下手すりゃ『今日』に焼き尽くされるだけだがなッ!!」
「それも悪いたぁ言わねえが……ここまでボロクソにやられたら仕返しに一発ドギツいのかまして吠え面かかせたくなってきたッ!!」
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「………喜べ、吠えたぞ」
「いやそんな『なんか言えよ!』って言われて『なんか。』って返すみたいなことじゃねーから!?」

 話し合いも何もなく、ただ言いたいことだけ一方的に吐き出しあって二人は二手に分かれる。打ち合わせも合図もない、たった2年――されど濃密な2年で戦いを積み重ねてきたコンビだからこそ可能な無意識の連携行為だ。

 させまいと反応したのは黒竜。世界最悪の熱刃と化した前足を振り下ろし、大地が一瞬で融解する。黒竜はそれを二人の進路を塞ぐように全方へ薙ぐ。元来持ち合わせていた膂力と組み合わさった爆発的な熱波が地を駆けるように二人に押し寄せた。

 しかし、それはもう通じない。既に人間は熱を味方につけた。
 黒竜すら見上げるほど高くに構えた常勝の雪姫が、戦場音楽を奏でるように両手を掲げる。

氷造(アイシスティム)降り注ぐ氷柱(イブムレムスティーリア)

 瞬間、3階建ての家屋ほどもあろうかという巨大な氷柱が二人の上から無数に降り注いで熱波に直撃し、激しい水蒸気をまき散らしながら火砕流のような熱刃を完全に防ぎ切った。これまでリージュが展開してきた氷に比べて、その氷はぞっとするほどに透き通り、近づくだけで命を吸い取られる錯覚を覚えるほどに冷たかった。
 氷そのものは熱に魘され少しずつ溶解していく。だが、その(いとま)を縫って白蛇のように螺旋を描く無数の雪の集合体が煌きながら飛来し、溶岩地帯と化しつつある黒竜へと殺到する。

氷造(アイシスティム)輝石の大蛇(ディアモンドコルヴェル)――獄炎さえも貪欲に喰らえッ!!」

 地面すれすれを駆ける蛇の煌きが鱗粉のような飛沫になって地面に落ち、落ちた場所から地面の熱が奪われて氷が突き立つ。蛇はそのまま黒竜に接近したが――黒竜が凄まじい衝撃と共に足を地面に叩きつけ、全身から噴き出す熱の力をバリアのように展開したために蛇はかき消される。
 効果がないように見えるが、本来ならばあの熱はそのまま放射線状に拡散されて接近するこちらを焼くほどの火力がある。あの雪の白蛇に想像を絶するほど熱を奪われて本来の威力が発揮できていないのだ。一気に状況が前進した現状に、アズは感心したようにリージュをちらりと見上げた。

(時間制限はあるようだけど、黒竜のあの火力を押し留める程とは舌を巻くね。オーネストが特別な想いを抱くわけだ……ほんと、この世界の女の子って強いなぁ)

 アズが言っているのは肉体が、ではない。生命力に溢れるとか逞しいとか意志が強いとか、そういった意味での強さを言っている。あれだけ強力な魔法を使い、更に上位の力に踏み込むには恐ろしいほどの苦境を潜り抜けなけれないけない。そこに至るには尋常な覚悟では辿り着くことが出来ない。
 オーネストの力と化学反応的なブーストを起こしていると言えど、それをああも御するに足る因果をかき集められるのは、運命に抗う者の証左だとアズは考える。

 アズの記憶にある限り、アズがアズになる前の世界にこのような「強さ」を持つ人間は碌にいなかった。自分自身も勿論そうだ。何故ならばあの世界は緩慢で変化を望まない世界だったから、戦いが求められていなかった。むしろその強さを持つ者は忌避され、疎外されていたといっても過言ではない。

 同級生に一人、虐められている女の子がいた。男子全体はそれに関わりが薄かったためにその事を碌に知らなかったけど、様子がおかしい彼女に凡人なりの気配りをした当時の彼はそれを偶然知ってしまった。だからといって、現状を彼に変えられる訳ではなかった。
 出来るのは精々、彼女の心が本当に折れてしまわないように時々気に掛ける程度。彼女はそれでも慕ってくれたが、対症療法的で根治に至らない現状はいつまで経っても変わらなかった。彼女にはおそらく、現状の学校、家庭、人間関係に至るまで全ての環境に反逆するだけの力も勇気もなかったのだろう。恥ずべきことではない。それがあちらでは当たり前だっただけだ。

(正反対の世界、か………いいや、考えてる場合でもないか)

 すぐさま意識を戦いに切り替えたアズの頭上から、リージュの声がかかる。

「妖怪鎖コート!!鎖を出せ!!」
「変な妖怪に仕立て上げないでほしいが諒解っとぉ!!」

 『断罪之鎌(ネフェシュガズラ)』ではなく『選定之鎖(ベヒガーレトゥカー)』を携えて先程リージュが放った氷を踏み越えて更に加速する。指示に対して迷いは抱かない。オーネストが信頼するリージュを疑う理由はないし、彼女とて恐らくそれは一緒なのだろう。仲良しでなくとも、オーネストという大きなバイパスでゴースト・ファミリアは繋がれている。
 だから、鎖が今まで感じたことのない冷気をまとって輝いた時も、アズは驚きこそすれ戸惑いはしなかった。纏わりつくのは異質な魔力。以前に試した際はこの非物質的物質である鎖が魔法による干渉を受けることはなかったが、彼女が覚醒した新たな力は鎖に馴染んでいた。

「『源氷憑依(ポゼッシオ)』――癪だが、貴様とわたしの魔法は相性がいいらしい。今の貴様が持つ武器には我が氷雪の加護が付される!それで戦え!!………アキくんにもあげるね!これできっと戦いやすくなると思うからっ!」
「この力……そうか、俺の鎖の本質は魂の束縛と自由の『奪取』。灯を奪うこの力とは本質的に近い部分があるって訳か!!」
(もうリージュの切り替えの早さにツッコミすらしなくなったか)
「アキくん?アキくんでも大丈夫だと思うんだけど……ダメだった?」
「受け取っておく」

 淡白な返事をしたオーネストの剣にもリージュの加護――熱を奪うことを本質とした氷雪の力が宿る。いや、正確にはこれはかけられた本人が武器だと感じるすべてに適応されるため、おそらく脚や拳にも場合によっては宿るのだろう。
 オーネストにとって一つ幸運だったのは、この加護が攻撃的なものだったこと。精霊的に言えばオーネストの本質はどこまでも攻撃であり、防御の加護や力は根本的に相性が悪くて効果が出にくい。もしもこの冷気の本質が「熱気から身を護る」というものであったならばオーネストは絶対に拒絶していただろう。

 ……冷気の本質を理解した瞬間にこの性質とオーネストの相性を考えて性質を気合で攻撃的に変形させたリージュは、実は誰よりも運命を塗り替える力が強いのかもしれない。
 ともかく灼熱の黒竜への対抗手段を手に入れた二人は同時に仕掛けた。

「どぉぉぉ……りゃあああああああああああッ!!!」

 何重にも束ねた鎖の鞭を形成したアズが微塵の躊躇なく鎖を横薙ぎに振り回す。ガジャラララララララララッ!!と金属音をまき散らして振るわれた鎖だが、初期の黒竜にこれは通用しなかった。理由は簡単で、この恐ろしい強度と威力を誇る鎖を黒竜の単純な戦闘能力が上回っていたからだ。

 当然、黒竜はこれを破壊しようと首を振り回し、触れるもの全てを焼き尽くす熱量を内包した熱波と共にブレスを吐き出した。溶岩の河口から噴き出すような迫力で、光学兵器のようなブレスが発射される。

 直後、その炎を易々と突破した鎖が黒竜の首に巻き付いた。

『ッ!?!?!?』
「へっ………その炎、確かに相当ヤバい力だ。だけど、肉体まで炎に変えたのは一長一短だったのかもな」

 鎖は、アズが散々『徹魂弾』で削った鱗の薄い部分に絡みついていた。そのことに気付いた黒竜は激しくもがいて鎖を引き千切ろうとするが、最初に足をつかんで転倒させた鎖の束より細いはずの鎖がまったく千切れない。それどころか鎖が激しく水を蒸発させるような音を立てて青白い首に食い込んでいく。

 『死望忌願』と共に鎖を掴んで踏ん張るアズは不敵な笑みを浮かべ、さらに力を込めて鎖を引く。

「お前の肉体はエネルギー体になっている。つまり、外の鱗を除けば現在のお前の体には物理的な質量が極端に少なくなっている。さっきから熱波ばっかり飛ばして誤魔化してるけど、その姿になる前の重量級パワー、今はそれほど使えないんじゃないか?」
『グルルルルルルルルッ!?』

 アズは確かにオーネストの為に時間稼ぎをしていたが、その間何も考えずに戦っていた訳ではない。黒竜が蒼炎を纏って以降、戦いの雰囲気や戦法、そして黒竜そのものの姿がガラリと変質した事を加味し、アズなりに分析を重ねていたのだ。
 首ばかりを狙っていたのは質量のことを加味した上で決定打を打てる方法が来た時の為の伏札の一つ。もし黒竜への対抗手段が出来上がったら、鱗のない部分が役に立つだろうという推測から作り出したものだった。

 そして、その動きの拘束が……致命的な隙になった。


「――どうした化け物。膝の上と下がおさらばしているぞ?」


 それに気づいたとき、既にオーネストは剣を抜いていて。

 それに気づいたとき、既にオーネストの攻撃は終了していて。

 それに気づいたとき、黒竜は初めて自分の後ろ足が音もなく寸断されていることに気が付いた。

『ゴ………ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?』

 常に破壊力を求め暴力的に振るわれるオーネストの刃は、本当はこの世界のどの剣士より美しい斬撃を放つことが出来る。なにより早く、なにより無駄のない剣術の極地の一つ――居合抜刀術。それは無駄を嫌うオーネストが辿り着いて当然の、そして『本気』の業。

 鎖に引かれ、足を冷気の刃で寸断され、黒竜の動きが再び完全な隙を晒す。

 その隙を――『吹き飛ばされて天井に張り付いていたユグー』もまた、見逃す気はなかった。

 空気は高熱になればなるほど上方へ行く。その灼熱の中でユグーはずっと待っていた。黒竜にまともに攻撃を叩き込める、極限の隙を。相手に喰らわされた殺意に応答するに相応しいだけの攻撃を繰り出す準備が整ったと感じた瞬間、ユグーは『天井に突き刺していた足を曲げて全力で蹴りだした』。

 天井を蹴り砕いた反作用、重力加速度、位置、そして決定打を与える為にアズに受け取ったナックルに全身全霊を込め、ユグーは笑いながら黒竜の背中へ飛来した。

「待たせたな、黒竜!!貴様ノ至高にぶつけるに相応しイ、俺の至高ヲ受ケ取レ………ヴァオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 それは完璧なタイミングで振り下ろされ――魂を捉える耐火籠手に接触した黒竜の背中にクレーターのようなへこみが形成されるほどの威力で衝撃が大地を穿った。
 遅れて、ガウウウウウウウンッ!!!と大気が裂けるような悲鳴を上げ、攻撃の余波で黒竜の翼が中ほどからバキバキにへし折れた。ユグーの拳はそれだけで止まらず、とうとう灼熱の蒼炎を貫通して地面に叩きつけられた。黒竜に荒らされた大地が更に地響きを立てて捲れ上がり、その場をユグーが離脱した直後に黒竜がその場に轟音を立てて倒れこんだ。

「わたしからも受け取ってほしいものがあるのだ。嫌とは言うまいな?」

 透き通った、酷氷なる声。
 間髪入れず、リージュが射出した氷柱が無数に降り注いで容赦なく黒竜の背を抉った。

『グゥゥゥゥウウウギャアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?!?!?』

「えげつねー………しかもユグーもユグーで氷の加護なしにあの威力かよ。あいつ『俺自身が隕石(メテオ)になることだ』とか言い出さねぇだろうな……時にオーネスト、お前もしかしてユグーが天井にいたの……」
「お膳立てすれば落ちてくるだろうと知ってて斬ったが?」
「だよねー♪」

 ここまで、すべてはオーネストの手のひらの内。予定調和のつまらない流れだ。そして――黒竜がまだこの程度で終わる筈がないというオーネストの予感もまた、ある意味ではオーネストの予測通りだった。
 黒竜の放つ圧倒的な滅気が、揺らぐどころが更に高まっている。肌で感じるその威圧が全身を逆撫でするように纏わりつき、絡まり、呼吸する喉を絞める程に重く全身を締め付ける。

「さて………構えろアズ。次のあいつは、恐らく更に強靭になるぞ」
「第三形態かぁ………もはやラスボスだな。段々と驚かなくなってきた自分がいるぞ」
「――なら、せいぜい次の接敵で度肝を抜かないよう気を付けろ。消し飛ばされたら俺も助けられん」
「………お前がそこまで言うってんなら、次に出てくるのは俺の人生史上最強最悪の敵ってわけだ」
「もしかすれば、俺にとっても………な」
 
 灼熱と氷雪のぶつかり合いで常温に戻りつつある空間の中で、アズの額から汗がつつ、と伝って乾いた地面に落ちた。それは単なる体温調節の為の汗か、それとも――4人の目の前で溶岩のようにぐずぐずに崩れ落ちながらも決して四散することはない黒竜『だったもの』のせいか。

 ユグーの拳で体を貫かれた蒼炎の黒竜は、その場で音もなくぐずぐずに溶け落ち始めていた。まるで肉や骨格など最初からなかったかのように――いや、エネルギー生命体と化していた事を考えれば骨格はすでになくなっていたのかもしれないが、あの形状は黒竜の魂と鱗によって辛うじて形状を保っていたのかも知れない。
 翼が、腕が、顎が、黒竜を黒竜と認識させていたパーツが崩壊してゆく。
 それは、黒竜という存在そのものが崩壊することを意味する。その筈だ。

 なのに――。

 リージュは少しずつ内より湧き上がる魔力量が落ち着き始めるのを自覚しながら、胸中に渦巻く疑念を証明するように無数の氷柱を虚空に顕現させ、マグマの塊になった黒竜に投擲する。魔物が受ければ触れた瞬間に全身が凍結し、氷の重量で粉々に粉砕されるであろう獄氷達は、溶岩と接触した瞬間に液体となって四散した。

「奴を覆う熱が更に高まっている……おのれ、魔力放出も限界か」

 過剰なまでの魔力を放出することで空中を飛行していたリージュも、ポーションの効力が収まってきたことで徐々に放出量が通常に戻り始めたために地上に着地する。相手が次の行動を起こせないように一気に溶岩を凍らせようとしたが、どうやらあの溶岩は蒼炎の黒竜時よりさらに高温になっているらしく、まるで空間を歪ませているかのような陽炎が溶岩から立ち上っている。

 ずるり、ずるりと大地を融解させながら、溶岩は一か所に集まり始めている。ちょっかいを出そうかと未だに氷雪の加護を得た鎖を投擲するが、あと十数Mの処で突然先端が消し飛んだ。物質的な性質を維持できなくなって崩壊したのだ。
 魂をも縛る鎖を焼失させる熱、それは魂をも焼き尽くす熱。
 これほどの高熱を纏って、いや熱そのものに変化してまで、黒竜は一体何のためにこんな姿になっているのだろうか。このままアメーバ状態になって体積を拡大し続ければダンジョンそのものが丸ごと巨大な火山になってオラリオは文字通り溶岩に飲み込まれるが、さしもの黒竜にもそこまでのエネルギーは内包していないのだろう。

「アズ、お前はあの溶岩の塊が何に見える?」
「えっと………」

 脈打ちながら少しずつ球体に近づいていくそれは、白熱しながらもどこか原子生物的な印象を受ける。空間を乱雑に塗り潰す気配に乗って、鼓動を感じる。しばし黙考したのち、アズは答えた。

「卵………いや、(さなぎ)か?」

 単なる蛋白質の集合体からもっと精緻で神秘的な灯を灯す寸前。
 殻を破る寸前――新たな姿になる寸前。
 新生。
 再誕。
 新たな環境に適応した個体。

「やはりお前は分かるか。俺もそう思う」
「待ってアキくん。それじゃ、さっきの炎の姿はまさか蛹になるための準備段階だったって言うの……?最初の戦いはあの竜にとっては単なる情報の集積と時間稼ぎだったって言うの!?」
「そこも含めて全てが奴ノ思惑ノ内カ………良いぞ、賢シサも又至高ノ強者ニ必要だ!!」
「喜んでる場合かおバカ!!ヤバイのが来るぞ――!!」


 ぐちゃり、と粘音を立てながら、一つの塊となった溶岩の中から、この世の全ての光を無に帰すかの如き歪で巨大な漆黒の(かいな)が這い出てきた。
  
 

 
後書き
リージュの攻撃時の言霊が英語からラテン語に変わりました。
より根源に近づいたてきなアレではなく単なる格好つけです。ノリです。言語関係とか誰も突っ込んでくれないですけど大体がノリです。

今回、黒竜に大ダメージを与えたように見えますが、オーネストはまったく勝ったと思っていません。自分を何度も殺しかけた相手に対するある種の信頼関係ですね。要するに今回は辺獄でしたが、次回からみんなは更なる地獄に叩き込まれることになります。
それなりに二次創作を書いてきたけど、これだけしつこくて強い敵キャラ書いたの初めてかもしれません……。 
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