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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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52.第三地獄・幽明境界

 
前書き
ダンまち世界の魔法は精神力を魔力代わりに消費してるというデンジャーな設定なんですが、ポーションで回復できる精神力という概念はもう魔力概念と大して変わらないだろうと思ってこの小説では魔力扱いだったり。そろそろ改変しすぎで原作ファンに怒られるかもしれません。 

 
 
 オーネスト・ライアーは奇跡を信じない男だ。

 この世に存在するのはすべてが結果であり、事実だ。だから奇跡というものは存在せず、世間一般が奇跡と呼んでいるのはその人物が勝手に排除した見えざる可能性が顕在化しているだけだ。故にこの世に奇跡はなく、そして奇跡と呼ばれる物を解析して発生原理が判明したら奇跡は奇跡でなく単なる事実として観測される。

 しかしオーネストに運命を信じるかと問えば、恐らく躊躇いなしに首を縦に振るだろう。
 運命。なんとも大仰で都合のいい言葉だが、オーネストの人生はこの運命とやらとの壮絶な戦いと共にあった。運命とはなるべくしてなった事実を引き寄せる巨大な流れであり、個人の意思や主張を飲み込んでしまう非情な災害。足掻いても足掻いてもオーネストはこれに勝てなかったが、決して流れに身を任せようとしたことはなかった。

 それはきっと「オーネストになった誰か」の、露悪的な俯瞰で世界を生きるオーネストに対するささやかな抵抗だったのだろう。

 諦め、欺くことを選んだオーネスト。
 それでも抗い続けることを選んだオーネスト。
 どちらもオーネストの本心であり、互いに互いを打ち消すことができないまま二つの意志は統合された。

 統合の結果生まれたのは、終わりを望むのに終わりに逆らい続け、戦いが嫌いなのに戦いを望み、他人を傷つけるだけ自分も血を流す矛盾した存在。どこか決定的に自分を諦めているくせに、自分を自分でなくそうとする意志には決して譲歩する気にもなれず、運命に(まつろ)う奴隷と運命に逆らう反逆者の境面を延々と彷徨ってきた。

『出来るわけがないんだよ。どうせ最後には全部なくしてしまうんだ。分かってるくせに』

 8年前、喉の渇きに耐え切れずに啜った薄汚い雨水に映った小汚い少年が、膝を抱えて呟く。

『分かってる。いつだってそうなるからな』

 8年後、いつの間にか居ついていた自称メイドの出した紅茶の水面に映った小奇麗な青年が、背中合わせでつぶやく。

『なのに君ってやつは馬鹿みたいに抵抗しちゃってさ。そんな半端だから、また君の近くになくしてしまうものがたくさん集まってきてる。本当に無駄で無意味で価値のない集まりだよ』
『まったくだ。どいつもこいつも人の話を聞きやがらないし考えてることも意味が分からねぇ、酔狂で悪趣味な奇人変人の寄せ集めだ』
『本当にそう思ってるの、嘘つきオーネスト?』
『――どういう、意味だ?』

 8年前の少年はすくりと立ち上がり、8年後の青年を見つめた。

『心のどこかで今の君はこう思っている。今なら、って』
『今更、の間違いだろう。もう何もかも手遅れになっちまったから誕生したのが俺だろう』
『違うね。孤高で高潔を気取っていた君は、運命の流れに逆らい続けるうちに気付いたんだ。運命を変える方法に』
『そんな都合のいい舞台装置は存在しない。世界はなるようになり、なるようにしかならない。仮にそれがあったとして、俺にその方法は実践できない。する意味も価値もない』
『君がそう思っている限りは、確かにそうなんだろう。それもまた事実だ』

 8年前の少年は、おぼつかない足取りでゆっくり遠ざかっていく。
 8年後の青年は、それを黙って見送った。
 青年の手元には、チェスのそれに似た駒が握られている。見たこともない形で何の役割を持つのかも不明で統一性のない出鱈目な駒。そのうちのいくつかを、青年は無造作に拾い上げた。

 十字架を背負った死神。蛇の首飾りをした巨人。そして、刀を握った女剣士。

『………………』

 くだらない、と放り投げた。かつん、と乾いた音を立てて駒が床に散らばる。
 視線を前にすると、今度はチェスどころか置物ほどのサイズがある竜の駒が鎮座していた。
 駒は少しずつ進んでいた。このまま進むと、駒は放り捨てた3つの駒を弾き飛ばしてしまうかもしれない。そう思ったが、だからといって駒を拾って避けさせたりする理由はない。

 しかし、ふとその駒を見るといつの間にか立ち上がっていた。そして巨大な黒竜の駒に向かい合っている。どう見ても無謀で、とてもではないが勝ち目はない。せめてもうひと押し、この小さな駒たちを助けられる何かがあればこの巨大な力に抗うことはできるかもしれない。

 その一押しが出来る駒は、青年が握っていた。

『………………』

 ふと、駒を見ていて思い出すものがある。半端で惰弱な自分の近くを、頼まれてもいないくせにうろうろする連中。偶然出会った生まれる前の記憶を共有できる存在。切り捨てたはずの絆。切り離せな絆。切ることをしなかった絆。一つ一つが鎖となって、駒から伸びて青年の手足に絡みついている。

 青年はそれを引き千切ろうと手足に力を籠め――また、記憶を垣間見る。


『晩酌の話し相手が眼を離した隙に勝手にくたばるのはこの俺が許さん。――俺に生かされてろ、馬鹿一号』

『今日からこの薄汚ねぇ屋敷でメイドとして働くことにした!!』

オーネスト(くそガキ)の世話を、これからもよろしくお願いします』

『あ……き、くん……。わたし、進まなきゃ――』

『秘密主義か?似合わねぇな、キザ野郎………勝手にくたばんじゃねぇぞ』

『一度だけでいい、来てくれ……二度目を逃したら、ボクは今度こそ自分が嫌いになってしまう……』


 とびきりの同類(クズ)やらそうでないやら、よく見る顔の連中の様々な顔が脳裏を駆け抜けてゆく。まるで鎖から伝わってくるようなそれがどうしてか暖かく、そしてひどく脆い気がした。引っ張ればそのままぱきりと割れてしまうようなそれを見て――オーネスト・ライアーは自問した。

 この鎖を、俺は引き千切っていいのだろうか。

『千切れ、俺には関係ない』
『千切るな、それはお前が欲したものだぞ』
『捨ててしまえ。それでお前は半端ではなくなる』
『護り通せ。それがなければ永遠のしがらみから抜け出せない』
『選べ』
『選べ』

『『選択せよ、オーネスト・ライアー』』

 オーネストは鎖に手をかけ、震えながら力を籠め――やがて諦めたように「くそっ」と呟いて、自分の手に握られてたい駒を竜の駒の真正面に据えた。

『グダグダ悩むのは俺の性分に合わん。面倒だから、悩みの原因になってるこの邪魔な駒から先にぶち壊してやる』

 オーネスト・ライアーは、その選択の意味をまだ知らない。



 = =



 こんな事ならば上の安全層にいるうちに手を打っておけばよかった――と思わなかった訳ではない。黒竜があれほどの炎を纏うことは確かに予想外だったが、万が一に備えるならば「その程度の備えはあってしかるべき」だった。もっとも出発前の時点ではリージュが来ることも完全に予想外だったことを考えると仕方ないともいえる。
 俺は手甲を外して自分の爪で指先を切り裂き、リージュに顔を向ける。

「舌出せ」
「べー」

 アズとユグーの命を削る死闘とはあまりにも不釣り合いな光景は、炎のせいでココたちの場所からは見えない。
 それにしても小さな口を精一杯に開けてピンク色の舌を出すリージュのなんと子供っぽいことか。出すだけならべーなんて言わなくていいだろうに、しかもなぜこの状況で舌を出す必要があるのかを一切聞いてこないのは如何なものか。しかし今はそんなことを指摘している場合ではない。

(昔はあんなに使うのを嫌っていたのにな……)

 それはオーネストが人生で数える程しか使ったことのない力。切り札ほどではないが、ずっと使うことを忌避していたそれを黒竜打倒の為に使う。自分のためだと思えばひどく嫌気がさしたが、自分以外を生かすためと思うと不思議と仕方ない気がしてくる。

 唾液で微かに濡れたリージュの舌に、血が滲む指を当てて文様を描く。ほんの2秒ほどで文様を書き終えた俺は「もういいぞ」と声をかけ、アズから受け取ったポーションを取り出した。俺が基礎を教えた薬学で作られたそれは、質の点では申し分ない。
 血の描かれた舌を仕舞い込んだリージュは既に俺が何をしたのかを察しているだろう。この血の「秘密」を知る存在は殆どいない。アズも察してはいるが詳しくは知らないだろう。ある種の反則技でもあるが、使えるものを使うことに間違いなどありはしない。

「いいか、このポーションを全部飲み干すとお前の魔力は舌に塗った血の印に反応して過剰回復を起こし、暴走する。魔力暴発(イグニスファトゥス)の爆発が伴わないものと考えてくれればいい。過剰な魔力が全身に滞留してすぐさま意識を失うだろう。だが、過剰回復された分の魔力を全力で放出し続ければ倒れることはない」
「つまり、飲んでしばらくは『絶対零度』を魔力限界を超えて際限なしに使うことができる?」
「ああ。だがこれは継続回復と瞬時回復に俺の血を挟んだ急場しのぎの強引な手段だ。放出量が間に合わなければ即座に自滅する。だからお前は飲むと同時に全力で黒竜を凍らせ続けろ。節約など考えるな。仲間のことも無視しろ。このフロアを永久氷壁に変えるつもりでやれ」

 現在の黒竜の熱量は、存在そのものが炉だ。アダマンタイトクラスの金属も数秒触れているだけで融解を始めるだろう。当然金属製であるオーネストの剣も例外ではない。一瞬の接触では問題なかろうが、2度3度と叩き込むほどに刃は熱を持ち、その強度は加速度的に低下してゆく。おまけに下手な盾より遥かに強度が高い鱗はそのままになっている以上、あの炎をどうにかしなければ攻略は難しい。

「現在この場で状況を打破する可能性を持つのは、お前だけだ」
「……ふふっ、偶然やってきたわたしが偶然身に着けた氷の魔法が今日に役立つなんて、不思議だねアキくん。これも運命ってやつなのかな?だとしたら、利用できる流れは全て利用すればいい。大丈夫、わたしは勝利を呼び込むエピメテウスの『酷氷姫(キオネー)』で、アキくんの幼馴染だもん!」

 根拠のない自信に満ち溢れた彼女の表情に、オーネストは言いようのない不安のようなものを感じる。アズに背中を任せたときは絶対的な安心感があったが、彼女にそれは感じない。しかしそれは彼女の信頼や実力を疑ってのことではない筈だ。むしろ彼女は誰よりも信頼できる相手だ。彼女なら成功させるだろうという確信もある。

 なのに、どうして俺の心はこうも揺れている。

 オーネストはその笑みに何かを言おうとして、しかし何を言えばいいのか分からないまま頭を掻き、ポーションの瓶の蓋を折ってリージュに差し出した。彼女はどこまでも屈託のない笑みで、一歩間違えば劇薬になりうる薬を躊躇いなく飲み干した。

「……アキくんが何考えているのか、私はなんとなくしか分からない。けど私はアキくんが頼ってくれた自分をどこまでも信じているから。だから、そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」
「――ッ、俺は……」

 俺は、そんなにも不安そうな顔をしていたのか。そう問うより前に、リージュの纏う冷気が爆発的に膨張する。そして俺の隣から姿をかき消し、黒竜へと疾走した。その動きには魔力を持て余した様子も躊躇いも一切感じられない、美しい動きだった。

「俺は………俺はいつ死んだって後悔はない。だから不安を感じるような『未来を求める』感情はない………筈なんだが、な」

 今の俺はどんな表情をしているんだろう。
 そんな漠然とした疑問を心の隅に抱きつつ、オーネストはリージュに続いて地面を踏みしめ、放たれた矢のようにフロアを駆けだした。



 = =



 オーネストとリージュの会話より数分前、時間稼ぎをしている二人はあわよくばそのまま黒竜を倒そうという気迫で激戦を繰り広げているが、その戦況は芳しいものではなかった。

 アズは時間稼ぎも兼ねて『徹魂弾』と『死神之鎌』を併用しながら攻撃を続けているが、黒竜は『死神之鎌』の斬撃全ての直撃を避けている。その影響で『徹魂弾』は体に命中しているが、鱗が剥がれるだけでそれ以上の効果はない。『徹魂弾』は対象物質が何であろうと命中したそばから完全に対象を殺すが、内から湧き上がるエネルギーを相手にすると焼け石に水となる。
 ゲームのように言うと『徹魂弾』とはあらゆる防御を貫通して固定的なダメージを相手に与えるので防御は不可能だが、消滅した部分を再生させてしまう相手には相性が良くない。大抵の魔物はそれでも数秒でハチの巣になるが、現在の黒竜はあまりの高熱に肉体と炎の境が曖昧になっているため消しても消してもカラダがなくならない。
 ユグーは超高熱で全身が焼け爛れているが、戦ううちにスキルが炎への凄まじい耐性を得ているのか、炎の影響をそれほど受けてはいない。だが炎が効かないことと炎に有効打を持っていることは別の問題で、その表情には微かな不満が現れていた。

「拳に手応エガ無イとは………体の殆どがマグマと炎の中間を彷徨ッテイルのか!?」
「ったく、質量保存の法則は無視かよ!!こいつはまるで魂と肉体を全て溶かして一つにしているみたいだ!!生物的な構造を保ちつつ中身は定型がないなんて、ここまで来ると物質的実体のないエネルギー生命体の域だぞッ!!」

 叫ぶアズの表情には苦悶が浮かんでいる。まるで有効打が打てないのに自分自身は時間稼ぎのために魂を消耗しているのだ。むしろそれでも全く動きが鈍らないことを賞賛すべきなのだろう。消耗が激しいアズと致命的な相性の悪さを察したユグーは、事態を打開するためにここで初めて合流した。

「おい、アズライール。あれはどうすレば殴れる。スライムのように核ハあるのか」
「悪いがない。むしろ鱗の中身が全部核みたいなもんだから余計に性質が悪ぃ。『死神之鎌』を避けてるってことはダメージはないでもないんだろうが、アイツ回避能力が高すぎる。あの図体でロキたんとこのフィン並みかそれ以上の回避力だ」

 単純に『勇者(ブレイバー)』のフィンと同程度の俊敏性だというなら相当な化け物だが、アズが言っているのはそういうことではない。フィンは非常に小柄かつ種族的に俊敏性が上がりやすい性質があるから恐ろしく動きが速いのだ。なのに黒竜は本来ならいい的になる筈の超巨体のままフィンと同程度の回避力を維持している。
 大きな物体が落下する際というのは見る分にはゆっくりに見えるが、それは単純に物体が大きいから縮尺的にそう見えるだけであって現実にはかなりの速度で落下している。黒竜があの図体でフィンと同等の『回避力』を維持するためには、実際にはフィンが霞んで見えるほどの速度で移動しなければ実現できない。

 正真正銘、黒竜は化け物だ。

「そんな事ハどうでもいい。殴ル方法を教エろ。デなければ十全に楽しめぬ」
「お前もオーネストとは違う意味で人の話を聞かないタイプだな……まぁいっか。まずは俺の鎌だが、お前は当然鎌なんて使わんから別の方法だな」

 アズの鎌は一度黒竜の足を一本両断した。その後すぐに黒竜は蒼い炎を放ち五体満足に復元された。しかしそれ以降黒竜は鎌を異常に警戒するようになっている。つまり、あの再生は一度っきりでもう出来ないか、もしくは再生するのに大きなエネルギーを必要とするから何度も使えないと考えられる。

 アズは過去に聞いた話を思い出す。ダンジョンは神の気配を感じたとき、近くの階層で最も強力な魔物の魔石に直接エネルギーを送り込むと同時に神の抹殺命令を下すらしい。『黒化』とも呼ばれるその現象で無尽蔵のエネルギーを得た魔物は足がもげても短期間で再生できるとのことだ。
 無論その中核となる魔石さえ砕けば撃破可能だが、逆を言えばそれほどに特殊な状況でなければ高位の魔物も欠損した体の再生はおいそれと行えない。何より黒竜はダンジョンからの支配を受けず自立意識を持っているという話だから、この推測は間違っていない筈だ。

 鎌が効くのならやはり現在の黒竜は純エネルギーであるアストラル体と実体の境を彷徨う状態なのだろう。魔石の在処さえ曖昧で、串刺しにしても死ぬかどうか分かりはしない。どのような経緯であんな力を発揮できるようになったのかは不明だが、アストラル体に直接ダメージを与える方法など殆どない。
 逆に、少なくとも現在の黒竜は熱量を持った存在として目の前にいるのだから、熱量に干渉する魔法の類ならば通常以上に効果が見込める。オーネストとリージュはそのための対策を立てている筈だ。若干イチャつきながら。

 と――アズはふと思いつく。

「鎌はダメ、魔法も今は無理となると――あっ、俺の鎖を腕に巻き付けたらイケるんじゃね?」

 時間稼ぎと囮には向かないために使っていなかった『選定の鎖』だが、これは元々実体・非実体の両方に干渉出来る性質を持っている。つまりよりアストラル体に近い性質に変質した現在の黒竜に鎖は相性がいいはずだ。
 アズはすぐさまユグーの手に巻き付けてあった鎖に触れ、力を注ぎ込む。鎖はアズの魂の一部。魂の指令を受けた鎖はすぐさま形状を変更し、鎖帷子(くさりかたびら)のように細かい網目を巻き付けるようにユグーの手を包み込んだ。念のために複合構造にして耐火祝福を施されたコートの繊維も組み込んでおく。

「――生命力が簒奪サレルような感覚がある」
「鎖の維持に吸い取られてるだけだ。お前さんなら問題あるまい?さ、これで殴れるはずだぜ」
「フム………」

 手のひらを閉じ、開き、嵌められた鎖の手甲の具合を確かめたユグーは、感謝の言葉一つなく地面を踏み割る速度で踏み込んで弾丸のように黒竜へと駆け出した。オーネスト並みに話を聞かない猪突猛進に「チッ」と舌打ちしたアズはすぐさま駆け出して『徹魂弾』を構える。

「オラ、こっち見なぁッ!!」

 アサルトライフル二丁を両手撃ちなど現実では馬鹿者の所業だが、彼の銃はあくまでイメージとアズの魂で構成された存在であり、弾丸もアズの魂を使ったもの。本物の銃とはまるで仕様が違うため、そんな滅茶苦茶な射撃でアズは黒竜の注意を引いた。

 いくら効果が薄いとはいえ命中した物体を死に至らしめる弾丸を好き好んで浴びたい存在などいない。黒竜は弾丸の発射を感知するや否や、広範囲にわたるブレスを吐き出した。ブレスと弾丸が接触してボボボボッ、と炎に穴が開く。その穴でおおよその弾道を察知した黒竜は身を捻りながら自らの翼を左右交差させるように振り抜く。

 瞬間、真空の爆弾にも匹敵する力で両翼が纏った煉獄の熱波が正面に放出された。

 罅割れた大地に散乱する岩や土煙ごと灰燼に帰するが如き空間のうねりは、蒼い破滅の津波。直撃を受ければ一撃で骨まで炭化する超高熱の壁となってアズの下に押し寄せる。ここまで広範囲の技で、しかも空気の押し出しトセットとなると『徹魂弾』だけでは防ぎきれない。このままだとアズはオーネストたちを守り切れない。

(――ま、俺の知ってるオーネストならもう完璧に態勢整えてる頃だろうけど)

 瞬間――アズの背後から魂さえ凍てつかせる極寒の冷気が空間を切り裂くかの如く降り注ぎ、超高温と超低温が衝突した。急激な空気の膨張と収縮が瞬時に繰り返されたかのように凄まじい強風が吹き荒れるのを地面に鎖を打ち込んで耐えながら、俺は後ろに向かって叫んだ。

「おいオーネスト!やるんならやるって俺に言っておけよ!!一瞬吹っ飛ぶかと思ったわ!!」
「お前なら吹っ飛ばんだろうと信用してやったんだ、有り難く思われこそすれ、文句を言われる筋合いはないな――畳みかけるぞッ!!」
「反撃開始ってかぁッ!?」

 体中が警告の痛みを発していた超高熱の空間が一気に冷却され、肺に吸い込む空気が随分と心地よいものに変化する。更に一本ポーションを飲み干したアズは、まるで背後に目がついているかのように疾走するオーネストにぴったり合わせて移動を開始する。

 その二人の上空に――『雪の化身』がいた。

「感じる……凍てついた血、制止する刻。そう、そうか。これが私の『絶対零度』の根源的な――これならば、もう遅れは取らない」

 純白の髪を靡かせ、人ならざる冷気と魔力を放出し、それでもなお消費が追いつかない冷気を背中から翼のように噴出して舞い踊る、吐息が漏れるほどに神秘的な姿。
 温度や熱をすべて奪い、自分だけの静謐を齎す絶対零度の力。
 大地の化身と化した蒼炎の黒竜に真っ向から立ちはだかるは、天空より舞い降りし氷雪の御遣い。


凍てつけ(ヘイル)――氷獄の吹雪にその魂までも凍りつかせろ、古の獣よッ!!」


 この日、リージュ・ディアマンテは一時的とはいえ間違いなく人という枠組みを一歩踏み超えた。
  
 

 
後書き
『全員で勝つという条件付きならば』、状況を打破する可能性があるのはリージュだけ……です。

今の状態のリージュはぶっちゃけ天災クラスの戦闘能力を持っていて原作にいれば一人でオラリオを滅ぼせるレベルです。………それぐらいの戦闘能力を持ってこないと抵抗も難しい黒竜って何なんでしょうね。そして熱波に消えたユグーですがどーせ生きてるから放っておけばまた出てくるでしょう。

戦いは、まだ佳境に届かない。 
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