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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第二部 WONDERING DESTINY
CHAPTER#6
  SILVER CHARIOT ~Crescent Knight~

【1】

 血に塗れたシートに伏した老人の遺骸。
 バックリと断ち割られた額から今も尚鮮血が滴っている。
「破壊」と「災厄」とを司る、殺戮のスタンド 『灰の塔(タワー・オブ・グレー)
 ソノ 「本体」 の、無惨なる最後。
「……このジジイの額には、
DIOの “肉の芽” が埋め込まれていねーみてーだが……」
 鋭い視線で老人の遺骸を見つめていた無頼の貴公子が疑問を呈す。
「『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 は、
元々旅行者を事故や災害にみせかけて殺し、
そして金品を巻き上げていた根っからの悪党スタンド。
金で雇われ、欲に目が眩みソコをDIOに利用されたんだ」
 青年の脇にいた翡翠の美男子が簡潔に答える。
「愚者の末路か……」
 いつの間にか傍に来ていた少女の胸元から、
荘厳な響きを持つ男の声が上がった。
 その刹那。
 突如キャビン内全域を揺らす大轟音。
「!」
「!?」
「ッ!」
「!!」
「……」
 機内窓越しに、大きく撓んだ機体の主翼が眼に入った。
「何じゃ!? 一体!? 機体が大きく傾いて飛行しているぞッッ!!」
 何の脈絡もなく再び来訪した脅威に、ジョセフが瞳を見開いて叫ぶ。
「ま……まさかッ!」
 素早く身を翻し、機内の最先端部まで駆ける祖父をその実孫が追い、
小柄な少女と細身の青年も後に続く。
「お客様どちらへ?この先は操 縦 室(コックピット)で立ち入り禁止でございます」
 清楚な制服に身を包んだC A(キャビン・アテンダント)が、
決死の形相で機内を駆ける初老の男性を呼び止める。
「知っている!」
 そのCAの存在を殆ど無視し、ジョセフは操縦室に続く最後の機内扉に手をかける。
「お……お客様!?」
 まるでハイジャックと錯覚するかのような、初老の男性の強引な振る舞いに
二人のCAが目を見開く。
 ソコ、に。
「……」
 ハイジャック等というイメージとは遙か対極に位置する、
余りにも整い過ぎた風貌の青年が顔を視せる。
「ッッ!?」
 海外の映画俳優やアーティストの来日等で、
美しい男性は見慣れている筈のCA達も想わず息を呑む程の美貌。
(まあ……♪ なんて素敵な男性(かた)……)
 職業柄普段は引く手あまたである筈の彼女達ですら、
眼前の事態も忘れて陶酔してしまう程の圧倒的存在感。
「……!」
 その背後で黒髪の少女が、
何故か過剰にムッとした表情でCA達を睨む。
 しかし頬を紅潮させる彼女達に向け彼が口走った言葉は。
「どきな、(アマ)共……」
 まるで邪魔だとでも言わんばかりに、
青年はCA達を押し退け操縦室へと
その長い脚を踏み入れる。
「きゃあ!」
 短い悲鳴と共に、頬を染めたまま落胆というややこしい表情で
後方へと押し退けられる二人の女性。
「~♪」
 その脇を曲線のように緩んだ瞳で少女が通り過ぎる。
「おっと」
 押し退けられ微かに蹈鞴を踏んだ二人の女性を、
ピアニストのように細い指先を揃える手が優しく受け止める。
「失礼……女性を邪険に扱うなど、許される事ではありませんが、
今は緊急時なのです」
「ッッ!!」
 そっと振り向かされた先、先刻の男性に勝るとも劣らない
中性的な風貌の美男子が瞳を覗き込んでいた。
「許してやって戴けますか?」
 爽やかだが、その裡に陶然となるような甘い響きを持った声。
「ハイ……」
 そっと肩を抱かれて神秘的な双眸に惹きつけられたCAは、
そう応える以外選択肢をなくした。
「なんてこった!! してやられたッッ!!」
 目先の操縦室の中から、
耳慣れた初老の男性の声が花京院の耳に飛び込んできた。
 女性から手を離し花京院が操縦室に脚を踏み入れた瞬間、
夥しい量の鮮血の匂いがまず彼の鼻孔を突いた。
 デジタル化した複数の計器と、ブラウン管ディスプレイ、液晶ディスプレイに
周辺空域の情報が集約表示されたグラスコックピット。
 ソレら最新鋭のコンピュータに拠って統括された操縦室内は、血の海だった。
 機長以下副操縦士に当たる2名まで、天井を仰ぐような体勢で殺されていた。
「舌を抜かれてやがる……あのクワガタ野郎、
既にパイロット達を殺していやがったのか……」
 大空での人々の安全を守り、快適な旅を提供するコトに日々従事する者達の、
余りにも理不尽な死に、無頼の貴公子はその口元を軋らせる。
「酷い……!」
 その彼の傍らで、黒髪の少女も黒衣の中で握った拳を震わせる。
「どんどん降下しているな……自動操縦装置も破壊されている。
このままでは、この機は墜落するぞ」
 その両者を後目に、初老の男性がデジタル表示された高度計を見ながら
沈着な声で言う。
 その次の瞬間。
「ぶわばばばばばばばばばあああああああああああああ
ははははははははははははははは――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」
 背後から、けたたましい狂声。
「何!」
 無頼の青年が振り向いた先。
 先刻、己のスタンドをバラバラにされて絶命した筈の老人、
灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 の 「本体」 がフロアを這い擦るようにして
操縦席内に入り込もうとしていた。
「あ、頭と舌が真っ二つに断ち割られてるのに!
なんて生命力、いいえ、精神力!?」
 その今際の際までおぞましいスタンド本体の執念に、
流石少女も嫌悪感を露わにする。
「ブワロォォォォォォ!! ヴェロォォォォォォォ!!
儂は事故と旅の中止を暗示する 『塔』 のカードを司るスタンド!!
貴様等はDIO様の処までは行けんン!!!!」
 最早とても人間とは想えない奇声と狂声をあげながら、
老人はスタンド破壊に伴う大量出血を全身から噴き散らし、
二つに別れた舌を蠢かせてそう告げる。
「例えこの機の墜落から助かったとて、エジプトまでは遙か一万キロ!!
その間DIO様に忠誠を誓った者共が、四六時中貴様等をつけ狙うのドァッッ!!
この世界には、貴様等の知らん想像を超えた 『スタンド』 が
存在するゥゥゥ!!!!!」
「……」
「……」
 善悪は抜きにして、その最後の刻に迄DIOの配下足らんとするその覚悟。
 一人の救いようのない悪党を、ここまで惹きつけてしまうその超人(カリスマ)性に、 
花京院とアラストールは同時に息を呑む。
「DIO様は、その 『スタンド』 を “究極” にまで高められた御方!!
遍く無数の能力者の頂点に君臨出来る御方なのドァ!!
辿り着けるワケがぬぁ~~~~~~~~い!!
貴様等は決してエジプトには行けんのどあああああああああああああああああああ
ばばばばばばばばばばばばばばばば~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」
 最後の奇声と共に、その全身から迸る鮮血。
「べちあァッッッッ!!!!」
 奇虫の断末と共に、殺戮のスタンド 『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 は、
今度こそ本当に息絶えた。
「ひ!」
 老人の死骸の背後にいつのまにかいた二人のCAが、
その惨状を眼にし叫び声をあげそうになるがなんとかソレを喉の奥に押し止める。
 その二人の存在を認めた無頼の貴公子が、
「流石はCA。プロ中のプロ……悲鳴をあげないのはうっとーしくなくて良いぜ……
ソコで頼みだが、今からこのジジイがこの機を海上に不時着させる。
他の乗客に救命具つけて座席ベルトを締めさせな」
副操縦席にその長い脚を組んで座り、
機 長(キャプテン)さながらの口調と威厳で告げる。
 その脇で主操縦席に腰掛けたジョセフが、
「う~む。プロペラ機なら、昔経験あるんじゃがのぉ~」
と危機感のない声で漏らす。
「プ、プロペラ……」
 背後で両腕を腰の位置に組んだ花京院が、
「大丈夫、なの?」
何故かもう一つの副操縦席に座ったシャナが、怪訝な表情でそう問う。
「ふ~む。どうやら下降や上昇はこのハンドルで行えばイイらしいのぉ~。
ソレならセスナと余り変わらん、まぁ何とかなりそうだ」
「……」 
「……」
 ジョセフの落ち着いた言葉に、無頼の貴公子と長い黒髪の美少女は
ホッとしたように背もたれへ身体を預ける。
 だが、次の瞬間。
 ジョセフはどことなくシラけたような、或いは遙か遠い方を視るような瞳で、
頬を掻きながらポソリと言う。
「しかし承太郎、それにシャナ。これでワシは 「3度目」 だぞ。
人生で3回も飛行機で墜落するなんて、そんなヤツあるかなぁ……?」
「……」
「……」
 空を剪るような降下音と共に。
 一度大きく傾き慣性体勢を立て直す航空機内先端で。



“もう二度とテメーとは一緒に乗らねえ”
“もう二度とおまえとは一緒に乗らないわ”



 青年と少女の言葉が重なった。




【2】

「たしかに! 我々はもう飛行機でエジプトに行くのは不可能になった!」
 航空機は、香港沖約35㎞の位置に着水した。
 迅速に対応した現地、国連両救護団の活躍で、
幸いにも不時着による犠牲者はゼロ。
 ジョセフ達は密かに連絡を取ったSPW財団の救護艇で
警察、マスコミの包囲網を抜け、数時間前無事入国する事に成功した。
「また……アノような 『スタンド使い』 に航空機内で襲撃を受けたなら、
今度こそは大人数を巻き込む大惨事を引き起こすだろう」
 世界都市、「香港」
 英名:ホンコン、広東名:ヒョンゴン、北京名:シァンガン等と表記される
この地の名称は、許は珠江デルタの東莞周辺から集められた香木の集積地と
なっていた湾、および沿岸の村の名前に由来する。
「陸路か……海路をとってエジプトへ入るしかない」
 1842年に清からイギリスに割譲された土地と租借地で、
以降はイギリスの植民地となっていたが、
1997年イギリスから中華人民共和国へ返還され、特別行政区となった。
 古くから東南アジアにおける交通の要所であり、
また、自由港であることからイギリスの植民地時代から金融や流通の要所でもある。
さらに様々な文化が交わることから、中華文化圏のみならずアジア地域でも
有数の文化発信地となっている都市である。
 その海を臨むパノラマに無数の超高層ビルが立ち並び、
世界中の観光客が訪れる香港島の一角、
灣仔區大坑道(タイハンロード)の料理店に、ジョセフ達はいた。
「ですが」
 目の前に置かれた陶器の茶碗にジャスミンティーを注ぎながら、
花京院が口を開く。
「100日以内にDIOを斃さなければ、
ホリィさんの命が危ないコトは、前にいいましたね……」
 その言葉に、周囲の空気が一気に重くなる。
「……」
「……」
 沈鬱な雰囲気で押し黙る、秀麗なる淑女の父親と息子。
 そして。
「アノ飛行機なら、もう今頃はエジプトに着いてたはずなのに……!」
 言っても仕方のない事ではあるが、
少女が歯噛みするように悔恨を滲ます。
 その少女の姿を認め、そして周囲の者達も宥めるように、
ジョセフはやがて穏やかな声で口を開く。
「わかっている。だが案ずるのはまだ早い……
今から100年前に書かれたジュールベルヌの小説では、
80日間で世界を一周、4万キロを旅する話がある。
自動車等まだ燃費が悪くて使いモノにならん。
汽車や蒸気船、そして多くの移動には専ら馬に乗っていた時代だぞ」
 確信に充ちた表情でジョセフは周囲を見渡しながら、
自分の前で厳かに手を組む。
 ただソレだけで、重苦しかった周囲の雰囲気が
不思議と柔らかなモノへと変わっていく。
「飛行機でなくとも100日あれば、
一万キロのエジプトまではわけなく行けるさ。
ソコでルートだが……」
 ジョセフは一度言葉を切り、旅行鞄の中から真新しい世界地図を取り出して
円卓の上に拡げる。
「ワシは “海路” を行くコトを提案する。
船をチャーターするのに3日も要するのは正直イタイが、
一度海に出てさえしまえば、マレーシア半島を廻ってインド洋を突っ切り、
紅海を抜けてそのままエジプトまでは一直線。
いわば 『海のシルクロード』 を行くのだ」
 航路が解りやすいようにボールペンで線を引きながら、
ジョセフは途中補給に立ち寄る国に印をして自分の提案を説明する。
 ソレを何度か頷きながら、隣で注意深くみつめていた少女もその口を開く。
「私もソレがいいと想うわ。
陸は国境が面倒だし、アジア大陸はヒマラヤや砂漠が在って、
もしトラブったら大きな時間ロスを喰うリスクがいっぱいよ」
見かけに見合わない明晰な洞察力で、そう持論を語る少女。
 その有無を言わさぬ説得力に残りの二人は、
「ボクはそんな所には両方とも行ったコトがないので何ともいえない。
お二人に従いますよ」
「同じく」
各々そう応じて目の前の茶に手を伸ばすのみ。 
 異論は一切なし。
 余りにも呆気なさ過ぎるほど、全員一致で話し合いは終結した。
「……!」
 ジョセフを見て、晴れやかな表情で一度頷く少女。
 ジョセフも穏和な表情でそれに応じる。
 旅の出端は挫かれたが、コレでようやく希望が生まれてきた。
 空と太陽と潮風に包まれた、まだ視ぬ大海の彼方へと
フレイムヘイズの少女は想いを馳せる。
「さて、ソレにはまず腹ごなしが肝心だッ!
出国してからロクな食事を取っておらんからな!
ここはワシのオゴリで一つ豪勢に行こう!
何でも好きなモノを頼みなさいッ!」
 議論の妨げにならないよう、
中国茶と簡単な菓子の類しか注文していなかったジョセフ一行は、
ようやく本格的に店のメニューを開く。
(やれやれ、一体どーなるコトやら……)
 如何なる時でも常に前向きな自分の祖父の態度に内心苦笑しながらも、
承太郎はメニューに手を伸ばす。
「……」
 そして黒い本革貼り表紙を開いた彼の視界に飛び込んできたモノは、
意味不明の漢字の羅列だった。
 鳥だの牛だの魚だのの単語で、ソレが何の料理かまでは解るが
一体どのような「料理法」かまでは見当がつかない。
 中には食材の漢字が一つも入ってないモノまで在るのだ。
「……」
 しかたがないので辛うじて紹興酒と判別出来た項に視線を落とし、
なるべくタカソーで日本では飲めないモノを識別していると。
「何? もしかしておまえ、広東語が読めないの?」
 自分の脇に腰掛けた制服姿の少女が、澄んだ視線をこちらに送っていた。
「日本の義務教育じゃ英語しか教わらねーんでな。
オメーは読めるのか? 中国語」
 問われた少女は変わらぬ澄んだ瞳で、
「“中国語” なんて言語は、厳密には存在しない。
この国はその地域ごとに、言語や風習が全然違うのよ。無論文化もね。
国土が余りにも広大で人口が多過ぎてその歴史が長過ぎるから、
言語を一つに統一するコトは事実上不可能なの。
ちょっと北に位置が逸れただけで、
自分の知ってる言葉や常識が全く通じないなんてのは
ザラにあるコトだわ」
スラスラと一語一句違わず、まるで大学教授の講義のように
この中国大陸に於ける概念を口にする。
「……」
 その少女の言葉を聞きながら無頼の青年は、
(本当に “見掛け” で、判断出来ねーんだな……コイツは……)
そう心中で一人語る。
 アラストールに聞いた所によると、
“フレイムヘイズ” は王との 「契約」 を終えたその瞬間から、
肉体の「生長」が止まるそうだがそれはつまり、
この目の前にいる少女は自分よりも遙かに長い時を
生きているかもしれないというコトだ。
(そんなに昔から……もしかしたらオレが生まれるよりも前から……
コイツはたった一人で戦い続けてきたのか……
この広い世界で……ずっと……) 
 そう想い頬杖を付きながら、目の前で高説を続ける少女を
青年はその淡いライトグリーンの瞳で見つめる。
「な、なによ!? そんなジッと見たりして!」
 瞳を細め、微かに潤んだような美青年の視線に気づいた少女が、
その白い肌を突如真っ赤にして言う。
 だってソレは、とても優しげで温かで。
『なんかいつもと違うような』
 だが。
「イヤ、最初の “論点” からズレまくってんのに、
よくそんだけ話が続くもんだと想ってな」
 という青年の言葉により、己の勘違いだったと少女は一人そう解する。
 いつしか少女の有り難い(?)御高説は、
この中国大陸の風土を顕著に示す例として、
神話の領域の在る闘神の誕生にまで話が及んでいたからだ。
「う、うるさいうるさいうるさい! 
兎に角、旅行者なら他の国の言語くらい勉強しときなさいよ!
常識よ! 常識ッ!」
 そう言って青年から視線を切った少女は、己のメニューに向き直る。 
「しかたがないから、私がおまえの分まで頼んであげるわよ。
感謝しなさいよね!」
 青年には視線を向けずに少女は注文の為、
円卓の脇に設置されたスイッチを押す。
 その少女に釘を差すように、
「オレの注文に(かこつ) けて、甘ぇモンばっか頼むなよ。
ンなモンで酒飲んでも美味くもなんともねーからな」
横から青年の声が追いかけてくる。
「だ、大丈夫よ。するわけないでしょ、そんなコト」
 曲線になった瞳に何故か冷や汗を滲ませながら、少女は青年に告げる。
 やがてやってきたチャイナドレス姿の若い女性に、
少女は流暢な広東語で料理を注文する。
 彼女の発する言葉は完璧らしく、店員の女性も笑顔で応じている。
「……」
 いつも違う言語を話している少女の姿は、
まるでシャナではないようなカンジを承太郎に覚えさせた。
「……おまえ、コレ」
 横から、再び少女の声。
 話し合いも終わり料理も注文し終えやや弛緩した空気の中、
少女の声は何故か自分を責めるような棘が在った。
(……)
 少女が見ているのは、テーブルの上に置かれた自分の左手。
 今はその指先以外全面を白い包帯で巻かれた裂傷の痕。
「大したコトねーって言っただろ」
 承太郎はぶっきらぼうにそう言い、左手をズボンのポケットに突っ込む。
 スタンド本体が消滅したコトに拠り、そのダメージは完治とまではいかないが、
幾分かは軽減されてきている。
 呪術者のかけた “呪い” が、
かけた張本人が死んだコトに拠り浄化されるように。
「でも……」
 しかし少女は食い下がるように、制服の中の手を凝視する。
(……)
 妙にこだわるな、と想った。
 別に不快ではないが。
 しかし、一体何がそんなに気にかかっているのか?
 少女の前で負傷したコトは、何もコレが初めてではないのに。
「……」
 そう想い学帽の鍔で目元を覆う承太郎に対し、
シャナの想うコトはまた別の「意図」
 しかしそう想っている少女に対して、次に青年が告げた言葉、は、
「出血も止まったし痛みもねぇ。
“オメーが気にするようなコトじゃあねぇ” 」
「……!」
 承太郎にとって、それは少女にこれ以上気を遣わせない為に
言い放った言葉ではあるが、今の少女にとって、ソレは。
「……そう……! なら……いい……!」
 シャナは承太郎から顔を背け、そのまま俯いた。
「……」
 チト、ぶっきらぼうに言い過ぎたか?
 そう想ったが過ぎたコトをこれ以上蒸し返しても仕方ないので
青年は気分を変えるため、制服の内ポケットから煙草を取り出し火を点ける。
 その煙草が根本まで灰になる頃、
運ばれてきた料理が次々と円卓の上に置かれていった。
 一部様々な中華菓子が山積みとなっており、バランス的にオカシイが。
「……」
 誰とはなしに箸をつけはじめ、
承太郎は蒸し鮑の冷菜で琥珀色に澄んだ紹興酒を飲んでいたが、
隣のシャナが自棄になったように円卓を廻すので
食べずらいコトこの上ない。
 その山と積まれた中華菓子があっという間に半分以下になった頃。
「失礼、 “Monsieur” 」
 低いが、荘重な響きを持った男の声が静かに到来した。
「……」
「……」
 各々料理を口に運びながら、その男を一瞥する青年と少女。
 煌めく銀色の髪を獅子のように雄々しく梳きあげ、
やや細身だが十二分に鍛え抜かれ磨き上げられた体躯。
 ノースリーヴの黒いレザーウェアにラフな麻革のズボン、
腰には銀の鋲が付いた黒いサロンが巻きついている。
 耳元でハートの象徴(シンボル)を二つに切り刻んだような、
特徴的なデザインのイヤリングが揺れていた。
「少し、よろしいか? 私はフランスから来た旅行者なのですが、
その、フフ、恥ずかしながら “コレ” の中身が解らなくて困っていた所なのです」
 そう言って男は、手にした黒革のメニューを指先でトントンと軽く叩いてみせる。
 どことなく軽薄だが、荘重な言葉遣いのわりに人懐っこくて
こちらの警戒心を弛めるような明るい声。
「見たところ、貴公達も異国からの旅行者。
どうか御力添え願えまいか?
厚かましいと想われるかもしれないが、コレも何かの縁だと想って」
 なんとなく芝居がかって見えるが、
紳士的な口調と立ち振る舞いでこちらに言葉を投げかけてくる銀髪の青年。
 ソレに対し承太郎とシャナは、手にしていた酒とお茶を一口で開けると。
「やかましい。向こうへ行け」
「取り込み中よ。他を当たりなさい」
 それぞれ完璧な発音の英語でそう促す。
 ソレに対し、
「おいおい承太郎、それにシャナ。
まあいいじゃあないか、旅は道連れというだろう」
傍に座っていたジョセフが穏やかな声で二人を制する。 
「ほほぉ~。フランスのパリから。
私は行った事はないが、それは美しい所らしいですなぁ~。
いやいやイタリアのローマなら、地下のそのまた奥まで知っているのですが」
 元来の性格に共感する部分が在ったのか、
ジョセフはそのフランス人の男性と打ち解け
親しげに言葉を交わしている。
「ワシは香港には何度か来たことがありますからな。
レストランのメニュー位の漢字なら朝飯前ですじゃ。
ソレで……ほほう、エビとアヒル、それにフカのヒレとキノコの料理ですか?
初めてながらなかなかイイ所を突きますなぁ~」
 ジョセフは笑顔でその男性に応対し、
中年のウェイターを呼び寄せて料理を注文する。
 そして自分の隣にそのフランス人を座らせ、そしてややあった頃、
目の前の円卓に運ばれてきたモノは。
「……」
「……」
「……」
「……」
 何やら香草の匂いのキツイ、牛の臓物の粥。
 目にも刺激的な大量の香辛料で煮込まれた白身の魚。
 全長13㎝位の、食用蛙の姿焼き。
 薄味の非常にシンプルな貝の蒸し物。
「全然違うじゃないのよ……」
「一体どこの朝飯前だったんだボケジジイ……」
盟友(とも)よ……」
 円卓に並べられた4つの料理に、
3者が嘆息と共にそう漏らしたのはほぼ同時。
「……」
 社交的だった青年も流石に言葉がないのか、
目の前の丸焼きになった蛙を呆然とみつめている。
「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハ。
ま、まぁ……いいじゃあないか。
みんなで食べよう。ここはワシのオゴリという事でな」
 ジョセフは無邪気な子供のようにそう誤魔化すと、
傍の青年に箸を取るよう勧める。
「何を注文しても結構美味いモノよ。此処香港は食の都だからな。
ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」
 そう言って快活に笑いながら、ジョセフは積極的に円卓を廻す。
 フランス人の青年は、目の前で止まる料理に適当に箸を付けていたが、
やがて無数の野菜の飾り切りで彩られた中華前菜盛り合わせが目の前で止まると、
おもむろにソレに箸を伸ばし、口を開く。
「ほう。コレは素晴らしい。まさに熟練の職人芸。手練の手捌きだ」
 そう言ってその飾り切りの中の一つを、箸で器用に摘み上げる。
 ソレは、星の形をした人参。
「私はこう見えて、刃物の扱いには少々うるさい方でしてね。
簡単そうに見えて、ここまで整ったカタチに仕上げるのは難しい」
「ほほう。失礼ながら、貴方の仕事はコックか何かですかな?」
 青年の言葉にジョセフが応じる。
「いいえ、ですがこのカタチを見ているとどうも、
失礼ながら “アノ方” を想い出してしまいましてね」
「アノ方?」
「フフ……そう。私のこの世で最も尊敬すべき、偉大なる御方。
ソノ方の 「首筋」 にも、コレと同じような 『星形』 の痣が刻まれているのですよ……」
 静かに告げられた、銀髪の青年の言葉。
「ッッ!!」
「!!」
「!?」
 一変する、周囲の雰囲気。
「貴様……! まさか新手の……ッ!」
 歴戦の 『スタンド使い』 であるが故に、咄嗟に身構えようとする花京院に向け、
銀髪の男は挑発的に、星の飾り切りを己の首筋に押し当てる。
 その刹那!
 目の前の鍋が突如沸騰したかのように湧き上がり、
ソコから飛び出してくる白銀の一閃。
「ジョセフッ!」
「盟友よ!」
 眼前の変異にシャナとアラストールが声をあげたのはほぼ同時。
 ジョセフに向かって撃ち放たれた白銀の一撃が、
冷たく研ぎ澄まされた細剣(サーベル)だと気づいたのは遙か後。
 その半円状の護拳の付いた白銀の柄を握り締めるのは、
同じくその指先までもが白銀の甲冑で覆われた 『もうひとつの手』
「グ……ウゥゥ……!」
 長年の経験で培われた戦闘の勘から、
辛うじて鋼鉄の義手で貫通されながらも相手の攻撃を致命点から反らしたジョセフ。
 貫かれた左手の前で飛散する機械部品と電子機器の火花を瞳に映しながら、
ジョセフは己の目の前で硬質な音を軋らせる細剣(サーベル)に息を呑む。
「ス、スタンドだ!! 間違いない!! 気をつけろ!! みんな!!
この男!! DIOの送り込んできた新たな刺客だ!!」
 突然の襲撃だったが、ジョセフはパニック状態に陥るコトなく
冷静な思考で周囲に警告する。
「!!」
 その、次の刹那。
 反射的に椅子から飛び降り攻撃体勢を執っていた少女の瞳に、映ったモノ。
 貫かれた、ジョセフの左掌。
 ソレが、ほんの数時間前に在った、 “アノ場面” を再び胸中に想起させる。
「このぉッッ!!」
 激高と共に怒髪天を突いた少女の髪と瞳が、
即座にフレイムヘイズで在る証、 “炎髪灼眼” へと変貌し、
舞い散る紅蓮の火の粉を靡かせながら身を覆った黒衣の隙間から、
可憐な指先を揃える手が抜きいで眼前の存在へと照準を合わせる。
「燃えろォォォッッ!!」
 灼熱の叫びと共に少女の右掌中から一斉に射出される、無数の炎弾
 ソレは空間に紅い軌跡を描き、唸りと共に白銀の腕へと目掛けて飛んでいく。
 しかし。
「フッ……」
 スタンドは微塵の動揺も示さない声で静かに呟き、
己に目掛けて飛んでくる炎弾の嵐を空間に円を描くように、
白銀の光跡を曳いて取り捲く。
 やがてソレらはスベテ螺旋状の渦をとなって細く細く引き延ばされ、
サーベルの刀身全体に取り込まれる。
「!!」
 驚愕にその真紅の双眸を見開く少女。
 躱したり防いだりするならまだしも、
今嘗てこのような魔術師じみた遣り方で自分の焔儀を制した者はいない。
 やがて。
 その少女の眼前に、空間を歪めるような異質な音を伴って屹立するスタンド。
 鋼鉄の踏み滲む音。
 ソレは、一人の荘重なる騎士の姿。
 その全身を凛烈なる白銀の燐光で包まれた甲冑で覆い、
頭部に装着された鉄仮面の隙間から、
極限まで研ぎ澄まされた精神の光を宿した、
生命の幻 像(ヴィジョン)
「むう……何という、剣捌きだ」
 自分の上で絶句する少女に代わり、胸元のアラストールがそう声を漏らす。
「“紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)” 空条 シャナ!!
始末して欲しいのはまず君からのようだな? ならばッ!」
 そのスタンド「本体」で在るフランス人の男性が鮮鋭な声でそう叫び、
自分の脇で倒れた円卓に一切視線を送らず、しかし目にも留まらぬ速度で
紅蓮渦巻くスタンドの剣針を撃ち込む。
「……ッ!」
「……ッ!?」
 ソノ後に出来上がったモノは、灼熱の紅炎を揺らめかす “火時計”
 炎の文字盤が微塵の狂いもなく正確に撃ち込まれ、
真紅の秒針が空間に尾を引く戦慄のオブジェ。
「アノ “火時計” が、12を燃やすまでに君を倒すと予告しよう!」
 白銀の騎士を自分の脇に携える男性は、
確信に充ちた表情で眼前の少女を見下ろす。
 そして。
「我が名は、 “(ジャン)(ピエール) ・ポルナレフ”
スタンドは 「侵略」 と 「勝利」 を暗示する戦車のカード。
銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)ッッ!!』 」
 高々と、己が名とスタンド名を宣告し、承太郎達へと向き直る。
「ジョースター御一行……我が忠誠を誓う主の為、その御命頂戴する……!」
 そのライトブルーの瞳に宿る不屈の信念と共に、
白銀の青年は威風堂々と開戦の始まりを宣言した。


←To Be Continued……



銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)
本体名-J・P・ポルナレフ
能力-近距離パワー型。空気を切断し開いた溝に “真空” を造り出す程の
鋭い斬撃を繰り出すコトが出来る。
破壊力-A スピード-A 射程距離-C
持続力-C 精密動作性-A 成長性-A


 
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