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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#17
  戦慄の暗殺者Ⅲ ~Illuminati Cradle~

【1】


灰燼(ハイ)になれええええぇぇぇぇッッ!! 狩人フリアグネエエエエェェェェッッ!! 」
 焼魂の叫びと逆水平に構えた指先で鋭くフリアグネを刺すシャナ。
 その標的に向け “轟ッッ!!” という凄まじい唸りを上げて迫る、
赤熱の 『灼 炎 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)
「フッ……」
 炎架の放つ凄まじい灼光にその耽美的な美貌を照らされ
給水塔の上に片膝を降ろして座っていたフリアグネは、
笑みを浮かべたまま拍手を止めると純白の長衣が絡み合った
女性のように細い左手をゆっくりと前に差し出し、
そして緩やかな反時計廻りに動かしながら誤差一㎜の狂いもない
円を空間に描き始めた。
 ピアニストのように細く艶めかしい指先が時間軸の四半点を撫ぜる度、
その印が複雑に組み換えられる。
 流麗な動作とは裏腹に頭蓋の神経が毟られるような
精密手技を執っているにも関わらず、
フリアグネは額に汗一つかかず口元の笑みも崩していなかった。
 己の知力と技術とに、絶対の自信を持っている何よりの証。
 その廻転運動に合わせ、純白の長衣と同色の手袋で覆われた掌中からやがて、
奇怪な紋字と紋様が湧き水のように溢れ出した。
 白炎で包まれた無数の紋様はすぐさま立体的に膨張し、
フリアグネの周囲に円球状と成って展開されその華奢な躰を包み込む。
 突如場に出現したその白炎障壁に、
シャナの撃ち放った紅蓮の炎架が真正面から激突した。
 バシュッッッ!!!
 その刹那、赤熱の 『灼 炎 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)』 は
跡形もなく粉微塵となって消し飛んだ。
 エネルギーの膠着も、拮抗も、対消滅も、“何も引き起こさずに”
存在の忘却の彼方へと吹き飛んだ。 
 白炎の紋様障壁に包まれたフリアグネの周囲を、
砕けた紅蓮の炎架の飛沫が余韻のように靡く。
 宛ら、“アノ時” を再 現(トレース)するかのように。
 そんなコトはさも当然だと言わんばかりに、
フリアグネは口元を長衣で覆ったまま
勝ち誇ったようにシャナを見下ろしていた。
「そ……そ……んな……ッ!?」
 一切の光の存在を赦さない、無明の双眸が驚愕で見開かれる。
 自分の、最大最強焔儀がいとも簡単に防がれた。
 炎術の練度が鈍っていた等という些末な問題ではない、
自分は、先刻の焔儀を刳り出す為に手持ちの存在力の塊 『トーチ』 を
全て残らず消費した。
 それに加え大きさに比例して制御も難しくなる巨大なる力を、
己の精神力のみで強引に捻じ伏せ最高の威力を編み出した上で発動したのだ。
 それなのに、自分がアレだけ時間と労力を賭けて造り出した攻撃型自在法を、
眼上の男はものの数秒でソレ以上の防御系自在法を生み出し封殺した。
 消し飛んだ炎塊の余韻と共にパールグレーの前髪が、
封絶の放つ気流でたおやかに揺れている。
 その余裕の表情は、(かげ)る事を知らない。
極 大 魔 導 士(スペリオル・ウィザード)
 そんな突拍子もない単語がシャナの脳裏に浮かんだ。
 しかし、事実、そう認めるしかない。
 自分の最大焔儀、『炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)』 の焦熱力は、
重さ一トンの鉄塊を蒸発させるくらいの熱量は在った筈。
 その上で今までの最高の力を乗せて焔儀を刳り出せた。
 ソノ力の「結晶」をいとも簡単に封殺されたのでは、
否が応でもそう認めざるをえない。
 そして再び、頭上から到来する壮麗な “王” の声。
「フフフフフフ……君のその姿に相応しい、実に可憐な焔儀だったよ? お嬢さん?
しかしその「威力」も君の似姿と全く同じで、脆く儚い存在だったようだね?
まるで野に咲き乱れる霞草のように。
無人の荒野を駆る私にはただ踏みしだかれるだけの脆弱な存在だったようだ。
“しかしだからこそ美しい” かな? フフフフフフフフフフフフフフ……」
 フリアグネはそう言って倒錯的な微笑をシャナへと向ける。
「ッ!」
 その挑発に、シャナはキッとした鋭い視線で返す。
 そして心中の動揺を悟られぬよう、極力平静を装って言い放つ。
「流石に大口を叩くだけの事はあるわね?  “狩人”
超遠距離からの「暗殺」を得意とするだけあって、
ソレに対する防御対策は万全ってワケ?
でもそれは同時に接近されたら一巻の終わりって白状しているようなものだわ」
 その言葉に、フリアグネはわざと平淡な口調で応じる。
「フッ、その通りだよ、お嬢さん。私は荒事が嫌いでね。
この手では薄氷一枚砕いた事がない」
 そう言ってシルクの手袋で覆われた細い手をこちらに差し向ける。
「愛するマリアンヌに無骨な手で触れたくはないからね。フフフフフフフフ」
 己の弱点をアッサリと晒らけ出しながらも、
フリアグネは嫌味なほど余裕で右手を振っている。
「第一、戦闘者同士が暑苦しく近距離で押し合い引き合い、
ソレで一体何が「美しい」と言うのかな?
真の「美」とは一切の無駄を省いた所にこそ初めて存在し得るのさ。
そう “アノ方” のように、ね」
 甘くそう呟いて言葉の終わりに軽く片目を閉じる。
 人間には持てない幻想的な魅惑がそこには在った。
「さて、以上で前 奏 曲(プレリュード)は終了したようだね?
ソレでは私と君の “戦闘組曲第二楽章”
IN MY DREAM(幻 惑 の 中)』 の開幕といこうかッッ!!」
 そう言ってフリアグネは再び魔力の宿った純白の長衣を上方の空間に翻した。
 瞬時に先刻同様薄白い炎が次々と浮かび上がってシャナを取り囲み、
頽廃のマリオネット達が一波を遥かに超える数で召喚される。
「!」
 シャナは表情を引き締め、先刻同様壮烈な鬨の声を挙げる。
「何かと想えば性懲りも無くまた燐子の召喚ッ!?
この私に同じ 「手」 を二度使う時点で既に凡策よッッ!!」
 凛々しく叫び、シャナは右手を素早く黒衣の内側に押し込む。
 そこから握られて出てきたのは(くだん)の妖魔刀、
少女の名の銘でもある戦慄の美を流す大太刀、
贄 殿 遮 那(にえとののしゃな)ッッ!!”
「生憎だけど、どんな強力な防御障壁を展開してもこの私には通用しない!!
編み込んだ己の自在法を 「増幅」 させッ! 
同時に触れた全ての自在法を虚無へと還す!!
この “贄殿遮那” の前ではねッッ!!」
 そう叫んで掴んだ大太刀を鋭く薙ぎ払う。
 己の迷いを、全て断ち切るかのように。
 大気の割かれる痛烈な斬切音と共に、
巻き起こった気流が黒衣の裾が揺らした。
「それに “第二楽章” なんかじゃないッッ!!
これが “最終楽章” !! 『DEAD END(討 滅)』 よッッ!!」
 そうフリアグネへ宣告すると同時に、
シャナは炎髪の撒く火の粉を足裏に集束して爆散させ
石版を踏み砕きながら前方右斜めの武装燐子の群に挑みかかった。
 その胸元で突風に揺れるアラストールは、
心に浮かんだ一抹の異和感を拭いきれず長考していた。
(むう……先刻、この子の焔儀から彼奴の身を護ったのは果たして
本当に “自在法” だったのか? ソレにしては「自在式」の執り方が
少々乱雑な(フシ)が在ったが……)
「でやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
 アラストールの懸念をよそに、シャナは燃え上がる鬨の咆吼をあげながら
黒衣を翻して武装燐子の群に突貫した。





【2】

 承太郎は階段を5段抜かしで疾風のように素早く二階へと駆け上がると、
素早く軸足をターンさせ屋上へと繋がる中央階段の方向に向かって駆けだした。
 今昇ってきた階段で3階まではいけるが屋上まではいけない。
 マキシコートのように裾の長いSPW財団系列のブランド
“CRUSADE” 特製オーダーメイドの学ランが風圧で舞い上がり
襟元から垂れ下がった鎖が澄んだ音を立てる。
 体温上昇の発汗により蠱惑的な麝香が一際高く空間を靡いた。 
 今、その永き血統が司る気高きライトグリーンの瞳には、明らかに焦燥の色が在った。
 彼自身自覚のない、まだその理由さえも形になっていない
焦り、戸惑い、そして苛立ち。
 深夜の繁華街でゴロツキ共と刃傷沙汰になった時、
冷や汗一つかかなかった承太郎らしくない焦り方だった。 
 鍛え抜かれた長い健脚で非日常の場と化した廊下を疾走する無頼の貴公子。
 その怜悧なライトグリーンの瞳が一点、何かを捉える。
「ッ!」
 承太郎はスタンドの「脚」を使って摩擦熱を伴いながら急ブレーキをかけ、
それ自体は決して珍しくない、しかしその存在の「有り様」が実に異質な
ソレに視点を向けた。
 中空に浮き上がり窓から漏れる白光に妖しく煌めく「長方形」
 くるりと軽やかに回って見せた図柄は、身の丈を越える大鎌を肩口に掲げる死神
“JOKER”
(トランプ……か……?)
 その宙に浮く、一枚のカードからはらり、と、存在しないはずの二枚目が落ちた。
続けて三枚目、四枚目……月下の白光に酷似した光に反照するカードが
次々と空間に零れ落ち、そして舞い上がり、どんどん増えていく。
 やがてトランプの規定枚数52枚を超えて増殖し、無軌道に宙を固まって
紙吹雪ように舞い踊るソレは、徐々に速度を速めながら渦巻いて承太郎を取り囲み
周囲半径5メートル以内を完璧に覆い尽くす。
 現実性を完全に欠如した光景。 
 まるで奇術師のいない悪趣味なマジックを魅せられているようだった。
 承太郎は周囲を警戒しながら、静かに臨戦体勢を執る。
(コレが……アラストールのヤツが言ってやがった
スタンドと同質の能力(チカラ)を持つ道具、
紅 世 の 宝 具(グゼノホーグ)” とかいうヤツか?
やれやれ全く薄気味悪いったらありゃしねーぜ)
 心の中で毒づきながらも承太郎は研ぎ澄まされた五感を総動員して
カードの動きを追跡しながら集中力を高めていく。
 突然、そのカード群の軌道の一つが周囲から外れて
流れ始めたと思うと、一方を指向する。
 承太郎の首筋、頸動脈の位置を。
 続けて他のカード達もそれぞれ軌道を外れて各々の流れを造り出すと、
同じようにそれぞれの指向を刺し示した。
 人体の急所、頚椎、眉間、鳩尾、背梁、脇影、聖門、手甲、
そして三 陰(アキレス腱)を。
 そしてギリシア神話に出てくる玖 頭(きゅうとう)の蛇、
ヒュドラのように鎌首を(もた)
それぞれが差し示した致命点へと高速で襲いかかってきた。
「スタープラチナァァァァァッッ!!」
 承太郎の猛りと共に、ストリートダンスの 「フロア・ムーブ」 のような、
()した高速廻転錐揉み状態で出現したスタンド
星 の 白 金(スター・プラチナ)』 がそのままの体勢で前後左右、
あらゆる角度から致命点へと襲いかかる死のカードに向けて
貫き手の乱打を射出する。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」
 その流麗且つ壮絶な姿、まさに輝く黄金の竜巻、否、煌めく白金の乱気流。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ
 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!!!!」
 自らの起こした拳風によって周囲の空気を円環状に攪拌しながら、
同時に捲き上がった旋風と共に中空へと舞い上がり承太郎の前方右斜め、
1,5mの位置へと着地したスタンド、スタープラチナ。
 その交差された剛腕の先端、引き絞られた指の隙間には
それぞれ同数のカードが一枚の誤差も無く挟み込まれていた。
 タネも仕掛けもない、勇壮なる『スタンド使い』
空条 承太郎の、神業的な「幽 波 紋 魔 術(スタンド・マジック)
 スタンド本体の攻撃力(パワー)瞬速力(スピード)、精密動作性。
そして何よりもソレを操る宿主の適切な状況判断力とソレに
対応できる技術力(テクニック)、加えて鋭敏な知能と強靭な精神力とが
それぞれ融合して初めて繰り出す事が可能な戦巧技。
 燐纏昇流。裂空の嵐撃。
 流星の流法(モード)
流 星 群 漣 綸(スター・スパイラル)
流法者名-空条 承太郎
破壊力-B スピード-A 射程距離-C(最大半径3メートル)
持続力-D 精密動作性-A 成長性-B





「オッッッッッラァァァァァッッ!!」
 刃よりもキレのある咆哮と共に今度はスタープラチナがそう叫び
交差した両腕を止まらない動作で払い合わせる。
 先端のエッジが薄刃のように研がれた殺人カードの束は、
自身の切れ味で互いを刻み、シュレッダーにかけられた薄紙同様に
線切りとなってリノリウムの床に力無く舞い落ちた。
「フン、こんな子供騙しでこの空条 承太郎を仕留めようなんざ、
随分と虫のイイ話だぜ」
 承太郎は足下で動かなくなったカードの残骸を
ドイツ製の革靴で乱暴に蹴り払う。
 そし、て。
「出てきやがれッッ!! “いる” のは解ってんだぜッッ!!」 
 そう叫んで誰もいない空間へ向かい、
逆水平に構えた指先を差し示した。



“流石……ね……! 『星の白金』 ……空条 承太郎……ッ!”



 開けた視界の中、誰も居ない筈の空間に若い女の声が木霊した。
 日本人離れした長身を持つ彼には通常あり得ない位置 “頭上” から。


“いいえ……! 我が主の名誉(ほまれ)の為に……! こう呼ばせてもらうわ……!
星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)殲 滅 者(せんめつしゃ)』 ……ッッ!!”



 仰々しい言い回しに、承太郎は小さく舌打ちする。 



“ご主人様御自慢の「宝具」……
『レギュラー・シャープ』 をいとも簡単に封殺するなんて……ッ!
それでこそ私自身が討滅する価値があるというものよ……!! ”



「ケッ! 余計な御託を並べてんじゃあねーッ! 勝手な「通り名」まで付けやがって!
とっとと姿を現しやがれッ! もう “そこ” に居るのはバレてんだぜ!」



“フフフフフフフ……光栄に想いなさい……! 
アナタの為にとびきり高貴な真名を考えてあげたわ……!
ご主人様勝利の御為に、ね……ッ!”


 微かな笑みを含んだ声と共に、
静寂な廊下中央にいきなり白い炎が濁流のように渦巻いたかと思うと、
そこに人型のシルエットが浮かび上がった。
「……」
 余韻を残して余熱も残さず立ち消えた炎の向こう側。
 膝下まである砕いた紫水晶(アメジスト)(ちりば)めたかのような光沢の髪に、
パールグレーの瞳を携えた絶世の麗女が、
神秘的な雰囲気を纏わせながら左腕を腰に当てて立っていた。





【3】


   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!




 突如目の前に姿を現した、中世芸術彫刻のような白銀比の躰と
腰に届く以上に長い艶やかな髪を併せ持つ幻想的な雰囲気の美女。
 否、躰は成熟しているが可憐な顔立ちをしているので
正確には 「美少女」 と呼んだ方が適切かもしれない。
 透き抜けるような白い肌、露わになった肩口と細い二の腕、
漆黒の、胸元が大きく開き右脚の部分に深いスリットの入った
サテンスカートのドレスに身を包み、
更にドレスとは正反対に純白な、天使の羽衣を想わせる長 衣(ストール)を纏っている。
 足下は踵の高い 「十 字 弓(クロスボウ)」 の刻印が入った
ヒールリング付きのミュールを(しゅく)と履いていた。 
 白い封絶の逆光に反照されたその 「月下美人」 と呼んでも差し支えない
艶麗なるその姿。
 見る者が見ればきっと彼女をこう評したであろう、
【闇夜ノ花嫁】 と。
「……」
 承太郎は警戒と緊張とを崩さずぬまま、その幻想的な雰囲気を醸し出す
美少女を見つめ状況分析を測る。
 そして同時に纏っている純白の長 衣(ストール)が放つ神秘的な煌めきに、
全世界波紋戦士直属の長である曾祖母(そうそぼ) 『エリザベス』 の
その妖艶且つ威風溢るる姿を想い起こした。
 目の前の少女は、曾祖母に比べて妖しさと勇ましさこそ薄れるものの、
その様装は彼女の戦闘体系に酷似していた。
(更に付け加えるのなら、その全身に纏った清純な気は
成長し女性として完成されたエリザベスにはないモノである)
 比較対象である曾祖母も、 『波紋』 の鍛錬時には似たような色彩を放つ
首 帯(マフラー)を身に纏っていた。
 しかしその本質は装飾用のソレではない、
「使う者」次第によってどんな屈強な刀剣をも凌駕し
どんな頑強な甲冑すらも粉砕する超絶の波紋兵器だ。
 似たような形状をしている以上、そして先刻の奇怪なトランプも含めて
少女の纏う長 衣(ストール)にも、何らかの「特殊能力」が付加されていると
視るのが妥当だろう。
 それならば衣擦れによって長 衣(ストール)の微妙な動きを感知する為に
素肌を露出しているのも頷ける。
 曾祖母も実戦を想定した戦闘訓練の時は、
常に軽装でしかも動きやすい薄地の服を着ていた。 
 仮に “ジョースター” の血族であるエリザベスを光の女神と喩えるならば、
『DIO』 の使い魔である眼前の少女はその対極、
差詰め影、闇の隷 女(スレーディ)
 その闇の美少女が髪と同色の、宝石のようなパールグレーの瞳で
真正面から承太郎の瞳を鋭く射抜き静謐に語りかける。
「それにしても……よく私の「居場所」が解ったわね?
空条 承太郎。影も形も完璧に消し去った筈なのに」
 清純な姿に相応しい美しき声で、異界の美少女は承太郎に言った。
「そりゃあそんだけ強烈な 「殺気」 を四方八方に撒き散らしてりゃあな。
マヌケな猫でも近寄る前に逃げていくぜ。
“ソイツ” の 「能力」 で透明になっても意味ねー」
 そう反論し承太郎は逆水平の指先で、
艶やかな胸元でサラサラと梳き揺れる長衣を指差した。
「流石の洞察力ね。ご主人様から譲り受けたこの「宝具」
『ホワイトブレス』 の特性を一目で見破るなんて」
 純白の長 衣(ストール)がその軽さ故まるで陽炎のように
少女の周囲で揺らめいている。
「身内に似たようなモン持ってるのが一人いるんでな。
だが、その「能力」は “透明になる” なんてなチャチな代モンじゃあねーぜ。
本気で 「使え」 ばブ厚い鋼鉄の扉でもブチ砕いちまうからな」
 承太郎は少し得意気に少女へ説明すると、即座にその表情を引き締めた。
「確かテメーは、一昨日(おととい)街中でオレにケンカを吹っかけてきやがったヤツの片割れだな?
悪趣味なマネキンの首玉ン中に潜んでやがった金髪の女。
「見た目」が少々変わっちゃあいるが、声と雰囲気で解るぜ」
 承太郎の問いに目の前で佇む異界の美少女は、
その長く麗しいパールグレーの髪をたおやかにかきあげる。
 フワリ、と舞い上がった髪が、まるで絹糸のように優しく空間を撫でた。
「アナタの推察の通りよ。
私は壮麗なる紅世の王 “狩人”フリアグネ様の忠実なる従者。
“燐子” マリアンヌ」
 マリアンヌと名乗った美少女の形の良い耳元に、
磨かれたアメジストのピアスが煌めいていた。
「私のご主人様。そしてそのご主人様が敬愛する “アノ方” の御為に
その命頂戴させてもらうわッ! 覚悟なさい!」
 ドレスの少女はそう清冽な声で鋭く言い放ち、
そして長 衣(ストール)を先鋭に翻す。
 その容貌は少淑女とでもいったような上品な佇まいだが、
仕える主を 『ご主人様』 と呼ぶ等所々が妙に子供っぽい。
 その懸 隔(ギャップ)が見る者によっては抗いがたい強烈な魅力となるが、
承太郎はその凛とした宣戦布告とは裏腹に剣呑な表情で応じる。
「やれやれ。見た目が変わろーがホーグとかいう「得物(エモノ)」持ってこよーが
結果は何も変わらねーぜ。また痛い目みねー内にとっととご主人様ン所にズラ帰えんだな?
“マリアンヌ” だったか?」
 少女の露わな素肌から立ち昇る、
アイリスやブルガリアン・ローズ等が絶妙にブレンドされた甘い香気に
承太郎は眉一つ動かさず言い放った。
「フッ、甘いわね? 空条 承太郎?
今のこの「姿」こそが、ご主人様が私の為に創って下さった私の 『完成体』 なのよ。
この前の私と同じだと想っていたら、痛い目を見るのはアナタの方だわ」
 主に対する絶対的な信頼がそうさせるのか、
マリアンヌは余裕の表情でそう返す。
「……」
 その言葉に承太郎は嘆息をつき学帽の鍔で目元を覆う。
「やれやれ。そんな掴めば折れちまいそうな細腕で何言ってやがるんだか。
『スタンド』 を使う間でもねぇ。 「今」 のテメーじゃ生身のタイマンでも楽勝だぜ。
女を殴る趣味はねぇ。今すぐオレの前から消えろッ!」
 そう宣告し三度突き出した指の先でマリアンヌを射す。
 曾祖母譲りの、威風堂々足るその風貌。
 しかしマリアンヌは小悪魔的な微笑と共に彼へと問い返す。
「ウフフフフフフフフフ。
一体何をそんなに焦っているのかしら? 
「上」にいる “炎髪の小獅子” がそんなに心配なの?」
「……ッ!」
 予期せぬ指摘に一瞬虚を突かれたかのように承太郎の視点が遠くなるが、
すぐに強靱な意志で表情を引き締める。
「テメーの知ったこっちゃあねぇ話だ。
アラストールのヤツも傍に居る。何も問題はねぇ。」
「フフフフフフフフフフ。 “だから甘い” というのよ。空条 承太郎。
アナタは今、余計な事に意識が逸れていて目の前の存在の「本質」に気がついていない」
 マリアンヌの、その明らかに含みのある言葉に承太郎が反応する。
「……だと?」
 疑念を浮かべた承太郎によく聞きなさい、
と前置きしてからマリアンヌは告げる。
「今の私のこの 「姿」 は、アナタを 「討滅」 する為のモノではないし、
ましてや戦闘用のソレでもない。もっと遠大なる 「目的」 の為に創られたモノ。
その 「本質」 を理解していないアナタに勝ち目はないわね? 空条 承太郎」
「……ッ!?」
 自信に満ち溢れたマリアンヌの言葉に困惑の表情を浮かべる承太郎。
 しかし彼の鋭敏な頭脳は、己の意志とは無関係に与えられた情報を
演算し始めその「理」を模索する。
「戦闘用」 では、ない?
 なら、何故、この女はオレの前に姿を現した?
“オレを殺すこと自体が” 目的ではないのか?
 脳裏に様々な疑問がランダムに点灯する。 
 困惑した表情に対し口元に清らの微笑を浮かべ、
魅惑的な甘い芳香を靡かせながらマリアンヌは言葉を続けた。
「私の今のこの 「躰」 は 『都喰らい』 によって発生する
膨大な量の 「存在の力」 を注ぎ込む為に創られた、いわば聖なる 「器」
そしてご主人様と共に永遠を歩む為に創られた悠久の 「似姿」……」
 自信に満ち溢れた清冽な表情で細い手を胸に当てながら、
マリアンヌは己が存在の本質を語らう。
 しかし承太郎は同時に語られた “別の事象” に意識が向き
想わず声が口から漏れた。
「『都喰らい』…… だと……ッ!?」
 その彼の動揺には気づかず、紅世の美少女、マリアンヌは主譲りの
麗らかな口調で言葉を紡ぎ続ける。
 少女にとっては 『都喰らい』 と呼ばれるモノの事象よりも、
今の自分の本質を語る事の方が遙かに重要であるらしかった。
「だから今の私のこの 「姿」 はご主人様の私に対する想いの結晶。
フリアグネ様の永遠の愛が顕在して 「形」 と成ったモノ。
だから今のこの躰で私がアナタに――」
「おいッ! “そんな事ァ” どうでもいいッ!」
 甘い熱を秘めて紡がれる令嬢の言葉は、
無頼の貴公子が放つ怒声によって掻き消された。
 自らの言葉に陶酔していた少女は、微睡(まどろ)みから覚めた仔猫のように
パールグレーの双眸を(みは)り瞬かせる。
「答えやがれッ! その 『都喰らい』 っつーのは一体ェどういう意味だッッ!!
テメエッ! アレだけ殺ってもまだ飽きたらず、
今度は “この街の人間全員” 喰いやがるつもりかッ!?」
「――ッ!」
 宿敵に何よりも大切な主との 『絆』 を 「そんなもの」 呼ばわりされた事に、
少女は宝珠のような綺羅の肌を微かに紅潮させムッとなったが
すぐにその表情を引き締める。
“相手の感情を読み取りその 「弱み」 を利用しろ。
特に 「怒り」 は最も生み出し易く尚且つ利用し易い”
という主の言葉を思い出したからだ。
(ハイ……解っております……私のご主人様……)
 心中で甦った最愛なる者の言葉に、
マリアンヌは感謝の意を捧げると同時に頬を朱に染めた。
「ウフフフフフフフフ。コトはアナタが想っているほど
「単純」 ではないわ。空条 承太郎」
 そう言ってマリアンヌは焦らすように言葉の間隔を開けると、
淡いルージュの引かれた夢幻の口唇で静かに告げる。
 今の承太郎にとって、何よりも残酷な 「真実」 を。
「ご主人様最大の秘儀である究極自在法 『都喰らい』 の効力は
“人間だけには留まらない”
この街に存在する全て、草木や動物は勿論、花や虫、石や土、
水や空気に至るまで有機物無機物は問わず、文字通り「全て」よ」
「――ッッ!!」
 衝撃。
 淑とした声で淡々と告げられたマリアンヌの言葉、
『都喰らい』 その本質に承太郎は絶句する。
 名称から類推して漠然と大量殺戮のイメージを膨らませていたが
その 「本質」 はより残虐な事実、 “死ぬよりも恐ろしい” 真実だった。
 マリアンヌは蒼白になった承太郎の表情を愉しそうに一瞥すると、
声のトーンを高めて言葉を続ける。
「更に 『都喰らい』 発動の直後、膨大な存在の力へと還元されたこの街は、
“最初から存在すらしなかった事” になる。
その痕跡すらも遺さずに、忘却の彼方へ掻き消されてね。
ウフフフフフフフフフフフフ」
「……」
 瞳を見開いたまま無動となる承太郎に、マリアンヌは尚も続けた。
「そ、し、て、 この 「器」 を還元された存在の力で満たす事によって、
私はようやく 「一個」 の存在としてこの世界に 「自律」 出来るようになる。
もうご主人様の御手を煩わせる事もなく、一つの存在として
永遠に傍らでお仕えする事が出来る」
 そこでマリアンヌは一度言葉を切り、淡い吐息をつくと
「そして今度は私が護られるのではなくッ!
私がこの手でご主人様を御護りするのよッッ!!」
決意の叫びと共に純白の長 衣(ストール)を鮮麗に翻した。
 周囲を揺蕩う気流にすら靡く極薄の長衣が
羽根吹雪のように空間を舞い踊る。
「アナタには解らないでしょうね? 今の私の至上の幸福感なんて。
想像すらも出来ないでしょうね? 「人間」 で在るアナタには。
ウフフフフフフフフフフフフフ」
 嫋やかな声調と微笑で心底嬉しそうに、マリアンヌは承太郎へと問いかける。
 瞬時には全く理解不能な言葉の羅列。
 あまりにも突拍子がなく、まるで寓話の中の話でもされているようだった。
 しかし、この少女が2日前に行った 「行為」 を思い起こせば、
ソレが真実か虚実か等と問う事は愚問だった。
 目の前の異界の少女は、“紅世の徒” は、やると云えば必ずヤる。
 一片の躊躇もなく、一片(ひとひら)の慈悲すらなく、数十万単位という人間を
蟻でも踏み潰すかのように躊躇いなく葬り去る。
 無邪気な幼子が、残酷な遊戯に興じるように。
「――ッッ!!」
 承太郎の口内で、犬歯がギリッと軋んだ音を立てた。
 しかしそれだけの大惨劇を企てているにも関わらず、
口唇に清らの微笑を浮かべている少女 “マリアンヌ”
 神秘的に光るパールグレーの瞳には、
その 「行為」 に対する背徳感も罪悪感も
まるで感じ取るコトが出来ない。
 それどころかその 『都喰らい』 という人間の、
否、「存在」 の 『大消滅』 を何かとても 「崇高」 なモノ、
或いは 「神聖」 なモノとでも想っているようだった。
 数十万単位の人間の 「生命」 が、自分の 「躰」 に流し込まれる事に対して
微塵の恐怖も嫌悪も感じてはいない。





“人間では、ないのだ”




 空条 承太郎は、否が応にもその事実を思い知らされた。
 幾らその姿が、人間に酷似しているとしても。 
 自らの宿敵、 『DIO』 もまた、嘗て己が祖先に対する血染めの裏切りによって
人間の心を完全に捨て去った者。 
 全ての人間が生まれながらに持っている筈だった “ある感情” を、
己がドス黒い意志と欲望でその全てを潰滅させた真の邪悪。
 いま目の前にいるこの少女は。
 その主、 “紅世の王” は、ソノ――



 DIOの使徒。
 邪悪の信徒。
 生命と精神の簒奪者。 



「ぐっ……! ううぅっっ……!!」
 怒りで身を震わせる承太郎の口元から、
手負いの獣の如き強暴な呻り声が漏れる。
 マリアンヌは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに、
たおやかな微笑を浮かべ満足そうにその様子を(すが)めた。
「フフフ……フフ……ウフフフフフフフフフ……ッ!」
 ルージュの引かれた耽美的な口唇から、意図せず少女の微笑が零れる。
 欣快(きんかい)
 2日前、アレだけの燐子の大群を前にしても掠り傷一つ負わず、
更に自分を地に這わせるというこの上ない 「屈辱」 与えたこの男が、
今、ただの 「言葉」 で苦悶の形相を浮かべているというその事実。
 マリアンヌにとってもその反応は予想外だった。
しかしだからこそ、余計にソレが何にも代え難い
愉悦である事がより深く身に沁みた。
“いま自分がこの男を苦しめている” というコト。
 それに、よく見ればこの男は、
主には及ばないが人間にしてはかなり美しい風貌をしている。
 単に物理的な造形や構成の美しさではない、
その内に宿る強靭で高潔な精神に裏打ちされた、
それこそ存在そのものが放つ真正の至純美。 
 その風貌が、自分の紡ぎ出す言葉で苦悶に歪むソノ悦楽。
 まるで完成された芸術品を感情一つで粉々にするような、
倒錯した愉悦だった。 
 もっとコノ男を苦しめてみたい。
 肉体的にも、精神的にも。
 もっと。もっと。
 臍下(せいか)の深奥から湧き出てて全身を駆け巡る
何よりも甘美で危険な昏い熱をその肌に感じながら、
マリアンヌは蕩けるような微笑を口唇に浮かべた。
「フフフフフフフフフフフ。人間とは厄介なモノね? 空条 承太郎?
自分以外の人間が死ぬのがそんなに辛いの? 苦しいの?」
 まるで恋人をからかうような甘い口調で、
マリアンヌは承太郎に問いかける。
「滑稽だわ。自分達はありとあらゆる種類の生物を殺しておきながら、
自分の 「番」 になると憤るなんて。随分身勝手な話よね?
そうは想わない? 空条 承太郎? ウフフフフフフフフフフフフ」
 甘い吐息と共に紡がれる清らかで静謐な声が、
頭蓋の神経に絡みつき更に神経を掻き乱す。 
 そんな 「理屈」 は聞きたくもなかった。
 自分は人という存在の在り方を探求する哲学者でもなければ、
人類の罪深さを贖う聖職者でもない。
 ただ。



『無抵抗の人間を虫ケラように嬲り殺すヤツらが絶対に赦せないだけだッッ!!』




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!! 
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!




 俯きその表情が伺えない承太郎の全身から、激しく渦巻く怒りと共に放出される、
まるで空間までもが蠢くような途轍もないプレッシャー。
“ソレが目に視える形で” 放出される。
 承太郎の全身から、白金色に煌めくスタンドパワーが止め処もなく迸り出ていた。
 臨界を超えた怒りと共に。
 スタンドは、人間の 「生命」 が創り出す(パワー)在る映 像(ヴィジョン)
 そして、その 『原動力』 となるモノは、ソレを司る人間の 『精神』
 故に! 「本体」 である “人間の精神が高まれば高まるほど”
“その存在の力は爆発的に増大するッッ!!”
 熱く! 激しく! 燃え尽きるほどに!!



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!



 承太郎の全身から迸る白金のスタンドパワーが床を伝い、空間を伝い、
やがてマリアンヌの周囲を覆い尽くし露出した肌に絡みつく。
「――ッッ!!」
「体感」 は、何もなかった。
 熱さも冷たさも、質量すら感じなかった。
 しかし、己の意志に、精神の深奥に直接触れられたかのような衝撃が
「実感」 として在った。
 その奇妙で不可思議な感覚に、マリアンヌは驚愕よりも歓喜で身を奮わせる。
 そう、燐子造りの天才である主の創り出した最高傑作であるこの 「躰」 に、
注ぎ込まれる力は何も有機物無機物に留まらない。
 この世ならざる能力(チカラ)、『幽波紋(スタンド)』 すらもその範 疇(カテゴリー)に含まれる。
 ソレが自分に注がれた時の事を想像して、
マリアンヌはパールグレーの双眸を幼子のように煌めかせた。
「その為」 にわざわざ、再三に渡る主の反対を押し切ってまで
自分は危険な相手にその身を晒したのだ。
「ス、スゴイ……ッ! 
コレがアノ “天目一個” すらも凌駕する、地上最強の 「ミステス」
『星の白金』……! ソノ真の能力(チカラ)……ッッ!!」
 この力を手に入れ、ソレを主の為に役立てる事が出来たのなら、
その至福で自分は一体どうなってしまうのか?
 湧き上がる期待と高揚で心が盪けそうになるのを
マリアンヌは懸命に押し止めた。
「……け……るな……!……れ…………う……」
 目の前で歓喜を輝かせるマリアンヌとは正反対に、
顔を俯かせ怒りを軋らせる承太郎。
 きつく握り締められた拳の中で、爪が皮膚を突き破り
流れ出した鮮血が冷たいリノリウムの床に染みていった。
 決意のように。誓いのように。
 挑発されているのは、解っていた。
 しかしッ!
 心の深奥から際限なく噴き上がってくる、
マグマのような途轍もない怒りは抑えようがなかった。
 そう。
“こんな事を聞かされて頭にこないヤツはいないッッ!!”
 承太郎の全身からさらに膨大な量のスタンドパワーが迸った。
 彼の心中を代弁するが如く。


 
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!



 脳裏に、一人の子供の姿が過ぎる。 
 2日前、自分の母親の傍らで、存在の残滓すらも遺さずに掻き消えた、
年端もいかない子供の姿が。
 その消滅に気づかない傍らの母親。
 紅い “封絶” の(なか)遺言(ことば)も無く消えて逝った者達。
 圧倒的で一方的な 「悪」 の前に、無惨に喰い潰されていくしかなかった人々の姿が、
閃光のように承太郎の脳裏を駆け巡った。
 そして、それが、いま再び、
未だ嘗てないほどの 「規模」 で執り行われようとしている。
 不安、恐怖、怒り、絶望。
 承太郎の裡であらゆる負の感情が堰を切って、更に激しく渦巻き始めた。
 確かに、DIOや紅世の徒のような強大な力を持つ者達からみれば、
スタンド能力を持たない生身の人間など、
取るに足らない脆弱な存在なのかもしれない。
 そして生物界の基本原則、 「弱肉強食」 の鉄則からすれば
弱い者は何をされても仕方がないのかもしれない。
 しかしッ!
 例え能力(チカラ)を持たなくとも。
 強大な悪意の前では儚く消え去る存在であったとしても。
“だからこそ” 毎日を懸命に生きている人々の生命(いのち)を、
少しずつでも創りあげたささやかな幸福を、




『無惨に踏み躙る事が出来る 「権利」 など! 決して誰にも有りはしないッッ!!』 




 その人間の想いの全てを。
 その存在の全てを!
 過去も現在も未来も、己が欲望の為だけに嘲笑いながら喰い潰し、
そして虚無の彼方へと消し飛ばしてしまおうとする異次元世界の住人。
紅世の徒(ぐぜのともがら)!”
 そして!
 その支配者DIO!! 
 赦すことは、出来ない。
 赦せる筈が、ない!



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!



 この街にはいま、祖父であるジョセフがいる。
 母であるホリィがいる。
 決して仲が良かったわけではないが、同じ学園に通う生徒達。
 鬱陶しいが、純粋に自分を慕い気づかってくる女生徒達。
 更に毛嫌いしていた教師や刑事の中にも、
矛盾に満ちた社会へのわだかまりを晴らすため日夜争いに明け暮れる
自分の身を真剣に案じてくれる者がいた。 
 その彼らにもきっと、自分と同じようにその身を案じ、
帰りを待つ者達がいる筈だ。 
 それならば!
 護らなければならない。
 闘わなければならない。
 誰もやらないならこのオレが。
“空条 承太郎” が!
 この街を統括する不良の 「頭」 として。
 ジョースターの血統の 「末裔」 として。
 何よりも一人の 『男』 として!



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!



 人ならざる能力、『幽波紋(スタンド)
 その力を持たない者達からすれば、 (おそ)れられ、そして蔑まれ、
疎まれ(おとし)められるだけの能力(チカラ)なのかもしれない。
 そしてその目に視えない、同類以外誰にも解らないソレを自在に操る
超能力者 『スタンド使い』 は、異分子として世界から淘汰される
存在でしかないのかもしれない。
 血塗られた闇の歴史の中で、際限なく繰り返された悲劇のように。
 しかし、それでも。
 この能力(チカラ)に何か 「意味」 があるとするのならば。
 この能力が生まれた 「理由」 があるというのならば。
“こういう時の為に生まれた能力の筈だ”
 ジョセフやエリザベス、そしてその祖先であるジョナサン・ジョースターの
『波紋法』 が呪われた 「石仮面」 によって生み出された 「吸血鬼」 や
その創造主である 『柱の男』 のような人智の及ばない超生物から
人類を護る為に生まれた能力であるのなら、
自分の能力 『幽波紋(スタンド)』 は “紅世の徒” のような
異次元世界の魔物から何かを護る為に生まれた力の筈だ。
「――ッッ!!」
 承太郎の碧い双眸に、気高きダイヤモンドすらも凌駕する
決意と覚悟の光炎が燃え上がった。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。
 その栄耀なる双眸で、承太郎は紅世の少女へと向き直る。 
 その “紅世の徒” マリアンヌは、口元に翳りのない微笑を浮かべて立っていた。
 心なしか頬と露出した肌に仄かに赤みが差しているように見えたが、
そんな事は別にどうでもいい。
「……」
「……」
 沈黙と静寂の中。
 ライトグリーンとパールグレーの瞳に宿った互いの精神の光彩が空間で交錯した。
 最早互いに、言葉は必要なかった。
 所詮は 「種」 の違う生物(モノ)同士。
 故に、理解(わか)り合う事は不可能。
 コレは、 「人間」 と “紅世の徒” 両者の存在を賭けた戦い。
 迸る白金のスタンドパワーを空間に漂わせながら承太郎は、
その “紅世の徒” マリアンヌに向けて開戦のその一歩を踏み出す。
 マリアンヌは恐悦と歓喜でゾクゾクと身を震わせながらそれに応じた。
“もうすぐこの最強の能力が自分のモノに、親愛なる我が主のモノとなる”
 その事実を深く実感しながら。
「スゴイ闘気、ね……ッ! まるで空気まで震撼(ふる)えてるようだわ……!!」
 プラチナブロンドと同色の瞳で鋭く承太郎を射抜きながら、
漆黒のミュールがコツリと韻を踏む。
(アナタを討滅して、その魂が肉体を離れる瞬間、
(しっか)りとその力の 「源泉」 を戴かせてもらうわ。
でも安心なさい。その能力(チカラ)は私のご主人様の為、有効に使わせてもらうわ。
未来永劫永遠に、ね。
フフフフフフフフフフ……
フフフフフフフフフフフフフ……!
ウフフフフフフフフフフフフ…………ッッ!!)
 マリアンヌは清らの微笑を崩す事なく、力強い口調で開戦を宣言する。
「さあッ! 今こそッ! 一昨日前の恥辱を(すす)ぎ! 
その 「存在(チカラ)」 頂戴させてもらうわッ!
「覚悟」 なさいッ! 『星の白金』 空条 承太郎ッッ!!」
 清廉な声でそう叫び、ミュールの爪先でリノリウムの床を蹴り突け
マリアンヌは宙に舞い上がると、長 衣(ストール)を羽を拡げた孔雀の如く
扇状に揺らしながら標的へと踊りかかった。
 承太郎は頭上から迫る異界の美少女にその気高き光炎の宿った視線を向け、
そしてあらん限りの力を込めて吼える。
「やれるもんならやってみやがれッッ!!
もうこれ以上テメーらに誰も殺させねぇッッ!!
テメーの方こそ 「覚悟」 しやがれ!!
この(アマ)ッッ!!」
 勇猛果敢に右腕を翻し、その脇で高速出現した 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 が
逆水平に構えた指先でマリアンヌを鋭く差し貫いた。


←To Be Continued……
 
 

 
後書き
はいどうもこんにちは。
「第一部」の『真のヒロイン』の登場といったカンジですが
お解りの人はお解りの通りこの回はアノ不朽の名作
(ラノベに無いよなぁ、萌えばっかでこーゆーの・・・・('A`))
『寄生獣』の影響を多分に受けております。
兎に角ワタシはアノ作品での「人間」と「寄生生物(パラサイト)」との
価値観のブツかり合いが大好きで
「人喰いのバケモノ許せねぇ!!」
「貴様らだってあらゆる生物を殺し喰っているだろう!」
というどっちが「正しい」か決められない
(そもそも「正しい」という価値観自体が人間特有のモノ)
作中で「作品としての解答」は用意されるが、最終的には個人個人が
考えるしかないというテーマの深さがこの作品を『名作』足らしめているのだと
想います(アニメはチト、映画は途轍もなく残念な出来でしたが・・・・('A`))
だから余計に「人喰いのバケモノ」を出しておきながら、
その「主旨」そっちのけで萌えとラブコメばっかに走ってるモノを見ると
マジでブッ○したくなるのかもしれません。
(人をモノ扱いしたら怒れよ・・・・('A`)
なんで「お前ら絶対間違ってる!」って“主人公が”言わないンだよ・・・・('A`))
まぁ自分が嫌いな人間は他人も嫌いで、
最終的には「人間そのものを」嫌いになりますから
あんなベルセルクの使徒みたいな鬼畜外道集団(フレイムヘイズ)
生まれるンでしょうが、そんなアンタの「現実逃避」なんか
誰も観たくないよ・・・・('A`)という話で
幾らアンタがくだらなくても他の「皆」はくだらなくないよという話です。
(自分に「自信」を持ってたら、
坂井 悠二なんてどうしようもないキャラクターは
絶対に生まれようが在りません)
まぁ『テーマ』の無い作品にこんなコト言ってもしょうがないンですが、
『テーマ』の無い作品には驚きも悦びも「感動」も何も無いという話です。
「灼眼のシャナ」という作品に感動出来る場面や
心に響く言葉が一つでもありましたか?
(まさか「天下無敵の幸運を」じゃないだろう・・・・('A`)(ワタシは寒かった・・・・))
ワタシは見事なまでに全くありませんでした。
ソレでは。ノシ
 
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