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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#18
  戦慄の暗殺者Ⅳ ~Marionette in the Mirror~

【1】

「スタープラチナァァァァッッ!!」 
 承太郎の背後から瞬現したスタンド、スタープラチナが長い鬣に
白金の燐光を散りばめながら頭上から迫る紅世の少女、
マリアンヌに向け素早く対空迎撃の構えを執る。
「せぇいッッ!!」
「オラァッッ!!」
 マリアンヌは清廉な声で半身の廻転による遠心力を加えた
長 衣(ストール)による打ち下ろしの閃撃を。
 承太郎は猛々しい咆吼で片膝を落とした反動による捻りを
加えたスタンドの対空抉撃(けつげき)を同時に放つ。
 その閃撃と抉撃とがブツかり合う瞬間、承太郎は意図的にスタンドの拳を
逆回転して引き抜き、動作に連動したスタンドの爪先でリノリウムを罅割りながら
バックステップで背後に高速で飛び去った。
「!?」
 不意を付かれたマリアンヌの放った閃撃は、目標を失って宙を泳ぎ
最終的には硬く冷たいリノリウムの床へ着撃した。
 

 ヴァガァァァァァァァァァッッッ!!!


 けたたましい号音で床が爆砕し、階下に突き抜けてバラバラになった
破片と粉々になった土台のコンクリート、そして長 衣(ストール)に編み込まれた
不可思議な能力(チカラ)によって合成が解除されたのか
多量のコルクの粉塵が白い空間へ舞い上がる。
 承太郎はその怪異に意識を奪われず、具に状況を分析した。
(やっぱりな……曾祖母(ひいばあ)サン(こう呼ぶと怒るがな)の 「首 帯(マフラー)」 と同じで、
アノ 『長 衣(ストール)』 にはジジイの 『波紋』 みてーな
何か妙な力が滞留しているようだ。
十分に水を吸わせた手織りの(たすき)
丈夫な樫の木でも砕いちまうらしいが、
コレはそんなモンとは次元が違う……
しかしどうやら威力がバカデケェだけで
“触れただけで” どーこーなるとかはなさそうだ。やれやれだぜ)
 フル稼働させた脳細胞と交感神経とを宥める為、
承太郎は学ランの内ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
 昨日の花京院との戦いで、承太郎は既にDIO配下の者達の
戦闘に於ける 「狡猾」 さに気がついていた。
 ソレは、 逆説的だが “自分が優位に立っている時ほど危ない” という事だ。
 現に昨日も、自分が圧倒的優位に立っていた状況から
花京院の必殺 『流法(モード)』 輝く翡翠の魔連弾、
『エメラルド・スプラッシュ』 によって戦況はいともアッサリと逆転したのだ。



“相手が勝ち誇った時ッ! そいつは既に敗北している!!”


 
(やかましい! テメーに言われなくても解ってンだよ! クソジジイ!)
 何故か脳裏に甦った祖父の言葉に、その実孫は心の中で毒づいた。
「意外に臆病なのね?  空条 承太郎? 
そんなにご主人様の創造なされた 「宝具」 が恐ろしかったの?」
 純絹のように艶やかな肩口を向けながら、マリアンヌは横目で彼を見た。
「相手の能力も解らずに(ふところ)へ飛び込むバカはいねーぜ」
 承太郎はその挑発を意に介さず、細い紫煙を口唇の隙間から吹く。
「テメーはオレの 「能力」 を知ってるが、オレはテメーの 「能力」 を知らねーんでな。
でもまぁ良い。今ので大体の事ァ解ったぜ。
オレのスタンドとの 「相性」 は、それほど悪くはねぇようだ」
「その憶測が果たして正しいのか、試してみるのねッ!」
「上等だッ! 来なッッ!!」
 承太郎は半ばまで灰になった煙草を吹き、
マリアンヌに向け研ぎ澄まされた集中力で念じたスタンドを繰り出した。
 まるでカタパルトで射出されたように超高速で自分へと迫るスタープラチナに、
「はあぁぁぁッッ!!」
マリアンヌは踏み込んだ床にミュールの軸足を反転させ、
発生した遠心力を宿した煌めく左廻しの一閃をスタンドの側頭部に向けて撃ち出す。
「オッッッラァァァッッ!!」
 けたたましい猛りと共に足下のリノリウムを爆砕して踏み込んだスタープラチナは、
白金の燐光で覆われた豪腕で己に迫る閃撃を廻し受けで素早く弾き飛ばす。
 白金と純白の火花がバチッ! と互いの中間距離で爆ぜた。
(キレはあるが定石(セオリー)通りの動き……「競技(スポーツ)」ならともかくな……ッッ!!)
 承太郎は眼前の状況を一切見落とすことなく更にスタンドを念じ、
その精神に呼応したスタープラチナはすぐさまに足下の床を蹴り砕いて
マリアンヌの懐へと飛び込む。
「!!」
 その無駄のない、あまりの踏み込みの速さにマリアンヌは
パールグレーの双眸を見開く。
 まるでその存在自体が巨大なプレッシャーのような、
途轍もない威圧感を放つスタンドの両眼が超至近距離でマリアンヌを傲然と(すが)める。
(「攻撃」 はともかく 「防御」 がなってねぇよ!
生身のタイマンじゃあ急所に一発喰っても
怯まず前に出てくる(ヤロー)もいるんだぜ!
無抵抗の人間ばっか相手にしてやがる紅世の徒(テメーら)には想像もつかねぇだろうがなッ!)
 心中でそう叫ぶと、
「オッッッラァァァァッッ!!」
回避の予備動作は疎かガードすら上げていないマリアンヌ、
その無防備なる 「水月(みぞおち)」 にスタープラチナは瞬速のボディーブローを撃ち放った。
(眠れッッ!!)
 元々長い時間を掛ける気など毛頭なかった承太郎の、
渾身の覇気を乗せた一撃。
 しかし、意外。
 ソレが目標箇所に命中する瞬間、
マリアンヌは先刻と変わらぬ清らの微笑を口唇に浮かべた。
 その微笑みに呼応するように、純白の長 衣(ストール)
突如何かの 「引力」 に引っ張られたかのように高速で動き、
鋼鉄の鋲が無数に撃ち込まれたスタンドのブラスナックルを包み込んで
衝撃を吸収し、打拳の動きを停止させた。
 再び火花が、互いの空間で宙を舞う。
 そしてその火花の飛沫すらマリアンヌの肌に触れる瞬間、
長 衣(ストール)が大きく扇状に拡がって全て吸収した。
(何ッ!?)
 今度は承太郎が、スタープラチナと同時に双眸を見開く。
 マリアンヌは、別段何の動作も行っていない。
 防御や回避の 「初動」 は、その躰のどこにも視られなかった。
 一度エリザベスに、全身を微動だにせず強烈な一撃を放つ
帯術の「極意」を見せてもらった事があるが、
ソレは曾祖母のような達人クラスの「領域」に成って初めて使う事が出来る絶技だ。
 防御の基本も出来ていない目の前の少女に
とてもそんな 「能力」 があるとは想えない。
(能力……?)
 脳裡に閃きが走った承太郎は、純白の衣が絡みついたスタンドの拳を
強引に引き剥がし、スタープラチナを自分の傍まで引き戻した。
「テメーの、その長 衣(ストール)の 「能力」……
どうやら “透明になる” だけじゃあねぇな。
相手の攻撃に反応して 「自動的」 にテメーの躰を防御(ガード)しやがるわけか」
 鋭い視線で承太郎はマリアンヌの躰を包む純白の長 衣(ストール)
紅世の宝具を指差す。
「御明察の通りよ。フフフフ。ご主人様が攻撃強化の他に
様々な「防御系」自在法をこの長 衣(ストール)に編み込んで下されたのよ。
他にも色々とね。この “ホワイトブレス” は、様々な自在法を編み込んで
溜めておく事の出来る、いわば超軽量のタンクのようなモノ。
そして編み込む自在法によって、その性質や属性を変化させる事の出来る「宝具」よ」
 そう言ってマリアンヌは一度言葉を切り、
その長く麗しいパールグレーの髪を秀麗な仕草でかきあげる。
「ソレによって、攻撃・防御の二つを “同時に行う事” が出来る。
だから私は安心して攻撃だけに専念することが出来るというわけよ」
 そう言ってマリアンヌは再びその純白の長 衣(ストール)鷹揚(おうよう)に構え直すと、
「さぁ!! この “ホワイトブレス” をさっきみたいに
封殺出来るというのならどうぞやってごらんなさいッッ!!」
挑発的な笑みを口元に浮かべてそう叫び、足下のリノリウムを踏み切って
真正面から堂々と承太郎の射程圏内へと飛び込む。
「ハアァァァァァッッ!!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァ!!!!」
 一直線に突っ込んできたマリアンヌの細い腕から撃ち出された直突の一撃を
スタープラチナは紙一重で(かわ)すと、その華奢な躰に向けて音速の多重連撃を一斉射出する。
「フフフ……ッ! おバカさん……!」
 マリアンヌが笑みを深くすると同時に、
純白の長 衣(ストール)が先刻同様、否、ソレ以上に素早く拡散して
羽根吹雪のように捲き上がり、空間を舞い踊って
スタープラチナの連撃を全て防御、吸収する。
「チィッ! “コレ” すらも防ぎやがるのか!」
 音速の動きにすら対応する「宝具」の潜在能力に驚愕しながらも、
承太郎は反撃に備えスタンドのバックステップで距離を取る。
 しかし彼が背後に飛び去るよりも速く、マリアンヌの長 衣(ストール)が再動。
(ッッ!!)
 捲き上がって収斂し、正面のあらゆる角度から
白の帯撃が豪雨のようにスタープラチナへと降り注ぐ。
「クッ!」
 承太郎は咄嗟に十字受けの構えで防御体勢を執らせ、
顔と首筋を腕の中に埋めさせるとやや前屈の構えで腹部の面積を減らし
更に左足を上げて脇腹を防ぐ。
 ズギャギャギャギャギャギャギャッッッッ!!!!
 流麗に煌めく神秘的な外見とは裏腹に、
凶暴な炸裂音がスタープラチナの全身を撃ち抜いた。
「グッ!?」
 苦痛に顔を歪める承太郎の脇を、
マリアンヌがパールグレーの長髪を揺らしながら華麗に飛び去っていく。
 連撃でガードを抉じ開けられさらに衝撃で背後に弾き飛ばされたスタープラチナと、
そのダメージの影響を受けた承太郎の両腕部と右脚部が学ランごと
鎌 鼬(カマイタチ)にでも()ったかのように引き裂かれ鮮血が空間に飛び散る。
「!」
 承太郎は自分とスタンドの蹴り足で何とか崩れた体勢を立て直し、
リノリウムの上に急ブレーキをかける。
 しかし。
 その眼前に再び、清らの微笑を浮かべたマリアンヌが
長 衣(ストール)を気流にはためかせながら迫る。 
(クッ!? 向かえ討つのはマジィ……!
アノ長 衣(ストール)の「能力」でこっちの「攻撃」が全部 “カウンター” になっちまう……!)
「せえぇぇぇぇぇぇぇいッッ!!」
 マリアンヌは手練の手捌きで閃光の三連撃をスタープラチナの急所
「聖門」「秘中」「水月」の位置に向けて撃ち出してくる。
「オラオラオラァァァァァァッッ!!」
 スタープラチナは精密な掌の動きでその閃撃を全て迎撃する。
 急所に向かって撃ち出された長 衣(ストール)は、
スタープラチナの胴体に掠る事もせず全て撃ち落とされる。
(“コレ” は……見切れる……!)
「ハアァァァァァァァッッ!!」
 地に足を着いたマリアンヌは、
直進の動作で発生した力を殺さず軸足を滑らかに反転させ、
円舞のような流麗の動きで身体を何度も廻転させながら
遠心力の増幅した巻撃をスタープラチナに向けて次々と繰り出す。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!」
 その動作に、妖艶な体捌きに幻惑される事なく集中力を研ぎ澄ました承太郎は、
スタンドで次々に迫る長 衣(ストール)の側面を弾き、
胴体と顔面に向かって放たれた攻撃を全て叩き落とす。
 円を描く死の (ステップ) が12廻転を終えた所で、
マリアンヌは演舞を舞い終えた 「巫女」 のように両腕を交差し
片膝をリノリウムの床についてその顔を俯かせる。
 有終の動作で舞い上がり散らばった煌めくパールグレーの髪が、
壮麗に周囲の空間を優しく撫ぜる。
 華麗さこそ極まるが、戦闘中には自殺行為と言って良い無防備な挙動。
 並の戦闘者なら「機」の誘惑に負けて想わず反撃に撃って出る処だが、
承太郎はあくまで冷静に対処した。
(完全に隙だらけ……! だが違う……ッ! 「罠」だ……!)
 防御体勢を保ったままマリアンヌの目の前で停止するスタープラチナ。
 その眼前で捲き上がった長 衣(ストール)が一迅、
突如煌めきを増したかと想うと更に先刻以上の勢いをつけて再動。 
 マリアンヌが腕を動かしていないのにも関わらず、
またも純白の長 衣(ストール)はソレ自身が意志を持ったかのように周囲へ拡散し、
変幻自在の軌道でスタープラチナへと襲いかかった。
(今はこっちから攻撃してねー……!
「防御」 にも反応しやがるのか……!? イヤ……!)
 瞬く間もなく襲いかかる白撃の乱舞を前に、承太郎の思考は中断を余儀なくされた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」
 再度羽根吹雪のように縦横無尽で空間を舞い狂う長 衣(ストール)の多重連撃を、
スタープラチナは猛々しい咆吼で迎え撃った。
 その夥しい弾幕と同義の一斉掃射をスタンドの腕が
超精密な動作で己の対角方向に迎撃していく。
 しかし、死角の位置から両腕の隙間に侵入した長 衣(ストール)の先端が
そこで一瞬力を矯めるかのように停止すると、
 ズギャッッッ!!!
素早く発光し鎌首を(もた)げた白蛇の如く、スタープラチナの左胸へ急速に伸びて撃ち抜く。
「ガッッ!?」
 その閃撃で再び背後に弾き飛ばされたスタープラチナと承太郎は、
リノリウムの床に足裏を滑らせ派手なスキール音を立てながら
片手を床につき前屈の構えで停止する。
 革の焦げた匂いが周囲に漂った。 
 閃撃のダメージは左胸から背中にかけて突き抜け、着弾箇所のシャツが引き裂かれ
その内部が熱を持って痺れている。 
 承太郎の口元から、血が細く伝った。
(クソッタレが……ッ! あんな布っ切れが当たっただけなのに
まるで鉄のシャベルでも胸にブッ込まれたみてーだ……!!
オマケに競馬場のハズレ馬券みてーに空中をヒラヒラ舞ってやがるから
動きが読み難くてしょうがねぇぜ……ッッ!!)
 心中で毒づきながら手の甲で血を拭う。
(アノ女の攻撃自体は見切れない動きじゃあねー……
だが、問題はその後の「追撃」だ……!)
 不意を突かれた事に苛立ちながらも、承太郎は冷静に戦況を分析する。
(アノ女の手の動きとは全く無関係に “長 衣(ストール)自体が動く……!”
つまり攻撃の 「起点(きてん)」 がねぇから “全部動体視力と反射神経だけで”
防がなきゃあならねー……! だが……ッ!
無数に撃ち出される帯撃の、その一発一発がとんでもなく速くて強ぇ……!) 
 異質な相手の「能力」に奥歯を食いしばる承太郎の
10数メートル先で悠然と佇む異世界の美少女。
 マリアンヌは幻想的なパールグレーの瞳で彼を見据えていた、
獲物を狡猾につけ狙う、まさに “狩人” の(しもべ)そのままの視線で。
「ウフフフフフフフフフフ……失礼。 空条 承太郎。
どうやら少々説明不足だったみたいね?」
 調律の狂ったプリペアドピアノのような、
奇怪なトーンの声が廊下に木霊した。
「この “ホワイトブレス” に編み込まれた
「攻撃」 「防御」 の “自在法” の中には、
無数の 「操作系」 自在法が組み込んであるのよ。
自在法の名手として名高いご主人様御得意のね。
つまりアナタは今、私とご主人様の二人を同時に相手にしているようなモノ。
自分の置かれている状況がどれだけ絶望的か理解出来たかしら?
ウフフフフフフフフフフフ……ッ!」
 そう言ってマリアンヌは口元を長 衣(ストール)で清楚に覆い
その瞳を綺麗な笑みの形に(ほころ)ばせる。
 背後に、主の不敵な微笑が透けて視えるような
勝利を確信しきった様相で。
 周囲を純白の長 衣(ストール)が、微かな衣擦れすら伴わず
天使の羽衣のように揺らめいている。
 攻防融合。稀彩の聖衣。
 紅世の「宝具」
『ホワイトブレス』
創者及び法者名- “狩人” フリアグネ
破壊力-B スピード-A(自在法発動時) 射程距離-C(最大7メートル)
持続力-C 精密動作性-A(自在法発動時) 成長性-なし



 マリアンヌ告げられたその事実に、承太郎の苛立ちはさらに激しさを増す。
(チッ……! “自在法” ……ッ! 一昨日シャナがやってたアレか……!
ブッ壊れた街を元に戻したのにも驚かされたが……
コト 「戦闘」 に使うとなるとこんな厄介な代モンはねーぜ……ッ!)
 衝撃の余波で裂けた額から伝う血を手の甲で拭う。
(それにその “操作系自在法” とやらを長 衣(ストール)に組み込んだ
“フリアグネ” とかいうヤロー、
花京院の云う通り相当 「良い」 性格してやがる……!
多量の目眩ましの中に 「本命」 の一撃を紛れ込ませる……!
それも意識が前方に集中している相手(オレ)からは完全に 「死角」 の位置から……!
幾らスタープラチナの 「眼」 でも “見えてねぇ部分” には
その精密動作も空廻りするしかねぇ……!)
 心中で毒づきながら承太郎は血の混じった唾液を廊下に吐き捨てる。
 しかし苛立ちは持続せず、すぐに彼は持ち前の冷静さを取り戻す。
 無益な愚行と周囲には想われていた幾多の争いの日々が、
彼に合理的な戦闘の思考を密かに育んでいたのだ。
(さて……どうする……!?)
 自分が護るべき者、 多くの人間達の姿を想い浮かべながら、
空条 承太郎は打つべき 「手」 を模索し始めた。
(理想としては、このまま攻防を繰り返すとみせかけて防御と牽制(けんせい)とに徹し、
あの長 衣(ストール)の内蔵エネルギーを使い切らしちまうってのが上策のようだが……)
 そのとき。
「!」
 脳裏に、一人の少女の姿が(よぎ)った。
 黒寂びたコート、真紅の瞳と深紅の髪、
その左胸に照準を合わせる、“フレイムヘイズ殺し” の 「拳銃」
(やれやれ……グズグズしてる暇はねぇみてぇだぜ……!)
 戦法を長期戦から短期戦へと移項し、承太郎の頭脳は
新たな戦略を生み出すために始動する。
 脳裏で紡がれる幾つもの布石の中、
承太郎は先刻からのマリアンヌの 「行動」 から類推出来る、
ある戦闘パターンを解析した。
(アノ女は……さっきから 『スタープラチナ』 にばかり意識がいっていて、
「本体」 であるこの 「オレ」 はその眼中に入ってねぇ……
オレをスタープラチナの 「付属物」 或いは 「消耗品」 だとでも考えていて
「司令塔」 だとは夢にも想っていねぇみてぇだ……
つまり…… “人間の力を侮っている”)
 その事実に、怒りが再び躯の内部から迫り上がってきた。
(舐め腐りやがって……! そうやって軽くみていやがるから
その生命も虫ケラみてーに簡単に喰い潰すことが出来るってわけか……!
いいだろう……紅世の徒(テメーら)が甘くみてやがるその 「人間」 の力……!
この空条 承太郎が思い知らせてやるぜ……!!)
 決意と共にそう叫び、承太郎は襟元から垂れ下がった黄金の長鎖を
血に塗れた右手で強く掴んだ。
 攻撃を仕掛けてこないのを諦めと受け取ったのか、
マリアンヌは軸足で足元を踏み切り、純白の長 衣(ストール)を揺らめかせながら
真正面から突っ込んできた。
「どうやら万策尽きたようねッ! ではコレで終劇とさせてもらうわッッ!!」
 華麗なるその容貌と手にした宝具の背徳から、
まるで死の天使が如く迫り来る異界の美少女。
(勝負は……一瞬……ッ!)
 承太郎は即座にスタンドを正面に出現、配置させ、
同時にその裡では他の何ものにも揺るがない確固たる 「覚悟」 を決める。
 ソレが彼の全神経を、極限まで研ぎ澄ました。
「コレでお別れよッッ!!  “Au revoir(オ・ルヴォワール)!!”
“星躔琉撃” 空条 承太郎ッッ!!」
 最後の言葉と共にスタープラチナの顔面へ向けて、
煌めく聖衣の閃撃が一際鋭く撃ち出された。
 その瞬間(とき)
「オッッッラァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!」
 突如、激しい喚声が白の空間に挙がった。
 スタンド、スタープラチナではなくその「本体」 “空条 承太郎自身の口から” 
 そして、挙がった咆哮の先から真横へ延びるようにして撃ち出された
白金に輝く一迅の閃光が、マリアンヌの右手に艶めかしく絡みついた
純白の長衣を鋭く打ち据える。
「……痛ッッ!?」
 ソレによって閃撃の軌道が逸れ、純白の長 衣(ストール)は本来の標的とは
あさっての方向へと流された。
 いつのまにかスタープラチナの左側面、接近しているマリアンヌからは
完全に死角の位置から “承太郎自身が” 攻撃を放ったのだ。
 その手に握られた、普段は学ランの襟元から垂れ下がっている
『黄金長鎖』 によって。
「ま、まさかッ!? ひ弱な 「人間部分」 が攻撃してくるなんてッ!?」
 パールグレーの双眸が、予期せぬ驚愕で大きく見開かれた。
 そして次の刹那。



 雷・光・疾・走(はし)るッッ!!  



 攻撃したのが承太郎なので 「宝具」 “ホワイトブレス” の 「攻撃目標」 は
「自動的」 にスタープラチナから空条 承太郎へと 「変更」 される。
 その情報の変遷によって一時停止状態に陥る 「宝具」 “ホワイトブレス” の
その一瞬の間隙を縫って 「流星」 を司るスタンド、スタープラチナが
乾坤一擲の拳をマリアンヌの麗しい顔に向けて射出する。
 その強襲の許となった 『能力』
 人智を越えた超常の力を携える、波紋戦士やフレイムヘイズを初めとする
「超能力者」 のなかでも 『スタンド使い』 にしか使えない、
幽波紋(スタンド)』 と 「本体」 による超高速連携技。
 名付けて。
【タンデム・アタックッッ!!】

 ライトグリーンの瞳とパールグレーの瞳が重なる。
 凝縮されたゼロコンマ一秒の世界で、互いの思惑が交感した。
(このチェーンはオレのケンカの 「奥の手」 だ……
多人数に囲まれた時と相手が光モン抜いた時しか使わねーがな……)
(そ、そんな……!? “宝具” でもないただの 「鎖」 がなんで……!?)
(“ただの鎖” じゃあねーんだよ……曾祖母サンから貰ったコレには
特製の 「波紋」 が練り込んである……ついでにジジイのヤローも
騙くらかして波紋込めさせたから相乗効果で強度が半端ねー事になってんだよ……
オメーの一撃程度なら弾き返せる位にな……)
(ただの人間が……!! 紅世の徒である私の動きに着いてこれる筈が……!!)
(昔、ガキん頃曾祖母サンに 「帯術」 の基本だけ教わった……ジジイには秘密でな……
テメーの得物(エモノ)は、威力こそデケーがその使い方がまるでなっちゃいねー……
スピードとキレはあるがその軌道は直線的だ……
曾祖母サンの帯捌(たいさば)きに比べれば止まって見えるぜ……ッッ!!)
(ク……ッッ!!)
(スタープラチナにばかり目がイって、本来一番警戒するべき 「人間」
この空条 承太郎から意識を逸らしたのが敗因だったな?
マリアンヌッ! オメーの負けだぜッッ!!)
 ライトグリーンの双眸が一際強く輝き、マリアンヌの瞳を鋭く貫いた。
 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。



【2】

「オッッッラァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」
 咆吼。
 その長い鬣を揺らし廻転させた下半身の動きによって舞い上がった腰布を
渦巻く気流に靡かせながら連動して射出された、
唸りをあげて迫る 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 戦慄の豪拳。
「ホワイトブレスッッ!! ダメ!! 間に合わないッッ!!」
 マリアンヌは手の先から防御式最優先の自在法を長 衣(ストール)へ送り込んだが、
既にして状況は絶望的だと細胞が解しその躰は意志に反して硬直する。
「――ッッ!!」
 最早出来る事はただ瞳を閉じ、木偶(デク)人形のようにスタンドの豪拳を喰らうだけだった。
(申し訳ありません……!! ご主人様……ッッ!!)
「死」を覚悟したマリアンヌは、その今際の刻まで最愛の主、
フリアグネの事だけを想っていた。


…………
……………………
……………………………


 しかし、何時まで経っても来るべき筈の衝撃が来ない。
 自分は痛みを感じるまもなく首でも()ね飛ばされ、絶命したのだろうか?
 目を開けるのは恐ろしいが閉じているのはもっと怖い。
 恐る恐るマリアンヌがパールグレーの双眸を見開くと……
「……」
 眉間の直前で、白金の燐光を放つ豪拳が停止していた。
 拳風で前髪が(まく)れ上がっている。
 沈黙の(まにま)に、花々の芳香が気流に乗って靡いていた。
 その先、剣呑な視線で自分を見下ろしている宿敵、
『星の白金』 空条 承太郎。
「どうして……私に……止めを刺さなかったの……?」
 鋼鉄の鋲で覆われた鉄拳を、眉間の照準に当てられたまま
マリアンヌは震える躰を努めて抑えながら承太郎に問う。
「言った筈だぜ。女を殴る趣味はねぇ。
「オレ」がテメーの一撃を弾き飛ばした時点でもう既に 「決着」 は着いていた。
だからオレのスタンドは 「拳」 を止めた」
 血に濡れた手に握られている 「黄金長鎖」 を
襟元の留め金に繋ぎ直しながら承太郎は素気無く言った。 
「甘い、のね……」
 マリアンヌは瞳を閉じ静かに呟く。
「まぁ、人間じゃねぇオメーに言っても、解りゃあしねーか」
 そう嘆息した後、承太郎はスタープラチナの拳を引いた。
「その 『甘さ』 がアナタの命取りよッッ!!」
 マリアンヌの瞳が再び妖しく反照し、
承太郎に向けて白い閃撃を撃ち出してくる。
「……」
 その行動を予め読んでいた承太郎は、
両目を閉じたままスタンドのバックステップで余裕に躱し、
マリアンヌから約10メートル離れた位置に爪先を鳴らして着地する。
「私は!! もう絶対敗けるわけにはいかないのよッッ!!
私自身の為に!! 何よりもご主人様の御為にッッ!!」
 そう叫んで己を包んでいる懼れを吹き飛ばすかのように、
純白の長 衣(ストール)を尖鋭に翻すマリアンヌ。
 激昂する彼女とは対照的に、承太郎は怜悧な瞳で彼女を見据えていた。
「やれやれ。往生際が悪ぃぜマリアンヌ。
オメーのその長 衣(ストール)の「能力」は、もうオレには通用しねーぜ」
 そう静かに告げると、制服の内側から煙草を取り出して口に銜える。
 スタープラチナが五芒星のジッポライターで火を点けた。
 口唇から吹き出された紫煙が二人の中間距離で舞い踊る。
「一度 “ホワイトブレス” を破った位で良い気にならないでッ!
同じ 「手」 は二度通用しない!
今私に止めを刺さなかった事を後悔させてあげるわ!!」
 確信していた勝利が露と消え、更に余裕の態度に苛立ったマリアンヌは
純白の長 衣(ストール)を大きく両手に構え、躍進するため前傾姿勢を執る。
 最愛の主から譲り受けた 「宝具」 を侮辱される事は、
まるで主自身を侮辱されたように彼女には感じられたのだ。
「今度は “ホワイトブレス” の中に編み込まれた
全ての攻撃型自在法を全開放して!
“アナタ自身に” 撃ち込んであげるわッ! 
幾ら強力なミステスと言っても所詮は生身の人間!
「宝具」 の一斉攻撃を受ければ跡形も遺らずに粉々よッッ!!」
 そう叫んでマリアンヌの漆黒のミュールがリノリウムを踏み切る瞬間。
「オメーの長 衣(ストール)に仕込まれたその “操作系自在法” とやらには、
『発動条件』 が在る」
「――ッッ!?」
 驚愕。
 紫煙と共について出た、予期せぬ言葉にマリアンヌは絶句した。
 その影響で細い躰が硬直し、全ての攻撃予備動作は解 除(キャンセル)される。 
「ソレは必ず “一撃目” は、オメー自身が撃たなきゃいけねー事だ、マリアンヌ」
 そう言って承太郎は火の点いた穂先を自分へと向けてきた。
「その 「証拠」 に、さっきからオメーはその長 衣(ストール)から一度も手を放してねぇ。
オレの射程圏内からは距離を取り、安全地帯から飛び道具のように
投げて使えば良いのにも関わらず、オメーはわざわざ危険を冒してまで
『近距離パワー型』 であるオレのスタンドの射程圏内にまで踏み込んで攻撃してきた。
ソレは “そういう風にしか使えない” からだろ?」
「――ッッ!!」  
 戦慄。
 承太郎の言葉は、自分の携える「宝具」の本質を、
その 「弱点」 までも正鵠に見透していた。
 確かに内に込められた自在法を発動させるには、
自分が直接「指示」を送らねばならない。
だから迷彩を兼ねて攻撃の中にその行為を(まぎ)らわせる。
 しかしたったの数回攻防を繰り返しただけで、
初めて視る 「宝具」 の能力を正確に看破出来るものか?
“王” でもないただの 「人間」 が。
「どんな優れた精密機械でも、スイッチがONにならなきゃあ作動はしねー。
能力(ネタ)が割れた以上、もうオレとスタープラチナには通用しねーぜ。
次は 「一撃目」 から 「掴む」 事に専念させてもらう。
生身のオレに見切られる技とスピードで、
果たしてスタープラチナの 「眼」 が (あざむ) けるかな?
破滅願望でもあるんなら試してみな」
 そう言って顔を上げたライトグリーンの瞳が、
再びマリアンヌの瞳を真正面から射抜く。
(クゥッッ!?)
 その強烈な威圧感にマリアンヌの足が意図せず背後へと下がった。
 戦うことは、恐くなかった。
 死ぬことすらも、怖れはしなかった。
 最愛の主の為ならば、自分の生命(いのち)など少しも惜しくはなかった。
 しかしこのままでは、自分は主の身を危機に陥らせる事になる。
 人間(ヒト)の身でありながら、その鋭敏なる頭脳で紅世の宝具の性質を
余すことなく看破し、さらに携えたその途轍もない能力(チカラ)で封殺するような、
想像を絶する存在の力を持つ男を、最愛の主の元へと行かせる事になる。
 アノ “天目一個” をも超える、皮肉にも自分がその名付け親になってしまった
星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)殲 滅 者(せんめつしゃ)】 を。
「ご主人……様……」
 力無く呟いたマリアンヌは、袋小路に追いつめられた獲物のように後ずさった。
 凄むでもなく威圧するわけでもなく、ただそこに立っているだけの男の存在が
彼女の恐怖を増大させた。
(だ、ダメッッ!!)
 寒いわけでもないのに震える自分の躰を、マリアンヌは懸命に(いさ)めた。
 だが躰の震えは止まっても心の震えまではどうしようもない。
 それでもマリアンヌは懸命に、後退しようとする躰と停滞しようとする心を
懸命に押し止めた。
「宝具」 と “自在法” の加護がなくなり、
剥き出しの生身で向き合わざる負えなくなった今、
ハッキリ言って目の前のこの男は途轍もなく恐ろしい。
 こうしてただ対峙しているだけでも、躰が意に(はん)して震え出し、止まらない。
 足下の感覚もまるで現実感がなく、自分がどう立っているのかすらも曖昧だった。
 そしてソレは当然の事と言えた。
 アノ時、もし承太郎が心を憎しみに呑まれたままその拳を全力で撃ち抜いていれば、
ソレを受けたマリアンヌは確実に絶命していたのだから。
「……ッ!」
 震える躰を長 衣(ストール)越しに掻き抱いているマリアンヌを見据えていた承太郎は、
やがて淡い嘆息をその口唇から漏らした。
 その様子はまるで激しい雨の中、ずぶ濡れで足元にすり寄ってくる
仔犬のように弱々しかったからだ。
 そのか弱き少女の様相に、学帽の鍔で苦々しく目元を覆う。
(やれやれ。これじゃあどっちが悪モンか解らねーな。
理由はどうあれ弱い者イジメみてーで気分が悪いぜ。
その、テメーのご主人様とやらに対する気持ちを、
ほんの少しだけでも他の人間に与え(クレ)てやれば、
こうはならねー筈なんだがな) 
 瞳を若干斜めに逸らし、そして承太郎は少女に促す。
「オメーの負けだ。マリアンヌ。
もうこれ以上続けてもオメーに勝ち目はねぇ。
潔く認めて道を開けな」
 そう言って自分へと歩み寄る無頼の貴公子に、
異界の美少女はパールグレーの双眸をきつく結んだ。
(ご主人……様……)
 脳裏に甦る、最愛の笑顔。
(ご主人様……ッッ!!)
 その狂おしき程に愛しい存在が、決意と成って心に巣喰った恐怖を吹き飛ばした。
「ご主人様の(もと)には!! 絶対に行かせないわッッ!!」
 閉じていた双眸を見開いたマリアンヌは、
鮮鋭にそう叫んで長 衣(ストール)を再び空間に翻す。
 純白の衣が弧を描いて、空間を扇ぐと同時に内部へ編み込まれた召喚系自在法が発動、
承太郎の前方に数十もの薄白い炎が、封絶の光に照らされる廊下へ所狭しと噴き上がった。
「!」
 その中からマリアンヌの着ているものと同じ、
漆黒を除いた色とりどりのドレスに身を包んだフィギュア型の燐子、
承太郎の言葉で云えば悪趣味な動くマネキンの群が
形状もまちまちな細身の武器を (たずさ) えて現れた。
「無駄だぜ。雑魚(ザコ)を何匹掻き集めようが、
オレとスタープラチナの敵じゃあねぇ」
 微塵の動揺も示さず、スタンドと共に指を差し向ける無頼の貴公子。
 心中を突かれたように気勢を削がれる異界の美少女。
 ソレは、解っていた。
 天目一個以上の超強力なミステスに、
低級燐子が喩え何体集まろうが砂上の楼閣にもならない事は。
 しかしほんの僅かでも可能性が在るというのなら、退くわけにはいかない。
“可能性があると想ったのなら”
 最愛の主のために、この身を犠牲にしても護りたい(ヒト)のために。
“退けないのだ” 何が在っても絶対に!


 燐子の少女は己の決意を強く胸に誓い、
その双眸にも同様の光が宿る。
 ソレは、承太郎の瞳に宿るモノにも全く引けをとらない輝き。
「!」
 空条 承太郎はそこで初めて、
マリアンヌに対し、そして紅世の徒に対し、怒り以外の感情を抱いた。
 コトの善悪は抜きにしてこの異界の少女もまた、
自分以外の 「誰か」 の為に戦っていた。
“大切な者を護る為に”
 種の違う者とはいえど、 その一点だけは自分と何ら変わりはしなかったのだ。
(やれやれ……オレが想像していた以上に、厄介な相手だったのかもな。
紅世の徒(テメーら)(ゆる)す気は全くねーし、
ブッ倒す事をカワイソーだとは微塵も想わねぇが、
窮地にあってもその “ご主人様” とやらの為に
ヘコたれねぇ精神にだけは、 「敬意」 を持つぜ、マリアンヌ)
 承太郎は互いの中間距離で足を止め、その背後からスタンド、
スタープラチナを静かに出現させる。
 己の全霊を持って戦い、倒すべき相手だと承太郎自身がマリアンヌを認めたのだ。 
「どうやら、何が在っても退く気はねぇみてぇだな?
ならもう今度は拳を止めねぇ。“本当に覚悟してもらうぜ?”
マリアンヌ……!」
 承太郎は静かに、だが有無を言わさぬ口調でそう言い放ち、
逆水平の指先を武装燐子越しにマリアンヌをへと差し向けた
(――ッッ!!)
 とうとう本気にさせたという事実を実感しながら、
再び迫り上がってきた脅威と畏怖で下がろうとする脚を、
逆にマリアンヌは一歩前へと踏み出した。
(ご主人様……どうかマリアンヌに……勇気を与えてください……!)
 心の中でそう呟き、開いたドレスの胸元から取り出した、
メビウスリングを模した鎖の刻印が入った金貨を手に握り、
静謐に煌めく鏡のような表面に主の面影を想い起こした。
「……」
 そして一度、その金貨に可憐な唇でそっと口づけると、
「さあ!! 行きなさいオマエ達!! 
ご主人様を傷つけようとする者を討滅するのよ!!」
マリアンヌの叫びと共に長 衣(ストール)の絡まり合った右腕が尖鋭に振り下ろされる。
 それを合図に四十を超える燐子の大群の目が薄白く発光し、
陣形などはお構いなしで真正面から十数体まとめて承太郎に襲いかかった。
 ある者は関節に仕込まれた機械部品を軋ませ、
またある者はペット樹脂の肢体に互いの身体と武器にブチ当てながら、
自虐的な無数の斬撃を承太郎とスタープラチナに振り下ろす。 
 煩雑な軌道と剣速だが、しかしその凶悪さと凄惨さは一層にも増して
自分に一斉に襲いかかる剣林を承太郎は眉一つ動かさずに見据えると、
「スタープラチナァァァァァッッ!!」
精悍な声でそう叫び、力強く右腕を薙ぎ払った。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ――――――――!!!!!」
 ソレに同調したスタンド、スタープラチナが猛りながら
引き締めた拳の嵐撃を、目の前を覆い尽くす斬撃に向けて撃ち放つ。
 数こそ多いがどんな状況でも冷静に対処出来る精神を持つ人間、空条 承太郎と
音速のスピードとソレに対応する動体視力をも携えるスタンド、スタープラチナの前では
その兇刃乱舞ですら端から止まっているも同然だった。 



 ドグッッッッシャアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!


 衝撃と共に強烈な破壊音を伴って砕けた夥しい刃の破片と
フィギュアの残骸が瞬く間に空間へと散乱した。
 肉眼では判別不能の速度で繰り出される、
スタープラチナのスタンドパワーが乗った豪拳に触れたものは、
刃だろうがフィギュアの本体だろうが内部に組み込まれたスチールの骨組みだろうが、
文字通り触れた先から枯木のように粉砕された。 
 余波によって生まれた旋風が、紅世の少女へ勢いよく叩きつけられる。
「……あうぅぅぅッッ!!」
 パールグレーの髪が風に舞い踊りストールが激しくはためき、
ドレスの裾が捲れ上がって白い脚線美が露わとなる。  
「フン、敵とはいえ女の姿をしたモンを殴るのはチト心が痛むが、
テメーらは放っておきゃあ他の人間を襲い出す。
悪いが全部まとめてブッ壊させてもらうぜ」
 そう言って承太郎は一度微かに口唇を歪めると、
スタープラチナと共に周囲を囲む武装燐子の集団など
まるで存在しないかのように悠然とマリアンヌとの距離を詰めてくる。
 先刻の攻撃。
 たったの一合しただけで、全戦力の三分の一以上がアッサリと持っていかれた。
 廊下にはバラバラに砕けた燐子の残骸が、薄白い残り火を上げながら爆ぜている。
 蒼白の焦燥がマリアンヌの胸を突いた。
 先程の言葉通り、今度 『星の白金』 の射程圏内に入られたら
もうあの男は決して容赦しないだろう。
 それだけの「凄味」が、もう今のあの男にはある。
“今度あの男を射程距離に近づけたら、確実に自分はやられる”
(違うッ!)
 マリアンヌは心に浮かんだ感情を即座に否定した。
 もし自分がやられれば、この危険極まりない男を主の許へと
行かせてしまう事になる。
 そのことだけを強く胸に刻みながらマリアンヌは残った全ての燐子に、
内に編み込まれた攻撃動作自在式発動の法儀(ほうぎ)長 衣(ストール)を翻して放った。
「ま、まだ終わりじゃないわッ! 行きなさい! オマエ達!
“私じゃなくて” ご主人様を御護りする為にッッ!!」
 悲壮なその言葉に華美なドレスを纏った
殺 戮 操 り 人 形(キリング・パペット)」 の群が全て
縦横無尽に廊下全体へ(ひし)めき多重方向から再び襲いかかってきた。
 しかし。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァ――――――ッッッッ!!!!」
 再度廊下全体に響き渡る人型 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の咆吼。
 強力な紅世の宝具、
『レギュラー・シャープ』 の速度と複雑な軌道にも対応出来る精密動作の前では、
幾ら背後から襲いかかろうとも真正面からの超 低 速(スローモーション)と全く同義。
 さながら先刻の場面を再 現(リプレイ)するが如く、
武装燐子の群は風の前の塵に同じくバラバラに分解爆裂させられ
空間にジャンクの残骸を振り撒いた。
(……ッッ!!)
 マリアンヌの目の前で、白い炎に包まれながら次々と無惨に砕かれていく己の同胞。
 自分と違って 「意志」 こそ持たないが、
最愛の主の御手から産み出された“燐子” であるという点は
全く変わりがなかった。
 その 「同類」 が、眼前で跡形もなく、
何の抵抗も出来ないまま次々と葬られていく。
 白金色に輝く、美しさと畏怖を併せ持つ超絶の弾幕 “星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)” に。
 その悪夢のような光景を目の前に、マリアンヌは想わず視線を背けそうになる。
 が、しかし、主に与えられた 「意志」 の力で少女は無理矢理その双眸を見開いた。
 何も出来ないなら、何もしてあげられないなら、
犠牲になる事(こ う な る こ と)を承知で自分が呼び出したのなら。
 せめて、その最後の時まで、
主の為に戦おうとした名もなき燐子達の 「姿」 を、
目に焼き付けておかなければならないと想った。
(ごめんね……本当に……ごめんね……
でもお願い……もう少しだけで良い……ご主人様の為に耐えて……!
ほんの一瞬だけで良い……
あの男の意識が “この私から逸れるまで……ッ!”)
 胸元で金貨を強く握りしめながら、
心の深奥から沁み入ずるマリアンヌの祈り。
 その少女の切なる願いは、彼女の予期せぬ形で唐突に訪れた。
(ッッ!?)
 空間に舞い散らばる、無数のフィギュアの残骸と
その内部に組み込まれた数多の機械部品。
 一瞬、本当に神の気まぐれのような一瞬だったが
ソレが承太郎とマリアンヌの間を覆った。
 承太郎からはマリアンヌが、マリアンヌからは承太郎が、
完全に互いの視界から消え去る。
 さらに砕けた刃とフィギュアの塗料とが
封絶の光を反射してその効果を増大させた。 
(今だ……!! ここしかない……!! ご主人様……ッッ!!)
 マリアンヌは生まれて初めて 「神」 に心から感謝し、
手にしていたチェーンレリーフの金貨を素早く長 衣(ストール)の先端に忍ばせると
渾心の力を込めて白の閃撃を撃ち放った。
「せやああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」
「!」
 視界の向こう側から挙がった清冽な掛け声を承太郎は一瞥する。
(完全に射程外……フェイントか……? それにしちゃ雑な……)
 次の刹那。
「!?」
 その射程距離外から撃ち出された筈の長 衣(ストール)から、
煌めく金色の鎖が追伸して瞬時にスタンドの周囲を取り囲み、
全身を幾重にも巻き絡めた。
(とら)えたわよッ! 空条 承太郎!
これで今度こそアナタの敗北は決定的だわッ!」
 撃ち出した長 衣(ストール)の裾をきつく引き絞りながら、
紅世の美少女は歓喜の嬌声をあげる。
「こ、これはッッ!?」
 スタンドと本体の因果関係により、
承太郎自身の躯も見えない力で引き絞られ
その圧力が獣の牙のように食い込み前衛的なデザインの学ランが歪み出す。
 純白の長 衣(ストール) 「内部」 からまるで手 品(マジック)のように
金鎖が延びているため重量は関係ないのか、
それとも長 衣(ストール)を引き絞る力がそのまま金鎖にも連動しているのか、
ともあれマリアンヌ細腕でも金鎖には万力のような力が込められ、
巻き絡めたスタープラチナの全身を軋ませる。
 先刻、長 衣(ストール)の中に仕込まれた 「金貨」 は、 
彼女の精神と同調して瞬時にその形を黄金長鎖に変容させ、
帯撃と共にスタープラチナへと射出されたのだ。
 二つの 「宝具」 を結 合(ドッキング)させてその射程距離を延長()ばし、
そして背水の陣を覚悟して放ったまさにマリアンヌ執念の一撃。 
 魔装封殺。簒奪の縛鎖。
“紅世の宝具”
『バブルルート』
操者名- “燐子” マリアンヌ
破壊力-なし スピード-A(変異速度) 射程距離-C
持続力-A 精密動作性-C 成長性-なし



「ウフフフフフフフフフフフフフ!
捕らわれの雛 鳥(ひなどり)になった気分はどう!?
空条 承太郎ッ! 
両腕を封じられてしまっては、アナタ御自慢の嵐撃も(カタ)無しねッッ!!」
 不安、恐怖、安堵、歓喜、様々な正と負の感情が綯い交ぜとなって
混沌となり、その(くら)い熱に浮かされたマリアンヌは頬を桜色に染め、
小悪魔的な笑み刻んで言い放つ。
「クッ!」
 幾ら鋭敏な頭脳を持つ承太郎でも、
“確認していない能力” までは予測しえない。
 先刻の一瞬、本当に瞬き程度の一瞬だったが、
目の前を覆う残骸の所為で自分は確かにマリアンヌから意識を逸らした。
 その一瞬の隙が、今スタープラチナを捕らえている能力の
基動(きどう)を捉え損なったのだろう。
 そんな偶発的な事象にも支えられた、
殆ど僥倖(マグレ)に等しいような戦略上のミスだったが
歴戦の修羅場を潜り抜けてきた承太郎は厳しく己を諫めた。
「調子に乗ってンじゃあねーぜ。
こんなチャチな鎖でこの空条 承太郎を縛り付けたつもりか?
ナメんなよこの(アマ)
 己の緩みに苛立ちながらも、承太郎はスタンドに絡みついた金鎖を
スタープラチナのパワーで引き剥がそうと精神を集中する。
 しかし、近代建造物も内部に仕込まれた鉄筋ごと破壊する筈の剛力でも、
己を縛る金の鎖はただ軋むだけでほんの僅かな隙間すらも()じ開ける事が出来ない。
 その様子をみつめていたマリアンヌが
鎖の繋がれた長 衣(ストール)を逆くの字に折り曲げて自分の側に引き込みながらも、
揚々とした口調で主が宝具を誇る。
「無駄よ。無駄無駄。
いくらアナタが天目一個以上のミステスだったとしても、
ご主人様秘蔵のもう一つの「宝具」
武 器 殺 し(キリング・ブレイド)” 『バブルルート』 を砕く事は決して出来ないわ!
どんな業物の刀剣、仮に炎髪灼眼の持つ “贄殿遮那” で在ったとしても絶対にねッ!」
 その宝具、白い封絶の光で幻想的に反照する 「黄 金 長 鎖(ゴールド・チェーン)
『バブルルート』 はまるで熱帯の密林に潜む(おぞ)ましき大蛇のように、
スタープラチナを圧迫し更に恐ろしい力で引き絞った。 
「グッ!! オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」
 躯を束縛する圧力が強まり、次第に呼吸もままならなくなってきた承太郎は
その物理法則に反抗するが如くスタープラチナと喚声をあげ、
スタンドの全能力を開放してバブルルートを引き千切ろうとした。
 猛りと共に白金色の膨大なスタンドパワーが互いの全身から迸る。 
 しかし、先刻のマリアンヌの言葉通りスタープラチナの全力を持ってしても、
頑堅無双の強度を誇る武器殺しの宝具 『バブルルート』 はビクともしない。
 それどころか力を込めれば込めるほど、
その反動で鎖はより深くスタンドのボディに喰い込んでいった。
「ウフフフフフフフフフフフ。往生際が悪いわよ? 
もうアナタの敗北は決定されたの。
やはり 「アノ時」 私に止めを刺しておくべきだったわね?
空条 承太郎?」 
 完全に立場が逆転したマリアンヌが承太郎の台詞をトレースし
勝ち誇ったように微笑(わら)う。
「こちらの燐子もだいぶやられたけど、
でも動けないアナタを討滅するだけなら、コレで十分過ぎるわね」
 長 衣(ストール)を引き絞る動作のまま首だけで周囲を見渡す。
 40体以上いた筈の武装燐子の群は、今や僅か7体を残すのみ、
内、無傷なモノはたったの2体だけだった。
 他は腕なり腹なり顔面なりを打拳の嵐によって半分以上吹き飛ばされ、
金属の関節を軋ませながら敗残兵のような姿を晒している。
 あと、ほんの数秒バブルルートを発動するのが遅かったのなら、
戦況は全く別のモノとなっていた事だろう。
「……」
 それら傷だらけの燐子達を、
一度労るような表情で見回したマリアンヌは即座に表情を引き締め、
生き残ったその者達に一斉攻撃をしかけさせるため長 衣(ストール)の絡みついた左腕を
処刑執行官のように高々と掲げる。
「アナタの忠告に従い、一番危険なアナタから先に討滅させて戴くわ。
「覚悟」は良い? 空条 承太郎? フフフフフフフフフフフフ」
「……」
 妖しく冷たい死の光を双眸に称えるマリアンヌの宣告を受け止めながらも、
承太郎の瞳に宿る気高き光は断裁処刑される寸前の
絶望に支配された囚人のソレではなかった。
『……』
 そしてその分身であるスタンドもまた決して諦める事なく、
最後まで紅世の宝具、バブルルートと無動の戦いを繰り広げていた。
 金の鎖が絶え間なく軋み上がり、鼓膜を掻き毟る音が空間に錯綜する。
(やれやれ。こいつぁマジに頑丈な鎖だ。
単純な腕力だけじゃあいつまで経っても破壊は出来そうにねぇ。
逆にオレのスタンドのプライドってヤツが、粉々にブッ壊れそうだぜ) 
 その承太郎の周囲を、凶暴な光を放つ砕けた刃を構えたボロボロの燐子達が取り囲み、
ジリジリと包囲網を狭めていく。
 数多くの同胞を皆殺しにした、承太郎とスタープラチナに、
この世で最も残虐な死を与える為に。
 だが承太郎はそんな怨 讐(おんしゅう)に狂う燐子達には目もくれず、
その先で冷たい微笑を浮かべているマリアンヌに向かって呟いた。
(だがマリアンヌ……人間じゃあねぇオメーに言っても解りゃあしねーだろうが……
この世に特別な存在(モン)なんてありゃしねぇのさ……
“紅世の徒” だろうが…… 『DIO』 だろうが……何一つな……ッ!)
 言葉の終わりと同時に、高潔なるライトグリーンの瞳に決意の炎が燃え上がる。
 同様に、スタープラチナの白金の双眸も鋭く発光した。
「「オォォォォォォォォォラァァァァァァァァァ――――――――――――!!!!!」」
 まるで空間を劈くような喚声で、承太郎とスタープラチナは共に(トキ)の声をあげる。
(突破口は……必ず……どこにでも在る……ッッ!!)
 心中でそう叫び、スタンドの踏み込みを利用して生まれた
最後の力に渾身の勢いを込めて、
紅世の宝具 『バブルルート』 内部へと一斉に注ぎ込んだ。
「……」
 その一心不乱な様子にマリアンヌはやや白けたような表情を浮かべ、
ツマラナイものでも見るかのように承太郎とスタンドを眇める。 
「無様ね。空条 承太郎。まさか追いつめられて自暴自棄になるなんて。
もう少しマシな男だと想っていたけれど。
生憎だけれどアナタが力を込めれば込めるほど 『バブルルート』 は
アナタの躯により深く捻じ込まれていくわよ」
 そのマリアンヌの言葉を無視して承太郎は尚もスタンドを念じ続ける。
「オッッッッッッッッラァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
 スタープラチナは自分を螺旋状に絡みついて拘束し、
尚も屈服させ続けようとする異界の金鎖 『バブルルート』
そのありとあらゆる箇所を鋭い眼光で微細なく睨めつけ、
宿主譲りの強靱な精神力で金鎖を圧搾し続ける。
幽波紋(スタンド)』 と “紅世の宝具”
異なる強力な能力(チカラ)が互いに擦れ合い、
軋み合う音が間断なく白い封絶空間に鳴り響き続けた。
「この男ッ! 本当になんて諦めがッ!」
 自分が起死回生で放った、正に乾坤一擲の切り札だったのに、
その事をまるで意に介さない承太郎に苛立ったマリアンヌは
怒気を含んだ声で彼に叫んだ。
「いいかげんになさいッ! 
“何が在ってもこの鎖は絶対に破壊出来ないわ!”
もう無駄な悪足掻きはお止めなさい! 
大人しくしていれば苦しみを与えず、楽に死なせてあげるわ!」
 その申し出に対し、承太郎は微塵の動揺もない表情で微笑を返す。
「悪、足掻き、ね、さて、それは、一体、どう、かな?」
「何を」 
「この世に」
 マリアンヌが何か言う前に、承太郎の言葉が割り込む。
「 “絶対” なんてモンは……“絶対にねぇんだぜ……”」
 そのとき。


 ビギッ……!!


 次の瞬間。


 ビギビギビギビギ…………ッッ!!


(ッッ!!)
 微かな。
 しかし、確実に、アメジストの飾る耳元に届いた、罅割れる金属音。
「ま、まさか!? “そんなこと” 在り得る筈がッ!?」
 今日何度目か解らなくなった驚愕を、
再びその秀麗な顔に浮かべるマリアンヌ。


 ビギ!!


 ビギビギビギビギビギビギビギビギッッッ!!!

 バギィッッ!!!


 しかしその間にも、まるで薄氷を踏み砕くような破壊音は鳴り続け、
次第次第にその音響を上げていく。
 そし、て。
 その無敵の強度を誇る筈の宝具 『バブルルート』 の
鏡のような鎖面に、夥しい数の亀裂が浮かび上がってきていた。
「そんな! バカな!  “そんな事絶対に在り得ない!!” 」
 完全に想定外の事態に、その素肌をより白く染めるマリアンヌに向け、
承太郎が変わらぬ静かな口調で告げる。
「フッ、人間じゃあねぇテメーに言っても解りゃあしねーだろーが、
冥土の土産に教えてやるぜ」
 宝具本体のダメージによりその圧迫が弱まってきたのか、
承太郎は赤味の戻った表情で言った。 
「どんな強固な物質だろうと、その分子レベルでの 「結合」 は常に一定じゃあねぇ。
必ず目には見えない細かな 「疵」 や、結合の緩い「歪み」が存在する。
宝具だか秘蔵だか知らねーが、
“物質で在る以上” その法 則(ルール)からは逃れられねぇのさッッ!!」
 そう言って承太郎は再びその不敵な微笑を口唇に刻んだ。
「オレはスタープラチナの 「眼」 でその部分を見つけだし!
 更にッ!
“ソコにだけ力を集束して込めていた!!”」
 スタープラチナの虹彩が、一際強く光る。



 バギバギバギバギバギバギバギバギバギバギィィィィッッッッ!!!!


 そして、極寒の湖面に張った分厚い氷が一斉に砕けたかのような、
より強烈な破壊音が両者の鼓膜に飛び込んできた。
「そ、そ、そ、そんなッッ!? まさかッッ!?」
 目の前の現実を受け止められず、動揺するマリアンヌに尚も冷静に承太郎は続ける。
「この鎖。確かに頑丈だが、どうやら相当な年代モンらしいな?
スタープラチナの「眼」でその 「歪み」 を見つけだすのは難しくなかったぜ。
後はその小さな 「疵痕」 を! スタンドの (パワー)で抉じ開けるだけさッッ!!」
『オッッッッッッラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッッ!!!!!』
 言葉の終わりとほぼ同時に、猛々しい咆吼で長い鬣を振り乱し、
躯を反転させながら捺し拡げられたスタープラチナの剛腕(かいな)



 ガギャンンンンンッッッッッ!!!!!



 繋ぎ目が集束したスタンドパワーに()って断砕され、
二つに割かれて輝く破片と共にスタープラチナから弾き飛ばされた
『バブルルート』 は、行き場を失った「力」を溜め込んだまま
空間を狂ったように暴れ廻り、
傍にいた武装燐子フィギュア達を巻き込んで爆 削(ばっさく)させた。
 一方は3体の燐子を(から)み込んだまま右の窓ガラスをブチ破って
噴水のある中庭の方面へと飛び消え、もう一方は同じく燐子の上半身を
容易く千切り飛ばして2-4の壁面にメリ込み、
教室の内と外とに貫通したまま絶命した蛇のようにダラリと垂れ下がった。
 その、凄まじい破壊劇の原動力となったスタンド能力。 
 超至近距離で接触した対象を、スタンドの冠絶した暗視能力を駆使して
瑕 瑾 箇 所(ウィーク・ポイント)」 を高速スキャンし、そして分子レベルで破壊する。
 極点滅壊。星眼の裂撃。
 流星の流法(モード)
流 星 眼 破 砕(スター・アイズ・クラッシュ)
流法者名-空条 承太郎
破壊力-A スピード-E 射程距離-E(接触膠着状態のみ)
持続力-A 精密動作性-A 成長性-B



「ご主人……様……」
 最後の切り札すらも、その圧倒的な精神の力で完殺した承太郎を前に、
マリアンヌは虚ろな瞳で主の名を呟く。
 そして黄金の縛鎖から完全に自由を取り戻した承太郎とスタープラチナは。
「さぁ? お祈りの時間だぜ? マリアンヌ」
 甘く女の心を蕩かす声でそう告げ、
緩やかに構えた指先を燐子の恋人に差し向けた。

←To Be Continued……

 
 

 
後書き

「鏡の~♪中の♪マリオネット♪」
はいどうもこんにちは。
古いですが“彼女”のイメージにはピッタリだったので
タイトルそのままに使わせて戴きました。
(当然コレしか知りません・・・・('A`)氷室 京介氏の曲は全曲網羅してますが)

“彼女”の性格を一口で言いますと、「スゴク優しい()
というのはかなり念頭に於いて構成しました。
当然ソレは“紅世の徒”のみに留まり、人間には「適用」されないと
いうコトにしましたが
やはり『寄生獣』の影響が強く出たので
人間も愛玩動物(ペット)には優しいが、
「ソレ以外」は基本「残酷」という『原罪』のモチーフを
対応させてあります。
まぁコレは「原作」のフレイムヘイズと同じで、
「自分の“身内は”大事にするが、自分と関係のない「人間」が
生きようが死のうが(喰われようが喰われまいが)知ったこっちゃない」
という考えは承太郎の「怒り」を爆発させ
ワタシも「コレ、ジョジョじゃ「敵」で出てくるヤツの考えだろ・・・・('A`)」
と想ったのでそのまますんなり採用し、
ソレだけじゃ魅力に乏しいので「優しさ(人間から見れば(へだ)たった)」
という要素を追加するコトにしました。
本当に、上記のような「非情さ」や「身勝手さ」をカッコイイと思うという人の
価値観や思考回路が全く以てワタシには理解出来ないのですが、
まぁ学生時代「馬鹿な不良」に憧れる者もいないわけじゃなかったので
もう勝手にすれば・・・・('A`)と諦念するしかありません。
(教師をバカにしたりからかったり見くだしたり、
集会で暴れたり仲間呼んでバイクで校庭走ったり、
全部どっかの誰かサンがやってるコトですネ・・・・('A`)
「そんなにイヤなら学校来ンなよ・・・・('A`)」と想いましたが、
敷かれたレールや「社会」を敵に回すほどの気合いはなかったようです。
きっちり「卒業」してましたし)

ジョジョの魅力は「敵もカッコイイ」という処に在るので、
個人的には承太郎の相手として相応しく描けたと満足しております。
(実力じゃ敵わないけど『精神』で勝とうとしたんですね彼女は、
ご主人様のために)
ソレでは。ノシ 
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