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STARDUST∮FLAMEHAZE

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第一部 PHANTOM BLAZE
CHAPTER#15
  戦慄の暗殺者 ~White Stranger~

【1】

 その日。
 (うず)く傷痕を押しかなり遅れて学園に登校した花京院 典明は、
突如何の脈絡もなく出現した白い “封絶” を呆然と見上げていた。
「こ……この能力は……ッ! まさか……「あの男」が此処に来たのか……!?」
狩人(かりうど)” フリアグネ。
 そのあまりに純白な為に青みがかってみえる白のスーツを端正に着こなし、
同じく純白の長衣を細身の躰に纏っていた、
まるで現世(うつしょ)幽界(かくりょ)の狭間に立っているかのような幻想の住人。
 半年前。
 家族との旅行先、エジプトでのDIOとの最悪の邂逅により「肉の芽」で下僕にされ、
いつのまにか軟禁されていた館で命令を待っていた時、
壁に立てかけられたランプの灯火のみが光源の
薄暗い地下の書庫でよく顔を合わせた。
紅世の徒(グゼノトモガラ)” という『幽波紋(スタンド)使い』と同質の力を持つ
異次元世界の能力者の存在は、
DIOの参謀である褐色の麗人、占星師エンヤから聞かされてはいたが
実際に逢ってみるとその容姿や風貌は人間のソレと殆ど変わらないので
拍子抜けした憶えがある。
 その地下の書庫でフリアグネは花京院に幽波紋(スタンド)
同様の能力を持つという異界の神器、『宝具』を自慢したり、
その宝具の能力や上げた戦果の解説
(というよりフリアグネが一方的に喋っていただけだが)
をカルトコレクターにありがちな大仰な手振りと言い回しで語ったりした。
 どんな書物にも決して書かれていないそれら異界の住人の神奇な話は、
フリアグネ自身の持つ幻想的な雰囲気とその語り口の巧さも手伝って
花京院の好奇心を大いに刺激するものであったので、
手元の本に視線を落としながら適当に相槌を付く振りをして
毎回深く聞き入っていた。 
 そうやって何度かの館の書庫で話を交わす内、
ある日、フリアグネは唐突に「ある事」を告げてきた。 
 その時の言葉が、花京院の脳裏に鮮明に甦る。



“どうだい? 私と「友達」にならないか?”



 靴も指もない肌色フェルトの喋る人形 “マリアンヌ” を大切そうに胸元に抱きかかえ、
いつもの通り愛用宝具の戦果を多少誇張して話し終えたフリアグネは
いつもの通り本に視線を落としながら話に聴き入っていた
花京院に向かって静かにそう言った。
『君と私は、良く似ている。その容姿も。性質も。能力も。
まるで、現世と紅世の合わせ鏡の存在であるかのように。
そうは想わないかい? 花京院 典明君?』
 フリアグネは自分にそう問いかけながら豊かな頭髪と同色の
パールグレーの双眸で自分の瞳を覗き込んできた。
 口元にナルシスティックな耽美的微笑を浮かべ
触れれば輪郭が掠れそうな線の細い美男子の紡ぐ声は、
何処か調律が狂った弦楽器のような韻を含んでいた。
 その怜悧な瞳に宿る端麗な光が、今まで押し隠し続けてきた
心の暗部を照らし出し、無言のままに問いかけてくる。




“孤独なんだろう?”




『誰も、自分の “真の姿” を知る事が出来ないから。
だから、誰にも心を開けない、だから、誰にも心を許せない』
 そして蠱惑的な誘惑と共にこう語りかける。
『安心し給え。私には視える。“君の真実の姿” が。
私には聴こえる。君の “もう一つの存在” の声無き声が。
この世界で、“私だけは君の全てを理解してあげられるよ” 』
「……」
 そのフリアグネの、やや軽薄な見かけと口先とは裏腹の
尖った鏃のような洞察力に花京院は本能的に警戒心を抱く。
 その花京院の微妙な心情の変化をパールグレーの瞳で素早く見抜いた
フリアグネは、すぐに一歩引いて(なだ)(すか)す。
『おおっと、そう警戒しないでくれたまえ。
別に疚しい下心や他意は一切無い。
君の知性と精神に対する純然な敬意と好意さ』
 そう言って大仰に開いた両手を、演技っぽい動作で左右に振ってみせる。
 大袈裟なリアクションが余計に花京院の警戒心を尖らせた。
 その様子を黙って見つめていたフリアグネの胸元で抱かれている人形、
“燐子” マリアンヌが笑みの形で結ばれた口を一切開かずに言葉を告げる。
『アナタ? 何を勘繰(かんぐ)っているかは知らないけれど、正直それは無粋と言うものよ。
私のご主人様を信用なさい。
ご主人様に好意を抱かれ友人に選ばれるなんてとても名誉な事よ?
この方は誉れ高き紅世の “王” なのだから』
 純白で鈍い光沢のあるシルクの手袋に、
スッポリ収まってしまう程小さい人形は
その愛くるしい見かけには不相応な清廉な声で言った。
 その途端、
『マリアンヌ!!』
急に先程以上の芝居がかった過剰な演技で
フリアグネは右腕を悩ましく折り曲げて額に手を当てる。
『よしておくれ私のマリアンヌ!
友人同士の信頼関係の前にはそのような身分や肩書きなど障害でしかない。
私が望んでいるのはそんな低俗な関係ではないのだよ!
解ってくれるだろう? 私のマリアンヌ? 私の友人は君の友人でもあるのだから』
 フリアグネはまるで赤子をあやすような悲哀滋味た声で
マリアンヌに告げる。
 心なしかそのパールグレーの瞳も潤んでいるようにも見えた。
『申し訳ありません。ご主人様。出過ぎた真似をしてしまいました』
『謝らないでおくれ、私のマリアンヌ。
先に君に言っておかなかった私が悪かったんだ』
 フリアグネはそう言うと今度は過度に優しい笑みを口元に浮かべ、
マリアンヌのフェルトの頬にそっと口づけた。
 まるでコワレモノを扱うような繊細な仕草だった。
「……」
 花京院は黙ってその二人のやりとりを見つめていた。 
 正直ついていけないと内心では思っていたが
目の前のこの二人 (?) は人間ではないので、
人間である自分の価値観で判断するのは
あまり好ましくないという彼なりの配慮だった。
『おおっと、すまない。恥ずかしい所をみせてしまったね』
 フリアグネはそう言って何事もなかったかのように
その躰に絡みついている純白の長衣を翻した。
『実は私は、この “マリアンヌ” さえいれば他には何もいらないと
今まで想っていたのだが、「アノ方」に出逢って以来少々欲張りになってしまってね。
話の合う「友人」も一人位はいても良いかなと最近では想い始めていたのだよ』
 そう言ってフリアグネは手品師のように両腕を大袈裟に広げてみせた。
『ところで敬意と言えば彼、何と言ったっけ?
そうそう、『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイスと言ったか。
「アノ方」の信頼する「右腕」であり
『最強の幽波紋使い』 というので興味が在ったのだが、
どうやら彼は私が嫌いらしい。特に気に障るような事をした憶えもないのだが……
でも、残念ながら()られてしまったよ』
 心底残念 (本当にそう思っているかどうかは疑わしいが) といった表情で、
フリアグネは大袈裟にその(こうべ)を垂れる。
胸元のマリアンヌも一緒になって俯いた。
「彼は、DIO様以外誰にも心を赦さない」
 よく喋る男だと思いながら花京院は腰の位置で両腕を組み簡潔に言った。 
『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイスの、ソノあまりに凄まじ過ぎる『幽波紋(スタンド)能力』は、
正に一騎当千、 並の 『幽波紋(スタンド)使い』 千人分に相当する。
 その最強能力が故に、DIO様に仕える者は自分だけで充分だと常日頃公言している彼、
DIOの幽傑の軍勢、 『スタンド使い』 と “紅世の徒” の混成軍、
幽 血 幻 朧 騎 皇 軍(ファントム・ブラッド・ナイトメア)】 の中では参謀である占星師エンヤと共に、
その双璧を為すヴァニラ・アイスの事だ。
 自分と同じようにDIOを心酔し、
そして彼にはない柔らかな物腰と卓越した話術で
主に接するフリアグネに良い感情を抱く筈がない。
 おそらくはDIOとの謁見時、巧みな話術と豊富な話題で
言葉を交わすフリアグネに、内心では歯軋りをしていた事だろう。
「君はもう、彼の前でDIO様の事は一切口にしないほうが良い。
“消されるぞ” 冗談ではなく “本当にな”」
 今まで聞かせて貰った話の礼代わりに、花京院はフリアグネにそう忠告した。
『そのようだね。私は彼のように古風な男も決して嫌いではないのだが、
おおっとすまない、終わった後朝(きぬぎぬ)の話を君にしても詮無き事だな』
 そう言うとフリアグネは再び長衣を翻してその両手を組み、
嫌味なほど(てら)いのない笑顔で花京院へと向き直る。
 そしてその透き通るようなパールグレーの瞳で、
花京院の瞳を真正面から見つめてきた。
『さて? では私の語らいに対する返答は如何に?
流麗なる “法皇の翡翠” 花京院 典明君?』
 そう言ってフリアグネは、耽美的な口唇をより深く笑みの形に曲げる。
「……考えて、おこう」
 花京院はそれだけ告げて、
クラシックなデザインの椅子から腰を上げフリアグネに背を向けた。
『では、明日また、同じ時間にこの場所で』
 背後で先刻よりも調律の狂った声色がした。
『良い返事を期待しているよ? 花京院 典明君。 フフフフフ……』
『ご主人様と一緒にこれからよろしくお願いするわ。
仲良くしましょうね? カキョウイン』
 歩き出した花京院の背から、喋る人形とその主の声が
笑みと共に自分を追いかけてきた。


 エンヤを通して、ジョースター討伐の勅命が下ったのはその直後だった。
 フリアグネには何も告げず(その(いとま)もなかったが)
そのままエジプトからエンヤ所有の個人機で直接故郷の日本へと向かった。
『星の白金』 空条 承太郎を抹殺する為に。
 もしあと一日、勅命が遅れていたのなら。
 もし次の日に、あの男の前に立っていたなら。
 果たして自分は、一体なんと答えたのだろう……?


 脳裏に甦った、解答(こたえ)無き問い。
 それは現在の疑問を前に、花京院の頭から掻き消えた。
「しかし、一体何故? 学校(ここ)で能力を発動させたんだ?」
 白い封絶の放つ火の粉と気流で、バレルコートのように長い学生服の裾が靡く。
 そのとき、直感にも似た確信が脳裏を過ぎった。
「まさか!? 空条が! 今此処にいるのか!?」
 驚愕に花京院のその琥珀色の瞳が見開かれる。
「信じられないがそれしか考えられない! 全くなんてヤツだ!
『エメラルド・スプラッシュ』 の直撃を受けていながら、
その傷がたったの一日で完治したというのか!?
そんな凄まじい耐久力と再生力を持つスタンドなんて今まで聞いた事もないぞッ!」
 承太郎の強大なスタンド能力に驚嘆しつつも
花京院の胸裏に言いようのない焦燥感が迫り上がってくる。
 本人の自覚のないままに。
「空条ッッ!!」
 花京院は黄楊(つげ)の油で磨き込まれた学生鞄を
無造作に芝生へと放り投げると、耳元のイヤリングを揺らしながら
昇降口に向けてアスファルトを蹴った。



【2】

 承太郎とシャナは、木造旧校舎三階から新校舎とを繋ぐ噴水の設置された中庭を
軽々と飛び越え、新校舎とは別棟にある図書室の前へほぼ同時に着地した。
 承太郎は足裏がスタンドとほぼ同化していた為
接地の瞬間派手な音を立ててアスファルトを陥没させ、
シャナはその磨き込まれた体術により着地の衝撃を
ほぼ掻き消して落葉のようにひらりと舞い降りる。
 そのまま互いを一瞥し、そして無言のまま白い陽炎が揺らめく
昇降口に向けて共に全速で疾走を開始した。
 高速移動によって発生した気流が学ランと黒衣の裾を
地面とほぼ平行に舞い上げる。
 瞬く間に白い陽炎が揺らめく昇降口が、カメラのズームアップのように迫ってきた。
 その距離が目測20メートルにまで縮まった瞬間、承太郎が叫ぶ。
「シャナッッ!!」
 声とほぼ同時にシャナが承太郎の脇で疾走しているスタンド、
スタープラチナの肩へと飛び移る。
「解ってンな!! オメーは 「上」 !! オレは 「下」 だッッ!!」
「了解ッッ!!」
「オッッッッラァァァァ!!」
 スタープラチナは黒衣の腰辺りを掴むと、
そのまま片腕で学園の屋上へと少女を投擲(とうてき)した。
 シャナも投げられる瞬間、スタープラチナの腕を蹴って更に加速を付ける。
 炎髪が火の粉を撒きながらシャナは紅い流星のように、
天空へと垂直に駆け昇っていった。
 その様子を確認する間もなく承太郎は閉じられた昇降口のスチール製の扉を、
スタンドと自分の足で蹴破って新校舎の中へと突入する。
 狂暴な破壊音と共にガラスと鉄の破片がタイルの上にブチ撒かれた。
 その開けた空間から承太郎は一瞬で下足箱を通り過ぎ、
軸足を右に反転させて二階へと続く階段に向けて駆け出す。
 しかしそのとき。 
「!!」
 閉じていた一年の教室、両開きのドアがいきなり中からブチ破られ
そこからいつぞやの巨大な人形が大挙して飛び出してきた。
「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ――――――――――!!!!!!」
 すぐさまにスタープラチナの多重連撃が疾走状態のまま撃ち出され、
承太郎とスタンドは拳風の嵐と共に人形達の間を駆け抜ける。
 スタンド操作に慣れてきたコトもあり、
拳撃の速度と軌道の精密さは一昨日よりも格段に向上(あが)っていた。
 足下を拳風によって巻き起こった一迅の気流が吹き抜けた直後、
背後で無数の拳型の刻印を全身に穿たれた人形達は
その衝撃と余波とで巨体を爆散させ瞬く間にスクラップとジャンクの山と化す。
 承太郎の足下に歯車やゼンマイ等のクラシックな機械部品が
白い火花を放ちながら無数に転がった。
 それらを一瞥し再び駆け出そうとした時、
今度は1-4と1-6のクラスの扉が同時に開いた。
 そしてそこから先程の3倍以上の人形の大群が、
ドアと壁とをブチ破りながら再び承太郎とスタープラチナへと襲い掛かって来る。
 その巨大な各々の手には、それぞれファンタジー小説にでも出てきそうな
機能性を欠く大仰な武器が握られていた。
「チィッ! 挟み撃ちかッ!」
 咄嗟の事態に承太郎は、自分を見失わずに冷静に対処した。
『多人数に襲われた時は4方向を同時に対処する』 等という
都市伝説じみた俗説を信じたりはせず、
瞬時にスタープラチナの 「眼」 で前方、後方の個体数を確認する。
(さっきのは 「囮」 ……数は前が 「12」 後ろが 「8」 …… 「後ろ」 だ……ッ!) 
 微塵の躊躇もなく刹那に決断を下すと、
リノリウムの床をスタープラチナの脚力で爆砕しながら踏み砕いて
後方の人形達に迫り、廊下を押し塞ぐようにして向かってくる最前列の人形3体に
接地した右足を軸にして摩擦の火線を描きながら加速を付けた
予備動作(モーション)の大きい右旋撃を撃ち落とし気味に射出した。
「ッッッッラァァァァァァァ!!」
 前方3体の人形に、白金色の閃光が斜めに駆け抜ける。
 途轍もない破壊力とスピードにより衝撃でソレ自身が巨大な人形魚雷と化した
3つの体が後方へと弾け飛び、後ろで構えていた人形達を巻き添えにする形で
5体全てをバラバラにする。
 戦果を耳だけで確認した承太郎は次なる戦闘の為、
フレキシブルに背後へと振り向く。
 そこへ。
「エメラルド!! スプラァァァァァァァシュッッ!!」
 聞き覚えのある清冽な声と共に、
輝く数多の結晶が空間を隈無く数直線状に滑走した。
 死と破壊の煌めきを放つ無数の翡翠光弾は承太郎の後方に居た
12体の人形達の巨体、そのありとあらゆる部分を挿し貫き
飛散する白い炎の破片と共に物言わぬ残骸へと化しめる。
 瞬く間に人形達を貫殺した輝く魔弾の群は、
承太郎とスタープラチナには一発も着弾せず掠る事もないままに
碧い余韻を残しながら遙か後方へと駆け抜けていった。
「無事か!? 空条ッ!」
 花京院は幽波紋(スタンド)法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 と
共に流法の構えを執り、額に透明な雫を浮かべながら承太郎に叫んだ。
「テメー……花京院……!」
 予期せぬ侵入者に、承太郎はその視線を鋭く尖らせた。
「……」
「……」
 そして無言のまま、互いの瞳に宿った光が空間で交錯する。
 その狭間では、激しい観念での心理戦が行われていた。
 相手との、そして自分自身との。
 DIOの「肉の芽」で操られていたとはいえ嘗ての敵同士、
理屈で解っていても感情はそう簡単にいかない。
 しかし、今自分が居る場所は戦場、どこかに敵が潜んでいる。
 それは承太郎も、そして花京院も、充分過ぎるほど熟知していた。
 下らない私情で大局を見失う事があってはならないと。 
 沈黙の中、承太郎がおもむろに口を開く。
「傷は、もう良いのかよ?」
 左手をズボンのポケットに突っ込んだままぶっきらぼうにそう言った。
 花京院は承太郎が負傷していない事に安堵の表情を浮かべると、
構えとスタンドを解き彼の傍へと歩み寄った。
「昨日 「あの後」 君の祖父、ジョースターさんに治してもらった。
『波紋法』という能力だそうだね? 精神の力 『幽波紋(スタンド)』 とはまた違う
肉体の力を極めて編み出す超能力らしいが」
 承太郎は無表情で、しかし複雑な心情で花京院を見つめる。
 昨日の 「あの事」 を責めるべきか?
 それとも今自分を援護してくれた事に礼を言うべきか?
 そのどちらとも判断が付かなかったので、承太郎は至極一般的な応えを花京院に返した。
「そうは言っても 「アレ」 は万能じゃあねーぜ。病み上がりは家で大人しくしてな」 
 少々乱暴な物言いだが、視線を逸らす彼に花京院は穏やかな微笑を浮かべる。
「大丈夫さ。多少の痛みはあるが戦闘には差し支えない。
「あの時」 君が猛りながらもちゃんと急所を外して置いてくれたからね。
お優しい事に」
「ケッ……」
 そう吐き捨てた承太郎にもう一度笑みを浮かべた花京院は、
次に執るべき行動のため表情を引き締める。
「それより急ごう。もう知っているかもしれないがこの「能力」は、
発動させた「本体」が倒されるまでは解除されない。
時間を於けばおくほど他の生徒達が危険に(さら)される」
「……」
 大体の予測はしていたが複雑な心境の承太郎は、
背を向けた花京院に己の疑問を投げつける。 
「まちな。敵のテメーが、何でオレを助ける?」
 承太郎は鋭い視線のまま、指先を斜水平に構え向き直った花京院を差す。
 その問いへ対して翡翠の美男子は肩を竦め、小用のように軽く答える。
「さぁ? そこの所が、ボクにもよく解らないのだが?」
「……」
 承太郎は鋭い視線を崩さないまま花京院を見つめた。
「君の御陰で目が覚めた……それだけさ……」
 瞳を閉じまま今度は静かに重く、花京院はそう告げた。
「……」
 そのまま、またしばらく静止していた承太郎は
やがて差した指先をゆっくりと折り畳むと、
「フン……なら勝手にしな」
静かに、しかしはっきりとした口調でそう言った。
「!」
 その言葉に、花京院は自分でも意外なほど衝撃を受けると
「あぁ、そうさせてもらうよ」
再び穏やかな微笑を口元に浮かべる。
 封絶の放つ白い光が、二人のスタンド使いを照らした。

「ところで空条? 昨日君の傍にいたあの女の子、
“マジシャンズ” は、今日は一緒じゃないのか?」
「ああ、アイツは今屋上にいる。 「上」 と 「下」 から追い込めば、
親玉を燻り出して 「挟み撃ち」 に出来るというオレの判断だ」
「……」
 承太郎の言葉に花京院は口元を片手で覆い少し考えるように俯くと、
やがて瞳だけを動かしてこちらを見つめた。
「悪くない手だとは思うが……マジシャンズを 「上」 に行かせたのは
ミスだったかもしれないぞ? 空条」
「……だと?」
 予期せぬ返答に承太郎は視線を細める。
「実は、いま君達を襲ってきた「敵」をボクは知っている。
詳しい説明は省くが “フリアグネ” というボクと同じ、『遠隔操作系』の能力者だ。
その戦果の完全性から “狩人” の異名で仲間内では呼ばれていた」
「『スタンド使い』……じゃねーな。人間じゃねぇ特殊能力を持つヤツら……
紅世の徒(グゼノトモガラ)” とか言うヤツか?」
「その通りだ。今まで数多くの異界の能力者 “フレイムヘイズ” を相手にしながら
ただの一度も敗れた事がないらしい。
それ故の “狩人” の通り名、又は 『炎の暗殺者』 とも呼ばれている」
「暗殺……」
 承太郎は、シャナのフレイムヘイズの戦闘能力とソレ専用に特 化(カスタマイズ)された
暗殺能力との 「相性」 をすぐさまに分析し始めた。
 そして弾き出されたその結果は……最低最悪。
 一撃必殺の威力持つ戦慄の大太刀 “贄殿遮那” に加え
ソレをまるでを竜巻のように縦横無尽で繰り出す強靭な身体能力と戦闘技術、
加えて激しく渦巻く紅蓮の炎とを同時に操る能力を併せ持つシャナは
一見して 「無敵」 かに想われる。
 しかし、それはあくまで一体一、真正面からのブツかり合いでの話だ。
 姿は解らないが今回のような相手、
戦略と戦術とを戦闘の主体に据え真正面からブツかり合う事を得策とせず、
可能な限りリスクは殺ぎ落とし、力の消耗を抑え博打は避け、
“目的の成就のみを” 至上として勝利へのコマを一手一手着実に詰めていく老獪(ろうかい)な相手、
『暗殺者』 はシャナような近接戦闘を得意とする 「戦士」 にとっては
まさしく “天敵” と言って良い。
 シャナの戦闘能力は確かに凄まじい、
単純な殺傷能力だけで言うなら自分の『星 の 白 金(スター・プラチナ)』すらも
瞬間的になら凌駕するかもしれない。
 しかし、強い力はそれに正比例してエネルギーも多く喰う、
つまり、「持続力」 が短いのだ。
 花京院は言葉を続ける。 
「その “狩人” フリアグネ、必勝の 「秘密」 は彼の持っている 『銃』 にある。
スタンド能力ではないが特殊能力を持っているという点ではほぼ同じだ。
その銃で撃たれた異界の戦闘者 “フレイムヘイズ” は弾丸が掠っただけでも
己の全身が炎に包まれて灰燼と化すらしい。
フレイムヘイズは自分の力に絶対の自信を持っている者が多いから、
“拳銃如きには関心を示さない” という事が思考の死角を生み、彼に倒されてきたようだ。
これは 「本人」 の口から直接聞いたから、おそらく本当の事だろう」
 花京院はそこで一端言葉を切って、承太郎に考えをまとめる時間を与える。
「……その紅世の徒、フリアグネとか言うヤローは今屋上にいる……
それで間違いねーのか?」
 そこまで考えが廻らなかった、己の甘さに歯噛みしながら承太郎は言葉を紡ぐ。
「ああ。派手好みで高慢な男だったから 「下」 は下僕(しもべ)に任せて、
自分は 「上」 で高見の見物を決め込むという可能性が高い。
マジシャンズはボク達 『スタンド使い』 とは違う異界の能力者、
“フレイムヘイズ” だったな? だとしたら状況はフリアグネに有利だ。
“狩人” の能力で彼女を 「人質」 にでも取られれば、君は一切手が出せなくなる」
「クッ!」
 想わず悔恨が口をついて出る。
 この “封絶” という奇妙な空間を生み出す能力を使う相手は、
自分では直接手を下さない、黒幕的な性格を持つ者であるという事には
とっくに気がついていた。
 何よりDIOの配下の者であるという時点で、
正攻法のやり方が通用しないという事は推して知るべしだったのだ。
「クッ……シャナ……!」
 一人にするべきではなかった。
 承太郎の脳裏に、己の紅蓮の炎に焼かれる少女の姿が過ぎった。
「シャナ? マジシャンズの事か?」
 花京院の問いに承太郎は視線だけで頷く。
 そして苦々しい想いを噛み砕きながら、花京院の考えを肯定した。
「花京院、確かにオメーの言うとおりかもしれねーな。
そのフリアグネとかいうヤローはまず
“オレじゃあなくシャナに狙いを絞ったんだ”
対複数戦の場合、倒せるヤツから着実に潰していくのは定石中の定石だからな。
アイツの 「能力」 は、DIOのヤローを通して敵のヤツらに知れ渡っている。
つまり 「弱点」 までもだ! 今まで倒したスタンド使いの事も含めて、
“アイツの能力は敵に研究し尽くされて” やがるッ!」
 承太郎はささくれ立った神経を宥める為、煙草を取り出し火を点けた。
 細い紫煙が鋭く口唇の隙間から吐き出される。
 彼らしくない、苛立ちを露わにした吸い方だった。
「そしてアイツは! 一見冷静に見えて実は直情的で考えなしな所がある。
テメーに対する 「挑発」 は受け流せてもそうじゃあねぇ、
例えば身内のヤツとかを 「侮辱」 されたらカッとなって、
一気に相手の射程圏内に招き寄せられる可能性は大だ。
そうなりゃあもうその 『銃』 の餌食、
イヤ、もう片足突っ込みかけてっかもしれねぇ……!」
 紫煙と共に苦々しく言葉を吐き捨てながら、
承太郎はチャコールフィルターを噛み潰した。
(フリアグネ……ソイツはシャナを(おび)き寄せて先に始末する為に
屋上で能力を発動させたんだ。
“上に来るのはオレじゃあなく身軽なシャナだという事まで先読みして”
クソッたれがッ! この空条 承太郎ともあろう者がまんまと
敵の術中にハマっちまったゼ……!)
 吹き出した煙草の吸い殻を足下で乱暴に揉み消した承太郎に、  
「君? 随分詳しいんだね?
マジシャンズ、イヤ、シャナ、だっけ? 彼女の事に」
花京院がしげしげと自分を見つめながら言った。
「……」
 まるで心理の虚を突かれたように承太郎は一瞬視点が遠くなったがすぐに
「詳しいのはオレじゃあなくてジジイの方だ。
オレはヤローの話を又聞きしただけだ」
と微塵も表情を崩さず否定した。
「そう……」
 いつになく強い口調で言ったので花京院は静かに応じ、
そしてすぐ承太郎の瞳を見つめ返した。
「でもこれで敵の狙いは読めた。 “狩人” フリアグネはまずマジシャンズ、
シャナを捕らえた上でそれを(トラップ)に利用し、同時に君も始末するつもりだ。
さあ! 先を急ごう! “この人形達と他の生徒の事はボクに任せて” 君は速く屋上に!」
「花京院……テメー……」
 その言葉に思わず声が詰まる。 
 ただ 「戦い抜く」 よりも 『護り抜く』 事の方が遙かに難しい。
 自ら一番危険な役目を買って出た花京院の覚悟と決意に、心は静かに震える。
 花京院はもう一度穏やかな微笑を浮かべると承太郎に背を向け、
「君は命懸けでボクをDIOの呪縛から救ってくれた!
だから! 今度はボクが君を助ける 「番」 だッッ!!」
そう花京院は、背を向けたまま偽りのない気持ちを力強く承太郎に告げる。
 そして。
「ハイエロファント・グリーン!!」
 即座に己のスタンドを背後に出現させ、
学生服の裾を靡かせながら職員室の方向へと共に消えていった。
「……」
 その彼の姿を黙って見送った承太郎は、
「やれやれだぜ……死ぬんじゃねーぞ……花京院……!」
口元に微笑を浮かべ学帽の鍔で目元を覆った。

←To Be Continued……
 
 

 
後書き
どうも、いつも読んで戴いて本当に感謝致します。
岸部 露伴先生の気持ちが解る今日この頃です。

一応、ジョジョ「原作」とは違う部分が有るのでここに記載しておきます。
「魔女・エンヤ婆」はこの作品では原作のようなお婆ちゃんではありません。
DIOサマの「血」を受けて“若返っている”という設定です。
屍生人(ゾンビ)ではなく『吸血鬼(ヴァンパイア)』です)
なので黒い肌と黒髪の、スタイルがヤバイ麗人なので
気軽にエンヤ姉サマとお呼びくださいw
まだ戦うのは先の話ですが、原作以上に恐ろしいスタンド能力になると想います。
(名前や能力は変わりません、ただ若返って人間じゃなくなってるので
スタンドパワーがドエライ事になっているというコトです)

ソレでは暑さに負けず頑張っていきましょう。
サラバ! ノシ 
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