真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第180話 曹孟徳との再会
正宗は美羽と徐庶を引き合わせ、徐庶を味方に引き込むことに成功した。
それから一ヶ月後、正宗は、冀州からの増援二万と荊州に駐留する八万、合わせて十万の軍勢を率い豫州へ向けて出立した。この軍勢に炎蓮(孫堅)と孫策率いる孫家軍六千が合流した。炎蓮はまだ身体の調子が悪いため輿での移動となった。蓮華達は遅れて豫州入りを行う予定だ。
正宗軍が洛陽に向けて豫州を北上すると途中、正宗軍に迫る一軍を確認することができた。
「正宗様、曹の牙門旗を掲げる一軍が我が軍に迫っているとのことです。いかがなさいますか?」
冥琳は斥候からの報告を正宗に伝えた。正宗は「曹の牙門旗」と聞き、その軍勢を率いる者が誰であるか理解したようだった。
「兵の数は?」
「一万ほどと報告を受けています」
正宗は冥琳の報告に苦笑した。
「随分な数だな。曹孟徳は何のつもりだ」
正宗は溜息をつき空を見上げた。彼は華琳が何も考え無しに大軍を率いてやってくるとは思っていないのだろう。
「あの軍勢は曹孟徳と仰られるのですか!? 兗州から態々兵を連れてきたのですか?」
冥琳は正宗の呟きに驚いた表情に変わった。
「私と曹孟徳は幼き日に少々交流があった。最後にあったのはいつだったか。私が烏桓征伐後に上洛した時だったな。それ以来一度も会ってはいない。確か今は兗州陳留国の国相をしていると聞いたな」
正宗は記憶を辿るように言った。
「曹孟徳であったとして一万の軍勢を率いどういうつもりでしょうか? それに曹孟徳でない可能性もあります。いずれにせよ戦闘に備え布陣すべきかと」
冥琳は厳しい表情で正宗に検索した。先程まで沈黙して二人の遣り取りを見ていた朱里と桂花が口を開いた。
「冥琳様の言うことも一利有るかと」
「曹孟徳であれ、そうでなくとも、先方の用向きが分からなければ判断のつけようがありません」
朱里と桂花が冥琳の話に賛同を示していると、麗羽がおっとりしたしゃべり方で口を挟んだ。
「正宗様、華琳さんに敵意が無いならそろそろ使者を差し向けてくるんじゃなくて? それに、彼女が本気で正宗様を敵と見做しているなら、正面から堂々と来ないでしょう。この兵力差で無茶な真似をする人ではないですわ」
麗羽は泰然自若とした様で前方を見ていた。
「麗羽様、仰ることは分かります。ですが、それ自体が罠の可能性もあります」
「この地は豫州ですのよ?」
麗羽は笑みを浮かべて言った。彼女は豫州は彼女の本拠地といえる場所と言いたいのだろう。
「私達が豫州を通ることは事前に伝えていますわ。汝南袁氏の係累は全て知っています。怪しい動きをする軍勢が迫っていれば私達に連絡が来るはずです。少なくとも、こちらに迫る軍は正規の手順を踏んでいるのでしょう」
「正規の手順を踏んでいていても、あの規模なら連絡があって然るべきと思います。連絡が来ていない段階で問題です」
麗羽の意見に朱里は苦言を呈した。冥琳も同意見なのか頷いていた。
「そうですわね。でも、曹孟徳さんは正宗様の敵でない気がしますの」
麗羽は困った表情で前方を見つめた。
「麗羽様、『兵は詭道なり』と申します。用心に超したことはありません」
「確かに今回の上洛はきな臭いことになりそうですものね。桂花さん、私の浅慮でしたわ。皆さん、ごめんなさい」
麗羽は素直に皆に謝罪した。
「麗羽様、頭をお上げください」
朱里と桂花が慌てて麗羽に言った。
「麗羽様のご意見は貴重です。これからも意見されてください。我々は人を疑うことが仕事のようなものです」
冥琳は優しく微笑み麗羽に言った。麗羽は彼女達の気遣いを嬉しく思ったのか笑みを浮かべた。
「麗羽、冥琳の言うことは本当のことだ。お互い役割がある。君主が猜疑心強すぎては国も人心も疲弊してしまう。それを補佐するために軍師や参謀がいるのだ」
正宗は麗羽に言った。
「正宗様、分かりましたわ。私も美羽さんに負けてはいられませんわ!」
麗羽は美羽の統治者の姿勢に触発されたのかやる気に満ちていた。
「車騎将軍、使者が参りました!」
正宗達が和やかなムードになっているところに慌てた様子で騎兵がかけてきた。
「使者は誰だ?」
「袁本初様の従姉・袁伯業様と曹陳留国相家臣・夏侯妙才様と名乗っております」
騎兵は正宗に問われ報告した。正宗と麗羽は聞いた名前に同時に反応した。
「袁伯業さんが先導していましたのね。なら納得ですわね」
袁伯業。袁遺といい。麗羽とは従姉妹の仲だ。麗羽は袁遺との旧知の仲なのか懐かしそうな様子だった。彼女の雰囲気から袁遺とは親しい間柄のようだ。
「皆、取りあえず戦闘になることはないようだな」
冥琳、朱里、桂花は皆一様に頷いた。
「直ぐに会いたい。使者達を通してくれ」
「正宗様、私は面会を行う天幕を直ぐに用意いたします」
冥琳は正宗に一言告げると馬を走らせ去っていった。
正宗は冥琳が用意した天幕に入った。この天幕には正宗、麗羽、冥琳、朱里、桂花、泉がいた。正宗は天幕の一番奥に用意された椅子に腰をかけた。すると遅れて使者が天幕に入ってきた。彼女達は正宗の御前で片膝を着き頭を下げ拱手した。
「車騎将軍、拝謁の栄誉を賜り感謝いたします。私は袁伯業と申します。本日は曹陳留国相の使者を連れて参りました」
「袁伯業殿、態々手間をかけ済まなかった」
「勿体ないお言葉にございます。本来ならば早馬を出すべき所でしたが、曹陳留国相が強行軍にて車騎将軍に合流すると言われ、このような仕儀になってしまいました。遅ればせながら申し訳ございませんでした」
袁遺は正宗と初対面ということもあり、正宗に対して畏まった態度で挨拶を終えると、これまでの事情を話し謝罪してきた。華琳は強行軍で正宗達に合流しようとしたことは、絶対に正宗に会う必要があったのだろう。そのことに朱里、冥琳、桂花は気づいていたのか警戒するような目つきで華琳の使者を名乗る者を見ていた。使者は秋蘭だった。
「車騎将軍、曹陳留国相の使者として参りました。曹陳留国相家臣・夏侯妙才と申します」
秋蘭は顔を下げ笑顔で挨拶した。彼女の表情から友好的な空気が感じられた。こちらに向かう華琳の思惑は正宗を敵視したものでないことは周囲の者達にも理解できたが強行軍までして駆けつけた理由が気になった。
「秋蘭、久し振りだな」
正宗は久方振りに旧知の相手に再会でき公的な会見であることも忘れ、秋蘭のことを真名で呼んだ。
「正宗様、お変わりないようで」
正宗の態度に秋蘭も自ずと微笑んていた。
「秋蘭、以前にも増して美人になったようだな」
「正宗様もお口が上手になられたご様子ですね」
秋蘭は口元に手をやりクスクスと笑いながら正宗に言った。
「久々に会えたのでつい嬉しくてな。ところで。夏侯妙才、曹孟徳は軍勢を率いてこちらに向かっている理由を教えてもらえるか?」
正宗は和やかな空気から一変して、神妙な表情で秋蘭に質問した。秋蘭も使者として身を正して拱手した。
「我が主・曹孟徳は車騎将軍の上洛に協力したいと申しております。こちらが文にございます。お受け取りください」
秋蘭は言い終わると懐から畳んだ絹を正宗に差し出した。それを朱里が受け取り正宗に手渡した。正宗は華琳からの文に目を通した。文の内容は要約すると「正宗の傘下に加わらせて欲しい。私と春蘭と秋蘭、兵は好きに使って貰って構わない。ただし、傘下に加わるにつき条件がある」と書かれていた。
「!?」
正宗は目を向き文の内容を二度見していた。その様子に麗羽達正宗陣営の者達は訝しんでいた。
「夏侯妙才、夏侯元譲も来ているのか?」
「はい。主・曹孟徳と一緒に軍勢を率いています」
秋蘭はすがすがしい顔で正宗に答えた。嘘偽りを言っているようには見えなかった。
「わざわざ兗州から曹孟徳殿自ら兵を率い出向いてくるとはな」
正宗は驚いた顔で文を麗羽に手渡した。麗羽が読み終わると、他の者達にも順に文が回された。
「夏侯妙才、曹孟徳殿の助勢感謝すると伝えて欲しい」
「主も車騎将軍の返事に喜ぶことと存じます」
「夏侯妙才、曹孟徳殿の望みは何だ?」
正宗は単刀直入に秋蘭に聞いた。
「主に直接お尋ねください。家臣である私には主の考えまでは読めません」
秋蘭は正宗に対して誤魔化した。この態度から正宗は華琳が傘下に加わるに当たって条件があると書いていた。ただし、内容は書かれていない。そのため朱里、冥琳、桂花は平静を装いつつも警戒した目で秋蘭のことを見ていた。
正宗は秋蘭にそれ以上何も言わなかった。「腹心であるお前に何も言っていないなど無いだろう」と口に出そうになったが敢えて口にしなかった。秋蘭は知っていても口にする人間ではないからだ。
「そうか。曹孟徳に直接聞くこととしよう」
「車騎将軍、では主への報告のために下がらせていただきます」
秋蘭は正宗に拱手すると、そそくさと去っていった。その後ろ姿を正宗は目で追っていた。
「誠羽さん、お久しぶりですわね?」
「麗羽様、ご無沙汰しております」
袁遺は麗羽に声をかけられると笑顔になった。
「都でのこと聞き心配しておりました。ご無事で何よりでございました」
袁遺は麗羽のことを心配していたようだった。多分、麗羽が董卓軍に追われほうほうの体で冀州に逃げたことを知っているのだろう。
「心配をかけてごめんなさい。そうですわ。色々と聞きたいことがありますの。二人だけで話したいことがありますの」
麗羽は正宗のことを見た。
「私のことは気にしなくていい」
「正宗様、すみません。失礼いたしますわ」
麗羽は正宗に礼を言うと、袁遺の手を取り二人で天幕から出て行った。正宗は二人が出て行ったのを確認し終わると口を開いた。
「朱里、曹孟徳は何を考えているか分かるか?」
正宗は朱里に声をかけた。朱里はしばし考え込む仕草をとり口を開いた。
「分かりません。ですが、傘下に加わる条件が気になります」
「冥琳、桂花はどう思う?」
「大軍をわざわざ率いているのです。法外な条件では無いでしょう」
冥琳は腕組みをして思案気な表情を浮かべた。
「私も同意見です。時勢を読める者なら荊州をほぼ抑えた正宗様に早めに従い、できるだけ良い席を得ようと考えてもおかしくはありません。正宗様の旧知の仲とのことですし」
正宗のことを桂花は凝視した。
「桂花、何か言いたいことがあるのか?」
「曹孟徳とは幼少の頃の知り合いとのことですが、その頃の縁を利用し無理な要求を出してくるかもしれませんのでご用心ください」
桂花は正宗に神妙な表情で言った。朱里と冥琳も同様に正宗のことを見た。
「分かっている。無理な要求は突っぱねるつもりでいる。現状、曹孟徳の兵が無くても大勢に影響はない。董仲穎と連携して動かれると面倒ではあるが支障はないだろう」
「もし、その自体になれば孫堅軍に当たらせれば問題ないと思います。勿論、冀州軍から兵の補強は行います」
冥琳は正宗に言った。
「冥琳、献策ありがとう。だが、その案は無駄骨になるかもしれん。曹孟徳に会って見ないと何とも言えんな」
正宗は華琳がやってくるのを待った。
八刻後(二時間)が経過した頃、華琳が正宗のいる天幕に入ってきた。華琳は髑髏をあしらった特徴的な軍装に身を包み、春蘭と秋蘭を引き連れ堂々とした佇まいだった。
正宗の姿を捉えた華琳は挑戦的な視線を向けていた。これは華琳の地で悪気があるものではなかったが、泉は華琳の態度に不満を覚えているようだった。華琳は泉の敵視の視線を意に介さず颯爽と正宗の面前まで進み、彼の前で膝を折り頭を下げ拱手した。
「車騎将軍、面会の栄を賜り感謝いたします。陳留国相・曹孟徳でございます」
華琳は堂々した態度で寸分の隙を見せない所作で正宗に挨拶した。
「兗州よりわざわざ余の元に兵を率いてきた理由を聞かせてもらえるか?」
正宗は敢えて文の内容に書かれていることを今一度訊ねた。
「世の乱れを正すは為政者の努め。速やかに天下に静謐をもたらす者がいるなら、私は迷わずこの身を捧げる覚悟はできています」
華琳は顔をゆっくりと上げ、正宗の顔を正面から見つめた。その表情は先程までの挑戦的な視線は成りを潜め神妙そのものだった。
「天下の静謐をもたらす者とは?」
「車騎将軍、貴方です」
華琳の双眸が正宗を捉えた。その瞳は正宗を見定めているように見えた。正宗は堂々と「余は天下を狙っている」など口を裂けても言えない。だが、華琳は正宗の狙いは既に看破しているように見えた。
「余は都に争いをしに行く訳ではない。劉景升殿の助命嘆願と王司徒の要請で上洛するのだ。兵は多くを連れていくつもりはない」
「承知しております。私と夏侯妙才も同行させて欲しいのです。兵のことは夏侯元譲に任せるつもりです」
華琳は正宗に同行することを願いでた。正宗は泉と騎兵二千を連れ上洛するつもりでいた。上洛に同行する騎兵は馬術の優れた者が選抜された。これは都で一旦ことが起きれば并州に逃げ込むためである。そこに華琳と夏侯妙才が同行するとなれば、想定外の事態になるかもしれない。正宗は表情を曇らせた。
「それが余に求めるモノか?」
正宗は華琳に質問した。
「はい。貴方様が本当に仕えるに足る人物か見定めたいのです。安心してください。この曹孟徳。自分の身は自分で守ることができます」
華琳は笑みを浮かべ正宗を見た。彼女は双眸には強い意志が感じられた。彼女は有事に足手まといになるようなら、自分を見捨ててくれて構わないと言っているように聞こえた。
「華琳、君はいつになっても剛胆な性格だな」
正宗は溜息をつき口調を崩し華琳に声をかけた。彼女は何が何でも正宗に着いていきたいようだ。
「正宗、私は黄巾の乱が終結した頃から、あなたの考えは読めていたわ。でも、私はあなたでは天下を取ることなんてできないと思っていた。だって、あなたは甘いから。決して非情になれない」
華琳は正宗のことを懐かしそうに見ていた。
「その私の元に何故来た?」
華琳の口振りでは彼女にとって正宗は甘い人物で仕える価値がないように聞こえる。それを正宗も察したのか華琳に聞いた。
「荊州でのあなたの行いを聞いたから。あなたのことだからどうせ甘い判断で敵を許すと思っていた。でも、あなたはしなかった。徹底してあなたの命令で粛正した。女子供だろうと容赦なくね。何故、あなたがそこまでのことをしたのか気になったの」
「荊州を二度と戦場しないと誓ったからだ」
「そう。正宗様、聞かせてもらえますか? 私を連れていってくれるか教えてください」
華琳は目を瞑り頷くと、正宗のことを見た。華琳は正宗のことを突然様づけで呼んだ。今の彼女は正宗の友人としてではなく、目下の者として正宗に聞いているのだろう。その証拠に口調は丁寧なものに変わっていた。彼女は自ら乱世に名乗りを上げようとしていたに違いない。だからこそ、自らの野望を捨てでも正宗に仕える意義があるか確認したいのだろう。
「断れば次会う時は戦場になるか?」
「当然です。敗北しようと戦い抜く覚悟はあります」
「貴様、さっきから聞いていれば図に乗りおって!」
沈黙は守っていた泉が華琳を睨み怒鳴った。泉から華琳を守るように春蘭が現れた。剣は天幕の入り口で衛兵に預けているため持っていないが、春蘭は腕力で泉と相対するつもりのようだ。
「主人への忠誠心が厚いのはいいことだけど。場所を弁えなさい。私は正宗様と自らの誇りを掛けて話をしている。正宗様が私を生意気と殺すならそれまでのこと。私の兵達は最後の一兵まで冀州軍に襲いかかるわ」
華琳は泉を一瞥し言い放った。華琳の啖呵に朱里達は絶句してしまった。彼女の言葉を額面通り受け取るなら、正宗と一緒に都に行けないなら全滅覚悟で正宗軍と戦うと言っているのだ。
「正宗様、返答をお聞かせください」
華琳は物怖じしない堂々した態度で言った。
「着いていたいなら着いてくればいい。今の洛陽は不穏な空気がある。もしもの時は君を見捨てることになるぞ」
正宗は厳しい顔で華琳を見た。
「望むところです。それで構いません。私は貴方様が思うよりしぶといです」
華琳は正宗のことを挑戦的な目つきで見た。この再会により、華琳と秋蘭は正宗に同行することになった。華琳は自分の留守の間は朱里達の指示に従うよう春蘭に命令した。
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