真・恋姫†無双 劉ヨウ伝
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第178話 徐元直 前編
前書き
少し分量が少ないです。
正宗は徐庶を襄陽城に召還した。これに際し鏡翠(司馬徽)が徐庶への仲立ちを買ってでた。数週間後、鏡翠から手紙が届いた。手紙には「数日以内には襄陽城に単福を連れ参上します」と書かれていた。正宗は手紙の内容を確認するなり、美羽に「会わせたい人物がいる」と襄陽城に呼び寄せた。
そして、数日が過ぎ徐庶が襄陽城を訪れる日が来た。
現在、正宗は自分の執務室で書類仕事をしていた。朱里と冥琳と桂花は新たに増えた二万の軍勢を荊州に駐留する正宗軍に加え、十万の軍勢を上洛のために再編成していた。
「正宗様、美羽様がお越しになりました」
泉が正宗の執務室に入室してくると頭を下げ拱手した姿勢で言った。正宗は顔を上げ泉の姿を捉えた。
「通してくれ」
泉は「畏まりました」と言うと立ち去っていった。しばらくすると流れるような美しい金髪の少女がゆっくりとした足取りで入ってきた。彼女は正宗の姿を捉えると満面の笑みを浮かべ急ぎ足で入ってきた。
「兄様! お久しぶりですのじゃ!」
美羽の元気一杯の姿を正宗は微笑ましそうに見ると席を立ち上がった。正宗は美羽に近づくと抱きしめ持ち上げた。
「美羽、大きくなったな」
「兄様、お止めくださいなのじゃ」
美羽は少し恥ずかしそうに正宗に言った。正宗は美羽の反応に少し残念そうな様子だった。
「兄様、別に嫌なのではないのですが」
美羽は頬を染めながら正宗のことを上目遣いで見ながら、胸元で人差し指通しをつんつんとしていた。正宗は何か気づいたような顔になった。
「美羽もお年頃ということか」
正宗は屈託無く笑った。
「兄様、子供扱いはお止めくださいなのですじゃ」
美羽は正宗に抗議をすると、正宗は美羽の頭を優しく撫でた。
「私は美羽を子供扱いはしていない。南陽郡を善く治めているしな。私にとって美羽は大切な宝物だ。目に入れても痛くないと思っている」
正宗は腰を低くし美羽の目線に合わせた。
「麗羽姉様よりですじゃ?」
美羽は従姉麗羽と自分を比較し聞いてきた。正宗は美羽の突然の言葉に返す言葉を失った。
「うむぅ」
正宗は困った顔で唸る。
「二人とも大切だ」
正宗は美羽に考えた末に言葉を紡いだ。彼の様子に美羽は嬉しそうだった。
「兄様、この辺で勘弁してあげますのじゃ」
美羽は小悪魔な笑みを浮かべ正宗に言った。
「ところで。兄様、妾に会わせたい人物がいると聞き参りました。その人物は誰でしょうか?」
美羽は姿勢を改めて正宗に聞いた。
「う。うむ。実は単福という人物に合わせたいと思ってな」
「単福? 誰にございますか?」
美羽は口元に人差し指を当て考える仕草をした。
「水鏡という人物を知っているか? その者の門下だ」
美羽は「水鏡」という単語に反応した。鏡翠こと司馬徽の通称を知らない荊州人士はいない。もし知らなければモグリだろう。
「単福なる者は水鏡殿の門下ですか!? ということは水鏡学院の出身ということですか?」
美羽は驚いた顔を浮かべ正宗に言った。
「単福は水鏡学院の出身で。水鏡学院の次期責任者になる予定だ」
「それは。それは。水鏡殿に指名されて責任者になる人物であれば余程の人物でしょう。水鏡殿は気難しい人物で私も会おうと色々と伝手を使ったのですが上手くいかなくて困っていましたのじゃ」
美羽は本当に困った表情で当時のことを語った。
「ただ、伝聞で耳にする水鏡殿の発言は理想主義というか現実を知らない書生ようで、声望との擦れに困惑することもありましたですじゃ」
鏡翠が美羽を避けた理由は劉表が荊州牧だったからだろう。劉表に仕官の話を持って来て欲しくなくて、劉表に自分が役に立たない人間と思わせたかったのかもしれない。
「美羽は水鏡を暗愚と思っているのか?」
「いいえ。劉景升殿は『所詮、学問しか能がないただの書生』と称していましたが、妾はそうは思いませんでした。水鏡学院の生徒は優秀な人物が多い。そこで教鞭を振るう水鏡殿が暗愚な訳があろうはずがありません。妾には水鏡殿がわざとそう振る舞う必要があったのではないかと思っていますのじゃ」
「その理由に心辺りはあるか?」
「多分ですが。劉景升殿なのかなと。慈黄(鳳徳公)は劉景升殿のことを見下していました。それ以前に関わり合いたくない様子でした。慈黄と義兄妹である水鏡殿も同じ感情を抱いていてもおかしくないですじゃ」
美羽は正宗に自分の考えを伝えた。
「水鏡殿は兄様に仕官したと聞きました。直接聞いてみればよろしいのではないでしょうか?」
「聞かずとも私と面会した時の雰囲気で何となく察することはできた」
正宗は当時のことを思い出すように喋った。鏡翠に面会した時、彼女は劉表の影響を早く排除したいように見えた。
「と言われると?」
「美羽の見立てと遠からずということだろう。機会があれば聞いてみるとしよう」
「その時は妾にも教えてくださいなのですじゃ」
正宗は美羽に頷いて返事をした。
「美羽、ここからが本題だ。今日、会わせる単福だが故あって偽名を使っている」
美羽は訝しんだ。「偽名を名乗るような人物を私に紹介するのですか?」と彼女の顔に書いていた。
「偽名を名乗っているのですか? 何故ですか?」
正宗は美羽に聞かれ、徐庶が偽名を使う経緯を全て説明した。彼も美羽に全てを知らせておく必要があると思っているだろう。正宗は自分が知る限りのことを美羽に話した。美羽は彼の話を聞く間、黙って何度か頷きながら聞いていた。
「兄様、役人殺害の理由は分かりました。単福なる者は友人の敵討ちをして日陰者になったのですね」
美羽はしみじみと感慨深げに言った。儒教社会と侠が色濃い時代において、徐庶の行いは賞賛されるべきことと言えた。
「単福の本当の名をお教えくださいますか?」
「徐元直という。豫州潁川郡の生まれだ」
「豫州。兄様、単福のことは妾に預からせいただけますか?」
美羽は神妙な表情で正宗に頼んだ。
「そのつもりだ」
「兄様、単福は情に厚い人物なのでしょうね。良い人物を紹介していただきありがとうございました」
美羽は優しい笑みを浮かべ正宗に微笑んだ。
「単福の意思は確認できていないのだがな」
正宗は嬉しそう答えた。彼は美羽が徐庶を受け入れてくれたことが嬉しいようだ。徐庶の行いは侠の感覚からすれば義挙と言える。だが、徐庶は罪人であることに変わりはなく、汝南袁氏の名門出身である美羽が徐庶を敬遠する可能性は少しはあった。しかし、美羽は正宗の懸念を余所に徐庶を気に入っているようだった。
「兄様、ご心配しなくても大丈夫ですじゃ。ここまでお膳立てしてくだされれば、後は単福を口説き落とします」
美羽は太陽のような笑顔で正宗に言った。
「美羽、単福のことをよろしく頼んだぞ」
「兄様、お任せください。単福の母御と一緒に住めるように取りはからいます」
「気が早いな」
「単福は私に仕官せずとも、兄様から話を聞かされては無視はできません。友人との友情のために罪人に身を落とせる者です。きっと、母御の身を案じていることでしょう」
美羽はまだ会ってもいない徐庶のことを気遣っていた。
正宗は美羽の優しさと決断力に触れ、美羽なら徐庶の心を解きほぐすことができ、荊州牧の重責を担うことができる確信した。
「美羽、もう一つ話しておきたいことがある」
正宗は神妙な表情で美羽に言った。美羽は彼の雰囲気の変化に重要な話と感じたのか先程までと違い神妙な表情で彼の顔を見た。
「美羽、私はお前を次期荊州牧に上奏するつもりだ」
美羽は両目を見開き驚いていた。彼女には予想外の告白だったのだろう。
「兄様、荊州牧には劉琦殿を押すのではなかったのですか?」
「そのつもりであったが考えを改めた。劉琦殿では荊州を守りきれん」
「私もできる限り劉琦殿を補佐いたします」
「それでは駄目なのだ」
正宗の言葉に美羽は沈黙して正宗のしゃべり出すのを待った。
「今回、私は大勢の荊州の民を殺した。その中には無辜の民も含まれていた。何故、私は殺したか分かるか? 将来の禍根を完全に断つためだ」
美羽は正宗の心中を察したのか哀しい表情で正宗を見つめた。
「私は誓ったのだ。荊州を二度と戦火に晒さないと。劉琦殿は人物としては優秀だ。だが、所詮は傀儡にしかなれん。荊州に災いがもたらされた時、彼女は災いに毅然と立ち向かいそれを打ち払う覚悟がない。美羽。その覚悟が劉琦殿に有るか? もし、あるならば私は彼女を見込んで精一杯の支援をしよう」
正宗は強い意志を感じさせる目で美羽を見た。自分に近しい美羽を据えたいことも彼の本心だろう。だが、同時に彼は、劉琦が劉表の干渉を払いのけ、正宗の目指す天下のため荊州牧の職務を全うする覚悟があるなら支援する用意があるのだろう。その証拠に正宗は真剣な表情で美羽の瞳を真っ直ぐに見ていた。
「兄様、言わずにおこうと思いました。でも、兄様の存念を聞いたからこそ、打ち明けられます」
美羽は言葉を切った。
「劉琦殿は荊州牧の地位など望んでいません」
美羽ははっきりと言った。
「どういうことだ?」
正宗は劉琦が劉表の後を継ぎ荊州牧の地位に就きたいと考えていると思っていた。劉琦は聡明だが自主性に欠けていた。母親想いの彼女は良くも悪くも母親の期待に応えようとする性格だ。正宗の見立ては間違ってはいなかった。だが、正宗は劉琦の本心までは見抜いていなかった。美羽は劉琦を預かり日々の生活で気にかけていたのだろう。だから劉琦の気持ちを理解できたのかもしれない。
「劉琦殿は継母と妹に殺されかけ、彼女の母は謀反の嫌疑をかけられ朝廷に召還されました。彼女は言っておりました。もう疲れたと。私はただ静かに暮らしたい。でも、私の生まれが、それを許さないだろうと」
劉琦の気持ちを代弁する美羽は心痛な様子だった。正宗は美羽の告白を聞き口を噤んだ。劉琦は苦悩していたようだ。そのことを知り正宗も自省していた。
「劉琦殿は見立て通り聡明のようだな」
正宗は小さな声で呟いた。劉琦は聡明である。惜しむらくは為政者としての心の強さだろう。正宗は劉琦の本心を知り、次期荊州牧は美羽以外にいないと理解した。
「美羽」
「はい」
正宗は美羽をしばし凝視した。
「荊州牧として荊州を守る覚悟はあるか?」
「選択肢はないのでしょう」
美羽は笑みを浮かべた。
「兄様、妾にとって荊州は第二の故郷と思っているのですじゃ。荊州の民のためなら、この手を血に染め抜く覚悟などとうにできていますのじゃ。兄様が私を気遣い蔡徳珪攻めに参加させなかったこと残念に想っていました。妾はとうに覚悟はできておりました。平和とは何かを犠牲にするものだと理解しております。人は神ではありませんのですじゃ。救える命を救うことしかできません」
美羽は神妙な表情で正宗に答えると微笑んだ。正宗は美羽の気持ちに気づき正宗は自省した。
「正宗様、水鏡様と単福殿が参られました。お取り込み中であれば二人にはお待ちいただきます」
二人だけの空間を割るように泉の声が聞こえた。彼女は正宗と美羽が深刻な会話をしていることを立ち聞きしたのか遠慮した口振りだった。
美羽は頭を下げ片膝を着いた泉を見て素の顔に戻った。正宗も平静を装い佇まいを正した。
「泉、無用な気遣いじゃ。兄様、荊州牧の話はしかと承りました。水鏡殿と単福を待たせては悪いですのじゃ。ささ、急ぎましょ」
美羽はあっけらかんとしたと快活な笑みを浮かべ、正宗と泉を順に見た。そう言うと美羽は正宗の手を取り、正宗を急かした。泉も美羽のペースの飲まれ、先を進む美羽と正宗の後を追った。
正宗と美羽、それに泉が謁見の間に入ると既に鏡翠と見知らぬ女がいた。その女はショートボブで濃紺色の髪だった。顔は平伏していて正宗にも見えなかった。だが、衣服から除く腕にある遠眼でも目立つ傷跡からして、かなりの実戦を経験しているように見えた。
「鏡翠、わざわざ済まなかったな。後ろにいるのが単福か?」
正宗は椅子に腰掛け、鏡翠に声をかけると単福らしき人物に視線を移した。美羽は正宗の左側に立ち、正宗の右側には泉が一歩前に出て立った。
「後ろに控える者は単福にございます。単福、挨拶をしなさい」
鏡翠は顔を上げると正宗に説明し単福に声をかけた。
「単福にございます。車騎将軍の召還の思し召しに従い罷り越しました」
徐庶は朝廷の重臣である正宗を前にしても緊張している様子は全くなく堂々と自己紹介をした。その様子に美羽は感心した様子だった。それは泉も同様だった。
「直答を許す。面を上げよ」
正宗に声をかけられた徐庶は顔を上げた。
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