木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第三章 パステルカラーの風車が回る。
我愛羅
「一尾は尾獣の中でも群を抜いて凶暴と聞きましたが――やはり本当ですね。どうします? いっそ今のうちに狩っておきますか?」
鬼鮫とイタチは、木ノ葉の森の中を駆けていた。
我愛羅がサスケと戦うことを捨ててでも迷わず選んだ二つの強大なチャクラの持ち主――それがイタチと鬼鮫だったのだ。
「いいや……外道魔像の用意はまだ整っていないし、一尾は芸術コンビの担当だ」
芸術コンビ、と暁で呼ばれる二人を思い出し、くすりと鬼鮫は笑みを浮かべた。芸術コンビという呼び名も元は彼の発想である――それは彼らが常に芸術を口元に引っ掛けているからに相違ない。
そんな鬼鮫をよそに、イタチは顔を顰めた。一尾をサスケから引き離すのは酷く簡単だった。サスケを遥かに上回るチャクラに彼はあっさりと吸い寄せられてついてきたのである。このまま引き離し続けることだって出来ないわけじゃないが――だが鬼鮫だってそろそろ疑いはじめているであろうということは感じられた。
「そう言えばイタチさん――先ほどの彼、貴方の弟君ではありませんでしたか?」
不意に鬼鮫が口を開いた。
「ああ」
「――もしかしてイタチさん、彼のこと――」
短く答えれば、鬼鮫が訝しげに目を細めた。一瞬焦ったが、長年続けてきた演技は難なくそれを覆い隠す。
「手助けをしようとしている、とでも? まさか。だが――あいつがどのくらい強くなったのか見てみたいのは確かだ。俺が里を抜けた時には、俺の器を測ることすら値しない、泣いて叫んで這い蹲って許しを乞う愚かな小僧だったからな」
大丈夫だ、とイタチは自分に言い聞かせた。サスケになら出来る。いざとなったらまたさり気なく手助けすることくらい出来ると自分に言い聞かせて、イタチは指示を出した。
「気配を消すぞ。一尾の注意を木ノ葉に向ける」
「――わかりました。ああそうだ、少し喉が渇いたので、後でお茶を飲みによってもいいですか?」
「……暢気だな、お前」
「いいじゃないですか。ちょっとくらい休んだって」
笑う鬼鮫にイタチもす、と目を細めた。これはいいチャンスだ、と暗に思う。例えば九尾の人柱力の担当上忍であり、自分の弟の担当上忍でもあるはたけカカシ――彼に木ノ葉を狙う「暁」の存在を警告することも出来るはず。自来也と綱手の前にはもう姿を見せたからイタチがわざわざ警告せずとも彼らが伝えてくれるだろうが、念には念を重ねた方がいい。
それに久々に木ノ葉の甘味処を巡りたいと思ったのは、鬼鮫には秘密だ。
+
「……!?」
追いかけていたチャクラは、現れた時と同じように忽然と消えた。強いチャクラだったのに残念だが、でもいい。こっちにはまだサスケがいる。今は血が欲しい。消えた強いチャクラではなくて、今近くにいるサスケを殺して血を見たい。自分の存在を確かめたい。
だってそう、人を殺すのが自分の存在を一番確かめられる時なんだから。
「さあ――ここまでだ」
すとり、と降り立ったサスケの姿。一瞬、我愛羅の中を正気と狂気が駆け巡った。唇から漏れ出ている声が自分の物なのか他者の物なのかわからないくらいに。ただ、声が呪いのようにこぼれ続けた。
「強いお前。うちはと呼ばれるお前。仲間のいるお前。目的のあるお前。俺に似ている――」
孤独の臭いのする少年。
「――お前!」
それがうちはサスケ。
そして同時に、我愛羅。
「お前を殺すことで、その全てを消し去ることで俺はこの世に存在する……!」
強いうちはサスケも。うちはと呼ばれるサスケも。ナルトやサクラやカカシとの繋がりを持つサスケも、兄のイタチを憎み、復讐を願うサスケも。我愛羅に似て酷く孤独な臭いのするうちはの少年も。
全部全部全部。我愛羅に殺されることによってこの世に存在しなくなる。
そして。
「――俺は生を実感できる……!」
ピリリと砂の鎧に亀裂が走った。
何のために生きているのだろう? 自分が消えて悲しむ人はいるだろうか? 自分が居て嬉しく思う人はいるだろうか? 何のために人を殺すのだろう? 何のために生きているのだろう? 何のために生きているのだろう? 何のために生きているのだろう? 何のために存在しているのだろう? 何のために生きているのだろう? いやそもそも自分は生きているのか?
自分に向かって問いかけた無数の問いかけを、無数の疑問符を、片付ける簡潔な答えが必要だった。結果的に我愛羅は別段何かを沢山考える必要はなかったのだろう。酷く簡潔な答えが転がり落ちた。
誰かが死ぬのは自分のためだ。誰かを殺すのは自分のためだ。誰かが死ぬのは自分が生きていることを実感させてくれるためだ。誰かを殺すのは自分が生きていることを実感するためだ。誰かの死は全て自分の生のためにある!
そう思えたのなら。そんな一つの感嘆符で無数の疑問符を打ち消すことが出来るのなら。
それほど心地よいこともないだろう。
「……っ!」
ヒルゼンが大蛇丸という形持つ狂気と対面している一方で。
サスケもまた、我愛羅という形持つ狂気と対面していた。
己の器を測るために人を殺すといった兄イタチのあの狂気は酷く静かな一方で、それでいて我愛羅のものとそっくり似ていたように、真実を知らないサスケは一人思う。器を測るために一族を殺すイタチと生を実感するために人を殺す我愛羅。一人の狂気はひどく静かで、もう一方の狂気はひどく激しかったけれども、それはある意味で似通っていた。
ふと脳裏に何かが思い浮かぶ。なんだろう。泣いている。泣いているダレカ? 月? 死体? 血? 虐殺の夜? あれ、ダレが泣いてるんだ? あれ? あれ? アレ? 俺? 違う、俺じゃない。俺じゃない、ダレカ……?
「ふぅうううわぁあああああああああ!!」
ふと聞こえてきた我愛羅の苦悶の絶叫に、サスケは疑問を打ち払った。そうだ、確かスリーマンセル結成当日、サクラと話していた時も頭を過ぎった、ダレカの泣いている回想だ。ダレカかは結局思い出せなかったから、サクラが怪訝そうな顔をしたのを覚えている。
だがそんなことと我愛羅とは何の関連性もないのだし、今ここで考えても無用だ。そう考えてサスケは意識を我愛羅に戻した。頭を抑え、樹上に蹲って呻く我愛羅。本来ならばこの隙をつくべきなのだろうが、おかしい。いけない、と本能に近いそれが告げる。
「お前はぁああああッ、」
ぱき、と音を立てて瓢箪が割れた。
「俺のぉおおおおおッ、」
出てきたのは青い紋様を持った砂色の腕だ。あのときと同じだ、と先ほど森で交戦した時のことを思い出しながらサスケは息を呑んだ。
「えぇえええもぉおおおのぉおおだぁああああああああああああああッッッッッ――――!!」
森の中で響くその雄叫びが、サスケの鼓膜を大きく揺らした。
+
襲い掛かってきた砂色の腕を、サスケは後ろに飛んでかわした。
「化け物か、アイツ……!」
我愛羅の右半身は既に人のそれではなくなっていた。青い紋様の走る砂色の体をした彼の瞳の色もまた大きく変化しており、青くあるべきところは緑に、白目であるべきところは黒に変色してしまっている。頭頂部には耳らしきものも形成されており、血走った瞳と残虐な笑顔は正に化け物そのものだ。
「この俺が怖いか、うちはサスケッッ!」
木の陰に潜めたうちはサスケは、冷や汗を流しながら我愛羅の声に耳を傾けていた。
「この俺の存在がッ! 出てこい、うちはサスケェエ!」
チッ、と舌打ちを零す。中忍試験開始前、道端でカンクロウとテマリにあったことがあった。カンクロウは苛々していたのか、ぶつかってきた木ノ葉丸にでさえキレて〈烏〉を使おうとするような大人気ない一面を見せたのだが、我愛羅が出てきたのを見るなりカンクロウもテマリも途端に畏れをなしたように静まったのである。後で二人が我愛羅の姉と兄であると知っても俄かには信じられないくらい、二人は我愛羅のことを畏れているようだった。
その理由はその圧倒的な実力であるものとばかり思い込んでいたが――どうやらあの二人が恐れていたのは化け物と化したこの我愛羅のことだったようだ。
我愛羅の狂気に満ちた声はまだ響いている。
「お前はぁああ――、俺のぉお――、獲物だぁああああ――――ッッ!!」
不似合いなくらいに明るい空の下。
大蛇丸が初代の作り上げた樹海で狂気に満ちた哄笑をあげるのとほぼ同じ頃に。
我愛羅は木ノ葉周辺の森にて、狂気に満ちた叫び声をあげていた。
後書き
我愛羅って何度も自分は何のために生きているのかってことを自分に問いかけていたと思うんですよね。っていうかあんまり進展無いなあ。
次くらいでナルトサクラ合流、の、はず。
時間軸的には大蛇丸がキチガイ染みた笑い声たててる頃と同じくらい、と捏造しております。
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