木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第三章 パステルカラーの風車が回る。
シカマル
どっしゃああ。
テマリの風攻撃を受けたシカマルが空を舞い、そして地面に激突した。いってえ、と呟きながら、巨大な扇子を抱えたテマリが突進してくるのを尻目にクナイを二本手に取る。
ばしーんと、音を立ててテマリの巨大扇子が棍棒さながらに地面と激突した。もくもくとあがる土埃の中、明らかに手応えの感じられなかったテマリがシカマルを探す。そして彼女は一本の大樹の上につきたてた二本のクナイを足場に立つ、予選で見たあのやる気なさそうな顔とは裏腹に引き締まった顔つきの少年を見つけた。
「はぁああああッ!!」
テマリが扇子を振るう。紫の星がついた扇子が起こした突風が周囲の木々をざわざわと揺らした。しかし気づけば大樹の幹には二本のクナイが残っているのみ。自らが生み出した空き地を振り返ってもその体はみつからない。
「逃げ足の速いやつだ」
言いつつにやりと笑みを浮かべるテマリの視線が明確に、シカマルの隠れる大樹に向いた。
――木ノ葉を守るためつっても、男が女を殴るわけにはいかないよなぁ
んなこと言ってないでかかってきなさいよぉおおお! といのに怒鳴られたのはいつのことだっただろうか。女と戦うのがいやなくせに予選でのキンと言い本戦でのテマリといいよくくノ一とぶつかってしまうこの体質は一体なんなんだろう。
す、とテマリは扇子を構えた。この奈良シカマルという男の予選での戦いを思い起こす。
――こいつは確か、影を使う忍びだったはず
そしてその影に捕らえられたら同じ動きしか出来なくなるのだ。同じ動きでも相手を倒すことが出来るというのはキンとシカマルの対戦で立証済みである。恐らく影の多い森の中に誘い込むつもりだろうが、そうはいかせない。テマリは再度扇子を振るって木々をなぎ倒し、空き地を広げた。先ほどよりも更に多くの日光が降り注ぐ。
先ほどよりもよく見えるようになった青空にはやたらのんきそうな白い雲が流れている。緊張に強張る指を解し、すう、と息を吸ってシカマルは構えた。それを見てテマリは目を細め、そしてずっと溜めていたチャクラを空気中に流出させた。
「忍法・カマイタチ!」
「――ぐあっ!」
大樹を刻んでいく鎌のような風にシカマルは身を竦めた。もうもうと起こる砂埃の中を黙って見つめていたテマリの視界に、素早く地を這う黒い影が見えた。
「っ!」
後ろに跳んで回避するが、影の動きは早い。もうこれまでかと一瞬絶望しかけたテマリの一歩手前で、ピタリと影が動きを止めた。すすっ、と影が見る見る縮んで戻っていく。テマリは扇子を使って素早く一本の線を地面に描いた。
「成る程……影真似の術の正体見たり」
笑うテマリは魅力的だったが、今のシカマルにとってそれから感じられるのは「やべえな」ということのみだった。気づかれてしまったのである――この術はシカマルの影が元となっているために、伸ばしても広めても縮めても、結局は自分の影と同面積分にしか伸ばせないのだ。そして彼女はその限度の場所に線を引いてしまった。遠距離攻撃を得意とする彼女がその線を越えて出てくるのはほぼ不可能だ。
シカマルはふと青空を見上げた。やたら暢気そうな雲は変わらない。
唐突に、彼は目を閉じ印を組んだ。十二支の印でもない、ましてや食遁のそれでもない印にテマリは眉根に皺を寄せる。ただその印は、いのの心転身の印を逆さにしたような形だった。
シカマルの目が開く、その一瞬に。
彼の中で数多もの作戦が形を成し始めていた。
「どうした? 何か考えつけたか?」
小ばかにしたような笑顔を見せて挑発して見るも、シカマルは動じなかった。ただテマリの巻き起こした暴風の中で、風に押し飛ばされそうになりながらもクナイを持ち、そして木々の中を移動しはじめた。
「隠れたって無駄だ!」
木々に切り傷をいれていく風の中で空気がかき乱され、木の葉や砂が舞っている。テマリの視界もさほどよいとは思えぬその場所で、シカマルは上着を脱いだ。
「いつまで逃げ回っている……いい加減にしろッ!!」
何回も暴風を起こしたためにテマリのチャクラもかなり消耗してしまっていた。苛々しつつ再び風を起こす。その風が止んだその一瞬に、クナイが跳んできた。右に跳んでかわすのと同時に、上から降ってきたクナイを扇子を広げて弾く。影が再びこちらへ向かって飛んできた。
――無駄だ、この線の外にいる限り……
しかし影は、線を越した。
――いや待てッ!
後ろに跳び退る。影はまたもやテマリの一歩手前で止まったが、しかし前よりもずっと伸びているのは事実だった。荒い息をつきながらテマリはシカマルを睨みつける。
「よく見抜いたなあ?」
「時間稼ぎは太陽が低くなるのを待っていたのか……」
影の範囲を伸ばし、自分の影の表面積を更に大きくするために。
ただしまた日が落ちるのには更に時間がかかるはずだし、先ほど計算した距離などから見てもこの影の位置に誤魔化しは無い――つまり現時点でのシカマルの限界はここまでだ。彼がなぜか上着を脱いでいるのが気になったが――それはどうでもいいだろう。日が落ちる前にさっさと倒しておかねば。
その瞬間、空が曇ったような気がした。
「なんだ……?」
ふと上を見上げて、気づく。
「――しまったッ!」
自分の影とシカマルの影の間に生まれつつあるもう一つの円形の影を目にしたテマリの瞳が大きく見開かれる。慌てて後ろに向かって跳び退り、距離を取る。
空に浮かんでいたのはシカマルの服をクナイに結びつけ、さらに額宛てを引っ掛けた代物だ。もともと風の吹くさわやかな天気であったし、テマリの風の余波もあってそれはゆらゆらと空中に浮かんでいる。
「逃がすかよッ」
空中に浮かぶ己の衣服で影の表面積を更に増やすことに成功したシカマルはするすると影を伸ばしてテマリを追っていく。それを避けながら跳んでいくテマリが、最初にシカマルの投擲した起爆札つきクナイの跡地と跡地の間に着地した時点で、衣服でつくったパラシュートは地面に落ち、影が戻っていった。
ただし自分の衣服を使ってしまったシカマルにはもう代替品がない。これまでだ。思いながらテマリは巨大な扇子を振って立ち上がった。
これ以上長引かせると森は影で覆われてしまい、こちらには不利になるばかりだ。ここは分身の術で陽動作戦を行った方がいいだろう。
――いま、奴の影は……よし
シカマルの影が縮んでいくのを確認しながら印を結ぶ。
――分身の……ッ
術は、発動できなかった。
――ばかな……!?
体が動かなかった。どんなに力を込めてもびくとも動かないこの体は傍から見れば予選のキンそっくりなのではないのかと、どこか冷静な部分がそう考えた。
「ようやく、影真似の術成功」
――なにッ!?
影真似の術? だってシカマルはパラシュートの影をつかってでもここには届かなかったじゃないか、なのにどうして。しかも自分の前方にさえ影は見えないのに。
にや、と笑ったシカマルが頭を捻った。
「後ろ、みしてやるよ」
振り返ったその先にあったのは、最初にシカマルが起爆札つきのクナイであけた穴の一つと、そしてその中から伸びる影だった。
「――!!」
そしてその影は、テマリの前方に空けられたもう一つの穴と繋がり、テマリを確実に地面に縫いとめているのだった。
「お前も見てただろ。最初に俺の逃げた起爆札つきのクナイのうち二本が穴を開け、そして次に投げたクナイはお前の風で外れて穴の中に転がり落ちた……つまりパラシュートを利用したあれは、お前を捕まえるって以外に、そこに追い込むって理由もあったわけだ。万が一それが避けられた場合用にな」
「まさか……穴の中の影を」
「ご名答」
穴の中と来たら、その中にはほぼ影しかない。よって彼の術の範囲も更に拡大できるのだ。
シカマルの動作に合わせて、テマリが扇子を掴み、そして前に放る。それを確かに受け止めたシカマルがニヤリと笑ってみせた。けれどそれは虚勢でしかない。テマリの暴風を何度も受けて体は擦り傷だらけだし、影真似に使用したチャクラももうそろそろ消える頃だ。二百くらいの戦略が浮かんで、消えたが、それを達成できる条件は「チャクラがもっとあった場合」に限った。
――残った方法といえば、扇子を投げつけるとか……
「シカマル、影真似といて!」
不意に聞こえた声に、シカマルはほぼ反射動作で術を解除していた。自由になったテマリが一瞬ふらついたその時に、ぐるぐると回転する物体が飛んできた。
「肉弾戦車ぁあああ! ごろごろごろごろごろ!」
自分で効果音を出しつつ跳んできたチョウジの突進を受けたテマリが大樹に叩きつけられ、気を失って地面に倒れた。金色とオレンジの何かと、桜色と赤の何かが頭上を飛んでいく。
「チョウジ!? サクラ……それに、ナルト!?」
状況の飲み込めないでいるシカマルに、僅かに泣き腫らした目のチョウジが振り返って、笑った。
「僕、割り切ることにしたよ。僕たち忍びはもともと国の戦力――里や国を守るために戦うのは当たり前だってね。……そう思えたのも、ナルトのおかげだ」
チョウジが何故泣いていたのか、ナルトが何を言ったのか、ナルトがいつのまに合流したのか。聞きたいことは沢山あったが、それよりも先にシカマルは足から力が抜けるのを感じた。どさり、と地面に両足をつきながらぽかんとチョウジを見つめる。
「……ありがとう、チョウジ」
「どういたしまして、シカマル」
幼馴染がそっと微笑んでみせるその姿が妙に懐かしくて。
シカマルもちょっとだけ、笑った。
見上げた空の雲は、やっぱりやたら暢気そうだった。
後書き
次回はやっと我愛羅vsサスケです。そしてナルトとサクラももうそろそろ合流しそう。
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