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若き禿の悩み

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3部分:第三章


第三章

「御前は髪の毛以外は問題ないしな」
「ああ、それ以外はな」
「何も悪いところはないからな」
「それでも髪の毛はなのかよ」
 またむっとした顔になった彼だった。
「駄目だっていうのかよ」
「駄目っていうか御臨終だよな」
「ああ、冥福を祈るっていうかな」
「そうした状況だよ」
「またそれかよ」
 彼のむっとした言葉は続く。終わることはなかった。
「禿は避けられないっていうかよ」
「だから諦めろ」
「いいな」
「くそっ、何てこった」
 クラスでもこんな話をするのだった。とにかく幸三の髪の毛のことは皆が言っていた。そして本人が一番気にしていた。そうして毎日鏡の前で。
 必死に髪の毛を垂らしていた。妹はそれを見て言うのであった。
「必死ね」
「何だよ」
 後ろから言ってきた妹に対して返した。鏡に映る彼女を見ながらだ。
「何か文句あるのかよ」
「そうやって毎日努力してるのね」
「悪いかよ」
 すぐに言い返す彼だった。
「それがよ」
「無駄な努力ね」 
 実に残酷な言葉であった。
「本当にね」
「おい、何だよその言葉はよ」
「このままだと二十歳前にはどうしようもなくなるから」
「だからだっていうのかよ」
「それよりもよ」
 鏡に映る妹は壁によりかかっていた。そのうえで歯を磨きながら言うのである。彼女もまた鏡に映る兄を見ながらだ。その姿を見ながら話している。
「アルバイトしてね」
「ああ」
「それで育毛したら?」
 こう言うのだった。
「髪の毛をね。それでどうかしら」
「育毛か」
「そう、育毛」
 それであるというのだ。
「そんな努力するよりね。あとは鬘ね」
「禿ることは前提なんだな」
 鏡の向こうの妹に対して憮然として返す。
「それはな」
「そうよ、もう逃げられないから」
「そこまで言うのかよ」
「そうよ。それでも悪い話じゃないでしょ」
「それもそうかって納得できると思うか?」
「別に納得しなくてもいいから」
 妹の言葉はさばさばしている。素っ気無さもここまでくると見事であった。
「現実だし私のことじゃないし」
「そういう御前だってな」
「私だってかなり気にしてるけれどね」
 歯を磨いている妹の顔が少しむっとなっていた。
「だって。額が」
「女も禿るのかよ」
「額が広いと言われるわよ。それに薄毛だってあるし」
「そうなのか」
「そうよ。だからお兄ちゃんは覚悟を決めなさい」
「だからどうしてその理屈になるんだ?」
 幸三には訳のわからない理屈だった。髪を垂らし続けながら無愛想に返す。
「御前の髪と俺の髪は関係ないだろ」
「血筋よ。お父さんのね」
「代々若禿のか」
「そうよ、同じだからね」
 また言うのであった。
「私だって。実際に」
「禿は辛いな」
「まあ明るくはなるけれどね」
「こんな明るさはいるかよ」
 むっとした言葉をまた出したのだった。
 
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