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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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41.魔導を極めし者

 
 それを戦いと呼ぶのは相応しくなかったろう。
 圧倒的な力による蹂躙――ベルが目にしたのは、そう呼ぶに相応しい一方的な魔法の嵐だった。
 凄まじい熱波の壁が鎧を壁に叩きつけ、壁諸共凄まじい熱量を押し付けたかと思えば、鎧の真上に氷の矢を大量に出現させて攻撃する。魔法に必要なはずの詠唱を一切せずに行われる光景は、最早神の奇跡をその目で見ているように凄まじい。

 男性がすっと手を上げた瞬間、虚空に鋼鉄の突撃槍が出現して鎧のどてっぱらに飛来する。鎧は為す術もなく吹き飛ばされた。体そのものは全くダメージを受けていない鎧だが、そもそも攻撃をしている当人は倒すために魔法を放っている訳ではない。

「ほーう、炎熱魔法からの氷結魔法でも強度に一切の変化無しか。なるほどぉ?『不壊属性』の定着は完璧という訳だ!!アストラル体のエネルギーはじわじわ減少しているが、なるほど人間の魂を動力源にする……か。思ったより燃費は良さそうじゃないか?素晴らしいなぁ……!!」

 恍惚とした表情で鎧のデータを収拾する危険な男は、身体を丸めてくつくつと嗤う。
 その姿が、ベルには蜷局(とぐろ)を巻いた蛇のように映った。
 愉快そうな男が、なおも動こうとする鎧たちの方へと顔をあげる。

「愉快、愉快……しかぁぁぁし………今、飽きた」

 突如、その表情が真顔になり、先ほどまで一歩も動かそうとしなかった足をつかつかと前へ進める。

「もう組成も原理も能力値も全部測ってしまった。つまり、貴様らには最早俺様の脳細胞を刺激するだけの魅力が皆無だ。端的に言うと――」

 男が指をくいっと挙げた瞬間、石畳がまるでスライムのように波打ち、石の強度を保ったま隆起して三体の鎧を強制的に立ち上がらせる。鎧は抵抗するが、「粘性を持った石畳」は押しのけても押しのけてもずぶずぶと体を拘束していく。恐らく生身の人間があれを受ければ――『石の中に入れられる』だろう。

『執行猶予無し死刑。死刑。おまえは死ぬべ――』
「うん、お前が死ねや」

 僅かに露出していた鎧の頭部に手を当てた男は、驚くほど無感動な声と共に指で鎧をタップした。

 瞬間、鎧が凄まじい閃光に包み込まれる。ベルは咄嗟に屋根の上から覗き込むのを中断して顔を庇った。

 ズドォォォォォォォォンッ!!!という大地を揺るがす爆発音が路地から壁を伝って真上に突き抜ける。遅れて木材やガラス、石材の破片が周辺にぶちまけられる。何が起こったのか確認するために覗きこんだベルの眼に映ったのは――完全に停止して地面に転がる、ぼろぼろの鎧。既に半壊している鎧は、まるで内側から凄まじい力が弾けたように歪にひん曲がっていた。

「ふぅぅぅぅ~~~……予想通り過ぎてつまらん結果だ。アストラル体で動いているというのは常に魔法を発動させた状態と同意義。つまり対魔法術式である『ウィル・オ・ウィプス』を初めとした魔力暴走干渉に極端に弱い。いくらアストラル体に人の意志が宿ろうが、そのアストラル体そのものを暴走させられては唯の爆弾だ………いや、それを利用して自爆戦法ってのもイカしてるな?帰って一度考え直しておくか!」

 爆発のすぐ近くにいた筈の黒いエルフには傷一つなく、埃ひとつローブに付着していない。最初に見た様な壁の魔法で全てを防ぎ切ったのだろう。男は鎧の方には見向きもせずに懐から取り出した使い古しのメモ帳に何かをペンで書きこんでいく。

 冒険者とも、魔法使いとも、これまで見聞きしてきたありとあらゆる人間に感じられなかった異常性。戦いという行為を実験としか捉えておらず、一切の攻撃が通る気配のない超越的な力。アズライールのそれとは全く違う、背筋をなぞる『気味の悪さ』に、ベルは震えた。

(……あの人の事は気になるけど、今は神様だ)

 改めて巨大鎧を確認すると、段々と最初の道を逸れてベルの側に接近しつつあるのが見えた。方角だけを見れば未だにヘスティアのバイト先に近い方向へ向かっている。さっきまで見ていた光景や疑問を一度頭から追い出したベルは、愛すべき主神のいる方角へ飛び出した。

 と同時に、屋根の上を移動する集団が次々に集まってきてベルの進路を塞いだ。

「何やってんだお前!ターゲットはあっちだろうが!一緒に行くぞ!!」
「あら、可愛い子!ねえねえ名前何って言うの?」
「後にしろ馬鹿!!それにしても一人で偵察に向かうとは『移動遊戯者(パルクーラー)』の鏡のような少年よ!さあ、俺達が来たからには恐れる物はない!共にこの街の屋根を護るぞ!!」

 断っておくが、ベルからしたら全然知らない人達である。しかし彼らは『移動遊戯』に魅入られし者たち。彼らの不文律の中には、『屋根の上で会った者は顔を知らずとも兄弟(パルクーラー)!!』としっかり刻まれている。

 つまり、端的に言うと――彼等はベルの事を広義での仲間だと勝手に勘違いしてる。

「へ?え?いや、僕は今急いでまして……」
「レッツゴー!!」
「な、何でぇぇぇーーーーーッ!?」

 『移動遊戯者』はノリが大切。ノリが良ければ全て良し。故にノリで盛大に勘違いされたベルは半ば強制的に鎧討伐部隊に連行されることとなってしまったのであった。




「ファック………誰だか知らんが上手く逃げやがったなぁ。声からしてガキかぁ?」

 鎧の処分が終わった男は、ローブのフードをかぶり直しながら悪態をつく。
 男は、途中から誰かが自分の事を観察しているのには気付いていた。ただ、鎧の方に興味が向いていたので後回しにしていただけだ。終われば適当に始末して死体を跡形も残らぬよう燃やして灰にするつもりだった。
 ところが、当の観察者は『移動遊戯』というふざけた遊びをしている連中と合流して行方をくらませた。もし相手に魔術の素養があればもっと早く手を打っていたのだが、相手からはそのような気配やマナを全く感じられなかった。要するに、ただのデバガメしていた凡人だ。

「まァいい。出来れば存在を悟られねぇように動けってオーダーだったが、『あれ』はそこまで狭量でもねぇし、『出来れば』の話だかんな。大体『あれ』の計画が成功しようが失敗しようが俺様は俺様の魔導を探求するだけよ」

 唯の冒険者一人、放置して致命的な穴になる訳でもなし。今から追いかけてもどれがデバガメの犯人か特定するのが骨だし、目撃者を出さないように殺すとなれば皆殺しにしなければならない。不可能ではないが、やらないデメリットをやるデメリットが上回るような真似をするほど男は暇ではなかった。

「あ~~~あ。どっかに俺様の興味を引くほど奥深くて素晴らしい魔法がないもんかね?今回のも応用としては悪くなかったが、根本的な部分で人間業を越えられねぇ。人類の生み出す魔法はもう飽き飽きだ……」

 心底つまらなそうに、男は足をぶらぶらさせながら路地裏の影に移動し――音もなく『影』の中に沈んで消えた。彼が消えた後の影が、まるで水面のように一瞬ゆらぎ、元に戻った。



 = =



『反応が急速に遠ざかっていく………逃げる気なのか……逃げる、なよ……僕から逃げるなァァァァァァァーーーーッ!!』

 巨大な鎧が甲高い咆哮をあげる中、『移動遊戯者』の集団はベルから情報を得ていた。

「何だとぉ!?全部不壊属性ぇッ!?」
「は、はい!よく分からないんですけど、凄い威力の魔法をぶつけられてもビクともしてなくて……なんか最後の方は魔力の暴走に弱いとかいう話をしてました……たぶん」
魔力暴発(イグニスファトゥス)の事か……?理屈は分かるが随分と飛躍した話だぞ?」
「だが少年は『移動遊戯者』。つまり俺達の仲間だ!仲間の言う事を信じない奴は終わってるゼェ!!」
「いやだから僕はそのパルクーラーじゃな……」
「「「「屋根に足をかけたその瞬間!君は俺らの仲間入り!!」」」」
「どうしよう!僕、このノリに着いていける自信がないッ!!」

 都会の人はみんなこうなのだろうか、とベルは頭を抱える。もしそうだとしたらこれから都会で友達を作っていく自信がない。しかし、それはさて置いて鎧だ。この調子ではあの鎧たちを追い払わなければヘスティアどころかパルクール集団から解放される事も出来ない。こうなれば騒ぎの原因である鎧を片づけるしかない。
 と、覚悟を決めたはいいものの……現実は厳しいものだ。

『ウィリスゥゥゥ!!そうか君は追いかけっこがしたいんだねぇ!?昔はいつも僕がびりっけつだったもの!!でも駄目だよぉ……今の僕から逃げ切るのは不可能不可能不可能ぉぉぉぉぉぉッ!!!』

 親玉らしき巨大な鎧が再び咆哮を上げ、猿のように四つん這いになって建物の上を移動し始めた。パルクーラーは眼中にないのか建物を抉りながら進路を変えていく。時折間接を360度回転させたり不気味に痙攣しながらも異様な俊敏性で進む様は、鎧に悪魔に糸で操られているかのようだ。

 が。

「待ちんしゃいなこのウドの大木がぁッ!!」
「ハッ倒してブッ殺して輪切りにしてやるから逃げんなぁぁぁーーーーッ!!」

 ゴシャンッ!!と、巨大な鎧が屋根の上に這いつくばる。
 猛スピードで迫った二人の冒険者が、巨大鎧を蹴り潰さん勢いで着地した反動で叩きつけられたのだ。その二人の周囲に他の鎧たちが群がり様に跳躍して近付くが、二人は全く引く気配がない。

『ボクヨリチイサイクセニ!ボクヨリチイサイクセニィィィィアアアアーーーーーッ!』
「誰の胸が小さいと言ったかオラァァァーーーーッ!?」
『人間には生まれながらに天井より選ばれた品格というものがあるのだつまり貴様らのような下劣な女どもには寵愛を受ける権利など無く人生の負け犬として惨めに過ごすことが運命宿命さだめめめめめめめbgレmppj・@5y寤ュゴ」聾ァイゴご臨終ぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!』
「じゃかあしいわこの唐変木ガキがぁッ!!」

 バリンッ!!ベキャンッ!!ギャリギャリギャリッ!!と凄まじい音を立てて鎧が跳ね飛ばされていく。遠すぎて顔は見えないが、その気迫たるや近付いただけで自分たちも弾かれそうな勢いだ。控えめに見ても、苦戦しているようには見えなかった。

「………帰って寝ようかな」
「いやいやいや!確かにあの二人は凄いけど、肝心の鎧が全然止まってねぇから!!」
「本当だ……あれだけ巨大な剣をぶつけられても立ち上がってる。不壊属性の話もあながちウソじゃなさそう」
(疑ったり信じたり忙しい人たちだな……)

 微妙に一貫していない見解にゲンナリするベルだったが、ここでいつまでも呑気に見物していてはいつまで拘束されるか分かったものではない。非常に気は進まないが、控えめに挙手したベルは自ら口を開く。

「あのー、それであの鎧を止める具体的な方法について……」
「あ、ああ。そういえばそんな話してたっけ」
「忘れてたんですかッ!!」
「「「だって俺達パルクーラー!!ノリで生きてりゃ無問題(モウマンタイ)!!」」」
「嗚呼っ!僕やっぱりこのノリ嫌いだっ!!」

 こうしてやっと第一次鎧対策会議が始まった。

魔力暴発(イグニスファトゥス)を誘発させるなんて、普通は『それ専用の魔法』でもなければ無理だ。使える奴いるか?」
「オレ、マホウ、センモンガイ」
「魔力暴発って何~?」
「っつーか俺達の中に魔法使える奴いなくね?」
「俺達の知能が総じて低いと申すか!」
「そうだよ(便乗)」
「なん……だと……」
「出来ないことは仕方ない。鎧の撃退はすっぱりきっぱり諦めるか」
「結論出るの早すぎませんかッ!?」

 第一次会議、失敗……。
 続いて第二次鎧対策会議。

「魔力バランスが悪いんだろ?なら『混乱』のステイタス異常を与える毒薬で魔法暴発狙いとか!」
「バリバリの違法品じゃねえか!!しかも鎧相手に効果あんの!?」
「ないね」
「なんということだぁ!」
「魔力バランスが不安定なら付加魔法でいけないかな?エンチャント系で効果があるかもしれない!」
「魔法……魔法が使える奴………あっ(察し)」

 第二次会議、失敗……。
 泣きの一回、第三次鎧対策会議開始。

「ここに三本の魔力回復ポーションがあるじゃろ?」
「鎧にどうやってポーション飲ませるんだよ……よしんば飲ませられたとして、回復させてどうするんじゃこのボケナスがー!!」
「ですよねー!」
「ねーねーちょっとー!」
「しかし、前提として連中に『回復』の概念があんのか?もしないなら本当に中身に干渉できるかもしれんぞ?」
「ポーションは人体に影響を及ぼす薬品だよ?鎧相手に薬じゃ無理だよ~……」
「待ちな!!魔力回復ポーションは空のタンクに燃料を注ぐように魔力を吸収させる薬物。つまり、ポーションの薬液は魔力を蓄える性質を持っている筈だ!!」
「ちょっとってばー!」
「そもそもポーションも魔力回復ポーションも主成分一緒だっつーの」
「ちょっとその辺詳しく!!」
「ポーションは前提として血肉の代価になる訳で、それと魔力両方の代価になるものといったら根源霊素のエーテルぐらいのもんだろ?で、エーテルってのは魂と深い結びつきがあって、神聖文字に籠った『神気』と反応させることが……」
「ぐすっ……皆無視する……凄い発見したのにぃ……」

 集団の一人が双眼鏡片手に体育座りで落ち込む女性の姿を背に、何故かポーションの性質について熱く語りだす集団。体育座りしている女性があんまりにも寂しそうだったので、ベルは居た堪れなくなって声をかける。

「あの……何を発見したんですか」
「ふんだっ。どーせみんな私の事なんて興味ないんだ……」
「そんなこと言わないで、ね?」
「………んっ!」

 女性が双眼鏡を押し付け、ベルの身体を巨大鎧の方へと向ける。見ろって事かな?と解釈したベルはされるがままに双眼鏡を覗いてみた。鎧の上ではさっきの冒険者たちがまだ暴れ狂っている。

「っていうか、よく見たら片方は浄蓮さんだし……なんかイメージ崩れるなぁ」
「誰が女の人見ろっていったのよ!!もっと足元見なさい!!」

 べし!と頭を叩かれたベルは若干の痛みをこらえながら足元を見る。

「………お二人とも足が綺麗です、ね?」
「まったく男って奴は!見るのはもっと下ぁっ!鎧の背中だよ!!」

 べしべしべしっ!!と頭を叩かれまくりながら「何で僕こんな事やってるんだろう」と自問するベルだったが、鎧の背中を見た瞬間にあっ、と声が漏れた。その鎧の背に、本来ならばある筈のない物が浮かび上がっていたからだ。

「あれって、冒険者の背中に刻まれてるエムブレムと神聖文字!?」
「そうだよ(便乗)」
「大発見だと思って皆に声かけたのに無視するし……無視するし~~!!」

 がすがすと地団太を踏む女性とミスタービンジョーはさて置いて、まさか鎧に神聖文字が刻まれているとは予想外だった。そもそもあれは人間に刻まれているものなのでは……と混乱してしまうが、この報告にポーション談義に花を咲かせていたメンツの顔色が変わる。

「……神聖文字が刻まれてるってことは、『神気』も内包してるって事か?」
「だとしたら、あいつらにポーションをぶっかければ……」
「『神気』に反応したポーションが鎧に強制的に浸透しようとし魔力バランスが崩れて、話の通り爆発させられるかも………!?」

 光明が、見えてきた。



 = =



「我が主君、戦局が動き始めたそうです」 
「へぇ……思ったより早かったね?」

 背後に控えていた『部下』の声に少々意外そうな声色を出しつつ、彼はチェスの駒を一つ前に進めた。彼の目の前にいる対戦相手は静かに唸り、細い手で駒を一つ突きあわせた。

「主要な存在がまだ動いていないにも拘らず解決の糸口を見つけたんだね。この街の危機管理能力を過小評価していたかな?」
「いえ、あの『学者崩れ』の独り言から手がかりを得たようです。あの男の気まぐれと慢心がなければ今も右往左往していた所でしょう。所詮、神々の住まう街などその程度の場所――」
「どうかな。通常では掴めない運命というものを掴む……そのような『偶然』を引き寄せる素質も世の流れには存在するものだ。()の少年もまた数奇な運命を辿る子……興味をそそられる対象だね」

 会話を続けながらもチェスは進み、彼は何の躊躇いもなく相手の布陣を翻弄する。打てば打つほど相手の熟考時間は伸び、選択肢が確実に潰されていく。盤上の趨勢がどちらに偏っているのかは誰の目から見ても明らかだった。

『………容赦がないな、君も。私がチェスを苦手な事を知っていてこれは大人げないんじゃないか?』
「ほんの戯れだよ。そう目くじらを立てなくともいいじゃないか」
『付き合わされる私は心穏やかじゃない』

 くぐもった不機嫌そうな声に、彼は苦笑いする。彼の対戦相手は暇を持て余す神々の一人――その中でも一等何を考えているのか分からない存在なのだが、ボードゲームでは何を考えているのか簡単に見据えることが出来る。彼はそんな神のことを個人的に気に入っていた。

 かの神は他の神と違ってあまり世界に興味がない。地上の人間も勿論だが、天界に関しても『昔から』興味が無さそうにしていたのを彼は知っている。時折人に興味を持つこともあるが、それも一時的だった。正味、彼は最初にこの神に『誘い』をかけたとき、返事には全く期待していなかった。
 しかし、この神は乗った。

「今でも不思議に思うよ。君はどうして僕の話に乗ったんだい?」
『話のスケールが余りに大きかったからね。君の夢の行く末には、私にも興味があった』
「本当にそうかい?君は今の世界が嫌いという訳でもないだろう。むしろ『人のように生きる』ことを好んでいるようにさえ見える。君の気に入っているものと僕の目指すものは相対することも、聡明な君には分かっていた筈だ」
『そうだね。私はこの世界に満足したこともないが、不満に思ったことも一度としてない……君は、大いに不満の様だが』

 こつり、とチェスの駒が動く。彼はほう、と唸った。神の差した一手が、追い詰められた陣に風穴を開ける可能性を示したからだ。

「不満だとも。尊きものを尊く扱えない不幸が、この世には満ち過ぎている。そしてその大きな源となっているのは、静止した刻の中で傲慢さばかりを肥大化させた連中のせいだ。正直、ダンジョンの主には同情すら覚えるよ」

 連中からすれば、ダンジョンなど体のいい遊び場でしかない。莫大な財を生み出し、様々な欲に満ちた人間がひっきりなしに押し寄せ、傲慢の源を分け与えられた人間たちは時に思い上がり、時に傲慢になり、そしてその過ちに手遅れになってから気付く。
 神を憎むあまりにこのような戦場を作り上げたというのに、その戦いこそが相手の望んでいた事。これほど屈辱的なことはない。迷宮の主は果たしてそれに気付いているのだろうか。

「僕は――神のことが嫌いではない。勿論人間も嫌いではない。むしろ好ましくさえ思ってる。彼を見給え、あの純真な心の暴走を」

 近くの鏡には、オラリオで暴れては二人の冒険者に妨害される巨大な鎧とその傀儡たちが暴れる光景が投影されている。チェスを続けながらも、彼はその様子を心底愛おしそうに見つめる。

「秩序からは逸れているかもしれない。しかし、人の心とはもとより秩序で縛りきれるものではない。彼の想いはどこまでもピュアだ。愛おしくさえ思うよ」
『その割には、実験台のように使っていたようだが』
「仔細は彼に任せた。それに――今、彼の心には何の迷いもない。100%……不純物を取り除かれた美しき覚悟。自ら望んでその覚悟に到った。それは死より遙かに価値のある瞬間だ」
『………まぁ、それが君だからね。それよりも約束は守ってもらうよ』

 いつの間にか、神はナイトで道を切り開き、その刃をキングの喉元に突き付けていた。

「ふむ……ここから粘って勝ちを拾いに行くことも不可能ではないが、確率としては低そうだ。それにしても面白い差し方をしたね。今までの動きは全て、このナイトを活躍させるための伏線だった訳か。………ああ、約束は勿論守るよ。もとより君を支配できるなどと思いあがったことは考えていない」
『ならいい。それではそろそろお暇させてもらうよ』
「結末を見届けないのかい?」
『晩酌の場で私の眷属から結末を聞くよ。それに、今日は私が食事を作る当番だ』

 静かに席を立った神に、青年は声をかける。

「これも不思議に思っていたんだが……君はこれまで沢山の人物を僕に紹介してくれた。なのに自分のたった一人の眷属は一度としてここには連れてこなかったね。何故だい?」

 神には今、一人だけ眷属がいる。
 しかし、その眷属が出来る以前にもこの神は眷属を作っている。そしてそれを彼に引き合わせ、その全員が彼の同志となった。つまり、神はずっと仲介役という形でしか眷属を持つことをしていない。仲介が終わればすぐさま眷属契約を解除して後の事は知らんぷりだった。
 しかし、他の誰を同志として彼に引きあわせても、たった一人の眷属だけは「契約」が終了しても一度たりとて連れてこなかった。

「それほど眷属くんに惹かれたのかい?」
『約束をしたからね』
「約束?」
『あの子は、『腕さえあれば』と言ったんだ』

 神は静かに振り返り、その「単眼」の模様越しに彼を見た。

『他の戦士は与えた力で直ぐに答えを出した。でも、あの子はまだなんだ』
「それが理由かい?」
『いつかきっと、あの子は私の目玉が飛び出るほど驚く答えを持って来る気がするんだ。……むむっ』

 この神がそう言うのなら、本当にそうかもしれない。
 何とはなしに、彼はそう思った。

「興味深い話だ……その答え、僕も是非とも聞きたいな」

 しかし、答えを出すなら急がなければならないだろう。
 彼が『事』を起こした時には、既に刻の砂は硝子のくびれを通り過ぎた後だから。
  
 

 
後書き
ポーションの設定、エーテルの設定はしれっと勝手に作りました。あと冒険者の恩恵に関しても独自に勝手な解釈をしています。
最後の方に出てきた全く正体の分からない人たちは誰なんでしょうねー(棒)。 
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