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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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40.オープン・コンバット

 
前書き
正直……週一ペースの更新にペースを落としても連載速度維持できるか怪しい生活サイクルを送っています。生憎私は文字書きである以前に社会人になってしまったのです……。 

 
 
 それは正に、人々にとって悪魔のような存在だっただろう。

『復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古復権復古………』
『芸術は破壊!破壊は芸術!!美しきものが皆壊れるのならば壊してしまえば醜いものも美しい!貴様らも美術品にしてやろうかぁぁああああぁーーーーッ!!』
『やぁみんな!僕は悪を滅殺して正義を遂行する正義の化身アルガーマンだよ!僕より身長が高い奴はみんな悪だから死にぃえあえあえあえあえあ?あ?ああっあ痲耆mr[.ンwe聯\quee24リーアぺ御jr!!』

 大通りを埋め尽くす狂気の軍勢。このオラリオでは時代錯誤とも言える全身鎧(フルプレート)に身を包み、意味不明な言語を発しながらも手に持った武器はしっかりと構えられた集団に、人々は恐怖した。

「な、なんだあいつらはぁッ!?」
「そんなっ!何でダンジョンの外でまで襲われなきゃならないのよっ!?」
「何所から入ってきた!!ラキアの特殊部隊か何かか!?畜生、ギルドは一体何やってたんだよ!!こういう時の為に金払ってるんじゃないのか!?」
「逃げろっ!!集団の奥に親玉みたいな馬鹿でかい鎧が迫ってる!!踏み潰されたらペチャンコだぞっ!」
「イヤァァァーーーーッ!!」

 底辺のレベル1冒険者や非冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように一斉に通路から逃げていく。鎧たちはまるで理性が感じられないのに、槍を持った兵が前の布陣をがっちりと固める典型的な突撃体勢で突っ込んでくるため、冒険者たちも迎撃するにしきれない。

「くそっ、隙間がねぇ!これじゃどれだけ頑張って近づいても剣が届く前に串刺しにされちまう!!」
「進軍速度が速すぎる……!!これじゃ魔法を叩きこもうにも詠唱が間に合わないよぉ!!」
『抵抗は無意味だだだだだ!!じっと死てロヨヨ。ああっ、脚を斬り落として伸長を縮めルルだけで済ム。馳駆っとシ升ョョョーーーーッ!!!』

 逃げ惑う人々に、奇声をあげる鎧の槍が迫る。最後列でその姿を確認したエルフの女性は、横に走っていた男に足を引っかけて転倒させた。

「うわぁッ!な……いきなり何するんだ!」
「煩い!このままだと追い付かれるだろう!貴様がそこで足止めしろ!!」
「ふ、ふざけるなぁ!何で俺が見ず知らずの女の為に――ヒィッ!?」

 鎧の足音がすぐ近くに迫っている事に気付いた男は、悪態をつく暇もなく四つん這いでなんとか逃げようとする。しかし、死への恐怖に腰が抜けたのかせいで動きがおぼつかない。必死で後ずさる男に鎧たちが追い付くのは必然だった。
 逃げられないことを確信し、男は目をつぶって身構えるしかない。

 しかし、男を待っていたのは想像と全く違う緊張感のない叫び声だった。

「どっせぇぇ~~~いッ!!」

 瞬間、男性の頭頂部を掠めるように特大の刃が飛来して、鎧のどてっ腹を吹き飛ばした。

『アガぺぇッ!?』
「うっ……何この感触?妙に軽くて、なのに硬い。何だろう、アイズの剣と手ごたえが似てるような?」
「傷一つついてまへんなぁ……えらい頑丈ですわぁ」

 最初に戦場に辿り着いたのは、所属の違う二人の冒険者だった。

「ろ、ロキ・ファミリアのレベル5、『大切断(アマゾン)』が何でここに……!!」
「(どことは言わないが)小さい方!」
「(どことは言わないが)小さい方だ!」
「(どことは言わないが)小さい方が来た!」
「鎧より先にアンタ達をぶちのめしてあげようかなぁぁ~~~!?」

 こめかみを痙攣させながら『大双刃(ウルガ)』を構えるリュヒテ姉妹の(何かが)小さい方、ティオナ。母親の腹の中で姉に色んなものを持って行かれた双子の妹の怒りが爆発しそうになるが、ここはグッと堪える。流石に人の命が懸かっている時に所構わず暴れる訳にはいかなかった。

 そしてその隣に並ぶ、日除けの和傘を差した着物の美女にも視線が注がれた。
 もう必要ないと言わんばかりに後ろへ和傘を投げ飛ばした冒険者の姿が太陽の光に晒される。

「『上臈蜘蛛(アトラクナクア)』……!その美しさで蜘蛛の魔物を魅了したオシラガミ・ファミリアのレベル4まで……!!」
「あの鎖骨がエロいな」
「いいや、うなじがエロいね」
「逆にエロくない所がなくね?」
「「それだ!!」」
「こらこら……女子(おなご)に『せくはら』はあかんで?」

 しゅるん、と彼女の腕が音を立てた瞬間セクハラ三人衆の前髪がパラパラと落ち、命の危機を感じた彼等はダッシュで逃走した。見事に蜘蛛の子を散らした浄蓮はティオナに上品な微笑みを向ける。

「さて、お邪魔な野次馬がおらんくなったところで、悪人退治といきましょか?」
「ナイス浄蓮!!スゴいね、今のって糸で斬ったの?」
「そういや手の内明かしたんは今日がお初やったですか?館でよう顔合わせとるからウッカリしとったわ。そう、ああしの武器はこれやで?」

 もしもティオナがレベル5の冒険者でなかったら、糸を肉眼で確認することも難しかったろう。琴爪のように尖った特殊な籠手の指先から伸びた白い糸が空を切り裂き、接近していた複数の鎧に迫った。ギャリリリリッ!!と火花を立ててぶつかった糸の斬撃に、鎧が複数吹き飛ばされる。
 またもや鎧には傷一つつかないが、この斬撃を受ければ下手な金属では輪切りにされるほどの力が籠っている。この糸を用いた戦い方も、また彼女が『上臈蜘蛛』と呼ばれる所以の一つだった。

「ウフフ……この糸はふー坊やとおーねすと殿の合作やから千切れへんでぇ?」
「あいつアイテム作りも出来るんだ……ンなこと出来るなら剣振ってないでとっとと転職すればいいのに」
「言うて聞く人やあらしまへん。よう知っとる癖に……」

 くすくすと笑う浄蓮に、ティオナはどこか不満そうな顔で改めて大双刃を振り回す。会話の間に突撃してきた複数の鎧が紙切れのように吹き飛んだ。がしゃがしゃと喧しい音を立てて鎧が弾き飛ばされてる鎧に怯む様子は見られない。

「なんや、えらい様子のおかしな兵隊さんたちやねぇ?動きは早いけど立ち回りがど素人や……いや、そもそもこいつらホンマに生きとるんやろな……?」
「あ、浄蓮も思った?なーんか、意志は感じられるんだけど中身がないっていうか……やたら丈夫なのも気になるんだけど、中に人が入ってるにしては重さが感じられないんだよね?」

 あれだけの威力で吹き飛ばされたら普通は鎧の中にも凄まじい衝撃が奔る筈なのだが、吹き飛ばされた鎧達はあっさりと立ち上がってまたこちらへ向かってくる。

「………確かめて見よか」

 浄蓮は手を振り、自慢の糸を鎧の頭部に侵入させる。――通常なら顔面に糸が刺さるが、手応えが丸でない。まさか、と思い糸を頭部に巻き付けて力いっぱいに引き寄せると、パカン、と軽快な音を立てて鎧の頭部が外れた。

「やっぱり、この敵……中身がカラッポやわ」
「うげっ、頭がないのにうごうごしてて気持ち悪っ!?何アレ、オバケ!?」
「かもしれへんね。見てみぃ、頭が外れとんのに平気で動き回っとるわ」

 頭を失って一度は転倒した鎧も、本来曲がらない筈の方向に関節を曲げながら体勢を立て直して四足歩行で二人に迫ってくる。

『ぼぼぼぼぼボクボクボク僕を侮辱する言動は死刑、死刑、私刑、しけぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!』
「うっさい気色悪いこっちくんなオバケ鎧っ!!」

 ティオナのフルスイングであっさり吹き飛ばされた鎧だが、やはり壊れない。
 馬鹿力が自慢のアマゾネスの中でもレベル5という高みにいるティオナは、純粋な筋力だけならばレベル6に匹敵する。ここまで来ると並大抵の『硬い敵』は一撃で粉々にされてもおかしくないにも拘らず、鎧の軍団は止まる様子も見せない。

 今までに戦ったことがない、全く異質な敵。これまで戦争紛いの争いも経験したことがあるティオナには、無機物である鎧がひとりでに動いて襲ってくるという浮世離れした現状が理解できない。
 彼女には彼女が自分の人生で積み上げた戦闘経験と常識がある。中身のない鎧が動くわけがない……それがティオナの世界観だ。その世界観を冒す未知の存在に、僅かながらティオナが弱腰になる。
 敗北する要素はないのに、勝利条件が分からない。

「どうしよう浄蓮……こいつら弱いくせに全然壊れないよ!?ほら、大双刃の先っちょが欠けてる!!これ滅茶苦茶硬くて強い剣なのに!『大切断』の名前が泣くよぉ……」
「ここまで丈夫やと単純に硬いっちゅう問題とちゃうよねぇ……まさか『不壊属性』?」

 だが、もしそうなら対処の仕様がないわけではない。糸で縛り付けて行動不能にすれば――そう考えた浄蓮の視界が、あるものを捉える。

 それは目算百数十Mほど離れた場所から近付きつつある巨大な鎧。
 全高7Mはあろうかという親玉風味な巨大鎧が身をかがめ、まるでこれから全速力で走ろうとするように力んでいた。

「まさか……突っ込んでくる気!?だったらこのまま受けて立っちゃうよ!『巨人殺し』のファミリアに力押しで勝とうなんてブンフソーオーなことを……!」
「ちょお待って……あれは走る時の構えとちゃう!」

 走るのならば片足を前にしてしゃがむはずなのに、あの鎧は両足を同じ場所で曲げている。
 それが意味するのは――跳躍の構え。

『貴様らのような品のない女どもに構ってる暇はないのだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』

 直後、ズガァンッ!!という轟音とともに跳躍した鉄の鎧は、二人の頭上を遙かに超えて防衛線を悠々と突破した。
 数百M離れた場所からけたたましい着地音と逃走する人々の悲鳴が響き渡る。踏み潰されたわけではないようだが、このまま放置すれば結局そのような末路を辿るだろう。

「………品のない女どもやて、ティオナはん」
「いやー言われちゃったねぇあっはっはっはっは……」
「ウフフフフフフフ………」
「あははははははは………」

 異様に落ち着いた声で笑いあう二人に近づいた複数体の鎧が、街の外に飛ぶ勢いで吹き飛ばされた。

「……あれ、親玉やねぇ」
「そうだね」
「親玉潰したら子分も黙るんが集団っちゅうもんよねぇ」
「あるある。小さい魔物をはべらせてる魔物は大体そのパターンだもんねぇ」

 二人の周囲にある空間に伝播する強烈な『憤怒』の感情が、ビキビキと音を立てて歪んでいく。

「死ぬより恐ろしいっちゅう言葉ん意味、噛み締めさせたるわ……!」
「壊れにくいんなら叩いて潰して丁寧にミンチにしてあげる♪」

 しゃらら、と音を立てる糸と大双刃の刃がそっと触れ合う。
 それはとても静かな――女のプライドを傷つけた愚か者に対する死刑宣告だった。

 アルガードはまだ気付いていない。
 自分が余計なことを口走ったために、二人の狩人を本気にさせてしまったことを。



 = =



 ベル・クラネルは新人冒険者である。
 祖父に色々とアレな教育を施されてオラリオにやってきて今はなんやかんやでヘスティアという女神の眷属をしている彼は、今日も「師匠」と崇めるガウルと共に立派な冒険者になる為の特訓を受ける筈だった。

 ところが、約束の時間が来る前にベルの視界をとんでもないモノが横切っていった。
 それは、奇声を上げて武器を振り回す100体近くの鎧の大群と、その鎧たちの20倍以上はあろうかという超特大鎧の大行軍だ。
 余りにも堂々と練り歩いているから一瞬「都会の祭りかな?」と楽観的な事を考えたベルだったが、次の瞬間に巨大鎧が建物を倒壊させて道行く人々の悲鳴が上がったことで事態を把握。鎧軍団がこの街にとって「敵」であることを理解する。

 当然と言うかなんというか、ベルは震えあがった。未だ冒険者になって間もない若輩者で、しかも最近になってようやく魔物相手のヘッピリ腰が直ってきた程度の度胸しかないベルが「殺し合い」などという野蛮かつ残虐な行為にすぐさま立ち向かえる訳もない。
 ただ、そんな少年にも「悪」を許せない心というものはある。いわば一般論レベルの、人並み程度の正義感だ。だから、鎧の軍団が通り過ぎていくのを何もせずに指を咥えて見逃すのはどうなのだろうと悩んだ。善意と恐怖の狭間――戦うか逃げるかの狭間。

 だが、均衡は割とあっさり崩れ落ちた。

「もう逃げてるんならそれでいいけど、もしも逃げ遅れてたりしたら……!神様ぁぁぁーーーーっ!」

 鎧の集団が向かっている方角――それはベルの尊敬してやまない主神ヘスティアが涙ぐましくもバイトをしているじゃが丸くんの屋台があることに、彼は気付いてしまったのだ。
 もしもだ。もしも自分が怯えて縮こまっている間にヘスティアがあの鎧に襲われたら?それでもしも彼女の美しい肌に傷でも入ったとしたら?

 ――僕、最っっ高に格好悪くない!?

 無駄な努力かもしれない。あれだけ派手に暴れているんだ、事態に気付けばヘスティアとて自力で逃げ出しているだろう。しかしそれでも、ベルはその目で一度確認しておかなければ安心することが出来なかった。
 もちろん出来るだけ鎧に出くわさないように小さな路地を縫うように移動してはいたのだが、不意にベルは誰かの気配を察して急ブレーキをかける。

「まさか鎧に先回りされてたりは……しない、よね?」

 恐る恐るベルは路地の角から片目を出して様子を伺う。

 そこには、ローブを着こんだ男性らしき人が苛立たしげに佇んでいた。

(ファック)!!ファックファックファックファック、ファァックッ!!あのイカレポンチ野郎め、お膳立てしてやったってのに最後の最後でコレかよッ!!見せびらかすように暴れまわりやがって……計画が狂っちまうだろォガよぉぉッ!!ああ気分がワリィ!!………だが、ヒヒッ。鎧に自分の魂を写すたぁクレイジィだ!芸術家さんは発想がイイねぇッ!!芸術なんぞ興味がねぇが、馬鹿にゃできねぇなァッ!!」
(うわぁぁぁ……こんな時に限って滅茶苦茶近づきたくない系の人がいるぅっ!?)

 怒り狂っているかと思えば全身を仰け反らせて喜色を露わにする挙動不審な男性に、ベルはものすごーく困った。ベルの記憶が正しければこちらの路地のルートを通り、かつ大通りを避けるにはあの超絶不審者のいる一本道を通らなければならなかった筈だ。
 今から引き返すのでは間に合わない。かといってあそこを通って絡まれでもしたら、逆に誰かに助けてもらわなければいけなくなってしまう。散々迷った挙句、ベルは一つの方法を思いつく。

(道がないなら「上の道」を行くしかないかな。最後に木登りをやったのっていつだったっけ……)

 建物を上って屋根の上を行く移動方法……『移動遊戯(パルクール)』。やったことはないが、この辺の建物は屋根が平らだからやろうと思えば出来ない事はない筈だ。手足の欠けられそうな場所におおよその目星をつけたベルは「よしっ」と呟いて昇ろうとし――

「でぇぇぇ?そこの曲がり角でコソコソコソコソしてるのはどこのどちら様かなぁ?お兄さんは優しいので今出てくれば7割殺しで済ませてあげるよぉ?」
(バレてたぁぁぁ~~~~~っ!?)

 どわっと背中に冷や汗が噴き出た。
 7割殺しってほぼ死んでるんじゃないですかね……などと場違いな事を考えて現実逃避をしてもいいのだが、ベル少年は痛い事はものすごく苦手素人冒険者。回避だけならそこそこ自信があるものの、あからさまに危なそうな男に無警戒に接近する気は全く起きない。
 それに――先ほどからあの男を見ていると、巨大な蟲に睨まれているかのような背筋をなぞる不快感を感じる。あれに近づくことを、ベルの本能が完全に忌避していた。

(うう……お願いだから僕の事には構わず通り過ぎて……ッ!!)
「おいおいおいおいおいおいお~い!時間稼ぎですかね~?考えてるね~?自分が痛い目に遭うかどうかとかァ?この人見逃してくんないかなぁとかァ?或いは今から引き返せば逃げられるかもしれないとかァ!!どぉなんだオラ言ってみろやぁッ!!」

 瞬間、ベルの鼻先すれすれを『何か』が掠め――ベルの横の『何か』にカコンッ、と子気味の良い音を立てて命中した。

(…………えっ?)

 この時、ベルは建物の角を挟んだ位置からほぼ直角に正体不明の何かが飛来したことにも勿論驚いた。しかしそれ以上に驚いたのが――自分の真横に、いつのまにか見上げる程大きな鎧が音もなく佇んでいたことだ。
 声も出ないほど驚いたベルは、全身の産毛が真上に逆立つような錯覚を覚える。

『……………………』
「……………………」

 鎧はゆっくりと手を上げ、ベルを人差し指で差し、一言。

『執行猶予付き』
(何がっ!?)

 それだけ告げた鎧は、突如として手斧を持ったままベルの横をすり抜けて通路へと侵入していく。

『執行猶予付き死刑』
「あァん?何だよオイオイオイオイオイ!誰かと思ったらポンコツ鎧かよっ!何だかねぇこの人形に話しかけてたことに気付いたかのような言い知れない虚しさ!この空虚感をどうしてくれんだよ糞鎧がぁッ!!」
『執行猶予付き斬首』

 図らずとも、鎧が姿を現したことであの厄介極まりなさそうなローブマンはベルの存在を鎧と勘違いしたらしい。つまり、この瞬間だけならベルはノーマークである筈。その考えに瞬時に思い至ったベルは、建物の窓際や街灯などに次々に手足を引っかけてヤモリの如く駆け上がる。

 が、焦った所為か足の固定が甘く、つま先が滑った。

「おひゅっ!?」

 奇妙過ぎる悲鳴にしまったッ!と顔を真っ青にする。変な声で自分の存在がバレたらせっかく存在を悟られずに動いていた努力がパァだ。だが、心配は杞憂に終わった。

『パパパッパパッパパパパパパパッッッパパパ、パゥワアァァァアアアアアアッ!!!』
『一緒に死のう!どんな死に方がいい!?練炭!?首吊り?串刺し!?ギロチン!?それとも熱で溶かした黄金を口から流し込んで君も愉快な黄金像ぉぉぉーーーーッ!!!』
「サンドバックが2体追加ぁぁぁぁッ!丁度いい、戦闘サンプルとして俺様が有意義に使ってやるぜぇぇぇッ!?」

 とんでもない奇声をあげる2体の鎧が悲鳴とほぼ同時に通路に突入してきたのが足元に見える。その声にかき消され、ベルの悲鳴は気付かれなかったらしい。ほっと一息ついたベルは、勢いよく屋根の上に登りきる。これで一度安全だ。

 しかし――とベルは思う。

「待てよ……あのヘンな鎧を三体も同時に相手してあの人大丈夫なのかな?」

 心にゆとりが生まれた時、人は余計な事を考える。先ほどまであれほど警戒していた相手にそのような感情を抱いてしまう彼は、きっとそういう人物なのだろう。そのまま素直に通り過ぎていればよかったものを、ベルはどうしても気になってか屋根の上からこっそり下の様子を垣間見た。

 そして――絶句した。

「ん~~ん……首筋の筋肉を震わす心地よい振動だ。これはトータルステイタスで筋力800……820……824って所かぁ?雑兵の類にしちゃあそこそこの馬力だなぁ。動きが素人なのが気になるが、どうでもいいか?」

 上機嫌そうにゴキゴキと首を鳴らしながら男がにたぁ、と嗤う。
 鎧の手に握られた斧が、剣が、槍が――光の壁に激突して停止していた。

「次は耐久力のテストだっ!!俺様を長く楽しませる為にもあっさりクラッシュしてくれるなよぉ?――『反転(リベレーサル)』ッ!!」

 男が左手を光の壁に叩きつけた瞬間、突如として三体の鎧が同時に吹き飛ばされる。けたたましい音を上げて壁や地面に激突しながら無様に転がる鎧たちを見ながら、男はローブのフードで隠していた顔を晒した。

「うはぁぁーーッ!!面白れぇ面白れぇ!!ピンボールみてぇに弾け飛びやがった!しかし今のは自壊してもおかしくない衝撃だった筈だが……これは耐久力だけの話じゃねぇなぁ!いいぜいいぜいいぜ!この大魔導師様の知的好奇心が刺激されるぅッ!!」

 首元からネックレスをぶら下げた男は手に『魔導書』らしき物を握り、そのページをなぞると同時に周囲に無数の光の球が出現する。一つは炎を、一つは氷を、一つは雷を――全ての光球が違う属性を携えて男に追従する。
 そこには、ベルの初めて目撃する『魔法使い』がいた。

「解析開始だ!!踊り狂え、実験対象共ッ!!アヒャヒャヒャヒャヒャヒャアアーーーッ!!」

 尖った耳、浅黒い肌、狂気と恍惚の入り混じる歪んだ愉悦の表情。知的なイメージのあったエルフという種族とも、派手な攻撃をする煌びやかな魔法というイメージとも結びついてはいる。それでも、あれは何となく、『エルフとは違う気がする』。

 最初に感じた本能的な忌避感は気のせいではなかった。ベルの本能のようなものが全身を振るわせるほどの警鐘を打ち鳴らす。本能的に、ベルは息を――気配までも殺してその男を凝視した。

(何だろう、この感覚……心の奥底が根拠も無しに叫んでる。自分でもおかしいって理解している筈なのに、それでも尚、僕はこのイメージが正しい物だと確信している)

 この男は――『敵』だ。

 戦おうと感じた訳ではない。ただ、本能的にその感覚だけは確信した。
  
 

 
後書き
Q.ゴースト・ファミリアのメンバーにレベル4が多い気がする件について。

A.これには理由があって、オーネストと近しくなる連中ってのは大体が訳ありなのです。つまり、レベル2、3程度で止まるほど半端な人が少なく、逆に5以上の最前線でバリバリに戦っている人も少なく、何らかの理由があって中堅で燻っているような人――レベル4くらいが多くなるのです。ま、名前が判明しているのはほんの数名ですけどね。
但し、その分だけ執念とタフネスが半端じゃない人が多いので、対人戦だとレベル差1程度なら平気で狩りに来ます。機会があればあっさりランクアップしちゃう勢です。 
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