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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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42.La La Bye…

 
 鎧の襲来によってパニックになった一般人が逃げ出した今、街の中はこの一角だけに不気味な沈黙が訪れている。常に人ごみに塗れている場所からいるべき人が消えた空疎な空間。しかし、その沈黙は長く続かず、大地を駆け回る複数の足音とそれを追跡するけたたましい鎧の足跡が静寂をかき乱す。

『ろ?ろ?ろれれれれれれれええ~~……えげり?りままれここここここここ………ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!オオオオアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『御犬様は雄大!!御猫様は尊大!!御馬様は強大!!御鼠様は偉大!!そしてて人間は不完全Dr;出来損なbs㟴jぃぃぃぃぃぃぃぃあああああああああああAAAAAAA!!!』
「俺達は畜生以下かよ!?」
「真っ当に相手するな!どうせ正気を保ってはいまい!それより次の曲がり角を右ぃ!」
「あいさっ!!」

 妙に道を走り慣れた男達は息の合った動きで障害物を次々に飛び越え、角を曲がっていく。鎧は半ば獲物を追う本能のような野性的な動きでそれを追跡し、男達と鎧の距離は中々離れない。鎧にはスタミナというものがなく、対して逃げるばかりの男達は時間が経てば減速せざるを得ないのが明確だった。

 やがて男達は逃げ場のない路地に追い詰められる。

「うげっ……思ったより狭い」
「泣き言いうな、男だろ!!ここで迎え撃つしかないんだよ!!」
「来るぞ!!」

 周囲の障害物を強引に押しのけるように突撃する鎧たちは、獲物が入り込んだ路地に一斉に殺到し――そこに誰もいない事に気付いて動きが一瞬止まった。その隙を――素早く屋根の上に登っていた男達は見逃さなかった。

「あーあ……これシャンパン並みに高いんだけどな~」
「俺達からの奢りだ、たらふく喰らえよ気狂い共がッ!!」

 鎧の目に映ったのは自分たちに向かって投擲された複数のガラス瓶。
 そして、ガラス瓶は鎧に命中して割れ、中の液体が鎧に降りかかる。
 ガラス瓶など何のダメージにもならない――そう判断したのか鎧がさらに進もうとした刹那――鎧達の背中が強く輝いた。

 直後、凄まじい爆炎と閃光が路地を激しく揺るがした。

「どうだ、やったか!?」
「鎧はバッチリ粉々だ!作戦成功っとぉ!」
「やれ、フラグは不成立に終わったか……焦らせやがる」

 屋根の上から見下ろす先には、内側からひしゃげた複数の鎧の動かぬ姿があった。

 同刻、街の別の場所でも爆音が上がる。

「ぬあっ!爆発の衝撃で壁が抉れとる!!」
「多少の被害はしゃーないしゃーない!」
「まったく、避難が済んでるからいいものを……」
「おい、C班も片付いたみたいだ!次行くぞ!!ポーションの残りはあと何本だ!?」
「非常時だからアズライールの無人販売所から一杯パクってきた!!」
「そうか。お前の事は忘れねぇよ。いい奴だった」
「ムチャシヤガッテ……」
「は、話せば分かってくれるって!多分!きっと。そうだといいナ………」

 明日死刑にかけられるような表情を浮かべる男性が居た堪れなくなったベルはおずおずと声をかける。

「あの、僕知り合いなので説得しましょうか?多分許してくれると思うので……」
「きみが天使か……結婚しよ」
「いやいやいや僕男ですからね!?」
「分かってる……結婚しよ」
「全然分かってらっしゃらない!?この人アタマおかしいよぉ!!」

 ……唐突な告白はさておき、屋根の上を圧倒的な機動力で駆け回る『移動遊戯者』の足を持ってすれば、鎧の場所把握や誘導などお手の物だ。更に思わぬ鎧の弱点である事が判明したポーションによって次々に鎧は爆破され、脅威は着実に減少していた。

 爆発の二次被害で街のあちこちから噴煙が上っているのはいただけないが、鎧の進路が避難困難な貧民街である以上は速やかに排除しなければならない。壊れた家の持ち主には申し訳ないが、これも尊い命を護る為である。
 そして、悪霊の軍団が次々に駆逐されていく中、悪霊の王は未だに二人の冒険者に圧倒されている。

「あのデカイのが何で、何をしたかったのかはサッパリだが……終わりだな」
「ああ。この街で暴れたんだ。そのツケは体で払う事になんだろ」

 『移動遊戯者』たちの目線の先には、抵抗虚しく進行方向と反対側に吹き飛ばされる巨大な鎧の姿があった。何に燃え、何に狂ったのかは不明だが、その姿は恐ろしさより哀愁を感じさせるほどに惨めだった。


 ……なお、ここでベルが嬉しくもない男の熱烈プロポーズを受けてしまったどさくさで逃走して無事に集団から解放されたことを申し訳程度に追記しておく。



 = =



 僕には時間がないんだ。急がなくてはならない。なのにこいつら羽虫共はどうして何度も何度も何度も何度も――

『何度も何度もぼぼボボ僕の邪魔をすっrrrrrぇうなああおああああオオオオオッ!!』

 巨大な拳を振り上げ、次第に上手く出力されなくなる声を聞きながら叩き下ろす。全高6Mオーバーの鉄の巨人の身体から繰り出される、人体保護の無意識化にあるリミッターを解除した一撃が振り下ろされる。
 だが、狙った二人の女冒険者はすぐさま回避し、結果的に僕の拳は石畳を粉砕するだけに終わった。ならば、と前に進もうとした瞬間、脚に何かが引っかかって大きくバランスを崩し、転倒する。頭部に内蔵された呼び鈴がけたたましい音を響かせる。
 足元を見ると糸が絡まっている。冒険者の片割れの女が振るっていた物だ。これまでのものと違って足に絡みついて離れない。

『グぅ……ジジ邪魔まばかりを……僕はあの日の罪を贖わせなければならないんだ!!この大義をえれレラ儸……偁ぜ邪魔立てする!!どいつもこいつも、よってたかってぇ!!』
「そないなこつ決まっとります!!……あんさんの大義とやらに巻き込まれて無辜の民が血を流さへんようするためやッ!!」
「これだけ好き勝手に暴れて建物ぶっ壊して人の事まで馬鹿にしておいて、何言うのかと思ってたら大義ぃ!?頭おかしいんじゃないの、あんた!何所の世界にこんな風に街を滅茶苦茶にする大義があるってのよ!何様のつもり……よッ!!」

 刃こぼれだらけになった双牙刀を棍棒のように振り翳したアマゾネスの女の攻撃が、僕の向かう方角から反対へと体を吹き飛ばしていく。こうならない為の身体だったのに、邪魔をする連中を叩きのめして前に進むための身体だったのに。
 僕は夢に到達したのではなかったのか。それとも、やはり僕が鎧を着るのでは鎧の力を発揮できないのか。分からない。分からないのに、また現実はあの日のように僕を叩きのめす。

 僕はウィリスを殺さなければ。ウィリスを?彼は親友だ、何故殺す。
 そうだ、あさってはウィリスとピオと3人でバベルに買い物に行くんだ。今日は早めに作業を終わらせなければ。それにしても僕はいつまで改造屋を他の8人から押し付けられ――おかしい。おかしいな、他の8人はもう死んだと新聞にあったのではなかったろうか。7人の間違いだったか。
 何故死んだんだ。そう、復讐だ。誰の復讐だ?ウィリスと、僕だ。僕は何をしていた?ネックレスだ、ネックレスをピオに送ってあげて、喜んでもらえて。違う。喜んだのはピオじゃなくてウルカグアリ様だ。おかしい。記憶が混濁する。モルド、水を持ってこい――モルドはいない。

 様々な記憶がせめぎあい、混ざり、薄れ、擦れ、色褪せ、おかしくなってゆく。

 僕が僕でなくなるのは、魂の摩耗が限界に来たその時。

 タイムリミット、それが訪れる前に僕は――罪を。

『殺すんだぁぁ……ゥェ、えぃりすを殺ずんだぁ……!!』
「殺して、どうするの」
『殺してぇ……ぇ、そしたら、僕も死ぬんだぁぁッ、ぁぁ……』
「なんやそれ、意味あらへんやないの?」

 愚か。意味は、ある。

『後悔の清算ヴぉ……ぁのとき、ピオを殺した始まりの10人全員………死ぬべきだっぁぁんだ……』
「……浄蓮、なんかさっきからおかしいよこの鎧。呂律が回ってない」

 考えれば、簡単。改造屋のせいで客が死んだのなら、それは全員の責任だ。至極単純な連帯責任という図式。全員の暴走がピオという美しい牡丹を枯らせてしまったのだ。だから責任を押し付け合ったりするのではなく。

『ピオを殺したのはェ……ロぉく達全員……だから、僕はウィリスが復讐を持ちかけた時……本当の贖罪のたエェメの噁……けいか、くで………』

 混濁する記憶の中に残る真実を必死で手繰り寄せ、今にも消えそうな筋書を口に出して確認する。そうでもしなければ次の瞬間にもこの鎧に定着された魂から『自分』が消えてしまう。消える前に――あと一つだけ――それだけを願って腕を前に出そうともがいて。あの日の夜のように、その日の朝のように、連なってきた挫折の記憶をなぞるように。


「計画で全員を殺し、共犯者となったかつての友達ウィリスも殺し、そして自分も死ぬ。それで全てを(あがな)ったことになると、考えたんだろう?」


 ひたり、と。
 とても冷たく感じる誰かの手が、僕の頬をなぜる。

 何とはなしに――僕は悟った。

 地獄への迎えが来た。僕は結局、間に合わないまま終わったのだと。

 奥にいる女たちが驚いている。余計な女も増えている。
 しかし、そんなことはもうどうでもいい。
 僕には分かる。黒い髪、黒いコート、そしてその背からこちらを見下ろす熱を感じない鎖の魔人。この男は、僕に終焉を告げる死神だ。

 死――生命の持つ絶対不可避の運命。それはどんな形であっても、必ず「そこにある」ものだ。芸術はどれだけ愛でても永遠の存在にはなりえないように、鎧の身体を得た僕もそれを覚悟していた。

『クヤしぃなぁ……ぼぐは、最期までピオのddEめに……』
「ウィリスの為にも……じゃないか?復讐に溺れた哀れなウィリスと、逝ってしまったピオさんと。ウィリスに目を覚まして、一緒にあの世に行こうと思ったんだろう?」

 あの日――ウィリスが「あの8人に復讐しよう」と持ちかけた時に、再び憎しみが蘇らなかったと言えば嘘になる。少なくとも、自分がピオの剣を担当していればミスなど絶対に起きなかった筈だ。あいつらに責任があるという点に置いて、僕とウィリスの意見は一致していた。

 だが、違うんだよウィリス。

 あの結果は8人と、僕と、そして君の10人が導いた結果なんだ。その事実だけは絶対にはき違えることが出来なかったから、僕は復讐せずして過ごしていたんだ。利益に走った時に結局折れたのは誰だ?改造以外の事をしたいからと妥協を許したのは誰だ?その中に僕と君が含まれていないなんて、そんな都合のいい話があるだろうか?

 君も同じ思いだと思っていた。だから憎しみを堪えきれていたんだ。そして君がその沈黙を破り復讐すると言い始めた時、僕はその憎しみを復活させたと同時に決意した。この殺人計画の犠牲者を二人増やすことを。

 可憐な『舞牡丹』を散らせた罪深き10の罪人。その最後の二人を君と僕で埋めることで、本当の意味で僕たちの贖罪は終焉を告げる。

 擦れきった感覚は、ウィリスを騙して持たせたペンダントから感じる波動さえ読み取れないほどに摩耗している。もとよりこれほど巨大な鎧、自意識を保ったまま魂の力だけで動かすには無理があった。そしてペンダントを頼りにウィリスを追い詰めて殺し、僕も死に、あの世でその罪を全員で償おうと考えた。

 ウィリスだけ生き残ったのでは道理が合わない。罪が平等ならば結果も平等でなければならなかったのに。

『ウィリスぅ………何デ、逃げタ………』
「……アルガード・ブロッケ。ウィリス・ギンガムは先に天へ昇った」
『え――』

 死神の言葉に、擦れた様な声が漏れた。

「君達は友達なだけはあるな……根底では考える事は同じだったみたいだ。天で君の友達が待っている」
『そ、カ…………ウィリスはいツも、僕の一歩ssf{擠………ぃま、僕も逝くよ』
「送ってあげようか?」
『おねGwf……しあ、す』

 白く染まっていく視界に、巨大な大鎌が振り下ろされた。

 意識が消える刹那、一瞬だけ主神様の悲しむ顔が脳裏をよぎった気がした。



 = =



『遅かったな。ずいぶん待ったぞ。まったくこの遅刻魔め……』

『ごめんごめん!夜なべしすぎてフラフラだったから寝すぎちゃった!』

『くすっ、アルガードったら相変わらず不健全ね?駄目よ、偶にはきちんとした時間に寝ないと!』

『ほら、我等が舞牡丹様もこういっていらっしゃるぞ?』

『だって手は抜けないよ!なんたってピオへの愛情と希望をたくさん積めたプレゼントなんだから!』

『ははっ、嬉しそうにこっ恥ずかしい事言いやがって!とうとう告白する勇気でも出たか?』

『か、からかわないでよ!もうっ!!』

『二人ともそんな事言ってばっかで私にはちっとも告白してくれないのね~……他の男作っちゃおっかしら?』

『『えっ!!それは嫌だ!!』』

『くすくす……女の子は流されやすいからすぐどこかに靡いちゃうのよ!さあ、モノにしたかったら追いかけてごらんなさい?』

『ま、待ってくれよピオ!俺達は職人だぞ!手加減してくれないと冒険者の君には追いつけないってぇぇぇ~~~!!』

『結局僕たちピオに振り回されるんだね……よぉし!!こうなったら先にピオに追いついた方が次のピオの剣の改造をするってことで、勝負だ!!』


 ひとりの少女を追いかけて、小さな男と大きな男は走りだす。そんな二人の姿を見てはしゃぎながら少女は無邪気に加速し、男達も笑顔でそれを追いかけ続けた。

 どこまでも、どこまでも――際限なく、追いかけ続けた。



 = =



 元冒険者の連続殺害事件の顛末を……不肖ながら、トローネ・ビスタに語らせてもらいます。

 まず、最終的なこの事件の死者は8名……いいえ、7名でした。

 死者7名はその全員が元ウルカグアリ・ファミリアで武器製造に関わっていた人物です。8人中1人だけは奇跡的に助かりましたが、残りの全員はアルガード・ブロッケの製造した電撃のネックレスによってその尊い命を奪われてしまったことになります。

 犯人は2名、うち1名は言わずもがなアルガード・ブロッケその人です。彼は『事象写し(フェノメノンシフト)』という魔法でもう一人の共犯者と共にネックレスを製造。それを元ファミリアに手渡していました。その手口は唯一の生存者だったカース氏の口から明らかになります。

 概要はこうです。

 共犯者は元ファミリアに接触し、彼等に「元ヘラ・ファミリアの人間がピオ・ルフェールの恨みを晴らすために動いているらしい」と吹き込んだそうです。しかも、敢えて真実は分からない風を装い、万が一の時の為に気を付けるよう親切心を装っていたといいます。
 そして「もしもの時の為の防御アイテム」として、あの殺人ネックレスを手渡していたのです。共犯者の事をすっかり信用した彼らは、それが自分の命を奪うものだとも気付かず肌身離さず装着していたようです。
 更に、実際に被害者が出たことで危機感を覚えた彼らは「彼の話は本当だったのだ」と勝手に勘違いし、余計にネックレスを手放せなくなっていったようです。

 ネックレスの詳しい構造などは不明でしたが、事件の直前にアルガードと接触した新聞連合の記者からのタレコミとすり合わせる事でここまで詳細な事実を確認できました。

 犯人のアルガードの動機は単純で、やはり嘗ての工房のいざこざが彼の心中でずっと尾を引いていたようです。そして共犯者に唆されたことで消えかけていた恨みが爆発。言われたままに計画を実行し、7人もの人間を殺めました。

 そのアルガードですが、共犯者の殺害と自殺まで企んでいたらしく、最終的には自分の魂を鎧に映して街で暴れるという暴挙に出ます。彼の中では自分もまた罪人であるという潜在的な意識がずっと横たわっていたようです。

 事件後、鎧は全て停止、若しくは爆発。爆発の理由はまだ判明していませんが、とにかくこのせいで街は滅茶苦茶になり、現在急ピッチでの修復計画が進んでいます。幸か不幸か、この鎧の襲撃で多少の怪我人は出たものの死者は一人も出ませんでした。

 犯人のアルガードは事件鎮圧から数刻後に工房内で発見されましたが、彼は魂を極限まですり減らしたせいで幼児退行を起こし、簡単な言葉をオウム返しするくらいの知能しか残されていませんでした。この状況では罪に問うても意味がないと判断したロイマン大先輩の温情か、アルガードはそのままウルカグアリ・ファミリア預かりとなりました。
 ウルカグアリ様は、事の顛末を説明したアズさんの胸を叩いてこんな事態になったことへの憤りをぶつけてきましたが、しばらくすると落ち着きを取り戻し、現実を受け入れました。元はと言えば自分の管理不行き届きが彼等の道を誤らせてしまったのだと深く反省するウルカグアリ様。彼女に事件の責任は及びませんでしたが、彼女は責任に匹敵する罪を背負ってこれから幼児のようになってしまったアルガードの面倒を見続けるのでしょう。

 なお、彼に仕えていたというモルドという青年が彼女のファミリアに入ってアルガードの世話をしたいと頼み込んでいるのを見かけました。結果は分かりませんが、並々ならぬ熱意だったのできっと余程アルガードを想っている人物だったのでしょう。

 そして、肝心のアルガードを唆した共犯『ウィリス』――アルガードの親友にしてピオさんの事件に関わったもう一人の重要人物。私、レフィーヤちゃん、アズさんは彼の残酷な事実を知ることになりました。今でも信じられなく思う自分が心の中にいます。

 親友にそそのかされ、憎しみの心を利用されて殺人事件を冒し、挙句自分の魂を削りすぎて自分が何者だったのかも分からなくなってしまったアルガード。彼の罪は決して軽い物ではありません。7人も殺せば指名手配されても文句は言えませんし、殺しは当然ながらこの街でもどの国でもタブー。例え復讐や親友の為であったとしても、この事実だけは曲げることが出来ません。

 でも――それでも。

 私は、アルガードを憎んだり恨む気持ちはちっとも湧いてきませんでした。

 彼はきっととても純粋で、すこしだけ行動が遅いだけの、友達想いの男だった。そしてその想いが強すぎたが故に、こんな結末を迎えてしまったのでしょう。彼にとっては嬉しくないと思いますが、私は強い憐みを彼に感じました。

 明日、まだ集まっていない全ての情報を出し合ってもう一度事件のあらましを整理することになっています。とても目が冴えてしまい寝付けない私も、当事者としてそれに参加することになっています。明日の話し合いが終わればこの殺人事件からも解放され、晴れて元の業務へ戻れる……なのに、嬉しいと全く思えないのはどうしてなのでしょうか。
 事件経過を最後にヨハン先輩に報告した時、ルスケ先輩も全く嬉しそうな顔はしていませんでした。むしろ煮え切らない、納得しがたいといった表情だったように思えます。小説のようにサスペンスがスッキリ解決なんてのは所詮創作でしかなく、私達はこうして小さな妥協を受け入れながら前へ進むしかないのでしょう。

 この街は、明日からもアルガードの悲しい末路など気にも留めず、いつも通りに時を刻むのでしょう。誰もが彼に無関心で、自分にはさして関係のない存在だと考えている。こんなにも近くにあるのに、見向きもされずにアルガードの事件は埃に覆われていくのでしょうか。

 いつか彼の事件の痕跡も全て修復され、鎧も回収され、最後にはギルドの書類棚に仕舞われた数枚の紙媒体にまで圧縮されて人々の記憶から消滅してしまう……そんな世の中が、私にはどうしてかとても残酷なものに思えました。



 = =



「………以上です。勝手なことをして帰ってくるのが遅れて、すいませんでした」
「さよか……まー誰かに迷惑かけた訳でもなし。危ない目にも()うとらんようやし、ええんちゃうか?」

 ロキはレフィーヤの1日の冒険を聞いた上で、そう結論づけた。

「……まーリヴェリア辺りはウンとは言わへんかもしれんけど、オーネストとアズにゃんが一緒やったんなら問題あらへんやろ。それこそいい『社会見学』やったっちゅうこっちゃな」
「………全然役に立ちませんでした」
「あの二人が役立ちすぎるだけやて。特にオーネストなんかこの街の中やと1,2を争うくらいキレ者や。一番手っ取り早い方法を取りすぎるからそうは見えへんかもしれんけど、伊達に一匹狼気取ってるんちゃうって」

 からからと笑うロキに、レフィーヤは控えめに頷く。確かにあの人は始終真実に辿り着く為の最短ルートを通っていたように思う。むしろレフィーヤ達がいない方が早く真相に辿り着いたのではとさえ思える程だ。
 結局レフィーヤ達がギルドに戻った時には、オーネスト(ブラスの事はロキには敢えて言わなかった。嘘はついていないのでバレなかったようだ)は既に一通りの報告書をまとめてルスケに押し付け、帰路に就いていた。ウィリスの元を訪ねて真実を知った後、更にアルガードを止めに向かっていた間に、あの人は事態がアズによって終息に向かうことまで見越して行動していたのだ。
 「信頼されてると考えるべきか、薄情者と思うべきか……」などとボヤきながらもロイマンの元へ向かうアズは、苦労人の背中をしていた。あの人にも色々と相棒に思う所があるのだろう。

「ほんで?今日の小さな冒険で、レフィーヤは何を学んだんや?」
「世の中の汚さと悪の存在意義です」
「言葉だけ聞くとめちゃめちゃ荒んどるな……」

 冷や汗を流すロキだが、事実は事実。レフィーヤはこの日、嘘の重要性や人々の無関心から来る倫理との乖離、正当性のない小さな悪が世に及ぼす影響、善意の優先順位など、おおよそ子供が感心を向けるには早い事ばかりを目撃することになった。

「まぁ、アレや。大人に一歩近づいたか?」
「……私、あれが大人になるって事ならずっと子供のままでいいって……ちょっと思いました」
「せやろな。世の中は色んな汚い部分や汚れた部分を抱えとる。人も神も善も悪も、色んなモンが重なり合って引っ張り合う事で今の世の中が形を保っとる訳や。その中で世渡りしてくんには……」

 ロキの部屋に置いてあったインテリアの天秤の皿に、インクの小瓶が乗る。真っ黒なインクを乗せた天秤はカタンと左に傾いた。

「……ま、清廉潔白ではいられんわな。汚れきらんとアストレアみたいな事になって、結局は上手く行かへんもんや。かといって……」

 机の上にある小さな文鎮を持ち上げたロキは、天秤の反対の皿にそれを置いた。今度は右に皿が偏るが、ロキはインクの乗った皿にペンなどの適当な小物を乗せて、おおよそ釣り合ったバランスに整えた。

「黒く染まりきってもそれはそれでアカン。中庸なバランスを維持しようとするんが大人や」
「『秩序は正義と悪の狭間で成立するもの』……ですか」
「どこで覚えたんや、そんな言葉?」
「アズさんが言ってました。オーネストさんが悪人なのに捕まっていないのもそう言う事だ、って」
「んー、アズにゃんもやっぱりそういう所は大人やな~……それでこそわが相方に相応しい!なんつってな」

 普段は漫才のようなことばかりしていても、やはりロキとアズは精神的に対等なのだろう。
 アズライール・チェンバレット――昨日まで怖かったあの男は、レフィーヤにとって近く、なのにどこか遠い存在になってしまった。自分はアズのような達観した存在になれるまで、うんと時間がかかりそうだ。

 アルガードの復讐の理由を、レフィーヤは最後まで肯定も否定もしきれなかった。
 でも、アズはその性質がどんなふうに変化しても全てを受け入れていた。そして受け入れたうえで、彼を止めたのだ。レフィーヤは結局、もしもアルガードが自分自身だったらという仮定から抜け出せなかった。

「もしアルガードさんが私で、ピオさんがアイズさんだったら……それで私が本気で復讐を始めたら………」
「そんな仮定に意味なんかないやろ」

 続く言葉は、ロキが遮った。

「どんなに考えても、結局現実はなるようにしかならへん。せやから怖い。やけど、最悪な未来が訪れんようにウチも子供たちも動いとるんや。やから……家族を信頼せぇ、な?レフィーヤ?」
「………はいっ!」

 これからどんな現実が訪れようとも、どんな不安に押し潰されそうになろうとも、レフィーヤの周りには頼れる家族が沢山いる。ロキ、フィン、リヴェリア、アイズ……双牙刀をボロボロにして説教されてるティオナだってそうだ。

(それはきっと、オーネストさんだって同じですよね……?)

 長身の告死天使と並んで歩く金髪の男の背を思い出しながら、レフィーヤの小さな冒険は幕を閉じた。
  
 

 
後書き
次回、アズたちが辿り着いた真実と……。
次でアルガードを巡る事件は一先ずお仕舞になる筈です。カルピスらない限り……。 
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