俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
8.リリリーリ・リーリリ
《リリの世界》
ここはリリの精神世界。ここではリリの迷いや悩みが議論される。
『とうとう始まってしまうのですね………僭越ながら、議長は主人格たるリリルカが務めさせていただきます』
リリ円卓会議、開廷。
『えー……っと。今回は『リリが救われる方法』を実行するかどうか、というのが議題になります。リリ以外の顔ぶれは……?』
『どーしてそこで躊躇うんですかそこで!出来る出来る気合の問題ですって!さあ、レッツGO!!』
『あ、貴方は!?リリの中に住むリリのペルソナの一つ、ガッツとやる気を司るリリゾー!!』
『えーんえーん!どーせリリはこのまま誰にも構われず一人寂しく死ぬのぉぉ~~!!』
『貴方はリリの中に住むペルソナ二号!悲観主義でかまってちゃんのリリーチェ!?』
『ケッ……納得いかねーですぅ!!何であんな得体のしれねぇポッと出に頼って助けられなきゃならねーですか!?』
『プライドと意地を司る第三のペルソナ、リリセーセキ!!貴方まで!?』
『ああ、不幸な私!所詮身分違いの叶わぬ恋……でも、例えたった一夜の輝きでも!リリは王子様に救われたいのですッ!!』
『ああっ!乙女心とロマンを司る4番目、リリデレラ!?恥ずかしいので貴方は黙っていてください!!』
『ククク……目的達成のために確実な手段を選ぶのは自然だと思いますがねぇ?』
『狡猾さと合理性を司る第五人格リリカワ……!』
『でも、それってこの心のもやもやの根本的な解決にはなりませんよね?』
『悩みと身勝手さを司る幻の6人目、リリスト!特に意味はないけどムカつく!!』
『リリね、もう疲れちゃたのよ!だからアズパパに負ぶってもらいたいのよ~!!』
『はっ!?ワガママと甘えを司る永遠の7番リリエンタール!ちょっとは自制心を持ちなさい!!』
こうしてリリの脳内会議は始まりを告げた。
まず第一号。テニスラケット片手に燃える瞳をめらめら湛えたリリゾーが訴える。
『いいかリリ!!貴方は何が何でも死に物狂いで頑張ってきたんだ!その頑張りをここでフイにする気か!?お前、自由になるって言ったじゃないか!躊躇うのは迷いがあるからだ!迷いを断ち切れ!!』
『つまり、アズに助けられるべきだと?』
『辛い時は人に頼ってもいいんだよ!受け取った力を10倍にして、いつか返してあげればいいんだよ!』
二号リリーチェ。無駄に悩ましげに目尻を抑える鬱陶しい仕草のまま訴える。
『死神に助けてもらって今を乗り切ったって、リリが弱いのは変わらないじゃない!結局リリは不幸になる運命!ヘコヘコする相手がソーマ・ファミリアから死神に変わるだけよ!嗚呼!こんな苦しみだらけの世界なんて!!』
『はぁ……要するに反対ですか?』
『神は死んだ!神の降臨によって、小人族の神は死んだのです!ならば、我々の救いとは……!』
面倒くさいので三号へ。ジョウロを持ったリリセーセキはそっぽを向いて口を尖らせている。
『大体なんなんですかあのアズとかいうのは!赤の他人がリリの今までの努力を無視して気まぐれで助けてもらう!?ジョーダンじゃねえですよ~!なーんでリリが他人に助けてもらわなきゃならねーんです!?そんなのリリのプライドがゆるせねーですぅ!!』
『成程、反対だということで……』
『大体、あいつはヘラヘラしてて死神でポッと出で!信用ならねーですぅ!!』
愚痴が止まらなくなりそうなのでどんどん次へ。芝居がかってる四号リリデレラの出番だ。
『産まれながらひどい仕打ちを受けてきた可哀想なリリ……しかし!それに耐えてきたリリは、とうとう王子様によって救われるのです!これだけ灰を被ったのですから、そろそろ救われてもいいのではないでしょうか!!』
『それはどっちかというと願望ですが……賛成と取ってよろしいですね?』
『綺麗なドレス着て、お城で社交ダンスなんていいかも!キャー!!』
あの脳味噌ピンクが自分の一部だと思いたくないので次。悪い顔で微笑むリリカワが弁舌をふるう。
『考えても見てください。今までだってリリは愛想を振りまき、己の本心を隠して目的を遂行してきたではありませんか。利用できるものは利用し、いらなくなったら切り捨てればいいだけの事です。今更リリに守るプライドなどありますか?』
『賛成、ということですね』
『ククク………素直に安易で可能性の高い方法を使えばいいのです。効率とはそういうモノですよ』
なんとなくだが馬鹿にされている気分になるので次、なんか態度が気に入らないリリスト。
『皆の意見なんて知らないですよ。リリはこの心の底に渦巻く「自分が救われていいのか?」とか、「そんなに都合のいい世界を認めて良いのか?」などのリリ的世界観とアズさんの存在が一致しないんです。そう、アズさんが悪いんですよきっと』
『思いっきり責任転嫁に聞こえなくもないですが反対ってことですね?』
『そーですよ!さっさとアイツと縁を切って悩みから解放されましょう!』
なんか釈然としない理論のまま、最後。リリ以上に幼く見えるリリエンタールに。
『アズがパパだったらリリは甘え放題でしょ?ならアズがパパでいいじゃん!優しくて強くてお金持ち!理想のパパだよ!本物よりもパパらしいじゃん!……そんなパパの背中におぶさって、揺られながら家に帰る……今まであんなに苦しんだんだから、それくらいいいでしょ?』
『うう、パパパパ連呼しないで欲しいんですが、賛成ってことですね』
『甘える人がいたっていいじゃない。血縁なくたっていいじゃない。甘えさせてよぉ……』
会議結果、賛成4、反対3という接戦となってしまった。7人のリリの総合体である主人格リリはあくまで議長なので投票権を持たない……ということは、多数決に則ればこれで決着となる。
『ではー……もう議論するのも面倒くさいので採決していいですか~?』
『鉄は熱いうちに打て!!』
『なんですってぇー!?そんな騙し討ちみたいな採決がありますかー!!』
『こんな身勝手、アトリームじゃ考えられない!!』
『パパといっしょ~♪』
『パパじゃありません王子様です!……っていうか、歳の差3歳ですよ?』
『クク……王子でもパパでもないだろうとツッコむのは無粋ですかね……』
『民主主義など!多数決など、大衆迎合主義が生み出した幻想でしかない!ならば民意とは一体……!』
7人のリリが円卓会議内で踊り狂う。守る賛成派と攻める反対派に挟まれた主人格リリは猛烈な勢いでもみくちゃにされて悲鳴を上げた。
『ぎゃー!?あ、あ、暴れないで!こら!ジーミン党の強行採決を邪魔するミンシュー党みたいになってますから~~~っ!?』
『議長!採決を!!』
『強行採決絶対ハンターイ!!』
『ああもう!!一旦この会議は延長でぇ~~~~すッ!!』
= =
「ハッ!!ゆ、夢………」
もうかけられるのも三度目になるアズのコートに包まれてリリは目を覚ました。
酷い夢だったが、思い返すとあの人格たちは弱いながら確かにリリの中にあった思いと一致している気がする。
「でも、リリデレラとリリエンタールはないでしょ……うん、ないと信じたい」
もしもあったとしたら、リリは自分と向き合えずに心の闇を暴走させてしまいそうだ。是非ともあの二人が人格の表に出ないよう、リリセーセキとリリカワ辺りに頑張ってもらいたいものである。
「お、目ぇ覚めた?」
「ま、マリネッタ……それにアズさんも。ひょっとして居眠りしちゃった……?」
「や、悪いね授業が長引いちゃって。退屈させた?」
冷静に考えれば木漏れ日に包まれて爆睡してしまったリリの方が悪そうなものだが、それを指摘しないのは人がいいからだろうか。恐らく眠ったリリをベッドまで運んだのもアズだと思われるので、会うたびに面倒をかけてしまっている。
「で、なんの夢見てたのよ?なんかパパとか王子様とか強行採決とか呟いてたけど」
「あーいやいやいやいやはははは全然面白くないし話すほどの事でもないのでお気になさらずははははは本当しょうもないことですから」
あんなカオスすぎる上に一部恥ずかし過ぎる夢を間違っても他人に聞かせる訳にはいかない。
「あらそう?微妙に魘されてたから何事かと思ったよ。はい、モーニングコーヒー。ちなみにアズの奢りね?」
「ど、どうも……にがっ」
「あーごめん。ミルクはないけど砂糖あるから」
倹約生活のリリにとってコーヒーはあまり親しみのない飲み物だ。
角砂糖とマドラーが差し出されたので、3つほど放り込んでかき混ぜる。何とか飲めるようになったが、今度は熱くてあまり飲めない。コーヒー自体はとても香りが良いのだが。仕方なくふうふう息を吹きかけながらちびちび飲むことにした。呑み込むたびに喉の奥が熱くなり、顔が一気に熱を持った気がする。
傍から見るとものすごく子供っぽく映ってるかも……ちらりとアズの方を見ると、微笑ましげにこちらを眺めていてさらに気恥ずかしくなった。
「あの……あんまり見られると恥ずかしいです……」
「おっと、ごめんごめん。デリカシーに欠けたかな」
「まったくアズときたらこんな小さいのにヨクジョーするなんて……」
「してないしてない。お前はすぐそうやって人をからかうんだからなぁ」
リリの方から目を逸らして持参の文学書を読み始めたアズの脇腹をマリネッタがつつく。傍から見るとまるで兄妹のように仲睦まじく見えた。マリネッタも別に本気で言っている訳ではないらしいが、その理屈で言えばリリよりマリネッタの方が危ない。年齢的にはリリの方が上だが、外見年齢は五十歩百歩だからだ。
「貴方だって身長そんなに変わらないでしょ。まぁ強いて違いを挙げるなら……」
リリは自分の年相応に発達した双丘を見て、マリネッタの小さな丘を盗み見る。
その視線に一瞬怪訝な顔をしたマリネッタは、一瞬遅れてその意味を理解したのか胸元を隠して顔を真っ赤にした。
「あっ!?り、リリの癖に生意気なっ!!いいのよ私はつつましい生活をモットーにしてるから!贅肉を溜めこむ余裕はないの!!」
「ふふん、自慢じゃありませんがリリだって贅肉を溜めこむほど生活に余裕はないのですよ。つまりこれは純然たる戦力差です!!」
「くぅぅぅぅ……あ、アズ!!アズはおっきいのとちっこいの、どっちが好みなの!?」
「や、何の話か分かんないから………何?太ってるかどうかって話?二人とも年の割には細っこいと思うぞー」
「そうじゃなくて!!」
こいつ本気で話を聞いてない。辛うじて贅肉がどうとか言う部分が聞こえたらしいが、視線が小説に向いているので気持ちも籠っていない。……なんだかんだでマリも乙女なんだなぁと思ったが、アズはそんな様子には気付いていない。意外と鈍感なんじゃないだろうか、この人は。
しょうがないなぁ、とリリは素直じゃない友人をちょっとだけ手助けしてみることにした。
「アズさん好きな女性のタイプはどんな人ですか?」
「ああ、そいう話か。別に見た目には拘んないなぁ……そりゃできれば綺麗な人とか可愛い人がいいけど、身体の大小までは考えないと思う」
イキナリ何聞いてんの!?と言わんばかりに睨んでくるマリネッタをスルーしてアズの様子を分析するが、どうにも物言いから察するに特別好意を抱いている人はいないようだ。なんとなく好奇心と探究心を司る8人目のペルソナ、リリーナが目覚めてしまいそうだ。あの会議欠員いたのかよ、と自分で自分に突っ込みング。
「ほうほう。ちなみにリリとマリは可愛いの範囲に入ってますかぁ?」
「ちょ、ちょっとリリ!?」
「ん~……そうだな。二人とも可愛いと思うよ?……そういえば、オラリオの人って可愛さより金と実力に目が向きがちだよなぁ……例え美人でも金と実力が伴わなければ意味なし、みたいな?」
「……ありますあります!リリもサポーターをやってると分かった瞬間態度変えられることがよくあります!」
「サポーター?なにそれ、そんなポジションあるの?」
小説から目を話したアズが意外そうに言う。
何を言ってるのだろうかこの人は。あの冒険者のカースト最下位がなる最も屈辱的なポジションの事を知らないというのか。2年冒険者してるんじゃなかったのか、あんた今まで何を見てたんだ。……と言おうかと思ったが、よく考えたらこの人達ってサポーターが活動する上層をすっ飛ばして結構下に潜ってるんだっけ。今度はリリセーセキの勢力が強まっている。
「荷物持ちですよぉ。魔物と戦えるほど強くない冒険者は、サポーターという荷物持ちの仕事に就かざるを得ないんですぅ。戦いもせずにドロップアイテムや魔石を集めて、その中から雀の涙ほどの報酬を得る……利用したことねーんですか?」
「いや、オーネストと一緒にいると俺が必然的に荷物持ちになってるし。それにダンジョンで出くわす大型ファミリアは物運び専属班があるからそういうものかなぁと……」
「チッ、これだから大物冒険者は……」
主人格の逆位置に存在するペルソナ、ダークリリがちらっと顔を覗かせる。今のリリは気分的にちょっぴりダークサイド。冷えてなお芳しい漆黒を胃袋の燃料タンクに注いでパワーも満点だ。このコーヒー、なんだか飲むたびにエネルギーが漲る感じがする。
勇気ハツラツぅ?アズにゃんコーヒー!!新しい!!新しい朝に向かってリリは突進することにした。
「リリは冒険者は嫌いれすけどぉ、そーいう苦労人の存在も知らにゃいようなボンボンはもっと嫌いなんれすよぉ!」
「ウィスキーボンボンとかは好きだぞ?ほら、今日なんか自作のソーマボンボンを作ってだなぁ、これがノウハウ不足で角砂糖そっくりになっちゃったんだよ」
「そうれす!!そのそーまぼんぼんがも~ぼんぼんの発想れしてれすねぇ………はひぇ?」
頭の中のリリカワが「……角砂糖?まさか、コーヒーにいれたあれに……あれに神酒?」と顔色を真っ青にして呟いた。つまり、どういうことだってばよ?
えっと……アズの言うボンボンとは、チョコなどのお菓子のなかにウィスキーなどのお酒を入れたものの事だ。で、アズのボンボンは角砂糖みたいで、しかも神酒入り?よく分からないが、それでも地球は回ってる。地球ってどこだ?
「なんらかわかんにゃいけろ、世界がぐるぐるまわってまふぅ~♪」
そう、星は回るのだ。リリ賢いから知ってるもん。
「ねぇアズ、リリの様子がおかしいんだけど。さっきから興奮してるし呂律回ってないし、若干顔が赤くて目元がとろんとしてない?」
「そうだなぁ……まるで酔っぱらってるみたいだなぁ」
む、マリネッタがパパと何か喋ってるのれす。ずるいとおもいまふまふクッション。
「ねぇアズ。コーヒー豆は元々ここに置いてあったけど、角砂糖なんてあったっけ?」
「んー、角砂糖はないけど、同じ砂糖の塊みたいなソーマボンボンで代用したよ。」
人の目の前でイチャイチャすんなれすぅ。アズはリリのパパで王子様なんれす。つまりはパパ上でパパ君、キングパパスなのれす。こっち見てくれなきゃ嫌ーれす。なんで視線はこっちなのに、言葉はマリなんれふかふかマットレス?リリにも言葉くれなきゃや~や~や~の飛鳥文化アタックなのれふ。
「ねぇアズ。神酒って……普通どれくらいで酔っぱらうの?」
「えっとなぁ……あれは量が問題じゃないから、少量でも飲む人が飲めば酔っぱらうってさ」
「………リリ、酔っぱらってるんじゃない?」
「………………おお!!」
『って、今更納得してんじゃねぇですぅ!!』
『いかん!主人格が倒れたことで人格席ががら空きだ!リリが死守せねばうおおおおお!!』
『やめなさいリリスト!!ここは貴方のような男性寄りの存在ではなく女寄りかつ貞操観念をしっかり持ったこのリリデレラが!!』
『あー……皆さん』
『力への意志を!かくなるうえはこの閉息した世界で煩悩と愚に塗れながらでも光を!!』
『リリーチェはインテリだから気合が足りない!ここは活を入れるためにこのリリゾーが!!』
『……皆さん!!』
珍しく声を荒げたリリカワに、椅子取り合戦でもみくちゃになったペルソナたちが一斉に振り向く。
ごほん、と咳払いしたリリカワが、主人格席を指さした。
『はしゃいでいる所申し訳ないのですが……貴方がたが醜い争いをしている間に、一番座らせてはいけなそうなリリエンタールに主人格席が取られています』
そこには、子供のように足をパタパタ動かして歌うリリエンタールの姿があった。
『あ~まえほうだいっ♪あ~まえほうだいっ♪』
『『『『『………なにぃぃぃぃ~~~~~!?!?』』』』』
こうして、リリのリミッターが外されてしまった。
「ぱ~~~~ぱ~~~~~!!」
「ひょっとしてそれ俺の事言って……うごばぁぁぁーーーーッ!?馬鹿な、これは法隆寺を倒壊に導いた伝説の飛鳥文化アタック!!何故オラリオにこの技の使い手がッ!?」
おお、リリよ。7番リリエンタールに主人格を奪われてしまうとは情けない。でもいいのれす。つまりリリエンタールが表ということはアズに甘えまくりでも合法化され、決議は賛成が明瞭の紅蓮をぽにょぽにょがわふわふ焦土で秩序に基づくランデビューポロロクロイスはいだらぁなのれす、まる。
「にゃははははは~~!ぱーぱ、ぱーぱぁ♪」
ほっぺすりすり。パパはおひげがないので気持ちいい。首筋に顔を埋めて匂いをかぐと、なんだかとってもいい匂い。せっかくだからリリの匂いもあげるのだ。ぎゅぎゅっと抱きしめてパパの首からぶらさがりれす!
「わーい!おさるさんごっこ~♪パパぁ、だっこして?」
「いやパパって、俺と君は歳の差3歳ですけどぉ!?」
「うぐがががが……り、リリめぇぇぇ~~!!誰に許可を得てアズに色目を使ってんのよ!!こうなったら……私もコーヒーを飲む!浴びるようにっ!!」
「おい馬鹿やめろ!!事態を収拾できなくなるから!!できなくなるからぁぁぁぁ~~~~!!!」
その後、リリは同じく盛大に酔っぱらったマリネッタと共にアズの鎖を使って電車ごっこのように貧民街を飛び出し、アズは哀れ都市轢き回しの刑(肉体よりも生暖かい視線による精神的なダメージ多し)を受けることになってしまった。
その後も怒涛の勢いは止まらず、アズは二人をおんぶにだっこでダンジョンに突入させられたり、よそのファミリアの見学にいかされたり、最終的には「あの告死天使に隠し子が!?」というあらぬ噂まで立てられてしまった。
なお、最終的に酔い倒れた二人を抱えて屋敷に戻るアズからはパパの貫録を感じる、とゴースト・ファミリアは盛大にからかい、帰ってきたオーネストに至っては「その子たちの面倒見るんなら、ダンジョンから身を引くことも考えとけ」と妙に優しい声で奨められたという。
= =
「いいじゃねぇか……大切なもの。陳腐で下らねぇが、人間なんて下らねぇ位が丁度いいと思わねぇか?」
「るせー!てめーだって彼女の一人でも持ったらどうだ!!俺知ってるんだぞ!てめー結構モテてんだろ!!俺の知る限りでもお前に惚れてる奴6人くらいいるぞッ!!」
「俺みたいなろくでなしに惚れる女がいたら、こう言ってやる……『お前、男の趣味が最悪だ』ってな」
「言ってろ!確かに間違ってもないがな!!」
オーネストは殆ど酒を飲まないが、アズは結構飲んでいる。ジョッキに注がれたビールを一気に飲み干したアズは、ぶはー!と大きく息を吐く。
珍しく不機嫌だな、とオーネストは少し意外に思う。
アズという男は、基本的に冷めている。例えば10人中10人が激昂するほどの外道が相手でも、この男は眉をひそめて「おたく、趣味悪いね」と一言漏らすだけだ。無論、気に入らない外道は縛り上げてギルドに突き出したりする訳だが、それでもアズは激情というものを表出させない。
そんな彼が感情を露わにする理由とは何か。
オーネストの見立てが正しければ、彼をそうさせているのは――責任だ。
俺達に未来は要らない。
だが、それは本当は脆くて、いつ崩れるやも知れない砂上の楼閣のような言葉であることをオーネストは知っている。
もし、不安に思わせたくない人を慮ったら。
もし、自分がいなければ路頭に迷う人間がいたら。
もし、その相手を愛してしまったら。
その瞬間から、人は未来を求めてやまなくなる。守る人、守りたい人に対する責任という名の欲動が、否応なくその瞳を先へと向けさせる。それは自らを束縛することでもあり、そして何よりも「人間らしい」ということになる。
アズが不機嫌なのは、その責任とやらを思い出してしまったのだろう。二人の子供に懐かれて、考えてしまったのだ。「自分がくたばったら、この子たちはどうなるのだろう」と。
オーネストはそれを否定しない。ただ、自分はそれをやらないだけだ。
誰にも縛られない。誰にも従わない。誰も求めない。
そんなどうしようもない屑でも、不思議と友達というのは出来てしまう。
言うならば、ゴースト・ファミリアとはそんな屑が積み重なり、折り重なって出来上がっているとも言える。誰もが何かを省みず、そこから目を逸らして生きている。どこまでも自分本位でしかないのに、その繋がりは深く、重く――そして、決定的に愚かしい。
「アズ。守るべきものは人を強くも弱くもする。それを弱さと切り捨てるのも、強さにするもの自由だ。それは愚かしいことかもしれないが、決して間違いにもならない……そんなことはお前には言うまでもないか」
「………お前ってさぁ、人の話聞いてないみたいな態度の癖に、直ぐ人の心の核心を突くな」
知ってたけど、と小さく続けたアズは、ジョッキをテーブルに置いて、ちらりと部屋の奥のベッドで寝転がる二人の幼子(一人は外見だけだが)を見やった。すうすうと寝息を立てる二人の無垢な少女に、アズは頭の裏をかりかりと引っ掻いた。
「……あの二人を守りたいんなら、俺についてくるのは止めた方が賢明だ。そもそも――お前にはダンジョンに潜る理由ってやつが元々欠如している」
「よりにもよってお前が言うかね、それ……本当は誰より無欲だろうが。お前こそ潜る動機や意味がねえっての」
「意味ならあるさ。生の実感という、俺にとっては何にも代えがたい大きな意味がな。お前も確かにそうではあるが、別の道にも行けるだろう。趣味の薬作りがいい証拠だ」
アズはオーネストと同じ、物欲も名声もない。冒険心はそれなりにあるが、オラリオの求める『理想の冒険者』とも『標準的な冒険者』ともかけ離れている。こいつが求めている『夢』とやらは、ダンジョンの外にある可能性の方が高いくらいだ。
対してオーネストの望むものは、ダンジョンにしかないのだ。
戦わなければ、オーネスト・ライアーは死を迎える。
本当の意味での、自分にとっての死を。
「俺は自分の生き方を決して後悔しない。だが、後悔する生き方の方がお前には似合ってるような気もする。痛い目を見る前に、退いてみたらどうだ?」
それとも――俺も怖いのか。
いつか、この長身の酒飲みが世界から捨てられる瞬間が。
知っている。
分かってるよ。
俺は元々――臆病だから。
だが、アズライールを前にすると、時々その事実さえも覆るような気がするのだ――
「おーいおい、俺の行動は俺が決めるもんだぜ?お前の口癖でもあんだろ?死にたがりのオーネスト君や」
アズがオーネストにツマミの干し肉の欠片を突きつけた。
神妙な顔でオーネストを睨みつけたアズは、シニカルに笑った。
「俺は強欲じゃないが、結構馬鹿でな?二人の事を背負うってのはそれなりに不安もあるが、両立させようとも思っている。そして、晩酌の話し相手が眼を離した隙に勝手にくたばるのはこの俺が許さん。――俺に生かされてろ、馬鹿一号」
「………お前の友人趣味も最悪だ、馬鹿二号」
突きつけられた干し肉を取ったオーネストは、呆れたように鼻で笑いながら肉を齧った。
アズもまた、シニカルな顔を悪戯っぽい笑いに変えて肉を齧る。
まったくどうして――俺達はとことん碌でもない。
だからこの碌でもなさに、俺は時折どうしようもなく充足を感じるのだ。
置き去りにされた俺の刻と、いずれ訪れる告別を考えないで済むのだから。
後書き
一番最初に考えてたプロットでは、アズはリリの事が何となく気に入らなくてちょっとイジワルとかしちゃう予定でした。で、リリを気に入らない理由が自分でも分かんないアズが色々と思い悩む感じにしたかったんですが……ギャグ路線に変更されました。
そして暴走のテンションアップの後に、初のオーネスト視点で一気にクールダウン。なお、リリは一応ヘスティア・ファミリアに落ち着く方向性で考えてます。
ページ上へ戻る