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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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9.紅の君よ、呪われてあれ

 
前書き
そしてこの落差である。 

 
 
 お前は何のために戦う、と問われれば、俺はきっと首を傾げる。

 同じ問いをオーネストにすれば、そこに戦いがあるから、と言うだろう。
 ココちゃんなら、高みへ行くため、と事もなげに答える。
 ヴェルトールならば、こっそり連れている可愛らしとい自律人形を指さして、偶には戦わせないとな、と肩をすくめる筈だ。

 では、ダンジョンに潜らない人は戦っていないのかというと、別にそんなことはない。

 メリージアなんか、いつも献立と屋敷の汚れ相手に壮絶な戦いを繰り広げている。
 フーの場合は工房に籠って鉄を打っているとき、戦う戦士にも劣らない真剣な眼差しを見せる。
 マリネッタやヘスティアは貧困と闘っているし、エイナちゃんなんかは忙しさと戦っている。

 みんな戦っているのだ。そしてそれは、生きる限り延々と継続される。
 言うならばそれは、絶対的な人生防衛戦線。
 すなわち、生きることこそが人にとっての戦いとも言える。

 戦いが終わる時は――生きて、生きて、生き抜いた時。
 戦いが終わる時は――何かに、決定的に、負けた時。
 戦いが終わる時は――死に向かう衝動を、行動によって肯定した時。

 俺はどうだろう。俺は皆ほど死に物狂いに生きているか?
 趣味と暇つぶしに現を抜かし、求めるべき夢が落ちてくるのを雛鳥のように口を開けて待っている。そんな存在は、ある種では死んでいるし、生きていない。ならば俺は何をしている?オーネストの後ろをついていく俺は、何と戦っているのか?

 その問いに、俺は明確な答えを見いだせない。
 だが――本当に何となくだが、時々こう思う時がある。


 俺は、死を抱え込んだどうしようもない自分自身と戦って、何かの拍子に勝ってしまったんじゃないか?


 終わりのない戦いのなかで、俺は一度終わってしまったのだ。
 死を受け入れたのも、心を渦巻く恐ろしさが消えてしまったのも、あの時からだ。
 何かに支配されたわけでもなく、何かを怖れる訳でもない。
 それはある種の勝利であり――そして、生きている人間が迎えてはいけない彼岸だ。

 ああ、そうか。何となくだけど分かってきた。

 つまり、俺はダンジョンで鎖をぶん回しながら心の中でずっとこう叫んでいるんだ。

 「俺は確かにここで生きているよ」、と。

 そうやって叫んでいないと、俺自身が生きていることを忘れてしまいそうだから。



 ――では、オーネストは?

 あいつも一度、勝った筈だ。或いは負けたのか、ともかく一度終わった筈だ。
 だが、あいつは俺と近いけれど、違う気がする。
 ふと、案外まだ戦っているのかもしれないな、と思った。

 だってあいつ、根本的には『死ぬほど』負けず嫌いだから。
 どうしようもなく不器用で、例え負けていると頭の中で分かっていても絶対に認めないくらいに頑固者。死んで生まれ変わってもそのまんまもう一度同じ道を歩んでしまうほどに、逃げないから。

 ――だから、あいつと戦い続けられるのは、きっとあいつ自身を置いて他にはないだろう。

「お前も大変だな。過去の自分とにらめっこかよ」
「………唐突に人の心を覗くんじゃねえ、死神モドキ」
「流石はアズ様!オーネスト様のこと粗方見透かしてやがりますね!同じ穴のムジナって奴ですか?」

 オーネストの若干悔しそうな顔をしている所を見るに、大正解だったようである。
 うむ、今日も絶好調でメリージアの飯が美味い。



 = =



 『狂闘士』オーネストは敵と見なした者に決して手心を加えずに全力で鏖殺する。相手が泣こうが喚こうが世界の半分を割譲しようが、オーネストは絶対的に敵を打倒し、圧倒し、見る者にも戦った者にも恐怖を植え付ける。そこには勝敗を越える妄執染みた世界があった。
 本気とか全力とかレベルといった数字以前に、彼という存在そのものが暴力の擬人化であり恐怖の権化なのだ。故に、誰もがオーネストの実力を認めながらも決して戦おうとしない。彼を敵に回した結果を良く知っているから。

 オラリオ最強と謳われるレベル7、『猛者(おうじゃ)』オッタルは、彼と戦って右の耳を失った。

 幸いにも耳は様々な回復方法を駆使することでまた生えてきたが、そのニュースはこの街を揺るがすに値する驚愕を以ってしてオラリオに響き渡った。オッタル自身もその戦いを「己の人生で最も恥ずべき戦い」と断言している。

 オッタルは、フレイヤ・ファミリア最強の戦士だ。そして、オラリオ唯一のレベル7でもある。
 他のレベル6をも大きく凌駕し、どんな魔物と戦っても負傷するような失態は冒さない。
 つまりそれが意味するのは最強、無敵、強靱、そして頂点なのだ。
 彼の存在そのものが無敵神話そのものと言ってもいい。

 その無敵神話に、初めて雑菌塗れの汚泥を塗りたくった男がオーネストなのだ。

 当時、オーネストは危険人物として一部では知られていたが、どちらかと言えばアングラな存在だった。そんな彼にちょっかいをだしたのがフレイヤ。彼女はいたく彼の魂を気に入って勧誘しようとしたらしい。だが――それはオーネストの「何か」に触れ、彼を極限まで激昂させる。オーネストはフレイヤに「報い」を受けさせようと、そしてオッタルはそれを防ごうとして決闘が始まった。

 最終的に、オーネストはオッタルには勝てずに公衆の面前で敗北した。
 オーネストがオッタルに負わせた傷はその耳と、いくつかの切り傷程度でしかない。その後オーネストは1週間もの間昏睡状態に陥るほどの深手を負い、ゴースト・ファミリアに回収される。結果だけ見ればオッタルの大勝。予定調和の展開だ。
 だが――オッタルもフレイヤも、その決闘を目撃した人も、またその報告を知った敏い冒険者や神たちも、起こった事象を全くそのようには感じなかった。

 すなわち、こうである。

 『オーネストという男は、一度怒り狂えば神にさえ牙を剥き、最強の戦士の肉すら抉るほどに暴れ狂う一種の化物である』、と。

 届きえぬから最強なのだ。触れる事さえ許さぬから『猛者』なのだ。
 その最強の種族的象徴とも言える耳を、彼はその荒れ狂う魂だけで千切ってみせた。
 もしもこれがオッタルでなく、もっと格下の存在だったのならば――オーネストは自分の臓物をぶちまけられてでも敵の脳髄を叩き潰し、絶命させただろう。逆を言えば、それ程の覚悟を『自分を怒らせた』というだけの理由で振るえる男なのだ。

 さらに付け加えるならば、オッタルは絶対の忠誠を誓うフレイヤに「殺してはならない」という命を受けていたにも関わらず、彼を死の直前まで追い込まなければならなくなる状況にまで押し込まれている。鋼よりも固い忠誠心を持つ彼からすれば、あり得ないほどの失態だった。

 骨が砕けても肉が千切れても、絶対的な殺意と覇気を纏って立ち上がる彼は、地獄の悪鬼の如く。
 オーネストは戦いには負けた。だが、あの日の戦いを支配していたのは間違いなくオーネストだ。
 その証拠に、その日の戦いを目撃した人々は、オーネストの殺意に煽られて数日間眠ることが出来なくなってしまったのだから。

 ちなみにこの決闘から1週間ほどダンジョンの魔物発生率がオーネストを恐れるかのように急激に落ち込んだのは、彼の伝説の一つとなっている



 このように猛烈な『濃さ』があるオーネストに対し、その相方の『告死天使(アズライール)』は彼と全く違う方向で畏れられている。

 戦いに於いても愚か者を冷笑するように嗤い、絶対的断罪者としての鎖を振りかざす。
 彼は息を切らさない。彼は血を流さない。彼は隙を見せない。彼は恐れを持たない。
 彼の背中には、封印されたように鎖に縛られた『死神の如き者』がいつも控えている。

 周囲の気温を一気に下げる程の濃密な『死』の気配が、彼と戦おうと言う発想そのものを削いでいく。

 その姿は、ある種の絶対的で圧倒的な一つの現実の顕現。
 すなわち、死を齎す者――転じて、彼そのものが『死』。
 なのに、彼は人の姿として『そこにある』のだ。

 『神気』に迫るオーネストの殺意とは違い、彼はまるで『死神の如くある』。
 人の筈だ。生きている筈だ。神ではない筈だ。筈なのに――彼の者は、いみじくも畏ろしい。
 故に天使。神に非ざるが、神に近しき告死の者。『告死天使(アズライール)』。

 分かりやすい暴力が恐れられるオーネストと違い、アズラーイルという男の本質は、底を知ろうとすることさえ烏滸がましいと思えるほどの底知れなさなのだ。

 あいつはどこまで出来るのだ?
 それを覗いた時、自分はどうなる?
 触ってはいけないパンドラの箱。
 へらへら笑うあの男の腹の底は、決して覗いてはならない。

 故に、アズライールにあるのは恐れではなく畏れなのだ。



 = =





 『白づくめの男』は、かつて闇派閥(イヴィルス)というこの街の暗部――秩序を嫌い、世界を乱そうとした悪神の尖兵だった。

 6年前、『27階層の悪夢』と呼ばれる最悪の事件を引き起こした彼は一度死に絶え――そして、新たな命を『彼女』に賜った。以来、彼は『彼女』を崇拝し、敬愛し、彼女の願いを――迷宮都市オラリオという汚らわしい神々が創り上げた虚構を滅ぼすために様々な下準備を進めてきた。

 そして、準備が本格的な軌道に乗った丁度その頃に、その男は現れたのだ。

「うおーい、オーネストやーい!……ったく、ちょっと寄り道しただけなのに見捨て先に進みやがって。朝の事を根に持ってんじゃないだろうな――って、あら、おたく誰?」

 物見客のように呑気で緊張感のない声と共に、それは突如として現れた。
 最初、『白づくめの男』はそれの危険性に気付くことが出来なかった。
 余りにその男が自然体であったから、警戒心が和らいでしまったのだろう。
 それに、冒険者らしいのに丸腰で、忌々しい神の恩恵の気配もどこか薄い。
 それらの事実を総合的に判断して、焦るほどの脅威ではないと――愚かにも――思ってしまったのだ。

「ふむ。貴様、どうやって食糧庫(ここ)に来た?ここに来るまでそれなりの魔物と同志がいた筈だが」
「どうって言われても、正面突破というか……相棒がぶっ殺したというか……」
「つまり、その男のサポーターか?」
「似たようなものかもな」

 男はあっけらかんと答え、部屋の中を物珍しげに見回している。その余裕は相棒とやらへの絶対的信頼故か、自分だけは生き残れるという根拠もない自信故か。

 なるほど、どうやらこの男の相棒とやらは随分腕が立つらしい。しかし相棒と途中ではぐれて紛れ込んだ、といった所か。相棒とやらは後で速やかに排除するとして、この男はとっとと魔物の養分にでもなってもらおう。
 短い会話のなかで得られた端的な情報を総合した結果、男はごく自然に目の前の推定弱者の命運を一方的に決定させた。自らの目的の為にそれを躊躇う理由もなければ、この哀れなサポーターに負ける可能性もないと考えたからだ。

「では、ヴィオラスの餌にでもなれ」

 『白づくめの男』の一言を待っていたかのように、大量の食人花(ヴィオラス)が醜悪な口を開いて得物を見下ろす。

 男は気にしていなかったようだが、この部屋――いや、魔物の餌場である『食糧庫(パントリー)』全体が食人花の苗床になっている。つまり、男が一つ合図を送れば、腹を空かせたヴィオラス達は壁や天井から這い出してすぐさま目の前の男を貪ることが出来る。

 並の冒険者では撃破することも難しい大量のヴィオラス達が出現し、一斉に男へ殺到する。
 その様子を見た男は、焦るでもなくゆっくりと身をかがめ――両手を交差させながら壁に向けて一言呟いた。

「おおっと、『(ドゥキラ)』ッ!!」
「何ッ!?貴様……!!」

 男の手元が妖しい黒霧を纏い、数十本の鏃付鎖が虚空を乱れ飛んだ。
 複雑に絡み合いながら天井や壁に次々命中した鎖は建物を貫通して再び部屋に戻り、男へと殺到したヴィオラス達を四方八方から貫き、絡め、削り、吹き飛ばしていく。
 男が魔物を殺すために取ったアクションは、ただその一瞬の動きだけだった。

『ギシャアアアアアアアアアアアッ!!?』
「うえっぷ、汁と破片だらけで余計に悪趣味な部屋になっちまったな……ま、いいか」

 男が顔を上げた時には、ヴィオラスは唯の一匹も残さずズタズタに引き千切られて床に息絶えていた。先ほどの一瞬でサポーターだと決めつけた男が繰り広げた、圧倒的で一瞬の虐殺。

 物理法則を超越した質量の出現は、何らかのスキルか、或いは魔法か、将又マジックアイテムか。壁を貫通して自動追尾的に魔物を殺したことから鑑みても、魔法関係の可能性が高い。

(だとしたら全く新しい魔法……しかも、この威力と汎用性で詠唱破棄可能だと………!?無害そうな面をして、出鱈目な!!)
「にしても……ヴィオラスって言うのか、この人食い花。見たことない魔物だな」

 興味深そうにしゃがみ込んで引き裂かれたヴィオラスの死骸を摘まむその男に、『白づくめの男』は未だ嘗てない戦慄を覚えた。今、この瞬間の隙をついてでもこの男を殺さなければ、後後で自分に――『彼女』に致命的な何かを齎す予感が、反射的に体を動かした。

「ウオオオオオオオオオッ!!」

 その身に与えられし、人間の限界を突破した膂力が空気を割いて振るわれる。
 男はしゃがみこんだまま動かず、ぼそりと呟いた。

「――阻めよ、『(ガナン)』」
「ぐうッ!?」

 ノーモーションで展開された鎖が男を覆い、壁となって立ちはだかる。人間の骨肉など容易に粉砕する拳が叩きつけられるが、まるで巨大な壁を殴っているようにびくともしない。
 深く息を吐いて更に力を込めた数十発の拳を叩きこむ。

 ガガガガガガガガガガッ!!と轟音が部屋に響くが、撃ちこんだ本人は渋面に顔を歪ませる。

「莫迦な………たかが鎖がたわみもしないだとっ!?」
「あー、悪い。この鎖、普通じゃねえんだわ。触りすぎると生命力削られるから気を付けろよー」
「生命力……鎖……そしてこの余裕。貴様、まさか………」

 ――虚空から現れて魔物を貫く鎖。
 ――いついかなる時も余裕を崩さない超越的な姿。
 
 そして、部屋を乱れ飛んだ鎖から感じられる、冥界のように冷たく深い『死』の気配。
 鎖を通して感じる。魔物たちが、この神を由来としない暴力に戸惑いを覚えている。
 これほどの『死』、これほどの力が指し示すような冒険者は、ただ一人しかいない。

「そういうことか……貴様、『告死天使』だな!!サポーターにしては荷物が少ないし、護身用の武器すら持っていなかったことをもう少し疑うべきだった……!!」
「何もかも一方的な御仁だねぇ………というか、その仮面なに?ヤギの頭蓋骨?」

 サバトでもすんの?と意味不明なことを質問する男の正体を、やっと『白づくめの男』は理解する。

 住みながらにしてオラリオに忌避される二大異端者が一人、アズライール・チェンバレット。
 この街の要注意人物の一人――別名を『死神に近しき者』。
 一時期は『こちら』に引き入れられないかと検討したこともある男だ。

 表も裏も、等しくアンタッチャブルとされる存在――だからこそ、可能性はあった。
 だが、同時に『白づくめの男』は決定的なまでに「この男は無理だ」とも思っていた。

 アズライールの名は、神に送られた二つ名そのもの。
 そして、チェンバレットの姓は――忌まわしきあの男より受け取った物。

 この男の名前は、自分が世界で1番嫌いな要素と、2番目に嫌いな要素を含んでいる。

「ということは……貴様と共に来たという男はオーネストか!!あの忌まわしく穢らわしい血がここに……!!」
「――誰か俺の事を呼んだか?」

 直後、壁が猛烈なパワーで吹き飛ばされ、一人の冒険者が現れた。
 全身を返り血の真紅に染め上げ、手に握った剣には腹を貫かれて絶命した男が刺さったまま引き摺られている。歩くたびに死体の腹の傷が抉れていくが、オーネストは全く意に介していない。

「おい……おいオーネスト。………参考までに聞くけど、その最高に悪趣味なオブジェはなんだ?」
「殺した得物だが。それより見てみろこいつ、胸に面白いものが埋まっているぞ」

 まるで塵を捨てるように剣を振り、死体は飛ばされてアズの足元に転がる。
 それを覗きこんだアズは、おお、と驚愕の声を上げた。
 そこにあるのは、真っ二つに裂けた輝石。

「胸に魔石が埋まってやがる………こりゃ種族的には人間というより魔物だな。俺は詳しくないんだけど、これって人間に似た魔物ではなく元人間で間違いないの?」
「多分な。意志は脆弱で、縋るだけで考える事はない。典型的な洗脳状態だった」
「と、いう事は……ひょっとしてあっちのお兄さんもそういう系?」

 アズが指を差した先にいる男を一瞥したオーネストは、ああ、と呟く。
 『白づくめの男』にとってその目線を向けられるのは6年ぶりで――あの日から消えない腹の疼きを否応なしに思い出させる反吐のような再会。はらわたが沸騰するような怒りと屈辱が、全身を渦巻いた。

「よう。テロリストから犬っころに転職したようだな。良く似合ってるぜ、オリヴァス」
「貴様はあの時から何一つ変わっていないな、オーネスト……!忌まわしき血の男!」

 白づくめと真紅。
 無表情と敵意。
 表の危険と裏の危険。

 その男達は、外部から内面に到るまでどこまでも対照的だった。

 オリヴァス・アクト――元・闇派閥(イヴィルス)所属の過激派テロリストにして、6年前に死亡が確認された筈の男。その男が生きてここにいることを、オーネストは知らなかった。しかし、仮面をかぶっている上に6年間死んだと思っていたその男を、オーネストは瞬時に言い当てた。

「ふん……やはり驚きもせんか。つまらんが、貴様ならそうだろうな。『神の血を飲んだ貴様なら』精々その程度だろう」
「そういうお前は何年経っても下らないことばかりで変化のない奴だ。一度腹を掻っ捌いてやったというのに、同じことを繰り返す気なんだろう?」
「だとしたら、お前はどうする?邪魔するのか、あの時のように――!!」

 オリヴァスと呼ばれた男の放つ狂気を纏った殺意は、半端なものではない。いっそその気配だけでも力のない相手ならば殺せそうな程、地獄の業火のように空気を焼いている。その空気に煽られても眉一つ動かさなかったオーネストだったが、続く一言でその表情が崩れた。

「貴様は自由意志とか自己決定などとうそぶいて満足しているようだが、俺は知っているぞ。貴様は未だに『あれ』に縛られ続けているだけだ!救いようもなく愚かだなぁ、貴様は!!神に捨てられた者よ――」
「―――死ね」

 言い終えより早く、オリヴァスは斬り飛ばされていた。
 オリヴァスが斬り飛ばされた時には、既にオーネストは剣を握っていた。

 まるで最初にオリヴァスが勝手に斬れ、その理由付けのためにオーネストが剣を握ったかのような――因果が逆転したかのような錯覚を覚えるほどに神速(はや)い斬撃。
 だが、斬ったオーネストは忌々しそうに眉を顰めた。

「斬られるのは、予想済みだ……!!」
「ちっ……最初から俺とやりあう気はなしという訳か」

 感情任せに斬ったせいで荒かった上に、ガードで致命傷を避けられている。
 それでもガードした腕は今にも千切れそうなほどに深く断たれ、虚空に鮮血の尾を引いていたが――オリヴァスにとってその傷は致命傷足りえない。斬撃によって吹き飛んだオリヴァスの身体が、突如として地面の下へと消えた。

「斬り飛ばされた反動を利用して、予め空けてあった逃げ道からバックれやがったな?死にぞこないの癖に俺を利用するとはいい度胸だ」
「ええっと……わっ、地面にでっかい穴が!」

 おそらく、オーネストの言うとおり最初からここに逃げ込んで難を逃れるつもりだったのだろう。傍観していたアズがゆっくり足を運んで確かめてみると、そこには血痕の残る穴があった。直径は2M近くあり、人どころかそこそこの大きさの魔物でも通れそうである。

「あいつ、人か山羊かモグラかハッキリしない奴だなぁ」
「分からんなら教えてやる。あれは喋る(あくた)だ」
「あーあーお前からしたらそうだろーね……」

 オーネストにとって興味のない存在は全部ゴミ扱い。いつものオーネストである。
 斬り飛ばされる為に態と挑発染みたことをのたまい、そしてオーネストはそれにまんまと乗せられたという訳だ。顔を顰めたのは言われた内容にではなく、相手の思惑に乗ってしまったという不快感からだったようだ。

 何とも言葉が短く殺伐とした再会劇は、こうして呆気なく終了したのだった。
 オリヴァスはここで死ぬわけにはいかない。彼の執念は全身全霊でここから逃走し、次の事を起こすつもりだったらしい。



 追手が来ない事を確認して速やかに逃走したオリヴァス――かつて『白髪鬼(ヴェンデッタ)』と呼ばれた狂気の男は、忌々しそうに自分の指の爪を齧りながらヒステリックに叫んだ。

「今までオーネストにばかり目がいっていたが……『告死天使』!奴が力を振るった瞬間、『彼女』が怯えた………奴だけは、何にも優先して殺す必要がある!!」

 狂信とは恐ろしいものだ。
 死を恐れないが故に、『死そのもの』の恐ろしさを永遠に理解することが出来ないのだから。



 = =



 ――二人はその日、22階層に見覚えのない巨大な植物を発見した。

 そして、アズがそれに興味を持って、迷路のような内部に侵入してみたのだ。
 思わぬ面倒事にオーネストはすっかりやる気が失せたたしく、二人はあっさりと18層の休憩場所へと引き返すことになった。

 オリヴァスが何故ここにいて、どうしてあっさり逃げ出したのか。そして何をしているのか。二人はそれを追求する気もなければ、興味もさほどなかった。ただ、一応ながらアズは後でギルドに報告しておこうと思った。一級冒険者ならそうそう遅れは取らないと思うが、事情も知らない冒険者が手を出して魔物人間が増えたら目覚めが悪いからだ。

 全ての事実が判明するのは、それよりもずっと後の話になる。そしてもとよりオリヴァスの事など知りもしないアズにとっては、全く事の重大さを感じていなかった。

「おーい、帰ったら俺にもちゃんと事情説明してくれよー?」
「今日は機嫌が悪い。ギルドか、暇な古参にでも聞け」
「冷てぇなー………ま、いいや」

 帰り道、アズは『神の血』についても『神に捨てられた』という言葉についても、一切聞こうとしなかった。何故なら、アズはその話がオーネストにとって面白くない話であることを感じ取っていたから。

(そうだと気付いてしまうと、なーんか白けて興味なくなるんだよなぁ)

 アズは、然程他人の詮索をしない。誰に対しても自然体で、表面的な心情というものを気にしない。
 ただ、表面上の無神経とは違い、深層的な心情には敏い方だった。オーネストもまた似たタイプではあるが、アズは――とにかく、気になりそうなことに気付いた上で、それでも気にしない。

 きっとそこに、オーネストがアズにだけ心を許す理由があるのかもしれない。
  
 

 
後書き
若干オラトリアった内容でした。ちなみにオラトリアには沿いません。
全然意図していたわけじゃないんですが、オリヴァスとオーネストはその実力も含めて何もかも対照的な事に気付いた今日この頃。 
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