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銀河抗争史 統一への道

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エル・ファシル戦勃発

 宇宙暦788年現在、エル・ファシルには300万人の市民が入植し生活している。
 この惑星を守る事が第4艦隊から派遣されたアーサー・リンチ少将と警備隊の使命であった。
 問題はエル・ファシルが敵との最前線に近いと言う事だ。
「機雷でイゼルローン回廊を封鎖する?」
 コリアンは配属されてきた部下の提案に眉を潜めた。
「ええ、そうすれば敵が侵攻するまでの時間稼ぎになると思います」
 そう言うのはヤン・ウェンリー中尉。士官学校を卒業し順当に出世している様だが、理想と現実を混同していた。
「ヤン中尉、確かに防御手段として機雷の利用は悪くない。だが回廊を封鎖するには数も人手も足りないのが現状だ」
「ですから補給と応援の派遣を要請すべきだと小官は考えます」
 ヤンは過去の統計から帝国軍の来襲が近いと予想していた。それは確信に近い。
 コリアン部下の進言を否定はしない。
「要請はしてみるが、貴官の望むだけの数は揃わないだろう」
 その言葉にヤンは失望の色を隠さなかった。
 需要があれば供給されるとは言えない。供給すべき資源や工員、生産設備も必要になる。
 既存の生産ラインでは需要を満たされない。量を捌くには生産ラインの拡大が考えられる。それだけの雇用は、機雷の数が揃ったからとすぐに人員整理も出来ない。
「シミュレーターとは違うからな」
 コリアンは説明するが、ヤンは気だるそうな表情で聞き流していた。
 理詰めで説明するコリアンの言葉に対して、あんまりなヤンの態度に主席幕僚のランドリー・ポーク准将は怒りを覚えた。
(何様だ、あの態度)
 傍目にはヤンがふてくされている様にも見えた。結果、ヤンは警備隊司令部で顰蹙を買い冷遇される事となった。

◆◇◆◇◆◇◆

 季節が夏から秋に変わろうとする頃、帝国軍がイゼルローン方面より進出して来た。
 ワルキューレによって無人偵察艇と偵察衛星が破壊された事で、帝国軍来襲が知れ渡った。
『ミンチ少佐、敵襲です』
 当直からの呼び出しで非常呼集がかけられた。
 官舎から急いで駆けつけると作戦室で対策会議が始まった。
「侵攻して来た敵の兵力は凡そ1,000隻です」
 ポーク准将はリンチ少将に概要を説明する。
「こちらと同数か。後続の確認はどうか」
 リンチ少将は司令官の職責を自覚しており、部下の前で感情を荒立てたりはしなかった。
 警備隊は無理に迎撃に出て決戦をする必要はない。本隊の第4艦隊到着まで遅滞行動で時間を稼ぎ、住民の避難を完了させる事が第一の目的として計画が立てられていた。
「現時点では確認されていません」
 リンチ少将は臆病とは無縁の人物である。冷静に考えた。先ずは一戦挑んで敵の出方を見るべきか、それとも守りに徹するべきか。幕僚の意見に耳を傾けた。
「ミンチ少佐、貴官はどう考える」
 実戦経験者としてコリアンは司令部で一目置かれていた。その発言はリンチ少将の決断に影響力を持つ。
「威力偵察の可能性も考えられます。敵に後続の本隊が存在するしないに関わらず、放置は出来ません」
 罠の餌であっても嫌でも戦うしかない。そう言う事だった。
「あの」
 末席に居たヤンが挙手して発言の許可を求める。
「ヤン中尉、何だ」
「住民を置いて逃げてはどうでしょうか。敵も住民を虐待しては占領統治が進みません。一部に無法を働く者が居たとしても看過できる被害でしょう。敵の足止めにも使えますし、その間に第4艦隊と合流出来ます」
 司令部の時間が一瞬、止まった。次の瞬間、ポーク准将が激怒した。
「貴官は、市民を守る同盟軍士官としての自覚は無いのか」
「警備隊の戦力は貴重です。最悪、司令部さえ残ればエル・ファシルは取り戻せるでしょう」
 ヤンは平然と答え、コリアンは元生徒の答えが妥当である事を認めた。
(戦略的には正しいが、政治的には正しくない)
 コリアンが意見を言おうとしたら、リンチ少将が口を開いた。
「ヤン中尉、貴官の考えは分かった。だがしかし」
 リンチ少将は眼光鋭く言った。
「軍は市民を絶対に見捨てない」
 視線をそらしたヤンは意気消沈としながら着席する。
「警備隊の全艦艇に出港命令」
 リンチ少将は予ての計画に従って迎撃と住民の避難を進めた。そしてヤンに名誉挽回の機会を与えた。
「ヤン中尉は住民の退去を任せる」
 素直に命令を受けたヤン。コリアンは揉め事は懲り懲りだと一息ついた。
「ミンチ少佐」
 ポーク准将に呼ばれた。
「第40010駆逐隊司令のタイラー少佐が負傷した」
 会議に来る途中、階段を踏み外して重傷だと言う。
「出撃前に災難ですね」
「ミンチ少佐、貴官には脱出組の護衛に付いて貰う。おめでとう、現場復帰だな。タイラーの後任を頼むぞ」
 突然の事で引き継ぎも簡単ではない。だから居残り組をコリアンは任された。
 警備隊は全力出動する。破れた後の護衛は雀の涙にしか成らないが、居ないよりはましだ。
「最後の盾ですね」
 最悪の場合、警備隊は全滅。コリアンも市民を逃がす盾に成る事を求められた。
 責任感が希薄に見えるヤンには任せられない仕事だった。
「尻拭いをさせる事になるが、すまんな」
 出撃するポーク准将、残るコリアン。どちらも負ければ死しか待っていない。
「健闘を祈ります」
 互いに敬礼をして別れた。 
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