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銀河抗争史 統一への道

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英雄

 後世に批判を浴びるが、リンチ少将には戦う以外の選択肢が無かった。
『知っての通り帝国軍がエル・ファシル向かっている。我が警備隊はこれより敵の迎撃に向かう。敵の前衛は我々と同数で、その後方に本隊が続いていると考えられる』
 警備隊が出港準備を急ぐ中で、リンチ少将の訓示が流れた。
『我々には下がる事が出来ない。我々の背中には家族や友人と言った市民が居るからだ。だから私は諸君に死ねと命じなければならない』
 民主主義を前提とした国でその命令は中々出せる物ではない。
『ただ単に死ねば良い訳ではない。一分、一秒でも長く敵を引き付けて、市民が脱出する時間を稼ぐ事が目的だ。その為には目の前の敵を潰さなければならない』
 ヤンはリンチ少将と仲間が時間を稼ぐその間に、避難民を乗せる船団の出発準備を終える事が責務だった。
 業務に追われる青年に少女が紅茶を差し出した。
「紅茶よりブランデーが欲しいな。それか君の唇でも──」
「ふんっ!」
 腰に伸ばされた手を払うとヘイゼルの瞳をした少女は、思いっきり青年の顔を殴った。
 未成年な少女に手を出す同盟軍士官の滑稽な姿は避難民に安心感を与えた。自らが道化になってまで人々を落ち着けようとしてると、好意的に受け止められたのだ。
 ただし少女は違う。
「フレデリカどうしたの?」
 母親に抱きついた少女は、刹那的な青年の劣情を感じ取って激しい嫌悪感に身を震わせていた。

◆◇◆◇◆◇◆

 エル・ファシルの軌道上にたった4隻の駆逐艦が展開していた。コリアンの指揮する第40010駆逐隊だ。
「司令、本隊が敵と接触した様です」
 コリアンは部下の報告に溜め息を吐く。
(仲間が死地に挑んでいる。だが自分はそれを見ている事しか出来ない)
「いよいよだな。ヤン中尉からの報告はまだか」
 コリアンはヤンの乗船完了の報告を待っていた。リンチやポーク准将との約束を果たす為だ。
 帝国軍と会敵した警備隊は寡兵ながらリンチの指揮でよく戦った。
 前衛を一度は撃退したが敵の本隊が到着。兵力差が決定的となり、旗艦と数隻を除いて撃沈された。
『リンチ提督、返事を頂きたい』
 スクリーンに帝国軍の指揮官が映っておりリンチの返答を待っていた。
「後はミンチ少佐に期待するしか無いな……」
「そうですね。これ以上は無理でしょう」
 リンチの言葉にポーク准将も頷いた。
「降伏する」
 降伏の時間を引き延ばしたが、これ以上は無理だと判断しリンチは投降した。
『賢明な判断です』
 同時に旗艦からエル・ファシル宙港でも降伏受諾の通信が受信された。
 それを合図にエル・ファシルの宙港から船団が出港した。コリアンの駆逐隊も追従している。
「君、ヤン中尉言ったね。警備隊が全滅したのにこれからどうするんだね!」
 帝国軍がやって来る。捕まれば劣悪な環境の流刑地に送られ再教育される。そんな噂で人々はパニック寸前だった。
 八つ当たりに近い声にヤンは飄々としていた。
「大丈夫ですよ。リンチ司令官が囮になってくれましたから。上手く行けば帝国軍が追い付く前に、駆け付けてくる味方の第4艦隊と合流できるでしょう」
「き、君は味方を囮にしたのか!」
 自分が死ぬよりはましでしょう、と答えられ絶句する。
 リンチとの戦いに釣り上げられた帝国軍はまんまとエル・ファシルの市民を取り逃がした訳だが、武人として勇士を遇する心意気は持っていた。
 警備隊の犠牲によって生還したヤンは、300万人の市民を救出した事で英雄となった。しかしリンチは民間人を見棄て逃げ出した挙げ句に投降したと汚名を着せられた。敗北を華々しい美談で掻き消す為だ。
 この件には政治家と軍高官の思惑が一致した結果だった。エル・ファシルの真実は口外しないようにと圧力がかかった。
 飴と鞭で、コリアンは口封じとして中佐の昇進と第8艦隊幕僚の椅子を与えられた。
「不満は無いだろう?」
 人事担当者そう言われてコリアンは殴りたい気持ちを圧し殺し、礼を述べるに留めた。
「御配慮に感謝いたします」
 艦隊司令部だ。栄転と言える。
(このままでは済まさない)
 コリアンの黒い瞳に決意の光が宿っていた。 
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