投げ合い
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2部分:第二章
第二章
「大丈夫かな」
「やばいだろ」
ナインはその相手を見て眉を顰め合っていた。その学校はそれこそ何十回となく甲子園に出場していて優勝経験もある。そういった高校野球の名門だったのだ。とりわけ今回は強力打線に剛速球を武器にする光正によく似たタイプのエースである村山栄一という男までいて優勝候補とまで言われていたのである。
「村山は打てないよ」
「そうだよな。一五五キロだったよな」
彼に関する話だけでもう気持ちは負けていた。
「高校生のボールじゃないよな」
「プロでもそこまで速いのってそうそうは」
「それがどうしたんだよ」
光正は怖気付く彼等に対して言うのだった。
「村山には負けないさ。俺がな」
「投げ勝つっていうのか?」
「ああ、一点でいいんだ」
彼はそうナインに告げた。
「一点だけ取ってくれ。そうしたら俺は勝ってみせるから」
「あの学校打線だって凄いぜ」
「村山もバッターとしても」
そうなのであった。この村山という男はバッターとしても強打者であり何本もホームランを打っている。チームでも五番を打ちその打撃センスも知られていたのだ。
「俺は打たせない」
それでも光正は言う。
「相手が誰でも。だから」
「任せていいんだな」
「とにかく一点もやりはしないからな」
それをナインに対してまた言ってみせた。
「だから皆一点でもいい。取ってくれたら」
「わかった」
「御前がそこまで言うのならな」
光正の心が伝わった。ナインもそれで本気になった。
「気張ってやるさ」
「それで勝とうぜ」
「ああ、絶対にな」
光正は右の拳を握り締めて勝利を誓うのだった。彼はこの時も自分が絶好調だと確信していた。そうしてそのまま試合に挑んだ。試合でも彼は絶好調であった。相手チームの強力打線を一歩も寄せ付けず三振の山を築いていた。
「おい、何だあのピッチャー」
「あんなに凄かったのかよ」
相手チームもこれには驚いた。データは調べてあったが彼等の予想以上であったのだ。
「速いな」
「しかもコントロールもいいぞ」
マウンドの光正を見て言い合う。光正はその彼等の前でまた三振を取っていた。
「御前以上なんじゃないのか?ひょっとして」
「そうかもな」
今そのベンチには村山もいた。ピッチャーとしてはそれ程大きくはない身体だ。だがやはり足腰はしっかりしていて何よりも視線が鋭い。まるで何かもかも見抜いているかのように。
「変化球は大したことはないみたいだけれどな」
「変化球はか」
「カーブとスライダーだけかな」
彼は今までの光正の投球を見て言っていた。
「しかもあまり投げないし曲がらないし」
「けれどよ、あの速球は」
「打てないぜ」
「そうだね」
それは村山もわかっているようであった。自分の仲間達の言葉に静かに頷いてみせた。
「あれだけ速いとは俺も思わなかったよ」
「どうするよ」
「俺達でも打てないかもな」
「今はね」
ここで村山はあえて今は、と言ってみせた。
「とても打てないかもね。けれど疲れが見えたら」
「それはそうさ。けれどそれは御前もだろう?」
誰でも投げ続けていれば疲れが出る。これは言うまでもない。彼等は村山のスタミナについても考えていたのである。これは村山も同じであったが。
「それで大丈夫なのか?」
「あのピッチャーはそうは打てないぜ。下手をしたら延長だけれどよ」
「大丈夫だよ」
それでも村山は落ち着いた物腰で答えた。その鋭い目はそのままで。
「俺も考えているから」
「そうなのか」
「ああ、任せてくれとは言わないけれど」
そう言いながら立ち上がる。見ればもうツーアウトであり今のバッターもツーストライクまで追い込まれていた。彼はそれを見て立ち上がったのだ。
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