| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

真田十勇士

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

巻ノ二十六 江戸その七

「その中に。あの方は飲まれたのじゃ」
「そして滅び」
「もう武田家はありませぬな」
「長らくこの甲斐を治めておられましたが」
「最早」
「春の夢の如しじゃ」
 幸村は平家物語の言葉も出した、その義経のことが書かれているその書の。
「消えてしまった」
「そして後に残ったのは」
「甲斐と民達」
「その二つでしょうか」
「そうじゃな、武田家は滅んだが」
 それでもとだ、幸村は家臣達に答えた。
「甲斐はありな」
「そして民達もですな」
「しかといますな」
「そのうえで生きていますな」
「国破れて山河在りじゃな」
 今度は唐詩であった、杜甫である。
「家はなくなっても国と民はある」
「そのことは変わりませぬか」
「世の流れの中でも」
「所詮小さなことやもな」
 遠い目で少し上を見上げつつだ、幸村はこうも言った。
「家が栄え滅びることは」
「天下の中で」
「世に栄え滅びることは」
「時の流れの中に消え去ることも」
「そうしたこともですか」
「そうやもな、武田家のこと拙者は無念に思うが」
 かつての主家であっただけに情がありだ、幸村はこのことを否定出来なかった。
 しかしだ、滅んだそのことに無情を感じて言うのだった。
「それもな」
「小さなことですか」
「天下の中では」
「一つの家が世の流れの中で消えることは」
「そのことは」
「そうも思う、しかし人は小さい」
 人もまた、というのだ。
「その家よりもな。だからな」
「人は小さい」
「家よりもさらに」
「天下の中で」
「だからな、その中で必死にあがく」
 世の流れという激流の中でとだ。幸村は大河も見つつ話した。
「そうして生きていくのやもな」
「では殿も」
「この天下の中で、ですか」
「そうされてですか」
「生きていかれますか」
「そうすることになるであろうな」
 こう言うのだった。
「やはりな」
「ですか、では」
「我等もです」
「その殿と共にです」
「天下の中にあります」
「そして必死に生きます」
 幸村と共にとだ、十人共彼を見て言った。
「我等十一人一つになり」
「そして世の流れの中で生きましょう」
「飲み込まれるやも知れませぬが」
「それでも」
「そうしてくれるか、有り難い」
 幸村は十人の言葉を受けて笑顔で頷いた。
 そのうえでだ、甲斐の道を進みつつ彼等に話した。
「ではこれからの頼む、そしてな」
「はい、甲斐からですな」
「この国の道を進み」
「そのうえで上田に戻りますな」
「そうしようぞ」
 今度は笑顔で応えた幸村だった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧