真田十勇士
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巻ノ二十 江戸その六
「ただ。徳川家が主となるであろう」
「これからは、ですな」
「やはりあの方ですか」
「あの方が甲斐の主となられますか」
「北条殿ではなく」
「そうなろう、しかし」
ここでだ、幸村はその顔に悲しいものを含んだ。
そのうえでだ、こうしたことを言った。
「悲しいことじゃ」
「武田様のことですか」
「あの方のことですか」
「色々言われておるがわしは四郎様が好きであった」
武田勝頼、武田家の最後の主である彼がというのだ。
「智勇兼備、それでいて優しい方であった」
「そうであったのですな」
「真のあの方は」
「そうであった」
こう話すのだった、勝頼のことを。
「決して暗愚ではなかった」
「むしろ聡明であられた」
「そうした方だったのですか」
「そうであったのじゃ」
「左様ですか」
皆幸村の言葉に神妙な顔になり応えた。
「世間での評と違いますか」
「あの方の実は」
「負けて滅んだから言われるのじゃ」
暗愚と、というのだ。
「しかし聡明であられてもな」
「滅びる時は滅びる」
「それもまた世ですか」
「そうじゃ、武田家もな」
家自体がというのだ。
「滅んでしまうのじゃ」
「時に利がなければ」
「そうなりますか」
「時、世の流れは恐ろしい」
達観した様にだ、幸村はこうも言った。
「それによって滅びることもある」
「幾ら聡明な方でも」
「その中に流されてですか」
「滅びる」
「そうなってしまいますか」
「思えば九郎判官殿もじゃった」
幸村は源義経のことを思い出した。
「あの方は素晴らしい方であられたがな」
「でしたな、あの方も」
「兄君であられる頼朝公に狙われ」
「そして衣川で腹を切られました」
「そうなられましたな」
「あの方も世に流されたのやもな」
こう言うのだった。
「功があったが故に」
「功がある家臣は消される」
「それは明にあることですが」
「本朝でも然り」
「それで、ですか」
「そもそも源氏は身内で争う家であったしな」
この因縁もだ、幸村は頭に入れていた。このことは頼朝と義経だけのことではなかった。
「その中に飲み込まれたのじゃ」
「そして消えてしまわれましたか」
「あの方も」
「戦に強くともな」
義経の様にだ、無類の戦上手でもというのだ。
「世の流れには逆らえぬものじゃ」
「四郎様はそれに飲まれた」
「そういうことですか」
「世の流れは織田家に流れていた」
その時はというのだ。
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