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彼に似た星空

作者:おかぴ1129
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11.小川攻防戦。そして犯罪者・鈴谷。

 朝食を食べ終わると、私は霧島と二人で宿の周囲を散策してみた。鈴谷はまだ眠いらしく、朝食も抜き、部屋でひたすら眠っている。

「ごめ〜ん鈴谷はパス。昨日痛めたケツも労りたいしね〜……クカー……」

 彼女の最後のセリフがこれだった。どうやら昨日は相当遅くまで起きていたようだ。キリが無いので、ケツの話にはもう二度と触れないことにした。

 青々とした田んぼの間を抜け、小さな林に入った。蝉の声が響いているが、決してうるさくはない。小川が流れ、そのそばに来ると心持ち涼しく感じる。

「霧島、暑いから川に入るヨー」
「ぇえ〜?! お姉様ちょっとはしゃぎ過ぎでは……?」

 私は履いている靴を脱ぎ、素足になって小川に入った。小川はとても水が澄んでいてキレイだ。水温も冷たくて気持ちいい。

「ほ、ホントに入っちゃったんですか?!」

 うろたえている霧島を見て、なんだか急にいたずらしたくなってきた。私は水を両手ですくうと、それを勢い良く霧島にかけた。

「ほりゃー! 覚悟するネ霧島ー!」
「あぶぉッ?! お、お姉様?!!」
「ヒャッヒャッヒャッ! 私の三式弾の前では霧島も轟沈デース!!」
「お、お姉様……ならばッ……!!」

 どうも霧島に火をつけてしまったらしい。霧島も履いている靴を脱いで、冷たい水に『ひああああっ』と悲鳴を上げながら小川に入り、その水を自身の両手ですくい上げると…

「お姉様が三式弾なら…私は徹甲弾です!!」
「うひゃー!! 霧島!!」

 そのまますくい上げた水を私にかけてきた。やられた。あの真面目な霧島がやり返してくることはまったく予想してなかった。私は霧島がかけてきた水を、もろにかぶってしまった。

「き、きりしまぁあ〜……!!」
「ホッホッホッ! この霧島の徹甲弾の前ではお姉様も轟沈ですね!」
「こ、これは負けてられないデース!!」
「私も負けませんよお姉様!!」

 こんなところで霧島との姉妹間戦争が勃発するとは思ってなかった。私も霧島も本気で相手に対してバッシャバッシャと水を掛け合った。バカバカしいほど意味がなく、アホらしいほどにしょぼい骨肉の争いだ。おかげで二人共くたびれる頃には、私たちはずぶ濡れになっていた。

「や、やりますねお姉様……ゼー…ゼー…」
「き、霧島もやるネー…さすが金剛型ネ…ゼハー……ゼハー……」

 フと、霧島と目が合った。霧島はメガネがずれ、髪もずぶ濡れだ。多分私も、霧島と同じくヒドい状態なのだろう。

「ブッ……」
「ぶふっ……お姉様……ぶふふっ……」

 霧島と私は元艦娘だ。あの日はもちろん、それ以外にも何度も生と死の間をくぐり抜けてきた。そんな私達が、恐らくはあの撤退戦の時以上に本気で、互いに水を掛けあっている。そしてその結果が二人共濡れネズミだ。なんだかそれがおかしくて、霧島と二人、大笑いしてしまった。

 くたびれた私達は、小川に突き出た石に二人並んで腰掛けた。この暑さだ。こうやって待っていればそのうち私達の髪と服も乾くだろう。

「…そう言えば霧島は、今日もその服デスネ?」
「ぁあ、仕方ありません。今はこれしか服がありませんから」
「そういえばそうデシタネ……結局昨日は服を買えなかったし、あとで浴衣を買いに行くデス!!」
「よろしいですか?」
「だって花火大会デスよー? ジャパニーズ花火といえば浴衣だって聞いたネ!!」

「ありがとうございます! では後ほど鈴谷と3人で行きましょう!!」
「おーけー!! かわいい浴衣を着て花火を見るネ!!」
「お姉様はどんな浴衣をお選びになるんですか?」
「私はいいデス。この服を着て花火を見るって、ここに来る前から決めてたネ」

 でもせっかくだから……と言おうとして、霧島は口をつぐんだ。この服が、かつて彼が私に似合っていると言ってくれていた服であることを、霧島は知っている。

「……お姉様、司令のことは、まだ……?」
「……ソーリーね……霧島……」
「いえ……私こそすみませんお姉様……」

 私と霧島の間に沈黙が訪れた。聞こえるのは、小川のせせらぎと蝉の声だけだ。そのことが余計に、耳に痛く、心に痛い静寂のように感じた。

 とてつもなく長く辛い数分の後、霧島が口を開いた。その目は、私のことを優しくいたわり、そして心から心配している目だった。

「お姉様、司令のことはお察しします」
「……」
「そして比叡お姉様と榛名が沈んだあの時、私はその場にはいませんでした。ですから、何があったのか私にはわかりません。でもそのことが、金剛お姉様を今も苦しめているのは知っています」
「……」
「ただ、これだけは言えます。比叡お姉様も榛名も、自分が沈んだせいで金剛お姉様が沈んでいると知ったら……」
「霧島は、あの場にいなかったから、そう言えるんデス……」

―金剛お姉様……私は……

―お姉様……すみません……榛名はここまでです……

「そうかもしれませんお姉様……あの時お姉様をなじってしまった私が言えたことではないのかもしれません」
「……でも霧島の言うとおりだと私も思いマス。だからワタシは、ココに来たネ」
「お姉様……」

 その後、私達はお互いの服と髪が乾いたのを見計らって旅館に帰った。この夏の暑さである。意外と早く乾いた気がしたのだが、旅館に戻るとすでに昼食が始まっていた。鈴谷はすでに昼食を食べ始めていた。

「金剛さんも霧島さんもおかえりー!! やっぱ夏はそうめんだよね〜!! 早く食べないと鈴谷ぜんぶ食べちゃうよー!!」

 鈴谷のこの屈託のない無邪気な笑顔が、私と霧島の沈んだ気持ちを持ち上げてくれた。

「負けてられないネー!! 霧島!!」
「はい! お姉様!!」

 勢い良くそうめんを平らげていく鈴谷に負け時と、私と霧島もそうめんを口に運んでいった。航空巡洋艦と戦艦の格の違いを見せつけるいい機会だと思った。その日は、旅館始まって以来のそうめんの消費量を誇ったと女将さんから聞いた。

 3人でそうめんを平らげた後、私たちは部屋の縁側でしばらく昼寝したあと街に買い物に出た。この街の風情を楽しみたくて、車には乗らず歩いて街まで出ることにした。

「のんびりしたいいところだね〜! ほら金剛さん!! トンボがいるよ!!」

 鈴谷は相変わらずはしゃぎまくっているが、それも最初のうちだけだった。十数分も歩いていると、その暑さにバテたのか……

「ヒー…ヒー…鈴谷……ちょっと……マジ暑いんですけど……」

 と死にそうな声で悲鳴を上げていた。実際、涼しげで軽装っぽい服装の霧島や私に比べて、鈴谷の格好はまさに冬服に近い感じだ。一応今はブレザーを脱いでいるが、それでもインナーも夏仕様ではないため、さぞ暑かろう。

 そんな鈴谷に構うことなく田んぼのあぜ道を歩いていると、プール帰りの小学生たちがはしゃぎながら歩いている光景を何度か見た。

「こんにちわー!!」

 すれ違う子たちは皆、私たちに元気よく挨拶をしてくれた。

「元気な子ネー! 小学生デスカー?」
「そうです! お姉さんたちはどこから来たんですか?」
「鈴谷たちはね〜。海の向こうから来たんだよー」
「へ〜。本州から来たとですか?」
「そうだよ〜」

 さっきまでさんざんバテていたことも忘れ、鈴谷は相変わらず人生を舐めた馴れ馴れしさで男子小学生の頭を撫でた。丸坊主の男子小学生の頭は刈りたてなのかジョリジョリとしており、鈴谷はその感触を楽しんでいる。

「ぉおおぅ……いい手触りだね〜……じょーりじょーり……」
「鈴谷…言葉からデンジャラスな香りが漂うネ……」
「そんなことないよー。キミもお姉さんにじょりじょりされてうれしいもんねー?」
「うう……」
「ティヒヒヒ……じょーりじょーり……んん~ふっふっふふぅ……じょーりじょーり……」
「その言い方は犯罪者よ鈴谷……」

 このままでは変質者だと周囲に誤解されかねないと判断した私たちは、頭を撫でられている小学生から鈴谷を無理やり引き剥がし、服屋に急ぐことにした。

 30分ほど歩いたところで街に出た。昨日車でここまで来る途中に見つけた和服の服屋がある。私たちはそこで服を買うことにした。

 店に到着するなり、鈴谷は冷房機の前に向かい、スカートをバタバタと煽って涼を取っていた。これには私達を出迎えた女性の店員も少々驚いたようで、苦笑いが隠しきれていない。

「鈴谷〜……さすがにそれははしたないわよ〜……」
「ぇえ〜いいじゃん店員さんも女の人なんだから〜……あづー……」

 店員が、己の股を涼しい風で冷やす鈴谷を見て、冷や汗を垂らして苦笑いしているのがよくわかった。だがそこは相手も接客のプロ。すぐに表情に戻し、私たちに話しかけてきた。

「いらっしゃいませ。お探しの服はありますか?」
「この子たちに合う浴衣を買いに来たネ!」
「かしこまりました。……ひょっとして、今晩の花火の時に着ていくおつもりですか?」
「That's Right! そのとおりデース!!」
「では急いだ方がよろしいですね! 失礼ですが、お名前をお伺いしてよろしいですか?」
「ワタシは金剛デース!」
「霧島です」
「鈴谷だよ〜!」
「かしこまりました。では鈴谷様と霧島様はこちらへ。ご希望のお色とかはお決まりですか?」
「私はどちらかというとちょっと渋めというか古風というか……」
「鈴谷はかわいいのがいいな〜〜!」

 私は浴衣は買わないため、二人が物色中はヒマになる。先ほどまで炎天下の外を歩いていたため、鈴谷ではないが私もひどく暑く、体も熱を持ち、汗をかいている。とりあえずは涼みながら、二人がどんな浴衣を選ぶことになるのか、眺めることにした。 
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